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借地借家関係の最高裁判決のページです。

借地

借地借家法,その中でも借地に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

ゴルフ練習場としての使用目的でされた土地の賃貸借と借地法の適否(最判昭和42年12月5日民集21巻10号2545頁)

ゴルフ練習場としての使用目的でされた土地の賃貸借と借地法の適否
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人鶴見恒夫の上告理由第二及び上告代理人原瓊城の上告理由(ホ)について。
 借地法一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」,とは,借地人の借地使用の主たる目的がその地上に建物を築造し,これを所有することにある場合を指し,借地人がその地上に建物を築造し,所有しようとする場合であっても,それが借地使用の主たる目的ではなく,その従たる目的にすぎないときは,右に該当しないと解するのが相当である。
 ところで,本件土地の賃貸については,それが賃貸借であるといえるか否かの点のにも問題がないわけではないが,その点はさておき,仮にそれが賃貸借であるとしても,その目的は当事者間に争いがないように右土地をゴルフ練習場といて使用することにあったというのであるから,これを社会の通念に照らして考えれば,その主たる目的は,反対の特約がある等特段の事情のないかぎり,右土地自体をゴルフ練習場として直接利用することにあったと解すべきであって,たとえその借地人たる被上告人αが当初から右土地上に業としてゴルフ練習場を経営するのに必要な原判決判示のような事務所用等の建物を築造・所有することを計画していたとしても,それは右土地自体をゴルフ練習場に利用するための従たる目的にすぎなかったものといわなければならない。
 然るに,原判決は,一方では,本件土地貸借の目的がゴルフ練習場として使用することにあったことを判示しながら,何ら特段の事情の立証がないのにかかわらず,右被上告人が右土地上に判示のような事務所用等の建物を築造・所有する意図を有していたことをもって,にわかに,それが右土地使用の主たる目的であったかのように認定し,本件貸借が借地法一条にいう「建物ノ使用ヲ目的トスル」賃貸借に当たる旨判断したものであるから,原判決は本件土地貸借の目的についての認定判断を誤り,ひいては借地法の解釈適用を誤ったものであって,この違法は原判決の結論に影響を及ぼす。
 上告代理人鶴見恒夫の上告理由第四について。
 上告人が,原審において,上告人は宗教法人であり,かつ,本件土地はその貸借の当初には宗教法人の境内地であったから,宗教法人法二三条,二四条により,上告寺の代表役員たるβには上告寺の規則または宗教法人法一九条所定の手続を経ることなく単独で右土地を処分する権限がなく,右土地につき民法六〇二条二号所定の五年間をこえる賃貸借契約を締結することができなかったものであり,従って,右βが右手続を経ないでした右法定期間をこえる本件貸借は無効である旨を主張したことは,本件記録,とくに原判決引用の第一審判決の事実摘示によって明らかである。
 然るに,原判決は上告人の右主張について何らの理由説示もしていないから,原判決は右主張についての判断を遺脱したものというほかはなく,この違法も原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 以上の次第で,原判決の如上の各違法を主張する右各論旨はいずれも理由があるというべきであり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,上告人の本訴請求の当否を確定するためには,なお,事実審理を必要とするから,本件を原審たる名古屋高等裁判所に差し戻す。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官田中二郎,同下村三郎,同松本正雄

幼稚園の園舎敷地の隣接地を運動場として使用するための賃貸借と借地法1条の建物所有目的(最判平成7年6月29日裁判集民事175号745頁)

幼稚園の園舎敷地の隣接地をその運動場として使用するためにされた賃貸借と借地法1条の建物所有目的
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人西垣義明の上告理由第一及び第二について
一 本件訴訟は,被上告人が上告人に対して原判決別紙物件目録記載の各土地(面積合計一六九五・八六㎡。以下「本件土地」という。)につき賃借権を有することの確認を求め,上告人が反訴請求として,本件土地の賃貸借の終了を理由にその明渡し等を求めるものであるが,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人の代表者である辛は,本件土地の南側に隣接する同人の所有地(面積合計七三三・八七㎡。以下「園舎敷地」という。)において幼稚園を経営していたところ,周辺に団地が造成されるなどして園児の増加が見込まれたため園舎を増設することとしたが,これにより右幼稚園の運動場がなくなるため,その用地として,上告人の父である亡T壱から本件土地を賃借した(以下,これを「本件賃貸借」という。)。本件賃貸借の契約締結の時期は,昭和四一年五月ころ以降の日である。辛は,右賃借後,自己の費用により本件土地を幼稚園の運動場として整備し,これを園舎敷地と一体的に使用してきた。
 その後,昭和四八年に被上告人が設立されて本件土地の賃借権を承継し,昭和五一年にT壱が死亡して上告人が賃貸人の地位を承継した。また,被上告人は,昭和四八年三月,園舎敷地に鉄骨陸屋根二階建ての新園舎(床面積六一一・二二㎡)を建築した。
  2 本件賃貸借の成立に当たり,権利金等が授受された形跡はなく,T壱と辛との間において昭和四四年三月二六日に作成された土地賃貸借契約公正証書によれば,本件賃貸借の目的は運動場用敷地,期間は二年とされていた。その後,昭和四九年三月二九日,本件賃貸借の期間を昭和五一年三月二七日までとする土地賃貸借契約公正証書が作成され,さらに,昭和五五年二月七日には右期間を昭和五九年四月四日までとする調停が,昭和五九年一〇月一一日には右期間を平成元年三月三一日までとする調停がそれぞれ成立し,これらにより本件賃貸借の更新がされた。なお,昭和五五年二月七日の調停成立の際には,本件賃貸借の期間を昭和五九年四月四日までと定めるものの,その時点で双方話合いの上更新することに異議がない旨の念書が被上告人に差し入れられた。
  3 被上告人の幼稚園の園児数は,昭和四九年以後増加し,昭和五二,三年ころまでは一二クラス,九八〇名であったが,その後減少し,平成二年当時は七クラスであった。文部省令等により定められている幼稚園設置の基準によれば,一二クラスの場合に必要な運動場の面積は一一二〇㎡,七クラスの場合は七二〇㎡である。
 二 原審は,右事実関係の下において,本件賃貸借は,本件土地の上に建物を所有することを目的とするものではないが,隣接の園舎敷地における建物所有の目的を達するためにこれと不可分一体の関係にある幼稚園運動場として使用することを目的とするものであるから,借地法の趣旨に照らし,同法一条にいう「建物の所有を目的とする」ものというべきであるとし,本件賃貸借がされた当時,園舎は木造二階建ての建物であったから,その存続期間は同法二条一項により三〇年となるところ,原審の口頭弁論終結時までに右期間が満了していないことが明らかであるとして,被上告人の本訴請求を認容し,上告人の反訴請求を棄却すべきものと判断した。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
 原審の確定した事実関係によれば,本件賃貸借の目的は運動場用敷地と定められていて,上告人と被上告人との間には,被上告人は本件土地を幼稚園の運動場としてのみ使用する旨の合意が存在し,被上告人は現実にも,本件土地を右以外の目的に使用したことはなく,本件賃貸借は,当初その期間が一年と定められ,その後も,公正証書又は調停により,これを二年又は四年ないし五年と定めて更新されてきたというのであるから,右のような当事者間の合意等及び賃貸借の更新の経緯に照らすと,本件賃貸借は,借地法一条にいう建物の所有を目的とするものではない。なるほど,本件土地は,被上告人の経営する幼稚園の運動場として使用され,幼稚園経営の観点からすれば隣接の園舎敷地と不可分一体の関係にあるということができるが,原審の確定した事実関係によれば,園舎の所有それ自体のために使用されているものとはいえず,また,上告人においてそのような使用を了承して賃貸していると認めるに足りる事情もうかかわれないから,本件賃貸借をもって園舎所有を目的とするものとはいえない。
 以上と異なる原審の判断には借地法一条の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,上告人のその余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官三好 達,裁判官大堀誠一,同小野幹雄,同高橋久子,同遠藤光男

土地と地上の非堅固建物の所有者が土地につき抵当権を設定後地上建物を取り壊して堅固建物を再築した場合と同堅固建物のための法定地上権の成否(最判昭和52年10月11日民集31巻6号785頁)

土地と地上の非堅固建物の所有者が土地につき抵当権を設定後地上建物を取り壊して堅固建物を再築した場合と同堅固建物のための法定地上権の成否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人井上忠巳,同横山茂晴の上告理由について
 原審の適法に確定したところによれば,(一) 本件土地及びその地上の旧建物(第一審判決添付地上権目録記載の建物)は,いずれも株式会社P(以下「P」という。)の所有に属し,本件土地は,その全体が不可分的に旧建物の工場用地として利用されていた,(二) 株式会社東京相互銀行(以下「東京相互」という。)は,Pに対し,本件土地及び旧建物の買受資金二,五〇〇万円を貸付け,右貸金債務を担保するため,昭和三九年九月三〇日,本件土地につき一番根抵当権の設定を受けたのであるが,その当時,Pは,近い将来旧建物を取り壊し,本件土地上に堅固の建物である新工場を建築することを予定しており,東京相互もこれを承知していたので,あえて旧建物については抵当権の設定を受けなかったものであり,右新工場の建築を度外視して本件土地の担保価値を算定したものではない,(三) 東京相互は,Pが旧建物を取り壊して堅固の建物である本件建物の建築を完成したのち,本件土地について抵当権を実行し,昭和四一年一二月二〇日みずからこれを競落して代金を支払い,その所有権を取得した,というのである。
 思うに,同一の所有者に属する土地と地上建物のうち土地のみについて抵当権が設定され,その後右建物が滅失して新建物が再築された場合であっても,抵当権の実行により土地が競売されたときは,法定地上権の成立を妨げないものであり(大審院昭和一〇年(オ)第三七三号同年八月一〇日判決・民集一四巻一五四九頁参照),右法定地上権の存続期間等の内容は,原則として,取壊し前の旧建物が残存する場合と同一の範囲にとどまるべきものである。しかし,このように,旧建物を基準として法定地上権の内容を決するのは,抵当権設定の際,旧建物の存在を前提とし,旧建物のための法定地上権が成立することを予定して土地の担保価値を算定した抵当権者に不測の損害を被らせないためであるから,右の抵当権者の利益を害しないと認められる特段の事情がある場合には,再築後の新建物を基準として法定地上権の内容を定めて妨げないものと解するのが,相当である。原審認定の前記事実によれば,本件土地の抵当権者である東京相互は,抵当権設定当時,近い将来旧建物が取り壊され,堅固の建物である新工場が建築されることを予定して本件土地の担保価値を算定したというのであるから,抵当権者の利益を害しない特段の事情があるものというべく,本件建物すなわち堅固の建物の所有を目的とする法定地上権の成立を認めるのが,相当である。これと同旨の原審の判断は,正当として是認でき,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の認定に沿わない事実若しくは独自の見解を主張して原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官天野武一,裁判官江里口清雄,同高辻正己,同服部高顯,同環昌一

所有者が土地建物に共同抵当権を設定した後同建物を取り壊し新建物を建築した場合の法定地上権(最判平成9年2月14日民集51巻2号375頁)

