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遺言・遺留分減殺に関する最高裁判決のページです。

遺言 | 遺留分減殺請求

遺言

 遺言に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

自筆遺言書の日付,署名捺印の方式(最判昭和36年6月22日民集15巻6号1622頁)

自筆遺言書の日付,署名捺印の方式
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人高橋武夫,同椎木緑司の上告理由第一点,第二点について。
本件遺言書作成の経過,遺言書の形式および記載文字の筆跡等所論の点に関する原審の事実の認定は,挙示の証拠に照らし是認しうる。所論は右原審の認定した事実と異なる事実関係を前提として原判決の違法をいうものであって,採るを得ない。
同第三点について。
 記録に徴すれば,所論調停の申立または訴の提起が,所論のように遺留分減殺請求権の行使の意思表示を包含するものとは認められない。また,本件において上告人が予備的に主張した遺留分減殺請求の訴については,更に相続財産の相続開口当時の価額,遺贈財産の相続開始当時の価額,本件不動産の所在地,内容等を具体的に検討しなければならないから,原審における本件訴訟進行の状況に照らし,右予備的訴を審理し,訴訟を完結することは,訴訟手続を著しく遅滞せしめるべきことは推測するに難くない。それ故,これと同趣旨において右予備的請求を却下した原審の判断は正当であり,所論の違法は認められない。
同第四点について。
遺言書が数葉にわたるときであっても,その数葉が一通の遺言として作成されたものであることが確認されればその一部に日付,署名,捺印が適法になされている限り,右遺言書を有効と認めて差支えないと解するを相当とする。それ故右と同趣旨の原判決は結局正当であって,所論の違法は認められない。
よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 入江俊郎,裁判官 斎藤悠輔,同下飯坂潤夫,同高木常七

押印を欠く自筆遺言証書の有効性(最判昭和49年12月24日民集28巻10号2152頁)

押印を欠く自筆遺言証書の有効性
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人中嶋徹の上告理由について。
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,本件自筆証書による遺言を有効と解した原審の判断は正当であって,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官 坂本吉勝,裁判官関根小郷,同江里口清雄,同高辻正己


誤記日付の自筆遺言証書(最判昭和52年11月21日家月30巻4号91頁)

誤記日付の自筆遺言証書の効力
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人三上英雄,同三輪長生の上告理由第一について
自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違しても,その誤記であること及び真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には,右日付の誤りは遺言を無効ならしめるものではない。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができる。そのほか,所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,いずれも採用できない。
同第三について
所論は,原審で主張のなかった事実に基づいて原判決の違法をいうものにすぎない。論旨は,採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,ひっきょう,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,いずれも採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官吉田 豊  裁判官本林 譲,同栗本一夫

同一証書に記載された2人の遺言の一方に方式違背と民法975条(最判昭和56年9月11日民集35巻6号1013頁)

ア遺言無効確認訴訟における確認の利益の判断にあたり原告の相続分が生前贈与等による喪失の有無を考慮することの可否
イ遺言無効確認訴訟は固有必要的共同訴訟ではない
ウ同一証書に記載された2人の遺言の一方に方式違背と民法975条
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人高橋靖夫の上告理由第一について
遺言無効確認の訴訟において原告である相続人に確認の利益があるか否かは,遺言の内容によって定めれば足り,原告が受けた生前贈与等により原告の相続分がなくなるか否かは,将来における遺産分割の時に問題とされるべき事項であることに鑑みると,原則として右確認の利益の存否の判断においては考慮すべきものではないと解するのが相当である。右と同趣旨の原審の判断は正当であり,論旨は採用できない。
同第二について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,本件遺言無効確認の訴が固有必要的共同訴訟にあたらないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するか,又は原判決の結論に影響を及ぼさない点を論難するものであって,採用できない。
同第三及び第四について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同第五について
同一の証書に二人の遺言が記載されている場合は,そのうちの一方に氏名を自書しない方式の違背があるときでも,右遺言は,民法九七五条により禁止された共同遺言にあたるものと解するのが相当である。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官  栗本一夫 裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同宮崎梧一


「昭和43年7月吉日」の日付のある自筆遺言証書(最判昭和54年5月31日民集33巻4号445頁)

「昭和四拾壱年七月吉日」の日付ある自筆遺言証書は有効か
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人繩稚登の上告理由について
自筆証書によって遺言をするには,遺言者は,全文・日付・氏名を自書して押印しなければならないのであるが(民法九六八条一項),右日付は,暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから,証書の日付として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されているにとどまる場合は,暦上の特定の日を表示するものとはいえず,そのような自筆証書遺言は,証書上日付の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官戸田 弘 裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同本山 亨,同中村治朗

自筆証書遺言に明らかな誤記の訂正につき方式違背(最判昭和56年12月18日民集35巻9号1337頁)

自筆証書遺言に明らかな誤記の訂正につき方式違背がある場合と遺言の効力
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人榎本武光の上告理由について
自筆証書による遺言の作成過程における加除その他の変更についても,民法九六八条二項所定の方式を遵守すべきことは所論のとおりである。しかし,自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については,たとえ同項所定の方式の違背があっても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから,右の方式違背は,遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第六七八号同四七年三月一七日判決・民集二六巻二号二四九頁参照)。しかるところ,原審の適法に確定した事実関係によれば,本件においては,遺言者が書損じた文字を抹消したうえ,これと同一又は同じ趣旨の文字を改めて記載したものであることが,証書の記載自体からみて明らかであるから,かかる明らかな誤記の訂正について民法九六八条二項所定の方式の違背があるからといって,本件自筆証書遺言が無効となるものではないといわなければならない。結論において同趣旨に帰着する原判決は,結局正当として肯認することができ,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官  栗本一夫 裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同宮崎梧一

他人の添え手補助を受けた自筆証書遺言と民法968条1項「自書」要件(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁)

他人の添え手補助を受けた自筆証書遺言と民法968条1項の「自書」の要件
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人宮川種一郎の上告理由第一点について
自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては,当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法九六八条の定める方式に則って作成されたものであることを,遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。これを本件についてみると,本件遺言書が,遺言者であるK男が妻のM枝から添え手による補助を受けたにもかかわらず後記「自書」の要件を充たすものであることを上告人らにおいて主張・立証すべきであり,被上告人らの偽造の主張は,上告人らの右主張に対する積極否認にほかならない。原審は,右と同旨の見解に立ち,本件遺言書については結局「自書」の要件についての立証がないとの理由により,その無効確認を求める被上告人らの本訴請求を認容しているのであって,その判断の過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
同第二点及び第三点について
自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文,日付及び氏名を自書し,押印することによってすることできるが(民法九六八条一項),それが有効に成立するためには,遺言者が遺言当時自書能力を有していたことを要するものというべきである。そして,右にいう「自書」は遺言者が自筆で書くことを意味するから,遺言者が文字を知り,かつ,これを筆記する能力を有することを前提とするものであり,右にいう自書能力とはこの意味における能力というものと解するのが相当である。従って,全く目の見えない者であっても,文字を知り,かつ,自筆で書くことができる場合には,仮に筆記について他人の補助を要するときでも,自書能力を有するというべきであり,逆に,目の見える者であっても,文字を知らない場合には,自書能力を有しないというべきである。そうすれば,本来読み書きのできた者が,病気,事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために,筆記について他人の補助を要することになったとしても,特段の事情がない限り,右の意味における自書能力は失われないものと解するのが相当である。原審は,K男が,昭和四二年頃から老人性白内障により視力が衰えたものの昭和四四年頃までは自分で字を書いていたことを認定しつつ,昭和四五年四月頃脳動脈硬化症を患ったのち,その後遺症により手がひどく震えるようになったことから,時たま紙に大きな字を書いて妻のM枝や上告人R夫に「読めるか」と聞いたりしたことがあるほかは字を書かなかったこと,本件遺言の当日も,自分で遺言書を書き始めたが,手の震えと視力の減退のため,偏と旁が一緒になったり,字がひどくねじれたり,震えたり,次の字と重なったりしたため,M枝から「ちよつと読めそうにありませんね」と言われてこれを破棄したことなどの事実を認定し,K男は,本件遺言書の作成日付である昭和四七年六月一日当時,相当激しい手の震えと視力の減退のため自書能力を有していたとは認められないと判断しているのであるが,右認定事実をもってしては,K男が前示の意味における自書能力を失っていたということはできないものというべきであり,原判決には自筆証書遺言の要件に関する法律の解釈適用を誤った違法があるというほかはない。
しかし,後記説示のとおり,本件遺言書は,他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が有効とされるための他の要件を具備していないため,結局無効であるというべきであるから,原判決の右違法は判決の結論に影響を及ぼさないというべきである。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分の違法をいうものにすぎず,採用できない。
同第四点及び第五点について
自筆証書遺言の方式として,遺言者自身が遺言書の全文,日付及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが,右自書が要件とされるのは,筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして,自筆証書遺言は,他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど,最も簡易な方式の遺言であるが,それだけに偽造,変造の危険が最も大きく,遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから,自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと,病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は,(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し,(2)他人の添え手が,単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか,又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており,遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり,かつ,(3)添え手が右のような態様のものにとどまること,すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが,筆跡のうえで判定できる場合には,「自書」の要件を充たすものとして,有効であると解するのが相当である。
原審は,右と同旨の見解に立ったうえ,本件遺言書には,書き直した字,歪んだ字等が一部にみられるが,一部には草書風の達筆な字もみられ,便箋四枚に概ね整った字で本文が二二行にわたって整然と書かれており,前記のようなK男の筆記能力を考慮すると,M枝がK男の手の震えを止めるため背後からK男の手の甲を上から握って支えをしただけでは,到底本件遺言書のような字を書くことはできず,K男も手を動かしたにせよ,M枝がK男の声を聞きつつこれに従って積極的に手を誘導し,M枝の整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり,本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであって,原審の右認定判断は,前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 佐藤哲郎,裁判官 角田禮次郎,同高島益郎,同大内恒夫,同四ツ谷 巖

自筆遺言証書の押印と指印(最判平成元年2月16日民集43巻2号45頁)

自筆遺言証書における押印と指印
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人石原俊一の上告理由一について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同二1について
自筆証書によって遺言をするには,遺言者が遺言の全文,日付及び氏名を自書した上,押印することを要するが(民法九六八条一項),右にいう押印としては,遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨,朱肉等をつけて押捺すること(以下「指印」という。)をもって足りるものと解するのが相当である。何故なら,同条項が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は,遺言の全文等の自書と相俟って遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ,右押印について指印をもって足りると解したとしても,遺言者が遺言の全文,日付,氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし,いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については,通常,文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと,文書の完成を担保する機能においても欠けるところがないばかりでなく,必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがあるものというべきだからである。もっとも,指印については,通常,押印者の死亡後は対照すべき印影がないために,遺言者本人の指印であるか否かが争われても,これを印影の対照によって確認することはできないが,もともと自筆証書遺言に使用すべき印章には何らの制限もないのであるから,印章による押印であっても,印影の対照のみによっては遺言者本人の押印であることを確認しえない場合があるのであり,印影の対照以外の方法によって本人の押印であることを立証しうる場合は少なくないと考えられるから,対照すべき印影のないことは前記解釈の妨げとなるものではない。そうすると,自筆証書遺言の方式として要求される押印は拇印をもって足りるとした原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
同二2について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,所論の抹消部分に訂正印を欠いていることは本件遺言の効力に影響を及ぼさないとした原審の判断は正当として是認することができ(最高裁昭和五六年(オ)第三六〇号同年一二月一八日判決・裁判集民事一三四号五八三頁参照),原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫,同佐藤哲郎,同四ツ谷巖,同大堀誠一

カーボン複写による自筆の遺言と民法968条1項の「自書」(最判平成5年10月19日家月46巻4号27頁)

ア カーボン複写による自筆の遺言と民法968条1項の「自書」の要件
イ 二人の遺言が一通の証書につづられている場合と民法975条
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人渡邊大司,同佐々木洋一の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程にも所論の違法は認められない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同第二点について
原審の適法に確定した事実によると,本件遺言書は,Xが遺言の全文,日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載したものであるというのであるが,カーボン紙を用いることも自書の方法として許されないものではないから,本件遺言書は,民法九六八条一項の自書の要件に欠けるところはない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
同第三点について
原審の適法に確定した事実関係は,本件遺言日は乙五判の罫紙四枚を合綴したもので,各葉ごとに景雄の印章による契印かされているが,その一枚目から三枚目までは,景雄名義の遺言書の形式のものであり,四枚目は被上告人甲名義の遺言書の形式のものであって,両者は容易に切り離すことができる,というものである。右事実関係の下において,本件遺言は,民法九七五条によって禁止された共同遺言に当たらないとした原審の判断は正当として是認できる。原判決に所論の違法はない。論旨は独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫,同佐藤庄市郎,同大野正男

封筒の封じ目の押印と同一の遺言書本文中にある印と民法968条1項の押印(最判平成6年6月24日家月47巻3号60頁)

封筒の封じ目の押印と同一の遺言書本文中にある印と民法968条1項の押印
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人○○○○,同○○△△の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右認定に係る事実関係の下において,遺言書本文の入れられた封筒の封じ目にされた押印をもって民法968条1項の押印の要件に欠けるところはないとした原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず,採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用することができない。
よって,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 中島敏次郎,同木崎良平,同根岸重治

民法969条4号但書の遺言者が署名できない場合(最判昭和37年6月8日民集16巻7号1293頁)

民法969条4号但書の「遺言者が署名することができない場合」
〔要点〕 遺言者が,遺言当時胃癌のため入院中で手術に堪えられないほどに病勢が進んでおり,公証人に対する本件遺言口述のため約一五分間も病床に半身を起していた後でもあったから,公証人が遺言者の病勢の悪化を考慮してその自署を押し止めたため,公証人の言に反対してまで自署を期待できなかった事情があるとき,民法九六九条第四号但書にいう「遺言者が署名することができない場合」にあたる。


民法974条3号の「配偶者」と推定相続人の配偶者(最判昭和47年5月25日民集26巻4号747頁)

民法974条3号の「配偶者」と推定相続人の配偶者
      主   文
本件上告を棄却する。
ただし,原判決主文一2の一四行目から一五行目にかけて,「甲」とあるつぎに,「乙」を挿入する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人島秀一の上告理由第一点について。
訴外亡丙がその生前に上告人乙に対し本件各物件を贈与または死因贈与したとの上告人らの主張事実は認められない旨の原審の認定判断は,原審で取り調べた証拠関係は照らして肯認するに足り,原判決に所論の違法は認められない。論旨は,畢竟,原審の認定にそわない事実をも合わせ主張して,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するに帰し,採用できない。
同第二点について。
民法九七四条三号にいう「配偶者」には推定相続人の配偶者も含まれるものと解するのが相当であるところ,原審の確定した事実関係によれば,本件遺言公正証書の作成に立会した二人の証人のうちの一人である訴外丁は,遺言者丙の長女である訴外戊の夫であるというのであるから,右公正証書は,同条所定の証人欠格事由のある者を証人として立会させて作成されたものといわなければならない。従って,右遺言公正証書は遺言としての効力を有しないとした原審の判断は,正当として是認できる。そして,右丁の配偶者戊が当該遺言によってなんら財産を取得していないことは,右判断を左右する理由とはならない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
同第三点はついて。
原審の確定した事実関係のもとにおいては,本件公正証書による遺贈をもって贈与または死因贈与があったものとなしえない旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法は認められない。従って,論旨は採用できない。
なお,原審が,原判決主文一2の一四行目から一五行目にかけて,「甲」とあるつぎに,「乙」と記入すべきところ,これを記入しなかったのは,明白な脱字であるから,民訴法一九四条により職権でこれを更正することとする。
よって,同法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官大隅健一郎  裁判官岩田 誠,同藤林益三,同下田武三,同岸 盛一


公正証書遺言の方式(最判昭和43年12月20日民集22巻13号3017頁)

公正証書遺言の方式
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人遠矢良巳,同泥谷伸彦の上告理由第一点について。
原審が確定した事実によれば,上告人ら及び被上告人らが本件不動産を共有取得するに至った原因は,訴外亡甲の特定遺贈にあるというのであるから,上告人らは,共有者の一員として通常裁判所における共有物分割の請求により,右不動産の分割を求めることができるものといわなければならない。原判決に所論の違法はなく,論旨は,畢竟,独自の見解に基づき原判決を攻撃するものであって,採用できない。
同第二点について。
共有物分割請求訴訟が固有の必要的共同訴訟であることは,所論のとおりであるが,右訴訟においては,共有者の全員が当事者であればよいのであって,必ずしも,共有者の一人のみが原告として訴を提起しなければならないものではない(大審院大正一二年(オ)第二三三号同年一二月一七日判決民集二巻六八四頁参照)。原判決には所論の違法はなく,論旨は,理由がない。
同第三点について。
原審の確定した事実によれば,遺言者たる訴外甲は,本件不動産を上告人ら及び被上告人らの四名に均等に分け与えるものとし,その旨を公正証書によって遺言することを決意した後,被上告人乙をして公証人のもとに赴かしめ,公証人は,同被上告人から聴取した遺言の内容を筆記したうえ,遺言者に面接し,遺言者及び立会証人に既に公正証書用紙に清書してある右遺言の内容を読み聞かせたところ,遺言者は,右遺言の内容と同趣旨を口授し,これを承認して右書面にみずから署名押印したというのである。従って,右遺言の方式は,民法九六九条二号の口授と同条三号の筆記及び読み聞かせることとが前後したに止まるのであって,遺言者の真意を確保し,その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではないから,同条に定める公正証書による遺言の方式に違反するものではないといわなければならない(大審院昭和六年(オ)第七〇七号同年一一月二七日判決民集一〇巻一一二五頁,同昭和九年(オ)第二四八号同年七月一〇日判決民集一三巻一三四一頁参照)。原判決に所論の違法はなく,論旨は,採用しがたい。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁,同裁判長裁判官草鹿浅之介  裁判官城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎,同村上朝一


民法969条1号の証人の立会(最判昭和52年6月14日家月30巻1号69頁)

民法969条1号の証人の立会
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人竹下甫,同小山稔の上告理由及び同村松俊夫の上告理由について
原審が適法に確定した事実関係によれば,訴外真田精志が本件公正証書による遺言をするについて,立会証人である訴外Xは,すでに遺言内容の筆記が終った段階から立会ったものであり,その後公証人が右筆記内容を読み聞かせたのに対し,右遺言者はただうなずくのみであって,口授があったとはいえず,右立会証人は右遺言者の真意を十分に確認することができなかったというのであるから,本件公正証書による遺言を民法九六九条所定の方式に反し無効であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例は,いずれも事案を異にし,本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官  高辻正己 裁判官天野武一,同江里口清雄,同服部高顕,同環 昌一


民法969条2号の口授(最判昭和51年1月16日家月28巻7号25頁)

民法969条2号の口授にあたらない場合
      理   由
上告代理人小野寺照東の上告理由について
遺言者が,公正証書によって遺言をするにあたり,公証人の質問に対し言語をもって陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには,民法九六九条二号にいう口授があったものとはいえず,このことは遺言事項が子の認知に関するものであっても異なるものではないと解すべきである。所論は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。
最高裁裁判長裁判官 吉田 豊 裁判官 岡原昌男,同大塚喜一郎,同本林 譲

公正証書遺言と盲人の証人適格(最判昭和55年12月4日民集34巻7号835頁)

公正証書遺言と盲人の証人適格
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人藤森龍雄,同坂速雄,同曽我乙彦の上告理由第一点及び第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
同第三点について
民法九六九条一号は,公正証書によって遺言をするには証人二人以上を立ち会わせなければならないことを定めるが,盲人は,同法九七四条に掲げられている証人としての欠格者にはあたらない。のみならず,盲人は,視力に障害があるとしても,通常この一事から直ちに右証人としての職責を果たすことができない者であるとしなければならない根拠を見出し難いことも以下に述べるとおりであるから,公正証書遺言に立ち会う証人としての適性を欠く事実上の欠格者であるということもできないと解するのが相当である。すなわち,公正証書による遺言について証人の立会を必要とすると定められている所以のものは,右証人をして遺言者に人違いがないこと及び遺言者が正常な精神状態のもとで自己の意思に基づき遺言の趣旨を公証人に口授するものであることの確認をさせるほか,公証人が民法九六九条三号に掲げられている方式を履践するため筆記した遺言者の口述を読み聞かせるのを聞いて筆記の正確なことの確認をさせたうえこれを承認させることによって遺言者の真意を確保し,遺言をめぐる後日の紛争を未然に防止しようとすることにある。ところで,一般に,視力に障害があるにすぎない盲人が遺言者に人違いがないこと及び遺言者が正常な精神状態のもとで自らの真意に基づき遺言の趣旨を公証人に口授するものであることの確認をする能力まで欠いているということのできないことは明らかである。また,公証人による筆記の正確なことの承認は,遺言者の口授したところと公証人の読み聞かせたところとをそれぞれ耳で聞き両者を対比することによってすれば足りるものであって,これに加えて更に,公証人の筆記したところを目で見て,これと前記耳で聞いたところとを対比することによってすることは,その必要がないと解するのを相当とするから,聴力には障害のない盲人が公証人による筆記の正確なことの承認をすることができない者にあたるとすることのできないこともまた明らかである。なお,証人において遺言者の口授したところを耳で聞くとともに公証人の筆記したところを目で見て両者を対比するのでなければ,公証人による筆記の正確なことを独自に承認することが不可能であるような場合は考えられないことではないとしても,このような稀有の場合を想定して一般的に盲人を公正証書遺言に立ち会う証人としての適性を欠く事実上の欠格者であるとする必要はなく,このような場合には,証人において視力に障害があり公証人による筆記の正確なことを現に確認してこれを承認したものではないことを理由に,公正証書による遺言につき履践すべき方式を履践したものとすることができないとすれば足りるものである。このように,盲人は,視力に障害があるとはいえ,公正証書に立ち会う証人としての法律上はもとより事実上の欠格者であるということはできないのである。
そうすると,本件公正証書による遺言につき証人として立ち会った甲は,盲人であったが,証人としての欠格者であるということはできないところ,原審の確定するところによれば,右甲は,公証人が読み聞かせたところに従い公証人による遺言者乙の口述の筆記が正確であることを承認したうえ署名押印したというのであって,その間右乙の口授したところを耳で聞くとともに公証人の筆記したところを目で見て両者を対比するのでなければ公証人による筆記の正確なことを確認してこれを承認することができなかったというべき特段の事情が存在していたことは窺われないのであるから,右甲が証人として立ち会った本件公正証書による遺言に方式違背はなく,右遺言は有効であるといわなければならず,これと同趣旨の原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官本山亨,同中村治朗の各反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官藤崎萬里 裁判官団藤重光,同本山 亨,同中村治朗,同谷口正孝


公正証書遺言と遺言者の署名押印への証人立会の要否(最判平成10年3月13日家月50巻10号103頁)

