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名誉毀損の最高裁判決のページです。

名誉毀損

 
 
名誉毀損に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

ネットの個人利用者による名誉毀損と真実性の要件(最決平成22年3月15日刑集64巻2号1頁)

インターネットの個人利用者による名誉毀損と摘示事実を真実と誤信したことにつき相当の理由
       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人紀藤正樹ほかの上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論にかんがみ,インターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損罪の成否について,職権で判断する。
 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,次のとおりである。
 被告人は,フランチャイズによる飲食店「ラーメンα」の加盟店等の募集及び経営指導等を業とするβ株式会社(平成14年7月1日に「株式会社α食品」から商号変更)の名誉を毀損しようと企て,平成14年10月18日ころから同年11月12日ころまでの間,東京都大田区内の被告人方において,パーソナルコンピュータを使用し,インターネットを介して,プロバイダーから提供されたサーバーのディスクスペースを用いて開設した「γ観察会 逝き逝きてγ」と題するホームページ内のトップページにおいて,「インチキ己丙α粉砕!」,「貴方が『α』で食事をすると,飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」などと,同社がカルト集団である旨の虚偽の内容を記載した文章を掲載し,また,同ホームページの同社の会社説明会の広告を引用したページにおいて,その下段に「おいおい,まともな企業のふりしてんじゃねえよ。この手の就職情報誌には,給料のサバ読みはよくあることですが,ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『γ』が母体だということも,己丙店を開くときに,自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも,この広告には全く書かれず,『店が持てる,店長になれる』と調子のいいことばかり。」と,同社が虚偽の広告をしているがごとき内容を記載した文章等を掲載し続け,これらを不特定多数の者の閲覧可能な状態に置き,もって,公然と事実を摘示してβ株式会社の名誉を毀損した(以下,被告人の上記行為を「本件表現行為」という。)。
 原判決は,被告人は,公共の利害に関する事実について,主として公益を図る目的で本件表現行為を行ったものではあるが,摘示した事実の重要部分である,β株式会社とγとが一体性を有すること,そして,加盟店からβ株式会社へ,同社からγへと資金が流れていることについては,真実であることの証明がなく,被告人が真実と信じたことについて相当の理由も認められないとして,被告人を有罪としたものである。
 2 所論は,被告人は,一市民として,インターネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行った上で,本件表現行為を行っており,インターネットの発達に伴って表現行為を取り巻く環境が変化していることを考慮すれば,被告人が摘示した事実を真実と信じたことについては相当の理由があると解すべきであって,被告人には名誉毀損罪は成立しないと主張する。

しかし,個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。そして,インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり,これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること,一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことなどを考慮すると,インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない(最高裁昭和41年(あ)第2472号同44年6月25日大法廷判決・刑集23巻7号975頁参照)。これを本件についてみると,原判決の認定によれば,被告人は,商業登記簿謄本,市販の雑誌記事,インターネット上の書き込み,加盟店の店長であった者から受信したメール等の資料に基づいて,摘示した事実を真実であると誤信して本件表現行為を行ったものであるが,このような資料の中には一方的立場から作成されたにすぎないものもあること,フランチャイズシステムについて記載された資料に対する被告人の理解が不正確であったこと,被告人が乙株式会社の関係者に事実関係を確認することも一切なかったことなどの事情が認められるというのである。以上の事実関係の下においては,被告人が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があるとはいえないから,これと同旨の原判断は正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

    最高裁裁判長裁判官白木 勇 裁判官,同宮川光治,同櫻井龍子,同金築誠志,同横田尤孝

2ちゃんねる-ネット書き込み発信者情報の不開示(最判平成22年4月13日民集64巻3号758頁)

ア 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づく発信者情報の開示請求に応じなかった特定電気通信役務提供者が損害賠償責任を負う場合
イ インターネット上の電子掲示板にされた書き込みの発信者情報の開示請求を受けた特定電気通信役務提供者が,請求者の権利が侵害されたことが明らかでないとして開示請求に応じなかったことにつき,重大な過失があったとはいえないとされた事例
       主   文
 1 原判決中,主文第1項(2)を破棄する。
 2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
 3 上告人のその余の上告を棄却する。
 4 訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人星川勇二ほかの上告受理申立て理由第4について
 1 本件は,インターネット上の電子掲示板にされた書き込みによって権利を侵害されたとする被上告人が,その書き込みをした者にインターネット接続サービスを提供した上告人に対し,① 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,上記書き込みの発信者情報の開示を求めるとともに,② 上告人には裁判外において被上告人からされた開示請求に応じなかったことにつき重大な過失(同条4項本文)があると主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
 論旨は,被上告人の損害賠償請求に関する原審の判断のうち,上告人に重大な過失があるとした判断の法令違反をいうものである。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,小学1年生から高校3年生までの発達障害児のための学校である「甲学園」を設置,経営する学校法人甲学園の学園長を務めている。
 (2) 上告人は,電気通信事業を営む株式会社であり,「丁壬O泗」の名称でインターネット接続サービスを運営している。
 (3) 平成18年9月以降,インターネット上のウェブサイト「2ちゃんねる」の電子掲示板の「甲学園P子rt2」と題するスレッド(以下「本件スレッド」という。)において,被上告人及び甲学園の活動に関して,様々な立場からの書き込みがされた。本件スレッドにおいて上記のような書き込みが続く中で,平成19年1月16日午後5時4分58秒,上告人の提供するインターネット接続サービスを利用して,「なにこのまともなスレ気違いはどうみても甲学長」との書き込み(以下「本件書き込み」という。)がされた。
 (4) 被上告人は,平成19年2月27日,上告人に対し,裁判外において,「本件書き込みのきちがいという表現は,激しい人格攻撃の文言であり,侮辱に当たることが明らかである」との理由を付し,法4条1項に基づき,本件書き込みについての氏名又は名称,住所及び電子メールアドレス(以下「本件発信者情報」という。)の開示を請求した。
 (5) 上告人は,平成19年6月6日付け書面をもって,被上告人に対し,本件書き込みの発信者への意見照会の結果,当該発信者から本件発信者情報の開示に同意しないとの回答があり,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないため,本件発信者情報の開示には応じられない旨回答した。
 3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人の損害賠償請求を15万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
 対象となる人を特定することができる状況でその人を「気違い」であると指摘することは,社会生活上許される限度を超えてその相手方の権利(名誉感情)を侵害するものであり,このことは,特別の専門的知識がなくとも一般の社会常識に照らして容易に判断することができるものであるから,本件書き込みがこのような判断基準に照らして被上告人の権利を侵害するものであることは,本件スレッドの他の書き込みの内容等を検討するまでもなく本件書き込みそれ自体から明らかである。従って,上告人が被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては,重大な過失がある。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 法は,4条1項において,特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,侵害情報の流通によって自己の権利が侵害されたことが明らかであるなど同項各号所定の要件のいずれにも該当する場合,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し,その発信者情報(氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)の開示を請求することができる旨を規定する一方で,同条2項において,開示関係役務提供者がそのような請求を受けた場合には,原則として発信者の意見を聴かなければならない旨を,同条4項本文において,開示関係役務提供者が上記開示請求に応じないことによりその開示請求をした者に生じた損害については,故意又は重過失がある場合でなければ賠償の責任を負わない旨を,それぞれ規定している。
 以上のような法の定めの趣旨とするところは,発信者情報が,発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密にかかわる情報であり,正当な理由がない限り第三者に開示されるべきものではなく,また,これがいったん開示されると開示前の状態への回復は不可能となることから,発信者情報の開示請求につき,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなどの厳格な要件を定めた上で(4条1項),開示請求を受けた開示関係役務提供者に対し,上記のような発信者の利益の保護のために,発信者からの意見聴取を義務付け(同条2項),開示関係役務提供者において,発信者の意見も踏まえてその利益が不当に侵害されることがないように十分に意を用い,当該開示請求が同条1項各号の要件を満たすか否かを判断させることとしたものである。そして,開示関係役務提供者がこうした法の定めに従い,発信者情報の開示につき慎重な判断をした結果開示請求に応じなかったため,当該開示請求者に損害が生じた場合に,不法行為に関する一般原則に従って開示関係役務提供者に損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えられることから,同条4項は,その損害賠償責任を制限したのである。
 そうすると,開示関係役務提供者は,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し,又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり,その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ,損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
 (2) これを本件について検討するに,本件書き込みは,その文言からすると,本件スレッドにおける議論はまともなものであって,異常な行動をしているのはどのように判断しても被上告人であるとの意見ないし感想を,異常な行動をする者を「気違い」という表現を用いて表し,記述したものと解される。このような記述は,「気違い」といった侮辱的な表現を含むとはいえ,被上告人の人格的価値に関し,具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく,被上告人の名誉感情を侵害するにとどまるものであって,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認められ得るにすぎない。そして,本件書き込み中,被上告人を侮辱する文言は上記の「気違い」という表現の一語のみであり,特段の根拠を示すこともなく,本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず,本件スレッドの他の書き込みの内容,本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ,被上告人の権利侵害の明白性の有無を判断することはできない。そのような判断は,裁判外において本件発信者情報の開示請求を受けた上告人にとって,必ずしも容易なものではない。

 そうすると,上告人が,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないとして,裁判外における被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては,上告人に重大な過失があったということはできない

 5 以上と異なる見解の下に,上告人に重大な過失があるとして被上告人の損害賠償請求を一部認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり,原判決中,被上告人の損害賠償請求を認容した部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,第1審判決中,上記請求を棄却した部分は正当であるから,同部分に対する被上告人の控訴を棄却する。

 なお,発信者情報の開示請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却する。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官田原睦夫 裁判官藤田宙靖,同堀籠幸男,同那須弘平,同近藤崇晴

経由プロバイダと特定電気通信役務提供者(最判平成22年4月8日民集64巻3号676頁)

いわゆる経由プロバイダは,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するか

       主   文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人横山経通,同上村哲史の上告受理申立て理由第2部第1について
 1 本件は,インターネット上の電子掲示板にされた匿名の書き込みによって権利を侵害されたとする被上告人らが,その書き込みをした者(以下「本件発信者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のために,本件発信者にインターネット接続サービスを提供した上告人に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,本件発信者の氏名,住所等の情報の開示を求める事案である。
 原審は,上告人が法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当すると判断した上,被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。
 2 所論は,上告人は,上記電子掲示板の不特定の閲覧者が受信する電気通信の送信自体には関与しておらず,上記電子掲示板に係る特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するための,本件発信者と当該特定電気通信設備を管理運営するコンテンツプロバイダとの間の1対1の通信を媒介する,いわゆる経由プロバイダ(以下,単に「経由プロバイダ」という。)にすぎないから,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の始点に位置して送信を行う者を意味する「特定電気通信役務提供者」(法2条3号)に該当せず,したがって,法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないというべきであり,このように解さないと,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について規定する法3条や通信の検閲の禁止について規定する電気通信事業法3条等の趣旨にも反することになるというのである。
 3 そこで検討するに,法2条は,「特定電気通信役務提供者」とは,特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいい(3号),「特定電気通信設備」とは,特定電気通信の用に供される電気通信設備をいい(2号),「特定電気通信」とは,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいう(1号)旨規定する。上記の各規定の文理に照らすならば,最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通過程の一部を構成する電気通信を電気通信設備を用いて媒介する者は,同条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に含まれると解するのが自然である。
 また,法4条の趣旨は,特定電気通信(法2条1号)による情報の流通には,これにより他人の権利の侵害が容易に行われ,その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し,匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという,他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。本件のようなインターネットを通じた情報の発信は,経由プロバイダを利用して行われるのが通常であること,経由プロバイダは,課金の都合上,発信者の住所,氏名等を把握していることが多いこと,反面,経由プロバイダ以外はこれを把握していないことが少なくないことは,いずれも公知であるところ,このような事情にかんがみると,電子掲示板への書き込みのように,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当せず,したがって法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないとすると,法4条の趣旨が没却されることになる
 そして,上記のような経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するとの解釈が,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について定めた法3条や通信の検閲の禁止を定めた電気通信事業法3条等の規定の趣旨に反するものでない。
 以上によれば,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダは,法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解するのが相当である。
 これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官金築誠志 裁判官宮川光治,同櫻井龍子,同横田尤孝,同白木 勇

西山記者事件-国家公務員法上の秘密,そそのかし,正当な取材の範囲(最決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁)

ア国家公務員法109条12号,100条1項にいう秘密の意義と,外交交渉の概要が記載された電信文案が国家公務員法109条12号,100条1項にいう秘密であり,違法秘密にあたらないとされた事例

イ国家公務員法111条にいう同法109条12号,100条1項所定の行為の「そそのかし」の意義
ウ報道機関による公務員を対象とした秘密の取材と正当業務行為,正当な取材活動の範囲を逸脱しているとされた事例
       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 (上告趣意に対する判断)

 弁護人伊達秋雄,同高木一,同大野正男,同山川洋一郎,同西垣道夫の上告趣意第一点は,憲法二一条違反をいうが,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,同第二点は,単なる法令違反の主張であり,同第三点は,憲法二一条違反をいう点もあるが,実質はすべて単なる法令違反,事実誤認の主張であつて,いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

 (職権による判断)

 一 国家公務員法一〇九条一二号,一〇〇条一項にいう秘密とは,非公知の事実であつて,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい(最高裁昭和四八年(あ)第二七一六号同五二年一二月一九日第二小法廷決定),その判定は司法判断に服する。

 原判決が認定したところによれば,本件第一〇三四号電信文案には,昭和四六年五月二八日に愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でなされた,いわゆる沖縄返還協定に関する会談の概要が記載され,その内容は非公知の事実であるというのである。そして,条約や協定の締結を目的とする外交交渉の過程で行われる会談の具体的内容については,当事国が公開しないという国際的外交慣行が存在するのであり,これが漏示されると相手国ばかりでなく第三国の不信を招き,当該外交交渉のみならず,将来における外交交渉の効果的遂行が阻害される危険性があるものというべきであるから,本件第一〇三四号電信文案の内容は,実質的にも秘密として保護するに値するものと認められる。右電信文案中に含まれている原判示対米請求権問題の財源については,日米双方の交渉担当者において,円滑な交渉妥結をはかるため,それぞれの対内関係の考慮上秘匿することを必要としたもののようであるが,わが国においては早晩国会における政府の政治責任として討議批判されるべきであつたもので,政府が右のいわゆる密約によつて憲法秩序に抵触するとまでいえるような行動をしたものではないのであつて,違法秘密といわれるべきものではなく,この点も外交交渉の一部をなすものとして実質的に秘密として保護するに値するものである。したがつて右電信文案に違法秘密に属する事項が含まれていると主張する所論はその前提を欠き,右電信文案が国家公務員法一〇九条一二号,一〇〇条一項にいう秘密にあたるとした原判断は相当である。

 二 国家公務員法一一一条にいう同法一〇九条一二号,一〇〇条一項所定の行為の「そそのかし」とは,右一〇九条一二号,一〇〇条一項所定の秘密漏示行為を実行させる目的をもつて,公務員に対し,その行為を実行する決意を新に生じさせるに足りる慫慂行為をすることを意味するものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和二七年(あ)第五七七九号同二九年四月二七日第三小法廷判決・刑集八巻四号五五五頁,同四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁,同四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照),原判決が認定したところによると,被告人はA新聞社東京本社編集局政治部に勤務し,外務省担当記者であつた者であるが,当時外務事務官として原判示職務を担当していたBと原判示「ホテルC」で肉体関係をもつた直後,「取材に困つている,助けると思つてD審議官のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対に迷惑をかけない。特に沖縄関係の秘密文書を頼む」という趣旨の依頼をして懇願し,一応同女の受諾を得たうえ,さらに,原判示E政策研究所事務所において,同女に対し「五月二八日愛知外務大臣とマイヤー大使とが請求権問題で会談するので,その関係書類を持ち出してもらいたい。」旨申し向けたというのであるから,被告人の右行為は,国家公務員法一一一条,一〇九条一二号,一〇〇条一項の「そそのかし」にあたる

 ところで,報道機関の国政に関する報道は,民主主義社会において,国民が国政に関するにつき,重要な判断の資料を提供し,いわゆる国民の知る権利に奉仕するものであるから,報道の自由は,憲法二一条が保障する表現の自由のうちでも特に重要なものであり,また,このような報道が正しい内容をもっためには,報道のための取材の自由もまた,憲法二一条の精神に照らし,十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)。そして,報道機関の国政に関する取材行為は,国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり,時としては誘導・唆誘的性質を伴うものであるから,報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって,そのことだけで,直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく,報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは,それが真に報道の目的からでたものであり,その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは,実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかし,報道機関といえども,取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく,取材の手段・方法が贈賄,脅迫,強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論,その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても,取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも,正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない。これを本件についてみると原判決及び記録によれば,被告人は,昭和四六年五月一八日頃,従前それほど親交のあったわけでもなく,また愛情を寄せていたものでもない前記蓮見をはじめて誘って一夕の酒食を共にしたうえ,かなり強引に同女と肉体関係をもち,さらに,同月二二日原判示「ホテル丙」に誘って再び肉体関係をもった直後に,前記のように秘密文書の持出しを依頼して懇願し,同女の一応の受諾を得,さらに,電話でその決断を促し,その後も同女との関係を継続して,同女が被告人との右関係のため,その依頼を拒み難い心理状態になったのに乗じ,以後十数回にわたり秘密文書の持出しをさせていたもので,本件そそのかし行為もその一環としてなされたものであるところ,同年六月一七日いわゆる沖縄返還協定が締結され,もはや取材の必要がなくなり,同月二八日被告人が渡米して八月上旬帰国した後は,同女に対する態度を急変して他人行儀となり,同女との関係も立消えとなり,加えて,被告人は,本件第一〇三四号電信文案については,その情報源が外務省内部の特定の者にあることが容易に判明するようなその写を国会議員に交付していることなどが認められる。そのような被告人の一連の行為を通じてみるに,被告人は,当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で右蓮見と肉体関係を持ち,同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出させたが,同女を利用する必要がなくなるや,同女との右関係を消滅させその後は同女を顧みなくなったものであって,取材対象者である蓮見の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙したものといわざるをえず,このような被告人の取材行為は,その手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会観念上,到底是認することのできない不相当なものであるから,正当な取材活動の範囲を逸脱したものである。
 三 以上の次第であるから,被告人の行為は,国家公務員法一一一条(一〇九条一二号,一〇〇条一項)の罪を構成するものというべきであり,原判決はその結論において正当である。

 よつて,刑訴法四一四条,三八六条一項三号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

  昭和五三年五月三一日

     最高裁裁判長裁判官岸 盛一 裁判官岸上康夫,同団藤重光,同藤崎萬里,同本山 亨

全体として正確性を欠くとまではいえない論評中の引用紹介適に不適切部分と名誉毀損の違法性(最判平成10年7月17日裁判集民事189号267頁)

論評中の他人の著作物の引用紹介に適切を欠く部分があっても全体として正確性を欠くとまではいえないとして右論評に名誉毀損としての違法性は認められない
       主   文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人尾山宏,同小笠原彩子,同桑原宣義,同浅野晋,同渡辺春己,同加藤文也の上告理由第二について

本件は,上告人の著作物について被上告人Pの執筆,公表した評論が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人らに対して損害賠償等を請求するものであり,前提となる事実関係の概要は,次のとおりである。
1上告人は,昭和五二年一二月に株式会社朝日新聞社から発行された「ベトナムはどうなっているのか?」と題する書籍を執筆し,その一七六ないし一七八頁において,「一二人の集団“焼身自殺”事件」との見出しの下に,「去年の六月一二日」にカントーでベトナムの僧尼が焼死した事件(以下「本件焼死事件」という。)が堕落・退廃した僧侶の無理心中事件であるなどとするベトナム愛国仏教会副会長ティエン・ハオ師の談話の紹介等を内容とする記述(以下「本件著作部分」という。)をした。
2被上告人Pは,被上告人株式会社文藝春秋発行の月刊雑誌「諸君!」昭和五六年五月号に,「今こそ『ベトナムに平和を』」と題する評論を執筆し,その五八ないし六三頁において,本件焼死事件はベトナム政府の宗教政策に抗議する集団自殺であったとした上,本件著作部分に関する上告人の執筆姿勢を批判する内容の記述(以下「本件評論部分」という。)をした。
3本件評論部分は,全体で三〇〇行を超える分量のものであり,「本多記者の報道」という見出しが付された部分,「焼身自殺か無理心中か」という見出しが付された部分(以下「中段部分」という。)及び「真実の探究」という見出しが付された部分(以下「後段部分」という。)の三部分から構成されている。
4中段部分は,全体の長さが五五行であり,その内容は,「この事件について,本多記者は『焼身自殺などというものとは全く無縁の代物』,『堕落と退廃の結果』であるといっている。」という三行の文章で始まり,続いて,本件著作部分がその第一段落及び末尾の注を除いて引用されており,その引用部分は,若干の加除訂正があるものの,おおむね本件著作部分を正確に表現している。
5後段部分は,全体の長さが七六行であり,その内容は,「何より問題なのは,本多記者がこの重大な事実を確かめようとしないで,また確かめる方法もないままに,断定して書いていることである。」,「従ってカントーの事件でも本多記者は現場に行かず,行けずに,この十二人の僧尼の運命について政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしているのである。」,「もちろん逃げ道は用意されている。本多記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。なんともなげやりな書き方ではないか。」,「誤りは人のつねといっても,誤るにも誤りかたがあるというもので,十二人の殉教を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言訳はできまい。」などとして,本件焼死事件が無理心中事件であるとするティエン・ハオ師の談話をそのまま紹介した上告人の執筆姿勢を批判するものである。
二 他人の言動,創作等について意見ないし論評を表明する行為がその者の客観的な社会的評価を低下させることがあっても,その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり,かつ,意見ないし論評の前提となっている事実の主要な点につき真実であることの証明があるときは,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものでない限り,名誉毀損としての違法性を欠くものであることは,当審の判例とするところである(最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁,最高裁平成六年(オ)第九七八号同九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)。そして,意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合には,右著作物の内容自体が意見ないし論評の前提となっている事実に当たるから,当該意見ないし論評における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでなければ,前提となっている事実が真実でないとの理由で当該意見ないし論評が違法となることはない。

三 これを本件について見ると,本件評論部分は,被上告人Pが上告人の著作物である本件著作部分を論評するものであり,その前提として中段部分において本件著作部分の内容を引用紹介している。そのうち冒頭の三行は,本件焼死事件に関する本件著作部分の記述がティエン・ハオ師の談話をそのまま紹介したものではなく上告人自身の認識,判断であるかのような内容となっており,これが本件著作部分の内容を要約して紹介するものとして適切を欠くものであることは否めない。しかし,前記一5記載の後段部分の記述を併せて読むならば,本件評論部分は,専ら上告人が本件焼死事件に関するティエン・ハオ師の談話をその真偽を確認しないでそのまま「鸚鵡返しに」紹介したことを批判するものであって,その内容が上告人自身の認識,判断であるとしてこれを批判するものではなく,そのことは,本件評論部分を通読する一般読者にとって明白であるということができる。中段部分冒頭の三行が本件著作部分の引用紹介として適切を欠くものであることは,前記のとおりであるが,その適切を欠く引用紹介の内容が右批判の前提となっているわけでもない。従って,本件評論部分は,全体として見れば,本件著作部分の内容をほぼ正確に伝えており,一般読者に誤解を生じさせるものではないから,本件評論における本件著作部分の引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいうことができず,その点で本件評論部分に名誉毀損としての違法性があるということはできない。そして,被上告人Pの本件評論部分の執筆,公表は,公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり,また,意見ないし論評としての域を逸脱するものであるともいえないから,これが不法行為に当たらないとした原審の判断は,結論において是認できる。論旨は採用できない。
 上告代理人尾山宏,同小笠原彩子,同桑原宣義,同浅野晋,同渡辺春己,同加藤文也の上告理由第三及び上告人の上告理由について
著作権法二〇条に規定する著作者が著作物の同一性を保持する権利(以下「同一性保持権」という。)を侵害する行為とは,他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい,他人の著作物を素材として利用しても,その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は,原著作物の同一性保持権を侵害しないと解すべきである(昭和五一年(オ)第九二三号同五五年三月二八日第三小法廷判決・民集三四巻三号二四四頁参照)。

 これを本件について見ると,被上告人Pが執筆した本件評論部分の中段部分冒頭の三行は,前記のとおり,上告人の本件著作部分の内容を要約して紹介するものとして適切を欠くものであるが,本件著作部分の内容の一部をわずか三行に要約したものにすぎず,三八行にわたる本件著作部分における表現形式上の本質的な特徴を感得させる性質のものではないから,本件著作部分に関する上告人の同一性保持権を侵害するものでないことは明らかである。また,論旨は被上告人Pにより本件著作部分の改ざん引用及び恣意的引用がされたというが,その趣旨は,いずれも,本件著作部分がティエン・ハオ師の談話をそのまま掲載したものであるにもかかわらず,被上告人Pによりこれが上告人自身の判断であるかのように利用されたというものであって,その外面的な表現形式における改変をいうものではない。従って,被上告人Pの行為が上告人の本件著作部分に関する同一性保持権を侵害しないとした原審の判断は,結論において是認できる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものであって,採用できない。
 上告代理人尾山宏,同小笠原彩子,同桑原宣義,同浅野晋,同渡辺春己,同加藤文也の上告理由第四について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては,上告人の本件反論文掲載請求に理由がないとした原審の判断は,正当として是認できる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものであって,採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大西勝也 裁判官 根岸重治,同河合伸一,同福田 博

脱G宣言事件-名誉毀損の成否と法的な見解の表明等(最判平成16年7月15日民集58巻5号1615頁)

名誉毀損の成否が問題となっている法的な見解の表明と意見ないし論評の表明
       主   文
 原判決中上告人らの敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 名誉毀損の成否が問題となっている法的な見解の表明と意見ないし論評の表明
       主   文
 原判決中上告人らの敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 平成15年(受)第1793号上告代理人中村裕二,同瀧澤秀俊の上告受理申立て理由第2及び平成15年(受)第1794号上告代理人竹下正己,同山本博毅,同那須智恵の上告受理申立て理由第2の2について
 1 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,大学講師でいわゆる従軍慰安婦問題等の研究者であり,著書,講演,インターネットのホームページ,雑誌への寄稿やテレビジョン番組への出演等によってその意見を表明している。被上告人は,従軍慰安婦問題について,我が国に責任があり,従軍慰安婦であった者等に対し謝罪等をすべきであるという立場を採っている。
 平成15年(受)第1793号上告人甲(以下「上告人甲」という。)は,「甲2」をペンネームとし,雑誌「XXXX」に連載され単行本の発行されている漫画「新・G宣言」を含む「G宣言」シリーズ(以下「G宣言シリーズ」と総称する。)を執筆する漫画家であり,その著作権を有しており,従軍慰安婦問題について我が国に責任があるとする論者,論調を批判する立場を採っている。
 (2) 被上告人は,平成9年11月1日,G宣言シリーズのカットを上告人甲に無断で採録し,従軍慰安婦問題等に関する上告人甲の見解を批判することなどを内容とする第1審判決別紙第3目録記載の表現を含む「脱G宣言」と題する書籍(以下「被上告人著作」という。)の初版第1刷を出版した。被上告人著作の表紙カバーの上半分には,「これは,漫画家甲2への鎮魂の書である。」と記載されており,下半分には,「脱G宣言」,「甲2の『慰安婦』問題」という被上告人著作の表題及び副題が記載されているとともに,表紙カバーの背表紙部分にも同じ表題及び副題が記載されている。これらの表題のうち,「G宣言」の部分は黒字であるのに対し,「脱」の部分のみは赤系統の色が用いられ,かつ,「G宣言」の部分より大きめの字体が用いられており,また,背表紙部分の「甲2」の部分は赤字が用いられている。
 被上告人著作は,「はじめに―甲2へのレクイエム」,目次,本文部分及び「あとがき」により構成され,全体で149頁である。本文部分のうち,11頁から100頁までが「脱G宣言」と題する部分,101頁から143頁までが「『慰安婦』攻撃の裏舞台」と題する部分になっており,G宣言シリーズのカットが採録されているのは,「脱G宣言」と題する部分である。上記採録されたカット数は,全57カット(74コマ)であり,頁の2分の1以上を上記採録されたカットが占める頁が4頁ある。上記採録されたカットの中には,人物に目隠しを描き加えたものが3カット,手書き文字を加えたもの及び配置を変えたものが各1カット存在し,1カットを除く他のすべての採録されたカットには,出典が明記されている。G宣言は,1話が最低でも見開き2頁で,通常は8頁で完結する漫画であり,被上告人著作に採録されたカットは,その一部分にすぎず,独立した観賞性は認められるが,それ自体が独立した漫画として読み物になるものではない。被上告人は,これらのカットを上告人甲に無断で被上告人著作に採録した(以下,被上告人がしたこの採録を「本件採録」という。)。
 被上告人著作の「脱G宣言」と題する部分は,上告人甲を「よしりん」と呼び,関西弁風のくだけた筆致で記載されている。また,G宣言シリーズでは,作品の最後の部分において「ごーまんかましてよかですか?」というセリフが記載されたカットが挿入され,上告人甲の意見がまとめられたカットが続くという体裁が定型化されているが,被上告人著作の「脱G宣言」と題する部分では,第22章を除く各章の最後の部分で,「ゴーマンかましてかめへんやろか?」というタイトルの下に,被上告人の意見のまとめが記載されるという体裁が定型化されている。この意見のまとめの部分では,「このままやと『G宣言』は,『作・某政治家,絵・甲2』の宣伝ビラになりまっせ。」(第1章),「そのうち『マンガばっかし描いてると,よしりんみたいになるよ!』と,どこかのおかーさんが言うようになったら恥やで!」(第7章),「ゴーカン問題にドンカンなよしりんは,そのうち『ゴーカンニズム』宣言と呼ばれるかもしれへんぞ。」(第10章),「ウソをついてまで責任者を隠すようになったあんさんは,もうおしまいなんかも知れへんな!」(第18章),「ものごとを,ごっつう単純に描けば,『そりゃマンガや』と人は笑う。よしりんは,そんなしょーもない『マンガ』を描く人やなかった。せやけど,ここまであんさんが,そのマンガ家になり果てていたとは,今しみじみわかった。」(第19章)などと記載され,そのほかの部分でも,「漫画家・甲2氏への鎮魂の書である」,「漫画家・甲2氏の精神が死んでいる」と記載されたり,上告人甲のことが「右翼のデマゴーグ」,「特定の政治勢力の御用漫画家」などと記載されている。このように,被上告人著作の中では,上告人甲をひぼうし,やゆする表現が多数用いられている。
 (3) 上告人甲は,被上告人著作の出版後,第1審判決別紙第1目録記載の表現を含む「新・G宣言第55章」(以下「本件漫画」という。)を執筆し,平成15年(受)第1794号上告人株式会社小学館(以下「上告会社」という。)は,本件漫画を雑誌「XXXX」平成9年11月26日号及び単行本「新・G宣言第5巻」(平成10年10月10日発行)に掲載して発行した。
 本件漫画は,「第55章 広義の強制すりかえ論者への鎮魂の章」との副題が付けられ,全8頁のうち,最初の2頁が本件採録を著作権侵害であり違法であると批判する部分であり,その余の頁には,被上告人著作中でされた従軍慰安婦問題に関する上告人甲の見解への批判,反論に対する再批判,再反論が記載されている。
 本件漫画中の第1審判決別紙第1目録記載2,3,7,8,9,15,18,20の各表現(以下「本件各表現」と総称する。)は,本件採録が「ドロボー」であり,被上告人著作が「ドロボー本」であると繰り返し記述するとともに,唐草模様の風呂敷を背負って目に黒いアイマスクをかけている古典的な泥棒の格好をした被上告人の似顔絵の人物を描くなどすることによって,本件採録が許容される引用の限界を超え,著作権(複製権)侵害で違法であるとの上告人甲の法的な見解を表明したものであり,被上告人の社会的評価を低下させるものである。
 本件漫画中,被上告人がした本件採録が著作権侵害で違法であると批判する部分の内容は,次のとおりである。
 被上告人著作には,上告人甲が執筆したG宣言シリーズのカットが上告人甲に無断で採録されているとの事実を指摘した上で,「これは,専門家に確認した上で行った。漫画の部分的な引用は,それを評する文章との間に必然的な連関があるかぎり,著作権に抵触しないとのことだ。漫画に対する批評を正確に行うための『引用権』と呼んでもよいかも知れない。」という被上告人著作の「あとがき」に記載された被上告人の意見を原文のまま紹介し,これに対する上告人甲の反論として,業界に慣例として認められている部分的な引用は,セリフなどの文章部分のみに限られており,被上告人著作は,セリフ,文章の引用で事足りるのに,わざと上告人甲の執筆した漫画のカットを多く使って売上げを伸ばそうとしているなどの記載がされている。また,被上告人著作の「あとがき」の「甲氏も,本文の94頁にあるように,私の顔を勝手に描いておいて,自分の漫画だけは一切自由に引用するな,などとわがままなことは言わないだろう。」という部分も原文のまま引用した上で,これに対する上告人甲の反論として,人の顔は著作物ではなく,似顔絵を描かれたから著作物を無断転載してもよいなどという理屈は成立しないとの記載がされている。さらに,人物に目隠しを描き加えたカットについて,「このような絵は作家の著作物を勝手に改ざん・発表する悪質な行為であって著作権上特に許されないものだ」との上告人甲の意見が記載されたカットに続き,このような行為を野放しにしておくことはできないとして,「この著作権侵害事件に関しては弁護士を立てて断固とした法的措置を取る!」という上告人甲のセリフが記載されたカットが描かれている。
 (4) 本件各表現は,公共の利害に関する事実に係るものであり,本件採録の違法性を広く一般読者に訴え,上告人甲自身の作品を含む漫画の著作権の擁護を図ろうとしたものであって,専ら公益を図る目的に出たものと認めることができる。
 (5) 上告人甲は,被上告人著作が上告人甲の複製権及び著作者人格権である同一性保持権を侵害するなどとして,被上告人,被上告人著作の発行者及び出版社に対し,被上告人著作の出版等の差止め及び損害賠償を請求する訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した。別件訴訟については,本件採録が複製権侵害であるとは認められないが,コマの配置を変えて採録した部分1箇所については同一性保持権を侵害したものであると認められるとして,上記採録に係る部分を含む被上告人著作の出版等の差止め及び20万円の慰謝料の支払を命じた控訴審の判決が確定している。
2 被上告人は,本件各表現が被上告人の名誉を毀損したなどと主張して,上告人らに対し,不法行為に基づき,損害賠償及び謝罪広告の掲載等を求めている。これに対し,上告人らは,本件各表現は,事実の摘示ではなく,意見ないし論評の表明というべきであり,その内容が被上告人に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものとはいえないから,違法性を欠くなどと主張している。
 3 原審は,次のとおり判断し,被上告人の請求を,慰謝料等の一部の支払及び本件漫画が掲載された「XXXX」誌に原判決の別紙認容広告目録記載の謝罪広告を別紙認容広告態様目録記載の態様で掲載することを求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
 (1) 本件においては,被上告人が上告人甲に無断で本件採録をしたという事実については当事者間に争いがなく,ただ,本件採録が著作権法32条1項による引用として適法ということができるか否かという法的評価に争いがあったものである。このような争いについては,裁判所に訴えを提起することにより,裁判所の公権的かつ確定的な判断が確実に示されるべきものであり,現に,本件について,上告人甲が別件訴訟を提起し,本件採録は上告人甲の複製権を侵害したものとはいえないとの裁判所の判断が確定している。このように法の解釈適用のみが問題となっている事項であっても,その問題について裁判所による公権的かつ確定的な判断が確実に示されるべき事項については,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日判決・民集51巻8号3804頁の判示する「証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項」に類するものということができ,意見ないし論評の表明ではなく,事実を摘示するものとみるのが相当である。
 (2) 本件採録は上告人甲の複製権を侵害したものとはいえないとの裁判所の判断が確定しているのであるから,本件各表現は真実とは認められない。
 (3) 本件採録が,裁判所において適法な引用に当たると判断されるがい然性があり,複製権侵害と判断されるがい然性が高いとは到底いえない状況であったと認めるのが相当である。そのような状況にあることは,上告人らにおいて著作権法の専門家に相談すれば容易に知ることができたものであり,我が国有数の出版社である上告会社及び有名な漫画家である上告人甲にとって,そのような相談をすることに支障があったとは認められないにもかかわらず,上告人らはこれをしていない。
 以上のような事情の下では,上告人らにおいて,本件採録が複製権侵害で違法であることを真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められない。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁,前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。