所有者が土地と地上建物に共同抵当権を設定した後同建物を取り壊し新建物を建築した場合の法定地上権の成否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人株式会社静基の代理人三浦和博の上告理由第一について
 本件訴訟は,本件土地の根抵当権者である被上告人が民法三九五条に基づき上告人らに対して本件土地の所有者である上告人甲と上告会社の間で本件土地について締結された短期賃貸借の解除等を求めるものであるが,上告人らは,本件土地上の新建物のために法定地上権が成立する場合であるから,右賃貸借が被上告人に損害を及ぼすものではないと主張した。
 土地と地上建物を別個の不動産とし,かつ,原則として土地の所有者が自己のために借地権を設定することを認めない我が国の法制上,同一所有者に属する土地又は地上建物に設定された抵当権が実行されて土地と地上建物の所有者を異にするに至った場合,建物所有者が当該土地の占有権原を有しないことになるとすれば,これは,土地が競売によって売却されても,土地の買受人に対して土地の使用権を有しているものとする建物の所有者や土地の使用権があるものとして建物について担保価値を把握しているものとする抵当権者の合理的意思に反する結果となる。そこで,民法三八八条は,右合理的意思の推定に立って,このような場合には,抵当権設定者は競売の場合につき地上権(以下「法定地上権」という。)を設定したものとみなしているのである。その結果,建物を保護するという公益的要請にも合致することになる。それ故,土地及び地上建物の所有者が土地のみに抵当権を設定した場合,建物のために地上権を留保するのが抵当権設定当事者の意思であると推定することができるから,建物が建て替えられたときにも,旧建物の範囲内で法定地上権の成立が認められている(大審院昭和一〇年(オ)第三七三号同年八月一〇日判決・民集一四巻一七号一五四九頁参照)。また,所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した場合,抵当権者はこれにより土地及び建物全体の担保価値を把握することになるが,右建物が存在する限りにおいては,右建物のために法定地上権の成立を認めることは,抵当権設定当事者の意思に反するものではない(最高裁昭和三五年(オ)第九四一号同三七年九月四日判決・民集一六巻九号一八五四頁参照。なお,この判決は,所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した場合,民法三八八条の適用があるとするが,これは,抵当権設定当時の建物が存続している事案についてのものである。)。
 これに対し,所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後,右建物が取り壊され,右土地上に新たに建物が建築された場合には,新建物の所有者が土地の所有者と同一であり,かつ,新建物が建築された時点での土地の抵当権者が新建物について土地の抵当権と同順位の共同抵当権の設定を受けたとき等特段の事情のない限り,新建物のために法定地上権は成立しないと解するのが相当である。何故なら,土地及び地上建物に共同抵当権が設定された場合,抵当権者は土地及び建物全体の担保価値を把握しているから,抵当権の設定された建物が存続する限りは当該建物のために法定地上権が成立することを許容するが,建物が取り壊されたときは土地について法定地上権の制約のない更地としての担保価値を把握しようとするのが,抵当権設定当事者の合理的意思であり,抵当権が設定されない新建物のために法定地上権の成立を認めるとすれば,抵当権者は,当初は土地全体の価値を把握していたのに,その担保価値が法定地上権の価額相当の価値だけ減少した土地の価値に限定されることになって,不測の損害を被る結果になり,抵当権設定当事者の合理的な意思に反するからである。なお,このように解すると,建物を保護するという公益的要請に反する結果となることもあり得るが,抵当権設定当事者の合理的意思に反してまでも右公益的要請を重視すべきであるとはいえない。大審院昭和一三年(オ)第六二号同年五月二五日判決・民集一七巻一二号一一〇〇頁は,右と抵触する限度で変更すべきである。
 これを本件について見ると,原審が適法に確定したところによれば,上告人甲は,被上告人に対し,上告人甲所有の本件土地及び地上の旧建物に共同根抵当権を設定したところ,その後,旧建物は取り壊され,本件土地を賃借した上告会社が本件土地上に新建物を建築したというのであるから,新建物のために法定地上権が成立しないことは明らかである。のみならず,旧建物が取り壊された後,上告人甲及び被上告人は,本件土地を更地として四度にわたって再評価をして被担保債権の極度額を変更してきたから,新建物のために法定地上権の設定があったとする当事者の意思を推定することができず,従って,その後に上告会社が上告人甲から本件土地を賃借して建築した本件建物のために法定地上権の成立を認めるべきものではない。従って,本件建物に法定地上権の成立が認められないとした原審の判断は,正当として是認でき,原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用できない。
 同第二について
 記録によって認められる本件訴訟の経緯に照らすと,原審が所論の措置を採らなかったことに違法はない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官尾崎行信,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫

土地への一番抵当権設定当時土地と地上建物の所有者が異なるも後順位抵当権設定当時同一人の所有に帰した場合と法定地上権の成否(最判平成2年1月22日民集44巻1号314頁)

土地への一番抵当権設定当時土地と地上建物の所有者が異なるも後順位抵当権設定当時同一人の所有に帰した場合と法定地上権の成否
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人甲に対する損害金請求部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 被上告人甲のその余の控訴及び被上告人P株式会社の控訴を棄却する。
 前項の部分に関する原審及び当審の訴訟費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人吉村駿一の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 一審判決添付物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)は,もと乙の所有であり,その地上には同人の子丙が建物(以下「旧建物」という。)を建築所有していたところ,昭和四五年四月二八日乙及び丙は,株式会社埼玉タキズミが株式会社武蔵野銀行に対して負担する債務を担保するため,それぞれ本件土地及び旧建物を共同担保の目的として元本極度額を三〇〇万円とする順位一番の本件根抵当権を設定し,同年五月一三日その旨の登記を経由した。
 2 乙は,昭和四五年六月一四日死亡し,相続により丙が本件土地の所有権を取得し,同年一〇月二一日その旨の登記を経由した後,同四九年三月二三日本件根抵当権の被担保債権の範囲を変更するとともに元本極度額を一五〇〇万円に増額し,さらに同五〇年一月二四日元本極度額を二四〇〇万円に増額して,それぞれその旨の登記を経由した。
 3 丙は,昭和五〇年六月旧建物を取壊し,旧建物とは別に同四五年に本件土地上に建築していた平家建建物を増築して二階建事務所兼倉庫とした後,本件土地につき同五二年四月二〇日に二番根抵当権を,同五三年四月六日に三番根抵当権を,同年九月三〇日に四番抵当権をそれぞれ設定してその旨の登記を経由した。
 4 上告人は,本件土地の競売手続において,昭和五七年一〇月一日競落許可決定を得,同年一一月一五日代金を納入して本件土地の所有権を取得した。
 5 右競売手続中の昭和五四年一〇月二九日右事務所兼倉庫建物の一部が焼失したため,丙は,右建物残部を取壊して同五五年一月一〇日本件土地を被上告人甲に賃貸し,同被上告人は,同年六月三〇日前記物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築して本件土地を占有し,被上告人P株式会社は,被上告人甲から本件建物の一部につき利用権の設定を受けて,その敷地部分を占有している。
 二 原審は,右事実関係のもとにおいて,上告人の被上告人甲に対する本件土地所有権に基づく建物収去土地明渡請求及び本件土地の不法占有に基づく損害金請求並びに被上告人P株式会社に対する本件土地所有権に基づく建物退去土地明渡請求につき,1 土地の一番根抵当権設定当時土地と地上建物が同一人の所有でなかった以上,土地と地上建物を同一人が所有するに至って後に一番根抵当権の極度額が増額され,その後に土地が競売されたとしても,法定地上権は成立しないが,2 土地の一番根抵当権設定当時土地と地上建物が同一人の所有でなかったとしても,土地と地上建物を同一人が所有するに至って後に土地に二番抵当権が設定され,二番抵当権を標準とすると法定地上権成立の要件が充足されている場合には,右一番根抵当権に基づいて土地が競売されたときであっても法定地上権が成立するものと解すべきであるから,上告人の本件土地競落とともに本件土地に法定地上権が成立したと判断して,上告人の被上告人らに対する明渡請求全部と被上告人甲に対する損害金請求の一部を認容した一審判決を取消し,上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却した。
 三 しかし,右1の判断は正当であるが,右2の判断は首肯することができない。その理由は次のとおりである。
 すなわち,土地について一番抵当権が設定された当時土地と地上建物の所有者が異なり,法定地上権成立の要件が充足されていなかった場合には,土地と地上建物を同一人が所有するに至った後に後順位抵当権が設定されたとしても,その後に抵当権が実行され,土地が競落されたことにより一番抵当権が消滅するときには,地上建物のための法定地上権は成立しないものと解するのが相当である。何故なら,民法三八八条は,同一人の所有に属する土地及びその地上建物のいずれか又は双方に設定された抵当権が実行され,土地と建物の所有者を異にするに至った場合,土地について建物のための用益権がないことにより建物の維持存続が不可能となることによる社会経済上の損失を防止するため,地上建物のために地上権が設定されたものとみなすことにより地上建物の存続を図ろうとするものであるが,土地について一番抵当権が設定された当時土地と地上建物の所有者が異なり,法定地上権成立の要件が充足されていない場合には,一番抵当権者は,法定地上権の負担のないものとして,土地の担保価値を把握するのであるから,後に土地と地上建物が同一人に帰属し,後順位抵当権が設定されたことによって法定地上権が成立するものとすると,一番抵当権者が把握した担保価値を損なわせることになるからである。なお,原判決引用の判例(大審院昭和一三年(オ)第二一八七号同一四年七月二六日判決・民集一八巻七七二頁,最高裁昭和五三年(オ)第五三三号同年九月二九日判決・民集三二巻六号一二一〇頁)は,いずれも建物について設定された抵当権が実行された場合に,建物競落人が法定地上権を取得することを認めたものであり,建物についてはこのように解したとしても一番抵当権者が把握した担保価値を損なわせることにはならないから,土地の場合をこれと同視できない。
 これを本件についてみると,本件根抵当権設定当時においては,本件土地と旧建物は所有者を異にしていたのであるから,いずれにしても本件土地の抵当権の実行により上告人が競落した本件土地について法定地上権は成立しないものというべきである。従って,本件土地に法定地上権が成立するとした原判決には,民法三八八条の解釈適用を誤った違法があり,被上告人らにおいて他に上告人に対抗し得る土地の用益権の主張立証をしていない本件において,この違法が判決に影響を及ぼすから,この点に関する論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
 四 以上によれば,上告人の請求のうち,被上告人甲に対し建物収去土地明渡を求める部分及び被上告人P株式会社に対し建物退去土地明渡を求める部分はいずれも理由があり,これを認容した一審判決は正当であるから,右部分に関する被上告人らの控訴をいずれも棄却すべきであり,被上告人甲に対し損害金の支払いを求める部分については,さらに審理をつくさせる必要があるので,これを原審に差し戻す。よって,民訴法四〇七条一項,四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
  最高裁裁判長裁判官島谷六郎,裁判官藤島昭,同香川保一,同奧野久之,同草場良八


土地の無断転貸借と土地の賃借権ないし転借件の時効取得(最判昭和44年7月8日民集23巻8号1374頁)