1 公正証書遺言と遺言者の署名押印への証人立会の要否
2 同押印の際2人のうち1人の証人立会いなく作成された遺言公正証書の効力
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告人代理人藏大介の上告理由第七の二及び三について
民法九六九条に従い公正証書による遺言がされる場合において,証人は,遺言者が同条四号所定の署名及び押印をするに際しても,これに立ち会うことを要するものと解すべきである。何故なら,同条一号が公正証書による遺言につき二人以上の証人の立会いを必要とした趣旨は,遺言者の真意を確保し,遺言をめぐる後日の紛争を未然に防止しようとすることにあるところ,同条四号所定の遺言者による署名及び押印は,遺言者がその口授に基づき公証人が筆記したところを読み聞かされて,遺言の趣旨に照らし右筆記が正確なことを承認した旨を明らかにし,当該筆記をもって自らの遺言の内容とすることを確定する行為であり,右遺言者による署名及び押印について,これが前記立会いの対象から除外されると解すべき根拠は存在しないからである。
原審の適法に確定した事実関係によれば,(1)Xは,平成三年七月一八日,仙台法務局所属公証人壱に対し,本件遺言公正証書の作成を嘱託し,壱公証人は,同日午後六時から六時三〇分ころまでの間に,Xの入院先の病室において甲及び乙を証人として立ち会わせた上,Xから遺言の趣旨の口授を受けて本件遺言公正証書の原案を作成し,これをXに読み聞かせたところ,Xは,筆記の正確なことを承認して遺言者としての署名をしたが,同人が印章を所持していなかったことから,手続はいったん中断された,(2)壱公証人は,被上告人がXの印章をその自宅から持ってきた後の同日午後七時三〇分ころ,前記病室において,乙の立会いの下,再度筆記したところを読み聞かせ,Xは,その内容を確認した上,これに押印した,(3)右Xの押印の際,甲は,これに立ち会わず,病院の待合室で待機していたが,待合室に戻ってきた壱公証人から,Xの押印を得て完成した本件遺言公正証書を示されたというのである。
右のとおり,証人のうちの一人である甲は,Xが本件遺言公正証書に押印する際に立ち会っていなかったのであるから,本件遺言公正証書の作成の方式には瑕疵があったというべきである。しかし,Xは,いったん証人二人の立会いの下に筆記を読み聞かされた上で署名をし,比較的短時間の後に乙立会いの下に再度筆記を読み聞かされて押印を行い,甲はその直後ころ右押印の事実を確認したものであって,この間にXが従前の考えを翻し,又は本件遺言公正証書がXの意思に反して完成されたなどの事情は全くうかがわれない本件においては,本件遺言公正証書につき,あえて,その効力を否定するほかはないとまで解することは相当でない。してみると,上告人らの本件遺言無効確認等請求を棄却すべきもとのとした原審の判断は,結論において是認できる。論旨は,結局,原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し,採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右事実関係の下においては,上告人らの本件請求を棄却すべきものとした原審の判断は,是認できないではない。論旨は採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田 博

不適格証人が同席した公正証書遺言(最判平成13年3月27日家月53巻10号98頁)

遺言の証人になれない者が同席して作成された公正証書遺言の効力
      主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人兼上告補助参加代理人有馬毅の上告理由一及び二について
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,上記事実関係の下においては,本件遺言当時,Xは意思能力を有しており,公証人はXが口授した遺言の内容を聞き取ったものであるとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって,採用できない。
同三について
遺言公正証書の作成に当たり,民法所定の証人が立ち会っている以上,たまたま当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,当該遺言公正証書の作成手続を違法ということはできず,同遺言が無効となるものではないと解するのが相当である。
ところで,本件において,受遺者である甲の長女の乙らが同席していたことによって,本件遺言の内容が左右されたり,Xが自己の真意に基づき遺言をすることが妨げられたりした事情を認めることができないとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。
従って,本件公正証書による遺言は有効であるというべきであり,これと同旨の原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官元原利文,同金谷利廣,同奥田昌道

危急時遺言の遺言書における日付の記載,遺言者の非面前での証人の署名(最判昭和47年3月17日民集26巻2号249頁)

ア危急時遺言の遺言書における日付の記載と遺言の効力
イ危急時遺言書に対する証人の署名捺印が遺言者の面前でなされなかった場合に遺言の効力が認められた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人山中伊佐男の上告理由第一点について。
所論は,要するに,民法九七六条所定の方式によるいわゆる危急時遺言についても,遺言書に作成日付の記載のあることがその有効要件となるものとし,原判決が,本件遺言書は昭和四三年一月二九日に完成したことを認めながら,昭和四三年一月二八日と記載された右遺言書による遺言の効力を認めたのは,同条の解釈を誤った違法があるというのである。
しかし,同条所定の方式により遺言をする場合において,遺言者が口授した遺言の趣旨を記載した書面に,遺言をした日付ないし証書を作成した日付を記載することが右遺言の方式として要求されていないことは,同条の規定に徴して明らかであって,日付の記載はその有効要件ではないと解すべきである。従って,右遺言書を作成した証人においてこれに日付を記載した場合でも,右は遺言のなされた日を証明するための資料としての意義を有するにとどまるから,遺言書作成の日として記載された日付に正確性を欠くことがあったとしても,直ちに右の方式による遺言を無効ならしめるものではない。そして,遺言のなされた日が何時であるかは,書面は日付が存在せず,また日付の記載の正確性に争いがあっても,これに立会った証人によって確定することができるから,所論のような事情は右の解釈を左右するものではない。これと同旨の原審の判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
同第二点について。
論旨が,本件遺言の効力を認めて上告人の請求を棄却した原審の判断を違法とし,遺言の無効事由として述べるところは,上告人が第一審以来遺言無効の事由として主張し,原判決の引用する第一審判決の事実欄五の(一),(二)及び(四)ならびに七に摘示されたものと同一に帰するが,原判決(その引用する第一審判決を含む。)の挙示する証拠関係に照らせば,原審の事実認定はすべて是認するに足りるから,論旨中事実認定の非難に帰する部分は理由がない。そして,原審の確定した右事実関係のもとにおいては,論旨と同旨の主張を排斥し本件遺言の効力を認めた原審の判断(第一審判決八枚目裏八行目から一〇枚目裏一行目までの説示部分)もまた首肯するに足りるが,なお,本件遺言書の証人の署名捺印は,遺言者の面前でなされたものではないので,この点について判断する。
民法九七六条所定の危急時遺言が,疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときに認められた特別の方式であること,右遺言にあたって立会証人のする署名捺印は,遺言者により口授された遺言の趣旨の筆記が正確であることを各証人において証明するためのものであって,同条の遺言は右の署名捺印をもって完成するものであること,右遺言は家庭裁判所の確認を得ることをその有効要件とするが,その期間は遺言の日から二〇日以内に制限されていることなどに鑑みれば,右の署名捺印は,遺言者の口授に従って筆記された遺言の内容を遺言者及び他の証人に読み聞かせたのち,その場でなされるのが本来の趣旨とは解すべきであるが,本件のように,筆記者である証人が,筆記内容を清書した書面に遺言者甲の現在しない場所で署名捺印をし,他の証人二名の署名を得たうえ,右証人らの立会いのもとに遺言者に読み聞かせ,その後,遺言者の現在しない場所すなわち遺言執行者に指定された者の法律事務所で,右証人二名が捺印し,もって署名捺印を完成した場合であっても,その署名捺印が筆記内容に変改を加えた疑いを挾む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたものと認められるときは,未だ署名捺印によって筆記の正確性を担保しようとする同条の趣旨を害するものとはいえないから,その署名捺印は同条の方式に則ったものとして遺言の効力を認めるに妨げないと解すべきである。そして,昭和四三年一月二七日深夜から翌二八日午前零時過ぎまでの間遺言者による口授がなされ,同二八日午後九時ごろ遺言者に対する読み聞かせをなし,翌二九日午前中に署名捺印を完成した等原判示の遺言書作成の経緯に照らせば,本件遺言書の作成は同条の要件をみたすものというべきである。
なお,本件遺言書には,遺言者甲に清書された書面を読み聞かせたのち,その記載内容に加筆訂正を加えた部分があり,右部分については甲に対し改めて読み聞かせをしなかったというのであるが,その部分は,本件遺言書一枚目三行目に,「遺産します」とあるのを「遺言します」と一字訂正し,また二枚目二行目に,「(但し遺言者は重態の為め署名捺印は出来ない)」と附加記載したというのであって,前者はたんに明らかな誤記を訂正したにとどまり,また後者も危急時遺言の方式としては無用の記載を附加したにとどまるから,このような加筆訂正の結果について改めて遺言者に読み聞かせることがなく,また附加訂正の方式において欠けるところがあったとしても,本件遺言の効力に影響を及ぼすものではない。
してみれば,原判決に所論の違法はないから,論旨はすべて採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

 最高裁裁判長裁判官岡原昌男 裁判官色川幸太郎,同村上朝一,同小川信雄

危急時遺言と民法976条1項の遺言の口授(最判平成11年9月14日裁判集民事193号717頁)

危急時遺言に当たり民法976条1項の遺言の趣旨の口授があったとされた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人北村行夫の上告理由について原審の適法に確定したところによれば,事実関係は次のとおりである。
1遺言者である亡甲は,昭和六三年九月二八日,糖尿病,慢性腎不全,高血圧症,両眼失明,難聴等の疾病に重症の腸閉塞,尿毒症等を併発して静岡県済生会総合病院に入院し,同年一一月一三日死亡した者であるが,当初の重篤な病状がいったん回復して意識が清明になっていた同年一〇月二三日,被上告人に対し,被上告人に家財や預金等を与える旨の遺言書を作成するよう指示した。
2被上告人は,かねてから面識のある壱弁護士に相談の上,担当医師らを証人として民法九七六条所定のいわゆる危急時遺言による遺言書の作成手続を執ることにし,また,同弁護士の助言により同弁護士の法律事務所の弐弁護士を遺言執行者とすることにし,翌日,その旨甲の承諾を得た上で,甲の担当医師である乙医師ら三名に証人になることを依頼した。
3乙医師らは,同月二五日,壱弁護士から,同弁護士が被上告人から聴取した内容を基に作成した遺言書の草案の交付を受け,甲の病室をを訪ね,乙医師において,甲に対し,「遺言をなさるそうですね。」と問いかけ,甲の「はい。」との返答を得た後,「読み上げますから,そのとおりであるかどうか聞いて下さい。」と述べて,右草案を一項目ずつゆっくり読み上げたところ,甲は,乙医師の読み上げた内容にその都度うなずきなから「はい。」と返答し,遺言執行者となる弁護士の氏名が読み上げられた際には首をかしげる仕種をしたものの,同席していた被上告人からその説明を受け,「うん。」と答え,乙医師から,「いいですか。」と問われて「はい。」と答え,最後に,乙医師から,「これで遺言書を作りますが,いいですね。」と確認され,「よくわかりました。よろしくお願いします。」と答えた。
4乙医師らは,医師室に戻り,同医師において前記草案内容を清書して署名押印し,他の医師二名も内容を確認してそれぞれ署名押印して,本件遺言書を作成した。
右事実関係の下においては,甲は,草案を読み上げた立会証人の一人である乙医師に対し,口頭で草案内容と同趣旨の遺言をする意思を表明し,遺言の趣旨を口授したものというべきであり,本件遺言は民法九七六条一項所定の要件を満たすものということができる。従って,これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官千種秀夫,同元原利文,同金谷利廣

ワープロで秘密証書遺言書の表題本文につき入力印字者と民法970条1項3号の筆者(最判平成14年9月24日家月55巻3号72頁)

ワープロで秘密証書遺言書の表題及び本文につき入力印字者が民法970条1項3号の筆者であるとされた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人斎藤勝,同片岡壽,同関根靖弘の上告受理申立て理由について
原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
亡丁は,財産全部を妻である上告人に相続させる旨の本件遺言をした。本件遺言書の記載は,表題,本文,作成年月日並びに遺言者である丁の住所及び氏名から成るところ,そのうち,作成年月日である「平成十年十一月拾五日」の記載のうちの「拾五」の部分及び氏名は丁が自筆で記載したが,その余の部分はワープロで印字されている。この印字部分は,上告人の子である戊の妻己が,市販の遺言書の書き方の文例を参照し,ワープロを操作して,その文例にある遺言者と妻の氏名を丁及び甲に置き換え,そのほかは文例のまま入力し,印字したものである。丁は,本件遺言を秘密証書の方式によってすることとし,横浜地方法務局所属公証人庚及び証人2人の前に本件遺言書を入れた封書を提出し,自己の遺言書である旨及び丁自身がこれを筆記した旨述べたが,遺言書の筆者として己の氏名及び住所を述べなかった。
上記事実関係の下においては,本件遺言の内容を筆記した筆者は,ワープロを操作して本件遺言書の表題及び本文を入力し印字した己であるというべきである。丁は,公証人に対し,本件遺言書の筆者として己の氏名及び住所を申述しなかったのであるから,本件遺言は,民法970条1項3号所定の方式を欠き,無効である。
これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁裁判長裁判官 上田豊三 裁判官金谷利廣,同奥田昌道,同濱田邦夫


遺言書中の特定の条項の解釈(最判昭和58年3月18日家月36巻3号143頁)

遺言書中の特定の条項の解釈
      主   文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人山中伊佐男の上告理由について
一 上告人らが本訴において主張するところは,(ハ)主位的請求原因として,(1)Xは,昭和四九年三月七日に自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成し,昭和五一年一〇月一七日に一部字句の訂正をした,(2)Xは,本件遺言書において,妻である被上告人の死亡を停止条件として,弟妹である上告人Y及び同Zに対し第一審判決別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の持分各一〇分の一,同乙に対し同持分二〇分の三をそれぞれ遺贈する旨の遺言をした,(3)そして,Xは昭和五一年一二月二四日に死亡し,右のとおり遺贈の効力が生じた,(4)しかるに,被上告人は,Xから本件不動産の単純遺贈を受けたものとして,本件不動産につき長崎地方法務局時津出張所昭和五二年六月一三日受付第六一一八号をもって遺贈を原因とする自己単独名義の所有権移転登記を経由した,(5)よって,上告人らは,被上告人との間において,上告人らがXから前記のとおりの遺贈を受けたことの確認を求めるとともに,被上告人に対し,右登記の抹消登記手続を求める,というのであり,(7)予備的請求原因として,(1)Xの遺言のうち本件不動産の遺贈に関する部分は,内容が不明確であって,遺言者Xの真意を把握することができないから無効である,(2)よって,上告人らは,被上告人との間において,右遺言部分が無効であることの確認を求める,というのである。
二 原審は,上告人らの右主張について判断するにあたり,(1)Xが本件遺言書により遺言をしたこと,(2)4」Xが昭和五一年一二月二四日に死亡したこと,(3)本件遺言書に,Xの遺産の一部である本件不動産について,「被告人にこれを遺贈する。」(以下「第一次遺贈の条項」という。)とあり,続いて,「被上告人の死亡後は,上告人Y二,訴外甲二,上告人Z二,同乙一云訴外丙一云同丁一云同高野多美子一云同戊二の割合で権利分割所有す。但し,右の者らが死亡したときは,その相続人が権利を継承す。」(以下「第二次遺贈の条項」という。)と記載されていること,以上の事実を確定したうえ,右事実に基づいて,(1)本件遺贈は,一般に「後継ぎ遺贈」といわれるものであって,第一次受遺者の遺贈利益が,第二次受遺者の生存中に第一次受遺者が死亡することを停止条件として第二次受遺者に移転する,という特殊な遺贈である,(2)ところで,この種の遺贈は,受遺者に一定の債務を負担させる負担付遺贈とも異なり,現行法上これを律すべき明文の規定がない,(3)そのため,右遺贈を有効とした場合には,第一次受遺者の受ける遺贈利益の内容が定かではなく,また,第一次受遺者,第二次受遺者及び第三者の相互間における法律関係を明確にすることができず,実際上複雑な紛争を生ぜしめるおそれがある,(4)関係者相互間の法律関係を律する明文の規定を設けていない現行法のもとにおいては,第二次受遺者の遺贈利益については法的保護が与えられていないものと解すべきである,(5)従って,上告人らに対する第二次遺贈の条項は,Xの希望を述べたにすぎないものというべきであり,また,被上告人に対する第一次遺贈の条項は,これとは別個独立の通常の遺贈として有効である,と判示した。
三 しかし,右判断は,にわかに是認できない。その理由は,次のとおりである。
遺言の解釈にあたっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく,遺言者の真意を探究すべきものであり,遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても,単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。
しかるに,原審は,本件遺言書の中から第一次遺贈及び第二次遺贈の各条項のみを抽出して,「後継ぎ遺贈」という類型にあてはめ,本件遺贈の趣旨を前記のとおり解釈するにすぎない。ところで,記録に徴すれば,本件遺言書は甲第一号証(検認調書謄本)に添付された遺言状と題する書面であり,その内容は上告理由書第一,一に引用されているとおりであることが窺われるのであって,同遺言書には,(1)第一次遺贈の条項の前に,Xが経営してきた合資会社材木店のXなきあとの経営に関する条項,被上告人に対する生活保障に関する条項及び丙及び被上告人に対する本件不動産以外の財産の遺贈に関する条項などが記載されていること,(2)ついで,本件不動産は右会社の経営中は置場として必要であるから一応そのままにして,と記載されたうえ,第二次遺贈の条項が記載されていること,(3)続いて,本件不動産は換金でき難いため,右会社に賃貸しその収入を第二次遺贈の条項記載の割合で上告人らその他が取得するものとする旨記載されていること,(4)更に,形見分けのことなどが記載されたあとに,被上告人が一括して遺贈を受けたことにした方が租税の負担が著しく軽くなるときには,被上告人が全部(又は一部)を相続したことにし,その後に前記の割合で分割するということにしても差し支えない旨記載されていることが明らかである。
右遺言書の記載によれば,Xの真意とするところは,第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であって,第二次遺贈の条項はXの単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが,本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺贈であると解するか,また,上告人らに対しては,被上告人死亡時に本件不動産の所有権が被上告人に存するときには,その時点において本件不動産の所有権が上告人らに移転するとの趣旨の遺贈であると解するか,更には,被上告人は遺贈された本件不動産の処分を禁止され実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず,上告人らに対する被上告人の死亡を不確定期限とする遺贈であると解するか,の各余地も十分にありうるのである。
原審としては,本件遺言書の全記載,本件遺言書作成当時の事情などをも考慮して,本件遺贈の趣旨を明らかにすべきであったといわなければならない。
四 以上によれば,前記原審認定の事実のみに基づき原審が判示するような解釈のもとに,被上告人に対する遺贈は通常のものであり,上告人らに対する遺贈はXの単なる希望を述べたものにすぎないものである旨判断した原判決には,遺贈に関する法令の解釈適用を漂った違法があるか,又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず,右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,論旨は結局理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,右の点について更に審理を尽くす必要があるから,本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判官鹽野宜慶 裁判官木下忠良,同宮崎梧一,同大橋 進,同牧 圭次

受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言の有効性(最判平成5年1月19日民集47巻1号1頁)

受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言が有効とされた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人築尾晃治,同尾原英臣の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
1 亡甲の法定相続人は,いずれも妹である上告人らだけであったが,後記の本件遺言がされた時点では,甲と上告人らとは長らく絶縁状態にあった。
2 甲は,昭和五八年二月二八日,被上告人に遺言の執行を委嘱する旨の自筆による遺言証書(以下「本件遺言執行者指定の遺言書」という。)を作成した上,これを被上告人に託するとともに,再度その来宅を求めた。
3 甲は,同年三月二八日,右の求めに応じて同人宅を訪れた被上告人の面前で,「一,発喪不要。二,遺産は一切の相續を排除し,三,全部を公共に寄與する。」という文言記載のある自筆による遺言証書(以下「本件遺言書」という。)を作成して本件遺言をした上,これを被上告人に託し,自分は天涯孤独である旨を述べた。
4 被上告人は,甲が昭和六〇年一〇月一七日に死亡したため,翌六一年二月二四日頃,東京家庭裁判所に本件遺言執行者指定の遺言書及び本件遺言書の検認を請求して同年四月二二日にその検認を受け,翌二三日,上告人らに対し,甲の遺言執行者として就職する旨を通知した。
二 遺言の解釈に当たっては,遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが,可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり,そのためには,遺言書の文言を前提にしながらも,遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。このような見地から考えると,本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時の甲の置かれた状況からすると,同人としては,自らの遺産を上告人ら法定相続人に取得させず,これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。そして,本件遺言書において,あえて遺産を「公共に寄與する」として,遺産の帰属すべき主体を明示することなく,遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると,本件遺言は,右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし,民法三四条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人,社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。また,本件遺言に先立ち,本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上,本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると,本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は,遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。このように解すれば,遺言者である甲の意思に沿うことになり,受遺者の特定にも欠けるところはない。
そして,前示の趣旨の本件遺言は,本件遺言執行者指定の遺言と併せれば,遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず,その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが,遺言者にとって,このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ,本件においては,遺産の利用目的が公益目的に限定されている上,被選定者の範囲も前記の団体等に限定され,そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく,従って,選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから,本件遺言は,その効力を否定するいわれはないものというべきである。
三 以上と同旨の理解に立ち,本件遺言を有効であるとした原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法は認められない。所論引用の大審院判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するか,又は原審の専権に属する事実の認定を論難するものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己,同園部逸夫,同佐藤庄市郎,同可部恒雄


特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)

特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合における当該遺産の承継
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人小川正燈,同小川まゆみの上告理由第一点,第二点及び第三点について
甲が第一審判決別紙物件目録記載の一ないし六の土地を前所有者から買い受けてその所有権を取得したとした原審の認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認できる。原審は,登記簿の所有名義が甲になったことだけから右事実を認定したのではなく,同人が台東不動産株式会社の社長として相応の収入を得ていたことなどの事実をも適法に確定した上で,甲の売買による所有権取得の事実を認定しているのであり,原審の右認定の過程に,所論の立証責任に関する法令違反,経験則違反,釈明義務違反等の違法はない。論旨は,採用できない。
同第四点について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同第五点及び第六点について
一 原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。
1 第一審共同被告乙は甲の夫,上告人(第一審被告)は甲の長女,被上告人(第一審原告)は甲の二女,第一審共同原告丙は甲の三女で,いずれも甲の相続人であり,第一審共同原告丁は被上告人の夫であるが,甲は昭和六一年四月三日死亡した。
2 甲は,第一審判決別紙物件目録記載の一ないし八の土地(ただし,八の土地については四分の一の共有持分)を所有していたが,(1) 昭和五八年二月一一日付け自筆証書により右三ないし六の土地について「上出一家の相続とする」旨の遺言を,(2) 同月一九日付け自筆証書により右一及び二の土地について「上出の相続とする」との遺言を,(3) 同五九年七月一日付け自筆証書により右七の土地について「丁に譲る」との遺言を,(4) 同日付け自筆証書により右八の土地の甲の持分四分の一について「丙に相続させて下さい」旨の遺言をそれぞれした。右各遺言書は,昭和六一年六月二三日東京家庭裁判所において検認を受けたが,右の遺言のうち,(1)の遺言は,被上告人とその夫丁に各二分の一の持分を与える趣旨であり,(2)の遺言の「上出」は被上告人を,(4)の遺言の「丙」は丙をそれぞれ指すものである。なお,丙は,右八の土地について甲の持分とは別に四分の一の共有持分を有していた。
二 原審は,右事実関係に基づき,次のように判断した。
 右(1),(3)における甲の相続人でない丁に対する「相続とする」「譲る」旨の遺言の趣旨は,遺贈と解すべきであるが,右(1)における被上告人に対する「相続とする」との遺言,(2)の「相続とする」との遺言及び(4)の「相続させて下さい」との遺言の趣旨は,民法九〇八条に規定する遺産分割の方法を指定したものと解すべきである。そして,右遺産分割の方法を指定した遺言によって,右(1),(2)又は(4)の遺言に記載された特定の遺産が被上告人又は丙の相続により帰属することが確定するのは,相続人が相続の承認,放棄の自由を有することを考え併せれば,当該相続人が右の遺言の趣旨を受け容れる意思を他の共同相続人に対し明確に表明した時点であると解するのが合理的であるところ,被上告人については遅くとも本訴を提起した昭和六一年九月二五日,丙については同じく同年一〇月三一日のそれぞれの時点において右の意思を明確に表明したものというべきであるから,相続開始の時に遡り,被上告人は前記一及び二の土地の所有権と三ないし六の土地の二分の一の共有持分を,丙は前記八の土地の甲の四分の一の共有持分をそれぞれ相続により取得したものというべきであり,丁は,前記(3)の遺言の効力が生じた昭和六一年四月三日,前記七の土地の所有権を遺贈により取得したものというべきである。従って,被上告人の請求のうち前記一及び二の土地の所有権並びに三ないし六の土地の二分の一の共有持分を有することの確認を求める部分,丁の前記七の土地の所有権を有することの確認を求める請求及び丙の前記八の土地の四分の一を超え二分の一の共有持分を有することの確認を求める請求は,いずれも認容すべきであり,被上告人のその余の請求(三ないし六の土地の右共有持分を超える所有権の確認を求める請求)は理由がない。
三 被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については,遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ,遺言者は,各相続人との関係にあっては,その者と各相続人との身分関係及び生活関係,各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係,特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人のかかわりあいの関係等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから,遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合,当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることに鑑みれば,遺言者の意思は,右の各般の事情を配慮して,当該遺産を当該相続人をして,他の共同相続人と共にではなくして,単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり,遺言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り,遺贈と解すべきではない。そして,右の「相続させる」趣旨の遺言,すなわち,特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は,前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって,民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも,遺産の分割の方法として,このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。従って,右の「相続させる」趣旨の遺言は,正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり,他の共同相続人も右の遺言に拘束され,これと異なる遺産分割の協議,さらには審判もなし得ないのであるから,このような遺言にあっては,遺言者の意思に合致するものとして,遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり,当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。そしてその場合,遺産分割の協議又は審判においては,当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても,当該遺産については,右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。もっとも,そのような場合においても,当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから,その者が所定の相続の放棄をしたときは,さかのぼって当該遺産がその者に相続されなかったことになるのはもちろんであり,また,場合によっては,他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。
 原審の適法に確定した事実関係の下では前記特段の事情はないというべきであり,被上告人が前記各土地の所有権ないし共有持分を相続により取得したとした原判決の判断は,結論において正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島 昭,同中島敏次郎,同木崎良平