 上記のとおり,問題とされている表現が,事実を摘示するものであるか,意見ないし論評の表明であるかによって,名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため,当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが,当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは,当該表現は,上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。そして,上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値,善悪,優劣についての批評や論議などは,意見ないし論評の表明に属するというべきである。

 (2) 上記の見地に立って検討するに,法的な見解の正当性それ自体は,証明の対象とはなり得ないものであり,法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らかであるから,法的な見解の表明は,事実を摘示するものではなく,意見ないし論評の表明の範ちゅうに属するものというべきである。また,前述のとおり,事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とで不法行為責任の成否に関する要件を異にし,意見ないし論評については,その内容の正当性や合理性を特に問うことなく,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは,意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し,これを手厚く保障する趣旨によるものである。そして,裁判所が判決等により判断を示すことができる事項であるかどうかは,上記の判別に関係しないから,裁判所が具体的な紛争の解決のために当該法的な見解の正当性について公権的判断を示すことがあるからといって,そのことを理由に,法的な見解の表明が事実の摘示ないしそれに類するものに当たると解することはできない。
 従って,一般的に,法的な見解の表明には,その前提として,上記特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと解されるため事実の摘示を含むものというべき場合があることは否定し得ないが,法的な見解の表明それ自体は,それが判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,そのことを理由に事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たるものというべきである。
 (3) 本件各表現は,被上告人が本件採録をしたこと,すなわち,被上告人が上告人αに無断でG宣言シリーズのカットを被上告人著作に採録したという事実を前提として,被上告人がした本件採録が著作権侵害であり,違法であるとの法的な見解を表明するものであり,上記説示したところによれば,上記法的な見解の表明が意見ないし論評の表明に当たることは明らかである。
 そして,前記の事実関係によれば,本件各表現が,公共の利害に関する事実に係るものであり,その目的が専ら公益を図ることにあって,しかも,本件各表現の前提となる上記の事実は真実であるというべきである。また,本件各表現が被上告人に対する人身攻撃に及ぶものとまではいえないこと,本件漫画においては,被上告人の主張を正確に引用した上で,本件採録の違法性の有無が裁判所において判断されるべき問題である旨を記載していること,他方,被上告人は,上告人αを被上告人著作中で厳しく批判しており,その中には,上告人αをひぼうし,やゆするような表現が多数見られることなどの諸点に照らすと,上告人αがした本件各表現は,被上告人著作中の被上告人の意見に対する反論等として,意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない。
 そうすると,本件各表現が事実を摘示するものとみるのが相当であるとして,被上告人の請求を一部認容した原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官横尾和子 裁判官甲斐中辰夫,同泉 徳治,同島田仁郎,同才口千晴

刑事一審判決内容の摘示と真実相当理由(最判平成11年10月26日民集53巻7号1313頁)

名誉毀損の行為者が刑事第一審の判決を資料として事実を摘示した場合と右事実を真実と信ずるについての相当の理由
       主   文
 原判決中,上告人に対し,S甲P壬Oの記事に基づく損害賠償である五〇万円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて支払を命じた部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 上告人の被上告人乙に対するその余の上告及び被上告人丙に対する上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鈴木裕文,同小長井雅晴の上告理由第一,第二の一,第二の二のうちS甲P壬Oの記事及び中公新書の文章(1)に関する部分について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右事実関係の下においては,S甲P壬Oの記事及び中公新書の文章(1)について名誉毀損による不法行為の成立を認めた原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はない。論旨は,違憲をいう点を含め,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決の法令違反をいうものにすぎず,採用できない。
 同第二の二のうち中公新書の文章(2)に関する部分について
 一 本件は,上告人が執筆した「賄賂の話」と題する出版物中の文章が,被上告人乙の名誉を毀損するものであるとして,被上告人乙が上告人に対して損害賠償を請求するものであり,原審の確定した事実関係等は,次のとおりである。
 1 上告人は日本大学法学部の刑法学の教授であり,被上告人乙は国際電信電話株式会社の代表取締役社長であった者である。
 2 被上告人乙は,会社業務と関係のない買物に係る領収書(レシート)と引換えに現金を受領するなどの方法によって会社資金を着服横領し,かつ,会社の所有する美術品等を自宅に持ち帰って横領したとして,昭和五五年四月二六日に業務上横領罪で起訴され,昭和六〇年四月二六日に第一審で一部有罪,一部無罪の判決の言渡しを受けたが,平成三年三月一二日に言渡しを受けた控訴審判決では,第一審判決が一部有罪とした会社資金の横領についてはすべて無罪となり,会社所有の美術品等を自宅に持ち帰った事実の一部のみが有罪とされ,その後,控訴審判決は確定した。
 3 上告人は,右刑事事件の第一審判決言渡し後である昭和六一年二月二五日に株式会社中央公論社が発行した「賄賂の話」と題する書籍(中公新書)を執筆し,その中において,右刑事事件を取り上げ,同書の二六頁から二八頁まで及び一一三頁に五箇所にわたって被上告人乙に関する記述をしたが,そのうち二七頁には,被上告人乙が,「ネグリジェ,ハンドバッグ,紳士靴,時計のバンド,牛肉,洋酒,冷蔵庫と手当たり次第,会社業務と全く関係のないレシートを会社に持ち込んで現金化したり,会社のハイヤーを妻の買物などにも自由に使わせ,一流レストランから社費で昼食を自宅に運ばせたり,妻との海外旅行の仕度金,家族とのゴルフ代まで会社に負担させるといったように,公私混同のかぎりをつくした。」との記載(以下「中公新書の文章(2)」という。)がある。
 4 中公新書の文章(2)のうち,ネグリジェなど会社業務と全く関係のない買物のレシートを会社に持ち込んで現金化したとの記載(以下「甲の部分」という。)に係る事実は,第一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実である。しかし,控訴審判決は,被上告人乙がこれらのレシートを会社に提出したこと自体は否定しなかったものの,そのうち「ネグリジェ,紳士靴,時計のバンド,牛肉」に関しては,会社の業務に関する贈答品として購入されたものでないとは言い切れないとし,その他のレシートに関しては,被上告人乙において妻から小封筒に入れて交付されていたレシート類をそのまま会社に持ち込んで現金を受け取っていたもので不法領得の意思を認め難いとして,いずれも無罪とした。
 5 中公新書の文章(2)のうち,妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの記載(以下「乙の部分」という。)に係る事実は,被上告人乙が妻を同伴して海外に出張した際,正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受領したとして業務上横領として起訴されたが,第一審判決が,その外形的事実の存在と右金員の受領は会社の内規に違反する交際費資金の不当な流用であることを認めたものの,会社のためにする出費という側面のあることを否定し難いとの理由から,会社資金を不法に領得したものと断ずることはできないとして無罪とした事実である。
 なお,上告人は,中公新書の文章(2)に続いて,第一審判決で有罪とされた事実と無罪とされた事実について,右判決を要約してやや詳しい説明を加える記述(以下「中公新書の文章(3)」という。)をしており,右文章中において,妻との海外旅行の支度金を会社に負担させた行為は,会社と無関係と断定できないとして無罪になったと紹介している。
 6 中公新書の文章(2)のその余の記載(以下「丙の部分」という。)に係る事実(会社で費用を負担するハイヤーを妻に自由に使用させたり,会社の費用でレストランから食事を自宅に運ばせたほか,家族と行ったゴルフの費用も会社に負担させるといった甚だしい公私混同の行為を行ったこと)は,第一審判決の量刑の理由中に記載された事実である。
 7 上告人は,第一審判決を資料として中公新書の文章(2)を執筆したものであり,摘示した事実を真実であると信じていたが,執筆当時,右判決に対して被上告人乙が控訴をしたことを知っていた。
 二 原審は,右事実関係の下において,S甲P壬Oの記事に基づく損害賠償である五〇万円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員に加えて,次のように判示して,中公新書の文章(2)の記述について上告人の被上告人乙に対する名誉毀損による不法行為責任を認め,同じく不法行為責任を認めた同一書籍中の他の記述(中公新書の文章(1))と併せて,被上告人乙の請求を,三〇万円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる限度で認容した。
 1 中公新書の文章(2)の記述は,被上告人乙の社会的評価を低下させる事実の摘示に当たるが,公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
 2 しかし,摘示された事実はいずれも真実であることの証明があったと認めることはできない。
 3 また,乙の部分に摘示された事実は,第一審で無罪となった事実であり,丙の部分に摘示された事実は,第一審判決の量刑の理由の中で述べられたにすぎない事実であるから,上告人において真実と信ずるについて相当の理由があると認めることができないことは明らかである。
 甲の部分に摘示された事実は,第一審で有罪となった事実であるが,上告人は刑法学者で,第一審判決に対して控訴がされ,これが争われていることを知っていたのであるから,右事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえない。
 三 しかし,原審の右3の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 民事上の不法行為たる名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合には,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば,右行為は違法性がなく,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,右行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しない(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁,最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。そして,刑事第一審の判決において罪となるべき事実として示された犯罪事実,量刑の理由として示された量刑に関する事実その他判決理由中において認定された事実について,行為者が右判決を資料として右認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には,右判決の認定に疑いを入れるべき特段の事情がない限り,後に控訴審においてこれと異なる認定判断がされたとしても,摘示した事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきである。けだし,刑事判決の理由中に認定された事実は,刑事裁判における慎重な手続に基づき,裁判官が証拠によって心証を得た事実であるから,行為者が右事実には確実な資料,根拠があるものと受け止め,摘示した事実を真実と信じたとしても無理からぬものがあるといえるからである。

 2 これを本件についてみるに,上告人は,刑事第一審判決の言渡後,控訴審においてこれが覆される前に,右判決を資料として,摘示された事実を真実と信じて中公新書の文章(2)を執筆したものである。そして,甲の部分に摘示された事実は,第一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実,丙の部分に摘示された事実は,右判決の量刑の理由の中に記載された事実である。また,乙の部分は,中公新書の文章(3)には,妻との海外旅行の支度金を会社に負担させた行為は第一審において無罪とされたことがおおむね正確に記述されているという前後の文脈やその記載内容を考慮すると,被上告人乙が,刑事裁判では無罪とされたものの公私混同と非難されるような態様で,妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの事実を摘示するものと解するのが相当である。そして,第一審判決が,被上告人乙が妻を同伴して海外に出張した際,正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受領したとの外形的事実の存在とこれが会社の内規に反する交際費資金の不当な流用であると認定していることからすると,判決の認定した右事実乙の部分に摘示された事実との間に同一性があるとみて差し支えはないというべきである。右のとおり,中公新書の文章(2)に摘示された事実と刑事判決の認定事実との間には,同一性があると解され,前記特段の事情の存在がうかがわれない本件においては,上告人が摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきであり,このことは,上告人が刑法学者で,第一審判決に対して控訴がされたことを知っていたとしても異なるところはない
。なお,摘示した事実が第一審判決にのっとったものであることを読者が容易に知ることができるよう記載しておくことが望ましかったとはいえようが,そのことは右の結論を左右するものではない。
 3 右のとおり,中公新書の文章(2)については,上告人に故意又は過失が認められないから,名誉毀損による不法行為は成立しないというべきである。右文章につき不法行為の成立を認めた原判決の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
 同第二の三,四について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては,被上告人らにつき不法行為は成立しないとした原審の判断は,前記中公新書の文章(2)に関する判断を考慮しても,なお,肯認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 以上のとおり,原判決のうち,中公新書の文章(1)及び(2)について併せて損害賠償請求を認容した部分(S甲P壬Oの記事に基づく損害賠償である五〇万円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて上告人に対して支払を命じた部分)は破棄を免れない。そして,右の部分については,中公新書の文章(1)の記載による慰謝料の額について更に審理を尽くさせる必要があるから,これを原審に差し戻すこととし,右破棄部分以外の原判決は正当であるから,その余の上告を棄却する。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官元原利文,同金谷利廣,同奥田昌道

通信社が新聞社への記事配信と真実性の要件(最判平成14年1月29日裁判集民事205号289頁)

通信社が新聞社に記事を配信するに当たりその内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえないとされた事例

       主   文

 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人の上告理由について
 1 本件は,通信社である被上告人が配信し,その社員(加盟社)の発行する新聞紙に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟である。原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,内外のニュースを取材して加盟社等に記事を配信することを目的とする社団法人である。
 被上告人は,昭和60年9月17日,その加盟社である株式会社報知新聞社に対し,「甲,大麻草を自宅に隠す」,「元の妻が目撃証言」と題名を付けた第1審判決別紙一記載の記事(以下「本件配信記事」という。)を配信した。
 報知新聞社は,同月18日付けの報知新聞紙上に,「元の妻が証言」,「冷蔵庫に茶色の大麻草」,「見つかりそうになったらトイレに流せ」,「乱脈な生活明るみに」と見出しを付けて,本件配信記事とほぼ同一内容の第1審判決別紙二記載の記事(以下「本件報道記事」という。)を掲載した。
 (2) 本件配信記事及び本件報道記事には,① 上告人が昭和53年2月の直前ころ自宅に大麻を隠し持っていたこと及び女性と知り合うきっかけに大麻を用いていたことを捜査機関が関係者証言などから突き止めたこと,② 上告人の元妻である乙が,自宅の冷蔵庫に両手いっぱいほどの大麻のビニール包みがあり,上告人がこれについて大麻であることを認め,「これは高く売れるんだ。もし警察に見付かりそうになったら,トイレの水と一緒に流せばいい。」と指示したと述べていること,③ 上記大麻所持の事実については,所持したとされる大麻が発見されないため事実上犯罪としての容疑を問い得ないとしながらも,捜査機関は,上告人が米国から大麻を持ち帰った可能性があると見ており,また,上告人の昭和51年ころからの乱脈な生活ぶりを知る手掛かりとして乙の供述等を重視していることが記載されている。
 本件配信記事及び本件報道記事は,女性との関係で生活が乱れていた上告人が,昭和52年末から同53年初めころ,大麻を自宅に所持するという大麻取締法に違反する行為をしていたことを主要な内容とし,これを単に乙が述べた事実としてのみならず,捜査機関が突き止めた事実としても記載しているのであるから,一般読者に対し,上告人が倫理感に欠け,犯罪者的傾向を持つ人物であるとの印象を強く抱かせるものであり,上告人の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損する。
 (3) 被上告人が本件配信記事を作成するに当たってした取材活動及び上告人を取り巻く当時の状況は,次のとおりである。
 ア 被上告人は,週刊文春誌の「疑惑の銃弾」記事の連載開始を契機に,昭和59年1月ころから,上告人に関する事件について,警視庁担当のキャップ,同サブ・キャップ,警視庁捜査一課担当記者を中心とし,遊軍記者として4,5名を配置する体制で取材に当たった。
 イ 本件記事のうち,乙の供述部分は,被上告人社会部の記者丙が乙に対して行った取材に基づいている。乙は,上告人と昭和53年に離婚し,その後他の男性と再婚した者である。
 丙記者は,昭和59年1月28日,乙方で乙及びその夫に対し,乙と上告人との結婚生活の破綻や上告人の当時の言動等について2時間取材した。まず,丙記者は,乙の夫から,乙同席の下で,夫が乙から聞いた話として,「上告人は,乙と婚姻していた当時,自宅の冷蔵庫に大麻を所持しており,乙に対し,この大麻が高く売れることを述べ,警察に見付かりそうになったらトイレに流すよう指示した。」旨聞いた。丙記者は,夫が席を外した後,乙に対し,夫の発言内容を一つ一つ確認した。
 丙記者は,同年2月18日,乙方で再度乙と面会し,乙から,① 冷蔵庫の上段の方に,両手いっぱいほどの量の茶色の葉の茎のようなものが入っているブルーのビニール袋があるのを見た,② 上告人がこれを大麻だと説明し,見付かりそうになったらトイレに流せば分からないと言っていた,③ 上告人は,友達のだれかに渡すつもりであり,売るともうかると述べていた,④ 上記大麻が冷蔵庫の中にあったのは2,3日の間であり,その時期は上告人と別居状態になる昭和53年2月の少し前だと思う,⑤ 既に警視庁において事情聴取を受け,その際に同様の話をしたと聞いた。乙の供述態度は,質問の一つ一つにδ寧に応答し,落ち着いたものであり,丙記者は,乙の供述内容を真実であると感得した。
 ウ 被上告人の警視庁担当キャップの丁は,上告人が昭和60年9月11日に殺人未遂罪で逮捕された後,社会部記者戊に対し,捜査当局に取材して乙の前記供述の裏付けを取るように指示した。
戊記者は,警視庁特捜本部の幹部及び担当捜査員に取材し,その結果,警視庁が昭和59年1月末に乙から事情を聴取し,その際,乙が上告人の大麻所持に関して,丙記者に述べたことと同内容の供述をしていた事実及び捜査機関が上告人の渡航歴等を把握していることを確認した。戊記者は,丁キャップにその旨報告した。
 警視庁は,昭和59年1月30日,同年2月1日の2回にわたり,乙に対する事情聴取を行い,その結果,乙から,昭和52年ころ上告人宅の冷蔵庫内に大麻があったとの供述を得,その旨を記載した捜査報告書を作成したが,上告人が同年ころ大麻を所持していたとの事実については公式発表をしていない。
 エ 被上告人の取材班は,上告人に対し,上記逮捕前に,上告人をめぐる事件の疑問点を直接取材したい旨申し入れたが,断られた。
 オ 上告人は,自ら著した雑誌記事や自己の刑事被告事件での供述において,遅くとも昭和56年ころ以降,米国で大麻を入手し,これを他人に分けてやったり,自ら米国及び日本国内において日常的に大麻を吸っていたことを明らかにしている。
 (4) 本件配信記事は,その内容が公共の利害に関する事実に係り,被上告人によるその配信は専ら公益を図る目的に出たものである。
 本件配信記事の中心的内容である事実について,真実性の証明があったとはいえない。
 2 原審は,次のように判断して,被上告人には名誉毀損による不法行為が成立しないとし,上告人の請求を棄却した。
 被上告人の記者が,上告人の元妻であった乙から取材して,上告人の大麻所持についての具体的な供述を得ており,警視庁の捜査員が乙に対する事情聴取を行い,乙から同様の供述を得,上告人の渡航歴等も把握していること等について裏付けを取っているのであり,さらに,上告人は,時期は異なるものの,昭和56年ころ以降,大麻を吸っていたことがあることを自認していること等に照らして考えれば,被上告人が本件配信記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があった。
 3 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 
本件配信記事中の,上告人が昭和52年から同53年にかけて,自宅の冷蔵庫内に大麻を所持していたとの事実について見ると,前記認定事実によれば,丙記者が乙からその旨の供述を聞き,さらに戊記者が警視庁の捜査官から確認を取っているのであるが,戊記者が同捜査官から聞いたのは乙が警察でその旨の供述をしたことのみであり,結局は,乙の供述以外に上記事実の裏付けとなる資料が全く存在していないということができる。
 しかも,乙は上告人と離婚し,他の男性と再婚している者であり,現在の夫の手前,状況によっては上告人に関して殊更悪感情をもって話すこともあり得ること,丙記者の乙に対する取材が週刊文春誌で「疑惑の銃弾」連載報道が開始され,上告人の行動が注目されていた時期にされたものであること等に鑑みると,捜査の対象にもなっていないような7,8年前の大麻所持という犯罪事実について報道するには,より慎重な裏付け取材が必要であったというべきである。
 乙の供述が具体的であること,その供述態度に不自然な点がないこと,乙の供述が丙記者の2度の取材及び警視庁での事情聴取において一貫していること,上告人が大麻との深いかかわりを自ら認めていること,本件配信記事作成の時点では上告人が既に逮捕されており,上告人に取材して確認することが不可能であったこと等の事情が存する場合であっても,上告人の友人や上告人が経営する会社の社員,取引先等他の関係者から昭和52,53年ころの上告人と大麻とのかかわりについて取材することが不可能であった状況はうかがえないのであるから,本件において更に慎重な裏付け取材をすべき義務が軽減されることにはならない。
また,本件配信記事中には,上告人が大麻を自宅で所持したとの犯罪事実を捜査機関が突き止めたという本件配信記事の確実性を読者に強く印象付ける重要な事実も摘示されているところ,この点についても,戊記者が警視庁の捜査官から取材して確認したのは,乙が捜査官に対し丙記者にしたのと同じ供述をしたということ及び捜査機関が上告人の渡航歴等を把握していたことのみであり,その他に捜査官が上告人の大麻所持についていかなる事実を把握し,どのような心証を持ち,どのように判断しているのかについて,戊記者がした取材内容は全く明らかにされていない。従って,本件において,捜査機関が上告人の大麻所持を突き止めたとの事実についても,これを真実と信ずるについて相当の理由があったことをうかがわせる事情は何ら認められない。
 以上によれば,本件の事情の下においては,被上告人に本件配信記事に摘示された事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があるということはできない。
 4 そうすると,原審の判断には,不法行為に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人の損害賠償責任について更に審理判断させるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫,同奥田昌道,同濱田邦夫

通信社が新聞社への記事配信と真実性の要件(最判平成14年1月29日民集56巻1号185頁)

通信社からの配信記事をそのまま掲載した新聞社にその内容を真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえないとされた事例

       主   文

 原判決中被上告人らに関する部分を破棄する。

 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人弘中惇一郎の上告理由について
一 本件は,通信社である被上告補助参加人が被上告人らに配信し,被上告人らの発行する各新聞紙に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人らに対して不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟である。原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告補助参加人は,昭和二〇年に設立され,平成五年九月現在,地方新聞,日本放送協会,スポーツ新聞など全国の報道機関六二社を社員(加盟社)とする社団法人である。
 被上告補助参加人は,東京に本社を置き,札幌市,仙台市,名古屋市,大阪市及び福岡市に支社を,各府県庁所在地など四八都市と海外三八都市に支局を設置して,国内及び国外のニュースを取材し,作成した記事を加盟社並びに記事配信契約を締結した新聞社及び民間放送局等に提供する業務を行っている我が国の代表的な通信社である。東京本社には政治,経済,社会,外信,文化,写真等の部があり,国会,中央官庁,裁判所,経済団体等に設けられた記者クラブを拠点に取材活動を行っている。
(2) 被上告人株式会社デイリースポーツ社は,日刊紙「デイリースポーツ」を,同株式会社日刊スポーツ新聞社は,日刊紙「日刊スポーツ」を発行し,販売する新聞社である。
 被上告人らは,被上告補助参加人との間で,被上告補助参加人が作成した記事の提供を受ける契約を締結している。同契約には,(1)被上告人らは,被上告補助参加人から提供を受けたニュースを新聞紙面への掲載以外の目的に使用せず,新聞紙面に掲載するに当たっては,同ニュースの内容をゆがめたり,故意に主観を交えたり,わい曲して編集するなどのことを一切行わない,(2)被上告人らは,原則として,ニュースごとに被上告補助参加人の配信記事であることを明記する旨の定めがある。
 被上告人らは,いずれも警視庁記者クラブに所属していないため,警視庁当局の情報については,同クラブに所属している被上告補助参加人から配信された記事を原則としてそのまま新聞紙に掲載することによって報道している。被上告人らが被上告補助参加人から配信された記事について裏付け取材をせずにそのまま新聞紙に掲載する理由は,同配信記事自体を信頼していること,被上告人らが裏付け取材をするだけの人的能力に乏しいこと,同配信記事の取材源に配信を受けた各社の裏付け取材が殺到すると,取材源に迷惑を掛け,配信を受けた各社と被上告補助参加人との信頼関係及び被上告補助参加人と取材源との信頼関係が破壊されることになることなどにある。
(3) 上告人の妻S子は,昭和五六年八月に米国ロス・アンジェルス市で殴打され負傷し(以下「殴打事件」という。),同年一一月に同市で銃撃され,その後死亡した(以下,殴打事件と上記銃撃事件を併せて「ロス疑惑」という。)。被上告補助参加人は,週刊文春誌が「疑惑の銃弾」と題するロス疑惑に関する特集記事の連載を開始したことを契機に,昭和五九年一月ころからロス疑惑や上告人に関するその他の事件についての取材を開始した。
 上告人は,昭和六〇年九月一一日,殴打事件に関し,殺人未遂事件の被疑者として警視庁に逮捕され,その後勾留されていた。
(4) 被上告補助参加人は,昭和六〇年九月一七日,被上告人らに対し,「α野,大麻草を自宅に隠す。元の妻が目撃証言」との標題を付した次の内容の記事(以下「本件配信記事」という。)を配信した。本件配信記事には,次の(1)ないし(6)の記載がある。(1)殴打事件で逮捕された上告人と共犯のβ山U子が大麻パーティーで結び付いたことが明らかになったが,警視庁特捜本部は,上告人がかなり以前から女性と知り合うきっかけに大麻を使用していたり,自宅に大麻を隠し持っていた事実を関係者証言などから突き止めた。(2)上告人の乱脈な生活ぶりを知る手掛かりとして,特捜本部がこうした証言を重視している。(3)上告人の大麻所持について証言したのは,殴打事件の四年前の昭和五二年当時上告人と生活していた二番目の妻甲子らであり,上告人と甲子が同五三年二月ころ別居状態になる直前,甲子が,台所の冷蔵庫を開けて,青色のビニール包みの中に両手いっぱいくらいの茶色の大麻草が隠してあったことを発見し,これを上告人に問いただすと,上告人が大麻草であることを認め,「これは高く売れるんだ。もし警察に見付かりそうになったらトイレの水と一緒に流せばいい。」と指示した。(4)特捜本部は,上告人が昭和五一年ころから毎年七回から一一回,ハワイやロス・アンジエルスに渡航していた事実をつかんでおり,上告人が米国で手に入れた大麻を日本に持ち帰った可能性があると見ている。(5)上告人が自宅に大麻を持っていた昭和五二年は,ロス・アンジェルスで変死体で発見されたγ川T子が前夫と別居して上告人と親しくなった時期である。(6)特捜本部の調べに対し,β山は,上告人と知り合ったのが昭和五六年五月に都内のホテルで内密に開かれた大麻パーティーだったことを自供し,ロス・アンジェルス時代から上告人の周辺にいた関係者らも,上告人が大麻を持っていたことをほのめかしている。
(5) 被上告人デイリースポーツ社は,昭和六〇年九月一八日付けのデイリースポーツ紙に,「α野自宅に大麻草隠す」,「二番目の妻目撃証言」,「女性と知り合う小道具。米国で人手。現行犯しか適用できず」と見出しを付して,本件配信記事をそのまま掲載した。
 被上告人日刊スポーツ新聞社は,昭和六○年九月一八日付けの日刊スポーツ紙に,「大麻漬けα野」,「自宅の冷蔵庫に隠していた(五二ころ)」,「二番目の妻が証言」等と見出しを付して,本件配信記事のうち上記(5)以外の部分を,順序と表現を若干変更した上で掲載した。
 なお,被上告人らは,上記各記事(以下「本件各記事」という。)の掲載に当たり,被上告補助参加人からの配信に基づく記事である旨の表示をしなかった。
(6) 本件配信記事及び本件各記事は,上告人が昭和五二年末から同五三年初めにかけて,自宅の冷蔵庫内に所持,使用が禁止された多量の大麻草を隠し持っていたという犯罪事実を指摘し,かつ,その後も上告人が大麻の所持,使用に深くかかわっていたこと,ひいては,犯罪者的悪性を有する者であることを読者に印象付ける内容のものであり,上告人の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損する。
(7) 本件配信記事及び本件各記事は,その内容が公共の利害に関する事実に係り,その配信及び記事掲載は専ら公益を図る目的に出たものであるが,本件配信記事に摘示された上告人の大麻所持の事実が真実であることの証明はないし,被上告補助参加人において,同事実を真実と信ずるについて相当の理由があったとはいえない。
(8) 被上告人らは,被上告補助参加人が昭和五九年一月以降,ロス疑惑について,捜査当局や関係者に対して精力的な取材活動をし,多くの記事を配信していたことから,本件配信記事も捜査当局に取材した結果得た情報によるものであると受け止めていた。
二 原審は,次のように判断して,被上告人らには名誉毀損による不法行為が成立しないとし,上告人の請求を棄却した。
 被上告補助参加人は,多数の報道機関が加盟する我が国の代表的な通信社であり,人的物的に取材体制も整備され,その配信記事の信頼性は高く評価され,その内容の正確性については被上告補助参加人が専ら責任を負い,記事の配信を受ける報道機関は裏付け取材を要しないものとする前提の下に報道体制が組み立てられている。このような報道体制には相当の合理性が認められるから,一般的にいって,被上告補助参加人からの配信記事について,被上告人らが真実であると信頼することについては,相当の理由がある。そして,被上告補助参加人は,ロス疑惑について精力的な取材活動を行い,多くの記事を配信し,本件配信記事が出る前にも上告人と大麻との関係については,数多くの報道がされており,警察も関心を持って捜査に当たっていて,本件配信記事の内容を真実と信ずることを妨げるような特段の状況があったとは認められないから,被上告人らにおいて本件配信記事が真実であると信頼したことは合理的である。
 従って,被上告人らが発行する各新聞紙に掲載された本件配信記事に基づく本件各記事については,被上告人らにおいてそこに摘示された事実が真実であると信ずるについて相当の理由がある。
三 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
民事上の不法行為たる名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合には,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば,同行為には違法性がなく,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,同行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しないとするのが当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同41年6月23日判決民集20巻5五号1118頁参照)。

ところが,本件各記事は,被上告補助参加人が配信した記事を,被上告人らにおいて裏付け取材をすることなく,そのまま紙面に掲載したものである。そうすると,このような事情のみで,他に特段の事情もないのに,直ちに被上告人らに上記相当の理由があるといい得るかについて検討すべきところ,今日までの我が国の現状に照らすと,少なくとも,本件配信記事のように,社会の関心と興味をひく私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とする分野における報道については,通信社からの配信記事を含めて,報道が加熱する余り,取材に慎重さを欠いた真実でない内容の報道がまま見られるのであって,取材のための人的物的体制が整備され,一般的にはその報道内容に一定の信頼性を有しているとされる通信社からの配信記事であっても,我が国においては当該配信記事に摘示された事実の真実性について高い信頼性が確立しているということはできないのである。したがって,現時点においては,新聞社が通信社から配信を受けて自己の発行する新聞紙に掲載した記事が上記のような報道分野のものであり,これが他人の名誉を毀損する内容を有するものである場合には,当該掲載記事が上記のような通信社から配信された記事に基づくものてあるとの一事をもってしては,記事を掲載した新聞社が当該配信記事に摘示された事実に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実と信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該新聞社に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められない

 仮に,その他の報道分野の記事については,いわゆる配信サービスの抗弁,すなわち,報道機関が定評ある通信社から配信された記事を実質的な変更を加えずに掲載した場合に,その掲載記事が他人の名誉を毀損するものであったとしても,配信記事の文面上一見してその内容が真実でないと分かる場合や掲載紙自身が誤報であることを知っている等の事情がある場合を除き,当該他人に対する損害賠償義務を負わないとする法理を採用し得る余地があるとしても,私人の犯罪行為等に関する報道分野における記事については,そのような法理を認め得るための,配信記事の信頼性に関する定評という一つの重要な前提が欠けているといわなければならない。
 なお,通信社から配信を受けた記事が私人の犯罪行為等に関する報道分野におけるものである場合にも,その事情のいかんによっては,その配信記事に基づく記事を掲載した新聞社が名誉毀損による損害賠償義務を免れ得る余地があるとしても,被上告補助参加人において本件配信記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由がなく,かつ,被上告人らの不法行為の否定につながる他の特段の事情も存しない本件においては,被上告人らが本件配信記事に基づいて本件各記事を掲載し上告人の名誉を毀損したことについて,損害賠償義務を免れることはできない。
四 そうすると,被上告人らに損害賠償義務がないとした原審の判断には,不法行為に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決中被上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,被上告人らの上告人に対する各損害賠償の額について更に審理判断させるため,上記部分につき本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官金 谷 利 廣 裁判官千種秀夫,同奥田昌道,同濱田邦夫

通信社からの配信記事をそのまま掲載した新聞社,真実相当理由はない(最判平成14年3月8日裁判集民事206号1頁)

通信社から配信を受けた記事をそのまま掲載した新聞社にその内容を真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえないとされた事例

       主   文

 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人の上告理由について
 1 本件は,被上告人が発行した新聞紙に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟である。原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,日刊紙「F紙」を発行する新聞社である。
被上告人は,昭和60年9月18日付けのF紙紙に,「大麻に狂った〟乱脈〝甲」,「女性を口説くエサ」,「自宅に大量に隠す」などの見出しを付して,第1審判決別紙記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
 (2) 本件記事は,原告が妻帯者であるのに複数の女性と交際するという倫理観に欠けた生活をしており,女性とのそのような交際と大麻の吸引とが5,6年前から深く結び付いていたことを読者に強く印象付ける内容のものであり,上告人の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するものである。
 (3) 本件記事の内容は,公共の利害に関する事実に係るもので,その記事掲載は専ら公益を図る目的に出たものである。
 (4) 被上告人は,社団法人共同通信社の社員であり,本件記事は,被上告人が同社から配信を受けた記事(以下「本件配信記事」という。)を,裏付け取材をすることなく,そのまま掲載したものである。
 (5) 共同通信社は,昭和20年11月1日に設立された我が国の代表的な通信社であり,平成7年4月現在,日本放送協会及び全国の新聞社70社を社員とし,全国紙等の大手新聞社11社,全国の民間放送局125社等と記事の配信契約を締結している。
 同社は,東京本社内に政治,経済,産業,金融証券,社会,外信,運動,内政,科学,文化,写真,グラフィックスの各部を置き,国会,中央官庁,経済団体,警視庁,裁判所などに設けられた記者クラブを拠点に取材活動をし,更に札幌市,仙台市,名古屋市,大阪市及び福岡市に支社を,その他の府県庁所在地や海外の都市に支局を設置するなどして,整備された取材体制で活動をし,国内及び国外のニュースを編集し,作成した記事を社員及び報道機関等に配信している。
 (6) 共同通信社の社員である新聞社は,定款により,① 共同通信社から配信された記事を新聞紙面への掲載以外の目的に使用すること及びこれを社員以外の者に利用させることはできない,② 上記記事を新聞紙面に掲載するに当たっては,記事の内容について変更又は修正を加えることは原則として認められない,③ 記事を掲載する新聞社は,ニュースごとに共同通信社の配信記事であることを明記することになっている。
 (7) 被上告人が裏付け取材をしなかったのは,被上告人が警視庁の記者クラブに加入していないため,警視庁が行う定例会見,記者発表に参加できず,警視庁に対する直接の問い合わせにも応じてもらえない実情にあり,共同通信社の記者の取材源に直接事実関係を確認することも,同社による取材源の秘匿,多くの報道機関からの取材の殺到によって被る取材対象者の迷惑に対する配慮,地方報道機関の経済的,人員的制約などから不可能ないし困難であり,共同通信社からの配信記事については裏付け取材や問い合わせをしないのが一般的な取扱いであるためである。
 2 原審は,次のように判断して,被上告人には名誉毀損による不法行為が成立しないとし,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 (1) 本件記事は,共同通信社の配信記事に基づくものであるが,同社は,我が国の代表的な通信社で,配信に係る記事の真実性については同社が責任を負い,これを掲載する新聞社は裏付け取材をしないとする前提の下に配信記事に基づく報道がされている。このような報道システムは,地方の報道機関が物理的,経済的及び人的制約を越えて世界的ないし全国的事件を報道することを可能にするものであって,報道の自由に資するものである。従って,報道機関が,正確性ないし信頼性について定評のある通信社の配信記事に基づいて記事を作成して掲載する場合には,その配信記事の内容が社会通念上不合理なもの,あるいはその他の情報にかんがみてこれを虚偽であると疑うべき事情がない限り,同記事に摘示された事実の真実性を確認するために裏付け取材をすべき注意義務はなく,配信された記事の内容が真実に反し,特定人の名誉を害する結果となっても,報道機関には,配信記事が真実を伝えるものであると信ずるについて相当の理由があると認められ,過失がない。
 (2) 本件においては,本件配信記事の内容が社会通念上不合理なもの,あるいは虚偽であると疑うべき事情があったとは認められないから,被上告人が本件配信記事に摘示された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があり,本件配信記事に基づいて本件記事を作成して掲載したことについて,被上告人には過失がない。
 3 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 民事上の不法行為である名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合には,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば,同行為には違法性がなく,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,同行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。そして,本件のような場合には,掲載記事が一般的には定評があるとされる通信社から配信された記事に基づくものであるという理由によっては,記事を掲載した新聞社において配信された記事に摘示された事実を真実と信ずるについての相当の理由があると認めることはできないというべきである(最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決・裁判所時報1308号9頁参照)。