土地の無断転貸借と土地の賃借権ないし転借件の時効取得
       主   文
 原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
 右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人大蔵敏彦の上告理由第二について。
 論旨は,上告人が原審において,仮に訴外甲が訴外乙から本件土地を含む土地五〇坪(一六五,二八㎡)を転借するにつき訴外丙の承諾を得ていなかったとしても,甲は,右土地の転借後一〇年間以上にわたり,同土地を,本件建物の敷地として賃借する意思をもって,平穏,公然に占有し,その用益を継続してきたものであり,かつ,その占有のはじめに,善意,無過失であったから,同人は,時効により,右土地上に丙に対抗しうる賃借権ないし転借権を取得した旨主張したのに対し,原審が,上告人の右主張は主張自体理由がないものとしてこれを排斥し,ひいては,上告人の右建物の買取請求にもとづく抗弁を排斥するに至った点には,土地の賃借権ないし転借権の時効取得に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというにある。
 そこで,検討するに,まず,他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し,かつ,その用益が賃借の意思にもとづくものであることが客観的に表現されているときには,民法一六三条により,土地の賃借権の時効取得を肯認することができるものと解すべきことは,すでに,当裁判所の判例(昭和四二年(オ)第九五四号,同四三年一〇月八日判決,最高裁民集二二巻一〇号二一四五頁)とするところであり,そして,この法理は,他人の土地の継続的な用益がその他人の承諾のない転貸借にもとづくものであるときにも,同様に肯定することができるものと解すべきである。
 ところで,原審は,上告人の前記主張を排斥した理由として,「甲が乙との契約により本件土地を含む土地五〇坪の転借権を取得したことは,既に述べたとおりであるから,甲が本件土地の転借権を時効により取得したとの第一審被告ら(上告人及び丁)の主張そのままはこれを容れる余地はない。もし第一審被告らの右主張が,甲は乙から本件土地を含む土地五〇坪を転借するにつき丙の承諾を得たと信じて,平穏公然に,且つ善意無過失で一〇年以上にわたり右土地を占有してきたから,丙の承諾のある転借権を取得したとし,帰するところ,承諾の時効取得をいう趣旨であるとすれば,このような承諾の時効制度を定めた法律の規定はないから,第一審被告らの右趣旨の主張も採用できない。」と判示している。
 しかし,前記のような要件のもとに土地の賃借権の時効取得を肯認することができると解すべき以上,そのような土地の賃借権の時効取得の制度は,実体法上,当事者間の契約による土地の賃借権の取得が認められない場合にはじめて適用される予備的ないし補充的な制度と解しなければならない理由はないのみならず,上告人は,本訴において,訴外甲が訴外乙に対する関係で本件土地の賃借権ないし転借権を取得したと主張しているのではなく,訴外丙に対する関係でこれを取得した旨主張しているのであるから,原判示のように,甲が乙との契約により同人に対する関係で右土地の転借権を取得したことが認められるとの一事をもって,直ちに,甲が右土地の転借権を時効により取得した旨の上告人の主張は容れる余地がないとすることは早計であるといわなければならない。また,上告人は,本訴において,甲が右土地の転借についての丙の「承諾」自体を時効により取得した旨主張しているのではなく,甲が,右土地上に,その転借についての丙の承諾を得た場合と同様の,すなわち,同人にも対抗しうる賃借権ないし転借権を時効により取得した旨主張しているものであり,つまり,甲が丙に対する関係で民法一六三条にいう「所有権以外ノ財産権」としての賃借権ないし転借権を時効により取得したと主張しているものであることは,本件記録,とくに原判決の引用する第一審判決の事実摘示に徴し,明らかであって,原判示のように,承諾の時効取得の制度を定めた法律の規定がないとの理由をもって,にわかに,上告人の主張を採用できないとすることも失当である。
 してみれば,右判示のような理由のみにもとづき,何らの事実審理をもすることなく,上告人の前記主張を排斥した原審の判断は,土地の賃借権ないし転借権の時効取得に関する法令の解釈適用を誤ったか,または,上告人の主張を誤解して理由不備ないし審理不尽の違法をおかしたものといわざるをえず,そして,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。従って,原判決の右違法を指摘する本論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。なお,上告人の前記主張の当否を判断するためには,さらに審理を尽くさせる必要がある。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官松本正雄,裁判官田中二郎,同下村三郎,同飯村義美,同関根小郷

登記簿上表示された建物の一部である現存建物は建物保護法1条の「登記シタル建物」か(最判昭和39年10月13日民集18巻8号1559頁)

登記簿上表示された建物の一部である現存建物が建物保護法1条の「登記シタル建物」にあたるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鈴木由治の上告理由について。
 控訴人(被上告人)が本件宅地上に本件車庫を所有するに至った経緯,原審参加人(上告人)甲が本件宅地の所有権を取得するに至った経緯及び本件宅地上の建物についての登記簿上の表示の変遷に関し原審が確定した諸般の事情のもとでは,「建物保護ニ関スル法律」一条の適用については,控訴人は本件宅地上に登記した建物を所有するものというべきである旨の原判示は正当である。所論は,畢竟,右と異なった見解に立って原判決を攻撃するにすぎないから,採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官五鬼上堅磐,裁判官石坂修一,同横田正俊,同柏原語六,同田中二郎

建物の登記の所在地番の表示が実際と相違する場合と建物保護法律1条1項(最判昭和40年3月17日民集19巻2号453頁)

建物の登記の所在地番の表示が実際と相違する場合と建物保護法律1条1項
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人山田重雄の上告理由について。
 「建物保護ニ関スル法律」は,建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者及び賃借人を含む。)がその土地の上に登記した建物を有するときは,当該借地権(地上権及び賃借権を含む。)の登記なくして,その借地権を第三者に対抗することができるものとすることによって,借地権者を保護しようとするものである。この立法趣旨に照らせば,借地権のある土地の上の建物についてなされた登記が,錯誤または遺漏により,建物所在の地番の表示において実際と多少相違していても,建物の種類,構造,床面積等の記載と相まち,その登記の表示全体において,当該建物の同一性を認識し得る程度の軽微な誤りであり,殊にたやすく更正登記ができるような場合には,同法一条一項にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたるものというべく,当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。もともと土地を買い受けようとする第三者は現地を検分して建物の所在を知り,ひいて賃借権等の土地使用権原の存在を推知することができるのが通例であるから,右のように解しても,借地権者と敷地の第三取得者との利益の調整において,必ずしも後者の利益を不当に害するものとはいえず,また,取引の安全を不当にそこなうものとも認められないからである。
 本件の場合,原審は,上告人において東京都江東区子町丑δ目寅番宅地一〇六坪一合八勺中の三一坪七合五勺を訴外甲から賃借し,同地上に本件居宅を所有している事実を確定しながら,右居宅が登記簿上は同所卯番宅地の上に存するものとして登記されている一事をもって,上告人はその賃借権を有する右七九番宅地上に登記した建物を有するものということはできないとし,よって右賃借権は前記「建物保護ニ関スル法律」の保護を受けられないとしている。
 従って,前段に説示したところよりして,原判決は,同法一条一項の解釈を誤り,ひいて登記と実際との同一性の存否につき審理を尽さなかった違法がある。この点で論旨は理由があるものというべく,原判決は破棄を免れない。
 よって,民訴法四〇七条に従い,裁判官奥野健一の補足意見,裁判官石坂修一,同横田正俊,同松田二郎の反対意見(略)があるほか,全裁判官一致の意見により,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官横田喜三郎,裁判官入江俊郎,同奥野健一,同石坂修一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎 裁判官斎藤朔郎は死亡につき署名押印することができない。 裁判長裁判官  横田喜三郎


借地上に表示登記のある建物を所有する場合と建物保護法律1条(最判昭和50年2月13日民集29巻2号83頁)

借地人が借地上に表示登記のある建物を所有する場合と建物保護法律1条
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人海地清幸,同小倉正昭の上告理由第一点について。
 建物保護ニ関スル法律一条が,建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者及び賃借人を含む。)がその土地の上に登記した建物を所有するときは,当該借地権(地上権及び賃借権を含む。)につき登記がなくても,その借地権を第三者に対抗することができる旨を定め,借地権者を保護しているのは,当該土地の取引をなす者は,地上建物の登記名義により,その名義者が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを推知しうるからであり,この点において,借地権者の土地利用の保護の要請と,第三者の取引安全の保護の要請との調和をはかろうとしているものである。この法意に照らせば,借地権のある土地の上の建物についてなさるべき登記は権利の登記にかぎられることなく,借地権者が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有する場合もまた同条にいう「登記シタル建物ヲ有スルトキ」にあたり,当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。そして,借地権者が建物の所有権を相続したのちに右建物について被相続人を所有者と記載してなされた表示の登記は有効というべきであり,右の理はこの場合についても同様であると解せられる。所論引用の各最高裁判例は,事案を異にし,本件に適切とはいえない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点の一について。
 本件記録によれば,原審第二回口頭弁論期日において陳述された被上告人の昭和四七年五月二九日付準備書面には,原審が所論権利濫用の判断をするにあたり,その基礎事実として認定した事情と同旨の事実の記載のあることが明らかである。それ故,原判決に所論の違法はなく,論旨は,原判決の結論に影響を及ぼさない部分を非難することに帰し,採用できない。
 同第二点の二について。
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,上告人の本件請求が権利の濫用にあたるとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官藤林益三,裁判官下田武三,同岸盛一,同岸上康夫

長男名義で保存登記をした建物を所有する場合と建物保護法1条の対抗力(最判昭和41年4月27日民集20巻4号870頁)