遺言者の住所で表記された不動産の遺贈は建物のみとはいえない(最判平成13年3月13日家月53巻9号34頁)

遺言者の住所で表記された不動産の遺贈につき同所の土地建物のうち建物のみを目的としたものと解することはできないとされた事例
      主   文
 原判決中第1審判決別紙物件目録一記載の土地の共有物
 分割請求に係る部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人池原毅和,同森岡信夫の上告理由について
1 本件訴訟は,亡甲の相続人である上告人が,母である甲からの遺贈によって第1審判決別紙物件目録一,二記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)の共有持分を取得したと主張して,本件土地建物の他の共有持分者である被上告人らに対して,本件土地建物の共有物分割を求めるものである。原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 本件土地建物について,甲は2分の1の共有持分を有し,被上告人らは各8分の1の共有持分を有していた。本件建物は本件土地上に建っており,甲は,本件土地建物の外に不動産を有していなかった。
(2) 甲は,平成4年4月20日付けで,その全文,日付及び氏名を自署し,これに印を押した遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成した。本件遺言書の本文には,甲所有の不動産である東京都荒川区西尾久7丁目60番4号を上告人に遺贈する旨の記載がある。
(3) 甲は,平成6年1月3日に死亡した。
(4) 甲の相続人は,乙(長女),丙(二女),丁(三女),戊(四女),上告人(二男),己(五女)並びに亡庚(長男,昭和48年6月13日死亡)の子である被上告人辛,同壬及び同癸の9名である。被上告人庚子は,亡庚の妻である。
(5) 本件遺言書作成当時,本件土地建物は,甲の自宅として用いられると共に,上告人らの同族会社で廃品回収業を営む有限会社竹内商店(以下「竹内商店」という。)の事業所としても用いられ,竹内商店の借入金を担保するために金融機関の抵当権が設定されており,本件土地建物なしに竹内商店の経営が成り立たなかったことは明らかであった。そして,本件遺言書作成の前後において,竹内商店の経営の実権を有していた被上告人庚子とこれに反発する上告人とは反目し合っており,被上告人ら家族と上告人との間には確執が続いていた。
(6) 上告人と被上告人らの間では,本件土地建物の分割協議が調わない。
2 原審は,以下のとおり判示して,上告人の本件土地の共有物分割請求を却下した。
(1) 本件遺言書に記載された「西尾久7丁目60番4号」は,住居表示であり,文字どおりに解するならば,同所所在の建物と解すべきことになる。
(2) 前記1(5)の本件遺言書作成当時の事情によれば,甲が本件土地の共有持分を上告人に遺贈する真意を有していたと解することはできない。
(3) これらを総合すると,甲は本件建物の共有持分のみを上告人に遺贈したものと解すべきである。
3 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
遺言の意思解釈に当たっては,遺言書の記載に照らし,遺言者の真意を合理的に探究すべきところ,本件遺言書には遺贈の目的について単に「不動産」と記載されているだけであって,本件土地を遺贈の目的から明示的に排除した記載とはなっていない。一方,本件遺言書に記載された「荒川区西尾久7丁目60番4号」は,甲の住所であって,同人が永年居住していた自宅の所在場所を表示する住居表示である。そして,本件土地の登記簿上の所在は「荒川区西尾久7丁目」,地番は「158番6」であり,本件建物の登記簿上の所在は「荒川区西尾久7丁目158番地6」,家屋番号は「158番6の1」であって,いずれも本件遺言書の記載とは一致しない。以上のことは記録上明らかである。
そうすると,本件遺言書の記載は,甲の住所地にある本件土地及び本件建物を一体として,その各共有持分を上告人に遺贈する旨の意思を表示していたものと解するのが相当であり,これを本件建物の共有持分のみの遺贈と限定して解するのは当を得ない。原審は,前記1(5)のように本件遺言書作成当時の事情を判示し,これを遺言の意思解釈の根拠としているが,以上に説示したように遺言書の記載自体から遺言者の意思が合理的に解釈し得る本件においては,遺言書に表われていない前記1(5)のような事情をもって,遺言の意思解釈の根拠とすることは許されないといわなければならない。
4 以上のとおり,甲が本件建物の共有持分のみを上告人に遺贈したものと解すべきであるとした原審の判断には,遺言に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決中上告人の本件土地の共有物分割請求を却下した部分は破棄を免れない。そして,本件土地の分割方法につき審理を尽くさせる必要があるから,同部分を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁裁判長裁判官千種秀夫,裁判官元原利文,同金谷利廣,同奥田昌道

遺言書の記載のみに依拠して遺言書の条項を解釈してはならない事例(最判平成17年7月22日家月58巻1号83頁)

遺言書の記載のみに依拠して遺言書の条項の文言を形式的に解釈するのは誤りであるとされた事例
      主   文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人平山芳明ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審が確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)甲は,兄である丙とその妻丁(以下,この夫婦を「丙夫婦」という。)の間に出生した上告人について,甲とその妻乙(以下,この夫婦を「甲夫婦」という。)の嫡出子として出生の届出をし,甲を筆頭者とする戸籍には,上告人は甲の長男として記載されている。
(2)乙は,昭和37年9月13日に死亡し,甲は,昭和62年12月26日に死亡した。甲の相続人は,甲の兄弟である丙,戊及び被上告人X1の3人であった。その後,戊が死亡し,被上告人X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7が戊の遺産を相続し,次いで,丙が死亡し,その配偶者及び子(上告人を含む。)が丙の遺産を相続した。
(3)甲は,昭和57年5月11日付けの自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成していた。本件遺言書は4項目から成るものであり,1項から3項までには,特定の財産について特定人を指定して贈与等する旨記載されており,4項には,「遺言者は法的に定められたる相續人を以って相續を与へる。」と記載されている。
2 本件は,① 被上告人X8を除く被上告人ら(以下「個人被上告人ら」という。)が,被上告人X1については甲の死亡に伴う相続により,同被上告人を除く個人被上告人らについては甲及び戊の各死亡に伴う順次の相続により,第1審判決別紙相続財産目録記載の甲の遺産(以下「本件遺産」という。)をそれぞれの法定相続分に応じて取得したと主張して,上告人に対し,個人被上告人らが本件遺産について各法定相続分の割合による持分を有することの確認等を求め,② 上告人が,本件遺言書による甲の遺言に基づき本件遺産を遺贈されたなどと主張して,被上告人らに対し,上告人が本件遺産のうちの不動産について所有権を有することの確認等を求めた事案である。
3 原判決は,次のとおり判断して,個人被上告人らの上記①の請求についてはその全部を,上告人の上記②の請求については,上告人が本件遺産のうちの不動産について甲の相続人である丙の相続人として有する相続分に相当する持分36分の1を有することの確認を求める限度で,それぞれ認容すべきものとした。
本件遺言書は,1項から3項までには,特定人を指定して遺贈等をする旨の記載がされているが,4項には「法的に定められたる相續人」とのみ記載されている。仮に甲が本件遺言書1項から3項までに記載された遺産を除く同人の遺産を上告人に遺贈する意思を有していたのであれば,同4項においても,同1項から3項までと同様に,上告人を具体的に指定すれば足りるのにこれをしていない。以上のことからすると,同4項の「法的に定められたる相續人」は,上告人を指すものでも上告人を積極的に排斥するものでもなく,単に法定相続人を指すものと解するのが相当である。また,同1項及び3項では「贈与」の文言が用いられているが,同4項では同文言が用いられていないことからすると,同項の「相續を与へる」を遺贈の趣旨であると解することはできない。以上のような本件遺言書の記載に照らすと,本件遺言書4項は,同1項から3項までに記載された遺産を除く甲の遺産を同人の法定相続人に相続させる趣旨のものであることが明らかである。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
遺言を解釈するに当たっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく,遺言者の真意を探究すべきであり,遺言書が複数の条項から成る場合に,そのうちの特定の条項を解釈するに当たっても,単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し,その文言を形式的に解釈するだけでは十分でなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して,遺言者の真意を探究し,当該条項の趣旨を確定すべきである(最高裁昭和55年(オ)第973号同58年3月18日判決・裁判集民事138号277頁参照)。
原審は,本件遺言書の記載のみに依拠して,本件遺言書4項の趣旨を上記のとおり解釈しているが,記録によれば,甲は,乙との間に子がなかったため,丙夫婦の間に出生した上告人を甲夫婦の実子として養育する意図で,上告人につき甲夫婦の嫡出子として出生の届出をしたこと,上告人は,昭和18年1月20日に出生してから学齢期に達するまで,九州在住の丙夫婦の下で養育され,その後,神戸市在住の甲夫婦に引き取られたが,上告人が上記の間丙夫婦の下で養育されたのは,戦中戦後の食糧難の時期であったためであり,上告人は,甲夫婦に引き取られた後甲が死亡するまでの約39年間,甲夫婦とは実の親子と同様の生活をしていたことがうかがわれる。そして,甲が死亡するまで,本件遺言書が作成されたころも含め,甲と上告人との間の上記生活状態に変化が生じたことはうかがわれない。以上の諸点に加えて,本件遺言書が作成された当時,上告人は,戸籍上,甲の唯一の相続人であったことに鑑みると,法律の専門家でなかった甲としては,同人の相続人は上告人のみであるとの認識で,甲の遺産のうち本件遺言書1項から3項までに記載のもの以外はすべて上告人に取得させるとの意図の下に本件遺言書を作成したものであり,同4項の「法的に定められたる相續人」は上告人を指し,「相續を与へる」は客観的には遺贈の趣旨と解する余地が十分にあるというべきである。原審としては,本件遺言書の記載だけでなく,上記の点等をも考慮して,同項の趣旨を明らかにすべきであったといわなければならない。ところが,原審は,上記の点等についての審理を尽くすことなく,同項の文言を形式的に解釈したものであって,原審の判断には,審理不尽の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官  滝井繁男 裁判官福田 博,同津野 修,同中川了滋

不動産の遺贈と民法177条の第三者(最判昭和39年3月6日民集18巻3号437頁)

不動産の遺贈と民法177条の第三者
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担よする。
      理   由
上告代理人石田市郎の上告理由について。
原審の確定したところによれば,亡甲は昭和三三年六月一一日付遺言により本件不動産を乙外五名に遺贈し,右遺贈は同月一七日甲の死亡により効力を生じたが,遺贈を原因とする所有権移転登記はなされなかったこと,被上告人は,同年七月一〇日甲の相続人の一人である丙に対する強制執行として,右相続人に代位し同人のために本件不動産につき相続による持分(四分の一)取得の登記をなし,ついで丙の取得した右持分に対する強制競売申立が登記簿に記入されたというのである。
ところで,不動産の所有者が右不動産を他人に贈与しても,その旨の登記手続をしない間は完全に排他性ある権利変動を生ぜず,所有者は全くの無権利者とはならないと解すべきところ(当裁判所昭和三一年(オ)一〇二二号,同三三年一〇月一四日判決,集一二巻一四号三一一一頁参照),遺贈は遺言によって受遺者に財産権を与える遺言者の意思表示にほかならず,遺言者の死亡を不確定期限とするものではあるが,意思表示によって物権変動の効果を生ずる点においては贈与と異なるところはないのであるから,遺贈が効力を生じた場合においても,遺贈を原因とする所有権移転登記のなされない間は,完全に排他的な権利変動を生じないものと解すべきである。そして,民法一七七条が広く物権の得喪変更について登記をもって対抗要件としているところから見れば,遺贈をもってその例外とする理由はないから,遺贈の場合においても不動産の二重譲渡等における場合と同様,登記をもって物権変動の対抗要件とするものと解すべきである。しかるときは,本件不動産につき遺贈による移転登記のなされない間に,亡甲と法律上同一の地位にある丙に対する強制執行として,丙の前記持分に対する強制競売申立が登記簿に記入された前記認定の事実関係のもとにおいては,競売中立をした被上告人は,前記丙の本件不動産持分に対する差押債権者として民法一七七条にいう第三者に該当し,受遺者は登記がなければ自己の所有権取得をもって被上告人に対抗できないものと解すべきであり,原判決認定のように競売申立記入登記後に遺言執行者が選任せられても,それは被上告人の前記第三者たる地位に影響を及ぼすものでないと解するのが相当である。
従って,原審が,前記認定の事実に基づき,被上告人が民法一七七条の第三者に該当し,受遺者は自己の所有権取得をもって被上告人に対抗できないとした判断は正当であり,所論は,独自の見解に立ち原判決を非難するに帰するものであって,採用できない。
よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
  最高裁裁判長裁判官 奥野健一  裁判官山田作之助,同草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外

各相続人への贈与と遺贈の競合と民法177条(最判昭和46年11月16日民集25巻8号1182頁)

被相続人が同一不動産を一相続人に贈与しかつ他相続人に遺贈した場合と民法177条
      主   文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用および上告費用は被上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人山口定男の上告理由第一点について。
原審は,訴外甲が昭和二四年一一月六日死亡し,訴外乙が同人の妻として,訴外丙,第一審被告丁,同戊及び上告人が甲の子として,第一審被告己,同庚が甲の子訴外辛(昭和二〇年五月八日死亡)の子として辛を代襲してそれぞれ甲の遺産を相続したこと,第一審判決別紙目録(一)及び(二)記載の物件(ただし,同目録(二)記載の物件は同目録(一)9記載の物件を含む。以下右(一)及び(二)の物件を一括して本件不動産という。)は甲の遺産に属すること,従って,本件不動産につき,乙は三分の一の,上告人は一五分の二の共有持分をそれぞれ取得したこと,ところが乙は,右共有持分を昭和二八年一〇月一六日丙に贈与したが(以下,本件贈与という。)登記未了のまま昭和三三年三月一九日上告人に遺贈し(以下,本件遺贈という。),遺言執行者に壬を指定する旨の遺言公正証書を作成し,昭和三四年三月一二日死亡するに至ったこと,他方,丙はこれより先昭和三一年三月二七日に死亡し,被上告人癸が丙の妻として,その余の被上告人らが同人の子として同人の権利義務をその法定相続分に応じて承継したこと,そして,上告人が,本件不動産につき,昭和三五年三月一五日福岡法務局同日受付第六七二五号をもって甲の死亡による相続を原因として共同相続登記をなすとともに,同法務局同日受付第六七二六号をもって昭和三四年三月一二日付遺贈を原因として乙の前記三分の一の共有持分の取得登記手続を経由したこと,以上の事実を適法に確定したものである。
所論は,要するに,本件贈与と遺贈とは不動産の二重譲渡と同様,その優劣は対抗要件たる登記の有無によって決すべきであり,これと異なった見解に立つ原判決は法令の解釈,適用を誤ったというものである。
思うに,被相続人が,生前,その所有にかかる不動産を推定相続人の一人に贈与したが,その登記未了の間に,他の推定相続人に右不動産の特定遺贈をし,その後相続の開始があった場合,右贈与及び遺贈による物権変動の優劣は,対抗要件たる登記の具備の有無をもって決すると解するのが相当であり,この場合,受贈者及び受遺者が,相続人として,被相続人の権利義務を包括的に承継し,受贈者が遺贈の履行義務を,受遺者が贈与契約上の履行義務を承継することがあっても,このことは右の理を左右するに足りない。
ところが,原判決は,右の場合,受贈者及び受遺者は,もはや,他方の所有権取得を否定し,自己の所有権取得を主張する権利を失ったものと解すべきであるとして,本件遺贈の効力を否定したが,右は法令の解釈,適用を誤った違法なものであって,この点の違法をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,前記事実関係のもとにおいては,被上告人らは,本件贈与をもって上告人に対抗することができず,また,原判決が適法に確定した事実関係に徴すれば,上告人が本件贈与の登記の欠缺を主張するのは権利の濫用である旨の被上告人らの主張が理由のないことは明らかである。それ故,上告人は,結局,本件不動産につき一五分の七の共有持分を取得するに至ったものというべきである。
従って,第一審判決別紙目録(一)記載の物件につき上告人が一五分の七の共有持分を有することを確認する旨の上告人の本訴請求は,正当として認容すべきであり,また,被上告人らの反訴請求は,失当として棄却すべきであって,これと同趣旨の第一審判決は正当であるから,原判決中上告人の敗訴部分を破棄し,右部分についての被上告人らの控訴を棄却すべきである。
同第二点について。
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができる。右認定の過程に所論の違法は認められない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実認定を非難するものであって,採用できない。
よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官関根小郷  裁判官松本正雄,同天野武一

不倫女性に対する包括遺贈と公序良俗(最判昭和61年11月20日民集40巻7号1167頁)

不倫な関係にある女性に対する包括遺贈が公序良俗に反しないとされた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人下光軍二,同佐藤公輝の上告理由第一について
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,その判断の過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同第二,第三について
原審が適法に確定した,(1)亡Y夫は妻である上告人一美がいたにもかかわらず,被上告人と遅くとも昭和四四年ごろから死亡時まで約七年間いわば半同棲のような形で不倫な関係を継続したものであるが,この間昭和四六年一月ころ一時関係を清算しようとする動きがあったものの,間もなく両者の関係は復活し,その後も継続して交際した,(2)被上告人との関係は早期の時点で亡Y夫の家族に公然となっており,他方亡Y夫と上告人一美間の夫婦関係は昭和四〇年ころからすでに別々に生活する等その交流は希薄となり,夫婦としての実体はある程度喪失していた,(3)本件遺言は,死亡約一年二か月前に作成されたが,遺言の作成前後において両者の親密度が特段増減したという事情もない,(4)本件遺言の内容は,妻である上告人一美,子である上告人二美及び被上告人に全遺産の三分の一ずつを遺贈するものであり,当時の民法上の妻の法定相続分は三分の一であり,上告人二美がすでに嫁いで高校の講師等をしているなど原判示の事実関係のもとにおいては,本件遺言は不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく,もつぱら生計を亡Y夫に頼っていた被上告人の生活を保全するためにされたものというべきであり,また,右遺言の内容が相続人らの生活の基盤を脅かすものとはいえないとして,本件遺言が民法九〇条に違反し無効であると解すべきではないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官谷口正孝 裁判官角田禮次郎,同高島益郎,同大内恒夫,同佐藤哲郎

心神喪失にある遺言者の生存中に推定相続人が提起した遺言無効確認の訴え(最判平成11年6月11日家月52巻1号81頁)

心神喪失の常況にある遺言者の生存中に推定相続人が提起した遺言無効確認の訴え
      主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人以呂免義雄の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである
1被上告人は,上告人Xの養子で,同上告人の唯一の推定相続人であり,上告人Yは,上告人Xのおいである。
2上告人Xは,平成元年一二月一八日,奈良地方法務局所属公証人壱作成同年第八四九号公正証書によって遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
3本件遺言の内容は,上告人Xの所有する奈良市西登美ケ丘所在の土地建物の持分一〇〇分の五五を上告人Yに遺贈するというものである。
4奈良家庭裁判所は,平成五年三月一五日,上告Xが,アルツハイマー型老人性痴呆である旨の鑑定の結果に基づき,心身喪失の常況にあるとして,同上告人に対し禁治産宣言をした。同上告人の症状は回復の見込みがない。
二 本件訴えは,被上告人が上告人らに対し,本件遺言につき,上告人Xの意思能力を欠いた状態で,かつ,公正証書遺書の方式に違反して作成されたと主張して,本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求めるものである。
三 原審は,遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法であるが,前記事実関係の下において,本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には,その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができるとして,本件訴えを適法と判断し,本件訴えを却下した第一審判決を取り消し,本件を第一審裁判所に差し戻した。
四 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
1本件において,被上告人が遺言者である上告人Xの生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は,上告人Yが遺言者である上告人Xの死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって,推定相続人である被上告人の相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。
2ところで,遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項),遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条),遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから,遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって,受遺者とされた者は,何らかの権利を取得するものではなく,単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日判決民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。従って,このような受遺者とされる者の地位は,確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心身喪失の常況にあって,回復する見込みがなく,遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても,受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。
3従って,被上告人が遺言者である上告人X生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは,不適法なものというべきである。
五 そうすると,本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件訴えを不適法として却下した第一審判決は正当であるから,被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官北川弘治 裁判官河合伸一,同福田 博,同亀山継夫


「相続させる」遺言と登記(最判平成14年6月10日家月55巻1号77頁)

「相続させる」遺言と登記
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人永盛敦郎,同滝沢香の上告受理申立て理由について
1 原審の認定によれば,本件の経過は,次のとおりである。被上告人は,夫である被相続人甲がした,原判決添付物件目録記載の不動産の権利一切を被上告人に相続させる旨の遺言によって,上記不動産ないしその共有持分権を取得した。法定相続人の1人である乙の債権者である上告人らは,乙に代位して乙が法定相続分により上記不動産及び共有持分権を相続した旨の登記を経由した上,乙の持分に対する仮差押え及び強制競売を申し立て,これに対する仮差押え及び差押えがされたところ,被上告人は,この仮差押えの執行及び強制執行の排除を求めて第三者異議訴訟を提起した。
2 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,特段の事情のない限り,何らの行為を要せずに,被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日判決・民集454号477頁参照)。このように,「相続させる」趣旨の遺言による権利の移転は,法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはない。そして,法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日判決・民集17巻1号235頁,最高裁平成元年(オ)第714号同5年7月19日判決・裁判集民事169号243頁参照)。従って,本件において,被上告人は,本件遺言によって取得した不動産又は共有持分権を,登記なくして上告人らに対抗することができる。
3 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(最高裁裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄)


遺言執行者がある場合と遺贈義務の履行を求める訴の被告適格(最判昭和43年5月31日民集22巻5号1137頁)

遺言執行者がある場合と遺贈義務の履行を求める訴の被告適格
      主   文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
      理   由
職権をもって調査するに,本訴において,被上告人らは,訴外亡甲から,その所有の本件建物について,各持分二分の一の割合による遺贈を受けたところ,同人の死亡によりその効力を生じたものと主張して,甲の相続人である上告人に対し,右遺贈を原因とする共有持分二分の一ずつの所有権移転登記手続を求めるものであるが,記録によれば,上告人は,原審第一一回口頭弁論期日に,その提出にかかる昭和四一年一一月一五日付準備書面に基づいて,右遺言に際して訴外乙が遺言執行者に指定されたが,その後,昭和四〇年一月一三日に名古屋家庭裁判所において,同人は遺言執行者の地位を解任され,弁護士丙が遺言執行者に選任された旨を主張していることが明らかであり,また,成立に争のない甲第一号証(公正証書)及び原審における証人乙の証言に徴すると,前記遺言に際して,乙が遺言執行者に指定されたが,同人はその後解任されて,原審における口頭弁論の終結時においては,さらに遺言執行者に選任された者が存在する事実を窺わせるに足りるのである。
ところで,遺言の執行について遺言執行者が指定されまたは選任された場合においては,遺言執行者が相続財産の,または遺言が特定財産に関するときはその特定財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し,相続人は相続財産ないしは右特定財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできないこととなるのであるから(民法一〇一二条ないし一〇一四条),本訴のように,特定不動産の遺贈を受けた者がその遺言の執行として目的不動産の所有権移転登記を求める訴において,被告としての適格を有する者は遺言執行者にかぎられるのであって,相続人はその適格を有しないものと解するのが相当である(大審院昭和一四年(オ)第一〇九三号,同一五年二月一三日判決,大審院判決全集七輯一六号四頁参照)。
してみると,本件の遺言について,遺言執行者が存在するものであるならば,原審としては,本訴は被告の適格を欠く者に対する訴としてこれを却下すべきものであったものといわなければならず,前記のように,遺言執行者の存在することを窺うに足りる証拠が存在するのに拘らず,これを顧慮しないで本案の判断をした原判決には,職権によって調査すべき当事者適格に関する事項に関し審理を尽さなかった違法があるから,論旨について判断を加えるまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,右遺言執行者の存否についてさらに審理を尽し,これを確定させるのを相当とするから,原審に差し戻すべきものとする。
よって,民訴法四〇七条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官奥野健一  裁判官草鹿浅之介,同城戸芳彦,同色川幸太郎