4 そうすると,本件において,被上告人には本件記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があり,過失が認められないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そこで,被上告人の上告人に対する損害賠償の額について更に審理をさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官梶谷玄の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官河合伸一,同北川弘治の各意見,裁判官福田博,同亀山継夫の意見(略)がある。

   最高裁裁判長裁判官北川弘治 裁判官 河合伸一,同福田 博,同亀山継夫,同梶谷 玄

会社の政党に対する政治資金の寄附の自由と憲法(最判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁)

会社の政党に対する政治資金の寄附の自由と憲法3章
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人有賀正明,同吉田元,同長岡邦の上告理由第二点ならびに上告人の上告理由第一及び第二について。
 原審の確定した事実によれば,訴外八幡製鉄株式会社は,その定款において,「鉄鋼の製造及び販売ならびにこれに附帯する事業」を目的として定める会社であるが,同会社の代表取締役であった被上告人両名は,昭和三五年三月一四日,同会社を代表して,自由民主党に政治資金三五〇万円を寄附したものであるというにあるところ,論旨は,要するに,右寄附が同会社の定款に定められた目的の範囲外の行為であるから,同会社は,右のような寄附をする権利能力を有しない,というのである。
 会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが,目的の範囲内の行為とは,定款に明示された目的自体に限局されるものではなく,その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば,すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは,当該行為が目的遂行上現実に必要であったかどうかをもってこれを決すべきではなく,行為の客観的な性質に即し,抽象的に判断されなければならないのである(最高裁昭和二四年(オ)第六四号・同二七年二月一五日判決・民集六巻二号七七頁,同二七年(オ)第一〇七五号・同三〇年一一月二九日判決・民集九巻一二号一八八六頁参照)。
 ところで,会社は,一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから,会社の活動の重点が,定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし,会社は,他面において,自然人とひとしく,国家,地方公共団体,地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから,それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであって,ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても,会社に,社会通念上,期待ないし要請されるものであるかぎり,その期待ないし要請にこたえることは,会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた,会社にとっても,一般に,かかる社会的作用に属する活動をすることは,無益無用のことではなく,企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから,その意味において,これらの行為もまた,間接ではあっても,目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附,地域社会への財産上の奉仕,各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が,その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは,社会通念上,会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから,毫も,株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく,従って,これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても,なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。
 以上の理は,会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく,これに特別の地位を与えてはいないのであるが,憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから,憲法は,政党の存在を当然に予定しているものというべきであり,政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に,政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから,政党のあり方いかんは,国民としての重大な関心事でなければならない。従って,その健全な発展に協力することは,会社に対しても,社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり,協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではないのである。論旨のいうごとく,会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても,会社による政治資金の寄附が,特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく,社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上,会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。上告人のその余の論旨は,すべて独自の見解というほかなく,採用できない。要するに,会社による政治資金の寄附は,客観的,抽象的に観察して,会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては,会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。
 原判決は,右と見解を異にする点もあるが,本件政治資金の寄附が八幡製鉄株式会社の定款の目的の範囲内の行為であるとした判断は,結局,相当であって,原判決に所論の違法はなく,論旨は,採用できない。
 上告代理人有賀正明,同吉田元,同長岡邦の上告理由第一点及び上告人の上告理由第四について。
 論旨は,要するに,株式会社の政治資金の寄附が,自然人である国民にのみ参政権を認めた憲法に反し,従って,民法九〇条に反する行為であるという。
 
憲法上の選挙権その他のいわゆる参政権が自然人たる国民にのみ認められたものであることは,所論のとおりである。しかし,会社が,納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上,納税者たる立場において,国や地方公共団体の施策に対し,意見の表明その他の行動に出たとしても,これを禁圧すべき理由はない。のみならず,憲法第三章に定める国民の権利及び義務の各条項は,性質上可能なかぎり,内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから,会社は,自然人たる国民と同様,国や政党の特定の政策を支持,推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり,会社によってそれがなされた場合,政治の動向に影響を与えることがあったとしても,これを自然人たる国民による寄附と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。論旨は,会社が政党に寄附をすることは国民の参政権の侵犯であるとするのであるが,政党への寄附は,事の性質上,国民個々の選挙権その他の参政権の行使そのものに直接影響を及ぼすものではないばかりでなく,政党の資金の一部が選挙人の買収にあてられることがあるにしても,それはたまたま生ずる病理的現象に過ぎず,しかも,かかる非違行為を抑制するための制度は厳として存在するのであって,いずれにしても政治資金の寄附が,選挙権の自由なる行使を直接に侵害するものとはなしがたい。会社が政治資金寄附の自由を有することは既に説示したとおりであり,それが国民の政治意思の形成に作用することがあっても,あながち異とするには足りないのである。所論は大企業による巨額の寄附は金権政治の弊を産むべく,また,もし有力株主が外国人であるときは外国による政治干渉となる危険もあり,さらに豊富潤沢な政治資金は政治の腐敗を醸成するというのであるが,その指摘するような弊害に対処する方途は,さしあたり,立法政策にまつべきことであって,憲法上は,公共の福祉に反しないかぎり,会社といえども政治資金の寄附の自由を有するといわざるを得ず,これをもって国民の参政権を侵害するとなす論旨は採用てきない。
 以上説示したとおり,株式会社の政治資金の寄附はわが憲法に反するものではなく,従って,そのような寄附が憲法に反することを前提として,民法九〇条に違反するという論旨は,その前提を欠くものといわなければならない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用しがたい。
 上告代理人有賀正明,同吉田元,同長岡邦の上告理由第三点及び上告人の上告理由第三について。
 論旨は,要するに,被上告人らの本件政治資金の寄附は,商法二五四条ノ二に定める取締役の忠実義務に違反するというのである。
 商法二五四条ノ二の規定は,同法二五四条三項民法六四四条に定める善管義務を敷衍し,かつ一層明確にしたにとどまるのであって,所論のように,通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の,高度な義務を規定したものとは解することができない。
ところで,もし取締役が,その職務上の地位を利用し,自己または第三者の利益のために,政治資金を寄附した場合には,いうまでもなく忠実義務に反するわけであるが,論旨は,被上告人らに,具体的にそのような利益をはかる意図があったとするわけではなく,一般に,この種の寄附は,国民個々が各人の政治的信条に基づいてなすべきものであるという前提に立脚し,取締役が個人の立場で自ら出捐するのでなく,会社の機関として会社の資産から支出することは,結果において会社の資産を自己のために費消したのと同断だというのである。会社が政治資金の寄附をなしうることは,さきに説示したとおりであるから,そうである以上,取締役が会社の機関としてその衝にあたることは,特段の事情のないかぎり,これをもって取締役たる地位を利用した,私益追及の行為だとすることのできないのはもちろんである。論旨はさらに,およそ政党の資金は,その一部が不正不当に,もしくは無益に,乱費されるおそれがあるにかかわらず,本件の寄附に際し,被上告人らはこの事実を知りながら敢て目をおおい使途を限定するなど防圧の対策を講じないまま,漫然寄附をしたのであり,しかも,取締役会の審議すら経ていないのであって,明らかに忠実義務違反であるというのである。ところで,右のような忠実義務違反を主張する場合にあっても,その挙証責任がその主張者の負担に帰すべきことは,一般の義務違反の場合におけると同様であると解すべきところ,原審における上告人の主張は,一般に,政治資金の寄附は定款に違反しかつ公序を紊すものであるとなし,従って,その支出に任じた被上告人らは忠実義務に違反するものであるというにとどまるのであって,被上告人らの具体的行為を云々するものではない。もとより上告人はその点につき何ら立証するところがないのである。従って,論旨指摘の事実は原審の認定しないところであるのみならず,所論のように,これを公知の事実と目すべきものでないことも多言を要しないから,被上告人らの忠実義務違反をいう論旨は前提を欠き,肯認することができない。いうまでもなく取締役が会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたっては,その会社の規模,経営実績その他社会的経済的地位及び寄附の相手方など諸般の事情を考慮して,合理的な範囲内において,その金額等を決すべきであり,右の範囲を越え,不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきであるが,原審の確定した事実に即して判断するとき,八幡製鉄株式会社の資本金その他所論の当時における純利益,株主配当金等の額を考慮にいれても,本件寄附が,右の合理的な範囲を越えたものとすることはできないのである。
 以上のとおりであるから,被上告人らがした本件寄附が商法二五四条ノ二に定める取締役の忠実義務に違反しないとした原審の判断は,結局相当であって,原判決に所論の違法はなく,論旨はこの点についても採用できない。
 上告人の上告理由第五について。
 所論は,原判決の違法をいうものではないから,論旨は,採用のかぎりでない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠,同大隅健一郎の意見(略)があるほか,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

        最高裁判所裁判長裁判官  石田和外 ,裁判官入江俊郎 ,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同田中二郎,同松田二郎,同岩田 誠,同下村三郎,同色川幸太郎,同大隅健一郎,同松本正雄,同飯村義美,同村上朝一,同関根小郷

報道取材フィルムの提出命令と取材の自由(最決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁)

報道および取材の自由と報道機関の取材フィルムに対する提出命令の許容される限度
       主   文

 本件抗告を棄却する。

       理   由

 本件抗告の趣意は,別紙記載のとおりである。

 抗告人本人らの抗告理由,抗告人代理人弁護士村田利雄の追加理由および抗告人代理人弁護士妹尾晃外二名り理由補充第一について。

 所論は,憲法二一条違反を主張する。すなわち,報道の自由は,憲法が標榜する民主主義社会の基盤をなすものとして,表現の自由を保障する憲法二一条においても,枢要な地位を占めるものである。報道の自由を全うするには,取材の自由もまた不可欠のものとして,憲法二一条によつて保障されなければならない。これまで報道機関に広く取材の自由が確保これて来たのは,報道機関が,取材にあたり,つねに報道のみを目的とし,取材した結果を報道以外の目的に供さないという信念と実績があり,国民の側にもこれに対する信頼があつたからである然るに,本件のように,取材フイルムを刑事裁判の証拠に使う目的をもつてする提出命令が適法とされ,報道機関がこれに応ずる義務があるとされれば,国民の報道機関に対する信頼は失われてその協力は得られず,その結果,真実を報道する自由は妨げられ,ひいては,国民がその主権を行使するに際しての判断資料は不十分なものとなり,表現の自由と表裏一体をなす国民の「知る権利」に不当な影響をもたらとずにはいないであろう。結局,本件提出命令は,表現の自由を保障した憲法二一条に違反する,というのである。

 よつて判断するに,所論の指摘するように,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の「知る権利」に奉仕するものである。したがつて,思想の表明の自由とならんで,事実の報道の自由は,表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない。また,このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法二一条の精神に照らし,十分尊重に値いする。

 ところで,本件において,提出命令の対象とされたのは,すでに放映されたフイルムを含む放映のために準備された収材フイルムである。それは報道機関の取材活動の結果すでに得られたものであるから,その提出を命ずることは,右フイルムの取材活動そのものとは直接関係がない。もつとも,報道機関がその取材活動によつて得たフイルムは,報道機関が報道の目的に役立たせるためのものであつて,このような目的をもつて取材されたフイルムが,他の目的,すなわち,本件におけるように刑事裁判の証拠のために使用されるような場合には,報道機関の将来における取材活動の自由を妨げることになるおそれがないわけではない。しかし,取材の自由といつても,もとより何らの制約を受けないものではなく,たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは,ある程度の制約を受けることのあることも否定できない。

 本件では,まさに,公正な刑事裁判の実現のために,取材の自由に対する制約が許されるかどうかが問題となるのであるが,公正な刑事裁判を実現することは,国家の基本的要請であり,刑事裁判においては,実体的真実の発見が強く要請されることもいうまでもない。このような公正な刑事裁判の実現を保障するために,報道機関の取材活動によつて得られたものが,証拠として必要と認められるような場合には,取材の自由がある程度の制約を蒙ることとなつてもやむを得ないところというべきである。しかし,このような場合においても,一面において,審判の対象とされている犯罪の性質,態様,軽重および取材したものの証拠としての価値,ひいては,公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに,他面において,取材したものを証拠として提出させられることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり,これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても,それによつて受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなけれぼならない。

 以上の見地に立つて本件についてみるに,本件の付審判請求事件の審理の対象は,多数の機動隊等と学生との間の衝突に際して行なわれたとされる機動隊員等の公務員職権乱用罪,特別公務員暴行陵虐罪の成否にある。その審理は,現在において,被疑者および被害者の特定すら困難な状態であつて,事件発生後二年ちかくを経過した現在,第三者の新たな証言はもはや期待することができず,したがつて,当時,右の現場を中立的な立場から撮影した報道機関の本件フイルムが証拠上きわめて重要な価値を有し,被疑者らの罪責の有無を判定するうえに,ほとんど必須のものと認められる状況にある。他方,本件フイルムは,すでに放映されたものを含む放映のために準備されたものであり,それが証拠として使用されることにつて報道機関が蒙る不利益は,報道の自由そのものではなく,将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにととまるものと解されるのであつて,付審判請求事件とはいえ,本件の刑事裁判が公正に行なわれることを期するためには,この程度の不利益は,報道機関の立場を十分尊重すべきものとの見地に立つても,なお忍受されなければならない程度のものである。また,本件提出命令を発した福岡地方裁判所は,本件フイルムにつき,一たん押収した後においても,時機に応じた仮還付などの措置により,報道機関のフイルム使用に支障をきたさないよう配慮すべき旨を表明している。以上の諸点その他各般の事情をあわせ考慮するときは,本件フイルムを付審判請求事件の証拠として使用するために本件提出命令を発したことは,まことにやむを得ないと認められる。

 前叙のように考えると,本件フイルムの提出命令は,憲法二一条に違反するものでないことはもちろん,その趣旨に牴触するものでもなく,これを正当として維持した原判断は相当であり,所論は理由がない。抗告人代理人弁護士妹尾晃外二名の理由補充第二について。

 所論は,憲法三二条違反をいうが,その実質は単なる訴訟法違反の主張にすぎず,適法な特別抗告の理由にあたらない。

 よつて,刑訴法四三四条,四二六条一項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

  昭和四四年一一月二六日

     最高裁裁判長裁判官 石田和外,裁判官入江俊郎,同草鹿浅之 介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同田中二郎,同松田二郎,同岩田  誠,同下村三郎,同色川幸太郎,同大隅健一郎,同松本正雄,同飯村義  美,同村上朝一,同関根小郷

NHK記者事件-民事事件における証人の取材源の証言拒否(最決平成18年10月3日民集60巻8号2647頁)

民事事件において証人となった報道関係者が民訴法197条1項3号に基づき取材源に係る証言を拒絶できるかどうかの判断基準

       主   文

 本件抗告を棄却する。

 抗告費用は抗告人らの負担とする。

       理   由

 抗告代理人松尾翼,同松本貴一朗,同青木龍一の抗告理由について

 1 抗告人らは,アメリカ合衆国を被告として合衆国アリゾナ州地区連邦地方裁判所に提起した損害賠償請求事件(以下「本件基本事件」という。)における開示(ディスカバリー)の手続として,日本に居住する相手方の証人尋問を申請した。そこで,同裁判所は,この証人尋問を日本の裁判所に嘱託し,同証人尋問は,国際司法共助事件として新潟地方裁判所(原々審)に係属した。記者として本件基本事件の紛争の発端となった報道に関する取材活動をしていた相手方は,原々審での証人尋問において,取材源の特定に関する証言を拒絶し,原々審はその証言拒絶に理由があるものと認めた。これに対し,抗告人らは,上記証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて抗告したが,原審がこれを棄却したために,当審への抗告の許可を申し立て,これが許可されたものである。

 2 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

 (1)A2ピー・ジャパン有限会社(以下「A2PJ」という。)は,健康・美容アロエ製品を製造,販売する企業グループの日本における販売会社である。抗告人A1・インクは,上記企業グループの合衆国における関連会社であり,その余の抗告人らは,A2PJの社員持分の保有会社,その役員等である。

 (2)日本放送協会(以下「NHK」という。)は,平成9年10月9日午後7時のニュースにおいて,A2PJが原材料費を水増しして77億円余りの所得隠しをし,日本の国税当局から35億円の追徴課税を受け,また,所得隠しに係る利益が合衆国の関連会社に送金され,同会社の役員により流用されたとして,合衆国の国税当局も追徴課税をしたなどの報道をし(以下「本件NHK報道」という。),翌日,主要各新聞紙も同様の報道をし,合衆国内でも同様の報道がされた(以下,これらの報道を一括して「本件報道」という。)。相手方は,本件NHK報道当時,記者として,NHK報道局社会部に在籍し,同報道に関する取材活動をした。

 (3)抗告人らは,合衆国の国税当局の職員が,平成8年における日米同時税務調査の過程で,日本の国税庁の税務官に対し,国税庁が日本の報道機関に違法に情報を漏えいすると知りながら,無権限でしかも虚偽の内容の情報を含むA2PJ及び抗告人らの徴税に関する情報を開示したことにより,国税庁の税務官が情報源となって本件報道がされ,その結果,抗告人らが,株価の下落,配当の減少等による損害を被ったなどと主張して,合衆国を被告として,上記連邦地方裁判所に対し,本件基本事件の訴えを提起した。

 (4)本件基本事件は開示(ディスカバリー)の手続中であるところ,上記連邦地方裁判所は,今後の事実審理(トライアル)のために必要であるとして,平成17年3月3日付けで,二国間共助取決めに基づく国際司法共助により,我が国の裁判所に対し,上記連邦地方裁判所の指定する質問事項について,相手方の証人尋問を実施することを嘱託した。

 (5)上記嘱託に基づき,平成17年7月8日,相手方の住所地を管轄する原々審において相手方に対する証人尋問が実施されたが,相手方は,上記質問事項のうち,本件NHK報道の取材源は誰かなど,その取材源の特定に関する質問事項について,職業の秘密に当たることを理由に証言を拒絶した(以下「本件証言拒絶」という。)。

 (6)原々審は,抗告人ら及び相手方を書面により審尋した上,本件証言拒絶に正当な理由があるものと認める決定をし,抗告人らは,本件証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて原審に抗告したが,原審は,報道関係者の取材源は民訴法197条1項3号所定の職業の秘密に該当するなどとして,本件証言拒絶には正当な理由があるものと認め,抗告を棄却した。

 3 民訴法は,公正な民事裁判の実現を目的として,何人も,証人として証言をすべき義務を負い(同法190条),一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条,197条)。そして,同法197条1項3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は,証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。もっとも,ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても,そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく,そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められると解すべきである。そして,保護に値する秘密であるかどうかは,秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。

報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして,当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。

 そして,この比較衡量にあたっては,次のような点が考慮されなければならない。

 すなわち,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものである。したがって,思想の表明の自由と並んで,事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。また,このような報道機関の報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると,当該報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり,証人は,原則として,当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。

 4 これを本件についてみるに,本件NHK報道は,公共の利害に関する報道であることは明らかであり,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情はうかがわれず,一方,本件基本事件は,株価の下落,配当の減少等による損害の賠償を求めているものであり,社会的意義や影響のある重大な民事事件であるかどうかは明らかでなく,また,本件基本事件はその手続がいまだ開示(ディスカバリー)の段階にあり,公正な裁判を実現するために当該取材源に係る証言を得ることが必要不可欠であるといった事情も認めることはできない。

 したがって,相手方は,民訴法197条1項3号に基づき,本件の取材源に係る事項についての証言を拒むことができるというべきであり,本件証言拒絶には正当な理由がある。

 以上によれば,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

   最高裁裁判長裁判官上田豊三,裁判官藤田宙靖,同堀籠幸男,同那須弘平

少年の実名報道(最判平成15年3月14日民集57巻3号229頁)

ア少年法六一条が禁止する推知報道
イ犯行時少年であった者の犯行態様,経歴等を記載した記事を実名類似の仮名を用いて週刊誌に掲載したことにつき名誉又はプライバシーの侵害による損害賠償責任を肯定するには被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無を審理する必要がある

       主   文

 原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。

 前項の部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

       理   由

上告代理人古賀正義の上告受理申立て理由第一点について
 1 本件は,上告人が発行した週刊誌に掲載された記事により,名誉を毀損され,プライバシーを侵害されたとする被上告人が,上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めている事件である。
 原審が確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人(昭和50年10月生まれ)は,平成6年9月から10月にかけて,成人又は当時18歳,19歳の少年らと共謀の上,連続して犯した殺人,強盗殺人,死体遺棄等の4つの事件により起訴され,刑事裁判を受けている刑事被告人である。
 上告人は,図書及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり,「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。
 (2) 上告人は,名古屋地方裁判所に上記各事件の刑事裁判の審理が係属していた平成9年7月31日発売の「週刊文春」誌上に,第1審判決添付の別紙二のとおり,「『少年犯』残虐」「法廷メモ独占公開」などという表題の下に,事件の被害者の両親の思いと法廷傍聴記等を中心にした記事(以下「本件記事」という。)を掲載したが,その中に,被上告人について,仮名を用いて,法廷での様子,犯行態様の一部,経歴や交友関係等を記載した部分がある。
 2 原審は,次のとおり判示し,被上告人の損害賠償請求を一部認容すべきものとした。
 (1) 本件記事で使用された仮名甲'は,本件記事が掲載された当時の被上告人の実名甲と類似しており,社会通念上,その仮名の使用により同一性が秘匿されたと認めることは困難である上,本件記事中に,出生年月,出生地,非行歴や職歴,交友関係等被上告人の経歴と合致する事実が詳細に記載されているから,被上告人と面識を有する特定多数の読者及び被上告人が生活基盤としてきた地域社会の不特定多数の読者は,甲'と被上告人との類似性に気付き,それが被上告人を指すことを容易に推知できるものと認めるのが相当である。
(2) 少年法61条は,少年事件情報の中の加害少年本人を推知させる事項についての報道(以下「推知報道」という。)を禁止する規定であるが,これは,憲法で保障される少年の成長発達過程において健全に成長するための権利の保護とともに,少年の名誉,プライバシーを保護することを目的とするものであり,同条に違反して実名等の報道をする者は,当該少年に対する人権侵害行為として,民法709条に基づき本人に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。
 (3) 少年法61条に違反する推知報道は,内容が真実で,それが公共の利益に関する事項に係り,かつ,専ら公益を図る目的に出た場合においても,成人の犯罪事実報道の場合と異なり,違法性を阻却されることにはならず,ただ,保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却され免責されるものと解するのが相当である。
 (4) 本件記事は,少年法61条が禁止する推知報道であり,事件当時18歳であった被上告人が当該事件の本人と推知されない権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情を認めるに足りる証拠は存しないから,本件記事を週刊誌に掲載した上告人は,不法行為責任を免れない。
 3 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 原判決は,本件記事による被上告人の被侵害利益を,(ア) 名誉,プライバシーであるとして,上告人の不法行為責任を認めたのか,これらの権利に加えて,(イ) 原審が少年法61条によって保護されるとする「少年の成長発達過程において健全に成長するための権利」をも被侵害利益であるとして上記結論を導いたのか,その判文からは必ずしも判然としない。
 しかし,被上告人は,原審において,本件記事による被侵害利益を,上記(ア)の権利,すなわち被上告人の名誉,プライバシーである旨を一貫して主張し,(イ)の権利を被侵害利益としては主張していないことは,記録上明らかである。
 このような原審における審理の経過に鑑みると,当審としては,原審が上記(ア)の権利の侵害を理由に前記結論を下したものであることを前提として,審理判断をすべきものと考えられる。
(2) 被上告人は,本件記事によって,甲'が被上告人であると推知し得る読者に対し,被上告人が起訴事実に係る罪を犯した事件本人であること(以下「犯人情報」という。)及び経歴や交友関係等の詳細な情報(以下「履歴情報」という。)を公表されたことにより,名誉を毀損され,プライバシーを侵害されたと主張しているところ,本件記事に記載された犯人情報及び履歴情報は,いずれも被上告人の名誉を毀損する情報であり,また,他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報であるというべきである。そして,被上告人と面識があり,又は犯人情報あるいは被上告人の履歴情報を知る者は,その知識を手がかりに本件記事が被上告人に関する記事であると推知することが可能であり,本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性を否定することはできない。そして,これらの読者の中に,本件記事を読んで初めて,被上告人についてのそれまで知っていた以上の犯人情報や履歴情報を知った者がいた可能性も否定することはできない。
 従って,上告人の本件記事の掲載行為は,被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害するものであるとした原審の判断は,その限りにおいて是認できる。
 なお,少年法61条に違反する推知報道かどうかは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきところ,本件記事は,被上告人について,当時の実名と類似する仮名が用いられ,その経歴等が記載されているものの,被上告人と特定するに足りる事項の記載はないから,被上告人と面識等のない不特定多数の一般人が,本件記事により,被上告人が当該事件の本人であることを推知することができるとはいえない。従って,本件記事は,少年法61条の規定に違反するものではない。
 (3) ところで,本件記事が被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害する内容を含むものとしても,本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは,被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し,個別具体的に判断すべきものである。すなわち,名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合において,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があるとき,又は真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,不法行為は成立しないのであるから(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照),本件においても,これらの点を個別具体的に検討することが必要である。また,プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁),本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位,当該犯罪行為の内容,これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度,本件記事の目的や意義,公表時の社会的状況,本件記事において当該情報を公表する必要性など,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し,これらを比較衡量して判断することが必要である

 (4) 原審は,これと異なり,本件記事が少年法61条に違反するものであることを前提とし,同条によって保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却されると解すべきであるが,本件についてはこの特段の事情を認めることはできないとして,前記(3)に指摘した個別具体的な事情を何ら審理判断することなく,上告人の不法行為責任を肯定した。この原審の判断には,審理不尽の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨第一点の二は理由があり,原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。

 そこで,更に審理を尽くさせるため,前記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田 博,同亀山継夫,同梶谷 玄,同滝井繁男

報道機関の取材ビデオテープに対する捜査機関の差押処分(最決平成元年1月30日刑集43巻1号19頁)

報道機関の取材ビデオテープへの捜査機関の差押処分が憲法二一条に違反しないとされた事例

       主   文

 本件抗告を棄却する。

       理   由

 一 本件抗告の趣意は,東京地方検察庁検察事務官が甲に対する贈賄被疑事件について昭和六三年一一月一日申立人方においてしたビデオテープの差押処分が憲法二一条に違反する旨主張するものであり,その主張の骨子は,(1) 報道の自由の根幹
 をなす取材の自由は,報道機関が取材結果を報道目的以外には使用せず,また公権力を含む第三者がこれをみだりに利用することもないという国民の信頼に支えられて成り立つものであるから,報道機関の取材結果を捜査機関が押収して捜査目的に供することは,将来における取材の自由を妨げるおそれがある,(2) いわゆる博多駅事件決定(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)は,憲法上の要請である公正な刑事裁判の実現のために取材の自由が何らかの制約を受けることを肯認しているが,それも報道の自由に関する憲法上の保障を制約してもやむを得ないと明らかに認められる高度の必要性がある場合に限られるべきであり,しかも裁判所による提出命令に関する同決定の基準を捜査機関による差押が問題となる本件に直ちに適用することは許されない,(3) 同決定は,公正な刑事裁判の実現のために取材の自由が制約されてもやむを得ないかどうかを判断するに当たって諸要素を比較衡量すべきものとしているが,原決定はこの比較衡量を誤っている,というにある。
 二 報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し,国民の「知る権利」に奉仕するものであって,表現の自由を保障した憲法二一条の保障の下にあり,従って報道のための取材の自由もまた憲法二一条の趣旨に照らし,十分尊重されるべきものであること,しかし他方,取材の自由も何らの制約をも受けないものではなく,例えば公正な裁判の実現というような憲法上の要請がある場合には,ある程度の制約を受けることのあることも否定できないことは,いずれも博多駅事件決定が判示するとおりである。もっとも同決定は,付審判請求事件を審理する裁判所の提出命令に関する事案であるのに対し,本件は,検察官の請求によって発付された裁判官の差押許可状に基づき検察事務官が行った差押処分に関する事案であるが,国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには,適正迅速な捜査が不可欠の前提であり,報道の自由ないし取材の自由に対する制約の許否に関しては両者の間に本質的な差異がないことは多言を要しないところである。同決定の趣旨に徴し,取材の自由が適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることのあることも,またやむを得ないものというべきである。そして,この場合においても,差押の可否を決するに当たっては,捜査の対象である犯罪の性質,内容,軽重等及び差し押えるべき取材結果の証拠としての価値,ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と,取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることはいうまでもない(同決定参照)。右の見地から本件について検討すると,本件差押処分は,被疑者甲がいわゆる乙疑惑に関する国政調査権の行使等に手心を加えてもらいたいなどの趣旨で衆議院議員丙に対し三回にわたり多額の現金供与の申込をしたとされる贈賄被疑事件を搜査として行われたものである。同事件は,国民が関心を寄せていた重大な事犯であるが,その被疑事実の存否,内容等の解明は,事案の性質上当事者両名の供述に負う部分が大であるところ,本件差押前の段階においては,甲は現金提供の趣旨等を争って被疑事実を否認しており,また丙も事実関係の記憶が必ずしも明確ではないため,他に収集した証拠を合わせて検討してもなお事実認定上疑点が残り,その解明のため更に的確な証拠の収集を期待することが困難な状況にあった。しかも甲は,本件ビデオテープ中の未放映部分に自己の弁明を裏付ける内容が存在する旨強く主張していた。そうしてみると,甲と丙の面談状況をありのままに収録した本件ビデオテープは,証拠上極めて重要な価値を有し,事件の全容を解明し犯罪の成否を判断する上で,ほとんど不可欠のものであったと認められる。他方,本件ビデオテープがすべて原本のいわゆるマザーテープであるとしても,申立人は,差押当時においては放映のための編集を了し,差押当日までにこれを放映しているのであって,本件差押処分により申立人の受ける不利益は,本件ビデオテープの放映が不可能となり報道の機会が奪われるという不利益ではなく,将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる。右のほか,本件ビデオテープは,その取材経緯が証拠の保全を意図した丙からの情報提供と依頼に基づく特殊なものであること,当の丙が本件贈賄被疑事件を告発するに当たり重要な証拠資料として本件ビデオテープの存在を挙げていること,差押に先立ち検察官が報道機関としての立場に配慮した事前折衝を申立人との間で行っていること,その他諸般の事情を総合して考えれば,報道機関の報道の自由,取材の自由が十分これを尊重すべきものであるとしても,前記不利益は,適正迅速な捜査を遂げるためになお忍受されなければならないものというべきであり,本件差押処分は,やむを得ないものと認められる。
 以上のとおり,所論は,博多駅事件決定の趣旨に徴して理由がなく,これと同旨の原決定は相当である。
 三 よって,刑訴法四三四条,四二六条一項により,裁判官島谷六郎の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
 裁判官島谷六郎の反対意見は,次のとおりである。
 一 本件は,「公正な刑事裁判の実現」と「報道の自由」との接点における重要な問題を提供する。この点については,先例として当審大法廷のいわゆる博多駅事件決定(昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)が存在する。同決定の判示は今日なお踏襲すべきものであり,検察事務官による差押が問題となる本件においても同決定の判示が基本的に妥当すると考える点においては,私も,多数意見と立場を異にするものではない。しかし,多数意見が本件ビデオテープの差押が許されるとの結論を導いている点については,たやすく賛同することができない。
 二 博多駅事件決定は,取材結果を刑事裁判のために押収することの可否に関し,「一面において,審判の対象とされている犯罪の性質,態様,軽重及び取材したものの証拠としての価値,ひいては,公正な刑事裁判を実現するにあたっての必要性の有無を考慮するとともに,他面において取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度及びこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり,これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても,それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない。」と判示し,一般的な判断基準を示している。そこで,以下「右の基準に即して本件につき検討を加える。
 三 まず,公正な刑事裁判を実現するための必要性の点であるが,博多駅事件決定においては,事件当日同駅に集合した多数の学生と警備のための多数の警察官のなかから,付審判請求事件の被疑者とされる警察官及び被害者である学生を特定することすら困難であったため,現場の模様を撮影したフイルムにつき提出命令を発することが許容されたのであって,右フイルムは,事案の解明のためにほとんど必須のものであったと考えられるが,これに対し,本件贈賄被疑事件においては,既に金員の提供者とその相手方及び行為の日時,場所,態様は特定しており,ただ金員提供の趣旨等について争いがあったというのにすぎないのであって,本件ビデオテープ差押の必要性は,博多駅事件決定の場合に比べ,格段の差異があるのである。
 次に,報道の自由,取材の自由に対する弊害の点であるが,報道機関が取材結果を報道目的以外に使用するときは,将来における取材活動に他者の協力を得難くなるおそれがあり,場合によっては妨害を受けるおそれさえなしとしないであろう。取材結果が捜査機関によって差し押えられ捜査目的に使用されることも,また同様の契機をはらむものであり,将来の取材活動に支障を来すおそれを生ぜしめることは,見やすい道理である。確かに,取材活動への支障は,将来の問題であって眼前に差し迫った不利益ではないかもしれない。しかし,憲法二一条に基礎を置く取材の自由の本質に照らし,この点を過小評価することは,相当ではないと思われる。また,本件ビデオテープの取材経緯には,原決定指摘のような特殊な事情があるようであるが,しかし,報道機関の取材結果を押収することによる弊害は,個々的な事案の特殊性を超えたところに生ずるものであり,本件ビデオテープの押収がもたらす弊害を取材経緯の特殊性のゆえに軽視することも,適当ではないように思われるのである。
 更に,本件ビデオテープには未放映部分が含まれているが,右部分は,記者の取材メモに近い性格を帯びており,その押収が前記弊害をいつそう増幅する傾向を有することにも十分留意する必要がある。
 とのように,本件における公正な刑事裁判の実現のための必要性と報道の自由に対する弊害とを比較衡量するとき,博多駅事件の場合とは異なり,必ずしも前者を優先せしめるべきであるとは考えられない。
 四 公正な刑事裁判の実現とそのための適正迅速な捜査処理が国家の基本的な要請であることは,いうまでもない。しかし,その要請も,報道の自由,取材の自由の保障との関係において,時には抑制されなければならない場合が存在するのであって,本件は,まさにそのような場合である。博多駅事件決定が示した判断基準は,厳格に運用すべきものと考える。
  平成元年一月三〇日   最高裁裁判長裁判官奥野久之,裁判官牧 圭次,同島谷六郎,同藤島 昭,同香川保一