土地賃借人が該土地上に長男名義で保存登記をした建物を所有する場合と建物保護ニ関スル法律1条の対抗力の有無
       主   文
 原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 被上告人は上告人に対し,松山市子町丑番地宅地三四坪二合三勺(実測一一一・一四〇四㎡位)を,その地上に存する家屋番号同所第寅番卯,居宅木造セメント瓦葺二階建,下一八坪三合一勺,上七坪二合九勺の建物を収去して明け渡せ。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人篠原三郎の上告理由について。
 建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条は,建物の所有を目的とする土地の賃借権により賃借人がその土地の上に登記した建物を所有するときは,土地の賃貸借につき登記がなくとも,これを以って第三者に対抗することができる旨を規定している。このように,賃借人が地上に登記した建物を所有することを以って土地賃借権の登記に代わる対抗事由としている所以のものは,当該土地の取引をなす者は,地上建物の登記名義により,その名義者が地上に建物を所有し得る土地賃借権を有することを推知し得るが故である。
 従って,地上建物を所有する賃借権者は,自己の名義で登記した建物を有することにより,始めて右賃借権を第三者に対抗し得るものと解すべく,地上建物を所有する賃借権者が,自らの意思に基づき,他人名義で建物の保存登記をしたような場合には,当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することはできないものといわなければならない。何故なら,他人名義の建物の登記によっては,自己の建物の所有権さえ第三者に対抗できないものであり,自己の建物の所有権を対抗し得る登記あることを前提として,これを以って賃借権の登記に代えんとする建物保護法一条の法意に照し,かかる場合は,同法の保護を受けるに値しないからである。
 原判決の確定した事実関係によれば,被上告人は,自らの意思により,長男甲に無断でその名義を以って建物の保存登記をしたものであるというのであって,たとえ右甲が被上告人と氏を同じくする未成年の長男であって,自己と共同で右建物を利用する関係にあり,また,その登記をした動機が原判示の如きものであったとしても,これを以って被上告人名義の保存登記とはいい得ないこと明らかであるから,被上告人が登記ある建物を有するものとして,右建物保護法により土地賃借権を第三者に対抗することは許されない。
 元来登記制度は,物権変動の公示方法であり,またこれにより取引上の第三者の利益を保護せんとするものである。すなわち,取引上の第三者は登記簿の記載によりその権利者を推知するのが原則であるから,本件の如く甲名義の登記簿の記載によっては,到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないのであって,かかる場合まで,被上告人名義の登記と同視して建物保護法による土地賃借権の対抗力を認めることは,取引上の第三者の利益を害するものとして,是認することはできない。また,登記が対抗力をもっためには,その登記が少くとも現在の実質上の権利状態と符号するものでなければならないのであり,実質上の権利者でない他人名義の登記は,実質上の権利と符合しないものであるから,無効の登記であって対抗力を生じない。そして本件事実関係においては,甲を名義人とする登記と真実の権利者である被上告人の登記とは,同一性を認められないのであるから,更正登記によりその瑕疵を治癒せしめることも許されないのである。叙上の理由によれば,本件において,被上告人は,甲名義の建物の保存登記を以って,建物保護法により自己の賃借権を上告人に対抗することはできない。
 なお原判決引用の判例(昭和一五年七月一一日大審院判決)は,相続人が地上建物について相続登記をしなくても,建物保護法一条の立法の精神から対抗力を与えられる旨判示しているのであるが,被相続人名義の登記が初めから無効の登記でなかった事案であり,しかも家督相続人の相続登記未了の場合であって,本件の如き初めから無効な登記の場合と事情を異にし,これを類推適用することは許されない。
 然らば,本件上告は理由があり,原判決には建物保護法一条の解釈を誤った違法があり,右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから,原判決は破棄を,第一審判決は取消しを免れない。
 原判決の確定した事実によれば,本件土地が上告人の所有であり,被上告人がその地上に本件建物を所有し,本件土地を占有しているのであり,被上告人の主張する本件土地の賃借権は上告人に対抗することができないことは前説示のとおりであるから,被上告人は上告人に対し,本件土地を地上の本件建物を収去して明け渡すべき義務ある。
 よって,民訴法四〇八条一号,三九六条,三八六条,九六条,八九条に従い,裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同山田作之助,同長部謹吾,同柏原語六,同田中二郎の反対意見があるほか(略),裁判官全員一致の意見により,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横田喜三郎,裁判官入江俊郎,同奥野健一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同下村三郎

建物収去・土地明渡を求めることが権利濫用となる場合と損害賠償(最判昭和43年9月3日民集22巻9号1767頁)

対抗力を具備しない土地賃借権者に対し建物収去・土地明渡を求めることが権利濫用となる場合において,土地占有を理由とする損害賠償を請求することの許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人吉川大二郎,同渡辺彌三次の上告理由一ないし四について。
 原審が確定した事実によれば,上告人は,被上告人が本件(イ)の土地の所有権を取得した日以降,被上告人に対抗しうる権原を有することなく,右土地の仮換地及び換地上に本件建物を所有して,同土地を占有している,というのである。そして,被上告人が上告人の従前同土地について有していた賃借権が対抗力を有しないことを理由として上告人に対し建物収去・土地明渡を請求することが権利の濫用として許されない結果として,上告人が建物収去・土地明渡を拒絶することができる立場にあるとしても,特段の事情のないかぎり,上告人が右の立場にあるということから直ちに,その土地占有が権原に基づく適法な占有となるものでないことはもちろん,その土地占有の違法性が阻却されるものでもないのである。従って,上告人が被上告人に対抗しうる権原を有することなく,右土地を占有していることが被上告人に対する関係において不法行為の要件としての違法性をおびると考えることは,被上告人の本件建物収去・土地明渡請求が権利の濫用として許されないとしたこととなんら矛盾するものではないといわなければならない。されば,上告人が前記土地を占有することにより被上告人の使用を妨害し,被上告人に損害を蒙らせたことを理由に,上告人に対し,損害賠償を命じた原判決は正当である。叙上と異なる見地に立って原判決を攻撃する所論は採用できない。
 よって,民訴法三九六条,三八四条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。  裁判官五鬼上堅磐,同柏原語六は退官して,評議に加わらない。
    最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官田中二郎,同下村三郎

対抗力を具備しない土地賃借債権者に対し建物収去・土地明渡と権利濫用(最判昭和43年9月3日民集22巻9号1817頁)

対抗力を具備しない土地賃借債権者に対し建物収去・土地明渡を求めることが権利の濫用となるとされた事例
       主   文
 原判決中被上告人池島物産株式会社に対する損害金請求に関する部分を破棄し,右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
 その余の部分に関する上告人の上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は,上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人丸山郁三の上告理由第一点について。
 原審は,所論摘録のとおり,(一) 上告人(原告)は,被上告人(被告)甲が訴外乙から本件(イ)の土地を貸借し,同地上に建物を所有して被上告会社(被告会社)名義で洋家具製造販売業を営んでいることを知りながら右土地を買い受けたものであること,(二) 上告人が本件(イ)(ロ)(ハ)の各土地を買い受けるまでの間の事情及び買受の経過,(三) 上告人の右買受価格と当時の時価との比較,(四) 上告人が本訴を提起するに至るまでの経過,(五) 本件(イ)の土地に対する被上告人甲側の必要事情ならびに明渡による損害,(六) 上告人が本件(イ)(ロ)(ハ)の土地の明渡を受けることによって獲得する利得,(七) 本件の民事調停の経過等の事実関係を認定し,右認定の事実を総合して考えると,「被控訴人(上告人)は,単に控訴人(被上告人)甲が本件の(イ)の土地を賃借し,同地上に建物を所有して営業している事実を知って本件土地を買受けたものであるに止らず,時価よりも著しく低廉な,しかも賃借権付評価で取得した土地につき,たまたま控訴人(被上告人)甲の賃借権が対抗力を欠如していることを発見し,これを奇貨として予想外の新たな利益を収めようとするものであり,その方法としては事前に何らの交渉もしないで抜打的に本訴を提起し,その反面に,相手方に予期しない不利益を与えるもの,即ち正当な賃借権に基き地上に建物を所有して平穏に営業し来った控訴人(被上告人)甲側の営業ならびに生活に多大の損失と脅威を与えることを意に介せず,敢えて彼我の利益の均衡を破壊して巨利を博する結果を招来せんとするものと認めなければならない」とし,上告人の被上告人甲に対する本件建物収去・土地明渡の請求は権利の濫用として許されないと判断したのである。そして,原判決挙示の証拠によれば,原審の前記事実の認定は是認することができ,当該事実関係のもとにおいては,上告人の被上告人甲に対する本件建物収去・土地明渡の請求を権利の濫用にあたるとした原審の判断は正当である。原審の事実の認定及び法律上の判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 原審の認定した事実によれば,被上告人甲は,上告人に対抗しうる権原を有することなく,本件(イ)の土地の換地(換地処分前は仮換地)上に本件建物を所有し,同土地を占有しているが,被上告人池島物産は,被上告人甲との使用貸借契約に基づいて,本件建物を借り受け,その全部を使用占有しているというのである。ところで,原判決は,上告人の被上告人甲に対する本件建物収去・土地明渡の請求が権利の濫用にあたり,同被上告人において右建物収去・土地明渡の義務を負わない以上,被上告人池島物産の本件建物の占有と上告人が本件(イ)の土地の仮換地及び換地を使用できないこととの間には相当因果関係を認めることができない,との理由により,被上告人池島物産の右土地の不法占有を理由とする上告人の損害賠償請求を棄却すべきものと判断したのである。しかし,本件建物の所有者である被上告人甲は,被上告人池島物産の代表者であり,実質的には,本件建物の所有者である被上告人甲と占有者である被上告人池島物産とが一体となって敷地である前記土地を不法に占有し,上告人の使用収益を妨害していることは,原判文から十分うかがうことができるのであり,このような特段の事情があるときは,被上告人池島物産が本件建物を使用していることと上告人が右土地を使用できないこととの間には相当因果関係が存するものと解するのが相当である(最高裁昭和二九年(オ)第二一三号,同三一年一〇月二三日判決,民集一〇巻一〇号一二七五頁参照)。そうとすれば,これと見解を異にする原判決は法律の解釈を誤ったものというべく,論旨はこの点において理由があり,原判決は破棄を免れない。
 同第三点について。
 被上告人池島物産がいわゆる個人会社であって,実質上,同会社の営業上の損失が被上告人甲個人に帰する関係にあることは原判文上これを窺知できなくはないから,本件土地の明渡による被上告人池島物産の営業上の損失をもって,被上告人甲に対する明渡請求が権利の濫用になるかどうかの判断の資料とすることは違法とはいえない。また,本件土地の明渡による被上告人池島物産の営業上の損失を右判断の資料に供したからといって,当然に,不法行為上の損害賠償責任につき被上告人甲と同池島物産とを一律に扱わなければならない筋合ではないから,原判決には理由そごの違法があるとはいえない。論旨は採用できない。
 同第四点について。
 原判決が被上告人Aに適法を土地占有権原があると判断した趣旨でないことは判文上明らかである。この点を正解しないで理由そごをいう論旨は採用できない。
 よって,被上告人池島物産の右土地の不法占有を理由として上告人の請求する損害金の額等について更に審理を尽くさせるため,原判決中破上告人池島物産に対する損害金請求に関する部分を破棄し,右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻し,その余の部分につき本件上告を棄却することとし,民訴法四〇七条一項,三九六条,三八四条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。  裁判官五鬼上堅磐,同柏原語六は退官して,評議に加わらない。
    最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官田中二郎,同下村三郎

普通建物の所有を目的とする借地権(最判昭和33年6月14日民集12巻9号1472頁)