遺言執行者がある場合に遺贈による登記の抹消登記手続を求める訴と受遺者の被告適格(最判昭和51年7月19日民集30巻7号706頁)

遺言執行者がある場合に遺贈による登記の抹消登記手続を求める訴と受遺者の被告適格
      主   文
本件上告を棄却する。
原判決主文に「被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれもこれを棄却する。」とあるのを「被控訴人の本訴請求中遺言無効確認請求及び控訴人の反訴請求はいずれもこれを棄却する。被控訴人の本訴請求中所有権移転仮登記抹消登記手続請求については訴を却下する。」と更正する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人田中正司,同原誠の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠に照らし正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は採用できない。
同第二点について
遺言執行者は,遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法一〇一二条),遺贈の目的不動産につき相続人により相続登記が経由されている場合には,右相続人に対し右登記の抹消登記手続を求める訴を提起することができるのであり,また遺言執行者がある場合に,相続人は相続財産についての処分権を失い,右処分権は遺言執行者に帰属するので(民法一〇一三条,一〇一二条),受遺者が遺贈義務の履行を求めて訴を提起するときは遺言執行者を相続人の訴訟担当者として被告とすべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一〇二三号,同四三年五月三一日判決・民集二二巻五号一一三七頁)。更に,相続人は遺言執行者を被告として,遺言の無効を主張し,相続財産について自己が持分権を有することの確認を求める訴を提起することができるのである(最高裁昭和二九年(オ)第八七五号,同三一年九月一八日判決・民集一〇巻九号一一六〇頁)。右のように,遺言執行者は,遺言に関し,受遺者あるいは相続人のため,自己の名において,原告あるいは被告となるのであるが,以上の各場合と異なり,遺贈の目的不動産につき遺言の執行としてすでに受遺者宛に遺贈による所有権移転登記あるいは所有権移転仮登記がされているときに相続人が右登記の抹消登記手続を求める場合においては,相続人は,遺言執行者ではなく,受遺者を被告として訴を提起すべきであると解するのが相当である。何故なら,かかる場合,遺言執行者において,受遺者のため相続人の抹消登記手続請求を争い,その登記の保持につとめることは,遺言の執行に関係ないことではないが,それ自体遺言の執行ではないし,一旦遺言の執行として受遺者宛に登記が経由された後は,右登記についての権利義務はひとり受遺者に帰属し,遺言執行者が右登記について権利義務を有すると解することはできないからである。右と同旨の原審の判断は正当として是認できる。そして,右のように受遺者を被告とすべきときに遺言執行者を被告として提起された訴は不適法としてこれを却下すべきであるところ,原判示によれば原判決も右と同旨であることが明らかである。そうすると,原判決主文中被控訴人の本訴請求はこれを棄却するとした部分は,明白な誤記であるから,本訴請求中,遺言無効確認請求はこれを棄却し,所有権移転仮登記抹消登記手続請求については訴を却下することとし,主文二項のとおり,更正する。
右のとおりであるから,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法一九四条,四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官本林 讓 裁判官岡原昌男,同大塚喜一郎,同吉田 豊,同栗本一夫

民法1013条違反の相続人の処分行為の効力(最判昭和62年4月23日民集41巻3号474頁)

ア民法1013条違反の相続人の処分行為の効力
イ指定された遺言執行者者が就職を承諾する前と同条の「遺言執行者がある場合」
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人今井吉之の上告理由第一について
遺言者の所有に属する特定の不動産が遺贈された場合には,目的不動産の所有権は遺言者の死亡により遺言がその効力を生ずるのと同時に受遺者に移転するのであるから,受遺者は,遺言執行者がある場合でも,所有権に基づく妨害排除として,右不動産について相続人又は第三者のためにされた無効な登記の抹消登記手続を求めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和二八年(オ)第九四三号同三〇年五月一〇日判決・民集九巻六号六五七頁参照)。これと同旨の見解に立って,被上告人らが本件訴えにつき原告適格を有するとした原審の判断は相当であり,原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,採用できない。
同第二について
民法一〇一二条一項が「遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定し,また,同法一〇一三条が「遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と規定しているのは,遺言者の意思を尊重すべきものとし,遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであり,右のような法の趣旨からすると,相続人が同法一〇一三条の規定に違反して,遺贈の目的不動産を第三者に譲渡し又はこれに第三者のため抵当権を設定してその登記をしたとしても,相続人の右処分行為は無効であり,受遺者は,遺贈による目的不動産の所有権取得を登記なくして右処分行為の相手方たる第三者に対抗することができるものと解するのが相当である(大審院昭和四年(オ)第一六九五号同五年六月一六日判決・民集九巻五五〇頁参照)。そして,前示のような法の趣旨に照らすと,同条にいう「遺言執行者がある場合」とは,遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解するのが相当であるから,相続人による処分行為が遺言執行者として指定された者の就職の承諾前にされた場合であっても,右行為はその効力を生ずるに由ないものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
同第三について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原審において主張,判断を経ていない事項につき原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 高島益郎 裁判官角田禮次郎,同大内恒夫,同佐藤哲郎,同四ツ谷 巖

特定不動産を相続させる遺言と遺言執行者の登記手続義務(最判平成7年1月24日裁判集民事174号67頁)

特定不動産を相続させる旨の遺言と遺言執行者の登記手続義務
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人行木武利の上告理由について
本件遺言により上告人に本件各不動産の遺贈があったとは解されないとした原審の判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができる。原審の適法に確定したところによれば,本件遺言は,本件各不動産を相続人である上告人に相続させる旨の遺言であり,本件遺言により,上告人はXの死亡の時に相続により本件各不動産の所有権を取得したものというべきである(最高裁平成元年(オ)第一七四号同三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁参照)。そして,特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる旨の遺言により,甲が被相続人の死亡とともに相続により当該不動産の所有権を取得した場合には,甲が単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができ,遺言執行者は,遺言の執行として右の登記手続をする義務を負うものではない。これと同旨の見解を前提として上告人の請求を排斥した原審の判断は正当として是認することができ,その過程にも所論の違法は認められない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信


遺言執行者があると遺言により特定相続人に相続させる不動産につき賃借権確認請求訴訟の被告適格(最判平成10年2月27日民集52巻1号299頁)

遺言執行者があると遺言により特定の相続人に相続させる不動産につき賃借権確認請求訴訟の被告適格
      主   文
原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
被上告人の訴えを却下する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
      理   由
一 本件訴訟は,被上告人が,亡甲の遺言執行者である上告人に対して,第一審判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき被上告人が甲との間で締結した賃貸借契約に基づく賃借権を有することの確認を求めるものである。原審は,上告人に被告適格があるものと扱い,本件請求は理由があると判断して,これを認容した第一審判決の結論を維持して上告人の控訴を棄却した。
二 そこで,職権により上告人の被告適格について検討する。
1 特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言をした遺言者の意思は,右の相続人に相続開始と同時に遺産分割手続を経ることなく当該不動産の所有権を取得させることにあるから(最高裁平成元年(オ)第一七四号同三年四月一九日判決・民集四五巻四号四七七頁参照),その占有,管理についても,右の相続人が相続開始時から所有権に基づき自らこれを行うことを期待しているのが通常であると考えられ,右の趣旨の遺言がされた場合においては,遺言執行者があるときでも遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない限り,遺言執行者は,当該不動産を管理する義務や,これを相続人に引き渡す義務を負わないと解される。そうすると,遺言執行者があるときであっても,遺言によって特定の相続人に相続させるものとされた特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被告適格を有する者は,右特段の事情のない限り,遺言執行者ではなく,右の相続人であるというべきである。
2 これを本件についてみるに,記録によれば,次の事実が認められる。
(一) 本件土地を所有していた甲は,平成三年七月三日に死亡し,その相続人は乙(長男),丙(二男),被上告人(三男),丁(長女)の四名である。
(二) 甲を遺言者とする遺言公正証書が存在し,その内容の要旨は次のとおりである。
(1) 本件土地の持分二分の一を乙に,持分二分の一を被上告人に相続させる。
(2) 東京都新宿区所在の土地建物を博美に相続させる。
(3) 預貯金のうちから二〇〇〇万円を丁に相続させる。
(4) 預貯金の残額は,遺言執行者の責任において,遺言者の負担すべき公租公課,医療費その他相続税の支払等に充当すること。
(5) 博美を祖先の祭祀主宰者及び遺言執行者に指定する。
(三) 被上告人は,本件土地を占有している。
3 右事実によれば,本件土地は甲の死亡時に乙と被上告人が相続によりそれぞれ持分二分の一ずつを取得したものであり,右1記載の特段の事情も認められないから,本件訴訟の被告適格を有するのは,遺言執行者である上告人ではなく,乙であり,上告人を被告とする本件訴訟は不適法なものというべきである(なお,本件遺言が無効とされる場合には上告人は遺言執行者の地位にないことになるから,この場合においても上告人を被告とする本件訴訟は不適法である。)。
4 原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,論旨について判断を加えるまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,前記説示に照らせば,第一審判決を取り消して,本件訴えを却下すべきである。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田 博


不動産を特定相続人に相続させる遺言において相続開始後他の相続人が当該不動産につき被相続人から登記名義を受けているときの遺言執行者の職務権限(最判平成11年12月16日民集53巻9号1989頁)

不動産を特定相続人に相続させる遺言において相続開始後他の相続人が当該不動産につき被相続人から登記名義を受けているときの遺言執行者の職務権限
      主   文
一 原判決中,平成一〇年(オ)第一四九九号・同第一五〇〇号各被上告人D及び同Eが同第一四九九号被上告人・同第一五〇〇号上告人B及び同第一五〇〇号上告人Cに対し第一審判決別紙物件目録記載の三ないし五の土地について共有持分権確認及び持分移転登記手続を求める部分を除く,その余の部分を破棄する。
二 前項の破棄部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
三 右Bの上告中,第一審判決別紙物件目録記載の三ないし五の土地に関する部分を棄却する。
四 右Cの上告を棄却する。
五 第三項の部分に関する上告費用は右Bの負担とし,前項の部分に関する上告費用はCの負担とする。
      理   由
第一 本件事案の概要
一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
1 己(以下「被相続人」という。)は,第一審判決別紙物件目録記載の一ないし五の土地(以下「本件各土地」といい,各個の土地は「本件一土地」のようにいう。)等を所有しており,本件各土地の登記名義人であったが,平成五年一月二二日に死亡し,相続が開始した。
2 庚,平成一〇年(オ)第一四九九号被上告人・同第一五〇〇号上告人乙(以下「一審被告乙」という。),辛,同第一四九九号上告人・同第一五〇〇号被上告人補助参加人壬(以下「補助参加人」という。),癸及び壱の六名は,いずれも被相続人の子であり,同第一五〇〇号上告人丙(以下「一審被告丙」という。)は,一審被告乙の子であって被相続人の養子である。また,同第一四九九号・同第一五〇〇号各被上告人丁及び同戊(以下「当事者参加人ら」という。)は,被相続人の長男である亡弐の子であり,その代襲相続人である。
3 被相続人は,昭和五七年一〇月一五日,公正証書により,その所有する財産全部を一審被告乙に相続させる旨の遺言(以下「旧遺言」という。)をした。
4 被相続人は,昭和五八年二月一五日,公正証書により,旧遺言を取り消した上,改めて次の内容の遺言(以下「新遺言」という。)をした。
(一) 本件一土地を庚,辛,補助参加人,癸及び壱の五名(以下「庚ら」という。)に各五分の一ずつ相続させる。
(二) 本件二ないし五土地を一審被告乙及び一審被告丙に各二分の一ずつ相続させる。
(三) 被相続人所有のその他の財産は,相続人全員に平等に相続させる。
(四) 遺言執行者として平成一〇年(オ)第一四九九号上告人・同第一五〇〇号被上告人甲(以下「一審原告」という。)を指定する。
5 しかるに,一審被告乙は,平成五年二月五日,旧遺言の遺言書を用い,本件各土地について,自己名義に相続を原因とする所有権移転登記をし,さらに,本件訴訟が第一審に係属中である平成七年四月六日,本件三ないし五土地の各持分二分の一について,一審被告丙に対し,真正な登記名義の回復を原因とする所有権一部移転登記をした。
6 当事者参加人らは,平成五年九月二九日,他の相続人ら及び一審原告に対して遺留分減殺の意思表示をし,右意思表示は,同年九月三〇日から同年一〇月八日までの間にそれぞれ到達した。
二 記録によって認められる本件訴訟の概要は,次のとおりである。
1 一審原告は,新遺言の遺言執行者として,一審被告乙に対し,本件一土地について庚らへの,本件二土地の持分二分の一について一審被告丙への各真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し,一審被告乙は,特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)がされた場合には遺言執行の余地はないとして,一審原告の原告適格を争うとともに,庚らが,平成五年一月二三日,一審被告乙に対して相続分の放棄又は譲渡をし,本件一土地の共有持分権を失ったと主張する。
2 当事者参加人らは,遺留分減殺の意思表示をした上,本件各土地についてそれぞれ三二分の一の共有持分権を取得したとして右1の訴訟に独立当事者参加をし,右共有持分権に基づき,(1) 一審原告に対し,右共有持分権の確認を求めるとともに,(2) 一審被告乙に対し,右共有持分権の確認と遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し,一審被告乙は,右遺留分減殺請求権の行使は権利の濫用に当たり,一審被告乙の寄与分を考慮すべきであると主張するほか,庚らが右遺留分減殺請求権の行使より前に本件一土地の共有持分を一審被告乙に対して譲渡したから,民法一〇四〇条一項本文により,当事者参加人らは一審被告乙に対して本件一土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができないと主張する。
3 また,当事者参加人らは,遺留分減殺により取得した共有持分権に基づき,右2の訴訟とは別個に,一審被告丙に対し,本件三ないし五土地についての共有持分権の確認と遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し,一審被告丙は,右遺留分減殺請求権の行使は権利の濫用に当たると主張する。
三 原審は,一審原告の一審被告乙に対する訴え(二1)及び当事者参加人らの一審原告に対する訴え(二2(1))については,遺言執行者である一審原告は当事者適格を有しないとして,いずれもこれを却下し,当事者参加人らの一審被告乙に対する請求(二2(2))及び一審被告丙に対する請求(二3)については,いずれもこれを認容すべきものとした。平成一〇年(オ)第一四九九号事件は,一審原告が提起した上告であり,同第一五〇〇号事件は,一審被告らが提起した上告である。
第二 平成一〇年(オ)第一四九九号上告代理人浅見雄輔の上告理由について
一 上告理由は,被相続人の遺言執行者である一審原告が,一審被告乙に対し,本件一土地及び本件二土地の持分二分の一について持分移転登記手続を求める訴えの当事者適格(原告適格)を有するか否かに関するものである。
二 原審は,前記の事実関係の下において,次のとおり判断し,一審原告の一審被告乙に対する右訴えを不適法として却下した。
1 新遺言は,特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨のものであり,右相続人らは,被相続人の死亡の時に遺言に指定された持分割合により本件各土地の所有権を取得したものというべきである。そして,この場合には,当該相続人は,自らその旨の所有権移転登記手続をすることができ,仮に右遺言の内容に反する登記がされたとしても,自ら所有権に基づく妨害排除請求としてその抹消を求める訴えを提起することができるから,当該不動産について遺言執行の余地はなく,遺言執行者は,遺言の執行として相続人への所有権移転登記手続をする権利又は義務を有するものではない。
2 新遺言に「その他の財産」についての包括的な条項が含まれていることは,右のように解する妨げにはならない。また,本件において,他に,遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなど,直ちに権利が承継されると解すべきでない特段の事情は存しない。
3 従って,被相続人の遺言執行者である一審原告は,一審被告乙に対する本件一土地及び本件二土地の持分二分の一の持分移転登記手続請求に係る訴えについて,当事者適格を有しないというべきであり,右訴えは不適法である。
三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
1 特定の不動産を特定の相続人Xに相続させる趣旨の遺言(相続させる遺言)は,特段の事情がない限り,当該不動産をXをして単独で相続させる遺産分割方法の指定の性質を有するものであり,これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該不動産がXに相続により承継されるものと解される(最高裁平成元年(オ)第一七四号同三年四月一九日判決・民集四五巻四号四七七頁参照)。しかし,相続させる遺言が右のような即時の権利移転の効力を有するからといって,当該遺言の内容を具体的に実現するための執行行為が当然に不要になるというものではない。
2 そして,不動産取引における登記の重要性に鑑みると,相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず,Xに当該不動産の所有権移転登記を取得させることは,民法一〇一二条一項にいう「遺言の執行に必要な行為」に当たり,遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。もっとも,登記実務上,相続させる遺言については不動産登記法二七条によりXが単独で登記申請をすることができるとされているから,当該不動産が被相続人名義である限りは,遺言執行者の職務は顕在化せず,遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しない(最高裁平成三年(オ)第一〇五七号同七年一月二四日判決・裁判集民事一七四号六七頁参照)。しかし,本件のように,Xへの所有権移転登記がされる前に,他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため,遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には,遺言執行者は,遺言執行の一環として,右の妨害を排除するため,右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ,さらには,Xへの真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできると解するのが相当である。この場合には,Xにおいて自ら当該不動産の所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが,このことは遺言執行者の右職務権限に影響を及ぼすものではない。
3 従って,一審原告は,新遺言に基づく遺言執行者として,一審被告乙に対する本件訴えの原告適格を有するというべきである。
そうすると,これと異なる原審の右判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は,理由がある。
第三 平成一〇年(オ)第一五〇〇号上告代理人奥川貴弥,同川口里香の上告理由について
一 前記の事実関係によれば,当事者参加人らはそれぞれ被相続人の相続財産について三二分の一の遺留分を有するものであるところ,上告理由は,当事者参加人らが一審被告らに対し,本件各土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができるか否かに関するものである。
二 原審は,次のとおり判断し,一審被告らの抗弁をいずれも排斥して,当事者参加人らの本訴請求を認容すべきものとした。
1 当事者参加人らの父である亡弐が,被相続人の夫である亡参から多数の不動産の贈与を受け,亡参の相続に際して相続の放棄をした事実は認められるが,亡弐ないし当事者参加人らが被相続人の相続に関して相続を放棄し,又は遺留分を主張しないとの約束をしていた事実を認めるに足りる証拠はなく,その他,全証拠によるも,当事者参加人らの遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用に当たると認めることはできない。
2 寄与分は,共同相続人間の協議により定められ,協議が調わないとき又は協議をすることができないときは家庭裁判所の審判により定められるものであって,遺留分減殺請求に係る訴訟において抗弁として主張することは許されない。
3 一審被告乙の主張事実をもってしても,庚らは,被相続人の遺産相続についての話合いの結果,相続分の放棄をし,又は共同相続人である一審被告乙に相続分を譲渡したというのであって,これが民法一〇四〇条一項にいう「減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したとき」に当たらないことは明らかである。
三 右1及び2の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって,採用できない。従って,一審被告丙の上告は既に理由がない。
四 しかし,原審の右3の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
特定の不動産を特定の相続人Xに相続させる趣旨の遺言(相続させる遺言)がされた場合において,遺留分権利者が減殺請求権を行使するよりも前に,減殺を受けるべきXが相続の目的を他人に譲り渡したときは,民法一〇四〇条一項が類推適用され,遺留分権利者は,譲受人が譲渡の当時遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合を除き(同項ただし書),Xに対して価額の弁償を請求し得るにとどまり(同項本文),譲受人に対し遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することはできないものと解するのが相当である。また,同項にいう「他人」には,Xの共同相続人も含まれるものというべきである。従って,当事者参加人らが遺留分減殺請求をする前に,庚らが一審被告乙に本件一土地の共有持分を譲り渡したとすれば,当事者参加人らは,同項ただし書に当たる場合を除き,一審被告乙に対して本件一土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができない筋合いである。原審は,一審被告乙の主張を相続分の放棄又は譲渡をいうものと解し,その主張自体からして同項に該当しないと判断したものと見られるが,記録によれば,一審被告乙は,本件一土地について庚らが共有持分を譲渡したとも主張していることが明らかであるから,原審としては,一審被告乙の主張する共有持分の譲渡の事実の有無を認定し,同項本文の適用の可否について判断すべきものであった。
そうすると,これと異なる原審の右3の判断には,法令の解釈適用の誤りないし判断遺脱の違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は,右の趣旨をいうものとして理由がある(付言するに,仮に当事者参加人らの一審被告乙に対する持分移転登記手続請求に理由があるとしても,本件一土地の登記原因については検討を要する。本件二土地の持分二分の一の登記原因についても,同様である。)。
第四 さらに,職権により次のとおり判断する。
一 原審は,当事者参加人らが遺留分減殺請求に基づき一審原告に対して本件各土地について共有持分権の確認を求める訴えについても,本件においては遺言執行の余地がなく,一審原告は当事者適格(被告適格)を有しないとして,当事者参加人らの一審原告に対する右訴えを不適法として却下した。
二 しかし,原審の右判断のうち本件一及び二土地に係る訴えに関する部分は是認できない。その理由は,次のとおりである。
当事者参加人らはそれぞれ被相続人の相続財産について三二分の一の遺留分を有しており,一方,遺言執行者である一審原告は,一審被告乙に対し,本件一土地について庚らへの,本件二土地の持分二分の一について一審被告丙への各持分移転登記手続を求めていて,これが遺言の執行に属することは前記のとおりである。そして,一審原告の右請求の成否と当事者参加人らの本件一及び二土地についての遺留分減殺請求の成否とは,表裏の関係にあり,合一確定を要するから,本件一及び二土地について当事者参加人らが遺留分減殺請求に基づき共有持分権の確認を求める訴訟に関しては,遺言執行者である一審原告も当事者適格(被告適格)を有するものと解するのが相当である(これに対し,本件三ないし五土地については,被相続人の新遺言の内容に符合する所有権移転登記が経由されるに至っており,もはや遺言の執行が問題となる余地はないから,一審原告は,右各土地について共有持分権の確認を求める訴訟に関しては被告適格を有しない。)。
そうすると,原審の右判断のうち本件一及び二土地に係る訴えに関する部分には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
第五 結論
以上の次第で,原判決中,当事者参加人らが一審被告乙及び一審被告丙に対し本件三ないし五土地について共有持分権確認及び持分移転登記手続を求める部分を除く,その余の部分を破棄した上,更に所要の審理判断を尽くさせるため右破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととし,一審被告乙の上告中,本件三ないし五土地に関する部分及び一審被告丙の上告は理由がないので,これを棄却することとする。
なお,一審被告乙の上告中,本件二土地に関する部分は理由がないが(ただし,その持分二分の一の登記原因については,前記のとおりである。),本件一及び二土地に関する本件訴訟は,一審原告,一審被告乙及び当事者参加人らの間において訴訟の目的を合一に確定すべき場合に当たるから,右部分については,主文において上告棄却の言渡しをしない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎

遺言による寄附での財団の設立行為後遺言者の生前処分の寄附で財団設立がされた場合と遺言の取消(最判昭和43年12月24日民集22巻13号3270頁)