刑法第230条ノ2の「真実ナルコトノ証明アリタルトキ」(最判昭和34年5月7日刑集13巻5号641頁)

刑法第230条ノ2にいう「真実ナルコトノ証明アリタルトキ」
       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人加藤定蔵の上告趣意第一点及び同第二点イについて。
 所論は原判決の憲法二一条,二二条,三五条違反及び大審院の判例違反を主張する。しかし,原判決は第一審判決の認定を維持し,被告人は不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであり,その摘示が質問に対する答としてなされたものであるかどうかというようなことは,犯罪の成否に影響がないとしているのである。そして,このような事実認定の下においては,被告人は刑法二三〇条一項にいう公然事実を摘示したものということができるのであり,かく解釈したからといってなんら所論憲法各法条の保障する自由を侵害したことにはならないのはもちろん(昭和三一年(あ)第三三五九号,同三三年四月一〇日当小法廷判決・集一二巻五号八三〇頁以下参照),また,所論判例と相反する判断をしたことにもならない。従って,論旨はいずれも採用し難い。
 同第二点(ロ)及び同第三点について。
 所論は原判決の東京高等裁判所及び大阪高等裁判所の各判例違反をいうけれども,本件記録及びすべての証拠によっても,甲が本件火災の放火犯人であると確認することはできないから,被告人についてはその陳述する事実につき真実であることの証明がなされなかったものというべく,被告人は本件につき刑責を免れることができないのであって,これと同趣旨に出でた原判断は相当であり(昭和三一年(あ)第九三八号,同三二年四月四日当小法廷決定を参照),何ら所論東京高等裁判所の判例と相反するものではなく,所論大阪高等裁判所の判例は右と抵触する限度において改めらるべきものであるから,論旨は採用できない。
 同第四点について。
 所論は単なる訴訟法違反,事実誤認の主張を出でないものであって,刑訴四〇五条の上告理由にあたらないし,所論に鑑み記録を調べても,本件につき,同四一一条一号,三号を適用すべき事由ありとは認められない。
 よって,同四〇八条,四一〇条二項に則り,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
  昭和三四年五月七日

     最高裁裁判長裁判官下 飯 坂潤夫,裁判官斎藤悠輔,同入江俊郎,同高木常七

名誉毀損と憲法第21条(最判昭和33年4月10日刑集12巻5号830頁)

名誉毀損と憲法第21条

       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 被告人の上告趣意は,憲法二一条違反の主張を除く以外は,事実誤認の主張であつて,刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

 また,憲法二一条は,言論の自由を無制限に保障しているものではない。そして,原判決の是認している第一審判決判示のごとき記事を新聞紙に掲載しこれを頒布して他人の名誉を毀損することは,言論の自由の濫用であつて,憲法の保障する言論の自由の範囲内に属するものと認めることができない。このことは,当裁判所大法廷判決の趣旨とするところである(民事判例集一〇巻七号七八五頁以下参照)。されば,右違憲の主張は,採ることができない。よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

  昭和三三年四月一〇日

     最高裁裁判長裁判官真野 毅 裁判官斎藤悠輔,同入江俊郎,同下飯坂潤夫

テレビ報道番組内容が人の社会的評価を低下(最判平成15年10月16日民集57巻9号1075頁)

ア テレビ報道番組内容が人の社会的評価を低下させるか否かの判断基準
イ テレビ報道番組による摘示事実がどのようなものであるかについての判断基準
ウ テレビ報道番組による摘示された特定産地の野菜のダイオキシン類汚染の重要部分が真実であることの証明があるとはいえないとされた事例
       主   文
 原判決中上告人らの被上告人に対する請求に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人長島佑享,同三角元子,同林原菜穂子,同佐藤恭子,同久山竜治の上告受理申立て理由4について
 1 本件は,埼玉県所沢市内において野菜等を生産する農家である上告人らが,被上告人が平成11年2月1日にテレビジョン放送をしたニュース番組である「ニュースステーション」のダイオキシン類問題についての特集に係る放送(以下「本件放送」という。)により,所沢産の野菜等の安全性に対する信頼が傷つけられ,上告人らの社会的評価が低下して精神的損害を被った旨を主張し,また,上告人乙,同丙,同丁及び同戊を除く上告人らは,野菜の価格の暴落等により財産的損害を被った旨をも主張して,被上告人に対し,不法行為に基づき,謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
 2 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 当事者等
 上告人らは,いずれも所沢市内において農業を営む者であり,ほうれん草,にんじん,小松菜等の野菜等を生産,販売して生計を立てている(なお,上告人己は,本件訴訟の第1審係属中に死亡した原告庚の訴訟承継人である。)。
 被上告人は,テレビジョン放送等の放送事業を行う会社であり,ニュース番組である「ニュースステーション」(以下「本件番組」という。)を制作し,これを毎週月曜日から金曜日までの午後10時ころから午後11時20分ころまでの約80分間,全国の放送網を通じて,全国同時にテレビジョン放送をしている。
 壱株式会社は,官公庁,民間企業,団体等からの委託調査,研究業務を主たる目的とする会社である。
 (2) ダイオキシン類
 ア ダイオキシンとは,塩素系化合物の一種であるポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの通称であり,これに物理化学的性質や毒性作用が類似するものとして,ポリ塩化ジベンゾフラン及びコプラナーポリ塩化ビフェニル(以下「コプラナーPCB」という。)が存在し,これら3種類の化合物群がダイオキシン類と総称されている。ダイオキシン類は,人の活動に伴って発生する化学物質であって,本来,環境中には存在しないものであるが,一般毒性(最も毒性の強い2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの致死毒性が青酸カリの1000倍,サリンの2倍を示したとのモルモットを対象とする実験結果の報告がある。)のほか,遅延性の発がん性,生殖毒性,免疫毒性,催奇形性並びに肝臓障害及び骨髄障害等の原因となる毒性を有するとされ,また,食物及び環境から人体に摂取されるとそのまま体内に蓄積され,体外に排出されにくいため,人体への影響が懸念されている。
 なお,我が国においては,従来,コプラナーPCBはダイオキシン類に含めない取扱いであったが,平成11年7月に公布されたダイオキシン類対策特別措置法が規制の対象とした「ダイオキシン類」には,コプラナーPCBも含むものとされ,以来,これもダイオキシン類に含められている。
 また,ダイオキシン類に含まれる上記3種類の化合物群には,多数の同族体及び異性体があり,各異性体ごとに毒性の強弱が異なっているため,ダイオキシン類の濃度の測定結果については,毒性等価係数(2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの毒性を1としたときの相対的な毒性を示す係数)を乗じて換算した値(この値を毒性等価量(てっく)という。)により表記されている。
 イ 世界保健機関(WTO)は,平成10年5月に開かれた専門家会合において,耐容1日摂取量(ダイオキシン類を人が生涯にわたって継続的に摂取したとしても健康に影響を及ぼすおそれがない1日当たりの摂取量で2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの量として表したものをいう。)を体重1kg当たり1~4ピコg(ピコg。1ピコgは1兆分の1g)と定めた。
 なお,我が国におけるダイオキシン類の体重1kg当たりの耐容1日摂取量の基準は,ダイオキシン類対策特別措置法6条1項及び同法施行令2条の規定により,4ピコgと定められている。
 (3) 所沢市周辺におけるダイオキシン類問題
 ア 所沢市においては,平成4年ころから,同市三富地区に集中して廃棄物焼却施設等が設置されたため,その周辺地域のダイオキシン類汚染が問題となり,環境汚染等についての調査,研究が行われるようになった。
 ダイオキシン類による環境汚染等について調査,研究している摂南大学薬学部教授辛(以下「辛教授」という。)らが,平成7年及び平成8年の2回にわたり,所沢市周辺の土壌調査を行ったところ,1g当たり90~300pgTEQ(平成7年),65~448pgTEQ(平成8年)のダイオキシン類が検出された。
 また,埼玉県が,平成8年11月,所沢市三富地区周辺のダイオキシン類の調査を行った結果,地表から0~5寅mの範囲の土壌からは1g当たり11~100pgTEQ,平均42pgTEQ,地表から0~2寅mの範囲の土壌からは1g当たり13~130pgTEQ,平均54pgTEQのダイオキシン類が検出された。
 さらに,環境庁が,平成9年度,所沢市を含む埼玉県内の5地域を対象に,大気,土壌,植物等のダイオキシン類の濃度を測定した結果,所沢市周辺の土壌から1g当たり62~140pgTEQのダイオキシン類が検出された。
 イ 所沢市農業協同組合(以下「市農協」という。)は,財団法人日本食品分析センターに依頼して,所沢産のほうれん草及び里芋に含まれるダイオキシン類の濃度の調査を行い,平成9年8月20日,同センターから調査結果の報告を受けたが,これを公表せず,同組合長は,平成10年2月9日,調査結果が出ていない旨の発言をした。このため,所沢市議会や衆議院予算委員会において,市農協がダイオキシン類の調査結果を公表しないことが問題とされた。
 ウ 壱株式会社は,平成4年度に所沢市の委託を受けて大気汚染の調査を行い,平成5年3月,その調査結果を同市に提出したが,その後,同市周辺のダイオキシン類汚染が社会問題化していることもあって,同汚染の自主調査に取り組むようになった。
 壱株式会社は,自主調査の一環として,所沢産の農作物に含まれるダイオキシン類の濃度調査を行うことを計画し,平成10年11月及び同年12月に所沢産のせん茶(同年夏に採取した茶葉を加工したもの)及びほうれん草並びに隣接する三芳町産の大根の提供を受け,せん茶を100gずつの2検体とし,ほうれん草を4検体,大根の葉と根を各1検体として,壱株式会社が技術提携をしているカナダの会社に分析を依頼した。
 その分析の結果によれば,各検体1g当たりのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の測定値は,せん茶が3.60pgTEQ及び3.81pgTEQであり,ほうれん草が0.635pgTEQ,0.681pgTEQ,0.746pgTEQ及び0.750pgTEQであり,大根の葉が0.753pgTEQであった。
 エ 辛教授らは,平成10年3月,「所沢産」のラベルが付けられた白菜(1検体)の提供を受けて調査したところ,1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出された。また,同教授らは,同年7月,所沢市内で採取したほうれん草(1検体)を調査したところ,1g当たり0.859pgTEQのダイオキシン類が検出された。
 オ 厚生省が,平成8年度及び平成9年度に,全国のほうれん草その他の野菜を調査した結果,ほうれん草から,平成8年度は1g当たり0.106~0.308pgTEQ,平均0.188pgTEQの,平成9年度は1g当たり0.044~0.430pgTEQ,平均0.187pgTEQのダイオキシン類が検出された。
 (4) 本件放送に至る経緯
 ア 被上告人は,平成7年10月から平成9年11月まで,「ザ・スクープ」という報道特集番組で7回にわたり,ダイオキシン類問題を特集して放送し,その中で,ダイオキシン類の危険性とダイオキシン類汚染が全国に広がっていることを指摘し,この問題に対する日本の行政の取組が諸外国よりも遅れていることについての問題提起をし,また,平成10年1月以降本件放送に至るまで,本件番組においてもダイオキシン類問題を取り上げていた。
 イ 被上告人は,所沢産の農産物のダイオキシン類汚染に焦点を当てた特集番組の制作を企画し,壱株式会社の代表者である壬(以下「壬所長」という。)に出演を依頼するとともに,前記の自主調査の結果の公表を求めた。
 壱株式会社は,この要請に応じ,壬所長の出演を承諾し,自主調査の結果であるせん茶の測定値(3.60pgTEQ及び3.81pgTEQ)とほうれん草の測定値(0.635pgTEQ,0.681pgTEQ及び0.750pgTEQ)を被上告人側の担当者に伝えた。その際,壱株式会社は,被上告人側の担当者に対し,上記の各測定値を,検体提供者への配慮から,それぞれの検体の具体的な品目を明らかにしないで,単に所沢産の農作物から検出された測定値であるとして伝えた。
 被上告人側の担当者は,壱株式会社から示された上記の各測定値が,いずれも所沢産の野菜についての測定値であると誤解して,放送の際に用いるフリップに「野菜のダイオキシン濃度」「全国(厚生省調べ)0~0.43ピコg/g 所沢(壱株式会社調べ)0.64~3.80ピコg/g」と表示した(以下,このフリップを「本件フリップ」という。)。
 また,壬所長は,本件番組のニュースキャスターである癸(以下「癸キャスター」という。)や,その他のスタッフとの打合せのための時間が十分ではなかったため,癸キャスターらに対し,上記各測定値の検体の具体的な品目を伝えることができず,被上告人側の上記の誤解を解かないまま,本件放送に出演した。
 (5) 本件放送
 被上告人は,平成11年2月1日午後10時以降の約16分間,本件番組において,「所沢ダイオキシン 農作物は安全か?」「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」と題する所沢産の野菜のダイオキシン類問題についての特集に係る本件放送を行った(その具体的内容は,第1審判決添付の別紙4記載のとおりである。)。
 本件放送は,その前半において録画映像を,後半において癸キャスターと壬所長との対談を放映した。その内容は,要約すると,前半の録画映像部分においては,①所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し,その焼却灰が畑に降り注いでいること,②市農協は,所沢産の野菜のダイオキシン類の分析調査を行ったが,農家や消費者からの調査結果の公表の求めにもかかわらず,これを公表していないこと,③所沢市の土壌中に含まれるダイオキシン類濃度を調査したところ,その濃度は,ドイツであれば農業が規制されるほど高く,また,かってイタリア北部の町セベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていることなどであり,後半の対談部分においては,④壱株式会社が所沢産の野菜を調査したところ,1g当たり0.64~3.80pgTEQのダイオキシン類が検出されたこと,⑤その結果は,全国の野菜を対象とした調査結果に比べて突出しており,約10倍の高さであること,⑥所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は,我が国の平均よりも5~10倍高く,我が国のダイオキシン類による大気汚染濃度は,世界よりも10倍高いこと,⑦体重40kgの子どもが所沢産のほうれん草を20~100g食べた場合にWTOが定める耐容1日摂取量である体重1kg当たり1pgTEQの基準を超えること等であった。
このうち,上記④の要約部分(以下「本件要約部分」という。)等に係る放送において,Jキャスターは,I所長との対談の冒頭部分で,I所長を5年前から所沢市の汚染を調査しているK株式会社の所長であると紹介し,今夜は,K株式会社が所沢市の野菜のダイオキシン類汚染の調査をした結果である数字を,あえて本件番組で発表するとした上で,本件フリップを示して「野菜のダイオキシン濃度」が「所沢(K株式会社調べ)0.64~3.80ピコg/g」であると述べ,上記対談の中で,I所長は,本件フリップにある「野菜」が「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」である旨の説明をしたが,その際,その最高値である「3.80ピコg/g」がせん茶についての測定値であることを明らかにせず,また,測定の対象となった検体の具体的品目,個数及びその採取場所についても,明らかにしなかった。さらに,I所長は,上記対談の中で,ほうれん草等の葉っぱ物は,ガス状のダイオキシン類を吸い込んで葉の組織の一部に取り込んでいること,所沢産の野菜のダイオキシン類濃度は,調べた中では突出して高いこと,体重40kgぐらいの子供が所沢産のほうれん草を20~100gぐらい食べるとWHOの耐容1日摂取量に達することなどを指摘して,主にほうれん草を例として挙げて,ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物のダイオキシン類汚染の深刻さや,その危険性について説明した。

 (6) 本件放送後の事情

 ア 本件放送の翌日以降,ほうれん草を中心とする所沢産の野菜について,取引停止が相次ぎ,その取引量や価格が下落した。
 イ 市農協は,平成11年2月9日,所沢産のほうれん草(出荷状態)から検出されたダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が1g当たり0.087~0.71pgTEQであり,里芋からは検出されなかったことを明らかにした。
 ウ 被上告人は,平成11年2月18日,本件番組において,本件放送でダイオキシン類の濃度が1g当たり3.80pgTEQもあるとされた検体が所沢産のせん茶であることを明らかにし,所沢市内のほうれん草生産農家に迷惑をかけたことを謝罪した。
 エ 環境庁,厚生省及び農林水産省が,平成11年2月16日から所沢市周辺を対象に野菜等のダイオキシン類調査を行ったところ,所沢産のほうれん草(出荷状態)から1g当たり0.0086~0.18pgTEQ,平均0.051pgTEQのダイオキシン類が検出され,また,埼玉県も同じころ同様の調査を行ったところ,所沢産のほうれん草(出荷状態)から1g当たり0.0081~0.13pgTEQ,平均0.046pgTEQのダイオキシン類が検出され,同年3月,これらの調査結果が公表された。
 3 原審は,上記の事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
 (1) 本件放送は,一般の視聴者にほうれん草等の所沢産の葉物野菜の安全性に対する信頼を失わせ,所沢市内において各種野菜を生産する上告人らの社会的評価を低下させ,上告人らの名誉を毀損したものと認められる。
 (2) 本件放送は,野菜等農産物のダイオキシン類の汚染実態やダイオキシン類摂取による健康被害等についての多数の調査報告を取り上げ,ダイオキシン類の危険性を警告しようとするものであり,その関係において所沢産の野菜のダイオキシン類の汚染の実態についての調査結果を報道するものであるから,そのこと自体は,公共の利害に関するものであることが明らかである。
 また,被上告人の報道機関としての社会的使命及びダイオキシン類問題に関する従前からの取組等を勘案すると,本件放送は,専ら公益を図る目的で行われたものと認めることができる。
 (3)ア 本件放送で摘示された事実のうち,本件要約部分を除く部分については,その重要な部分がすべて真実であると認められる。
 イ 本件要約部分については,所沢産の野菜のダイオキシン類濃度として摘示された測定値「0.64~3.80pgTEQ」のうち,「0.64pgTEQ」は,壱株式会社が調査した所沢産のほうれん草から検出された数値であるが,「3.80pgTEQ」は,壱株式会社が調査した所沢産のせん茶から検出された数値であって野菜から検出された数値ではないから,壱株式会社の調査結果のみによって上記摘示された事実が真実であることは証明されていない。
 しかし,辛教授らの前記調査により所沢産の白菜(1検体)から1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出されており,コプラナーPCBを含めた場合のダイオキシン類濃度は,これを含めない場合の約1.1~1.3倍になると認められるから,上記白菜のダイオキシン類の濃度は,コプラナーPCBを含めれば,1g当たり3.80pgTEQに匹敵することになり,本件放送当時,所沢産の野菜の中に1g当たり3.80pgTEQのダイオキシン類を含むものが存在したことは真実であると認められる。
 そして,3.80pgTEQのダイオキシン類の濃度を示す所沢産の野菜が,壱株式会社の調査に係るものであるか,他の調査に係るものであるかという点は,それが所沢産の野菜の安全性に関する理解を根本的に左右するに至るまでのものではなく,ダイオキシン類による農作物の汚染の実態及びそれによる人体への健康影響を明らかにしようとする上で,所沢市で栽培された野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果があることを報道することが本件放送の趣旨であることに鑑みれば,本件放送による報道において提示された事実の主要な部分に当たらないというべきである。そうすると,本件要約部分については,所沢産の野菜から1g当たり3.80pgTEQのダイオキシン類が検出されたとの重要な部分につき真実性の証明があったと解するのが相当である。
 ウ 従って,本件放送により摘示された事実については,その重要な部分がすべて真実であると認められるから,本件放送による名誉毀損については,違法性が阻却され,被上告人の上告人らに対する不法行為は成立しない。
 4 しかし,原審の上記(1),(2)の判断は是認できるが,(3)イ,ウの判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 新聞記事等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(新聞報道に関する最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日判決・民集10巻8号1059頁参照),テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても,同様に,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。
 そして,テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビジョン放送をされる報道番組においては,新聞記事等の場合とは異なり,視聴者は,音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり,録画等の特別の方法を講じない限り,提供された情報の意味内容を十分に検討したり,再確認したりすることができないものであることからすると,当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については,当該報道番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,判断すべきである。

 このような見地に立って,本件をみるに,前記の事実関係によれば,次のことが明らかである。① 本件放送の後半のI所長との対談の冒頭部分で,Jキャスターは,今夜は,壱株式会社が所沢市の野菜のダイオキシン類汚染の調査をした結果である数字を,あえて本件番組で発表するとした上で,本件フリップを示して「野菜のダイオキシン濃度」が「所沢(壱株式会社調べ)0.64~3.80ピコg/g」であると述べ,上記対談の中で,I所長は,本件フリップにある「野菜」が「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」である旨の説明をしたが,その際,その最高値である「3.80ピコg/g」がせん茶についての測定値であることを明らかにせず,また,測定の対象となった検体の具体的品目,個数及びその採取場所についても,明らかにしなかった。② I所長は,上記対談の中で,主にほうれん草を例として挙げて,ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物のダイオキシン類汚染の深刻さや,その危険性について説明した。③ 本件放送の前半の録画映像部分においては,所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し,その焼却灰が畑に降り注いでいること,市農協は,所沢産の野菜のダイオキシン類の分析調査を行ったが,農家や消費者からの調査結果の公表の求めにもかかわらず,これを公表していないこと等,所沢産の農産物,とりわけ野菜のダイオキシン類汚染の深刻さや,その危険性に関する情報を提供した。④ 本件放送の翌日以降,ほうれん草を中心とする所沢産の野菜について,取引停止が相次ぎ,その取引量や価格が下落した。
 これらの諸点にかんがみると,本件放送中の本件要約部分等は,ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり,その測定値は,壱株式会社の調査結果によれば,1g当たり「0.64~3.80pgTEQ」であるとの事実を摘示するものというべきであり(以下,この摘示された事実を「本件摘示事実」という。),その重要な部分は,ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり,その測定値が1g当たり「0.64~3.80pgTEQ」もの高い水準にあるとの事実であるとみるべきである。
 (2) 次に,本件摘示事実の重要な部分について,それが真実であることの証明があったか否かについてみるに,前記確定事実によれば,壱株式会社の調査結果は,各検体1g当たりのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の測定値が,せん茶(2検体)は3.60pgTEQ及び3.81pgTEQであり,ほうれん草(4検体)は0.635pgTEQ,0.681pgTEQ,0.746pgTEQ及び0.750pgTEQであり,大根の葉(1検体)は0.753pgTEQであったというのであり,本件放送を視聴した一般の視聴者は,本件放送中で測定値が明らかにされた「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」にせん茶が含まれるとは考えないのが通常であること,せん茶を除外した測定値は0.635~0.753pgTEQであることからすると,上記の調査結果をもって,本件摘示事実の重要な部分について,それが真実であることの証明があるといえないことは明らかである。
 また,本件放送が引用をしていない辛教授らが行った前記調査の結果は,「所沢産」のラベルが付けられた白菜(1検体)から1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出され,所沢市内で採取されたほうれん草(1検体)から1g当たり0.859pgTEQのダイオキシン類が検出されたというものである。前記の本件摘示事実の重要な部分は,ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり,その測定値が1g当たり「0.64~3.80pgTEQ」もの高い水準にあることであり,一般の視聴者は,放送された葉物野菜のダイオキシン類汚染濃度の測定値,とりわけその最高値から強い印象を受け得ることにかんがみると,その採取の具体的な場所も不明確な,しかもわずか1検体の白菜の測定結果が本件摘示事実のダイオキシン類汚染濃度の最高値に比較的近似しているとの上記調査結果をもって,本件摘示事実の重要な部分について,それが真実であることの証明があるということはできないものというべきである。
 したがって,原審の確定した前記の事実関係の下において,本件摘示事実の重要な部分につき,それが真実であることの証明があるとはいえない。
 (3) そうすると,以上判示したところと異なる見解に立って,本件摘示事実の重要な部分につき,辛教授らによる上記調査の結果をもって真実であることの証明があるものとして,名誉毀損の違法性が阻却されるものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人らの被上告人に対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして,本件については,本件摘示事実による名誉毀損の成否等について更に審理を尽くさせる必要があるから,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官泉徳治の補足意見がある(略)。
   最高裁裁判長裁判官横尾和子 裁判官深澤武久,同甲斐中辰夫,同泉 徳治,同島田仁郎

公立小学校の通知表交付をめぐる混乱についての批判論評のビラ配布が名誉侵害としての違法性を欠く(最判平成元年12月21日民集43巻12号2252頁)

公立小学校の通知表交付をめぐる混乱についての批判論評のビラ配布行為が名誉侵害としての違法性を欠くとされた事例

       主   文

 一 原判決及び第一審判決中上告人敗訴部分を次のとおり変更する。

  1 上告人は,(一) 被上告人A1,同A2,同A3,同A4及び同A5を除くその余の被上告人らに対し,各金二万円及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員,(二) 被上告人A1及び同A2に対し,金二万円及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員,(三) 被上告人A3,同A4及び同A5に対し,金二万円及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

  2 被上告人らのその余の請求を棄却する。

 二 訴訟の総費用は,これを三分し,その二を上告人の,その余を被上告人らの各負担とする。

       理   由

 上告代理人清川光秋の上告理由第二について
一 原審が適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 小学校におけるいわゆる通知表(以下「通知表」という。)は,法定表簿ではないが,学校が児童の学校生活の状況を保護者に知らせて家庭との連携を図り,教育を効果的に行うため,各学校において児童の発達段階や学校の実情等を考慮し適切な記載内容を定めることが必要であるとされており(文部省初等中等教育局長通知),通常は,一学年分の表簿とされ,各教師において各学期の終了前に指導要録及び成績一覧表に基づいて記入し,評定上の偏り及び表現上の過誤等を校長が査閲して決裁した上,終業式当日に各担任教師から児童を通じて各家庭に配布される。
 2 長崎市内の公立小学校において,通知表の様式及び評定記載方法をめぐる論争が展開され,昭和五三年度の第一学期に一部の学校において三段階絶対評価方式を五段階相対評価方式に改めたのを契機とし,これに反対する教師が終業式当日に通知表を児童に交付しないなどの混乱を生じ,昭和五五年の第一学期には両方式を併用した長崎市小学校校長会作成の通知表の新様式(以下「校長会案」という。)が三二校で採用されたが,うち二十数校の担任教師が到達度評価欄の記載方法について反対し,第一学期及び第二学期の各終業式当日に一部の学校で通知表が児童に交付されない事態に至り,昭和五六年一月の第三学期開始時になお七校五六クラスで交付されなかった。
 3 被上告人ら(被上告人甲1及び同甲2につき訴訟承継前の第一審原告甲6を,被上告人甲3,同甲4及び同甲5につき訴訟承継前の第一審原告甲7を指す。以下同じ。)は,長崎市内の公立小学校に勤務する教師であるが,長碕県教職員組合(以下「組合」という。)に所属し,校長は各教師の教育活動について指示権を有するものではないとの立場に立ち,その各勤務先学校において,昭和五五年度の第二学期に,校長会案に反対して通知表を各校長の指示どおりに記入せず,その決裁を得られないため児童に交付しなかった。
 4 この間,右のような事態が長崎市内の教育関係者のみならず一般市民の間でも大きな関心事になっていたところ,かねてより教育問題等について言論活動をしていた上告人は,自己の収集した資料に基づき,被上告人らが右のとおり通知表を交付しなかった事実を確認し,これが組合の指示の下に組合に所属する教師が学校当局に対して行う抗争であるとの認識に立ち,昭和五六年二月初旬ころ,長崎県教育正常化父母の会なる実体のない団体の作成名義をもって「父母の皆さん,そして市民の皆さん」と題する第一審判決添付別紙三の乙四版大のビラ(以下「本件ビラ」という。)約五〇〇〇枚を作成した上,これを被上告人らの勤務先学校の児童の下校時に手渡し,各校区内の家庭の郵便受に投函し,更には長崎市内の繁華街で通行人に手渡して配布した(以下「本件配布行為」という。)。
 
5 本件ビラには,通知表の交付をめぐる混乱の経過,通知表の性格,被上告人らが校長会案に反対して各勤務先学校の校長の決裁を得られない状態にあったことなどについて上告人の立場からする詳細な記述がされている一方,その本文中において,「教師としての能力自体を疑われるような『愚かな抵抗』」,「教育公務員としての当然の責任と義務を忘れ」,「お粗末教育」,「有害無能な教職員」等の表現が用いられ,本文に続く「通知表問題でわかった有害無能な教職員の一覧表」と題する一覧表に被上告人らの各勤務先学校名・担任クラス・氏名・年齢・住所・電話番号が個別的に記載された。
 6 被上告人らは,本件配布行為ののち,担任クラスの児童,その父母及び隣人等から本件ビラの内容につき質問や誤解を受けて困惑し,中には,深夜等に非難攻撃の匿名電話や嫌がらせの無言電話が自宅に繰り返し掛かり,「無能先生は再び氏名公表」などと印刷した差出人名のない葉書が舞い込み,勤務先学校及び自宅付近で右翼団体の宣伝カーのスピーカーにより氏名等を連呼され,家族に対してまで非難の宣伝をされた者がおり,その余の者も,右事実を知り,同様の攻撃を受けるのではないかと落ち着かない気持ちで毎日を送った。
 二 原審は,右事実関係の下において,(1) 本件配布行為は被上告人らの社会的評価を低下させる行為に当たる,(2) 本件ビラの内容は,公共の利害に関するものではあっても,被上告人らが組合員であるとの一事からその人格攻撃にまで及び,いわば架空の団体名義を用い,組合所属の教師に対する反感ないし敵意の表出として専らこれを揶揄誹謗するものであり,上告人において被上告人らと立場を異にする側からの非難攻撃を期待していたのであるから,専ら又は主として公益を図る目的に出たものとはいえない,(3) 公務員である被上告人らが校長会案に反対して各校長の決済を得られない状態にあったとする点は事実に合致するが,これにより職務命令違反が成立するとしても,校長の職務権限及び教師の教育活動についての見解の相違に基づくものであり,組合の組織的統一行動ではなく,被上告人らが有害無能な教職員でその教育活動の内容が粗末であるともいえず,事実の証明がないことに帰するから違法性は阻却されない,とした上,名誉感情及び社会的名誉の侵害並びに非難攻撃等による精神的苦痛に対する慰謝料各一〇万円及びこれに対する不法行為より後の昭和五六年三月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払と長崎市内において発行される長崎新聞の社会面広告欄に謝罪広告を一回掲載すべきことを求める被上告人らの本訴請求につき,上告人に対し慰謝料各五万円及びこれに対する右遅延損害金の支払と使用文字等を申立より小さな仕様による右謝罪広告の掲載を求める限度においてこれを認容すべきものとしている。
 
三 しかし,上告人の名誉侵害の不法行為責任を肯認した原審の右判断は,にわかに首肯できない。その理由は次のとおりである。 
公共の利害に関する事項について自由に批判,論評を行うことは,もとより表現の自由の行使として尊重されるべきものであり,その対象が公務員の地位における行動である場合には,右批判等により当該公務員の社会的評価が低下することがあっても,その目的が専ら公益を図るものであり,かつ,その前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは,人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉侵害の不法行為の違法性を欠くものというべきである。このことは,当裁判所の判例(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁,昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁,昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日判決・民集四一巻三号四九〇頁)の趣旨に徴して明らかであり,ビラを作成配布することも,右のような表現行為として保護されるべきことに変わりはない。
 本件において,前示のような本件ビラの内容からすれば,本件配布行為は,被上告人らの社会的評価を低下させることがあっても,被上告人らが,有害無能な教職員でその教育内容が粗末であることを読者に訴え掛けることに主眼があるとはにわかに解し難く,むしろ右行為の当時長崎市内の教育関係者のみならず一般市民の間でも大きな関心事になっていた小学校における通知表の交付をめぐる混乱という公共の利害に関する事項についての批判,論評を主題とする意見表明というべきである。本件ビラの末尾一覧表に被上告人らの氏名・住所・電話番号等が個別的に記載された部分も,これに起因する結果につき人格的利益の侵害という観点から別途の不法行為責任を問う余地のあるのは格別,それ自体としては,被上告人らの社会的評価に直接かかわるものではなく,また,本件ビラを全体として考察すると,主題を離れて被上告人らの人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しているということもできない。そして,本件ビラの右のような性格及び内容に照らすと,上告人の本件配布行為の主観的な意図及び本件ビラの作成名義人が前記のようなものであっても,そのことから直ちに本件配布行為が専ら公益を図る目的に出たものに当たらないということはできず,更に,本件ビラの主題が前提としている客観的事実については,その主要な点において真実であることの証明があったものとみて差し支えないから,本件配布行為は,名誉侵害の不法行為の違法性を欠く
 してみると,被上告人らの本訴請求中,上告人の被上告人らに対する名誉侵害の不法行為責任を前提として新聞紙上への謝罪広告の掲載を求める部分(慰謝料請求に関する部分については後に判示するとおりである。)は,失当として棄却すべきものである。従って,原判決中,右請求部分につき一部認容した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した部分には,法令の解釈適用の誤り,ひいて理由不備の違法があるものというべく,右津法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,この趣旨をいう論旨は理由がある。
 同第一について
 上告人の本件配布行為ののち,被上告人らの中には,電話,葉書,スピーカーによる嫌がらせや非難攻撃を繰り返し受け,家族に対してまで非難の宣伝をされた者があり,その余の者も右事実を知り同様の攻撃等を受けるのではないかと落ち着かない気持ちで毎日を送ったことは前示のとおりである。被上告人らの社会的地位及び当時の状況等に鑑みると,現実に右攻撃等を受けた被上告人らの精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度内にあるということはできず,その余の被上告人らの精神的苦痛も,その性質及び程度において,右攻撃等を受けた被上告人らのそれと実質的な差異はないというべきところ,原審が適法に確定したところによると,被上告人らの氏名・住所・電話番号等を個別的に記載した本件ビラを大量に配布すれば右のような事態が発生することを上告人において予見していたか又は予見しなかったことに過失がある,というのであるから,被上告人らは上告人の本件配布行為に起因して私生活の平穏などの人格的利益を違法に侵害されたものというべきであり,上告人はこれにつき不法行為責任を免れないといわざるを得ない。ところで,被上告人らは,本件配布行為により名誉及び名誉感情と同時に右のような人格的利益をも違法に侵害されたとして,その精神的苦痛に対する慰謝料各一〇万円の支払を請求し,原審は,これらに対する慰謝料として被上告人らにつき各五万円を認容した第一審判決を維持しているが,上告人の名誉侵害の不法行為責任を肯認し得ないことは前記説示のとおりであるところ,原審が確定した前示事実関係に照らすと,被上告人らが上告人の本件配布行為に起因して人格的利益を侵害されたことのみによる精神的苦痛に対する慰謝料としては,被上告人らにつき各二万円が相当であるから,被上告人らの本訴請求中,慰謝料の支払を求める部分は,上告人に対し各二万円及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものである。従って,原判決中,被上告人らの右請求部分につき右金員を超えて一部認容した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した部分には,理由不備の違法があるものというべく,論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。
よって,原判決及び第一審判決中上告人敗訴部分を前記の趣旨に変更し,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,九六条,八九条,九三条,九二条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官佐藤哲郎,裁判官角田禮次郎,同大内恒夫,同四ツ谷巖,同大堀誠一

柳美里 石に泳ぐ魚事件-名誉,プライバシーの侵害に基づく小説出版の差止め(最判平成14年9月24日裁判集民事207号243頁)