借地法に普通建物の所有を目的とする借地権と判定された事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人弁護士加藤真,同菅井敏男の上告理由第一点について。
 所論は,借地法にいわゆる堅固な建物の所有を目的とする借地権か否かは,同法施行当時の地上建物の種類,構造によって決すべきである旨主張して,原判決に同法一七条一項本文の解釈,適用を誤った違法があるというが,原判決の確定した事実関係の下においては,原判決が,被控訴人(上告人)の承継した本件土地の賃借権は,普通建物の所有を目的としたものと認めるのほかないものであり,その存続期間は,昭和一六年三月一〇日借地法施行により同法一七条の規定に従って昭和五年八月七日から満二〇ケ年であると解すべきものである旨の判断は,これを正当として是認できる。されば,原判決には,所論の違法は認められない(なお,所論引用の判例は,本件に適切でない。)。
 同第二点ないし第四点について。
 しかし,原判決は,被控訴人の有する本件土地の賃借権は,要するに,訴外甲が昭和五年八月七日訴外乙から賃借した賃借権を承継したもので,該賃借権は,当初から被控訴人が承継した後においても終始普通建物所有を目的とするもので,被控訴人主張のごとく昭和一〇年四月二九日堅固な建物の所有を目的として乙からあらたに設定を受けたものでないことを,甲の右昭和五年八月七日以前の大正年間における本件土地の賃借権の沿革に亘り稍冗長に説明判示したものであることその判文に照し明白である。されば,原判決は,無用の判示をしたとの非難あるは格別,所論第二点のごとき理由不備ないし審理不尽の違法は存しない。そして,原判決は,被控訴人の有する本件賃借権は,前示のごとく昭和五年八月七甲が乙から賃借した賃借権を承継した事実を判示しているから,所論第二点,第三点のごとく右昭和五年八月七日の賃借権が従来の賃借権を更新したものか,若しくは,あらたに契約したものか,又は,その賃借権成立の事情等につき判断をしなくとも違法であるとはいえないし,また,その賃借権の目的の変更ないし存続期間等について格別の合意のあったことは,原審の認定しないところであるから,同論旨のいう違法も認められない。次に,原判決は,昭和五年八月七日甲が乙から賃借したことを判示したのであるから,賃地法一七条一項本分の適用にあたっては,右昭和五年八月七日から期間を計算するのが当然で,その後借地法の施行時まで二〇年を経過していない本件においては,同情二項の適用の余地のないことも明らかである。それ故,同第四点も採るを得ない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官斎藤悠輔,裁判官入江俊郎,同下飯坂潤夫

重量鋼造り組立式工場は堅固な建物ではない(最判昭和48年10月5日民集27巻9号1081頁)

重量鋼造り組立式工場が堅固な建物に該当しないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人田畑喜與英の上告理由第一点ないし第八点及び第一〇点について。
 所論の各点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして,首肯するに足り,原判示の右事実によれば,被上告人が改築した一階工場部分は,建築材料として鋼材を使用している点において,通常の木造建築に比較すると,その耐用年数が長いことは明らかであるが,その主要部分の構造はボールト締めの組立式であって,同工場を支える辛型重量鋼の柱六本もボールト締めをはずすことによって容易にこれを取りはずすことが可能であるうえ,右柱も中間で切断され杉材の柱で支えられており,また,基礎コンクリート,梁,建物外壁等の構造を全体としてみた場合,解体も比較的容易であるなど,堅固性に欠けるところがあると認められるから,これらの諸点を建築材料及び技術水準の現状に照らして勘案すれば,被上告人が改築した本件工場部分及びこれと構造上接続して一体をなす本件建物が借地法にいう堅固な建物に該当しないとする原審の判断は,正当として是認でき,右認定及び判断に所論の違法は認められない。論旨は,採用できない。
 同第九点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,その過程に所論の違法は認められない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官村上朝一,裁判官岡原昌男,同小川信雄,同大塚喜一郎,同吉田豊

普通建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約において期間を3年と定めた場合(最判昭和44年11月26日民集23巻11号2221頁)

普通建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約において期間を3年と定めた場合における右賃貸借の存続期間
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人松本茂三郎の上告理由第一点ないし第三点及び第五点について。
 原判決挙示の証拠関係に照らせば,所論の点に関する原審の認定判断は肯認することができる。所論は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するに帰し,原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第四点について。
 借地権の存続期間に関しては,借地法二条一項本文が,石造,土造,煉瓦造またはこれに類する堅固の建物の所有を目的とするものについては六〇年,その他の建物の所有を目的とするものについては三〇年とする旨規定し,また,同条二項が,契約をもって堅固の建物について三〇年以上,その他の建物について二〇年以上の存続期間を定めたときは,前項の規定にかかわらず,借地権はその期間の満了によって消滅する旨規定している。思うに,その趣旨は,借地権者を保護するため,法は,借地権の存続期間を堅固の建物については六〇年,その他の建物については三〇年と法定するとともに,当事者が,前者について三〇年以上,後者について二〇年以上の存続期間を定めた場合に限り,前記法定の期間にかかわらず,右約定の期間をもって有効なものと認めたものと解するのが,借地権者を保護することを建前とした前記法条の趣旨に照らし,相当である。従って,当事者が,右二項所定の期間より短い存続期間を定めたときは,その存続期間の約定は,同法二条の規定に反する契約条件にして借地権者に不利なものに該当し,同法一一条により,これを定めなかったものとみなされ,当該借地権の存続期間は,右二条一項本文所定の法定期間によって律せられることになる。
 これを本件についてみるに,原審の適法に認定したところによれば,所論転貸借は,契約において期間を三年と定めていたというのであるから,右に説示したところにより,右転貸借の存続期間は,契約の時から三〇年と解するほかなく,これと同趣旨の原審の判断は正当である。論旨は,右と異なる見地に立って原判決を非難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官田中二郎,同大隅健一郎の反対意見(略)があるほか,裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官石田和外,裁判官入江俊郎,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同下村三郎,同色川幸太郎,同大隅健一郎,同松本正雄,同飯村義美,同村上朝一,同関根小郷

一時使用目的の借地(最判昭和36年7月6日民集15巻7号1777頁)

一時使用のための借地権の事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人弁護士高橋方雄の上告理由第一,第二について。
 原判決認定のような事実関係の下において本件賃貸借は借地法九条にいわゆる臨時設備其の他一時使用のため借地権を設定したること明なる場合に該当するものとした原審の判断は,当裁判所もこれを正当として是認する。そして右のような場合,所論のような権利金の授受があり,且つ,賃料の増額があったとしても,右判断に消長がないものと解すべきである。所論判例は本件に適切ではない。所論る述するところは,畢竟叙上に反する独自の所見であって,採るを得ない。
 同第三について。
 所論はすべて,原審の専権に属する証拠の取捨選択,事実認定への非難でしかなく,上告適法の理由として採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官下飯坂潤夫,裁判官斎藤悠輔,同入江俊郎,同高木常七

裁判上の和解により期間を22年とした場合と借地法9条の一時使用賃貸借(最判昭和45年7月21日民集24巻7号1091頁)

裁判上の和解により賃貸期間を22年とした場合と借地法9条の一時使用の賃貸借
       主   文
 原判決を破棄し,本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人鈴木匡,同大場民男,同清水幸雄,同林光佑の上告理由第三点ないし第八点について。
 原判決は,上告人と被上告人との間に,昭和二三年一〇月二三日,本件土地は昭和二一年一月一日から二〇年間賃貸したこととし,期限到来と同時に明け渡すべき旨,及びその明渡につき強制執行を受けても異議がない旨の裁判上の和解が成立したことを確定したほか,右賃貸借成立前後の事情をも認定し,これらと右和解条項の文言等を勘案したうえ,「本件和解による本件賃貸借については,約定期限後は更新をなさないことが特に約定されたものであり,本件賃貸借契約は借地法の更新に関する規定の適用を排除する意味において同法九条のいわゆる一時使用の目的をもって締結された賃貸借と認めるのが相当である。」と判示している。
 しかし,土地の賃貸借が借地法九条にいう一時使用の賃貸借に該当し,同法一一条の適用が排除されるものというためには,その対象とされた土地の利用目的,地上建物の種類,設備,構造,賃貸期間等諸般の事情を考慮し,賃貸借当事者間に,短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的理由が存することを要するものである。そして,その期間が短期というのは,借地上に建物を所有する通常の場合を基準として,特にその期間が短かいことを意味するものにほかならないから,その期間は,少なくとも借地法自体が定める借地権の存続期間よりは相当短かいものにかぎられるものというべく,これが右存続期間に達するような長期のものは,到底一時使用の賃貸借とはいえないものと解すべきである。何故なら,本来借地法の認めるような長期間の賃貸借を,右にいう一時使用の賃貸借として,同法一一条の規定を排除しうべきものとするならば,その存続期間においては同法の保護に値する借地権において,更新その他個々の強行規定の適用を事前の合意により排除しうる結果となり,同法一一条の適用を不当に免れるおそれなしとしないからである。
 従って,本件のように,賃貸借期間が二〇年と定められた場合においては,それが裁判上の和解によって定められたとか,右契約締結前後の事情いかんなどは,賃貸借期間満了の際,更新拒絶の正当事由があるか否かの判断にあたり,その一資料として考慮するのは格別,それらの事情のみから,右賃貸借を一時使用のためのものと断ずることはできない。
 それ故,原判決は,この点において借地法九条の解釈適用を誤ったものというべく,この誤りは原判決の結論に影響することが明らかであるから,諭旨はこの点において理由があり,原判決は,その余の判断をまつまでもなく破棄を免れない。そして,本件は,さらに上告人の本訴請求の当否について審理する必要があるから,本件を原審に差し戻す。
 よって,民訴法四〇七条を適用して,裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官関根小郷,裁判官田中二郎,同下村三郎,同松本正雄,同飯村義美

借地法4条第1項の合憲性(最判昭和37年6月6日民例集16巻7号1265頁)