遺言による寄附での財団の設立行為後遺言者の生前処分の寄附で財団設立がされた場合と遺言の取消
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人浜口雄,同江谷英男の上告理由第一及び同人らの上告理由第一点ないし第三点ならびに同下飯坂潤夫の上告理由及び追加理由について。
民法一〇二三条一項の規定は,前の遺言と後の遺言と抵触するときは,その抵触する部分については,後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨を定め,同条二項の規定は,遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨を定めている。すなわち,同条二項は,遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為(以下単に生前処分という。)と抵触する場合には,その抵触する部分については,遺言を取り消したものとみなす旨を定めたものである。
その法意は,遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないが,他面において,遺言の取消は,相続人,受遺者,遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響を及ぼすものであることに鑑みれば,遺言と生前処分が抵触するかどうかは,慎重に決せられるべきで,単に生前処分によって遺言者の意思が表示されただけでは足りず,生前処分によって確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当である。すなわち,遺言後に遺言者がした生前処分がその内容において遺言に抵触するものであっても,それが無効であり,または詐欺もしくは強迫を理由として有効に取り消されたときは,その生前処分は,はじめから法律行為としての本来の効力を生ぜず,または生じなかったことになるのであるから,その生前処分は遺言に抵触したものということはできない(民法一〇二五条但書参照)。これと同様に,その生前処分が停止条件つきのものであるときは,その停止条件が成就したことが確定されないかぎり,その生前処分は法律行為としての本来の効力を未だ生じていないのであるから,それが内容においてすでになされた遺言と抵触するものであっても,未だ遺言に抵触するものということはできず,従って,遺言は取り消されたものとみなすことはできない。そして,このことは,右の停止条件がいわゆる法定条件にあたる場合であっても,法律効果が生じていない点からみれば,同様に解することができる。
ところで,一般に,財団法人の設立については,設立者の寄附行為と主務官庁の許可という二個の必要条件があって,財団法人の設立者のする寄附行為は,法人を設立しようとする効果意思と一定の財産をこれに帰属させようとする効果意思とを内容とする相手方のない単独行為で,一定の財産の出捐と寄附行為書の作成によってされるところ,その法律効果である財団法人が設立されるためには,主務官庁の許可をえることが必要であって,主務官庁の許可をえてはじめて財団法人が設立されることになる。その意味において,財団法人の設立を目的とする意思表示は,主務官庁の許可という成否の未確定な将来の事実を法定の停止条件とするものであると解するのが相当である。
従って,遺言による寄附行為に基づく財団法人の設立行為がされたあとで,遺言者の生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為がされて,両者が競合する形式になった場合において,右生前処分が遺言と抵触し,従って,その遺言が取り消されたものとみなされるためには,少なくとも,まず,右生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為が主務官庁の許可によって,その財団が設立され,その効果の生じたことを必要とし,ただ単に生前処分の寄附行為に基づく財団設立手続がされたというだけでは,その法律効果は生じないから,遺言との抵触の問題は生ずる余地がないことは,前述したところから,明らかである。
原判決の判示するところによると,甲が昭和三一年一月一三日原判決の遺言をもって第一審判決の別紙第一記載の財団法人清水育英会設立の寄附行為をしたこと,右甲が,その生前で,右遺言後の同三一年一二月二五日第一審判決の別紙第二記載の財団法人三桝育英会設立の寄附行為をし,財団設立手続をしたが,これについて未だ主務官庁の許可がされていないというのであるから,右確定した事実のもとでは,右生前処分にあたる財団法人三桝育英会設立の寄附行為は,まだその効力を生じていないというべきであって,これだけでもって,前記遺言による財団法人清水育英会設立の寄附行為と抵触すべき生前処分があると解することができないものといわなければならない。
それ故,原判決は,前記説述とは異なるけれども,本件について,甲の遺言と生前処分との間に民法一〇二三条二項にいう抵触が生じないとした結論は,結局,正当である。
原判決には,所論のような違法はなく,所論は,結局,原審の認定しない事実を前提として原判決を非難するか,または,独自の見解に立って,原判決を非難するに帰し,採用しがたい。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官横田正俊 裁判官田中二郎,同下村三郎,同松本正雄,同飯村義美

死因贈与の取消と民法1022条(最判昭和47年5月25日民集26巻4号805頁)

死因贈与の取消と民法1022条
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人諸冨伴造の上告理由第一点及び第二点について。
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ,この認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
同第三点について。
所論は,原判決には,死因贈与について遺言の取消に関する民法一〇二二条の準用を認めた法令の解釈適用の誤りがあり,かつ,本件死因贈与は夫婦間の契約取消権によって取消しえないものであると解しながら,右民法一〇二二条の準用によってその取消を認めた理由そごの違法がある,というものである。
おもうに,死因贈与については,遺言の取消に関する民法一〇二二条がその方式に関する部分を除いて準用されると解すべきである。何故なら,死因贈与は贈与者の死亡によって贈与の効力が生ずるものであるが,かかる贈与者の死後の財産に関する処分については,遺贈と同様,贈与者の最終意思を尊重し,これによって決するのを相当とするからである。そして,贈与者のかかる死因贈与の取消権と贈与が配偶者に対してなされた場合における贈与者の有する夫婦間の契約取消権とは,別個独立の権利であるから,これらのうち一つの取消権行使の効力が否定される場合であっても,他の取消権行使の効力を認めうることはいうまでもない。それ故,原判決に所論の違法は存しないというべきである。論旨は,独自の見解に立脚して,原判決を非難するものであって,採用できない。
同第四点について。
原判決は,被上告人甲を除くその余の被上告人らについては,その申立の限度で請求を認容したものである。それ故,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用するに足りない。
同第五点(一)について。
記録に徴し本件訴訟の経過に鑑みれば,原審が所論の証拠調をしなかったとしても違法とはいえない。原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
同第五点(二)について。
所論は違憲をいうが,その実質は,原判決に民訴法違背がある旨の主張にすぎないところ,本件記録に徴すれば,被上告人らの主張には,訴外乙が上告人に対する本件土地建物の死因贈与の意思表示を撤回した旨の主張が含まれている旨の原審の判断は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官岸 盛一 裁判官岩田 誠,同大隅健一郎,同藤林益三,同下田武三


死因贈与の取消(最判昭和58年1月24日民集37巻1号21頁)

死因贈与の取消ができないとされた事例
      主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人植草宏一,同吉田正夫の上告理由一,二について
原審が適法に確定した事実関係は,次のとおりである。(1) 本件土地は,上告人の兄である亡甲の所有名義に登記されていたが,上告人の弟であり被上告人乙,同丙,同丁,同戊,同Xの被相続人である亡Yが占有耕作していた。(2) 甲は,昭和二四年,本件土地は登記名義どおり自己の所有に属する旨主張し,Yを相手取り,千葉地方裁判所木更津支部に対し,本件土地の明渡及び損害賠償の支払を求める訴えを提起したところ(同庁昭和二四年(ワ)第九号),同裁判所は,昭和二七年一月一〇日,本件土地は真実は甲の所有でなくYの所有に属するとの理由を付し,甲の請求を棄却する判決を言い渡した。(3) 甲は,右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが(同庁昭和二七年(ネ)第三二号),昭和二八年一一月一九日,裁判所の和解勧試に基づき,(イ) Yは,本件土地が甲の所有であることを承認すること,(ロ) 甲は,Y及びその子孫に対し,本件土地を無償で耕作する権利を与え,Y及びその子孫をして右権利を失わしめるような一切の処分をしないこと,(ハ) 甲が死亡したときは,本件土地はY及びその相続人に対し贈与すること,(ニ) 甲,Y間には,本件以外の係争事件があるけれども,これらについても爾後互いに和協の道を講ずる意思を表明すること,(ホ) 甲,Yが現に耕作している農地についての作業は相互に妨害しないこと,(ヘ) 甲はその余の請求を放棄すること,を条項とする裁判上の和解が成立した。(4)Yは昭和三八年一二月一九日死亡し,妻である被上告人乙,子である被上告人丙,同丁,同戊,同Xがその権利義務を承継し,甲は昭和四七年四月三〇日死亡し,妻である被上告人Z,母である亡Iがその権利義務を承継し,更に,右Iは昭和四九年一一月一九日死亡し,子である上告人のほか被上告人乙,同Zを除くその余の被上告人らがその権利義務を承継した。
右事実によれば,甲は,本件土地について登記名義どおりの所有権を主張して提起した訴訟の第一審で敗訴し,その第二審で成立した裁判上の和解において,第一審で真実の所有者であると認められたYから登記名義どおりの所有権の承認を受ける代わりに,Y及びその子孫に対して本件土地を無償で耕作する権利を与えて占有耕作の現状を承認し,しかも,右権利を失わせるような一切の処分をしないことを約定するとともに,甲が死亡したときは本件土地をY及びその相続人に贈与することを約定したものであって,右のような贈与に至る経過,それが裁判上の和解でされたという特殊な態様及び和解条項の内容等を総合すれば,本件の死因贈与は,贈与者である甲において自由には取り消すことができないものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であって,その過程に所論の違法はない。所論引用の当裁判所の判例は,前記のような事情の存しない場合に関するものであって,本件とはその事案を異にするから,右のように解したからといって右判例に反するものではない。論旨は,採用できない。
同三について
原審は,上告人は,昭和四七年二月二五日,甲から本件土地を代金五〇万円で買い受けたとの上告人の主張について判断するにあたり,甲とYとの間の死因贈与が甲において自由に取り消し又は本件土地を他に売却等の処分をなしうるものとしてされたものとは認められないので,右主張は売買の事実につき判断を加えるまでもなく失当であるとしている。
しかし,死因贈与が贈与者において自由に取り消すことができないものであるかどうかと,贈与者が死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないかどうかとは,次元を異にする別個の問題であって,死因贈与が自由に取り消すことができないものであるからといって,このことから直ちに,贈与者は死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないとか,父はこれを売り渡しても当然に無効であるとはいえないから(受贈者と買主との関係はいわゆる二重譲渡の場合における対抗問題によって解決されることになる。),原審が前記のような理由のみで売買に関する上告人の主張を排斥したことは正当でないといわなければならない。従って,原判決は,売買に関する民法の解釈適用を誤り,ひいて審理不尽,理由不備の違法を犯したものといわなければならず,右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,論旨は理由があり,原判決はこの点において破棄を免れない。
よって,甲と上告人との間の売買契約の有無及びその効力について更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととし,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官大橋 進 裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同牧 圭次


協議離縁と離縁前の取消し(最判昭和56年11月13日民集35巻8号1251頁)

終生扶養を前提とする養子縁組に関し不動産の大半を養子に遺贈したが,その後養子に対する不信から協議離縁をした場合と遺言の取消し
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人花岡敬明の上告理由について
一 本件について原審が認定した事実関係は,およそ次のとおりである。
1 甲(明治二七年三月生)は,大正八年二月乙(明治三三年七月生)と婚姻したが,乙との間には実子はなく,丙との間に出生した被上告人丁がただ一人の実子であったが,同被上告人とは同居していなかった。
2 甲夫婦は,昭和七年九月甲の実弟戊と養子縁組したが,同人の妻と乙との折合いが悪く十数年後に別居し,また,昭和三五年六月戊の子の被上告人Xと養子縁組したが,やはり同人の妻と乙との折合いが悪く数年後に別居した。その後甲夫婦は,昭和四八年三月ころ実子である被上告人丁と同居したが,同人の妻と乙との折合いが悪く同年一〇月ころ別居した。
3 ところで,その後乙が脳溢血で入院するということもあったので,甲夫婦は,終生老後の世話を託すべく,今度は妻乙の実家筋の乙家から上告人らを養子として迎えることを希望した。これに対し,上告人らは当初難色を示したが,甲から「実子の被上告人丁には居住する家屋敷だけやれば十分であるから,もし上告人らが養子となり甲夫婦を今後扶養してくれるならば,他の不動産を全部遺贈してもよい」との趣旨の申出を受けたので,これを承諾し,昭和四八年一二月二二日甲夫婦と養子縁組したうえ,同夫婦と同居し共同生活を営みつつその扶養をしていた。
4 そして,甲は,前記の約旨にしたがい,同月二八日公正証書により,その所有する現金,預貯金全部を妻の乙に遺贈し,不動産のうち市川市の宅地三六・一三㎡を被上告人丁に遺贈するが,その余の不動産全部を上告人両名に持分各二分の一として遺贈する旨の本件遺言をした。
5 ところが,昭和四九年一〇月,上告人Y及び実兄の訴外Zが経営していた株式会社が倒産したが,そのことにより上告人Y及び訴外Zが甲に無断で甲所有の不動産について右会社の永代信用金庫に対する四億円の債務担保のため根抵当権設定等の登記をしていることが発覚した。そして,甲がこのことを知って激怒したため,上告人Y及び訴外Zは,六か月以内に右根抵当権設定登記等を抹消し,かつ,甲から右会社が借用していた一五〇〇万円を返還することを約し,その旨の念書を甲に差し入れたが,右約束を履行するに至らなかった。
6 そこで,甲夫婦は,上告人らに対し不信の念を深くして,上告人らに対し養子縁組を解消したい旨申し入れたところ,上告人らもこれを承諾したので,昭和五〇年八月二六日甲夫婦と上告人らとの間で協議離縁が成立し,上告人らは甲夫婦と別居した。
7 上告人らは,別居後甲夫婦を扶養せず,被上告人丁夫婦が甲夫婦の身の廻りの世話をしていたが,甲は,昭和五二年一月八日死亡し,乙も同年二月一日死亡した。
 以上の認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,すべて正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。
二 ところで,民法一〇二三条一項は,前の遺言と後の遺言と抵触するときは,その抵触する部分については,後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨定め,同条二項は,遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨定めているが,その法意は,遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないから,同条二項にいう抵触とは,単に,後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合にのみにとどまらず,諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含するものと解するのが相当である。そして,原審の適法に確定した前記一の事実関係によれば,甲は,上告人らから終生扶養を受けることを前提として上告人らと養子縁組したうえその所有する不動産の大半を上告人らに遺贈する旨の本件遺言をしたが,その後上告人らに対し不信の念を深くして上告人らとの間で協議離縁し,法律上も事実上も上告人らから扶養を受けないことにしたというのであるから,右協議離縁は前に本件遺言によりされた遺贈と両立せしめない趣旨のもとにされたものというべきであり,従って,本件遺贈は後の協議離縁と抵触するものとして前示民法の規定により取り消されたものとみなさざるをえない筋合いである。右と同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,いずれも採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官鹽野宜慶 裁判官栗本一夫,同木下忠良,同宮崎梧一


生前の負担付死因贈与で受贈者の履行した場合と民法1022,1023条(最判昭和57年4月30日民集36巻4号763頁)

負担の履行期が贈与者の生前である負担付死因贈与の受贈者が負担のほぼ全部の履行をした場合と民法1022条,1023条の準用
      主   文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。
      理   由
上告代理人増本一彦,同増本敏子の上告理由について
負担の履行期が贈与者の生前と定められた負担付死因贈与契約に基づいて受贈者が約旨に従い負担の全部又はそれに類する程度の履行をした場合においては,贈与者の最終意思を尊重するの余り受贈者の利益を犠牲にすることは相当でないから,右贈与契約締結の動機,負担の価値と贈与財産の価値との相関関係,右契約上の利害関係者間の身分関係その他の生活関係等に照らし右負担の履行状況にもかかわらず負担付死因贈与契約の全部又は一部の取消をすることがやむをえないと認められる特段の事情がない限り,遺言の取消に関する民法一〇二二条,一〇二三条の各規定を準用するのは相当でないと解すべきである。
しかるに,上告人主張の負担である債務の履行の有無及び右のような特段の事情の存否について審理することなく,負担付死因贈与については遺贈の取消に関する民法一〇二二条(その方式に関する部分を除く。),一〇二三条の各規定が準用されるものと解すべきであるとして,本件負担付死因贈与契約はこれと抵触する本件遺言によって取り消されたことを理由に,本件遺言が右死因贈与契約の存在によって無効となる余地はないとした原判決は,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決は破棄を免れず,更に,審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,民訴法四〇七条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官宮崎梧一 裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同大橋 進

遺言者が遺言を撤回する遺言を更に別の遺言で撤回して当初の遺言の効力が復活する場合(最判平成9年11月13日民集51巻10号4144頁)

遺言者が遺言を撤回する遺言を更に別の遺言をもって撤回した場合において当初の遺言の効力の復活が認められた事例
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人河村正和,同柳瀬治夫の上告理由について
一 原審の確定した事実関係等の概要は次のとおりであり,この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
1 甲は,平成三年一一月一五日に死亡した。その法定相続人は,妻である乙並びに子である上告人ら,被上告人及び丙の合計五名である。
2 亡甲は,昭和六二年一二月六日,自筆証書によって,その遺産の大半を被上告人に相続させる内容の遺言。(以下「X遺言」という。)をした。
3 亡甲は,平成二年三月四日,自筆証書によって,被上告人に相続させる遺産を減らし,X遺言の内容より多くの遺産を被上告人以外の者に相続させる内容の遺言(以下「Y遺言」という。)をした。Y遺言の末尾には,「この遺言書以前に作成した遺言書はその全部を取り消します」との記載がある。
4 さらに,亡甲は,平成二年一一月八日,自筆証書によって,「丁に渡した遺言状は全て無効とし戊弁護士のもとで作成したものを有効とする」と記載された遺言(以下「Z遺言」という。)をした。Z遺言にいう「丁に渡した遺言状」とはY遺言書を指し,「戊弁護士のもとで作成したもの」とはX遺言書を指している。
5 被上告人は,X遺言に基づき,第一審判決添付第一ないし第三物件目録記載の各不動産について,相続を原因とする所有権移転登記を行った。
二 本件訴訟は,上告人らが,Y遺言によりX遺言が失効したとして,X遺言の無効確認を求めるとともに,右各不動産について法定相続分に従った共有登記への更正登記手続を求めるものである。これに対し,被上告人は,亡甲は,Z遺言によってX遺言と同一の内容の新たな遺言をしたものであり,仮にそうでないとしても,民法一〇二五条ただし書の類推適用により,Z遺言によってX遺言が復活すると主張している。原審は,X遺言の復活を認めるべきであるとして,上告人らの本訴請求をいずれも棄却した。
三 ところで,遺言(以下「O遺言」という。)を遺言の方式に従って撤回した遺言者が,更に右撤回遺言を遺言の方式に従って撤回した場合において,遺言書の記載に照らし,遺言者の意思がO遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは,民法一〇二五条ただし書の法意にかんがみ,遺言者の真意を尊重してO遺言の効力の復活を認めるのが相当と解される。これを本件について見ると,前記一の事実関係によれば,亡甲は,Y遺言をもってX遺言を撤回し,更にZ遺言をもってY遺言を撤回したものであり,Z遺言書の記載によれば,亡甲がO遺言であるX遺言を復活させることを希望していたことがあきらかであるから,本件においては,X遺言をもって有効な遺言と認めるのが相当である。
四 そうすると,前記一の事実関係の下において,X遺言の復活を認めるべきであるとした原審の認定判断は,是認できる。論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同井嶋一友

遺留分減殺請求

  遺留分減殺請求に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

減殺請求権の性質(最判昭和41年7月14日民集20巻6号1183頁)

遺留分権利者の減殺請求権の性質
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人井上綱雄の上告理由について。
遺留分権利者が民法一〇三一条に基づいて行う減殺請求権は形成権であって,その権利の行使は受贈者または受遺者に対する意思表示によってなせば足り,必ずしも裁判上の請求による要はなく,また一たん,その意思表示がなされた以上,法律上当然に減殺の効力を生ずるものと解するのを相当とする。従って,右と同じ見解に基づいて,被上告人が相続の開始および減殺すべき本件遺贈のあったことを知った昭和三六年二月二六日から元年以内である昭和三七年一月一〇日に減殺の意思表示をなした以上,右意思表示により確定的に減殺の効力を生じ,もはや右減殺請求権そのものについて民法一〇四二条による消滅時効を考える余地はないとした原審の判断は首肯できる。
論旨は,右と異る見解に基づくものであって,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
 最高裁,同裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田 誠

減殺請求後の転得者に対する減殺請求とその消滅時効の起算点(最判昭和35年7月19日民集14巻9号1779頁)

減殺請求後の転得者に対する減殺請求とその消滅時効の起算点
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人菅原勇の上告理由第一点について。
所論の実質は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず,上告適法の理由と認められない。
同第二点について。
しかし,被上告人甲が上告人らの登記の欠缺を主張し得る第三者に該当することは当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(昭和33年10月14日判決,民集12巻3111頁)。そして原判決は,亡乙名義に所有権移転登記がなされた時において乙は本件不動産につき完全な所有権を取得し,上告人らは何らの権利をも有しなくなったとし,被上告人丙及び丁が登記義務を承継したとしても,同人らから本件不動産を買受けた被上告人甲において所有権移転登記を得た以上,特段の事情のない限り登記義務は履行不能に帰したと判示して,上告人らの請求を排斥しているのであり,その判断は正当であるから,論旨は理由がないことに帰する。
同第三点について。
所論は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず,上告適法の理由と認められない。
同第四点について。
しかし上告人らの減殺請求により本件不動産が全部上告人らの所有に帰したとする所論の立場に立ってみても,未登記の上告人らは被上告人丙,及び丁から本件不動産を買受け所有権移転登記を経た被上告人甲に対し,所有権取得をもって対抗し得ないのであるから,所論は原判決の結論に影響のないものであり,採用に値しない。
同第五点,第六点について。
亡乙に対する減殺請求後,本件不動産を買受けた被上告人甲に対し減殺請求をなし得ないとした原審の判断,並びに時効の起算点に関する原審の判断は,いづれも正当であり,その間に齟齬はないから,論旨はすべて理由がない。
上告代理人加藤行吉,同工藤祐正の上告理由第一点について。
所論は原判決に即せず,第一審判決の違法をいうもので,上告適法の理由と認められない。
同第二点について。
所論の理由のないことは前記菅原代理人の上告理由第二点の説示により諒解すべきである。
同第三点について。
上告人らが贈与を受けたにしてもその所有権の取得をもって対抗できないものである以上,所論の事実を必ずしも確定する必要はないから,原判決に所論の違法あるものとは言えない。
同第四点について。
遺留分に反する譲渡行為であってもそのため当然無効となるものではなく減殺請求に服するにすぎない。そして本件は被相続人戊の生前の二重贈与と減殺請求の事実に関するもので,単なる相続人間の相続財産の所有権取得の主張の問題ではないから,所論のような理由によって原判決の判断を違法と解することはできない。引用判例は適切でなく,論旨は理由がない。
よって,民訴四〇一条,九五条,九三条一項,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官河村又介  裁判官島 保,同垂水克己,同高橋 潔,同石坂修一

民法1041条1項の価額弁償と贈与・遺贈の目的物の価額算定の基準時(最判昭和51年8月30日民集30巻7号768頁)

遺留分権利者が受遺者又は受遺者に対し民法1041条1項の価額弁償を請求する訴訟における贈与又は遺贈の目的物の価額算定の基準時
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人下山量平の上告理由一について
原審の裁判長が裁判の評議に加わりその評決の後に転任したものであることは,記録は添付されている原判決正本に徴し明らかであるから,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に基づいて原判決を非難するものであって,採用できない。