名誉,プライバシー等の侵害に基づく小説の出版の差止めを認めた原審の判断に違法がないとされた事例【】

       主   文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

       理   由

 上告代理人岡田宰,同舟木亮一,同復代理人広津佳子の上告理由及び上告受理申立て理由第3について
 1 本件は,原審控訴人甲(以下「甲」という。)が執筆し,上告人乙(以下「上告人乙」という。)が編集兼発行者となって上告人株式会社新潮社(以下「上告人新潮社」という。)が発行した雑誌において公表された小説「石に泳ぐ魚」によって名誉を毀損され,プライバシー及び名誉感情を侵害されたとする被上告人が,甲及び上告人らに対して慰謝料の支払を求めるとともに,甲及び上告人新潮社に対し,同小説の出版等の差止めを求めるなどしている事案である。原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,昭和44年に東京都で生まれた韓国籍の女性であり,同55年以降韓国に居住してきたが,韓国ソウル市内の丙大学を卒業した後の平成5年に来日し,丁大学の大学院に在籍していた。被上告人は,幼少時に血管奇形に属する静脈性血管腫にり患し,幼少時からの多数回にわたる手術にもかかわらず完治の見込みはなく,その血管奇形が外ぼうに現れている。また,被上告人の父は,日本国内の大学の国際政治学の教授であったが,昭和49年に講演先の韓国においてスパイ容疑で逮捕され,同53年まで投獄された。
 甲は,昭和43年生まれの著名な劇作家,小説家であり,平成9年には芥川賞を受賞するなどしている。
 被上告人と甲は,平成4年8月に甲が訪韓した際に知り合い,交友関係を持つようになり,甲が日本に帰国した後も手紙等のやり取りをしていた。
 (2) 甲は,「石に泳ぐ魚」と題する小説(以下「本件小説」という。)を執筆し,これを,上告人乙が編集兼発行者で,上告人新潮社が発行する雑誌「新潮」平成6年9月号において公表した。本件小説には,被上告人をモデルとする「朴里花」なる人物が全編にわたって登場する。本件小説中の「朴里花」は,小学校5年生まで日本に居住していた日本生まれの韓国籍の女性で,被上告人が卒業した韓国ソウル市内の丙大学を卒業し,被上告人が在籍している丁大学の大学院に在籍して被上告人の専攻と同一の学科を専攻しており,その顔面に完治の見込みのない腫瘍がある。また,「朴里花」の父は,日本国内の大学の国際政治学の教授をしていたが,講演先の韓国でスパイ容疑により逮捕された経歴を持っていることなど,「朴里花」には被上告人と一致する特徴等が与えられている。一方で,本件小説中において,「朴里花」が高額の寄附を募る問題のあるかのような団体として記載されている新興宗教に入信したとの虚構の事実が述べられている。さらに,本件小説中において,「朴里花」の顔面の腫瘍につき,通常人が嫌う生物や原形を残さない水死体の顔などに例えて描写するなど,異様なもの,悲劇的なもの,気味の悪いものなどと受け取られるか烈な表現がされている。
 (3) 被上告人は,上記雑誌において本件小説が公表されたことを知ってこれを読むまで,甲が被上告人をモデルとした人物が登場する本件小説を執筆していたことを知らず,また,本件小説の公表を知った後も,甲に対し,本件小説の公表を承諾したことはなかった。
 被上告人は,本件小説を読み,本件小説に登場する「朴里花」が自分をモデルとしていることを知るとともに,甲を信頼して話した私的な事柄が本件小説中に多く記述されていること等に激しい憤りを感じ,これにより,自分がこれまでの人生で形成してきた人格がすべて否定されたような衝撃を覚えた。
 (4) 上告人新潮社は,本件小説の日本語版の販売等を行う権利を有している。
 2 以上の事実関係の下で,原審は,次のとおり判断し,甲,上告人新潮社及び上告人乙に対して100万円の慰謝料並びにこれに対する遅延損害金の連帯支払を命じ,また,甲及び上告人新潮社らに対し,本件小説の出版等の差止めを命じるべきものであるなどとした。
 (1) 本件小説中の「朴里花」と被上告人とは容易に同定可能であり,本件小説の公表により,被上告人の名誉が毀損され,プライバシー及び名誉感情が侵害されたものと認められる。
 (2) 本件小説の公表により,被上告人は精神的苦痛を被ったものと認められ,その賠償額は,1審判決が肯認し,被上告人が不服を申し立てていない金額である100万円を下回るものではないと認められる。甲及び上告人らは,被上告人に対し,連帯して100万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務がある。

 (3) 人格的価値を侵害された者は,人格権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは,侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ,予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。
 被上告人は,大学院生にすぎず公的立場にある者ではなく,また,本件小説において問題とされている表現内容は,公共の利害に関する事項でもない。さらに,本件小説の出版等がされれば,被上告人の精神的苦痛が倍加され,被上告人が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるおそれがある。そして,本件小説を読む者が新たに加わるごとに,被上告人の精神的苦痛が増加し,被上告人の平穏な日常生活が害される可能性も増大するもので,出版等による公表を差し止める必要性は極めて大きい。

 以上によれば,被上告人の甲及び上告人新潮社らに対する本件小説の出版等の差止め請求は肯認されるべきである。

 3 原審の確定した事実関係によれば,公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉,プライバシー,名誉感情が侵害されたものであって,本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。従って,人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はなく,この判断が憲法21条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和41年(あ)第2472号同44年6月25日大法廷判決・刑集23巻7号975頁,最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)の趣旨に照らして明らかである。論旨はいずれも採用できない。
    最高裁裁判長裁判官上田豊三 裁判官 金谷利廣,同奥田昌道,同濱田邦夫

憲法第二一条,新聞記者の取材源についての証言と刑訴法上の証言拒絶権(最判昭和27年8月6日刑集6巻8号974頁)

憲法第二一条,新聞記者の取材源についての証言と刑訴法上の証言拒絶権
       主   文
 本件上告を棄却する。
       理   由
 弁護人岩田宙造,同芦苅直己の上告趣意第一点及び弁護人海野普吉の上告趣意第二点について。
 刑訴一四三条は「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いては何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定し,一般国民に証言義務を課しているのである。証人として法廷に出頭し証言することはその証人個人に対しては多大の犠牲を強いるものである。個人的の道義観念からいえば秘密にしておきたいと思うことでも証言しなければならない場合もあり,またその結果,他人から敵意,不信,怨恨を買う場合もあるのである。そして,証言を必要とする具体的事件は訴訟当事者の問題であるのにかかわらず,証人にかかる犠牲を強いる根拠は実験的真実の発見によって法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり,証人の証言を強制することがその使命の達成に不可欠なものであるからである。従って,一般国民の証言義務は国民が司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務であるといわなけれならない。ところで,法律は一般国民の証言義務を原則としているが,その証言義務が免除される場合を例外的に認めているのである。すなわち,刑訴一四四条乃至一四九条の規定がその場合を列挙しているのであるが,なお最近の立法としては,犯罪者予防更生法五九条に同趣旨の規定を見るのである。これらの証言義務に対する例外規定のうち,刑訴一四六条は憲法三八条一項の規定による憲法上の保障を実現するために規定された例外であるが,その他の規定はすべて証言拒絶の例外を認めることが立法政策的考慮から妥当であると認められた場合の例外である。そして,一般国民の証言義務は国民の重大な義務である点に鑑み,証言拒絶権を認められる場合は極めて例外に属するのであり,また制限的である。従って,前示例外規定は限定的列挙であって,これを他の場合に類推適用すべきものでないことは勿論である。新聞記者に取材源につき証言拒絶権を認めるか否かは立法政策上考慮の余地のある問題であり,新聞記者に証言拒絶権を認めた立法例もあるのであるが,わが現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから,刑訴一四九条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することのできないことはいうまでもないところである。それ故,わが現行刑訴法は勿論旧刑訴法においても,新聞記者に証言拒絶権を与えなかったものであることは解釈上疑を容れないところである。論旨は,新聞は民主政治の下においては民衆の健全な判断の基礎となる材料を提供するものであるから,この意味において単に営利企業たるに止まらず,社会の公器たる性質を有するものである。そして,一切の表現の自由は憲法二一条一項によって保障されているところであり,この表現の自由を達成するためには新聞記者の取材の方法も自由でなければならない。また,取材の自由を維持するためには取材源を秘匿する必要があるのであって,ここに取材源を秘匿することが新聞記者の倫理であり,権利であると考えられる理由がある。かく取材源を秘匿することは材料提供者に対する道義であるばかりでなく,実に新聞そのものの表現の自由を護る上において絶対に必要な手段となるものであって,これが世界共通の新聞倫理である。それ故,取材源の秘匿は表現の自由を保障した憲法二一条一項により保護されなければならないから,新聞記者が取材源につき証言を拒絶する場合は刑訴一六一条にいわゆる「正当の理由」ある場合に該当するものといわねばならない。然らば,原判決が新聞記者の取材源につき証言を拒絶する場合を正当の理由に該らないものとしたのは表現の自由を保障した憲法二一条に違反するものである,と主張する。
 しかし,憲法の右規定は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであつて,新聞記者に特種の保障を与えたものではない。それゆえ,もし論旨の理論に従うならば,一般人が論文ないし随筆等の起草をなすに当つてもその取材の自由は憲法二一条によつて保障され,その結果その取材源については証言を拒絶する権利を有することとなるであろう。憲法の保障は国会の制定する法律を以ても容易にこれを制限することができず,国会の立法権にまで非常な制限を加えるものであつて,論旨の如く次ぎから次ぎえと際限なく引き延ばし拡張して解釈すべきものではない。憲法の右規定の保障は,公の福祉に反しない限り,いいたいことはいわせなければならないということである。未だいいたいことの内容も定まらず,これからその内容を作り出すための取材に関しその取材源について,公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして,証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。論旨では新聞記者の特種の使命,地位等について云為するけれども,憲法の右保障は一般国民に平等に認められたものであり,新聞記者に特別の権利を与えたものでないこと前記のとおりである。国民中の或種特定の人につき,その特種の使命,地位等を考慮して特別の保障権利を与うべきか否かは立法に任せられたところであつて,憲法二一条の問題ではない。それゆえ,同条を基礎として原判決を攻撃する論旨は理由がない。

 弁護人岩田宙造,同芦苅直己の上告趣意第二点について。
 論旨は,刑訴一四六条及び一四七条がいずれも憲法三八条一項の規定に基ずき設けられたものであることを,立論の前提としているのである。そして,刑訴一四六条が右憲法の規定に基ずくものであることはすでに説明したとおりである。しかし,右憲法の規定にいわゆる「自己」というのは供述者本人に限定せらるべきであって,刑訴一四七条に規定する近親者を包含しない趣旨であると解すべきである。従って,刑訴一四七条の規定は憲法三八条一項によって保障される範囲ではなく,証人と一定の身分関係ある者との近親的情誼を顧慮して,証言拒絶権を与えることが立法政策上妥当であると認めたものに外ならないのである。然らば,所論違憲論のうち刑訴一四七条に関する部分は,その前提においてすでに失当である。
 次に,刑訴一四六条が憲法三八条一項に基ずく規定であることは前記のとおりであるから,もし被疑者不特定の場合に刑訴二二六条により証人に証言を強制することが右刑訴一四六条の規定に違反するものであれば,それは同時に右憲法の条項に違反するものといえるであろう。しかし,証人自身が刑事訴追又は有罪判決を受ける虞があるかどうかは,その求められている証言の内容の如何により自ら判定し得べきことは原判決の説示するとおりであり,そしてこの事は本件の具体的の場合についてばかりでなく,一般論としても言い得るところである。従って,原判決が被疑者不特定のため刑訴一四六条による証言拒絶権を奪うことにならないと判示したことは固より正当であって,この点に関する所論はその理由がない。
 弁護人海野普吉の上告趣意第一点について。
 刑訴法は捜査については,原則として強制捜査権を認めていないのであるから,捜査官が捜査の目的を達するために証人尋問の必要ありと認めた場合には,刑訴二二六条に規定する条件の下に,検察官からこれを裁判官に請求すべきものとしているのである。そして,右の請求を受けた裁判官はこれを相当と認めた場合には,証人を尋問することができるのであり,召喚を受けた証人が証言義務を負担するものであることはいうまでもないところであって,本案被疑事件が爾後の捜査の結果犯罪の嫌疑十分ならずとして不起訴処分となり,或は本案被告事件が後日罪とならず又は犯罪の証明なしとして無罪となっても,その証拠調手続が遡って違法無効となるものでないことは疑のないところであるから,証人は被疑事実が客観的に存在しないことを理由として証言を拒むことを得ないものといわなければならない。従って,検察官が刑訴二二六条により裁判官に証人尋問の請求をするためには,捜査機関において犯罪ありと思料することが相当であると認められる程度の被疑事実の存在があれば足るものであって,被疑事実が客観的に存在することを要件とするものではないことは,原判決の説示するとおりである。固より捜査機関が犯罪ありと思料すべき何等の根拠もないにかかわらず,故意に架空な事実を想定して捜査を開始し,刑訴二二六条により証人尋問の請求をしたとすれば,それは明らかに捜査に名を藉る職権の濫用である。しかし,本件において原判決は次のとおり判断しているのである。すなわち,松本市警察署司法警察員が昭和二四年四月二四日松本簡易裁判所裁判官に対し松本税務署員甲に対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し,翌二五日午前一〇時頃逮捕状の発付を得たが,同日午後三時頃朝日新聞松本支局の記者被告人石井清が同署捜査課長会田武平に対し甲に対する逮捕令状が発付になった旨を告げて,事件が如何に進展したかを聞きに来たこと,同人は知らない旨を答えたが,右の如く逮捕状発付の事実が外部に洩れた気配があったので,予定を変更して同日午後九時これを執行したこと,ところが翌二六日附朝日新聞長野版に該逮捕状請求の事実と逮捕状記載の被疑事実が掲載され,その文面の順序等が逮捕状記載と酷似していたことは,第一審でなされた証拠調の結果により明らかに認め得る事実である。そして,逮捕状の請求,発付の事実が執行前に外部に漏洩するときはその執行を困難ならしめ,ひいては捜査に重大な障害を与えるものであるから,当該逮捕状の請求,作成,発付の事務に関与する国家公務員たる職員については,右は明らかに国家公務員法一〇〇条にいわゆる職員の職務上知得した秘密に該当するものといわなければならない。然らば,以上の事実とその他の証拠を綜合すると,捜査機関において松本簡易裁判所及び同区検察庁の職員中の何人かが職務上知得した秘密を第三者に漏洩した国家公務員法違反罪の嫌疑が生じたものとして捜査を開始するを相当と認められる十分の理由があるものであるというのであって,所論の如く右被疑事実が単に噂に止まって疑の程度には達しないものであるということはできないのみならず,前示被疑事件につき捜査上必要ありと認めてなされた本件証人尋問の請求が検察官の職権濫用によるものであることは,全然これを認めることができないのである。従って,原判決が本件証人尋問の請求を刑訴二二六条に違反するものでないと判断したことは固より正当であり,その間何等所論の如き違憲の点があるとはいえないのである。また論旨は,刑訴二二六条が原判決の如く判断し得る旨を規定したものとするならば,同条もまた憲法一三条に違反すると主張する。しかし,原判決の判断の正当であることは前記説明のとおりであって,所論の如き理由から刑訴二二六条の規定を違憲であるということはできないから,論旨は到底採用できない。
 弁護人芦苅直己の上告趣意について。
 新聞記者に対し取材源につき証言を強制することが,表現の自由を保障した憲法二一条一項に違反するものでないことはすでに説明したとおりであるから,所論違憲論はその理由がない。,また論旨は,本案被疑事件が犯罪を構成せず,従ってその犯罪の成立を前提としてなされた被告人に対する刑訴二二六条に基づく証人尋問の請求は無効であると主張するが,本件証人尋問の請求については本案被疑事実が存在しており,その請求が無効でないことは前論旨に対して説明したとおりであるから,論旨はその理由がない。
 なお,本件については刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
 右は裁判官全員一致の意見である。
 裁判官長谷川太一郎は退官につき評議に関与しない。
 この公判には検察官安平政吉が出席した。
  昭和二七年八月六日
    最高裁裁判長裁判官田中耕太郎,裁判官霜山精一,同井上 登,同栗山 茂,同小谷勝重,同島 保,同斎藤悠輔,同藤田八郎,同河村又介,同谷村唯一郎。同沢田竹治郎は退官,同真野毅は出張につき署名押印できない。裁判長裁判官田中耕太郎

放送業者に対する放送法4条1項の訂正権(最判平成16年11月25日民集58巻8号2326頁)

放送事業者がした真実でない放送により権利の侵害を受けた本人等が放送法4条1項の規定に基づく訂正又は取消しの放送を求める私法上の権利の有無

       主   文

 原判決主文第一項2を破棄する。

 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。

 上告人のその余の上告を棄却する。

 訴訟の総費用は,これを4分し,その1を上告人の,その余を被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人米倉偉之ほかの上告受理申立て理由第4の2について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1)被上告人と甲の離婚に至る経緯
 ア 被上告人は,昭和47年10月,甲と婚姻し,長男(昭和49年2月生)と長女(昭和52年2月生)をもうけた。被上告人と甲との婚姻関係は,昭和54年7月ころ以降,甲が,転勤についての不満から家族に当たり散らし,飲み歩く等の身勝手な生活を続ける一方,被上告人が話合いを求めてもまともに取り合わないばかりか,被上告人への嫌がらせを繰り返したことから次第に険悪となり,被上告人は,昭和62年3月,甲に対し,理由を挙げて離婚したい旨を伝えた。
 イ しかし,甲は,その後も態度を改めず,昭和63年7月ころ以降は,被上告人と甲との間に会話がなくなり,用件は互いにメモで済ませるようになった。甲は,自ら希望して同年8月から平成2年7月まで単身赴任をして週末だけ帰宅するようになり,単身赴任が終わった後も,両者の家庭内別居の状態が続いた。
 ウ 被上告人は,この間の平成元年12月ころ,離婚を決意し,甲に対し,今後は第三者を交えての離婚の方向での話しか受け付けない旨申し入れたが,その後に親族を交えて相談しても甲はまともに話に応じようとしなかった。甲は,平成3年7月には被上告人に対し離婚を決意した旨の意思を表明し,同年11月には財産関係の書類を自宅から持ち出して離婚に備えた。
 エ 被上告人は,平成4年3月,離婚調停の申立てをし,甲との同居継続を望んだ長男を残して長女と共にアパートに転居し,平成5年2月,甲と調停離婚した。
 (2)本件放送とその概要
 ア 上告人は,平成8年6月8日(土曜日)午前8時35分から,泗辛壱総合テレビジョン番組「生活ほっとモーニング」において,「妻からの離縁状・突然の別れに戸惑う夫たち」と題する放送(以下「本件放送」という。)をした。本件放送は,中高年になってから離婚を経験した男女各2名が登場して同人らの発言や挿入されたナレーションによって各人の離婚の事例を紹介する事前収録部分と,司会のアナウンサー2名とゲスト3名とが事前収録部分を見て感想や意見を述べ,離婚に関連した議論を行うスタジオからの放送部分とにより構成されている。
 イ 甲は,事前収録部分に出演し,被上告人との離婚の経緯について語ったが,50代の男性で大手企業の管理職と紹介され,その氏名や具体的職場は紹介されなかったものの,本件放送では,甲及びその長男の顔はぼかしをかけずに放映された。
 ウ 本件放送は,第1審判決別紙三記載のとおりの放送を内容とするものであり,ナレーションとこれに続く甲の発言部分により,①甲は,結婚21年目に突然妻から離婚を要求されて離婚したが,離婚から4年を経過しても,妻がなぜ突然離婚を要求したのか理由が分からず,戸惑っていること,②甲の妻は,甲に対して突然離婚を切り出し,一方的に家を出て行ったこと,③甲の妻は,甲が仕事の都合で帰宅時間が深夜になることが増え始めたことに理解を示さずにいら立ちを募らせ,甲の行動に一々細かい注文をつけるようになり,甲と食事を共にすること等を避けるようになったこと,④甲の妻は,あらかじめ離婚の決意を固めて準備を整えた上で,ささいな離婚理由を挙げて離婚を迫り,甲は,妻の挙げる離婚理由を理解できないまま,離婚に応じさせられたことなどの事項を放送するものであった。
2 被上告人は,上告人に対し,本件放送により甲とその妻であった被上告人との離婚の経緯や離婚原因に関する真実でない事項の放送がされたことによって,被上告人の名誉が毀損され,プライバシーを侵害されたと主張して,民法709条,710条に基づく慰謝料等の支払,同法723条に基づく謝罪放送及び放送法(以下「法」という。)4条1項に基づく訂正放送を求めている。
 なお,被上告人の上記請求のうち,民法723条に基づく謝罪放送を求める部分については,原判決において請求を棄却すべきものとされ,これに対して被上告人から不服申立てがされていないので,上記部分は,当審における審理判断の対象とはなっていない。
 3 原審は,被上告人の損害賠償請求を一部認容するとともに,訂正放送請求を認容した。原審の判断中訂正放送請求に関する部分は,次のとおりである。
 (1)本件放送で放送された上記1(2)ウ①から④までの各事項は真実ではない。
 本件放送では甲及びその長男の顔はぼかしをかけずに放映されたのであるから,これが被上告人の夫又は息子であることを知る者が通常の注意力をもって本件放送を見ていれば,容易に本件放送が被上告人とその夫との離婚問題を取り上げていることに気付くものと認められ,本件放送は,被上告人のプライバシーを侵害したものというべきである。また,本件放送は,被上告人が夫である甲に対する思いやりのない,自己中心的で人間性に欠ける女性であるとの印象を与えるものということができるので,被上告人の名誉を毀損したものということができる。
 (2)法4条1項の規定は,放送事業者の放送により権利を侵害された者は,私法上の権利として,その放送のあった日から3か月以内にその放送事業者に対して訂正放送を求めることができることを規定したものと解するのが相当であり,放送事業者が請求を受けても訂正放送に応じない場合には,裁判によりその実現を求めることができるというべきである。
 被上告人は,本件放送のされた日から3か月以内に訂正放送の請求をしているから,上告人は,被上告人に対し,本件放送をした放送設備と同等の放送設備により,相当の方法で,前記1(2)ウ①から④までの各事項が真実でなかったことを明らかにする内容の訂正放送をする義務がある。その方法は,泗辛壱総合テレビジョン番組「生活ほっとモーニング」の土曜日の放送時間帯等において,原判決別紙記載の文章を2回繰り返して読み上げる方法で行うのが相当であり,法4条1項,56条の趣旨等にかんがみて,この訂正放送は,判決確定の日から1週間以内に行うべきである。
4 しかし,原審の上記3(2)の判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
法4条は,放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によって,その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人(以下「被害者」と総称する。)から,放送のあった日から3か月以内に請求があったときは,放送事業者は,遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して,その真実でないことが判明したときは,判明した日から2日以内に,その放送をした放送設備と同等の放送設備により,相当の方法で,訂正又は取消しの放送(以下「訂正放送等」と総称する。)をしなければならないとし(1項),放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも,上記と同様の訂正放送等をしなければならないと定めている(2項)。そして,法56条1項は,法4条1項の規定に違反した場合の罰則を定めている。

 このように,法4条1項は,真実でない事項の放送について被害者から請求があった場合に,放送事業者に対して訂正放送等を義務付けるものであるが,この請求や義務の性質については,法の全体的な枠組みと趣旨を踏まえて解釈する必要がある。憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において,法1条は,「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること」(1号),「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」(2号),「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(3号)という三つの原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを法の目的とすると規定しており,法2条以下の規定は,この三つの原則を具体化したものということができる。法3条は,上記の表現の自由及び放送の自律性の保障の理念を具体化し,「放送番組は,法律に定める権限に基く場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない」として,放送番組編集の自由を規定している。すなわち,別に法律で定める権限に基づく場合でなければ,他からの放送番組編集への関与は許されないのである。法4条1項も,これらの規定を受けたものであって,上記の放送の自律性の保障の理念を踏まえた上で,上記の真実性の保障の理念を具体化するための規定であると解される。そして,このことに加え,法4条1項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。前記のとおり,法4条1項は被害者からの訂正放送等の請求について規定しているが,同条2項の規定内容を併せ考えると,これは,同請求を,放送事業者が当該放送の真実性に関する調査及び訂正放送等を行うための端緒と位置付けているものと解するのが相当であって,これをもって,上記の私法上の請求権の根拠と解することはできない。

 したがって,被害者は,放送事業者に対し,法4条1項の規定に基づく訂正放送等を求める私法上の権利を有しないというべきである。

5 以上によれば,法4条1項に基づく訂正放送を命じた原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,上告理由について判断するまでもなく,原判決主文第一項2は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の訂正放送請求を棄却した第1審判決は結論において正当であるから,同項2に係る部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。

 なお,被上告人の損害賠償請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,上告を棄却することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

  最高裁裁判長裁判官 才口千晴 裁判官横尾和子,同甲斐中辰夫,同泉 徳治,同島田仁郎

民法723条にいう名誉(最判昭和45年12月18日民集24巻13号2151頁)

民法723条にいう名誉の意義
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人ら代理人荒木宏,同鈴木康隆の上告理由について。
 民法七二三条にいう名誉とは,人がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉を指すものであって,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情は含まないものと解するのが相当である。何故なら,同条が,名誉を毀損された被害者の救済処分として,損害の賠償のほかに,それに代えまたはそれとともに,原状回復処分を命じうることを規定している趣旨は,その処分により,加害者に対して制裁を加えたり,また,加害者に謝罪等をさせることにより被害者に主観的な満足を与えたりするためではなく,金銭による損害賠償のみでは填補されえない,毀損された被害者の人格的価値に対する社会的,客観的な評価自体を回復することを可能ならしめるためであると解すべきであり,従って,このような原状回復処分をもって救済するに適するのは,人の社会的名誉が毀損された場合であり,かつ,その場合にかぎられると解するのが相当であるからである。
 ところで,原審の確定したところによれば,上告人らが本件委嘱状の送付を受けたことにより毀損されたのは,同人らの社会的名誉またはそれと同視すべき同人らに対する政治的信頼ではなく,同人らの名誉感情にすぎるかったというのであり,そして,原審の右事実認定は,原判決(その引用する第一審決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らして,首肯することができるねいわけではないから,このような事実認定のもとにおいては,上告人らは,右委嘱状の送付を受けたことにより民法七二三条にいう名誉を毀損されたとして,同条所定の原状回復処分を求めることは許されるいものと解すべきである。
 してみれば,民法七二三条所定の原状回復処分としての謝罪文書の交付を求める上告人らの本訴請求を棄却した原審の判断は,その結論において,正当であり,従って,上告人らの右請求を棄却した原判決の違法をいう論旨は,結局,その理由がなく,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官城戸 芳彦 同村上朝一,同岡原昌男

特定新聞の社会一般的評価等とその記事による名誉棄損(最判平成9年5月27日民集51巻5号2009頁)

特定新聞の社会一般的評価等とその記事による名誉棄損の成否

       主   文

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人弘中惇一郎の上告理由第三点について
 一 本件は,被上告会社の発行する新聞に掲載された被上告人子の談話の紹介を内容に含む記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人らに対して損害賠償を請求するものであり,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告会社の発行する「夕刊フジ」紙の昭和六二年九月六日紙面に,第一審判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は,「丑 ヤケクソ証言出るゾ」等の見出しを付した七段抜きの記事である。
 2 上告人は当時妻を殺害しようとしたとの殺人未遂被告事件について有罪の一審判決を受けており,また,後に同人を殺害したとの殺人被疑事件についても捜査が進行中であったところ,本件記事の大要は,アメリカ合衆国の捜査当局が右殺人被疑事件について上告人を起訴する方針を固めたことを報じた後,推理小説作家である被上告子が,「『あくまで推理ですよ』と断りながら,事件は保険金を目当てにしたグループによる犯行で,丑は主犯クラスではないといい続けてきた」ことを紹介し,また,同被上告人が,その談話において,上告人が共犯者を明らかにしない理由について,「『丑自身が甲さん銃撃事件とは別に,主犯としてやった事件があるからだとにらんでいます。』『殴打事件(殺人未遂)の判決(東京地裁)は懲役六年。丑にとっては,六年ですめば御の字だからですよ。六年どころではない事件,主犯としてやった事件があるはず。』」と述べたことを紹介した後,「『全部バラしてやる』と丑が叫ばぬうちに口を封じたいと考えているヤツら,丑の爆弾発言におびえる黒い連中の影がチラチラしている。」と結んでいる。
 3 なお,上告人については,昭和五九年以来,前記各事件の嫌疑をめぐり,数多くの報道がされていた。
 二 原審は,右事実関係の下において,次のように判示して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 1 本件記事は,これを一読すれば,被上告人aが,客観的な根拠によらず,推理小説作家としての自由な立場から推理したところを紹介したものにすぎないことが明らかであり,一般読者によって,上告人が右推理どおりの行為を行ったと受け取られる可能性は小さかった。

 2 上告人は,本件記事が掲載された当時,前記の殺人未遂被告事件及び殺人被疑事件についての嫌疑の存在を前提とした社会的評価を受けており,同人の社会的評価は既に相当程度低下していた。

 3 本件記事の掲載された「夕刊フジ」紙は,通勤途上の会社員などを対象として,専ら読者の関心をひくように見出し等を工夫し,主に興味本位の内容の記事を掲載している新聞であるが,本件記事も,上告人についての殺人被疑事件の捜査報道に関連させて,推理小説作家のした推理を読者の興味をひくように幾分大仰に取り扱っているにすぎないものであり,一般読者にも,かねて右殺人被疑事件等の中心人物としてその言動が社会から注目されていた上告人に関する新たな興味本位の記事の一つとして一読されたにすぎない。

 三 しかしながら,原審の右判断のうち3の点は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

聞記事による名誉毀損にあっては,他人の社会的評価を低下させる内容の記事を掲載した新聞が発行され,当該記事の対象とされた者がその記事内容に従って評価を受ける危険性が生ずることによって,不法行為が成立するのであって,当該新聞の編集方針,その主な読者の構成及びこれらに基づく当該新聞の性質についての社会の一般的な評価は,右不法行為責任の成否を左右するものではないというべきである。けだし,ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照),たとい,当該新聞が主に興味本位の内容の記事を掲載することを編集の方針とし,読者層もその編集方針に対応するものであったとしても,当該新聞が報道媒体としての性格を有している以上は,その読者も当該新聞に掲載される記事がおしなべて根も葉もないものと認識しているものではなく,当該記事に幾分かの真実も含まれているものと考えるのが通常であろうから,その掲載記事により記事の対象とされた者の社会的評価が低下させられる危険性が生ずることを否定することはできないからである。

 四 そうすると,右とは異なり,本件記事が上告人の社会的評価を低下させる内容のものであることを認めながら,その掲載された新聞の編集方針等を考慮して,名誉毀損の成立を否定した原審の前記判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,原審において更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すのが相当である。

 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官園部逸夫,裁判官大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信,同山口 繁

特定事実を基礎とする意見論評の表明と真実性(最判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁)

一 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損において行為者が右事実を真実と信ずるにつき相当の理由がある場合の不法行為の成否

二 名誉毀損の成否が問題となっている新聞記事における事実の摘示と意見ないし論評の表明との区別

三 特定の者について新聞報道等により犯罪の嫌疑の存在が広く知れ渡っていたこととその者が当該犯罪を行ったと公表した者において右のように信ずるについての相当の理由

       主   文

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人喜田村洋一の上告理由について

 一 本件は,被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人に対して損害賠償を請求するものであり,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人の発行する「夕刊フジ」紙の昭和六〇年一〇月二日付け紙面の第一面に,原判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は,「『xは極悪人,死刑よ』夕ぐれ族・Xが明かす意外な関係」「『乙さんも知らない話…警察に呼ばれたら話します』」等の見出しを付した八段抜きの記事である。
 2 上告人は当時妻丙を殺害しようとしたとの殺人未遂被疑事件について逮捕,勾留されて取調べを受けていたところ,本件記事の大要は,(1)右殺人未遂被疑事件についての上告人の勾留期間の末日である同月三日が迫っており,捜査機関の上告人に対する取調べも大詰めを迎えているが,上告人は頑強に右事件への関与につき否認を続けていると報じた後,(2)夕ぐれ族ないし新夕ぐれ族なる名称でいわゆる風俗関係の営業をしているXが,同年初めころから上告人と相当親密な交際をしていた旨述べたとした上,「『xサンは女性に対して愛を感じないヒトみたい。あの人にとって,女性はたばこや食事と同じ。本当の極悪人ね。もう,(xと)会うことはないでしょう。自供したら,きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』。X嬢は『極悪人』『死刑』といい切るのである。なぜここまでいえるのか。『仕事とかお金とか事件のこととか,〈こんなこと私に話してもいいのかしら〉と奥さんの乙さんにも話していないようなことを話してくれました。内容はノーコメントですが,(警察に)呼ばれたら,話します』と非常に意味深である。」と記載し,(3)続いて,捜査の状況につき,「xは『否認のまま起訴』という見方が警視庁内では今,最も強い。」と報じた後,「しかし,『あきらめるのは,まだ早い。最終日を狙え』という外部の声もある。」として,「東京地検の元検事(中略)にいわせると,xは『知能犯プラス凶悪犯で,前代未聞の手ごわさ』という。『弱点を探り出すこと。弱さは自信や強さの裏返しで,xは何人もの女性を渡り歩き,女性に自信をもっているはず。それに,いまヤツの唯一の心の支えは女房だろう。そこで,女房にxを裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。〈女は簡単〉の自信が崩れ,大変なショックだろう』元検事は,このままならx否認のまま起訴とみる。『xもはじめから,そのつもりだったろう。起訴になって保釈請求も予定行動。この二年間の金もうけは,保釈金集めだったのじゃないかな。しかし,裁判所は保釈しないよ,絶対に。こりゃ,xはショックだ。どんなにがんばっても,必ずこの保釈不許可でダウンだよ。』とみる。」と結ぶものである。
 3 なお,上告人については,昭和五九年以来,右殺人未遂事件の嫌疑のほか,右殺人未遂の犯行後に妻丙を殺害したとの嫌疑等についても,数多くの報道がされていた。
 二 上告人は,本件記事のうち,「『xは極悪人,死刑よ』」との見出し部分(以下「本件見出し1」という。),「『乙さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』」との見出し(以下「本件見出し2」という。)及び本文中の「元検事にいわせると,xは『知能犯プラス凶悪犯で,前代未聞の手ごわさ』という。」との部分(以下「本件記述」という。)は,いずれも,上告人が右各記載のとおりの人物であると断定するものであり,上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張している。
  これに対し,原審は,以下のように判示して,上告人の請求を棄却した。
  本件見出し1等は,いずれも上告人の犯罪行為に関する事実についてのもので,公共の利害に関する事実に係るものであり,次に述べるとおり,被上告人については,これらに関し,名誉毀損による不法行為責任は成立しない。
 1 本件見出し1は,上告人に関する特定の行為又は具体的事実を,明示的に叙述するものではなく,また,これらを黙示的に叙述するものともいい難い。その上,これがXの談話であると表示されていることも考慮すると,右見出しは,意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして,この意見は,Xが,本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑を主要な基礎事実として,上告人との交際を通じて得た印象も加味した上,同人についてした評価を表明するものであることが明らかであり,右意見をもって不当,不合理なものということもできない。
 2 次に,本件見出し2は,Xが前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき何らかの事実又は証拠を知っていると受け取られるかのような表現を採ってはいるが,本件記事の通常の読者においてはXの戯言と受け取られるものにすぎないから,右見出しは,前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき嫌疑を更に強めるものとはいえず,本件見出し1と併せ考慮しても,これにより上告人の名誉が毀損されたとはいえない。
 3 最後に,本件記述は,上告人に関する特定の行為又は具体的事実を,明示的に叙述するものではなく,また,これらを黙示的に叙述するものともいい難いから,右は,やはり意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして,この意見は,東京地検の元検事と称する人物が,本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑並びに上告人に対する捜査状況を主要な基礎事実として,同人についてした評価と今後の捜査見込みを表明するものであるから,右意見をもって不当,不合理なものということもできない。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 新聞記事による名誉毀損の不法行為は,問題とされる表現が,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば,これが事実を摘示するものであるか,又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず,成立し得るものである。ところで,事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,右行為には違法性がなく,仮に右事実が真実であることの証明がないときにも,行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁,最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日判決・民集四一巻三号四九〇頁,最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして,仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも,事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると,行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。
 右のように,事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは,不法行為責任の成否に関する要件が異なるため,問題とされている表現が,事実を摘示するものであるか,意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。ところで,ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照),そのことは,前記区別に当たっても妥当するものというべきである。すなわち,新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について,そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも,当該部分の前後の文脈や,記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し,右部分が,修辞上の誇張ないし強調を行うか,比喩的表現方法を用いるか,又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ,間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当である。また,右のような間接的な言及は欠けるにせよ,当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると,当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば,同部分は,やはり,事実を摘示するものと見るのが相当である。
 2 以上を本件について見ると,次のとおりいうことができる。
 (一) まず,『xは極悪人,死刑よ』という本件見出し1は,これと一体を成す見出しのその余の部分及び本件記事の本文に照らすと,Xの談話の要点を紹介する趣旨のものであることは明らかである。ところで,本件記事中では,当時,上告人は,前記殺人未遂被疑事件について勾留されており近日中に公訴が提起されることも見込まれる状況にあったが,嫌疑につき頑強に否認し続けていたこと,Xはかねて上告人と相当親しく交際していたが,同人から,捜査機関の事情聴取に応ずるにも値すべき「事件のこと」に関する説明を受けたことがあること,その上で,Xが,上告人について,『本当の極悪人ね。(中略)自供したら,きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』と述べたことが紹介されているのである。右のような本件記事の内容と,当時上告人については前記殺人未遂事件のみならず殺人事件についての嫌疑も存在していたことを考慮すると,本件見出し1は,Xの談話の紹介の形式により,上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し,右事実を摘示するとともに,同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 (二) 次に,『乙さんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』という本件見出し2は,右(一)に述べた事情を考慮すると,やはりXの談話の紹介の形式により,上告人が前記の各犯罪を犯したと主張し,右事実を摘示するものと解するのが相当である。右談話は,その後の両名の相当親密な関係に立脚するものであることが本件記事中でも明らかとされており,本件記事が報道媒体である新聞紙の第一面に掲載されたこと,本件記事中にはXの談話内容の信用性を否定すべきことをうかがわせる記述は格別存在しないことなども考慮すると,本件記事の読者においては,右談話に係る事実には幾分かの真実も含まれていると考えるのが通常であったと思われる。そうすると,右見出しは,上告人の名誉を毀損するものであったというべきである。