借地法4条第1項の合憲性
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人長野潔,同長野法夫の上告理由第一点について。
 原判決中所論に関する事実の摘示ならびに判断は,やや簡に失したきらいはあるが,借地法四条一項但書に関する原審の判断は,当裁判所が後に判示するところに照し,結局正当であると認められるので,原判決に判断遺脱又は理由不備の違法ありとする論旨は採用し難い。
 同第二点について。
 借地法は,建物の所有を目的とする土地の借地権者の利益を保護するため,土地所有者の所有権に対し種々の制限を規定しているが,同法四条一項が,借地権が消滅した場合においても,借地権者が契約の更新を請求したときは,建物が存在するかぎり,前契約と同一の条件をもって更に借地権を設定したものとみなすことを建前とし(同項本文),ただ,正当の事由ある場合において土地所有者が遅滞なく異議を述べたときにかぎり契約は更新されないものとしている(同項但書)のも,その一にほかならない。すなわち,借地法の右規定は,借地権消滅に際し,土地所有者がその所有権の本来の権能を回復することにつき有する利益と,借地権者が一度獲得した土地使用の権能をさらに保持することにつき有する利益の調節を図ることを内容とするものであり,右利益調節の基準を土地所有者が更新を拒絶するにつき正当の事由があるかどうかに置いているものと解される。そもそも,右借地法四条の現行規定は,昭和一六年法律第五五号による改正に係るものであり,右改正前の規定によれば,借地権消滅の場合において,借地権者は契約の更新を請求することはできるが,この請求に応ずるかどうかは土地所有者の自由であり,ただ,更新が拒絶された場合においては,借地権者は土地所有者に対し建物の買取請求をすることを得るに過ぎなかったのであるが,右改正後の規定によれば,前示のごとく,土地所有者が更新を拒絶するには,実体的には正当の事由あることを要し,手続的には遅滞なく異議を述べることを要するものとされるに至ったのであって,右法律改正の目的が,宅地不足の甚だしい当時の実情にかんがみ,借地権者の利益を保護するに在ったことは,多言を要しない。
 以上をもってみれば,土地所有者が更新を拒絶するために必要とされる正当の事由ないしその事由の正当性を判断するには,単に土地所有者側の事情ばかりでなく,借地権者側の事情をも参酌することを要し,たとえば,土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合においても,土地の使用を継続することにつき借地権者側がもつ必要性をも参酌した上,土地所有者の更新拒絶の主張の正当性を判定しなければならないものと解するのを相当とする。もつとも,右借地法四条一項但書には「土地所有者ヵ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」とあり,単なる文理解釈にしたがえば,所論のごとく,土地所有者が自ら使用することを必要とする場合は,そのこと自体が正当の事由に該当すると論ずる余地もないではないが,前述のごとき立法の傾向ならびに依然たる宅地不足で借地権者を保護しなければならない現下の実情にかんがみるときは,右法条の真の意義は,土地所有者が自ら使用することを必要とする場合においても,借地権者側の必要性をも比較考量の上,土地所有者の更新拒絶の適否を決定するに在ると解するのが相当である。しかも,同様の見解は,借地法の右改正と同時に昭和一六年法律第五六号により行われた借家法の改正にかかる同法一条ノ二の新設規定において,建物の賃貸人による賃貸借の更新の拒絶又は解約の申入についての要件として規定されている「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」なる文言の解釈につき,当裁判所が採用しているところであり(昭和二四年(オ)第二〇三号同二五年六月一六日第二小法廷判決判例集四巻六号二二七頁,昭和二四年(オ)第二七四号同二七年一二月二五日第一小法廷判決判例集六巻一二号一二六三頁,昭和二七年(オ)第四四六号同二九年一月二二日第二小法廷判決判例集八巻一号二〇七頁参照)借家法一条ノ二に関する右解釈はなお正当であると思われるので,同時に行われた法律改正により同様の文言で規定されている借地法四条一項但書につき前述のごとき解釈を採用することは,当裁判所の右判例の趣旨にも副うものといわなければならない。もつとも,借地の場合と借家の場合とでは,所論のごとく事情を異にする面もあることを認めなければならないが,借地の場合に特有な事情は,更新拒絶の事由の正当性の判定につき当事者双方の必要性を具体的に比較考量するに際し参酌されれば足るものと解されるので,借地と借家との間に事情を異にする面もあるため,借地法四条一項但書の規定につき借家法一条ノ二の場合と異った解釈を採り,借地の場合には,借地権者側の事情をなんら参酌する要がないとの所論は,これを肯認し難い。
 しこうして,財産権,とくに所有権は尊重されなければならないが,今日においては,所有権といえども絶対的なものではなく,その内容は公共の福祉に適合するように法律によって定められるべきことは憲法の要請するところであり,民法も,所有者の権能は法令の制限に服することを明らかにし,また,私権,したがって所有権も公共の福祉に遵うものとしていることにかんがみれば,他人の土地を宅地として使用する必要のある者がなお圧倒的に多く,しかも宅地の不足が甚だしい現状において,借地権者を保護するため,前述のごとくに解せられる借地法四条一項の規定により,土地所有者の権能に制限を加えることは,公共の福祉の観点から是認されるべきであり,また,借地法の右規定を前述のごとくに解しても,土地所有者は,正当の事由ある場合には更新を拒絶して土地を回復することができるのであるから,所論のごとく,所有権を単なる地代徴収権と化し又はその内容を空虚にするものと言うことを得ない。所論は,ひっきょう,独自の見解の下に,原判決に憲法その他の法令の解釈を誤った違法ありとするものであり,採用できない。
 同第三点及び第四点について。
 原判決が引用する第一審判決の理由を通読すれば,原審は,上告人の本件更新拒絶の適否を判断するに当り,当事者双方の事情をその必要な限度において判示したものと解することができる。
 したがって,原判決において所論のごとき事情にとくに触れるところがなかったとしても,原判決に判断遺脱又は理由の不備もしくは齟齬ありとすることを得ない。論旨は採用し難い。
 同第五点について。
 原判決の引用する第一審判決の理由を精読すれば,原審は,単に被上告人が鞄の製造,卸売及び小売をしていることを認定しているに過ぎない。所論は,原判旨を正解せずして原判決に経験法則違反ないし事実誤認の違法ありとするものであり,採用できない。
 同第六点及び第七点について。
 原審は,挙示の証拠により認定した事実に基づき,本件当事者双方の事情を比較考量の上,上告人の更新拒絶には正当の事由がないと判断したものであり,右認定ならびに判断は相当である。所論は,原判決に憲法二九条及び法令の解釈適用を誤った違法があるというが,畢竟,原審が適法に行った事実の認定ならびに法的判断を非難するに帰し,また引用の判例は本件の場合に適切でない。論旨は,いずれも採用できない。 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横田喜三郎,裁判官藤田八郎,同河村又介,同入江俊郎,同池田克,同垂水克己,同河村大助,同下飯坂潤夫,同奥野健一,同高木常七,同石坂修一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊
  裁判官斎藤悠輔は退官につき署名押印することがでなきい。 裁判長裁判官 横田喜 三 郎


建物所有目的の借地契約の更新拒絶の正当の事由につき建物賃借人の事情を借地人側の事情として斟酌することの許否(最判昭和58年1月20日民集37巻1号1頁)

建物所有目的の借地契約の更新拒絶の正当の事由につき建物賃借人の事情を借地人側の事情として斟酌することの許否
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を広島高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人廣兼文夫,同福永綽夫の上告理由第二点について
 建物所有を目的とする借地契約の更新拒絶につき借地法四条一項所定の正当の事由があるかどうかを判断するにあたっては,土地所有者側の事情と借地人側の事情を比較考量してこれを決すべきものであるが(最高裁昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁)右判断に際し,借地人側の事情として借地上にある建物賃借人の事情をも斟酌することの許されることがあるのは,借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるとか又は実質上建物賃借人を借地人と同一視することができるなどの特段の事情の存する場合であり,そのような事情の存しない場合には,借地人側の事情として建物賃借人の事情を斟酌することは許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第三三六号同五六年六月一六日第三小法廷判決・裁判集民事一三三号四七頁参照)。しかるに,原審は,上告人らがした本件借地契約の更新拒絶につき正当の事由があるかどうかを判断するにあたり,本件土地の共有者の一人である上告人Aと借地人である被上告人Bの土地建物の所有関係及び営業の種類,内容のほか,右被上告人Bから本件土地上の建物を賃借している被上告人C,同Dの営業の種類,内容などを確定したうえ,上告人側の本件土地の必要性は肯定できるとしながら,他方,借地人側の事情として,なんら前記特段の事情の存在に触れることなく,漫然と本件土地上の建物賃借人の事情をも考慮すべきものとし,これを含めて借地人側の事情にも軽視することができないものがあり,前記更新拒絶につき正当の事由が備わったものとは認められないと判断しているのであって,右判断には,前述したところに照らし,借地法四条一項の解釈適用を誤り,ひいて審理不尽,理由不備の違法があるといわなければならず,右違法が原判決中第一次請求を棄却した部分に影響を及ぼし,更には第二次請求の当否につき判断した部分にも影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり,原判決は,その余の論旨につき判断を加えるまでもなく,破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせる必要があるから,これを原審に差し戻す。
 よって,その余の論旨に対する判断を省略し,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官谷口正孝,裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同中村治朗,同和田誠一

借地契約の更新拒絶と正当事由(最判平成6年6月7日裁判集民事172号633頁)

借地契約の更新拒絶に正当の事由がないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
一 上告人周藤末光代理人岡本好司,同鈴木銀治郎,上告人吉良縣子代理人高松薫の上告理由第
一,第二について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(一) 第一審判決添付物件目録《略》(二)及び(三)記載の土地(以下,それぞれ「本件一土地」及び「本件二土地」という。)は,従前は一筆の土地(以下「従前地」という。)であって,根津育英会,次いで国土計画株式会社の所有であった。被上告人らの先代木塚芳次は,従前地を根津育英会から賃借し,その上に同目録(一)冒頭記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し,これを上告人らに賃貸してその賃料収入により生活していた。
(二) 上告人周藤末光は,従前地から分筆された本件一土地を,また上告人吉良縣子は,同じく本件二土地を,いずれも昭和五六年三月一七日ころ前所有者国土計画株式会社から買い受けて,それぞれその所有権を取得した。なお,上告人らは,芳次の借地権の存在を前提として,本件各土地を更地価格の二割程度の価格で買い受けたものである。
(三) 芳次の借地権は,平成元年六月三〇日に期間が満了することとなったところ,上告人周藤は昭和六三年一二月五日付け通知書により,上告人吉良は平成元年八月九日付け通知書により,それぞれ芳次に対し借地契約の更新拒絶の意思表示をした。
(四) 芳次は平成元年八月一五日に死亡し,その妻(記録によれば,訴訟承継前の第一審被告であったが,第一審係属中の平成二年一月一四日に死亡し,被上告人らがこれを承継したものである。)及びその子又は孫である被上告人らが芳次の本件各土地の借地権を相続したが,同人らが相続税の申告をしたところ,本件各土地の借地権の価格は一億九九四五万一三九七円と評価され,右借地権を含む芳次の遺産の相続については,一八〇三万八五〇〇円の相続税が課せられることとなった。
(五) その後,被上告人らは,本件各土地の借地権を他に譲渡して前記相続税の支払等に充てることを意図して,東京地方裁判所に本件各土地の賃借権の譲渡許可を求める借地非訟事件の申立てをした。他方,上告人らは,同裁判所に本件建物の収去と本件各土地の明渡しとを求めて本訴を提起した。そして,平成二年八月三一日に右借地非訟事件の申立てを認容する決定がされたが,右事件の鑑定委員会は,本件各土地の更地価格は一〇億八〇〇〇万円,本件各土地の借地権の価格はその七五パーセント程度と評価していた(なお,記録によれば,右決定は,被上告人らが裁判確定の日から三か月以内に,上告人周藤に対し四六〇四万四〇〇〇円,上告人吉良に対し三四九五万六〇〇〇円を支払うことを条件として,本件各土地の賃借権を他に譲渡することを許可していることが明らかである。)。
(六) 上告人らは,本件各土地上に隣接地主らと共同で高層建物を建築する計画を有しているのに対し,被上告人らは,前記のとおり,本件各土地の借地権を他に譲渡して前記相続税の支払等に充てる意向を有している。本件建物は,穂に上告人らの店舗,住宅として使用されており,いまだ朽廃の状態に至っているとはいえない。
2 ところで,借地法四条一項ただし書にいう正当の事由の有無は,土地所有者側の事情のみならず借地権者側の事情をも総合的にしんしゃくした上で,これを判断すべきものである(最高裁昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁参照)。
 これを本件についてみるのに,前示事実関係によれば,本件建物の賃借人である上告人らが,芳次の借地権が存在することを前提として本件各土地を安価で買い受け,芳次に対して借地契約の更新拒絶の意思表示をしたという事情の下で,財産敵価値の高い借地権を相続したことにより多額の相続税の支払をしなければならない状況にある被上告人らが,その借地権を他に譲渡して得られる金銭を右相続税の支払に充てるために,右譲渡許可を求める借地非訟事件の申立てをしたというのであり,また,上告人らは,現に本件建物及びその敷地である本件各土地を自ら使用しているのであって,借地契約を終了させなくとも右の使用自体には支障がなく,本件各土地の借地権が譲渡されたとしても,その後の土地利用計画について譲受人らと協議することが可能であるなどの事情があることが明らかである。そうすると,右のような上告人らと被上告人ら双方の事情を総合的に考慮した上で上告人らの更新拒絶につき正当の事由があるということはできないとした原審の判断は,正当として是認することができ,その課程に所論の違法はない。論旨は採用採用できない。
二 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,違憲をいう点を含め,独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するか,又は原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官千種秀夫,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同尾崎行信