同二(1)について

遺留分権利者の減殺請求により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するものと解するのが相当であって(最高裁昭和三三年(オ)第五〇二号同三五年七月一九日判決・民集一四巻九号一七七九頁,最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八四号同四一年七月一四日判決・民集二〇巻六号一一八三頁,最高裁昭和四二年(オ)第一四六五号同四四年一月二八日判決・裁判集民事九四号一五頁参照),侵害された遺留分の回復方法としては贈与又は遺贈の目的物を返還すべきものであるが,民法一〇四一条一項が,目的物の価額を弁償することによって目的物返還義務を免れうるとして,目的物を返還するか,価額を弁償するかを義務者である受贈者又は受遺者の決するところに委ねたのは,価額の弁償を認めても遺留分権利者の生活保障上支障をきたすことにはならず,一方これを認めることによって,被相続人の意思を尊重しつつ,すでに目的物の上に利害関係を生じた受贈者又は受遺者と遺留分権利者との利益の調和をもはかることができるとの理由に基づくものと解されるが,それ以上に,受贈者又は受遺者に経済的な利益を与えることを目的とするものと解すべき理由はないから,遺留分権利者の叙上の地位を考慮するときは,価額弁償は目的物の返還に代わるものとしてこれと等価であるべきことが当然に前提とされているものと解されるのである。このようなところからすると,価額弁償における価額算定の基準時は,現実に弁償がされる時であり,遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時であると解するのが相当である。所論指摘の民法一〇二九条,一〇四四条,九〇四条は,要するに,遺留分を算定し,又は遺留分を侵害する範囲を確定するについての基準時を規定するものであるにすぎず,侵害された遺留分の減殺請求について価額弁償がされるときの価額算定の基準時を定めたものではないと解すべきである。右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
同二(2)について
原判決添付別紙目録一,二の土地に関する被上告人の請求には,民法一〇四〇条一項本文に基づいて価額弁償を請求する主位的請求と民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求する予備的請求があり,原審は,主位的請求を棄却し,予備的請求の一部を認容したものであるところ,所論は,畢竟,上告人が勝訴した主位的請求に関する原審の判断を非難するものであるから,適法な上告理由にあたらない。
同二(3)並びに上告人の上告理由(一)及び(二)について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
上告人の上告理由(三)について
所論は,原審における主張を経ない事実に基づく原判決非難であるから,適法な上告理由にあたらない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官本林 讓  裁判官岡原昌男,同大塚喜一郎,同吉田 豊,同栗本一夫

相続人が受けた贈与金銭が特別受益である場合の受益額算定の方法(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁)

相続人が受けた贈与金銭が特別受益である場合の受益額算定の方法
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人永宗明の上告理由について
被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に,右贈与財産が金銭であるときは,その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきものと解するのが,相当である。何故なら,このように解しなければ,遺留分の算定にあたり,相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより,共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなるばかりでなく,かつ,右のように解しても,取引における一般的な支払手段としての金銭の性質,機能を損う結果をもたらすものではないからである。これと同旨の見解に立って,贈与された金銭の額を物価指数に従って相続開始の時の貨幣価値に換算すべきものとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認できる。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官  岸 盛一  裁判官藤林益三,同下田武三,同岸上康夫,同団藤重光

民法1042条の減殺すべき贈与があったことを知った時とその認定(最判昭和57年11月12日民集36巻11号2193頁)

民法1042条の減殺すべき贈与があったことを知った時とその認定
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人石川功の上告理由について
民法一〇四二条にいう「減殺すべき贈与があったことを知った時」とは,贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知った時と解すべきであるから,遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上抗争しているような場合は,贈与の事実を知っただけで直ちに減殺できる贈与があったことまでを知っていたものと断定することはできないというべきである(大審院昭和一二年(オ)第一七〇九号同一三年二月二六日判決・民集一七巻二七五頁参照)。しかし,民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば,遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば,それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であっても時効は進行を始めないとするのは相当でないから,被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合においては,無効の主張について,一応,事実上及び法律上の根拠があって,遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもつともと首肯しうる特段の事情が認められない限り,右贈与が減殺することのできるものであることを知っていたものと推認するのが相当というべきである。
これを本件についてみるのに,原審の適法に確定した事実及び記録によれば,(一)訴外根岸誠二(以下「訴外誠二」という。)は,その妻である上告人とかねて円満を欠いていたところ,昭和三三年ころには不仲の程度が甚しくなり,養子である訴外根岸克子(以下「訴外克子」という。)とともに家を出て被上告人桜井キミヱ(以下「被上告人桜井」という。)方で同被上告人と同棲して世話を受けた,(二)訴外誠二は,七四歳の高齢になって生活力も失っていた時期である昭和四三年12月20日に被上告人桜井の自己及び訴外克子に対する愛情ある世話と経済的協力に感謝し,かつ,自分の亡きあと訴外克子の面倒をみてもらうためにその唯一の財産ともいうべき本件土地建物につき持分二分の一を被上人桜井に贈与し,同時に残りの二分の一を訴外克子に贈与した,(三)訴外誠二は,昭和四九年六月二五日に死亡したが,上告人はその一か月後には本件土地建物の権利関係について調査し,前記贈与の事実を了知していた。(四)そこで,上告人は訴外誠二の被上告人桜井に対する本件贈与が右両者間の妾契約に基づいてされたもので公序良俗に反して無効であると主張して被上告人桜井の受領した本件土地建物の持分二分の一の返還を求める本件訴を提訴した,(五)これに対し被上告人桜井らは右公序良俗違反の主張を争うとともに,本件第一審の昭和49年11月11日の口頭弁論で陳述した同日付準備書面において,かりに本件贈与が無効であるとしても,右返還請求は民法七〇八条により許されない旨を主張し,第一審判決においてその主張が容れられて本訴請求が排斥されたため,上告人は,差戻前の原審の昭和五一年七月二七日の口頭弁論において,予備的に,遺留分減殺請求権を行使して,被上告人桜井に対し,本件土地建物の持分六分の一の返還を求めるに至った,(六)上告人がした本件贈与無効の主張は,差戻前の原審において,贈与に至る前記事情及び経過に照らし公序良俗に反する無効なものといえない旨判断されて排斥され,右判断は上告審の差戻判決においても是認された,というのである。右事実関係によれば,本件贈与無効の主張は,それ自体,根拠を欠くというだけでなく,訴外誠二の唯一の財産ともいうべき本件土地建物が他に贈与されていて,しかも上告人において右事実を認識していたというのであるから,被上告人桜井らから民法七〇八条の抗弁が提出されているにもかかわらずなお本件贈与の無効を主張するだけで昭和五一年七月に至るまで遺留分減殺請求権を行使しなかったことについて首肯するに足りる特段の事情の認め難い本件においては,上告人は,おそくとも昭和49年11月11日頃には本件贈与が減殺することのできる贈与であることを知っていたものと推認するのが相当というべきであって,これと同旨の説示に基づいて本件遺留分減殺請求権が時効によって消滅したものとした原審の判断は,正当として是認できる。論旨は,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 大橋 進 裁判官 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一 牧 圭次

遺贈の目的の返還義務を免れるためにすべき価額弁償とは(最判昭和54年7月10日民集33巻5号562頁)

特定物の遺贈につき履行がされた場合に民法1041条により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためにすべき価額弁償の意義
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人江谷英男,同藤村睦美の上告理由第一点について
本件建物が無価値のものでなく,まだかなりの価値を有するものであるとする原判決の認定判断は,その挙示する証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は判決の結論に影響のない点をとらえて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
同第二点について
遺留分権利者が民法一〇三一条の規定に基づき遺贈の減殺を請求した場合において,受遺者が減殺を受けるべき限度において遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れうることは,同法一〇四一条により明らかであるところ,本件のように特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない。何故なら,右のような場合に単に弁償の意思表示をしたのみで受遺者をして返還の義務を免れさせるものとすることは,同条一項の規定の体裁に必ずしも合うものではないばかりでなく,遺留分権利者に対し右価額を確実に手中に収める道を保障しないまま減殺の請求の対象とされた目的の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり,遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し,ひいては遺留分の制度を設けた法意にそわないこととなるからである。
これを本件についてみるのに,原審の確定したところによれば,被上告人は,遺贈者亡甲の長女で唯一の相続人であり,遺留分権利者として右甲がその所有の財産である本件建物を目的としてした遺贈につき減殺の請求をしたところ,本件建物の受遺者としてこれにつき所有権移転登記を経由している上告人は,本件建物についての価額を弁償する旨の意思表示をしただけであり,右価額の弁償を現実に履行し又は価額弁償のため弁済の提供をしたことについては主張立証をしていない,というのであるから,被上告人は本件建物につき二分の一の持分権を有しているものであり,上告人は遺留分減殺により被上告人に対し本件建物につき二分の一の持分権移転登記手続をすべき義務を免れることができないといわなければならない。
従って,これと同趣旨の原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官服部高顯  裁判官江里口清雄,同高辻正己,同環 昌一,同横井大三

遺留分減殺請求権の行使による目的物返還請求権等と民法1042条の消滅時効(最判昭和57年3月4日民集36巻3号241頁)

遺留分減殺請求権の行使による目的物返還請求権等と民法1042条の消滅時効
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人景山米夫の上告理由一について
民法一〇三一条所定の遺留分減殺請求権は形成権であって,その行使により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に遺留分権利者に帰属するものと解すべきものであることは,当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八四号同四一年七月一四日判決・民集二〇巻六号一一八三頁,最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁),従って,遺留分減殺請求に関する消滅時効について特別の定めをした同法一〇四二条にいう「減殺の請求権」は,右の形成権である減殺請求権そのものを指し,右権利行使の効果として生じた法律関係に基づく目的物の返還請求権等をもこれに含ましめて同条所定の特別の消滅時効に服せしめることとしたものではない,と解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
同二について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,民法一〇四〇条の規定を類推適用して被上告人の本件遺贈の目的の価額弁償の請求を認めた原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官本山 亨,裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同中村治朗,同谷口正孝

価額弁償がなされた場合と所得税法59条1項1号の遺贈(最判平成4年11月16日家月45巻10号25頁)

遺贈に対する遺留分減殺請求につき価額弁償がなされた場合と所得税法59条1項1号の遺贈
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人脇田忠,同藤川成郎の上告理由第一点について
原審の適法に確定した事実関係の下において,本件土地の遺贈に対する遺留分減殺請求について,受遺者が価額による弁償を行ったことにより,結局,本件土地が遺贈により,相続人から受遺者に譲渡されたという事実には何ら変動がないこととなり,従って,右遺留分減殺請求が遺贈による本件土地に係る被相続人の譲渡所得に何ら影響を及ぼさないこととなるとした原審の判断は,正当として是認でき,原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するにすぎず,採用できない。
同第三点について
被相続人のした本件遺言が相続分を指定したものとは解されないとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,結論において正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,行政事件訴訟法七条,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官大堀誠一の補足意見,裁判官味村治の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平,同味村 治,同小野幹雄,同三好 達

遺産全部の包括遺贈に対する遺留分減殺請求権行使と同権利の性質(最判平成8年1月26日民集50巻1号132頁)

遺産全部の包括遺贈に対する遺留分減殺請求権行使と同権利の性質
      主   文
本件上告を棄却する。
原判決主文第一項を次のとおり更正する。
 「一 原判決中控訴人の所有権一部移転登記手続請求を棄却した部分を取り消す。
 被控訴人は,控訴人に対し,別紙物件目録(一)ないし(三)及び(五)ないし(八)記載の各不動産について,昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし,控訴人の持分を二四分の一とする所有権一部移転登記手続をせよ。」
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告人の上告理由第一の一,二について
一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
1 甲は,原判決添付別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。
2 甲は,昭和五九年六月四日付け公正証書により,本件不動産を含む財産全部を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。
3 甲は,昭和六二年七月六日死亡し,相続が開始した。
4 甲の相続人は,同人の妻である乙及び上告人,被上告人を含む六人の子である。
5 上告人は,同年一〇月一五日,本件不動産につき前記遺贈を登記原因として所有権移転登記手続をし,その旨の登記がされた。
6 被上告人は,甲の相続財産について二四分の一の遺留分を有している。
7 被上告人は,上告人に対し,同年一一月二七日到達の書面で遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
8 上告人は,同年一一月三〇日,本件不動産のうち原判決添付別紙物件目録(四)記載の土地(以下「(四)土地」という。)を丙外二名に代金二億一九〇〇万〇〇七四円で売却し,同日,その旨の所有権移転登記がされた。
二 被上告人の本件請求は,前記遺留分減殺請求により被上告人が本件不動産につき遺留分割合に相当する二四分の一の共有持分権を有するに至ったとして,(四)土地を除く本件不動産について遺留分減殺を原因とする所有権一部移転登記手続を求めるとともに,上告人による(四)土地の売買は右共有持分権を侵害するもので不法行為を構成するなどとして,前記売買代金の二四分の一に当たる九一二万五〇〇三円の支払等を求めるものである。原審は,前記の事実関係の下において,上告人は前記包括遺贈により甲の死亡の時点で同人が相続開始当時所有していた本件不動産を含む全遺産を取得したものであるが,遺留分権利者である被上告人が遺留分減殺請求権を行使したことにより遺言による指定(全部)が修正され,右修正された相続分の割合により,本件不動産を含む全遺産につき,上告人と被上告人との遺産分割前の遺産共有の関係が成立したところ,このように遺産分割前の遺産共有の状態にある場合でも,相続人は,遺産を構成する個々の不動産につき相続人全員の各相続分に従った共同相続登記を受けることができ,相続人の一人が右遺産共有の状態に反して単独の相続による所有権移転登記を受けているときは,遺産共有権に基づきその是正を求めることができるのであるから,本件のようにいったん包括遺贈により遺産全部が受遺者である相続人の一人に移転し,その後遺留分減殺請求権の行使により相続人間の遺産共有の関係になったような場合においても,その遺産を構成する個々の不動産につき受遺者である相続人が遺贈による単独の所有権移転登記を受けているときは,これを各相続人の相続分に応じた共同相続の状態にあることを示す登記に是正することが許されるべきであるとし,また,上告人は,故意に(四)土地を売却してその登記を経ることにより被上告人の同土地に対する持分権を喪失させたのであるから,前記売買代金の二四分の一に当たる額の損害を賠償すべきであるとして,被上告人の本件請求を全部認容した。
三 遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するところ(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁),遺言者の財産全部についての包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
 特定遺贈が効力を生ずると,特定遺贈の目的とされた特定の財産は何らの行為を要せずして直ちに受遺者に帰属し,遺産分割の対象となることはなく,また,民法は,遺留分減殺請求を減殺請求をした者の遺留分を保全するに必要な限度で認め(一〇三一条),遺留分減殺請求権を行使するか否か,これを放棄するか否かを遺留分権利者の意思にゆだね(一〇三一条,一〇四三条参照),減殺の結果生ずる法律関係を,相続財産との関係としてではなく,請求者と受贈者,受遺者等との個別的な関係として規定する(一〇三六条,一〇三七条,一〇三九条,一〇四〇条,一〇四一条参照)など,遺留分減殺請求権行使の効果が減殺請求をした遺留分権利者と受贈者,受遺者等との関係で個別的に生ずるものとしていることがうかがえるから,特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないと解される。そして,遺言者の財産全部についての包括遺贈は,遺贈の対象となる財産を個々的に掲記する代わりにこれを包括的に表示する実質を有するもので,その限りで特定遺贈とその性質を異にするものではないからである。
 以上によれば,原審の適法に確定した前記の事実関係の下において,被上告人が本件不動産に有する二四分の一の共有持分権は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって,被上告人は,上告人に対し,右共有持分権に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができ,また,上告人の不法行為によりその持分権を侵害されたのであるから,その持分の価額相当の損害賠償を求めることができる。原審の判断は結論において正当であり,論旨は採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
なお,原判決主文第一項は,「一 原判決中控訴人の所有権一部移転登記手続請求を棄却した部分を取り消す。被控訴人は,控訴人に対し,別紙物件目録(一)ないし(三)及び(五)ないし(八)記載の各不動産について,昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし,控訴人の持分を二四分の一とする所有権一部移転登記手続をせよ。」とすべきものであったことが明らかであるから,民訴法一九四条により主文第二項のとおり更正する。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官根岸重治  裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田 博

不動産の持分移転登記手続請求訴訟と受遺者が裁判所の価額による価額弁償の意思表示をした場合の判決主文(最判平成9年2月25日民集51巻2号448頁)

不動産の持分移転登記手続請求訴訟と受遺者が裁判所の価額による価額弁償の意思表示をした場合における判決主文
      主   文
一 原判決主文第一項の2及び3を次のとおり変更する。
 1 被上告人は,上告人に対し,被上告人が上告人に対して民法一〇四一条所定の遺贈の目的の価額の弁償として二二七二万八二三一円を支払わなかったときは,第一審判決添付第一目録記載の各不動産の原判決添付目録記載の持分につき,所有権移転登記手続をせよ。
 2 上告人のその余の請求を棄却する。
二 その余の本件上告を棄却する。
三 訴訟の総費用はこれを五分し,その二を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
      理   由
第一 上告代理人樽谷進の上告理由一について
  所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程にも所論の違法は認められない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用することができない。
第二 同二及び三について
一 所論は,要するに,本件において上告人が求めているのは現物返還のみであり,被上告人もまた,単に価額弁償の意思表示をしたにとどまり現実の履行もその履行の提供もしていないのであるから,原判決主文第一項3のごとき条件付判決をすることは民訴法一八六条に違反するのみならず,右のごとき判決をしても,登記手続上,上告人の遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続を防止することができないばかりでなく,価額弁償の時期により次の手続が異なるという不安定な結果となるのであって,上告人はかかる判決を求めていないし,また,本件は現物返還を請求している事案であって,価額弁償算定の前提となるべき目的物の価額算定の基準時を事実審口頭弁論終結時とするのは相当でない,というのである。
二 上告人の求めているのが単なる現物返還のみであり,原判決主文第一項3に趣旨不明確な点があることは所論のとおりであって,これを是正すべきことは後記説示のとおりであるが,被上告人は,原審において,後記のとおり,単に価額弁償の意思表示をしたにとどまらず,裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定に基づく価額弁償をする意思がある旨を表明して,裁判所に対して弁償すべき価額の確定を求める旨の申立てをしているのであるから,原審がこれに応えて上告人の持分の移転登記請求を認めるに当たり,弁償すべき価額を定め,その支払を解除条件として判示したのはむしろ当然であって,そのこと自体を民訴法一八六条に違反するものということはできない。また,目的物の価額算定の基準時を事実審口頭弁論終結時より後にすることができないのは事理の当然であって,この点の所論は採用の限りでない。
三 以下,所論に鑑み,原審における被上告人の申立ての趣旨及びこれに対する原審の判断の当否について,職権をもって検討する。
 1 上告人の予備的請求は,上告人から被上告人(受遺者)に対する遺留分減殺請求権の行使により上告人に帰属した遺贈の目的物の返還(不動産については持分の確認及び移転登記手続)を求めるものであるところ,被上告人は,右請求に係る財産のうち第一審判決添付第一目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という)の持分については,裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定に基づく価額の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき価額の確定を求める旨の申立てをしている。そして,原審の適法に確定したところによれば,(一) 甲は,昭和六二年一月五日付け目筆証書により全財産を被上告人に遺贈する旨の遺言をした後,同月二六日に死亡した,(二) 甲の相続人は,被上告人(長男),乙(次男)及び上告人(次女)の三名である,(三) 甲の遺産である本件不動産につき,同年七月二日までに,本件遺言に基づき被上告人に対する所有権移転登記が経由された,(四) 上告人は,同月三〇日,被上告人に対して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした,(五) 右遺留分減殺の結果,上告人は,本件不動産についていずれも原判決添付目録記載の割合による持分を取得した,(六) 原審口頭弁論終結時における右持分の価額は合計二二七二万八二三一円である,というのである。
 2 原審は,右事実関係の下において,被上告人は上告人に対して本件不動産の前記持分の返還義務(持分移転登記義務)を負うが,右義務は価額の弁償の履行又は弁済の提供によって解除条件的に条件付けられているとして,予備的請求のうち本件不動産に関する部分については,「上告人が本件不動産について前記持分権を有することを確認する(主文第一項1)。被上告人は,上告人に対し,右持分について所有権移転登記手続をせよ(同2)。被上告人は,上告人に対し二二七二万八二三一一円を支払ったときは,前項の所有権移転登記義務を免れることができる(同3)。上告人のその余の請求を棄却する。」旨の判決を言い渡した。
四 そこで,その当否につき判断する。
 1 一般に,遺贈につき遺留分権利者が減殺請求権を行使すると,遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し,受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが,この場合,受遺者は,遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの,民法一〇四一条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償して返還の義務を免れることができる。もっとも,受遺者は,価額の弁償をなすべき旨の意思表示をしただけでは足りず,価額の弁償を現実に履行するか,少なくともその履行の提供をしなければならないのであって,弁償すべき価額の算定の基準時は原則として弁償がされる時と解すべきである。さらに,受遺者が弁償すべき価額について履行の提供をした場合には,減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面,遺留分権利者は受遺者に対して弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得するものというべきである(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁,最高裁昭和五三年財第九〇七号同五四年七月一〇日判決・民集三三巻五号五六二頁参照)。
 2 減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的物の返還を求める訴訟において,受遺者が事実審口頭弁論終結前に弁償すべき価額による現実の履行又は履行の提供をしなかったときは,受遺者は,遺贈の目的物の返還義務を免れることはできない。しかし,受遺者が,当該訴訟手続において,事実審口頭弁論終結前に,裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定による価額の弁償をなすべき旨の意思表示をした場合には,裁判所は,右訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上,受遺者が右の額を支払わなかったことを条件として,遺留分権利者の目的物返還請求を認容すべきものと解するのが相当である。
   何故なら,受遺者が真に民法一〇四一条所定の価額を現実に提供して遺留分権利者に帰属した目的物の返還を拒みたいと考えたとしても,現実には,遺留分算定の基礎となる遺産の範囲,遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額の算定については,関係当事者間に争いのあることも多く,これを確定するためには,裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であるから,価額弁償の意思を有する受遺者にとっては民法の定める権利を実現することは至難なことというほかなく,すべての場合に弁償すべき価額の履行の提供のない限り価額弁償の抗弁は成立しないとすることは,同法条の趣旨を没却するに等しいものといわなければならない。従って,遺留分減殺請求を受けた受遺者が,単に価額弁償の意思表示をしたにとどまらず,進んで,裁判所に対し,遺留分権利者に対して弁償をなすべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して,弁償すべき額の確定を求める旨を申し立てたという本件のような場合においては,裁判所としては,これを適式の抗弁として取り扱い,判決において右の弁償すべき額を定めた上,その支払と遺留分権利者の請求とを合理的に関連させ,当事者双方の利害の均衡を図るのが相当であり,かつ,これが法の趣旨にも合致するものと解すべきである。
 3 この場合,民法一〇四一条の条文自体からは,一般論として,原判決主文第一項3のように受遺者が現物返還の目的物の価額相当の金員を遺留分権利者に支払ったときは登記義務を免れると理解することにさして問題はないけれども,現実に争いとなってこれを解決すべき裁判の手続においては,何時までにその主張をなすべきか,その価額の評価基準日を何時にするか,執行手続をいかにすべきか等の手続上の諸問題を無視することができない。その意味では,原判決主文第一項3のごとき判決は法的安定性を害するおそれがあり,その是正を要するものといわなければならない。一方,受遺者からする本件価額確定の申立ては,その趣旨からして,単に価額の確定を求めるのみの申立てであるにとどまらず,その確定額を支払うが,もし支払わなかったときは現物返還に応ずる趣旨のものと解されるから,裁判所としては,その趣旨に副った条件付判決をすべきものということができる。弁償すべき価額を裁判所が確定するという手続を定めることは,この手続の活用により提供された価額の相当性に関する紛争が回避され,遺留分権利者の地位の安定にも資するものであって,法の趣旨に合致する。
 4 なお,遺留分権利者からの遺贈の目的物の返還を求める訴訟において目的物返還を命ずる裁判の内容が意思表示を命ずるものである場合には,受遺者が裁判所の定める額を支払ったという事実は民事執行法一七三条所定の債務者の証明すべき事実に当たり,同条の定めるところにより,遺留分権利者からの執行文付与の申立てを受けた裁判所書記官が受遺者に対し一定の期間を定めて右事実を証明する文書を提出すべき旨を催告するなどの手続を経て執行文が付与された時に,同条一項の規定により,意思表示をしたものとみなされるという判決の効力が発生する。また,受遺者が裁判所の定める額について弁償の履行の提供をした場合も,右にいう受遺者が裁判所の定める額を支払った場合に含まれるものというべきであり,執行文付与の前に受遺者が右の履行の提供をした場合には,減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面,遺留分権利者は受遺者に対して右の額の金銭の支払を求める権利を取得するのである。
五 そこで,以上の見解に立って本件をみるのに,上告人は遺留分減殺により本件不動産について原判決添付目録記載の割合による持分を取得したが,受遺者である被上告人は原審において裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定に基づく価額の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき額の確定を求める旨の申立てをしており,原審口頭弁論終結時における右持分の価額は二二七二万八二三一円であるというのであるから,被上告人が同条所定の遺贈の目的の価額の弁償として右同額の金員を支払わなかったことを条件として,上告人の持分移転登記手続請求を認容すべきである。
  以上の次第で,原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。そこで,職権により原判決を破棄し,上告人の申立ての趣旨を害さず,かつ,被上告人の原審における申立ての趣旨に副った主文とすべく原判決を一部変更した上,その余の上告を棄却することとする。
よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条,九二条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 最高裁裁判長裁判官可部恒雄  裁判官園部逸夫,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信