 (三) 最後に,「この元検事にいわせると,aは『知能犯プラス凶悪犯で,前代未聞の手ごわさ』という。」という本件記述は,上告人に対する殺人未遂被疑事件についての前記のような捜査状況を前提としつつ,元検事が上告人から右事件について自白を得ることは不可能ではないと述べたことを紹介する記載の一部であり,当時上告人については右殺人未遂事件のみならず殺人事件についても嫌疑が存在していたことも考慮すると,本件記述は,元検事の談話の紹介の形式により,上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し,右事実を摘示するとともに,同事実を前提にその人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。

 3 もっとも,原判決は,本件見出し1及び本件記述に関し,その意見ないし論評の前提となる事実について,被上告人においてその重要な部分を真実であると信ずるにつき相当の理由があったと判示する趣旨と解する余地もある。

 しかしながら,ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき,これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても,このことから,直ちに,右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において,右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。けだし,ある者が実際に犯罪を行ったということと,この者に対して他者から犯罪の嫌疑がかけられているということとは,事実としては全く異なるものであり,嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなったという一事をもって,直ちに,その嫌疑に係る犯罪の事実までが証明されるわけでないことは,いうまでもないからである。

 これを本件について見るに,前記のとおり,本件見出し1及び本件記述は,上告人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが,原判決は,本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に,右嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく,その名誉毀損による不法行為責任の成立を否定したものであって,これを是認することができない。

 四 そうすると,右とは異なり,被上告人につき本件見出し等に関しての不法行為責任の成立を否定した原審の認定判断は,法令の解釈適用を誤ったものというべきであり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせる必要があるから,原審に差し戻すこととする。

 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官園部逸夫,裁判官大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信,同山口 繁

人格権等を根拠とする反論文掲載請求権最判昭和62年4月24日民集41巻3号490頁

ア人格権又は条理を根拠とする反論文掲載請求権
イ新聞紙上における政党間の批判・評論の意見広告
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人上田誠吉,同植木敬夫,同寺本勤,同渡辺脩,同橋本紀徳,同中田直人,同岡部保男,同斎藤鳩彦,同坂本修,同松井繁明,同青柳盛雄,同諌山博,同正森成二の上告理由第一点について
 憲法二一条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は,国又は地方公共団体の統治行動に対して基本的な個人の自由と平等を保障することを目的としたものであって,私人相互の関係については,たとえ相互の力関係の相違から一方が他方に優越し事実上後者が前者の意思に服従せざるをえないようなときであっても,適用ないし類推適用されるものでないことは,当裁判所の判例(昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁,昭和四二年(行ツ)第五九号同四九年七月一九日判決・民集二八巻五号七九〇頁)とするところであり,その趣旨とするところに徴すると,私人間において,当事者の一方が情報の収集,管理,処理につき強い影響力をもつ日刊新聞紙を全国的に発行・発売する者である場合でも,憲法二一条の規定から直接に,所論のような反論文掲載の請求権が他方の当事者に生ずるものでないことは明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に基づくものであって,採用できない。
 同第二点及び第三点について
 原審における上告人の主張によれば,(一) 昭和四八年一二月二日付αβ新聞紙上に掲載された第一審判決別紙第一目録掲載の広告(以下「本件広告」という。)は,上告人主張のいわゆる「八要件」(第一審判決四〇頁一四行目から四二頁三行目まで)が備わっている場合には,仮に憲法二一条に基づいては上告人の反論文掲載請求権が認められないとしても,条理に基づいて上告人の反論文掲載請求権が認められるべきであり,また,(二) 上告人主張のいわゆる「三要件」(原判決八枚目裏八行目から九枚目表五行目まで)が整えば,人格権に基づいて上告人が反論文掲載請求権を取得するというのであり,いずれの場合も不法行為の成立を前提とするものではないというのである。
 しかし,所論のような反論文掲載請求権は,これを認める法の明文の規定は存在しない。民法七二三条は,名誉を毀損した者に対しては,裁判所は,「被害者ノ請求ニ因リ損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコト」ができるものとしており,また,人格権としての名誉権に基づいて,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため侵害行為の差止を請求することができる場合のあることは,当裁判所の判例(昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁参照)とするところであるが,右の名誉回復処分又は差止の請求権も,単に表現行為が名誉侵害を来しているというだけでは足りず,人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであって,この前提なくして条理又は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。さらに,所論のような反論文掲載請求権は,相手方に対して,自己の請求する一定の作為を求めるものであって,単なる不作為を求めるものではなく,不作為請求を実効あらしめるために必要な限度での作為請求の範囲をも超えるものであり,民法七二三条により名誉回復処分又は差止の請求権の認められる場合があることをもって,所論のような反論文掲載請求権を認めるべき実定法上の根拠とすることはできない。所論にいう「人格の同一性」も,法の明文の規定をまつまでもなく当然に所論のような反論文掲載請求権が認められるような法的利益であるとは到底解されない。
 ところで,新聞の記事により名誉が侵害された場合でも,その記事による名誉毀損の不法行為が成立するとは限らず,これが成立しない場合には不法行為責任を問うことができないのである。新聞の記事に取り上げられた者が,その記事の掲載によって名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に,自己が記事に取り上げられたというだけの理由によって,新聞を発行・販売する者に対し,当該記事に対する自己の反論文を無修正で,しかも無料で掲載することを求めることができるものとするいわゆる反論権の制度は,記事により自己の名誉を傷つけられあるいはそのプライバシーに属する事項等について誤った報道をされたとする者にとっては,機を失せず,同じ新聞紙上に自己の反論文の掲載を受けることができ,これによって原記事に対する自己の主張を読者に訴える途が開かれることになるのであって,かかる制度により名誉あるいはプライバシーの保護に資するものがあることも否定し難いところである。しかし,この制度が認められるときは,新聞を発行・販売する者にとっては,原記事が正しく,反論文は誤りであると確信している場合でも,あるいは反論文の内容がその編集方針によれば掲載すべきでないものであっても,その掲載を強制されることになり,また,そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであって,これらの負担が,批判的記事,ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ,憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存するのである。このように,反論権の制度は,民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決参照)に対し重大な影響を及ぼすものであって,たとえ被上告人の発行するαβ新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち,その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても,不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として,反論権の制度について具体的な成文法がないのに,反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。なお,放送法四条は訂正放送の制度を設けているが,放送事業者は,限られた電波の使用の免許を受けた者であって,公的な性格を有するものであり(同法四四条三項ないし五項,五一条等参照),その訂正放送は,放送により権利の侵害があったこと及び放送された事項が真実でないことが判明した場合に限られるのであり,また,放送事業者が同等の放送設備により相当の方法で訂正又は取消の放送をすべきものとしているにすぎないなど,その要件,内容等において,いわゆる反論権の制度ないし上告人主張の反論文掲載請求権とは著しく異なるものであって,同法四条の規定も,所論のような反論文掲載請求権が認められる根拠とすることはできない。
 上告人主張のような反論文掲載請求権を認めることはできないとした原審の判断は,結論において正当として是認することができ,原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は,畢竟,独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって,採用できない。
 同第四点について
 言論,出版等の表現行為により名誉が侵害された場合には,人格権としての個人の名誉の保護(憲法一三条)と表現の自由の保障(同二一条)とが衝突し,その調整を要することとなるのであり,この点については被害者が個人である場合と法人ないし権利能力のない社団,財団である場合とによって特に差異を設けるべきものではないと考えられるところ,民主制国家にあっては,表現の自由,とりわけ,公共的事項に関する表現の自由は,特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであることにかんがみ,当該表現行為が公共の利害に関する事実にかかり,その目的が専ら公益を図るものである場合には,当該事実が真実であることの証明があれば,右行為による不法行為は成立せず,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実であると信じたことについて相当の理由があるときは,右行為には故意又は過失がないと解すべきものであって,これによって個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られているものというべきである(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決)。そして,政党はそれぞれの党綱領に基づき,言論をもって自党の主義主張を国民に訴えかけ,支持者の獲得に努めて,これを国又は地方の政治に反映させようとするものであり,そのためには互いに他党を批判しあうことも当然のことがらであって,政党間の批判・論評は,公共性の極めて強い事項に当たり,表現の自由の濫用にわたると認められる事情のない限り,専ら公益を図る目的に出たものというべきである。
 これを本件についてみるに,本件広告は,自由民主党が上告人を批判・論評する意見広告であって,その内容は,上告人の「日本共産党綱領」(以下「党綱領」という。)と「民主連合政府綱領についての日本共産党の提案」以下「政府綱領提案」という。)における国会,自衛隊,日米安保条約,企業の国有化,天皇の各項目をそれぞれ要約して比較対照させ,その間に矛盾があり,上告人の行動には疑問,不安があることを強く訴え,歪んだ福笑いを象ったイラストと相俟って,上告人の社会的評価を低下させることを狙ったものであるが,党綱領及び政府綱領提案の要約及び比較対照の仕方において,一部には必ずしも妥当又は正確とはいえないものがあるものの,引用されている文言自体はそれぞれの原文の中の文言そのままであり,また要点を外したといえるほどのものではないなど,原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,本件広告は,政党間の批判・論評として,読者である一般国民に訴えかけ,その判断をまつ性格を有するものであって,公共の利害に関する事実にかかり,その目的が専ら公益を図るものである場合に当たり,本件広告を全体として考察すると,それが上告人の社会的評価に影響を与えないものとはいえないが,未だ政党間の批判・論評の域を逸脱したものであるとまではいえず,その論評としての性格に鑑みると,前記の要約した部分は,主要な点において真実であることの証明があったものとみて差し支えがないというべきであって,本件広告によって政党としての上告人の名誉が毀損され不法行為が成立するものとすることはできない。名誉毀損の成立を否定した原審の判断は,その結論において正当として是認できる。論旨は,以上と異なる見解を前提とするか,又は結論に影響を及ぼさない判示部分について原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官 香川保一 裁判官牧 圭次,同島谷六郎,同藤島 昭,同林 藤之輔

法人の名誉毀損の免責要件(最判昭和58年10月20日裁判集民事140号177頁)

法人の名誉を毀損する事実を摘示した者が免責を受けるために立証すべき事項

       主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人前堀政幸,同前堀克彦,同村田敏行の上告理由について
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては,上告人αに対する本件告発が虚偽の事実を申告したものとはいえず,被上告人らが新聞記者に公表した上告人α及び訴外βについての本件告発事実については,重要な部分につき真実性の証明があったとし,従って,右告発及び公表がいずれも不法行為とならないとした原審の判断は,正当として是認することができ,また,被上告人らが,上告人酒井に対する本件告発をし,かつ,右告発事実を新聞記者に公表するに当たり,訴外γの主治医として同訴外人に対し当該告発にかかる行為をした者が上告人酒井であると信じたことには,相当な理由があるといえるから,被上告人らには故意・過失がなく,従って右告発及び公表はいずれも不法行為を構成しないとした原審の判断も,正当として是認するに足りる。所論は,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎない。原判決の所論に違法はなく,論旨はいずれも採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判官中村治朗 裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同谷口正孝,同和田誠一

 

新聞記事の掲載と真実性(最判昭和55年10月30日裁判集民事131号89頁)

新聞記事の掲載にあたりその内容を真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人田辺恒貞,同表久雄,同渡辺洋一郎,同阿部隆彦,同村上政博の上告理由第三点について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第一点及び第二点について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,上告会社の各担当者が第一審判決別紙第二記載の記事の内容を真実と信じたことについて相当の理由があったものということはできないものとして,上告会社の抗弁を排斥した判断は正当であり,その判断の過程に所論の違法はない。論旨は,原判決を正解しないでその判断を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官藤崎萬里,裁判官団藤重光,同本山 亨,同中村治朗,同谷口正孝

名誉毀損に該当する事実の真実性の判断の基準時及び認定証拠の範囲(最判平成14年1月29日裁判集民事205号233頁)

名誉毀損に該当する事実の真実性の判断の基準時及び認定証拠の範囲
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人馬場正昭の上告理由(上告理由その二を除く。)及び上告補助参加代理人手塚裕之,同新川麻,同石本茂彦の上告理由について
1 本件は,上告人の発行する新聞紙に掲載された記事が被上告人の名誉を毀損するものであるとして,被上告人が上告人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟である。原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,日刊紙「北海道新聞」を発行する新聞社である。
 (2) 昭和56年8月13日,米国ロス・アンジェルス市内のホテルにおいて,当時の被上告人の妻乙が何者かに凶器で殴打されて負傷する事件(以下「殴打事件」という。)が発生した。
 (3) 被上告人は,殴打事件について,殺人未遂罪で起訴され,昭和62年8月7日,東京地方裁判所において有罪判決を受けた。東京高等裁判所は,平成6年6月22日,被上告人の同判決に対する控訴を棄却した。
 (4) 上告人は,昭和60年9月12日付けの北海道新聞紙に第1審判決別紙三記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
 本件記事は,全体として見るときは,被上告人が乙に掛けられた生命保険金を目当てに殴打事件を敢行した犯人であることを推測させる内容であり,被上告人の名誉を毀損する。
 本件記事の掲載は,公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
 2 原審は,次のように判断して,本件記事の内容が真実であるとは認められないとし,被上告人の請求を一部認容した。
 名誉毀損における真実性の証明は,その行為当時におけるそれであることを要し,かつ,それをもって足りる。本件名誉毀損の成否判断の基準時は,本件記事が掲載された昭和60年9月12日であるから,本件記事内容の真実性の証明も概ね上記掲載当時に存在した資料に基づいてされたものであることを要する。
 殴打事件についての有罪判決は,同年10月に被上告人が起訴された後,昭和62年8月に刑事第1審判決が出されるまでの間の審理を経て収集された証拠に基づいて下されているから,上記有罪判決の存在をもってしても,本件記事掲載当時においてその内容の真実性の証明がされたことにはならない。
 3 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 民事上の不法行為たる名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合には,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば,上記行為は違法性がなく,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,上記行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日判決・民集20巻5号1118頁参照)。
 裁判所は,摘示された事実の重要な部分が真実であるかどうかについては,事実審の口頭弁論終結時において,客観的な判断をすべきであり,その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも当然に許されるというべきである。何故なら,摘示された事実が客観的な事実に合致し真実であれば,行為者がその事実についていかなる認識を有していたとしても,名誉毀損行為自体の違法性が否定されることになるからである。真実性の立証とは,摘示された事実が客観的な事実に合致していたことの立証であって,これを行為当時において真実性を立証するに足りる証拠が存在していたことの立証と解することはできないし,また,真実性の立証のための証拠方法を行為当時に存在した資料に限定しなければならない理由もない。他方,摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由が行為者に認められるかどうかについて判断する際には,名誉毀損行為当時における行為者の認識内容が問題になるため,行為時に存在した資料に基づいて検討することが必要となるが,真実性の立証は,このような相当の理由についての判断とは趣を異にするものである。
 これを本件について見ると,原審は,真実性の証明はその行為当時におけるそれであることを要するとして,殴打事件の有罪判決が名誉毀損行為後に収集された証拠に基づいて出されていることを理由に,同判決を本件における真実性立証のための証拠とはなし得ないとしているのであり,本件記事に摘示された事実の真実性を認定する際の立証の対象又は立証のための証拠の範囲について,判断を誤ったものである。
 4 以上によれば,原審の判断には,不法行為に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,その余の上告理由について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,本件を原審に差し戻し,更に審理判断させるべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官金谷利廣,裁判官種秀夫,同奥田昌道,同濱田邦夫

被告人の読書歴等により犯行動機を推論する新聞記事は事実の摘示(最判平成10年1月30日裁判集民事187号1頁)

被告人の読書歴等に基づき犯行の動機を推論する内容の新聞記事が事実を摘示するとされた事例

       主   文

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人喜田村洋一の上告理由について

一 本件は,被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求するものであり,原審の確定した事実関係の概要は次のとおりである。

1 被上告人の発行する「朝日新聞」紙の昭和六三年一一月一九日付け朝刊紙面の第二九面に,第一審判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は,「何を語る 推理小説137冊」との見出しのほか,「甲野,ロスのすし屋に“蔵書”」「『異常な読み方』ジャンル選ばず手当たり次第に」等の小見出しを付した八段抜きの記事である。

2 上告人は,昭和五六年に他の者をして妻を銃撃させ昭和五七年に同人を死亡させて殺害したとの公訴事実により,昭和六三年一一月一〇日に公訴を提起されていたところ,本件記事は,(1)そのリード部分において,右殺人被告事件についての上告人に対する捜査は間もなく終了しようとしていると報じ,続いて,「自供を得られず,物証も乏しいものの,甲野が金欲しさに仕組んだという事件の構図については,捜査陣の確信は揺らいでいない。しかし,なぜ殺人に至ったのかという動機の奥深い部分は,なぞのままだ。その手がかりになりそうな一枚のリストが,警視庁の捜査本部にある。甲野はいつも小説本を離さず,読み終えるとロス市内のすし屋にあげていた。ほとんどが殺人事件を素材にした推理小説。リストはその一覧表だが,『ここから甲野の深層心理を読み取るしかない』と刑事たちはいう。」と記載されており,(2)その本文の前段部分においては,上告人が,昭和五三年ころからしばしば利用していたアメリカ合衆国カリフォルニア州ロス・アンジェルス市郊外所在の飲食店に対し,前記殺人被告事件等の疑惑が表面化した昭和五九年一月までの間に,読み終えた推理小説一三七冊を寄贈していたこと,捜査本部は,これらの書物について調査した結果,動機の背景に上告人が犯罪小説におぼれたことがからんでいないかと注目するに至ったことを報じた後,「事件後に甲野が見せた芝居がかった行動,セリフには『金欲しさ』だけで説明しきれない異常さがある。それは何に由来するのだろうか。(中略)『甲野が自分で犯罪小説を創作し,自ら演じようとしたのではないか」とする見方も,捜査員の中には生まれている。」と記載されているほか,本文の後段部分においては,日本推理小説作家協会の理事長が,上告人の読書歴に関し,「『ロスへ行った時期に出版されたものを手当たりしだいに読んだ,という感じですね。(中略)素材の犯罪そのものに対する興味かもしれないが,ちょっと異常な読み方だと思います』」と述べたことが紹介されており,(3)記事の左側部分に,「『狙撃者』『迷宮捜査官』『結婚関係』・・・・・・」との小見出しを付して,飲食店に寄贈された書物のうち一〇六冊の題名が列記されている。

3 上告人については,昭和五九年以来,前記殺人被告事件の嫌疑のほか,右殺人の犯行前に妻を殺害しようとしたとの殺人未遂の嫌疑等についても,数多くの報道がされていた。被上告人の担当記者は,同年四月ころ,上告人が前記のとおり飲食店に多数の書物を寄贈していることを知った後,現地の協力者を通じてその書物の内容について調査し,その一部が右飲食店に現に存在することを確認した上で,捜査担当官及び日本推理小説作家協会の理事長に対する取材を行って,本件記事を作成した。

二 上告人は,本件記事は一般読者に対して上告人が前記殺人被告事件を犯したとの印象を強烈に与えるもので,上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張している。

 これに対し,原審は,以下のように判示して,上告人の請求を棄却した。

(1)本件記事は,全体として,一般読者に対し,上告人が金欲しさ又は犯罪小説を自作自演しようとの動機の下に前記殺人被告事件を犯したとの印象を与えるものであることは否定できない。(2)しかしながら,本件記事は,上告人の犯罪行為という公共の利害に関する事実に係るものであり,また,その公表の目的は専ら公益を図ることにあった。(3)そして,人の行為の動機は,深層心理にかかわる事柄である上,人の思考過程が複雑かつ多様であり,必ずしも合理的なものとはいえないこと等にかんがみると,人の行為の動機を他の者が判断する客観的基準があるとはいえず,その真偽を客観的に証拠により証明することが可能なものであるとは到底いえないから,他人の行為の動機についての記載は,意見を表明(言明)するものに当たる。(4)本件記事における上告人の前記殺人被告事件の動機についての記載は,本件記事が掲載領布された時点において,既に新聞等により繰り返し詳細に報道されて社会的に広く知れ渡っていた上告人の前記のような嫌疑に関する事実と,被上告人の担当記者の取材に係る真実の事実又は同記者において相当の理由に基づき真実と信じた事実とを基礎として,捜査担当機関の評価も加味し,上告人の動機を推論するもので,その推論をもって不相当,不合理なものともいえない。(5)したがって,たとえ本件記事が読者に前記の印象を与え,上告人の社会的信用を低下させることがあり得るものであっても,不法行為を構成しない。

三 しかしながら,まず,原審の右(3)の判断を是認することができない。

 新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分において表現に推論の形式が採られている場合であっても,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に右読者が有していた知識ないし経験等も考慮すると,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を右推論の結果として主張するものと理解されるときには,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当である。本件記事は,上告人が前記殺人被告事件を犯したとしてその動機を推論するものであるか,右推論の結果として本件記事に記載されているところは,犯罪事実そのものと共に,証拠等をもってその存否を決することができるものであり,右は,事実の摘示に当たるというべきである。

 立証活動ないし認定の難易は,右判断を左右するものではない。

四 次に,原審の前記(4)の判断も是認することができない。

 ある者が犯罪を犯したとの印象を与える新聞記事を掲載したことが不法行為を構成しないとするためには,その者が真実犯罪を犯したことが証明されるか,又は右を真実と信ずるについて相当の理由があったことが認められなければならない。そして,ある者に対して犯罪の嫌疑がかけられていてもその者が実際に犯罪を犯したとは限らないことはもちろんであるから,ある者についての犯罪の嫌疑が新聞等により繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていたとしても,それによって,その者が真実その犯罪を犯したことが証明されたことにならないのはもとより,右を真実と信ずるについて相当の理由があったとすることもできない。このことは,他人が犯罪を犯したとの事実を基礎に意見ないし評論を公表した場合において,意見等の前提とされている事実に関しても,異なるところはない。

五 以上のとおり,原審の前記(3)及び(4)の判断並びにこれらを前提とする同(5)の判断は,法令の解釈適用を誤ったものというべきであり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせる必要があるから,原審に差し戻すこととする。

   最高裁裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治,同河合伸一,同福田 博

民法第710条と法人の名誉権侵害による無形損害(最判昭和39年1月28日民集18巻1号136頁)

民法第710条は法人の名誉権侵害による無形の損害に適用があるか
       主   文
 原判決中被控訴人その余の請求を棄却すとの部分及び訴訟費用に関する部分を破棄する。
 右破棄にかかる部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人高木右門,同馬場正夫,同芦田直衛,同青柳盛雄,同松本才喜,同谷村直雄の上告理由一ないし七,及び同馬場正夫の上告理由第一点,第二点について。
 上告人は医療を目的とする法人であるが,被上告人の判示行為により名誉を毀損され,因って,財産上の損害ではないが,いわゆる,無形の損害を蒙ったから,これが賠償を求めるものであると主張する。しかし,わが民法においては,不法行為に基づく責任として,名誉毀損の場合につき裁判所において名誉を回復するに適当な処分を命ずることを得べき旨定めた外,原則として金銭賠償主義を採り,被害者が不法行為により蒙った損害を不法行為者をして金銭をもって賠償させることとしたのである。ところで,不法行為に因って侵害される権利ないし利益は財産権の外,身体,自由,名誉等いろいろあるが,その侵害の結果生ずべき損害は物質的のものか,精神的のものか二者その一を出でない。物質的なものは金銭に見積ることができ,容易に金銭賠償の対象とすることができるが,精神的なものは金銭に見積ることができない。しかし,そのままこれを放置すべきでないから,加害者から被害者に相当な金銭の支払をなさしめて,せめてその精神上の苦痛を和らげてやるのが相当である。これ慰謝料と唱えられるところのものである。民法七一〇条が不法行為者に財産以外の損害に対しても,その賠償を命ずることができるとしたのは,その意味をうたっているのである。法人にはもとより,精神上の苦痛というものを考えることができないから,これに金銭でもって賠償させるということはナンセンスである。法人が名誉を毀損された場合金銭賠償の対象としては,物質上の損害,すなわち財産上の損害しか考えることができないのである。すなわち法人は名誉毀損による無形の損害に対しては金銭賠償の請求をなし得ないものと解するを相当とする。
 以上が所論の点に関する原判決の判断である。
 しかし,民法七一〇条は,財産以外の損害に対しても,其賠償を為すことを要すと規定するだけで,その損害の内容を限定してはいない。すなわち,その文面は判示のようにいわゆる慰謝料を支払うことによって,和らげられる精神上の苦痛だけを意味するものとは受けとり得ず,むしろすべての無形の損害を意味するものと読みとるべきである。従って右法条を根拠として判示のように無形の損害即精神上の苦痛と解し,延いて法人には精神がないから,無形の損害はあり得ず,有形の損害すなわち財産上の損害に対する賠償以外に法人の名誉侵害の場合において民法七二三条による特別な方法が認められている外,何等の救済手段も認められていないものと論詰するのは全くの謬見だと云わなければならない。
思うに,民法上のいわゆる損害とは,一口に云えば,侵害行為がなかつたならば惹起しなかつたであろう状態(原状)を(a)とし,侵害行為によつて惹起されているところの現実の状態(現状)を(b)としa-b=xそのxを金銭で評価したものが損害である。そのうち,数理的に算定できるものが,有形の損害すなわち財産上の損害であり,その然らざるものが無形の損害である。しかしその無形の損害と雖も法律の上では金銭評価の途が全くとざされているわけのものではない。侵害行為の程度,加害者,被害者の年令資産その社会的環境等各般の情況を斟酌して右金銭の評価は可能である。その顕著な事例は判示にいうところの精神上の苦痛を和らげるであろうところの慰藉料支払の場合である。しかし,無形の損害に対する賠償はその場合以外にないものと考うべきではない。
そもそも,民事責任の眼目とするところは損害の填補である。すなわち前段で示した子-丑=xの方式におけるxを金銭でカヴアーするのが,損害賠償のねらいなのである。かく観ずるならば,被害者が自然人であろうと,いわゆる無形の損害が精神上の苦痛であろうと,何んであろうとかかわりないわけであり,判示のような法人の名誉権に対する侵害の場合たると否とを問うところではないのである。尤も法人の名誉侵害の場合には民法七二三条により特別の手段が講じられている。しかし,それは被害者救済の一応の手段であり,それが,損害填補のすべてではないのである。このことは民法七二三条の文理解釈からも容易に推論し得るところである。そこで,判示にいわゆる慰謝料の支払をもって,和らげられるという無形の損害以外に,いったい,どのような無形の損害があるかという難問に逢着するのであるが,それはあくまで純法律的観念であって,前示のように金銭評価が可能であり,しかもその評価だけの金銭を支払うことが社会観念上至当と認められるところの損害の意味に帰するのである。それは恰も民法七〇九条の解釈に当って侵害の対象となるものは有名権利でなくとも,侵害されることが社会通念上違法と認められる利益であれば足るという考え方と志向を同じうするものである。
 以上を要約すれば,法人の名誉権侵害の場合は金銭評価の可能な無形の損害の発生すること必ずしも絶無ではなく,そのような損害は加害者をして金銭でもって賠償させるのを社会観念上至当とすべきであり,この場合は民法七二三条に被害者救済の格段な方法が規定されているとの故をもって,金銭賠償を否定することはできないということに帰結する。
 果してそうだとすれば,原判決は判示の事実関係のもとで,被上告人の侵害行為に因り上告人の名誉を毀損されたと云いながら,上告人には法人であるの故を以て無形の損害の発生するの余地がないものとし,上告人の本訴金員の請求を一蹴し去ったのは,原判決に影響を及ぼすこと明らかな重要な法律に違背した違法ありというを憚らないものであって,論旨は結局理由あるに帰し,原判決は到底破棄を免れない。
 よって,民訴四〇七条一項に従い裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官下飯坂潤夫 裁判官入江俊郎,同斎藤朔郎,同長部謹吾

出版物の事前差止めと検閲(最判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)

出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めと憲法21条2項前段にいう「検閲」

       主   文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 一 上告人の上告理由第一点(4)について

 憲法二一条二項前段は,検閲の絶対的禁止を規定したものであるから(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁),他の論点に先立つて,まず,この点に関する所論につき判断する。

 憲法二一条二項前段にいう検閲とは,行政権が主体となつて,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査したうえ,不適当と認めるものの発表を禁止することを,その特質として備えるものを指すと解すべきことは,前掲大法廷判決の判示するところである。ところで,一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めは,裁判の形式によるとはいえ,口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず,立証についても疎明で足りるとされているなど簡略な手続によるものであり,また,いわゆる満足的仮処分として争いのある権利関係を暫定的に規律するものであつて,非訟的な要素を有することを否定することはできないが,仮処分による事前差止めは,表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり,個別的な私人間の紛争について,司法裁判所により,当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否,保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであつて,右判示にいう「検閲」には当たらないものというべきである。したがつて,本件において,札幌地方裁判所が被上告人五十嵐の申請に基づき上告人発行の「ある権力主義者の誘惑」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した月刊雑誌「北方ジャーナル」昭和五四年四月号の事前差止めを命ずる仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)を発したことは「検閲」に当たらない,とした原審の判断は正当であり,論旨は採用することができない。

 二 上告人のその余の上告理由について

 1 論旨は,本件仮処分は,「検閲」に当たらないとしても,表現の自由を保障する憲法二一条一項に違反する旨主張するので,以下に判断する。

 (一) 所論にかんがみ,事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち,実体法上の差止請求権の存否について考えるのに,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は,損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし,名誉は生命,身体とともに極めて重大な保護法益であり,人格権としての名誉権は,物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。

 (二) しかしながら,言論,出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には,人格権としての個人の名誉の保護(憲法一三条)と表現の自由の保障(同二一条)とが衝突し,その調整を要することとなるので,いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である。

 主権が国民に属する民主制国家は,その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ,その中から自由な意思をもつて自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され,かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから,表現の自由,とりわけ,公共的事項に関する表現の自由は,特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり,憲法二一条一項の規定は,その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。もとより,右の規定も,あらゆる表現の自由を無制限に保障しているものではなく,他人の名誉を害する表現は表現の自由の濫用であつて,これを規制することを妨げないが,右の趣旨にかんがみ,刑事上及び民事上の名誉毀損に当たる行為についても,当該行為が公共の利害に関する事実にかかり,その目的が専ら公益を図るものである場合には,当該事実が真実であることの証明があれば,右行為には違法性がなく,また,真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実であると誤信したことについて相当の理由があるときは,右行為には故意又は過失がないと解すべく,これにより人格権としての個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られているものであることは,当裁判所の判例とするところであり(昭和四一年(あ)第二四七二号同四四年六月二五日大法廷判決・刑集二三巻七号九七五頁,昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照),このことは,侵害行為の事前規制の許否を考察するに当たつても考慮を要するところといわなければならない。

 (三) 次に,裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは,いわゆる事前抑制として憲法二一条一項に違反しないか,について検討する。

 (1) 表現行為に対する事前抑制は,新聞,雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ,公の批判の機会を減少させるものであり,また,事前抑制たることの性質上,予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く,濫用の虞があるうえ,実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて,表現行為に対する事前抑制は,表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。

 出版物の頒布等の事前差止めは,このような事前抑制に該当するものであつて,とりわけ,その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等の表現行為に関するものである場合には,そのこと自体から,一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ,前示のような憲法二一条一項の趣旨(前記(二)参照)に照らし,その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると,当該表現行為に対する事前差止めは,原則として許されないものといわなければならない。ただ,右のような場合においても,その表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは,当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ,有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから,かかる実体的要件を具備するときに限つて,例外的に事前差止めが許されるものというべきであり,このように解しても上来説示にかかる憲法の趣旨に反するものとはいえない。