借地法4条1項所定の正当事由を補完する立退料等の提供・増額の申出の時期(最判平成6年10月25日民集48巻7号1303頁)

借地法4条1項所定の正当事由を補完する立退料等の提供・増額の申出の時期
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 一 上告代理人竹田章治の上告理由第二点について
  土地所有者が借地法六条二項所定の異議を述べた場合これに同法四条一項にいう正当の事由が有るか否かは,右異議が遅滞なく述べられたことは当然の前提として,その異議が申し出られた時を基準として判断すべきであるが,右正当の事由を補完する立退料等金員の提供ないしその増額の申出は,土地所有者が意図的にその申出の時期を遅らせるなど信義に反するような事情がない限り,事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては,原則としてこれを考慮することができるものと解するのが相当である。けだし,右金員の提供等の申出は,異議申出時において他に正当の事由の内容を構成する事実が存在することを前提に,土地の明渡しに伴う当事者双方の利害を調整し,右事由を補完するものとして考慮されるのであって,その申出がどの時点でされたかによって,右の点の判断が大きく左右されることはなく,土地の明渡しに当たり一定の金員が現実に支払われることによって,双方の利害が調整されることに意味があるからである。このように解しないと,実務上の観点からも,種々の不合理が生ずる。すなわち,金員の提供等の申出により正当の事由が補完されるかどうか,その金額としてどの程度の額が相当であるかは,訴訟における審理を通じて客観的に明らかになるのが通常であり,当事者としても異議申出時においてこれを的確に判断するのは困難であることが少なくない。また,金員の提供の申出をするまでもなく正当事由が具備されているものと考えている土地所有者に対し,異議申出時までに一定の金員の提供等の申出を要求するのは,難きを強いることになるだけでなく,異議の申出より遅れてされた金員の提供等の申出を考慮しないこととすれば,借地契約の更新が容認される結果,土地所有者は,なお補完を要するとはいえ,他に正当の事由の内容を構成する事実がありながら,更新時から少なくとも二〇年間土地の明渡しを得られないこととなる。
 本件において,原審は,被上告人が原審口頭弁論においていわゆる立退料として二三五〇万円又はこれと格段の相違のない範囲内で裁判所の決定する金額を支払う旨を申し出たことを考慮し,二五〇〇万円の立退料を支払う場合には正当事由が補完されるものと認定判断しているが,その判断は,以上と同旨の見解に立つものであり,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は事案を異にし,本件に適切でない。論旨は,独自の見解に基づいて原判決を非難するに帰するもので,採用できない。
 二 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程にも所論の違法は認められない。右判断は,所論引用の当審判例に抵触するものではない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官可部恒雄の補足意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官園部逸夫,裁判官可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信

借地契約における増改築禁止の特約と解除権行使の許否(最判昭和41年4月21日民集20巻4号720頁)

借地契約における増改築禁止の特約と解除権行使の許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人松井邦夫の上告理由一,二について。
 一般に,建物所有を目的とする土地の賃貨借契約中に,賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借地内の建物を増改築するときは,賃貸人は催告を要しないで,賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁止の特約という。)があるにかかわらず,賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても,この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり,土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため,賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは,賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは,信義誠実の原則上,許されない。
 以上の見地に立って,本件を見るに,原判決の認定するところによれば,第一審原告(脱退)橋本ぢんは被上告人に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し,両者間に建物増改築禁止の特約が存在し,被上告人が該地上に建設所有する本件建物(二階建住宅)は昭和七年の建築にかかり,従来被上告人の家族のみの居住の用に供していたところ,今回被上告人はその一部の根太および二本の柱を取りかえて本件建物の二階部分(六坪)を拡張して総二階造り(一四坪)にし,二階居宅をいずれも壁で仕切った独立室とし,各室ごとに入口および押入を設置し,電気計量器を取り付けたうえ,新たに二階に炊事場,便所を設け,かつ,二階より直接外部への出入口としての階段を附設し,結局二階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが,住宅用普通建物であることは前後同一であり,建物の同一性をそこなわないというのであって,右事実は挙示の証拠に照らし,肯認できる。
 そして,右の事実関係のもとでは,借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は,その土地の通常の利用上相当というべきであり,いまだもって賃貸人たる第一審原告(脱退)橋本ぢんの地位に著しい影響を及ぼさないため,賃貸借における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく,従って,前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第一審原告(脱退)橋本ぢんの解除権の行使はその効力がないものというべきである。
 しからば,賃貸人たる第一審原告(脱退)橋本ぢんが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかった原審の判断は,結局正当であり,論旨は,畢竟失当として排斥を免れない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁判所裁判官松田二郎,同入江俊郎,同長部謹吾,同岩田誠

賃借地上にある建物の売主と敷地賃借権譲渡の承諾取得義務(最判昭和47年3月9日民集26巻2号213頁)

賃借地上にある建物の売主と敷地賃借権譲渡の承諾取得義務
       主   文
 原判決中被上告人の請求を認容した部分を破棄する。
 右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人大里一郎の上告理由第一点について。
 本件建物の売買契約締結の際,被上告人が上告人に対し,右建物の敷地の賃借権譲渡の承諾料金二〇万円を自ら負担して賃貸人に支払い,右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る旨の特約をしたこと,または,右売買契約締結の当時,建物の売主が,その敷地の賃借権譲渡の承諾料を自ら負担して賃貸人に支払い,右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得るという慣行があったことは,いずれもこれを認めるべき証拠がない,とした原審の認定判断は,挙示の証拠関係及び本件記録に照らして,首肯することができないものではない。従って,本論旨のうち原審の右認定判断自体を非難するにすぎない部分は,その理由がない。
 しかし,賃借地上にある建物の売買契約が締結された場合においては,特別の事情のないかぎり,その売主は買主に対し建物の所有権とともにその敷地の賃借権をも譲渡したものと解すべきであり,そして,それに伴い,右のような特約または慣行がなくても,特別の事情のないかぎり,建物の売主は買主に対しその敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を負うものと解すべきである。何故なら,建物の所有権は,その敷地の利用権を伴わなければ,その効力を全うすることができないものであるから,賃借地上にある建物の所有権が譲渡された場合には,特別の事情のないかぎり,それと同時にその敷地の賃借権も譲渡されたものと推定するのが相当であるし,また,賃借権の譲渡は賃貸人の承諾を得なければ賃貸人に対抗することができないのが原則であるから,建物の所有権とともにその敷地の賃借権を譲渡する契約を締結した者が右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得ることは,その者の右譲渡契約にもとづく当然の義務であると解するのが合理的であるからである。
 ところで,上告人は,原審において,被上告人が上告人に対して負担する本件建物の敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務と,上告人が被上告人に対して負担する右建物の残代金支払の義務とは,同時履行の関係に立つものであるから,被上告人が,自己の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務の履行ないしその提供をしないまま,上告人に対してなした右残代金支払の催告は無効であり,従って,被上告人が右催告の有効であることを前提としてなした右建物の売買契約解除の意思表示も無効である旨の抗弁を提出していたことは,原判文及び本件記録に徴して明らかである。
 してみれば,原審としては,本件建物の売買契約に関して前記のような特約または慣行の存在が認められないとしても,特別の事情のないかぎり,右建物の売主である被上告人はその買主である上告人に対しその敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を当然に負担するものであることを肯定したうえ,被上告人の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務と上告人の負担する右建物の残代金支払義務とが同時履行の関係に立つものであるか否かを検討すべきであり,そして,右両義務の間に同時履行の関係が認められる場合においては,さらに,被上告人が,その上告人に対する催告において指定した右残代金の支払期限である昭和四一年四月二四日までに,自己の負担する右敷地賃貸人の承諾取得義務の履行ないしその提供をしたか否かを検討することにより,上告人の右抗弁の当否を判断しなければならないものである。
 然るに,原審は,前記のような特約または慣行がなくても,特別の事情のないかぎり,被上告人が上告人に対し本件建物の敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を負担するものであることを看過し,従ってまた,以上の諸点について何ら検討することなく,単に前記のような特約または慣行の存在が認められないという理由だけで,上告人の右抗弁を排斥したものであることは,原判文上明らかであるから,原判決は,結局,賃借地上にある本件建物の売買契約の効果に関する法令の解釈適用を誤り,ひいては,審理不尽,理由不備の違法をおかしたものといわざるをえない。
 従って,本論旨のうち原判決の右違法を指摘すると解される部分は,その理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決中被上告人の請求を認容した部分は破棄を免れない。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官下田武三,裁判官岩田誠,同大隅健一郎,同藤林益三,同岸盛一


借地権の共同相続人間の無断共有持分譲渡と民法612条(最判昭和29年10月7日民集8巻10号1816頁)

賃借権の共同相続人の1人が賃貸人の承諾なく他の共同相続人から共有部分の譲渡を受けた場合と民法612条
戦時罹災土地物件令第3条の適用を受ける土地賃借権と妨害排除請求の許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 論旨第四点は,法令違背の主張であるが,この点に対する原判決の判断は,当裁判所において,正当と考えるから,論旨は,その理由がない。また,論旨第五点については,原判決は,本件借地権が,戦時罹災土地物件令六条により上告人甲,同乙に対抗し得る旨説示したもので,罹災都市借地借家臨時処理法一〇条により対抗できるとしたものでないことはその判示に照し明白である。そして,原判決の右物件令六条の解釈は,正当でめると認あられるから,所論は,その前提において採用し難い。次に,論旨第一点乃至第三点は,原判決の事実認定を非難するか,又は,その単なる法令違背を主張するに帰し,すべて「最高裁における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず,又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条,九三条一項本文に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官斎藤悠輔,裁判官岩松三郎,同入江俊郎


小規模閉鎖有限会社における実質的な経営者の交代と民法612条(最判平成8年10月14日民集50巻9号2431頁)