相続開始時の被相続人債務と遺留分の侵害額の算定(最判平成8年11月26日民集50巻10号2747頁)

相続開始時の被相続人債務と遺留分の侵害額の算定
      主   文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人和田誠一郎の上告理由一の4について
一 原審の確定した事実関係は,次のとおりである。
1 Aは,平成二年六月二九日,すべての財産を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。
2 Aは,平成二年七月七日死亡した。同人の法定相続人は,妻である被上告人B並びに子である被上告人C,同D,上告人及びEである。
3 Aは,相続開始の時において,第一審判決別紙物件目録の本件不動産の項の一ないし二九記載の不動産(以下「本件不動産一」などという。)及び同目録の売却済み不動産の項の(一),(二)記載の不動産(以下「売却済み不動産(一)」などという。)を所有していた。
4 被上告人らは,上告人に対し,平成三年一月二三日到達の書面をもって遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
5 平成二年一二月一八日,本件不動産六ないし八につき,平成三年二月七日,本件不動産二,五及び二八につき,それぞれ相続を登記原因として上告人に所有権移転登記がされ,また,同日,本件不動産二九につき上告人を所有者とする所有権保存登記がされた。
6 上告人は,被上告人らから遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示を受けた後,同人らの承諾を得ずに,売却済み不動産(一)を三億二七三二万〇四〇〇円で,同(二)を七二三七万五〇〇〇円で,それぞれ第三者に売り渡し,その旨の所有権移転登記を経由した。
二 被上告人らの本件請求は,遺留分減殺請求により被上告人らが本件不動産一ないし二九につき,本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分(被上告人Bは四分の一,同C,同Dは各一六分の一の割合の持分)を取得したと主張して,本件不動産一ないし二九につき右各持分の確認を求め,かつ,本件不動産二,五ないし八,二八及び二九につき,遺留分減殺を原因として,右各持分の割合による所有権一部移転登記手続を求めるものである。なお,被上告人らからは,前記一3記載の不動産のほか普通預金債権,預託金債権等の相続財産が存在する旨の主張がされており,上告人からも,第一審判決別紙相続債務等目録記載の相続債務の存在等が主張されている。
三 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判示して,被上告人らの請求を認容した。
1 上告人は,遺留分減殺の意思表示を受けた後,遺産を構成する売却済み不動産(一),(二)を第三者に合計三億九九六九万五四〇〇円で売却し,その旨の所有権移転登記を経由したことにより,遺留分減殺請求により被上告人らに帰属した右各不動産上の持分を喪失させたから,被上告人らは,上告人に対し,右持分の喪失による損害賠償請求権を有する。
2 被上告人らは,本訴において,右各損害賠償請求権と上告人が相続債務を弁済したことにより被上告人らに対して有する各求償権とを対当額で相殺する旨意思表示した。上告人が弁済したとする相続債務の額に被上告人Bは四分の一,同C,同Dは各一六分の一の割合を乗じて求償権の額を算定すると,その額が右各損害賠償請求権の額を超えないことは明らかであるから,右求償権は相殺により消滅したというべきである。
3 そうすると,上告人主張の相続債務は,遺留分額を算定する上でこれを無視することができ,したがって,負担すべき相続債務の有無,範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定するまでもなく,被上告人らは,遺留分減殺請求権の行使により,本件不動産一ないし二九につき,本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したというべきである。
四 しかしながら,原審の右判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
1 遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属するところ,遺言者の財産全部の包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁),前記事実関係の下では,被上告人らは,上告人に対し,遺留分減殺請求権の行使により帰属した持分の確認及び右持分に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができる。
2 被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の遺留分の額は,民法一〇二九条,一〇三〇条,一〇四四条に従って,被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し,それに同法一〇二八条所定の遺留分の割合を乗じ,複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続分の割合を乗じ,遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定すべきものであり,遺留分の侵害額は,このようにして算定した遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し,同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。被上告人らは,遺留分減殺請求権を行使したことにより,本件不動産一ないし二九につき,右の方法により算定された遺留分の侵害額を減殺の対象であるAの全相続財産の相続開始時の価額の総和で除して得た割合の持分を当然に取得したものである。この遺留分算定の方法は,相続開始後に上告人が相続債務を単独で弁済し,これを消滅させたとしても,また,これにより上告人が被上告人らに対して有するに至った求償権と被上告人らが上告人に対して有する損害賠償請求権とを相殺した結果,右求償権が全部消滅したとしても,変わるものではない。
五 そうすると,本件では相続債務は遺留分額を算定する上で無視することができるとし,負担すべき相続債務の有無,範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定することなく,被上告人らは本件各不動産につき本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。その趣旨をいう論旨は理由があり,その余の点を判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,右の点につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すことにする。
よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官千種秀夫,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同尾崎行信

民法903条1項の相続人に対する贈与と遺留分減殺の対象(最判平成10年3月24日民集52巻2号433頁)

民法903条1項の相続人に対する贈与と遺留分減殺の対象
      主   文
原判決中本訴事件に関する部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
      理   由
一 上告代理人大野藤一の上告理由について
1 本訴事件は,亡甲の相続人であり遺留分権利者である上告人らが,甲からその生前に土地の贈与を受けた被上告人らに対し,遺留分減殺請求権を行使した結果上告人らに帰属した右の土地の持分についての移転登記手続を求めるものであるところ,原審の確定した事実関係及びこれに基づく判断は,次のとおりである。
(一) 甲は,昭和六二年八月二〇日に死亡した。甲の相続人は,妻である上告人乙,子である同丙及び被上告人丁である。同戊は同丁の配偶者であり,同峰成及び同繁久は同丁の子である。
(二) 甲は,昭和五三年当時,第一審判決添付物件目録1ないし9記載の土地(以下,同目録記載の番号により「1の土地」などという。)を所有していたが,同年一〇月一六日に一,3及び6の土地を被上告人戊,同峰成及び同繁久に,4の土地を同丁にそれぞれ贈与し,同五四年一月一六日に2及び5の土地を被上告人らに贈与した。
(三) 被上告人らに贈与された1ないし6の土地の右贈与の時点における価額と甲所有の財産として残された7ないし9の土地の右時点における価額を相続税・贈与税の課税実務上の財産評価方法にのっとって比較すると,固定資産税倍率方式により算出され,贈与税申告の際にも用いられた1ないし6の土地の価額は合計一一七五万三〇四九円であり,路線価方式により算出された9の土地の価額は一三九七万二〇〇〇円(一㎡当たり一万四〇〇〇円)であるから,7及び8の土地の価額を算出するまでもなく,甲所有の財産として残された7ないし9の土地の価額が被上告人らに贈与された1ないし6の土地の価額を上回るものということができる。そして,当時甲の財産が減少するおそれもなかったから,右贈与が遺留分権利者である上告人らに損害を加えることを知ってされたとはいえない。
(四) 以上によれば,1ないし6の土地は遺留分減殺の対象とならないことが明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく本訴事件についての上告人らの請求は理由がない。
2 しかし,9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を路線価方式により一三九七万二〇〇〇円(一㎡当たり一万四〇〇〇円)とした原審の事実認定は是認できない。その理由は,次のとおりである。
原審が,乙八三号証の一,二及び同八四号証の一ないし三により昭和五三年及び同五四年時点における9の土地に面する路線(不特定多数の者の通行の用に供されている道路又は水路)である道路の路線価が一㎡当たり一万四〇〇〇円であると認定し,これに同土地の登記簿土の地積である九九八㎡を乗じて,同土地の課税実務上の価額を一三九七万二〇〇〇円であると認定したことは,原判決の説示から明らかである。ところで,路線価とは,路線に接する宅地について評定された一㎡当たりの価額であって,宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定されるものであり,また,路線価方式とは,宅地についての課税実務上の評価の方式であって,路線価を基として計算された金額をその宅地の価額とするものであり,特段の事情のない限り宅地でない土地の評価に用いることはでろまでの間,本件土地に土砂を搬入掲乙号証から9の土地に面する道路の路線価が一㎡当たり一万四〇〇〇円であると認定することができるとしても,9の土地の当時の現況が傾斜地を含む山林であることは鑑定の結果などから明白であるから,前掲乙号証から9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を一三九七万二〇〇〇円(一㎡当たり一万四〇〇〇円)と認定することはおよそできない筋合いである。この点において,原判決には証拠に基づかずに事実を認定した違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決のうち本訴事件に関する部分はすべて破棄を免れない。
二 さらに,職権をもって検討すると,民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は,右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって,その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき,減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り,民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても,遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。ただし,民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は,すべて民法一〇四四条,九〇三条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ,右贈与のうち民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると,遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず,減殺の対象となるべき遺贈,贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが,このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。本件についてこれをみると,相続人である被上告人丁に対する4の土地並びに2及び5の土地の持分各四分の一の贈与は,格別の事情の主張立証もない本件においては,民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与に当たるものと推定されるところ,右各土地に対する減殺請求を認めることが同被上告人に酷であるなどの特段の事情の存在を認定することなく,直ちに右各土地が遺留分減殺の対象にならないことが明らかであるとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。よって,原判決のうち上告人らの被上告人丁に対する本訴事件に関する部分は,この点からも破棄を免れない。
三 以上に従い,原判決のうち本訴事件に関する部分については,更に審理を尽くさせるため,これを原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官園部逸夫,裁判官千種秀夫,同尾崎行信,同元原利文,同金谷利廣


遺留分権行使による取得不動産の所有権と共有持分権に基づく登記請求権と消滅時効(最判平成7年6月9日裁判集民事175号549頁)

遺留分権行使による取得不動産の所有権ほ共有持分権に基づく登記請求権と消滅時効
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人小沢礼次の上告理由について
遺留分権利者が特定の不動産の贈与につき減殺請求をした場合には,受贈者が取得した所有権は遺留分を侵害する限度で当然に右遺留分権利者に帰属することになるから(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁,最高裁昭和五三年(オ)第一九〇号同五七年三月四日判決・民集三六巻三号二四一頁),遺留分権利者が減殺請求により取得した不動産の所有権又は共有持分権に基づく登記千続請求権は,時効によって消滅することはないものと解すべきである。これと同旨の原審の判断は是認することができ,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官河合伸一 裁判官中島敏次郎,同大西勝也,同根岸重治

遺留分減殺請求前に遺贈の目的を譲渡した場合と価額弁償額(最判平成10年3月10日民集52巻2号319頁)

遺留分減殺請求前に遺贈の目的を譲渡した場合と価額弁償額
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人根本孔衛,同三嶋健の上告理由第三点の2について
遺留分権利者が減殺請求権を行使するよりも前に減殺を受けるべき受遺者が遺贈の目的を他人に譲り渡した場合には,民法一〇四〇条一項の類推適用により,譲渡の当時譲受人が遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときを除き,遺留分権利者は受遺者に対してその価額の弁償を請求し得るにとどまるものと解すべきである(最高裁昭和五三年(オ)第一九〇号同五七年三月四日判決・民集三六巻三号二四一頁参照)。そして,右の弁償すべき額の算定においては,遺留分権利者が減殺請求権の行使により当該遺贈の目的につき取得すべきであった権利の処分額が客観的に相当と認められるものであった場合には,その額を基準とすべきものと解するのが相当である。
原審の適法に確定した事実関係によれば,上告人及び被上告人らは,昭和六〇年五月二四日に死亡した甲の子であるが,甲はその死亡時において本件土地についての借地権の二分の一の割合による持分を有していたところ,上告人は,右借地権持分の遺贈を受け,平成二年三月一三日,練馬ホーム株式会社に対し,これを自身の有する残りの二分の一の割合による持分と共に当時における客観的に相当な額である二億八八二九万九九六〇円で売却し,被上告人らは,その後の平成四年二月一〇日,上告人に対し,右遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をしたというのである。
右事実関係の下において,遺留分権利者である被上告人らは,減殺請求権の行使により,それぞれ前記借地権の二〇分の一の割合による持分を取得すべきであったとした上,民法一〇四〇条一項本文の類推適用により受遺者である上告人が各被上告人に対して弁償すべき額について,右借地権の売買代金の二〇分の一に当たる一四四一万四九九八円をもって相当とした原審の判断は,これを是認できる。所論引用の最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は,原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,違憲をいう点を含め,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難し,独自の見解に基づき原判決の法令違背を主張するか,又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず,採用できない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官園部逸夫  裁判官千種秀夫,同尾崎行信,同元原利文,同金谷利廣

遺贈に基づく目的物を占有者の取得時効の援用と減殺請求権行使による目的物の権利帰属(最判平成11年6月24日民集53巻5号918頁)

遺贈に基づく目的物を占有者の取得時効の援用と減殺請求権行使による目的物の権利帰属
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人作井康人の上告理由第一ないし第三について
被相続人が相続開始時に債務を有していた場合における遺留分の額は,被相続人が相続開始時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し,これに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定すべきものであり,遺留分の侵害額は,右のようにして算定した遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し,同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきである(最高裁平成五年(オ)第九四七号同八年一一月二六日判決・民集五〇巻一〇号二七四七頁)。原審の適法に確定した事実関係の下においては,被上告人らは,被相続人丙が相続開始時に有した債務を法定相続分に応じて相続したものというべきところ,遺留分算定の基礎となる財産額の確定に当たって右債務の額を控除すべきであるとしても,他方,遺留分侵害額の算定に当たっては被上告人らが相続した債務の額を加算しなければならず,そのようにして算定した遺留分侵害額は,原審認定の遺留分侵害額よりも多額となることが明らかである。従って,原審認定の遺留分侵害額は,遺留分減殺請求の相手方である上告人らにとって利益でこそあれ,何ら不利益ではないから,論旨は,原判決の結論に影響しない事項の違法をいうことに帰し,採用できない。
同第五について
<要旨>被相続人がした贈与が遺留分減殺の対象としての要件を満たす場合には,遺留分権利者の減殺請求により,贈与は遺留分を侵害する限度において失効し,受贈者が取得した権利は右の限度で当然に右遺留分権利者に帰属するに至るものであり(最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八四号同四一年七月一四日判決・民集二〇巻六号一一八三頁,最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁),受贈者が,右贈与に基づいて目的物の占有を取得し,民法一六二条所定の期間,平穏かつ公然にこれを継続し,取得時効を援用したとしても,それによって,遺留分権利者への権利の帰属が妨げられるものではないと解するのが相当である。何故なら,民法は,遺留分減殺によって法的安定が害されることに対し一定の配慮をしながら(一〇三〇条前段,一〇三五条,一〇四二条等),遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与については,それが減殺請求の何年前にされたものであるかを問わず,減殺の対象となるものとしていること,前記のような占有を継続した受贈者が贈与の目的物を時効取得し,減殺請求によっても受贈者が取得した権利が遺留分権利者に帰属することがないとするならば,遺留分を侵害する贈与がされてから被相続人が死亡するまでに時効期間が経過した場合には,遺留分権利者は,取得時効を中断する法的手段のないまま,遺留分に相当する権利を取得できない結果となることなどに鑑みると,遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与の受贈者は,減殺請求がされれば,贈与から減殺請求までに時効期間が経過したとしても,自己が取得した権利が遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属することを容認すべきであるとするのが,民法の趣旨であると解されるからである。
以上と同旨に帰する原審の判断は,是認するに足り,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官小野幹雄,裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎

相続人に対する遺贈と民法1034条の目的の価額(最判平成10年2月26日民集52巻1号274頁)

相続人に対する遺贈と民法1034条の目的の価額
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人鶴田岬の上告理由二の1について相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては,右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが,民法一〇三四条にいう目的の価額に当たるものというべきである。何故なら,右の場合には受遺者も遺留分を有するものであるところ,遺贈の全額が減殺の対象となるものとすると減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることが起こり得るが,このような結果は遺留分制度の趣旨に反すると考えられるからである。そして,特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても,以上と同様に解すべきである。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
その余の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官小野幹雄,裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎


遺留分減殺の意思表示の到達・遺産分割協議の申入れと遺留分減殺の意思表示(最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁)

ア遺産分割協議の申入れと遺留分減殺の意思表示
イ遺留分減殺の意思表示の内容証明郵便が留置期間の経過による差出人還付された場合と意思表示の到達
      主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人辰口公治,同小川征也,同岩下孝善の上告理由について
一 本件は,上告人らが被上告人に対し,遺留分減殺を原因として,第一審判決別紙の本件不動産の所有権及び共有持分の一部移転登記手続を求め,また,被上告人が上告人らに対し,本件不動産の所有権及び共有持分を有することの確認を求めた事案であり,上告人らが,減殺すべき遺贈があったことを知った時から一年の間に遺留分減殺の意思表示をしたか否かが争われているものである。
原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
1 甲は,平成五年一一月一〇日に死亡した。甲の相続人は,実子である上告人ら及び同年三月一一日に甲と養子縁組をした被上告人である。
2 甲は,昭和六三年七月二〇日付け公正証書遺言をもって,本件不動産の所有権及び共有持分を含む全財産を被上告人に遺贈していた。
3 上告人らは,平成六年二月九日,甲の遺言執行者から右公正証書の写しの交付を受け,減殺すべき遺贈があったことを知った。
4 上告人らの代理人である小川弁護士は,同年九月一四日,被上告人に対し,「貴殿のご意向に沿って分割協議をすることにいたしました。」と記載した同日付けの本件普通郵便を送付し,被上告人は,そのころこれを受領した(なお,被上告人は,第一審において,本件普通郵便が遺産分割協議を申し入れる趣旨のものであることを認める陳述をしている。)。
5 被上告人は,本件普通郵便を受領した後,相談のために乙弁護士を訪れ,遺留分減殺について説明を受けた。
6 小川弁護士は,同年一〇月二八日,被上告人に対し,遺留分減殺の意思表示を記載した本件内容証明郵便を発送したが,被上告人が不在のため配達されなかった。被上告人は,不在配達通知書の記載により,小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知ったが,仕事が多忙であるとして受領に赴かなかった。そのため,本件内容証明郵便は,留置期間の経過により小川弁護士に返送された。
7 被上告人は,同年一一月七日,小川弁護士に対し,多忙のために右郵便物を受け取ることができないでいる旨及び遺産分割をするつもりはない旨を記載した書面を郵送しており,本件内容証明郵便の内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していた。
8 小川弁護士は,平成七年三月一四日,被上告人に対し,上告人らの遺留分を認めるか否かを照会する同日付けの普通郵便を送付し,被上告人は,遅くとも同月一六日までにこれを受領したが,この時点では,既に平成六年二月一〇日から民法一〇四二条前段所定の一年の消滅時効期間が経過していた。なお,上告人らは,終始,前記遺贈の効力を争っていなかった。
二 上告理由一は,本件普通郵便による申入れが遺留分減殺の意思表示を包含するか否かの争点に関するものである。
1 原審は,この点につき,被上告人は本件普通郵便を受け取る前に上告人らから遺留分減殺の意向を示されておらず,本件普通郵便の内容は,極めて簡単なものであって,上告人らが遺留分減殺請求権を行使することについては全く触れられていないから,遺留分減殺の意思表示を含むものとはいえないと判断した。
2 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
(一) 遺産分割と遺留分減殺とは,その要件,効果を異にするから,遺産分割協議の申入れに,当然,遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし,被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には,遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには,法律上,遺留分減殺によるほかないのであるから,遺留分減殺請求権を有する相続人が,遺贈の効力を争うことなく,遺産分割協議の申入れをしたときは,特段の事情のない限り,その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
(二) これを本件について見るに,前記一の事実関係によれば,甲はその全財産を相続人の一人である被上告人に遺贈したものであるところ,上告人らは,右遺贈の効力を争っておらず,また,本件普通郵便は,遺留分減殺に直接触れるところはないが,少なくとも,上告人らが,遺産分割協議をする意思に基づき,その申入れをする趣旨のものであることは明らかである。そうすると,特段の事情の認められない本件においては,本件普通郵便による上告人らの遺産分割協議の申入れには,遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
(三) 以上と異なる原審の判断には,遺留分減殺に関する意思表示の解釈を誤った違法があるといわざるを得ず,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は,理由がある。
三 上告理由二は,本件内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示が被上告人に到達したか否かの争点に関するものである。
1 原審は,前記一の事実関係の下において,次のとおり判示して,右意思表示の到達を否定した。
すなわち,本件普通郵便を受け取ったことによって,被上告人において,上告人らが遺留分に基づいて遺産分割協議をする意思を有していると予想することは困難であり,被上告人としては,小川弁護士から本件内容証明郵便が差し出されたことを知ったとしても,これを現実に受領していない以上,本件内容証明郵便に上告人らの遺留分減殺の意思表示が記載されていることを了知することができたとはいえない。そうすると,本件内容証明郵便が留置期間経過によって小川弁護士に返送されている以上,一般取引観念に照らし,右意思表示が被上告人の了知可能な状態ないし勢力範囲に置かれたということはできず,また,上告人らとしては,直接被上告人宅に出向いて遺留分減殺の意思表示をするなどの他の方法を採ることも可能であったというべきであり,上告人らの側として常識上なすべきことを終えたともいえない。さらに,被上告人において,正当な理由なく上告人らの遺留分減殺の意思表示の受領を拒絶したと認めるに足りる証拠もない。
2 しかし,原審の右判断も是認できない。その理由は,次のとおりである。
(一) 隔地者に対する意思表示は,相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法九七条一項),右にいう「到達」とは,意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され,又は了知されることを要するものではなく,これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和三三年(オ)第三一五号同三六年四月二〇日判決・民集一五巻四号七七四頁参照)。
(二) ところで,本件当時における郵便実務の取扱いは,(1) 内容証明郵便の受取人が不在で配達できなかった場合には,不在配達通知書を作成し,郵便受箱,郵便差入口その他適宜の箇所に差し入れる,(2) 不在配達通知書には,郵便物の差出人名,配達日時,留置期限,郵便物の種類(普通,速達,現金書留,その他の書留等)等を記入する,(3) 受取人としては,自ら郵便局に赴いて受領するほか,配達希望日,配達場所(自宅,近所,勤務先等)を指定するなど,郵便物の受取方法を選択し得る,(4) 原則として,最初の配達の日から七日以内に配達も交付もできないものは,その期間経過後に差出人に還付する,というものであった(郵便規則七四条,九〇条,平成六年三月一四日郵郵業第一九号郵務局長通達「集配郵便局郵便取扱手続の制定について」別冊・集配郵便局郵便取扱手続二七二条参照)。
(三) 前記一の事実関係によれば,被上告人は,不在配達通知書の記載により,小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り(右(二)(2)参照),その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり,さらに,この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると,被上告人としては,本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたといえる。また,被上告人は,本件当時,長期間の不在,その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく,その主張するように仕事で多忙であったとしても,受領の意思があれば,郵便物の受取方法を指定することによって(右(二)(3)参照),さしたる労力,困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領できたものということができる。そうすると,本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は,社会通念上,被上告人の了知可能な状態に置かれ,遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。
(四) 以上と異なる原審の判断には,意思表示の到達に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨も,理由がある。
四 以上のとおり,原判決はいずれの点からしても破棄を免れず,上告人らが被上告人に対して遺留分減殺の意思表示をしたことを前提として改めて審理をさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官小野幹雄  裁判官  遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎

遺留分減殺請求権と債権者代位(最判平成13年11月22日民集55巻6号1033頁)