 (2) 表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば,公共の利害に関する事項についての表現行為に対し,その事前差止めを仮処分手続によって求める場合に,一般の仮処分命令手続のように,専ら迅速な処理を旨とし,口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず,立証についても疎明で足りるものとすることは,表現の自由を確保するうえで,その手続的保障として十分であるとはいえず,しかもこの場合,表現行為者側の主たる防禦方法は,その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである(前記(二)参照)から,事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては,口頭弁論又は債務者の審尋を行い,表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ,差止めの対象が松共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても,口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく,債権者の提出した資料によって,その表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり,かつ,債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは,口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても,憲法二一条の前示の趣旨に反するものということはできない。何故なら,右のような要件を具備する場合に限って無審尋の差止めが認められるとすれば,債務者に主張立証の機会を与えないことによる実害はないといえるからであり,また,一般に満足的仮処分の決定に対しては債務者は異議の申立てをするとともに当該仮処分の執行の停止を求めることもできると解される(最高裁昭和二三年(マ)第三号同年三月三日決定・民集二巻三号六五頁,昭和二五年(ク)第四三号同年九月二五日大法廷決定・民集四巻九号四三五頁参照)から,表現行為者に対しても迅速な救済の途が残されているといえるのである。
 2 以上の見地に立って,本件をみると,
 (一) 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人五十嵐は,昭和三八年五月から同四九年九月までの間,旭川市長の地位にあり,その後同五〇年四月の北海道知事選挙に立候補し,更に同五四年四月施行予定の同選挙にも同年二月の時点で立候補する予定であった。
 (2) 上告人代表者は,本件記事の原稿を作成し,上告人はこれを昭和五四年二月二三日頃発売予定の本件雑誌(同年四月号,予定発行部数第一刷二万五〇〇〇部)に掲載することとし,同年二月八日校了し,印刷その他の準備をしていた。本件記事は,北海道知事たる者は聡明で責任感が強く人格が清潔で円満でなければならないと立言したうえ,被上告人五十嵐は右適格要件を備えていないとの論旨を展開しているところ,同被上告人の人物論を述べるに当たり,同被上告人は,「嘘と,ハッタリと,カンニングの巧みな」少年であったとか,「五十嵐(中略)のようなゴキブリ共」「言葉の魔術者であり,インチキ製品を叩き売っている(政治的な)大道ヤシ」「天性の嘘つき」「美しい仮面にひそむ,醜悪な性格」「己れの利益,戊れの出世のためなら,手段を選ばないオポチユニスト」「メス犬の尻のような市長」「広三の素顔は,昼は人をたぶらかす詐欺師,夜は闇に乗ずる凶賊で,云うならばマムシの道三」などという表現をもって同被上告人の人格を評し,その私生活につき,「クラブ(中略)のホステスをしていた新しい女(中略)を得るために,罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し,自殺せしめた」とか「老父と若き母の寵愛をいいことに,異母兄たちを追い払」ったことがあると記し,その行動様式は「常に保身を考え,選挙を意識し,極端な人気とり政策を無計画に進め,市民に奉仕することより,自己宣伝に力を強め,利権漁りが巧みで,特定の業者とゆ着して私腹を肥やし,汚職を蔓延せしめ」「巧みに法網をくぐり逮捕はまぬかれ」ており,知事選立候補は「知事になり権勢をほしいままにするのが目的である。」とする内容をもち,同被上告人は「北海道にとって真に無用有害な人物であり,社会党が本当に革新の旗を振るなら,速やかに知事候補を変えるべきであろう。」と主張するものであり,また,標題にそえ,本文に先立って「いま北海道の大地に広三という名の妖怪が蠢めいている 昼は蝶に,夜は毛虫に変身して赤レンガに棲みたいと啼く その毒気は人々を惑乱させる。今こそ,この化物の正体を・・・・・・」との文章を記すことになっていた。
 (3) 被上告人五十嵐の代理人弁護士菅沼文雄らは,昭和五四年二月一六日札幌地方裁判所に対し,債権者を同被上告人,債務者を上告人及び山藤印刷株式会社とし,名誉権の侵害を予防するとの理由で本件雑誌の執行官保管,その印刷,製本及び販売又は頒布の禁止等を命ずる第一審判決添付の主文目録と同旨の仮処分決定を求める仮処分申請をした。札幌地方裁判所裁判官は,同日,右仮処分申請を相当と認め,右主文目録記載のとおりの仮処分決定をした。その後,札幌地方裁判所執行官においてこれを執行した。
 (二) 右確定事実によれば,本件記事は,北海道知事選挙に重ねて立候補を予定していた被上告人五十嵐の評価という公共的事項に関するもので,原則的には差止めを許容すべきでない類型に属するものであるが,前記のような記事内容・記述方法に照らし,それが同被上告人に対することさらに下品で侮辱的な言辞による人身攻撃等を多分に含むものであって,到底それが専ら公益を図る目的のために作成されたものということはできず,かつ,真実性に欠けるものであることが本件記事の表現内容及び疎明資料に徴し本件仮処分当時においても明らかであったというべきところ,本件雑誌の予定発行部数(第一刷)が二万五〇〇〇部であり,北海道知事選挙を二か月足らず後に控えた亠止候補予定者である同被上告人としては,本件記事を掲載する本件雑誌の発行によって事後的には回復しがたい重大な損失を受ける虞があったということができるから,本件雑誌の印刷,製本及び販売又は頒布の事前差止めを命じた本件仮処分は,差止請求権の存否にかかわる実体面において憲法上の要請をみたしていたもの(前記1(三)(1)参照)というべきであるとともに,また,口頭弁論ないし債務者の審尋を経たものであることは原審の確定しないところであるが,手続面においても憲法上の要請に欠けるところはなかったもの(同(2)参照)ということができ,結局,本件仮処分に所論違憲の廉はなく,右違憲を前提とする本件仮処分申請の違憲ないし違法の主張は,前提を欠く。
 3 更に,所論は,原審が,本件記事の内容が名誉毀損に当たるか否かにつき事実審理をせず,また,被上告人五十嵐らの不法に入手した資料に基づいて,本件雑誌の頒布の差止めを命じた本件仮処分を是認したものであるうえ,右資料の不法入手は通信の秘密の不可侵を定めた憲法二一条二項後段に違反するともいうが,記録によれば,原審が事実審理のうえ本件記事の内容が名誉毀損に当たることが明らかである旨を認定判断していることが認められ,また,同被上告人らの資料の不法入手の点については,原審においてその事実は認められないとしており,所論は,原審の認定にそわない事実に基づく原判決の非難にすぎないというほかない。
 4 従って,以上と同趣旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違憲,違法はないものというべきである。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法三九六条,三八四条,九五条,八九条に従い,裁判官伊藤正己,同大橋進,同牧圭次,同長島敦の補足意見,裁判官谷口正孝の意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁判所裁判長裁判官矢口洪一 裁判官伊藤正己,同谷口正孝,同大橋 進,同牧 圭次,同安岡滿彦,同角田禮次郎,同島谷六郎,同長島 敦,同高島益郎,同藤島 昭,同大内恒夫,同香川保一,同坂上壽夫

新聞記事が名誉毀損の内容かどうかの判断基準(最判昭和31年7月20日民集10巻8号1059頁)

新聞記事が名誉を毀損内容の意味かどうかの判断基準
       主   文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人福井盛太,同田中泰岩,同宮沢邦夫の上告理由第一点(論旨三の(一)の部分)について。

 民法四四条による法人の責任と同七一五条による法人の責任とは,発生要件を異にし法律上別個のものと解すべきことは所論のとおりである。ところで,原判決の認めた上告人の責任が,そのいずれによるものであるかの点につき原判文は明確でない憾みはあるが,判示全趣旨に徴すれば,民法七一五条の請求を認容した趣旨に出たものであることがうかがい知られるから,論旨は理由がない。

 同第二点(論旨の(二)の部分)について。

 しかし,名誉を毀損するとは,人の社会的評価を傷つけることに外ならない。それ故,所論新聞記事がたとえ精読すれば別個の意味に解されないことはないとしても,いやしくも一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合,その記事が事実に反し名誉を毀損するものと認められる以上,これをもつて名誉毀損の記事と目すべきことは当然である。されば,この点に関する原審の判示は相当であって,論旨は理由がない。

 同第三点(論旨三の(三)の部分)について。

 所論の原判文は,前後矛盾するものとは認められない。また,新聞紙に事実に反する記事を掲載頒布しこれにより他人の名誉を毀損することは,単なる過失による場合といえどもこれを新聞の正当業務行為と目し得ないことはいうまでもないところであるから,論旨は採ることができない。

 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

     最高裁裁判長裁判官栗山茂  裁判官谷村唯一郎,同池田克

公共の利害に関する事実の摘示と名誉棄損(最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁)

公共の利害に関する事実の摘示と名誉棄損
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人田村恭久の上告理由第一点について。
 民事上の不法行為たる名誉棄損については,その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には,摘示された事実が真実であることが証明されたときは,右行為には違法性がなく,不法行為は成立しないものと解するのが相当であり,もし,右事実が真実であることが証明されなくても,その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには,右行為には故意もしくは過失がなく,結局,不法行為は成立しないものと解するのが相当である(このことは,刑法二三〇条の二の規定の趣旨からも十分窺うことができる。)。
 本件について検討するに,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によると,上告人は昭和三〇年二月施行の衆議院議員の総選挙の立候補者であるところ,被上告人は,その経営する新聞に,原判決の判示するように,上告人が学歴及び経歴を詐称し,これにより公職選挙法違反の疑いにより警察から追及され,前科があった旨の本件記事を掲載したが,右記事の内容は,経歴詐称の点を除き,いずれも真実であり,かつ,経歴詐称の点も,真実ではなかったが,少くとも,被上告人において,これを真実と信ずるについて相当の理由があったというのであり,右事実の認定及び判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,十分これを肯認することができる。
 そして,前記の事実関係によると,これらの事実は,上告人が前記衆議院議員の立候補者であったことから考えれば,公共の利害に関するものであることは明らかであり,しかも,被上告人のした行為は,もつぱら公益を図る目的に出たものであるということは,原判決の判文上十分了解することができるから,被上告人が本件記事をその新聞に掲載したことは,違法性を欠くか,または,故意もしくは過失を欠くものであって,名誉棄損たる不法行為が成立しないものと解すべきことは,前段説示したところから明らかである。
 原判決は,その判文中にこれと異なる説示をした部分がないでもないが,本件記事の新聞の掲載について,被上告人の不法行為の成立を否定しているので,結局,原判決の判断は,正当というべきである。
 なお,所論中には,本件記事が公明選挙の啓蒙に名をかりて上告人に対してなされた人身攻撃である旨の主張もあるが,右は原判決の認定しない事実を前提としてこれを非難するものであって,採るを得ない。
 所論は,結局,排斥を免れない。
 同第二点について。
 原判決は,国会議員ないしその候補者については,その適否の判断にはほとんど全人格的な判断を必要とし,所論の事実もその適否の判断に関係のある事項であって上告人の前科に関する本件記事が真実である以上その事実の公表は許される旨判示しているのであり,当審も上告理由第一点において判示したように,右判断を正当と考える。所論は,独自の見解に立ち,原判決を攻撃するものであって,採用しがたい。
 なお,所論中憲法一四条違法をいう点は,違憲に名をかり実質は原判決の法令の解釈の違法を主張するにすぎず,原判決の判断の正当なることは前段説示のとおりであって,この点の主張も,採用しがたい。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾  裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田 誠

私人の私生活行状と刑法230条の2第1項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」(最判昭和56年4月16日刑集35巻3号84頁)

私人の私生活行状と刑法230条の2第1項の「公共ノ利害ニ関スル事実」と判断基準
       主   文
 原判決及び第一審判決を破棄する。
 本件を東京地方裁判所に差し戻す。
       理   由
 (上告趣意に対する判断)
 弁護人佐瀬昌三の上告趣意のうち,憲法一九条,二一条違反をいう点は,実質は単なる法令違反の主張であり,判例違反をいう点は,所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく,その余は事実誤認,単なる法令違反の主張であって,いずれも適法な上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 しかし,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決が維持する第一審判決の認定事実の要旨は,「株式会社子社の編集局長である被告人は,同社発行の月刊誌『β』誌上で連続特集を組み,諸般の面から宗教法人γ学会を批判するにあたり,同会における象徴的存在とみられる会長αの私的行動をもとりあげ,第一 昭和五一年三月号の同誌上に,『四重五重の大罪犯すγ学会』との見出しのもとに,『αの金脈もさることながら,とくに女性関係において,彼がきわめて華やかで,しかも,その雑多な関係が病的であり色情狂的でさえあるという情報が,有力消息筋から執拗に流れてくるのは,一体全体,どういうことか,ということである。……』などとする記事を執筆掲載し,また,第二 同年四月号誌上に,『極悪の大罪犯すγ学会の実相』との見出しのもとに,『彼にはれつきとした芸者のめかけT子が赤坂にいる。……そもそもα好みの女性のタイプというのは,①やせがたで②プロポーシヨンがよく③インテリ風のタイプだとされている。なるほど,そういわれてみるとお手付き情婦として,二人ともX党議員として国会に送りこんだという甲子と乙子も,こういうタイプの女性である。もっとも,現在は二人とも落選中で,再選の見込みはX党内部の意見でもなさそうである。……』旨,右にいう落選中の前国会議員甲子はγ学会員oであり,同乙子は同会員pであることを世人に容易に推認させるような表現の記事を執筆掲載したうえ,右雑誌各約三万部を多数の者に販売・頒布し,もって公然事実を摘示して,右三月号の記事によりα及びγ学会の,四月号の記事によりα,o,p及びγ学会の各名誉を毀損した。」というのであり,第一審裁判所は,右の認定事実に刑法二三〇条一項を適用し,被告人に有罪の判決を言い渡した。
 そうして,原審弁護人が,「被告人は,宗教界の刷新という公益目的のもとに公共の利害に関する事実を公表したものであるから,事実の真実性の立証を許さないまま名誉毀損罪の成立を認めた第一審判決は審理不尽である。」旨主張したのに対し,原判決は,被告人の摘示した事実は,γ学会の教義批判の一環,例証としての指導者の醜聞の摘示であったにしても,αらの私生活上の不倫な男女関係の醜聞を内容とすること,その表現方法が不当な侮辱的,嘲笑的なものであること,不確実な噂,風聞をそのまま取り入れた文体であること,他人の文章を適切な調査もしないでそのまま転写していることなどの諸点にかんがみ,刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたらないというべきであり,従って,いわゆる公益目的の有無及び事実の真否を問うまでもなく,被告人につ名誉損罪の成立を認める第一審判決は相当である,として右主張を排斥した。
 ところで,被告人が「β」誌上に摘示した事実の中に,私人の私生活上の行状,とりわけ一般的には公表をはばかるような異性関係の醜聞に属するものが含まれていることは,一,二審判決の指摘するとおりである。しかし,私人の私生活上の行状であっても,そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては,その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として,刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたる場合があると解すべきである。
本件についてこれをみると,被告人が執筆・掲載した前記の記事は,多数の信徒を擁するわが国有数の宗教団体である丙学会の教義ないしあり方を批判しその誤りを指摘するにあたり,その例証として,同会の甲会長(当時)の女性関係が乱脈をきわめており,同会長と関係のあった女性二名が同会長によって国会に送り込まれていることなどの事実を摘示したものであることが,右記事を含む被告人の「β」誌上の論説全体の記載に照らして明白であるところ,記録によれば,同会長は,同会において,その教義を身をもつて実践すべき信仰上のほぼ絶対的な指導者であって,公私を問わずその言動が信徒の精神生活等に重大な影響を与える立場にあったばかりでなく,右宗教上の地位を背景とした直接・間接の政治的活動等を通じ,社会一般に対しても少なからぬ影響を及ぼしていたこと,同会長の醜聞の相手方とされる女性二名も,同会婦人部の幹部で元国会議員という有力な会員であったことなどの事実が明らかである。

 このような本件の事実関係を前提として検討すると,被告人によつて摘示された甲会長らの前記のような行状は,刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたると解するのが相当であって,これを一宗教団体内部における単なる私的な出来事であるということはできない。なお,右にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かは,摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきものであり,これを摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは,同条にいわゆる公益目的の有無の認定等に関して考慮されるべきことがらであって,摘示された事実が「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かの判断を左右するものではないと解するのが相当である。

 そうすると,これと異なり,被告人によつて摘示された事実が刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」に該当しないとの見解のもとに,公益目的の有無及び事実の真否等を問うまでもなく,被告人につき名誉毀損罪の成立を肯定できるものとした原判決及びその是認する第一審判決には,法令の解釈適用を誤り審理不尽に陥つた違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって,原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

 よって,刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を破棄したうえ,さらに審理を尽くさせるため,同法四一三条本文により本件を東京地方裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

  昭和五六年四月一六日

    最高裁裁判長裁判官団藤重光,裁判官藤崎萬里,同本山 亨,同中村治朗

人の噂であるという表現を用いての名誉毀損(最決昭和43年1月18日刑集22巻1号7頁)

人の噂であるという表現を用いて名誉を毀損した場合と刑法第230条ノ2にいわゆる事実の証明の対象
       主   文
 本件上告を棄却する。
 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
       理   由
 弁護人平山信一の上告趣意は,判例違反を主張するが,引用の各判例は本件と事案を異にして適切でないから所論は前提を欠き,その余は単なる法令違反,事実誤認の主張であって適法な上告理由に当らない(本件のように,「人の噂であるから真偽は別として」という表現を用いて,公務員の名誉を毀損する事実を摘示した場合,刑法二三〇条ノ二所定の事実の証明の対象となるのは,風評そのものが存在することではなく,その風評の内容たる事実の真否であるとした原判断は,相当である)。
 よって,刑訴法四一四条,三八六条一項三号,一八一条一項本文により,裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
  最高裁裁判長裁判官入江俊郎 裁判官長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠,同大隅健一郎

真実性の要件(最判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁)

弁護人橋本敦,同細見茂の上告趣意は,憲法二一条違反をいう点もあるが,実質はすべて単なる法令違反の主張であって,適法な上告理由にあたらない。
 しかし,所論にかんがみ職権をもって検討すると,原判決が維持した第一審判示事実の要旨は,「被告人は,その発行する昭和三八年二月一八日付『夕刊己時事』に,『吸血鬼βの罪業』と題し,βことγ本人または同人の指示のもとに同人経営の己特だね新聞の記者が己市役所土木部の某課長に向かって『出すものを出せば目をつむってやるんだが,チビリくさるのでやったるんや』と聞こえよがしの捨てせりふを吐いたうえ,今度は上層の某主幹に向かって『しかし魚心あれば水心ということもある,どうだ,お前にも汚職の疑いがあるが,一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるか』と凄んだ旨の記事を掲載,頒布し,もって公然事実を摘示して右γの名誉を毀損した。」というのであり,第一審判決は,右の認定事実に刑法二三〇条一項を適用し,被告人に対し有罪の言渡しをした。
 そして,原審弁護人が「被告人は証明可能な程度の資料,根拠をもって事実を真実と確信したから,被告人には名誉毀損の故意が阻却され,犯罪は成立しない。」旨を主張したのに対し,原判決は,「被告人の摘示した事実につき真実であることの証明がない以上,被告人において真実であると誤信していたとしても,故意を阻却せず,名誉毀損罪の刑責を免れることができないことは,すでに最高裁の判例(昭和三四年五月七日判決,刑集一三巻五号六四一頁)の趣旨とするところである」と判示して,右主張を排斥し,被告人が真実であると誤信したことにつき相当の理由があったとしても名誉段損の罪責を免れえない旨を明らかにしている。
 しかし,刑法二三〇条ノ二の規定は,人格権としての個人の名誉の保護と,憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかったものというべきであり,これら両者間の調和と均衡を考慮するならば,たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも,行為者がその事実を真実であると誤信し,その誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らし相当の理由があるときは,犯罪の故意がなく,名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり,右のような誤信があったとしても,およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日判決,刑集一三巻五号六四一頁)は,これを変更すべきものと認める。従って,原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤ったものといわなければならない。
 ところで,前記認定事実に相応する公訴事実に関し,被告人側の申請にかかる証人αが同公訴事実の記事内容に関する情報を己市役所の職員から聞きこみこれを被告人に提供した旨を証言したのに対し,これが伝聞証拠であることを理由に検察官から異議の申立があり,第一審はこれを認め,異議のあった部分全部につきこれを排除する旨の決定をし,その結果,被告人は,右公訴事実につき,未だ右記事の内容が真実であることの証明がなく,また,被告人が真実であると信ずるにつき相当の理由があったと認めることはできないものとして,前記有罪判決を受けるに至っており,原判決も,右の結論を支持していることが明らかである。
 しかし,第一審において,弁護人が「本件は,その動機,目的において公益をはかるためにやむなくなされたものであり,刑法二三〇条ノ二の適用によって,当然無罪たるべきものである。」旨の意見を述べたうえ,前記公訴事実につき証人αを申請し,第一審が,立証趣旨になんらの制限を加えることなく,同証人を採用している等記録にあらわれた本件の経過からみれば,α証人の立証趣旨は,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があったことをも含むものと解するのが相当である。
 してみれば,前記αの証言中第一審が証拠排除の決定をした前記部分は,本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があったかどうかの点については伝聞証拠とはいえないから,第一審は,伝聞証拠の意義に関する法令の解釈を誤り,排除してはならない証拠を排除した違法があり,これを是認した原判決には法令の解釈を誤り審理不尽に陥った違法があるものといわなければならない。
 されば,本件においては,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき,確実な資料,根拠に照らし相当な理由があったかどうかを慎重に審理検討したうえ刑法二三〇条ノ二第一項の免責があるかどうかを判断すべきであったので,右に判示した原判決の各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり,これを破棄しなければ著しく正義に反する。
 よって,刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を破棄し,さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を己地方裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
  昭和四四年六月二五日
   最高裁裁判長裁判官  石田和外  裁判官 入江俊郎,同長部謹吾,同城戸芳彦,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同下村三郎,同色川幸太郎,同大隅健一郎,同松本正雄,同飯村義美,同村上朝一,同関根小郷

新聞記事掲載と真実性の要件(最判昭和47年11月16日民集26巻9号1633頁)

新聞記事掲載にあたりその内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえないとされた事例
       主   文
 原判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人増渕俊一の上告理由について。
 被上告人新聞社は,その発行する日刊新聞「下野新聞」の昭和三八年一二月一日付朝刊第二面九段,一〇段目左側に,「口を押え殺す?」「えい児変死」「近く家族調べる」という見出しをつけ,「宇都宮市子町,栃木県税事務所勤務甲さんの長男βちやん(生後三カ月)が二十九日夜八時半過ぎ,急死したと同夜国立栃木病院から宇都宮署へ届け出があった。宇都宮署では三十日,γ警察医の執刀でβちやんを解剖したところ,外傷はなく,内臓にも異常がないところから窒息死した疑いが濃くなった。このため同署でも捜査を開始したが,これまでの調べだとβちやんは生まれながら口の形がかわっており,これを悲観して家族のだれかがβちやんの口や鼻をおおって殺した疑いが強まっており同署も近く家族を取り調べることになった。……」との原判示の記事を掲載したものであることは,当事者間に争いのない事実として原審の確定したところである。
 そして,被上告人新聞社が右記事を掲載するに至った経緯として,原審が認定するところによれば,
 被上告人新聞社の社会部記者δは,昭和三八年一一月二九日午後八時半頃取材のため宇都宮警察署に詰めていたところ,市内の栃木国立病院から死亡した嬰児が担ぎこまれた旨の変死届出の電話があったので,社会部長戊の指示を受け,早速同病院に直行し,検視のため臨場していた己警部補に事件の内容について尋ねたが,同人は発表の権限はないし,また,解剖しなければ結果はわからないとのことがあった。宇都宮警察署では被疑者不明の殺人被疑事件として立件し,鑑定許可状の発付を受け,翌三〇日午前一〇時から一一時三〇分まで一時間三〇分にわたり庚捜査第二課長ら立会の上,医師γ方において同医師の執刀により解剖が行われ,その結果,βの直接の死因は気道閉塞による窒息死と判定された。右判定に基づき同署では同日正午過ぎに殺人被疑事件として捜査を進めることに決定したが,同署の捜査官は,上告人ら家族の誰かがβの生まれながら口唇が変形し,殆んど手術不可能の症状であるのをうれえて殺害したのではないかとの一応の推測もしくは見込みを持っていた。δ記者は,同日午前中国立病院で取材し,午後二時頃γ医師方に赴き解剖の結果を尋ねたところ,同医師は,外傷はなく,内臓に異常はないが,窒息死であって,死因には疑いがある,死亡した嬰児の口の形が変っているので,誰かがやったものかと言いながら,手で自分の口を押えるような動作を示した。同記者は,その要点をメモし,戊社会部長に中間報告をして,その後の取材について指示を受けた。戊社会部長は,県警祭本部に照会して鑑定許可状が殺人容疑で発付されていることを知った。その後,δ記者は,宇都宮警察署に廻り,捜査経緯発表の権限を有する刑事官Xに会い,γ医師から聞いたことを詳しく述べて事実を確かめたところ,同刑事官の説明もγ医師のそれと喰違うところはなく,死因に疑いがあるのであるから新聞に書いてもよいとの諒解を得た。そこで,δ記者は,同日夕方頃戊社会部長に殺人くさいと報告し,同部長から再度警察及びγ医師について調査するとともに,上告人らから取材するように指示されたので,早速上告人ら方を訪ねたが,面会を拒否されて取材できず,近所の酒屋で明日秘かに葬式をするらしいと聞いたにとどまった。同記者は,同日午後九時半頃再度X刑事官及びγ医師について更に調査し,X刑事官に重ねて記事にすることについての諒解を確認した上,電話で戊社会部長に本件記事と同内容の報告をした。同部長は,締切り時間が追っていたので,右報告に基づき本件記事を起稿し,なお,念のため電話でX刑事官に記事内容について確かめ,容疑者について早急に捜査を進めない理由を質したところ,容疑者は家族の者と思われるが,別に逃げ隠れするわけでなく,葬式がすむまで二,三日待っても大したことはないということであったので,原稿を整理部へ廻した。そこで整理部において見出しをつけ,本件新聞に掲載報道されるに至った
というのである。
 原審は,本件記事の摘示している事実,すなわち,上告人らの誰かがβの口や鼻を押えて殺害したという主要部分の事実については,認めるに足りる証拠はないが,本件記事が掲載されるに至った経緯に関する前記認定の事実によれば,本件記事の取材にあたったδ記者は,γ医師及びX刑事官から情報を得たものであり,X刑事官からの取材は,捜査当局の公の広報活動によるものではないが,捜査当局の見解を発表する権限を有するX刑事官から直接説明を受け,しかも再度にわたり取材の結果を報道することにつき同刑事官から諒解を得ているので,捜査当局の公の発表に近いものとして信頼に値する情報であると判断したものであり,また,δ記者から報告を受けた戊社会部長は,すでに鑑定許可状が被疑者氏名不明とはいえ殺人容疑で発付されたことを知っており,本件記事を起稿するとともに念のため記事内容につきX刑事官に確認し,近く上告人らを取り調べることになっていることも確認しており,右情報について疑いをさしはさむべき情況も認められなかったのであるから,被上告人新聞社において右情報につき自主的に裏付取材をしなくても,被上告人新聞社の各担当者が本件記事の内容を真実と信ずるにつき相当の理由があったものというべきであり,右担当者に本件記事の内容の真実性に関し故意,過失はないと判断し,被上告人新聞社は本件記事掲載により上告人らの名誉を侵害したものであることを前提とする上告人らの本訴請求を全部排斥した。
しかし,本件記事の内容は,生まれつき口の形が変っている生後三か月の嬰児の窒息による変死に関するものであるところ,捜査当局においてはその屍体解剖を終ったばかりで,未だ家族に対する事情聴取もすんでおらず,βの死が単なる事故死であるという可能性も考えられ,捜査当局が未だ公の発表をしていない段階において,上告人らの誰かがβを殺害したものであるというような印象を読者に与える本件記事を新聞紙上に掲載するについては,右記事が原判示の如く解剖にあたったγ医師及びX刑事官から取材して得た情報に基づくものであり,同刑事官が署長と共に捜査経緯の発表等広報の職務を有し,右報道することについて了解を与えたとしても,被上告人新聞社としては,上告人らを再度訪ねて取材する等,更に慎重に裏付取材をすべきであった。これをしないで被上告人新聞社の各担当者がたやすく本件記事の内容を真実と信じたことについては相当の理由があったものとはいえず,同人らに過失がなかったとはいえない。従って,原判示の事情のもとにおいて,同人らに過失がないとして,上告人らの本訴請求を排斥した原判決は,不法行為に関する法令の解釈適用を誤ったものであり,これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件は,なお審理を尽くす必要があり,これを原審に差し戻すのが相当である。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官岩田 誠  裁判官大隅健一郎,同藤林益三,同下田武三,同岸 盛一

他誌を誹謗する学界誌の記事と名誉毀損(最判昭和38年4月16日民集17巻3号476頁)

他誌を誹謗する学界誌の記事に関し名誉毀損の成立を否定した事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人小島利雄,同上田誠吉の上告理由第一点について。
 所論は,法人とその代表者との社会的評価が密接に関連する場合には,法人に対する名誉毀損が同時に代表者に角する名誉毀損にも該当しうるとし,「法人と代表者とは人格を異にする」との理由で上告会社に対する名誉毀損が同時に上告会社代表者たるα個人に対する名誉毀損となることはないとした原判示を非難する。
 外形上直接には法人に対して向けられた名誉毀損の行為が実際には同時に右法人の代表者の名誉を毀損する効果を伴う場合もありうることは,所論のとおりであるが,そのように,法人に対する名誉毀損の攻撃が同時に代表者に対する命誉毀損を構成するとの評価をなすためには,その加害行為が実質的には代表者に対しても向けられているとの事実認定を前提としなければならない。加害行為が法人に対してのみ向けられているに過ぎない場合には,いかに代表者の勢力が強くその法人に対する支配力が大であっても,代表者に対する名誉侵害を云々することはできない。所論「法人と代表者との社会的評価の密接な関連性」は,加害行為が何人に対して向けられているかの事実判断に際して考慮すべきものであり,また,考慮せられれば足りるのである。
 本件について見るに,上告人αの主張は,同人が上告会社の社長であることは医事関係方面では公知の事実であるから,上告会社に対する誹謗は,そのまま直ちに,同人の名誉を毀損するというにあり,加害行為がα個人にも向けられていたとの主張はないのであるから,原審が論旨指摘のような判示をして同上告人の請求を排斥したことは正当であり,所論の違法ありと言えない。論旨は,理由がない。
 同第二点について。
 所論は,言論・出版・報道界には,本件β教授の講演内容の如きものは,いかなる紙誌もこれを独占的,排他的に掲載する権利を有しないとの慣習法ないし事実たる慣習があるとの主張を前提として,原審が上告人らの所為を「盗載」と判断したのが違法であるとする。
  しかし,講演が著作物として著作権法の保護の対象とならないようなものである場合は格別,著作権法第一条の「演述」として保護されるに値するものである以上は,すべて同法による規制を受けるのであるから,論旨はすでにその前提を欠くのみならず,右「盗載」との点についても,論旨は原判文を誤解している。すなわち,本件は,上告会社による講演内容掲載の行為が「盗載」にあたるかどうかが請求原因であるわけでなく,従って原判決の事実認定の対象となっているわけでもない。原審は,上告人αが,β博士から承諾を得ていないのにかかわらず,γから不明朗な手段で講演の沢文原稿を入手し,博士から正規の承諾を得た日本医師会雑誌への掲載に先がけて発表に及んだ行為を非として,これを非難するのに「盗載」とか「悪徳行為」とかの激越な言辞を用いてはいるけれども,事実を曲げて虚偽を語るものではないと判断しているに過ぎないのである。所論は原判旨を正解せずしてこれを攻撃するものであって原判決に所論の違法はない。また,γが週刊医学通信誌上に全文が掲載されるであろうことを知悉して上告人αに訳文を交付したとの点は,原認定に添わない事実を前提とする議論であって,上告適法の理由とならない。
 論旨は,すべて,採用しえない。
 同第三点について。
 所論は,要するに,原判文では,被上告人らの行為が上告人らの名誉を侵害しないとするのか,侵害するが違法性阻却事由があるとするのか曖昧であるが,その趣旨は後者にあると解するほかなく,而して言論の応酬について正当防衛等の観念を容れる余地はないから,そのような見解に立つ原判決は違法であるとする。
 案ずるに,所論原判示部分がその措辞においていささか明晰を欠くことは否み難いが,その趣旨においては,被上告人らの言動は違法に上告会社に損害を加えたものでないことを判示するにあることはこれを看取するに難くない。しかして,自己の正当な利益を擁護するためやむをえず他人の名誉,信用を毀損するがごとき言動をなすも,かかる行為はその他人が行った言動に対比して,その方法,内容において適当と認められる限度をこえないかぎり違法性を缺くとすべきものであるから,本件被上告人らがβ博士の承諾を得て,その講演内容を日本医師会の機関誌である日本医師会雑誌に掲載する権利を有していた以上,右講演内容が先に他誌に掲載されたことにつき,真実を公表弁明して,その権利名誉を擁護するにあたり,被上告人らが採った処置の方法。内容は,原判決の確定した客観的事情の下では,未だ上告人らの名誉・信用を害したものとなすをえないとした原審の判断は,これを肯認しえないではなく,原判決に所論の違法があるとはいえない。
 論旨は採用しえない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官 石坂修一,裁判官 河村又介,同垂水克己,同五鬼上堅磐,同横田正俊

初の民間人校長の自殺についての報告書と名誉毀損(最判平成22年4月27日)

民間登用の市立小学校長の自殺につき,県と市の教育委員会の報告書に「自殺の原因は教職員との対立にある」と書かれ名誉を傷つけられたなどとして,同校の教諭らが,損害賠償等を求めた訴訟で,報告書は社会的評価を下げる内容ではないとした事例

       主   文

  上告人O市の代理人島本誠三ほか及び上告人HM県の代理人水中誠三ほかの各上告受理申立て理由(ただし,いずれも排除されたものを除く。)について
 1 本件は,HM県内の公立小中学校の教職員により結成されている職員団体及びその構成員である被上告人らが,O市立小学校に民間から赴任した校長が在任1年足らずで自死した事件に関し,HM県教育委員会(以下「県教委」という。)及びO市教育委員会(以下「市教委」という。)がそれぞれ作成した調査報告書の公表によって名誉を毀損されたなどとして,上告人らに対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等を求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 当事者等
 被上告人HM県教職員組合は,O市立αβ小学校(以下「αβ小」という。)において三原地区支部O支区αβ小分会を組織しており,被上告人X1は,平成14年ころ,αβ小の教職員であって同支区執行委員長の地位にあった。
 Xは,同年3月末まで,株式会社Y銀行東京支店副支店長の職にあったが,県教委による選考を経て,同年4月1日,O市初の民間人校長の1人として市立小学校長に採用され,αβ小の校長を命じられた。
 なお,民間人校長任用の趣旨は,優れた資質や力量を持つ民間人を校長として任用し,企業で培われた幅広い社会体験や組織運営の発想を取り入れ,学校全体の活力を高めることにあった。被上告人HM県教職員組合は,民間人校長登用は教育の特質上好ましくないとしてこの制度に反対していたが,民間人校長個人を排斥する運動方針は採っておらず,αβ小においても同様であった。
 (2)X校長の自死に至る経緯
 ア X校長は,着任当初から,教職員が各自意見を述べることに驚きを覚えるとともに,制度の導入,変更の際の教職員への説明を始めとして市教委からの各種指示の伝達や周知の方法等に至るまで,上意下達的な前職時代と異なる点が多々見られることに戸惑った。X校長は,甲教頭の補佐を受けたり,市教委の回答を待って教職員の質問に応答する等精一杯の努力をしていたが,次第に教職員らとの対応に気分の重さを募らせていった。
 イ X校長が,平成14年5月7日,運動会では今年度から国旗掲揚や国歌斉唱を導入する旨述べた際,複数の教職員から,相当時間にわたり疑問や反対の趣旨の発言があった。X校長は,教育現場にそうした対立があること自体に十分な認識がなかったため説明に窮し,困惑した。もっとも,最終的には,同月26日に開催された運動会では国旗掲揚及び国歌斉唱が行われた。
 ウ 甲教頭は,同年5月10日,脳出血で入院した。X校長は,このことで精神的に動揺し,同月13日,精神科で中程度の抑うつ状態と診断され,同日,1か月の療養を要する旨の診断書を持参して市教委に病気休暇を申請した。これに対し,市教委は,支援強化によって対応が可能と判断してX校長を励まし説得したところ,X校長も休暇取得を断念した。市教委は,指導係長らをαβ小に毎日派遣し,県教委からは同月14日付けで教職員の加配措置を受けた。後任の乙教頭は,同月28日に着任し,以後連日,X校長の相談に応じた。
 エ X校長は,同年夏前から体調を崩し,同年8月20日,精神科でうつ病と診断され休業を勧告されたが,勤務の合間に通院(計16回)することとなった。
 オ X校長は,2学期に入ると精神的にやや安定したが,同年10月26日早朝,αβ小で飼育中のうさぎが多数殺される事件が発生すると,殺到する取材の対応に追われた上,これを機に始まった一斉集団下校の終了時期をめぐってPTAとの間で行き違いが生ずるなどしたため,その病状が悪化し,投薬量も増えていった。
 カ X校長は,同年11月ころ提出した人事調書に,うつ病での通院等を理由に安芸郡(以下略)の自宅近くへの転任希望を記載し,平成15年1月ころ県教委が行った人事異動に関するヒアリングでは,自身の指導力向上を図る必要性は認めつつ,着任以来職員が校務運営に協力的でない旨述べ,特に非協力的な職員数名の異動を希望した。
 キ 乙教頭は,同年2月14日,心筋梗塞で入院した。X校長は,落ち込んで校長室にこもるようになった。市教委は,同月17日から週に2,3回の割合で職員をαβ小に派遣したが,後任の教頭については,甲教頭を同年3月から復帰させるか否かで方針が定まらなかった。また,このころ,県教委からX校長に対し,一定の成果を出す必要上,在任1年での自宅近くへの異動は不可能である旨の見通しが示された。
 ク 卒業式のしおりは,市教委からの指示により,平成14年度からは式次第に国歌斉唱を盛り込み,年の表記も元号を原則とすることになっていたが,X校長の説明に対し,教職員らから従前の表記を変更することへの反対が表明された。もっとも,最終的には,市教委の指示どおりの表記でしおりが作成された。
 ケ X校長は,平成15年2月26日,複数教員による授業(ティーム・ティーチング。以下「TT」という。)の授業実績報告書を市教委に提出した。ところが,同年3月6日,県教委からTTの実態に疑義が示され,市教委がαβ小に出向いて帳簿点検等を行った。TTについては他校で未実施のまま実施と報告する不正が発覚していたため,X校長は非常に神経質となって夜遅くまで対応に追われた。県教委は,この問題に関するαβ小における調査を,同月10日に予定していた。
 コ X校長は,同年3月9日,自らの非力で迷惑をかけたことをわびる趣旨の遺書を残し,αβ小内で自死した(以下,この事件を「本件事件」という。)。
 サ なお,X校長は,赴任当初は前記自宅からαβ小まで新幹線で通勤していたが,連日帰宅が深夜に及んだため,平成14年5月下旬,妻と共にO市内の借家に転居した。X校長の超過勤務時間は毎月平均して70時間を超えており,特に本件事件前1か月間は120時間を超えていた。また,赴任後本件事故までの休日113日のうち,業務や地域行事への参加等に費やした日が約43日あった。
 (3) 本件事件の原因
 本件事件は,X校長が,職場での意見のとりまとめ方が前職時と全く異なること,教育現場で種々の対立があることに加え,各種膨大な事務の処理,PTA等との関係調整等の重圧により次第に心身が疲弊したところに,頼りにしていた教頭が相次いで病に倒れたことへの自責の念も加わり,県教委及び市教委の十分な応援が得られず,異動が可能となる見通しも示されない状態の下でTTをめぐる問題の処理が追い打ちとなり,衝動的に死を選んだものと推測される。
 (4) 本件事件に関する調査結果及びその公表
 県教委は,本件事件の原因解明と適正な再発防止策の検討のため内部に調査委員会を設置し,平成15年5月9日付けで「O市立αβ小学校問題の調査結果について」と題する報告書(以下「県報告書」という。)を作成した。市教委も,本件事件の原因究明のため内部に調査委員会を設置し,同日付けで「O市立αβ小学校問題調査結果について」と題する報告書(以下「市報告書」といい,県報告書と併せて「両報告書」と総称する。)を作成した。両報告書は,同日,公表された。
 両報告書の概要は,次のとおりである。
 ア 両報告書は,いずれも本件事件に至る経緯をおおむね前記(2)のとおり記述した後(以下,この記述部分を「経過記述部分」という。),本件事件の原因を断定することは困難であるとしつつ,その背景と要因についての作成者の見解を記述するものである(以下,この記述部分を「背景要因記述部分」という。)。
 イ 県報告書の背景要因記述部分は,① X校長は,元々学校経営に意欲的であったが,採用当初から学校教育に関する専門知識の不足や教職員との関係等についての不安を抱えていた上,希望に反し遠方のαβ小に配置され,その学校運営上の課題を十分伝えられることもなかった,② αβ小が後記③のような課題を抱えていて職員団体も民間人校長の任用に反対していた状況にあったにもかかわらず,県教委及び市教委の支援が不十分であった,③ αβ小においては,職員の了解を得ないと学校運営が難しいなど事実上校長権限が制約されていたほか,校務運営組織が未整備であったため,学校としての意思決定に当たり一部教職員から様々な対立的意見が出され,例えば国旗国歌の指導や元号表記の問題について,質問を繰り返したり異議を申し立てる等の行為がみられるなど,教職員が校務運営に協力する姿勢に乏しく,X校長が相当苦悩していたことがうかがわれる,としている。
 ウ 市報告書の背景要因記述部分は,① αβ小においては,校長権限が制約を受けていて,教職員の協力姿勢も十分とはいえず,国旗や国歌,元号表記等について,対立意見を質問の形で繰り返すなどしてX校長を困惑させていた,② 平成15年2月には臨時職員の配置や後任教頭の発令といった措置を執ることができず,教頭不在時における市教委の支援体制が不十分であった,③ PTAの中には学校や教職員に対して強い不信の念を有する人もおり,X校長はPTAとの関係で苦慮することもあった,としている。
 (5) その他関連する事情
 県教委及び市教委は,両報告書の公表日に,これと併せて,本件事件に関し,X校長に対する支援が不十分であったこと等を理由に,HM県教育長及びO市教育長を戒告とし,県教委幹部職員4名,市教委幹部職員2名を文書訓告とした旨公表した。
 なお,被上告人HM県教職員組合は,独自の調査に基づき,平成15年7月20日,両報告書を批判的に検討する「O市立αβ小学校校長『自死』調査委員会最終報告」と題する小冊子を発行し,その中で,本件事件の原因は,X校長からの病気休暇願及び転勤希望の拒絶,超過勤務の常態化,PTAとの関係,市教委による支援不足等にあると指摘した。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,両報告書の公表行為が被上告人らに対する違法行為を構成するとして,被上告人らの上告人らに対する損害賠償請求のうち,名誉毀損を理由とする請求に関する部分を被上告人HM県教職員組合につき110万円,被上告人X1につき44万円の限度でいずれも一部認容すべきものとした。
 両報告書とも,X校長と教職員らとの対立に関する場面を臨場感を持って描写しているが,教職員らは基本的にはX校長の提案に協力していたのであるから,その経過の一場面をとらえて自己の立場から特定の評価を下した書き方をするのは,公正かつ客観的であるべき両報告書の性質に照らして相当ではない。そして,両報告書の経過記述部分及び背景要因記述部分からは,本件事件の主要な要因は,αβ小の教職員が終始X校長に非協力的で反抗的な言動を繰り返して円滑な学校運営を阻害し,X校長を困惑させて精神的に疲弊させたことにあるとの趣旨を読み取ることができ,これらの記述部分は,被上告人らの名誉を毀損するものというべきであるが,本件事件の原因は前記2(3)のとおりであるから,両報告書はその重要な部分において真実とは認められない。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
  前記事実関係等によれば,両報告書は,O市初の民間人校長の1人が在任1年足らずで自死するに至ったという,県民及び市民の関心の高い本件事件に関するものであり,その原因を究明して再発防止を図り,その上で責任の所在を可能な限り明確にするために作成されたものというべきである。
 両報告書の経過記述部分は,X校長が,αβ小の校長に採用されてから本件事件に至るまでの間,専門用語や職場の雰囲気に慣れない中で市教委等から来る指示を教職員に説明し,時に思わぬ反対を受けて困惑させられたほか,相当程度の超過勤務に加えて赴任当初は長時間通勤を強いられ,PTAとの関係やうさぎの殺害事件に関するマスコミ対応等にも苦悩する中でうつ病を増悪させ,教頭が相次いで入院しながら必ずしも十分な支援が市教委等から得られず,そこにTTをめぐる問題等の処理が重なったとするものである。これらの事実は,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば,その摘示をもって被上告人らの社会的評価を低下させると解することが困難であるものが大半であると認められる上,いずれもそれ自体は真実である。また,経過記述部分には,県教委及び市教委が相対的に自らの責任を軽く,教職員らの責任を重く見せようとするかのような部分が一部に認められないわけではないものの,これに接した一般の読者は,本件事件の要因が複雑かつ多岐にわたり,その主な責任を直ちに特定の者又は団体に帰することはできないとみるのが通常であると考えられ,その主要な要因がαβ小の教職員の非協力的な言動にあるという趣旨を読み取るとは認め難い。
 両報告書の背景要因記述部分は,上記のような経過記述部分を前提に,調査の結果として,本件事件の原因を断定することは困難であるとの留保を付しつつ,その要因は県教委及び市教委の支援不足,PTAとの関係等のほか,教職員らの対応にもあったとするものであり,殊更に本件事件が主として被上告人らの言動に帰されることを示す趣旨のものとはいえず(現に,県教委及び市教委は,両報告書の報告内容に基づき,X校長に対する支援が不十分であったことを理由に幹部職員等に対する懲戒処分等を行っているというのである。),経過記述部分にみられる事実の評価として相当性を欠くものとはいえない。
 そして,県教委及び市教委が両報告書を公表したのは,本件事件の原因等に関する調査結果を広く県民及び市民に伝達し,教育行政の問題点や実情に関する説明をするとともに,その内容についての批判や検証を県民及び市民にゆだねるためであったということができ,現に,被上告人HM県教職員組合は,両報告書の公表後に,その内容を批判的に検証する冊子を発行しているところである。
 以上によれば,両報告書の記載中において,本件事件の原因の一つに教職員ら,ひいては被上告人らの言動があることがやや強調され過ぎている部分があることを考慮しても,県教委及び市教委によるその公表行為に国家賠償法1条1項にいう違法があったとはいえない。
 5 これと異なる見解の下に,被上告人らの上告人らに対する損害賠償請求のうち,名誉毀損を理由とする請求に関する部分を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上記判断に係る部分は破棄を免れない。
 なお,原判決中,被上告人X1に対する転任処分の違法を理由として,上告人らに連帯して66万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じた部分に関する上告人らの各上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された。
 そうすると,被上告人らの請求は,上記の限度において理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきことになる。これと異なる原判決を,主文のとおり変更する。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官那須弘平 裁判官堀籠幸男,同田原睦夫,同近藤崇晴,同藤田宙靖は,退官につき署名押印することができない。 裁判長裁判官那須弘平

名誉毀損と真実性の要件(最決昭和51年3月23日刑集30巻2号229頁)

ア名誉毀損の摘示事実につき真実と誤信する相当の根拠がないとされた事例
イ弁護人が被告人の利益擁護のためにした名誉毀損行為につき正当な弁護活動として刑法上の違法性が阻却されないとされた事例
       主   文
本件上告を棄却する。
       理   由
(上告趣意に対する判断)
弁護人森長英三郎ほか二二名連名の上告趣意について所論のうち,高裁判例の違反をいう点は,所論引用の判例は当審判例(昭和三四年五月七日判決・刑集一三巻五号六四一頁)により変更されており,当審判例の違反をいう点は,その実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であり,原判決が確定判決の認定と異なる事実を認定することは許されない旨を判示したと主張して憲法二一条,三一条違反をいう点は,原判決は所論のような判示をしているものとは解されず,その他の事項につき憲法二一条,三一条違反をいう点及び憲法三七条三項違反をいう点は,いずれも原審において主張,判断されていない事項についての主張であり,その余の点は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,すべて適法な上告理由にあたらない。
(中略) 
 職権により,弁護人ら及び被告人本人が特に重点を置いている主張,すなわち,(イ)被告人の摘示した事実が真実であることの立証がされており,又は被告人がその事実であると信じたことにつき確実な資料,根拠に照らし相当の理由があるから,名誉毀損罪は成立しない,(ロ)本件行為は,被告人が,丙及び辛(以下,単に丙らという。)の弁護人として,その利益を擁護するためにした正当な弁護活動であるから,刑法三五条により罪とならない,という主張につき,当裁判所は,次のとおり判断を示す。
 一 まず,原判決が是認する第一審判決の認定によると,被告人及び相被告人であった甲(以下,単に被告人らという。)が同判決判示の事実を公表するに至った経過は,以下のとおりである。
 被告人らはいずれも弁護士であるところ,被告人乙は,東京高等裁判所に係属した丙らに対する強盗殺人被告事件(いわゆる丸正事件)の控訴審の弁護を担当し,その審理において丙ら両名の冤罪を主張して第一審判決の破棄を求めたが,昭和三三年一二月九日控訴が棄却されたので,丙らとともに上告して引き続き弁護を担当することになった。そして,弁護を担当した当初から丙らが犯人であることに強い疑念を抱いていたところから,事件が上告審に係属した後,甲に事情を説明して弁護に加わってもらい,共同して事件記録及び証拠物を新たな観点から検討した結果,ともども真犯人は被害者丁の兄戊とその妻己,弟庚ら同居の親族であるとの見解を抱くに至った。そこで,被告人らは,その趣旨を記載した上告趣意補充書を共同で作成したうえ,これを昭和三五年三月二八日最高裁に提出する一方,最高検察庁検察官に対してもその写を提出し,真犯人は内部の者であると思われるから事件につき再捜査をされたい旨申し入れた。ところが,その翌日,甲が,懇意の最高裁司法記者クラブ所属の新聞記者から,最高検察庁では再捜査をする意思がないといっていた旨聞知したので,被告人らは,協議のうえ,最高検察庁などの捜査機関が再捜査に乗り出さない限り,証拠資料を収集する組織と権限をもたない弁護人としては到底自らの努力のみでは丙らの□罪を晴らすことはできないと判断し,このうえは新聞の報道などの方法によって真犯人が戊ら内部の者であることを世人に訴えて世論を喚起し,冤罪の証拠の収集に協力を求め,ひいては最高裁の職権発動による原判決破棄を促すことを企図し,第一審判決判示第一のとおり,最高裁内の司法記者クラブ室に各社の新聞記者を集めたうえ,こもごも上告趣意補充書の内容を説明し,記者の質問に答え,あるいは死体及び犯行現場の写真を展示するなどして,丁は丙らによって殺害されたものではなく,戊及び己又はそのほか同夫婦と意思を通じた者が就寝中の丁を絞殺したうえ犯行現場を偽装するため死体を丸正運送店洋服部の店先に運んだものである旨発表した。そのため,被告人らは,同年五月二日戊から名誉毀損罪で告訴されたので,これに対し防禦する必要に迫られるとともに,同年七月一九日前記被告事件につき上告棄却の決定を受けたので,裁判所の通常の審理によって丙らの冤罪を証明する途を失ったところから,協議のうえ,先に新聞記者に発表した事実の詳細を一般に公表して,冤罪を証明する資料の収集につき世人の協力を求め,再審請求の途をひらくほかはないとの結論に達し,第一審判決判示第二のとおり,戊,己及び庚の三名(以下,単に戊らという。)が就寝中の丁を絞殺し,これを丸正運送店出入りのXトラック会社(のトラック運転手らの犯行であるかのように偽装するため死体を同店洋服部の店先に運び出すなどした旨を記載した「告発」と題する単行本を共同執筆し,七,〇〇〇部を出版してうち約四,〇〇〇部を発売頒布した。
 二 次に,被告人らが本件の第一審以来事件の真相として主張している戊らの犯行の模様は,以下のとおりである。
 戊らは,丁を殺害することを共謀し,昭和三〇年五月一一日午後一一時ころ,丸正運送店階下の六畳間に就寝中の丁の不意を襲って共同して同女の抵抗を制圧し,仰向きのままこれを絞殺し,その顔面に付着した鼻□出血が凝固するまで押しつけた後,両脚を縛り,同店出入りのXトラック会社の運転手らの犯行であるように装うため,翌一二日前零時過ぎころ,既に硬直が生じていた死体を同店運送部の土間の方に運搬するつもりで洋服部の店先の四畳間まで運んだ際,仰向きになっていた丁の死体をうつ向きにしてしまい,鼻□内の血液が畳の上にこぼれたため,やむなく死体をその場にうつ伏せにしたまま放置してそこが殺害現場であるように装うことにし,丁の排尿で汚れた同女の寝床のシーツを取り除き,現金入りの同女の鞄を死体の傍に置くなどの偽装工作を施した。
 三 第一の争点は,被告人らの主張する事実を真実と認めることのできる証拠又はこれを真実と誤信するのが相当であると認めうる程度の確実な資料,根拠が存在するかどうかである。
 (一)右の証拠又は根拠として最も重要なものは,いうまでもなく真犯人が戊らであることに直接結びつくものであるが,そのほか真犯人が丙らではないことに結びつくものも,考慮に入れなければならない。何故なら,丙らの無罪を証明することができても,それは戊らが真犯人であることを直ちに証明することにならないことは当然であるが,間接的にその証明に役立つ場合がありうるからである。さらに,この問題を考えるにあたっては,真犯人が丙らであることに直接結びつく証拠又は根拠をも考慮しなければならない。思うに,真犯人が丙らであることの証拠が存在するにかかわず,戊らが真犯人であること,又は戊らが真犯人であるとの誤信が相当の訳拠に基づくものであることを立証するためには,丙らの有罪を断定するのに供された証拠をも総合判断したうえ,これを克服する立証をする必要があるからである。このことは,丙らに対する有罪の確定判決の認定事実に拘束力を認めるものではなく,真実性又は相当な根拠の有無の判断に関連をもっすべての証拠を考慮すべきことの当然の帰結である。
 (ニ)弁護人ら及び被告人らは,戊らが真犯人であることに結びつく証拠又は根拠があるとして,概要(1)ないし(4)のような指摘をしている。
(1)戊らは,丁が丸正運送店の経営の実権をもち経済的にも恵まれていることに対し羨望,不満をつのらせ,その経営の実権と現金を奪うため殺害に出たと認めるべき事情がある。
(2)事件後に被害届が出されていた丁の定期預金証書三通が事件の半年後に庚の居住する同人の母小出いう(以下,単にいうと呼ぶ。)方の居宅内で発見されており,庚の犯行への加担の事実が明らかである。
(3)戊らの行動には,(イ)戊,己が,二階にいながら犯行に気付いていないと供述していること,(ロ)戊が,丁の脚の紐を解きながら,頚の絞条を解かなかったこと,(ハ)戊が,死体に向って「丁,丁」と呼びかけていること,(ニ)庚は,事件現場にいったん来た後いう宅に早々と戻ったこと,などの不審な点が多い。
 (4)庚が事件の前に食べていた落花生の薄皮が死体に付着していた。
 そこで検討するに,原判決及びその是認する第一審判決が,右の諸点をも含めて検討したうえ,戊らを真犯人であると積極的に認めるに足りる証拠又は真犯人と誤信するのが相当と認められる積極的な根拠があるとは到底いえないと判断したのは,正当としてこれを支持することができる。すなわち,(1)に関しては,戊らと丁の収入にかなりの差があったものの,常に感情の対立葛藤が存在していたわけではないし,戊らに営業の実権を奪う意図があったことを認めうる征拠もなく,戊らに殺害の動機があるとする主張は,臆測の域を出ないものというほかはない。また,(2)に関しては,庚が定期預金証書を隠匿したと認めるベき証拠がないばかりではなく,このことをめぐる経過は,丁が持っていた証書が見当らなかったところから被害居が出されたが,その後いう宅の押入れからこれが発見されたため,警察に提出されたというにすぎず,庚の犯行への加担の証拠となるものではない。さらに,(3)に関しては,(イ)ないし(ニ)の事実は,必ずしも戊らを真犯人と推定するに足る不審な行動とみることはできない。(4)に関しても,庚は,事件の前に丸正運送店で落花生を食べていたのであるから,庚自身が犯行に加担しなくても死体に落花生の薄皮が付着する可能性が十分にあったものということができ,これをもって庚の犯行の証拠と断ずることはできない。
 要するに,以上の点は,戊らの犯行を積極的に証明するに足りないことはもとより,これを間接的に推測するに足りるものでもなく,他にこの判断を左右するに足りるだけの証拠は存在しない。
 (三)他方,弁護人ら及び被告人らは,真犯人が丙らではなく内部の者であることをうかがわせる証拠又は根拠があるとして,概要(1)ないし(4)のような指摘をしている。
 (1)(イ)五月一二日の午前二時半ころ最初に死体を発見したXトラック会社の助手壬が,死体はうつ伏せで両脚の膝から下をほぼ垂直に上にあげていたと供述していること,(ロ)医師乙完夫が,死体解剖の結果,胃の内容物の消火状態から判断すると死亡時刻は食後三,四時間,胃粘膜の性状を考慮に入れると食後五時間と推定されると鑑定していること,(ハ)死体発見直後に現場に駆けつけた丁の母いうが,「まあ,この子は冷たいよ。」といったこと,(ニ)同日午前一時ころ丸正運送店の前を通りがかった小林さち子が,同店洋服部の内側から表ガラス戸に沿って引いてあったカーテンを通じて洩れる薄ぼんやりとした電灯の光を目撃していること,を併せ考えると,犯行時刻は,同日の午前一時すぎではなく,前日の午後一一時ころであると認めるのが合理的である。すなわち,一二日午前二時半ころに既に死体の硬直が始まり,かつ,死体の温度低下が相当進んでいたところから判断すると,死後三時間は経過していると認めるのが相当であり,このことは,胃内容からする死亡時刻の推定及び一二日午前一時すぎころには店内が点灯されていて犯行が行われていなかったと認められることとも合致する。してみれば,一一日午後一一時ころに沼津市内にいた丙らの犯行でないことは明らかであり,内部の者の犯行と推定するのが合理的である。
 (2)犯行場所は,辛の自白にあるように死体が発見された四畳間に続く土問ではなく,丁の寝室の六畳間であると認めるのが相当である。すなわち,(イ)現場が乱れておらず,死体の足の裏も汚れていないことから判断すると,殺害現場は土間であるとは考えられないこと,(ロ)死体の顔面及び四畳間の畳の上の血痕から判断すると,丁は,辛の自白にあるように,立った状態で絞殺されたものではなく,仰向きのまま一〇分間以上も押えつけられたまま絞殺され,その後死体の移動中に四畳間でうつ向きにされたとみるのが合理的であること,(ハ)六畳間の丁の寝床にシーツがなかったことから判断すると,絞頸痙□時に生じた排尿のため汚れたシーツを内部の者が取り除いたものと推定するのが相当であること,がその根拠となる。
 (3)右の犯行は,二名では実行できるものではなく,すくなくとも三名を要すると認めるのが相当であり,このことは,(イ)鑑定人大村得三が,「犯人の人数が複数であり,三人以上とみるのが自然である」と鑑定していること,(ロ)丁の抵抗の物音を聞いた者がいないこと,とも一致する。
 (4)犯行現場には,丁がXトラック会社の運転手を応待する際に殺害されたことを示す痕跡があるが,それらはいずれも不自然なものであって,偽装工作と認めるのが相当である。
 しかし,原判決の是認する第一審判決が,これらの諸点はすべて丙らの犯行であることに疑念を生じさせ,又は内部の者の犯行であることをうかがわせるものではないと判断しているのは,正当として支持することができる。右の指摘のうち,最も留意を要するのは,死亡時刻に関する(1)の点である。すなわち,死体が壬の供述するような状況にあったとすれば,その発見時に既に硬直が始まっており,死亡時刻が一二日午前一時すぎより相当早いと推定することも可能であって,被告人らがこの点に重視したのは,無理からぬからである。しかし,壬と同時刻ころに死体を目撃したXトラック会社の運転手杉山忠及び戊は共に,死体が右半身を下にして横たわり,両膝がくの字形に折れ曲がっていたと供述しており,死体の傾き方や両膝の曲がり方についての目撃者の供述がくい違っているばかりでなく,うつ伏せで両脚の膝から下を上にあげるという壬の供述に近い状態は,死体の硬直が始まっていなくても生じえないものではないから,同人の供述を根拠として死体の硬直が始まっていたと断定するのは,早計である。むしろ,一二日午前三時ないし三時半ころまでの間に撮影された死体の写真によると,死体は仰向きの状態で,左脚は膝の部分をほぼ真直ぐに伸ばし,右脚は膝をくの字形に折り曲げて左脚の下に組み敷かれていたことが明らかであるから,同時刻ころには未だ死体の硬直が始まっていなかったものと認めるのが相当である。被告人らは,この点に関し,右時刻ころに死体の硬直が認められないのは,戊が死体の硬直を壬らに発見され,内部の犯行であることが発覚するのをおそれて,死体を仰向きにし,両下肢を縛ってあった腰紐を解く際に硬直を緩解したからであると推定する。しかし,硬直を緩解するには膝関節を伸ばすなどして筋肉をもみほぐす必要があるのに,戊がこれらの動作に出たことはなく,また,戊がこのような法医学的知識に基づいて意図的に硬直を解いて犯行時刻をまぎらわしたとみるのは不自然であって,右の推定は合理的でない。しかも,犯行時刻が問題となってはおらず,丙らへの嫌疑も生じていない最初の時点において,戊が死亡時刻を遅らせるような作為をする必要があったとは,到底考えられない。結局,右の推定は,死亡時刻が一二日午前一時すぎころとすると,丙らを真犯人と認定するほかないので,真犯人は内部の者であるという主張との矛盾を避けるためになされたものとみざるをえない。原審において杉山猛が壬と同旨の供述をしていることも,右の判断の妨げとなるものではない。胃内容の消化状況からの死亡時刻の推論も,他の複雑な事情により変わりうるのであって,正確なものとはいえない。さらに,いうは,その発言に関し,「生きている人間に比べて冷いと感じたからであって,死体には温度は未だ残っていた」旨を供述しているのであるから,その発言をもって死亡時刻を一一日午後一一時ころと認定する証拠とすることはできない。一二日午前一時ころ薄ぼんやりとした光が内部からもれていたという点も,内部の者の犯行の証拠と断ずることはできない。(2)(イ)に関しては,被害者は隻腕の女性であるから,抵抗がさほど激しくなかったと考えることもできるし,コンクリート張りの土間であるから,足の裏が汚れていないことも不自然ではない。(2)(ロ)に関しては,血痕の状態からは,被害者が痙□時に仰向きであったことを認めうるにとどまり,絞頚時に仰向きであったことを推定することはできない。(2)(ハ),(3)(イ),(ロ),(4)に関しても,丙らが真犯人であることと矛盾する点はない。(3)(イ)の大村鑑定人の鑑定は,一定の条件を基にした推論にとどまるものである。
 結局,丙らの犯行であることの一応の反証として,前記(1)(イ)に記載するような壬の供述があるものの,他の証拠と総合判断するときは十分な反証ということはできず,ほかに丙らの犯行であることに疑念を生じさせ,又は内部の者に犯行をうかがわせるに足りる証拠は存在しないというほかはない。
 (四)さらに,留意を要するのは,丙らが有罪判決を受けるについては,合理的な疑を容れる余地のない程度に十分な証拠が存在していたことである。詳細にその内容を説示するまでもないが,辛が犯行を全面的に自白しており,その自白には客観的な裏付けがあり,かつ,任意性が認められること,及び五月一二日午前一時一五分ころ,丸正運送店から四〇メートル位離れた極東商会前にXトラック会社所属のトラックが一台駐車しており,乗員がいなかった事実が,偶々その傍を通りかかったタクシー運転手とトラック運転手によって目撃されており,かつ,同時刻ころこの場所に駐車する可能性のあったXトラック会社所属のトラックは丙らの乗車するトラック以外になかったことが証拠上明らかであることは,丙らの犯行を証明する極めて重大な事実として,ここに特記しておくべきであろう。目撃者であるが,以前Xトラック会社に勤務していた者であって,その観察に誤りがあるとは思われないことも,付言しておきたい。
 (五)以上を総合すると,丸正事件が丙らの犯行であることについては,合理的な疑いを容れる余地のない証拠があるのに対し,戊らの犯行であることについては,合理的な疑いを容れることのできない証拠はもとより,証拠の優越の程度の証拠すら存在しないものと判断せざるをえない。また,被告人らがその摘示した事実を真実であると信ずることについても,それを相当であると認めうる程度に確実な資料,根拠があるとはいえない。
 四 第二の争点は,被告人らの本件行為が,丙らの弁護人としてその利益を擁護するためにした正当な弁護活動であるかどうかである。
 (一)名誉毀損罪などの構成要件にあたる行為をした場合であっても,それが自己が弁護人となった刑事被告人の利益を擁護するためにした正当な弁護活動であると認められるときは,刑法三五条の適用を受け,罰せられないことはいうまでもない。しかし,刑法三五条の適用を受けるためには,その行為が弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず,行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して,それが法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならないのであり,かつ,右の判断をするにあたっては,それが法令上の根拠をもつ職務活動であるかどうか,弁護目的の達成との間にどのような関連性をもつか,弁護を受ける刑事被告人自身がこれを行った場合に刑法上の違法性阻却を認めるべきかどうかという諸点を考慮に入れるのが相当である。
 (ニ)これを本件についてみると,弁護人が弁護活動のために名誉毀損罪にあたる事実を公表することを許容している法令上の具体的な定めが存在しないことは,いうまでもない。
 また,原判決及びその是認する第一審判決の認定によると,被告人らは,戊ら三名が真犯人であることを広く社会に報道して,世論を喚起し,丙ら両名を無罪とするための証拠の収集主つき協力を求め,かつ,最高裁の職権発動による原判決破棄ないしは再審請求の途をひらくため本件行為に出たものであって,丙らの無罪を得るために当該被告事件の訴訟手続内において行ったものではないから,訴訟活動の一環としてその正当性を基礎づける余地もない。すなわち,その行為は,訴訟外の救援活動に属するものであり,弁護目的との関連性も著しく間接的であり,正当な弁護活動の範囲を起えるものというほかはないのである。
 さらに,既に判示したとおり,被告人らの摘示した事実は,真実であるとは認められず,また,これを真実と誤信するに足りる確実な資料,根拠があるとも認められないから,たとえ丙ら自身がこれを公表した場合であっても,名誉毀損罪にあたる違法な行為というほかはなく,同一の行為が弁護人によってなされたからといって,違法性の阻却を認めるべきいわれはない。
 その他,本許行為の具体的状況など諸般の事情を考慮しても,これを法秩序全体の見地から許容されるべきものということはできない。
   最高裁裁判長裁判官岸上康夫 裁判官藤林益三,同下田武三,同岸 盛一,同団藤重光

名誉毀損による慰謝料の額を算定するに当たり損害後の被害者の有罪判決を斟酌することの可否(最判平成9年5月27日民集51巻5号2024頁)

新聞記事による名誉毀損による慰謝料の額を算定するに当たり損害後に被害者が有罪判決を受けたことを斟酌することの可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人喜田村洋一の上告理由について
 一 本件は,被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして,上告人が被上告人に対し損害賠償を請求するものであり,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人の発行する「スポーツNP」紙の昭和五九年二月一五日付け紙面に,第一審判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は,「『α野氏に保険金殺人の計画を持ち込まれた』あるサラリーマン,ショッキングな証言」等の見出しを付した六段抜きの記事である。その大要は,「社会的地位のある人」(「大手の会社に所属するサラリーマン甲さん(四六)。本人の希望で特に名を秘す。」と記載されている。)が「確か四年ぐらい前」に上告人から保険金がらみの交換殺人の計画を持ち込まれたと「“証言”」しているというものであり,「甲さんはα野氏からこう切り出された。『あんたの奥さん,オレが殺すからあんたはオレの女房をやって保険金をガッポリいただくというのはどう?』」といった記載がある。
 2 上告人は,本件記事が掲載された後,第三者に依頼して自分の妻を殺害しようとした二つの事件で起訴され,(1) 殺人未遂被告事件につき,昭和六二年八月七日に第一審で有罪判決を,平成六年六月二二日に控訴審で控訴棄却の判決を受け,(2) 殺人被告事件につき,同年三月三一日に第一審で有罪判決を受け,いずれも上訴中である。
 二 原審は,右事実関係の下において,おおよそ次のように判示して,第一審判決のうち上告人の請求を一部認容した部分を取り消し,上告人の請求を棄却した。
 1 本件記事が掲載された新聞が発行された当時,上告人の名誉がこれによりある程度毀損されたことは,認められないわけではない。
 2 しかし,上告人が前記の有罪判決を受けている現在の時点では,上告人の名誉すなわち社会的評価は,有罪判決自体によって低下しているものというべきであり,遠い過去の新聞記事である本件記事が上告人の社会的評価に影響するところはほとんどない。また,刑事事件とは別に,民事訴訟において上告人が無罪であるかどうかを審理し裁判することは,刑事裁判制度の役割を否定することにつながりかねない。従って,本件記事による上告人の社会的評価の低下につきその回復を図ることは,意味がないだけでなく有害であって,許されない。
 3 上告人が本件記事により何らかの精神的苦痛を被ったとしても,それは,遠い過去の時点に上告人の名誉を傷つける記事があったことを認識したことによる不快感という程度のものであり,上告人が有罪判決を受けている現状の下では,上告人が本件記事を閲読したことにより賠償に値する精神的損害を被ったとはいえない。
 三 しかし,原審の右判断のうち2及び3の点は,是認できない。その理由は,次
のとおりである。

 1 不法行為の被侵害利益としての名誉(民法七一〇条,七二三条)とは,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことであり(最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁参照),名誉毀損とは,この客観的な社会的評価を低下させる行為のことにほかならない。新聞記事による名誉毀損にあっては,これを掲載した新聞が発行され,読者がこれを閲読し得る状態になった時点で,右記事により事実を摘示された人の客観的な社会的評価が低下するのであるから,その人が当該記事の掲載を知ったかどうかにかかわらず,名誉毀損による損害はその時点で発生していることになる。被害者が損害を知ったことは,不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点(同法七二四条)としての意味を有するにすぎないのである。

  従って,上告人は,本件記事の掲載された新聞が発行された時点で,これによる損害を被ったものというべきである。

 2 新聞の発行によって名誉毀損による損害が生じた後に被害者が有罪判決を受けたとしても,これによって新聞発行の時点において被害者の客観的な社会的評価が低下したという事実自体に消長を来すわけではないから,被害者が有罪判決を受けたという事実は,これによって損害が消滅したものとして,既に生じている名誉毀損による損害賠償請求権を消滅させるものではない。このように解することが刑事裁判制度の役割を否定することにつながるものでない。
   ただし,当該記事が摘示した事実と有罪判決の理由とされた事実との間に同一性がある場合に,被害者が有罪判決を受けたという事実を,名誉毀損行為の違法性又は行為者の故意若しくは過失を否定するための事情として斟酌することができるかどうかは,別問題である。

   また,名誉毀損による損害について加害者が被害者に支払うべき慰謝料の額は,事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情を斟酌して裁判所が裁量によって算定するものであり,右諸般の事情には,被害者の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価が当該名誉毀損以外の理由によって更に低下したという事実も含まれるものであるから,名誉毀損による損害が生じた後に被害者が有罪判決を受けたという事実を斟酌して慰謝料の額を算定することが許される。

    3 これを本件について見ると,本件記事が摘示した上告人に関する事実と上告人が受けた前記有罪判決の理由とされた事実とは,同種の事実であるということはできても,その間に同一性があるということはできない。従って,本件記事が掲載された新聞の発行によって上告人の名誉が毀損された後に上告人が前記の有罪判決を受けたという事実は,これを慰謝料の額の算定要素として斟酌することは格別として,上告人の被った損害を消滅させるものではなく,本件記事による名誉毀損を理由とする上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の成否を左右しない。

 四 以上判示したところによれば,本件記事によりその当時上告人の名誉が毀損されたことを認めながら上告人の本訴請求に理由がないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,原審において更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻す。

 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫,同大野正男,同尾崎行信,同山口 繁

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