遺留分減殺請求権と債権者代位
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人冨永長健の上告理由について
一 本件は,遺言によって被上告人が相続すべきものとされた不動産につき,当該遺言で相続分のないものとされた相続人に対して貸金債権を有する上告人が,当該相続人に代位して法定相続分に従った共同相続登記を経由した上,当該相続人の持分に対する強制競売を申し立て,これに対する差押えがされたところ,被上告人がこの強制執行の排除を求めて提起した第三者異議訴訟である。上告人は,上記債権を保全するため,当該相続人に代位して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をし,その遺留分割合に相当する持分に対する限度で上記強制執行はなお効力を有すると主張した。
二 遺留分減殺請求権は,遺留分権利者が,これを第三者に譲渡するなど,権利行使の確定的意思を有することを外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除き,債権者代位の目的とすることができないと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
遺留分制度は,被相続人の財産処分の自由と身分関係を背景とした相続人の諸利益との調整を図るものである。民法は,被相続人の財産処分の自由を尊重して,遺留分を侵害する遺言について,いったんその意思どおりの効果を生じさせるものとした上,これを覆して侵害された遺留分を回復するかどうかを,専ら遺留分権利者の自律的決定にゆだねたものということができる(一〇三一条,一〇四三条参照)。そうすると,遺留分減殺請求権は,前記特段の事情がある場合を除き,行使上の一身専属性を有すると解するのが相当であり,民法四二三条一項ただし書にいう「債務者ノ一身ニ専属スル権利」に当たるというべきであって,遺留分権利者以外の者が,遺留分権利者の減殺請求権行使の意思決定に介入することは許されないと解するのが相当である。民法一〇三一条が,遺留分権利者の承継人にも遺留分減殺請求権を認めていることは,この権利がいわゆる帰属上の一身専属性を有しないことを示すものにすぎず,上記のように解する妨げとはならない。なお,債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは,相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり,相続人の債権者は,これを共同担保として期待すべきではないから,このように解しても債権者を不当に害するものとはいえない。
三 以上と同旨の見解に基づき,本件において遺留分減殺請求権を債権者代位の目的とすることはできないとして,被上告人の第三者異議を全部認容すべきとした原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は,所論の趣旨を判示したものではなく,上記判断はこれと抵触するものではない。論旨は採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官深澤武久,裁判官井嶋一友,同藤井正雄,同町田 顯

遺分減殺の対象の贈与等各財産につき価額弁償をすることの可否(最判平成12年7月11日民集54巻6号1886頁)

ア遺留分減殺の対象とされた贈与等各財産につき価額弁償をすることの可否
イ共有株式につき新たに単位未満株式を生じさせる現物分割を命ずることの可否
      主   文
一 原判決中,第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六の各株式の分割請求及び株券の引渡請求に係る部分を破棄する。
二 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
三 上告人のその余の上告を棄却する。
四 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
一 事案の概要
本件は,亡甲の共同相続人の一人であり相続財産全部の包括遺贈を受けた上告人に対して,遺留分減殺請求をした他の共同相続人である被上告人らが,共有に帰した相続財産中の株式等について共有物の分割及び分割された株式に係る株券の引渡し等を請求したものである。
二 上告代理人高崎英雄の上告受理申立て理由第一について
1 上告人は,遺贈を受け被上告人らからの遺留分減殺請求の対象となっている財産の一部である第一審判決別紙株式目録記載六の株式のみについて,本件訴訟で民法一〇四一条一項に基づく価額の弁償を主張している。
2 原審は,同項の「贈与又は遺贈の目的の価額」とは,贈与又は遺贈された財産全体の価額を指すものと解するのが相当であり,贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した一部の財産について価額の弁償をすることは,遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情がない限り許されず,そう解しないときは,包括遺贈を受けた者は,包括遺贈の目的とされた全財産についての共有物分割手続を経ないで,遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり,遺留分権利者の利益を不当に害することになるとして,上告人の価額弁償の主張を排斥し,右株式を被上告人ら三,上告人五の割合で分割した上,上告人に対し,この分割の裁判が確定したときに,右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。
3 しかし,受贈者又は受遺者は,民法一〇四一条一項に基づき,減殺された贈与又は遺贈の目的たる各個の財産について,価額を弁償して,その返還義務を免れることができるものと解すべきである。
何故ならば,遺留分権利者のする返還請求は権利の対象たる各財産について観念されるのであるから,その返還義務を免れるための価額の弁償も返還請求に係る各個の財産についてなし得るものというべきであり,また,遺留分は遺留分算定の基礎となる財産の一定割合を示すものであり,遺留分権利者が特定の財産を取得することが保障されているものではなく(民法一〇二八条ないし一〇三五条参照),受贈者又は受遺者は,当該財産の価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければ,遺留分権利者からの返還請求を拒み得ないのであるから(最高裁昭和五三年(オ)第九〇七号同五四年七月一〇日判決・民集三三巻五号五六二頁),右のように解したとしても,遺留分権利者の権利を害することにはならないからである。このことは,遺留分減殺の目的がそれぞれ異なる者に贈与又は遺贈された複数の財産である場合には,各受贈者又は各受遺者は各別に各財産について価額の弁償をすることができることからも肯認できるところである。そして,相続財産全部の包括遺贈の場合であっても,個々の財産についてみれば特定遺贈とその性質を異にするものではないから(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日判決・民集五〇巻一号一三二頁),右に説示したことが妥当するのである。
そうすると,原審の前記判断には民法一〇四一条一項の解釈を誤った違法があるというべきである。
三 同第二の三について
1 原審は,第一審判決別紙株式目録一ないし四記載の新日本製鉄株式会社外三社の各株式について,株式は一株を単位として可分であり,かつ,分割することによる価値の減少が認められないことを理由として,右各株式を被上告人ら三,上告人五の割合で分割した上,上告人に対し,この分割の裁判が確定したときに,右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。
2 しかし,右各株式は証券取引所に上場されている株式であることは公知の事実であり,これらの株式については,一単位未満の株券の発行を請求することはできず,一単位未満の株式についてはその行使し得る権利内容及び譲渡における株主名簿への記載に制限がある(昭和五六年法律第七四号商法等の一部を改正する法律附則一五条一項一号,一六条,一八条一,三項)。従って,2分割された株式数が一単位の株式の倍数であるか,又はそれが一単位未満の場合には当該株式数の株券が現存しない限り,当該株式を表象する株券の引渡しを強制することはできず,一単位未満の株式では株式本来の権利を行使することはできないから,新たに一単位未満の株式を生じさせる分割方法では株式の現物分割の目的を全うすることができない。
そうすると,このような株式の現物分割及び分割された株式数の株券の引渡しの可否を判断するに当たっては,現に存在する株券の株式数,当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等をも考慮すべきであり,この点について考慮することなく,右各株式の現物分割を命じた原審の判断には,民法二五八条二項の解釈を誤った違法があり,これを前提として株券の引渡しを命じた原審の判断にも違法がある。
四 結論
以上によれば,原判決中,第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六記載の各株式の分割及び株券の引渡しを命じた部分には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。従って,論旨は理由があり,原判決中,右部分は破棄を免れず,同目録記載一ないし四の各株式に関する請求については,現に存在する株券の株式数,当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等を考慮した現物分割の可否について,同目録記載六の株式に関する請求については,弁償すべき価額について,更に審理判断させるため,本件を原審に差し戻すこととする。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官金谷利廣,裁判官千種秀夫,同元原利文,同奥田昌道

生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する場合とと民法1031条に規定する遺贈・贈与(最判平成14年11月5日民集56巻8号2069頁)

自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為と民法1031条に規定する遺贈・贈与
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人尾倉洋文の上告受理申立て理由について
自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできないと解するのが相当である。何故なら,死亡保険金請求権は,指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産を構成するものではない(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者の死亡時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって,死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたとみることもできないからである。
これと同旨の見解に基づき,上告人らの予備的請求を棄却すべきものとした原審の判断は,正当として是認でき,原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官横尾和子 裁判官藤井正雄,同町田 顯,同深澤武久,同甲斐中辰夫


価額弁償請求権を確定的に取得する時期(最判平成20年1月24日民集62巻1号63頁)

価額弁償の意思表示を受けて遺留分権利者が価額弁償請求する場合に当該遺留分権利者が遺贈目的物につき価額弁償請求権を確定的に取得する時期
      主   文
1 原判決のうち,遺留分減殺請求に係る部分を次のとおり変更する。
 (1)被上告人乙子は,上告人甲子に対し,1762万3727円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2)被上告人丙子は,上告人甲子に対し,334万7145円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (3)被上告人乙子は,上告人丁に対し,1732万6915円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (4)被上告人丙子は,上告人丁に対し,329万0774円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (5)上告人らのその余の請求を棄却する。
2 前項の請求に関する訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人らの負担とし,その余を被上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人前川弘美の上告受理申立て理由について
1 本件は,Xの相続について,遺留分権利者である上告人らが,Xからその遺産を遺贈された被上告人らに対し,民法1041条1項に基づく価額弁償として,弁償金及びこれに対する相続開始の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案であり,その遅延損害金の起算日はいつであるのかが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要等は次のとおりである。
(1)X(大正13年9月*日生)は,平成8年2月9日に死亡した。その法定相続人は,妻であるY,実子である上告人甲子,被上告人乙子及び被上告人丙子並びに養子である上告人丁及び戊である。
(2)Xの相続について,上告人丁及び上告人甲子の遺留分は各20分の1である。
(3)Xは,名古屋法務局所属公証人作成に係る平成7年第732号公正証書により,第1審判決別紙遺産目録ⅠないしⅢ記載のとおり,Xの遺産を被上告人ら及びYにそれぞれ相続させる旨の遺言をした。
(4)上告人らは,平成8年8月18日,被上告人ら及びYに対して遺留分減殺請求権を行使し,被上告人ら及びYがXから前記公正証書遺言により取得した遺産につき,それぞれその20分の1に相当する部分を返還するように求めた。
(5)上告人らは,平成9年11月19日に本訴を提起し,遺留分減殺を原因とする不動産の持分移転登記手続等を求めたところ,被上告人丙子は平成15年8月5日,被上告人乙子は平成16年2月27日,それぞれ第1審の弁論準備手続期日において上告人らに対し価額弁償をする旨の意思表示をした。これに対し,上告人らは,平成16年7月16日の第1審の口頭弁論期日において,訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めるとともに,その附帯請求として,相続開始の日である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
3(1)第1審は,上告人らの価額弁償請求を一部認容したが,その附帯請求については,上告人らが被上告人らに対して遺留分減殺請求をした日の翌日である平成8年8月19日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
(2)原審は,次のとおり判示して,第1審判決を変更し,上告人らによる価額弁償請求に係る附帯請求について,判決確定の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。
特定物の遺贈につき履行がされた場合に,民法1041条の規定により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りず,価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければならない(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日判決・民集33巻5号562頁)。もっとも,遺留分減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において,受遺者が,事実審口頭弁論終結前に,裁判所が定めた価額により民法1041条1項の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には,裁判所は,同訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上,受遺者がその額を支払わなかったことを条件として,遺留分権利者の請求を認容すべきものである(最高裁平成6年(オ)第1746号同9年2月25日判決・民集51巻2号448頁)。そして,この理は,本件のように,受遺者が民法1041条所定の価額の弁償をする旨の意思表示をしたのに対し,遺留分権利者が訴えを変更してその弁償金の支払を求めるに至った場合においても異なるものではなく,遺留分権利者の訴えの変更によって受遺者のした意思表示の内容又は性質が変容するものとみることはできないから,遺留分権利者は,裁判所が受遺者に対し民法1041条の規定による価額を定めてその支払を命じることによって初めて受遺者に対する弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得するものというべきである。従って,上告人らの遅延損害金の請求は,本判決確定の日の翌日以降の支払を求める限度で理由がある。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
(1)受遺者が遺留分権利者から遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求を受け,遺贈の目的の価額について履行の提供をした場合には,当該受遺者は目的物の返還義務を免れ,他方,当該遺留分権利者は,受遺者に対し,弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得すると解される(前掲最高裁昭和54年7月10日判決,前掲最高裁平成9年2月25日判決参照)。また,上記受遺者が遺贈の目的の価額について履行の提供をしていない場合であっても,遺留分権利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには,遺留分権利者は,受遺者に対し,遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし,それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決・民集30巻7号768頁,前掲最高裁平成9年2月25日判決参照)。そして,上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解するのが相当である。従って,受遺者は,遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で,遺留分権利者に対し,適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであり,同価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることになっても(前掲最高裁昭和51年8月30日判決参照),同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない。そうすると,民法1041条1項に基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は,上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日ということになる。
(2)これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,遺留分権利者である上告人らは,被上告人らがそれぞれ価額弁償をする旨の意思表示をした後である平成16年7月16日の第1審口頭弁論期日において,訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めることとしたのであり,この訴えの変更により,被上告人らに対し,価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,弁償金の支払を請求したものというべきである。そうすると,上告人らは,被上告人らに対し,上記価額弁償請求権について,訴えの変更をした日の翌日である同月17日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,価額弁償請求に係る遅延損害金について上記訴えの変更をした日の翌日から判決確定の日までの請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして,上告人らの価額弁償請求は,被上告人らに対して各弁償金及びこれに対する訴えの変更をした日の翌日である平成16年7月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,原判決のうち遺留分減殺請求に係る部分を主文第1項のとおり変更すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      最高裁裁判長裁判官泉 徳治,裁判官横尾和子,同甲斐中辰夫,同才口千晴,同涌井紀夫


遺留分侵害額の算定につき遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することの可否(最判平成21年3月24日民集63巻3号427頁)

相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合において,遺留分の侵害額の算定に当たり,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することの可否
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人佐藤昇,同甲木真哉の上告受理申立て理由について
1 本件は,相続人の1人が,被相続人からその財産全部を相続させる趣旨の遺言に基づきこれを相続した他の相続人に対し,遺留分減殺請求権を行使したとして,相続財産である不動産について所有権の一部移転登記手続を求める事案である。遺留分の侵害額の算定に当たり,被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 甲は,平成15年7月23日,甲の有する財産全部を被上告人に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。本件遺言は,被上告人の相続分を全部と指定し,その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利を被上告人に移転する内容を定めたものである。
(2) 甲は,同年▲月▲日に死亡した。同人の法定相続人は,子である上告人と被上告人である。
(3) 甲は,相続開始時において,第1審判決別紙物件目録記載の不動産を含む積極財産として4億3231万7003円,消極財産として4億2483万2503円の各財産を有していた。本件遺言により,遺産全部の権利が相続開始時に直ちに被上告人に承継された。
(4) 上告人は,被上告人に対し,平成16年4月4日,遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
(5) 被上告人は,同年5月17日,前記不動産につき,平成15年▲月▲日相続を原因として,甲からの所有権移転登記を了した。
(6) 上告人は,甲の消極財産のうち可分債務については法定相続分に応じて当然に分割され,その2分の1を上告人が負担することになるから,上告人の遺留分の侵害額の算定においては,積極財産4億3231万7003円から消極財産4億2483万2503円を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円に,相続債務の2分の1に相当する2億1241万6252円を加算しなければならず,この算定方法によると,上記侵害額は2億1428万7377円になると主張している。これに対し,被上告人は,本件遺言により被上告人が相続債務をすべて負担することになるから,上告人の遺留分の侵害額の算定において遺留分の額に相続債務の額を加算することは許されず,上記侵害額は,積極財産から消極財産を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円になると主張している。
3(1) 本件のように,相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。もっとも,上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。
そして,遺留分の侵害額は,確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し,同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものであり(最高裁平成5年(オ)第947号同8年11月26日判決・民集50巻10号2747頁参照),その算定は,相続人間において,遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものというべきである。従って,相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ,当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合,遺留分の侵害額の算定においては,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ,これに応じた場合も,履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず,相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
(2) これを本件についてみると,本件遺言の趣旨等から甲の負っていた相続債務については被上告人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから,本件遺言により,上告人と被上告人との間では,上記相続債務は指定相続分に応じてすべて被上告人に承継され,上告人はこれを承継していないというべきである。そうすると,上告人の遺留分の侵害額の算定において,遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存在しないことになる。
4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認できる。論旨は採用できない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁裁判長裁判官堀籠幸男 裁判官藤田宙靖,同那須弘平,同田原睦夫,同近藤崇晴


価額弁償の意思表示があるも目的物返還及び価額弁償の請求もないときの,価額弁償額の確定を求める訴えの利益(最判平成21年12月18日民集63巻10号2900頁)

価額弁償の意思表示があるも目的物返還及び価額弁償の請求もないときの,価額弁償額の確定を求める訴えの利益
      主   文
原判決中,主文第1項及び第2項を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人山田和男の上告受理申立て理由について
1 本件は,甲(以下「甲」という。)の共同相続人の一人であり,甲の遺言に基づきその遺産の一部を相続により取得し,他の共同相続人である被上告人らから遺留分減殺請求を受けた上告人が,被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨及び被上告人Y2(以下「被上告人Y2」という。)が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨を訴状に記載して提起した各訴えにつき,確認の利益の有無が問題となった事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 甲(大正9年2月生)は,平成16年12月7日に死亡した。上告人及び被上告人らは,甲の子である。
(2) 甲は,平成10年12月7日,甲の遺産につき,遺産分割の方法を指定する公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(3) 被上告人らは,平成17年12月2日ころ,上告人に対し,遺留分減殺請求の意思表示(以下「本件遺留分減殺請求」という。)をし,上告人は,遅くとも本件訴訟の提起をもって,被上告人らに対し,本件遺言による遺産分割の方法の指定が被上告人らの遺留分を侵害するものである場合は民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をした。
(4) 被上告人らは,上告人に対し,遺留分減殺に基づく目的物の返還請求も価額弁償請求も未だ行っていない。
(5) 本件訴訟の訴状には,請求の趣旨として,①被上告人Y1は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨,②被上告人Y2が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨の記載がある(以下,上告人の被上告人らに対する上記確認請求を併せて「本件各確認請求」といい,本件各確認請求に係る訴えを併せて「本件各確認の訴え」という。)。
上告人は,原審の第1回口頭弁論期日において,価額弁償をすべき額を確定したいため,本件各確認の訴えを提起したものである旨を述べた。
3 原審は,上記事実関係等の下で,①被上告人Y1に対する確認請求は,上告人が被上告人Y1の遺留分について価額弁償をすべき額がないことの確認を求めるものであり,②被上告人Y2に対する確認請求は,上告人が被上告人Y2の遺留分について価額弁償をすべき額が2770万3582円を超えないことの確認を求めるものであると解した上,以下の理由により,本件各確認の訴えは確認の利益を欠き不適法であると判断し,第1審判決中,本件各確認の訴えが適法であることを前提とする本件各確認請求に係る部分を取り消して,本件各確認の訴えを却下した。
(1) 被上告人らは,上告人に対して遺留分減殺請求をしたが,未だ価額弁償請求権を行使していない。従って,被上告人らの価額弁償請求権は確定的に発生しておらず,本件各確認の訴えは,将来の権利の確定を求めるものであり,現在の権利関係の確定を求める訴えということはできない。
(2) 仮に,上告人による価額弁償の意思表示があったことにより,潜在的に被上告人らが上告人に対して価額弁償請求権を行使することが可能な状態になったことを根拠として,本件各確認の訴えをもって現在の権利関係の確定を求める訴えであると解する余地があるとしても,受遺者又は受贈者が価額弁償をして遺贈又は贈与の目的物の返還義務を免れるためには現実の履行又は履行の提供を要するのであって,潜在的な価額弁償請求権の存否又はその金額を判決によって確定しても,それが現実に履行されることが確実であると一般的にはいえない。そして,その金額は,事実審の口頭弁論終結時を基準として確定されるものであって,口頭弁論終結時と上記金額を確認する判決の確定時に隔たりが生ずる余地があることをも考慮すると,本件各確認の訴えは,現在の権利義務関係を確定し,紛争を解決する手段として適切とはいい難い。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
(1) 被上告人Y1に対する確認の訴えについて
前記事実関係等によれば,被上告人Y1に対する確認の訴えは,これを合理的に解釈すれば,本件遺言による遺産分割の方法の指定は被上告人Y1の遺留分を侵害するものではなく,本件遺留分減殺請求がされても,上記指定により上告人が取得した財産につき,被上告人Y1が持分権を取得することはないとして,上記財産につき被上告人Y1が持分権を有していないことの確認を求める趣旨に出るものであると理解することが可能である。そして,上記の趣旨の訴えであれば,確認の利益が認められることが明らかである。そうであれば,原審は,上告人に対し,被上告人Y1に対する確認請求が上記の趣旨をいうものであるかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならず,このような措置に出ることなく,被上告人Y1に対する確認の訴えを確認の利益を欠くものとして却下した点において,原判決には釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(2) 被上告人Y2に対する確認の訴えについて
ア 一般に,遺贈につき遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すると,遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し,受遺者が取得した権利は上記の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが,この場合,受遺者は,遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの,民法1041条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償し,又はその履行の提供をすることにより,目的物の返還義務を免れることができると解される(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日判決・民集33巻5号562頁参照)。これは,特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言による遺産分割の方法の指定が遺留分減殺の対象となる本件のような場合においても異ならない(以下,受遺者と上記の特定の相続人を併せて「受遺者等」という。)。
そうすると,遺留分権利者が受遺者等に対して遺留分減殺請求権を行使したが,未だ価額弁償請求権を確定的に取得していない段階においては,受遺者等は,遺留分権利者に帰属した目的物の価額を弁償し,又はその履行の提供をすることを解除条件として,上記目的物の返還義務を負うものということができ,このような解除条件付きの義務の内容は,条件の内容を含めて現在の法律関係というに妨げなく,確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。
イ 遺留分減殺請求を受けた受遺者等が民法1041条所定の価額を弁償し,又はその履行の提供をして目的物の返還義務を免れたいと考えたとしても,弁償すべき額につき関係当事者間に争いがあるときには,遺留分算定の基礎となる遺産の範囲,遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額を確定するためには,裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であり,弁償すべき額についての裁判所の判断なくしては,受遺者等が自ら上記価額を弁償し,又はその履行の提供をして遺留分減殺に基づく目的物の返還義務を免れることが事実上不可能となりかねないことは容易に想定されるところである。弁償すべき額が裁判所の判断により確定されることは,上記のような受遺者等の法律上の地位に現に生じている不安定な状況を除去するために有効,適切であり,受遺者等において遺留分減殺に係る目的物を返還することと選択的に価額弁償をすることを認めた民法1041条の規定の趣旨にも沿うものである。
そして,受遺者等が弁償すべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して,上記の額の確定を求める訴えを提起した場合には,受遺者等がおよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,通常は上記判決確定後速やかに価額弁償がされることが期待できるし,他方,遺留分権利者においては,速やかに目的物の現物返還請求権又は価額弁償請求権を自ら行使することにより,上記訴えに係る訴訟の口頭弁論終結の時と現実に価額の弁償がされる時との間に隔たりが生じるのを防ぐことができるのであるから,価額弁償における価額算定の基準時は現実に弁償がされる時であること(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決・民集30巻7号768頁参照)を考慮しても,上記訴えに係る訴訟において,この時に最も接着した時点である事実審の口頭弁論終結の時を基準として,その額を確定する利益が否定されるものではない。
ウ 以上によれば,遺留分権利者から遺留分減殺請求を受けた受遺者等が,民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をしたが,遺留分権利者から目的物の現物返還請求も価額弁償請求もされていない場合において,弁償すべき額につき当事者間に争いがあり,受遺者等が判決によってこれが確定されたときは速やかに支払う意思がある旨を表明して,弁償すべき額の確定を求める訴えを提起したときは,受遺者等においておよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,上記訴えには確認の利益があるというべきである。
エ これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,被上告人Y2に対する確認の訴えは,被上告人Y2の本件遺留分減殺請求により同被上告人に帰属するに至った目的物につき,上告人が民法1041条の規定に基づきその返還義務を免れるために支払うべき額が2770万3582円であることの確認を求める趣旨をいうものであると解されるから,上告人において上記の額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明していれば,特段の事情がない限り,上記訴えには確認の利益があるというべきである。これと異なる見解に立って,被上告人Y2に対する確認の訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原判決中,上告人の被上告人らに対する確認請求に係る部分(主文第1項及び第2項)は破棄を免れない。そして,同部分につき,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 今井 功,同中川了滋,同竹内行夫

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