小規模閉鎖有限会社における実質的な経営者の交代と民法612条の賃借権の譲渡
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人の上告理由第一点について
 一 本件は,土地の所有者である被上告人らが,右土地上に建物を所有して右土地を占有する上告人に対し,所有権に基づいて建物収去土地明渡しを求め,上告人の土地賃借権の抗弁に対して,賃借権の無断譲渡を理由とする賃貸借契約の解除を再抗弁として主張した事案であるところ,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 第一審判決別紙物件目録一ないし三記載の土地(以下「本件土地」という。)は,甲の所有であったが,昭和六〇年に同人が死亡し,その子である乙が右土地を相続した。
 平成三年一二月四日,被上告人有限会社山梨重機は,同目録一及び二記載の土地を,同有限会社山梨興業は,同目録三記載の土地を,それぞれ乙から買い受けた。
 2 上告人は,昭和四五年に甲との間で本件土地につき普通建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,右土地上に前記目録四記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築所有して,右土地を占有している。
 3 上告人は,貨物自動車運送事業等を目的とする資本金二〇〇〇万円の有限会社であり,設立時以来の代表取締役である上告補助参加人が経営を担当し,上告人の持分はすべて上告補助参加人及びその家族が所有し,役員も同人らとその親族で占められていた。
 上告人は,一般区域貨物自動車運送事業の免許を受け,貨物自動車を保有し,本件建物を車庫として使用して,運送業を営んでいた。
 4 上告補助参加人及びその家族は,平成三年九月二〇日,その所有する上告人の持分全部を個人で運送業を営んでいた丙(上告人の現代表取締役)に売り渡し,同日付けで上告人の役員全員が退任し,丙がその代表取締役に,同人の家族がその他の役員に就任した。
 同日以後,丙が中心となって上告人の経営を行い,上告人は,従前からの自動車及び従業員に丙個人が運送業に使用していた自動車及び従業員を加え,本件土地建物を使用して従前と同様の運送業を営んでいる。
 5 被上告人らは,平成四年八月二五日の第一審口頭弁論期日において,上告人に対し,賃借権の無断譲渡を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
 二 原審は,右事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らが主張した解除の再抗弁を認め,被上告人らの建物収去土地明渡請求を認容すべきものとした。
 1 上告人は,上告補助参加人の経営する個人会社であったところ,上告補助参加人が上告人の経営の一切を新たな経営者である丙に譲渡して上告人の経営から手を引いたものであり,右譲渡の前後を通じて上告人の法人格は形式的には同一性を保持しているとはいえ,小規模な個人会社においては,経営者と土地所有者との個人的な信頼関係に基づいて土地賃貸借契約が締結されるのが通常であり,経営者の交代は,その実質に着眼すれば,旧経営者から新経営者に対する賃借権の譲渡であるから,上告補助参加人から丙に対して本件土地の賃借権が譲渡されたものと解するのが相当である。
 2 乙が賃借権の譲渡を承諾した事実を認めることはできず,右譲渡が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるということもできない。
 三 しかし,原審の右1の判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
 1 民法六一二条は,賃借人は賃貸人の承諾がなければ賃借権を譲渡することができず,賃借人がこれに反して賃借物を第三者に使用又は収益させたときは,賃貸人は賃貸借契約を解除することができる旨を定めている。右にいう賃借権の譲渡が賃借人から第三者への賃借権の譲渡を意味することは同条の文理からも明らかであるところ,賃借人が法人である場合において,右法人の構成員や機関に変動が生じても,法人格の同一性が失われるものではないから,賃借権の譲渡には当たらないと解すべきである。そして,右の理は,特定の個人が経営の実権を握り,社員や役員が右個人及びその家族,知人等によって占められているような小規模で閉鎖的な有限会社が賃借人である場合についても基本的に変わるところはないのであり,右のような小規模で閉鎖的な有限会社において,持分の譲渡及び役員の交代により実質的な経営者が交代しても,同条にいう賃借権の譲渡には当たらないと解するのが相当である。賃借人に有限会社としての活動の実体がなく,その法人格が全く形骸化しているような場合はともかくとして,そのような事情が認められないのに右のような経営者の交代の事実をとらえて賃借権の譲渡に当たるとすることは,賃借人の法人格を無視するものであり,正当ではない。賃借人である有限会社の経営者の交代の事実が,賃貸借契約における賃貸人・賃借人間の信頼関係を悪化させるものと評価され,その他の事情と相まって賃貸借契約解除の事由となり得るかどうかは,右事実が賃借権の譲渡に当たるかどうかとは別の問題である。賃貸人としては,有限会社の経営者である個人の資力,信用や同人との信頼関係を重視する場合には,右個人を相手方として賃貸借契約を締結し,あるいは,会社との間で賃貸借契約を締結する際に,賃借人が賃貸人の承諾を得ずに役員や資本構成を変動させたときは契約を解除することができる旨の特約をするなどの措置を講ずることができるのであり,賃借権の譲渡の有無につき右のように解しても,賃貸人の利益を不当に損なうものとはいえない。
 2 前記事実関係によれば,上告人は,上告補助参加人が経営する小規模で閉鎖的な有限会社であったところ,持分の譲渡及び役員の交代により上告補助参加人から丙に実質的な経営者が交代したものと認められる。しかし,上告人は,資産及び従業員を保有して運送業を営み,有限会社としての活動の実体を有していたものであり,法人格が全く形骸化していたといえないことは明らかであるから,右のように経営者が交代しても,賃借権の譲渡には当たらないと解すべきである。右と異なり,実質的には上告補助参加人から丙に賃借権が無断譲渡されたものとして被上告人らの契約解除の主張を認めた原審の判断には,民法六一二条の解釈適用を誤った違法があり,右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり,その余の点につき判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,記録によれば,被上告人らは,本件賃貸借契約につき他の解除事由をも主張していることが認められるから,この点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官根岸重治,裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田博

借地上の建物の譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用収益をする場合と民法612条の譲渡転貸(最判平成9年7月17日民集51巻6号2882頁)

借地上の建物の譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用収益をする場合と民法612条の貸借権の譲渡又は転貸
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人内山辰雄,同巻嶋健治の上告理由一について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人は,その所有する原判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を甲に賃貸し,甲は,同土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して,これに居住していた。なお,本件建物の登記簿上の所有名義人は,甲の父である乙となっていた。
 2 甲は,平成元年二月,本件建物を譲渡担保に供して丙から一三〇〇万円を借り受けたが,同月二一日,乙をして,同建物を譲渡担保として丙に譲渡する旨の譲渡担保権設定契約書及び登記申請書類に署名押印させ,これらを丙に交付した。丙は,同日,甲から交付を受けた右登記申請書類を利用して,本件建物につき,代物弁済予約を原因として丙を権利者とする所有権移転請求権仮登記を経由するとともに,売買を原因として所有名義人を丙の妻である丁とする所有権移転登記を経由した。
 3 甲は,同月,本件建物から退去して転居したが,その後は,上告人に対して何の連絡もせず,丙との間の連絡もなく,行方不明となっている。
 4 被上告人は,同年六月一〇日,有限会社和晃商事の仲介で本件建物を賃借する契約を締結して,それ以後,同建物に居住している。右の賃貸借契約書には,契約書前文に賃貸人として甲と丙の両名が併記され,末尾に「賃貸人甲」「権利者丙」と記載されているが,賃料の振込先として丙の銀行預金口座が記載されており,また,右契約書に添付された重要事項説明書には,本件建物の貸主及び所有者は丙と記載され,和晃商事は丙の代理人と記載されている。
 5 本件土地の地代は,従前は甲が上告人方に持参して支払っていたところ,甲が本件建物から退去した後は,同年三月に丙から上告人の銀行預金口座に振り込まれ,これを不審に思った上告人が丙の口座に右振込金を返還すると,同年四月から一二月まで丙から甲名義で振り込まれた。
 6 上告人は,本件建物につき丁名義への所有権移転登記がされていることを知り,丁に対し,平成二年四月一三日到達の内容証明郵便により,同建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めたところ,丙は,同年五月一四日,丁名義への右所有権移転登記を錯誤を原因として抹消した。
 7 上告人は,甲に対して,平成四年七月一六日に到達したとみなされる公示による意思表示により,賃借権の無断譲渡を理由として本件土地の賃貸借契約を解除した。
 二 本件請求は,上告人が,本件土地の所有権に基づき,同土地上の本件建物を占有する被上告人に対して,同建物から退去して同土地を明け渡すことを求めるものである。被上告人は,抗弁として,本件土地の賃借人である甲から本件建物を賃借している旨を主張しているところ,上告人は,再抗弁として,民法六一二条に基づき甲との間の同土地の賃貸借契約を解除した旨を主張している。
 原審は,被上告人の抗弁について明示の判断を示さないまま,上告人の本件土地の賃貸借契約の解除の主張につき次のとおり判断し,上告人の請求を棄却した。
 1 前記事実関係の下においては,丙は,甲に一三〇〇万円を貸し付け,右貸金債権を担保するために本件建物に譲渡担保権の設定を受け,貸金の利息として被上告人から同建物の賃料を受領している可能性が大きいということができるから,丙が本件建物の所有権を終局的,確定的に取得したものと認めることはできない。
 2 甲の丙に対する右貸金債務は,弁済期が既に経過しているにもかかわらず弁済されていないが,丙が譲渡担保権を実行したと認めるに足りる証拠はないから,本件建物の所有権の確定的譲渡は未だされていない。
 3 そうすると,本件土地の賃借権も,丙に終局的,確定的に譲渡されていないから,同土地について,民法六一二条所定の解除の原因である賃借権の譲渡がされたものとはいえず,上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は,その効力を生じない。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には,建物所有権の移転は債権担保の趣旨でされたものであって,譲渡担保権者によって担保権が実行されるまでの間は,譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるのであり,譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り,右建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない(最高裁昭和三九年(オ)第四二二号同四〇年一二月一七日判決・民集一九巻九号二一五九頁参照)。しかし,地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても,譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは,未だ譲渡担保権が実行されておらず,譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても,建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当であり,他に賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のない限り,賃貸人は同条二項により土地賃貸借契約を解除することができるものというべきである。何故なら,(1) 民法六一二条は,賃貸借契約における当事者間の信頼関係を重視して,賃借人が第三者に賃借物の使用又は収益をさせるためには賃貸人の承諾を要するものとしているのであって,賃借人が賃借物を無断で第三者に現実に使用又は収益させることが,正に契約当事者間の信頼関係を破壊する行為となるものと解するのが相当であり,(2) 譲渡担保権設定者が従前どおり建物を使用している場合には,賃借物たる敷地の現実の使用方法,占有状態に変更はないから,当事者間の信頼関係が破壊されるということはできないが,(3) 譲渡担保権者が建物の使用収益をする場合には,敷地の使用主体が替わることによって,その使用方法,占有状態に変更を来し,当事者間の信頼関係が破壊されるものといわざるを得ないからである。
 2 これを本件についてみるに,原審の前記認定事実によれば,丙は,甲から譲渡担保として譲渡を受けた本件建物を被上告人に賃貸することによりこれの使用収益をしているものと解されるから,甲の丙に対する同建物の譲渡に伴い,その敷地である本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと認めるのが相当である。本件において,仮に,丙が未だ譲渡担保権を実行しておらず,甲が本件建物につき受戻権を行使することが可能であるとしても,右の判断は左右されない。
 3 そうすると,特段の事情の認められない本件においては,上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は効力を生じたものというべきであり,これと異なる見解に立って,本件土地の賃貸借について民法六一二条所定の解除原因があるとはいえないとして,上告人による契約解除の効力を否定した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,その余の上告理由について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,前に説示したところによれば,上告人の再抗弁は理由があるから,上告人の本件請求は,これを認容すべきである。右と結論を同じくする第一審判決は正当であって,被上告人の控訴は棄却すべきものである。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官藤井正雄,裁判官小野幹雄,同高橋久子,同遠藤光男,同井嶋一友

隣接土地上に存在する居宅の庭としての使用目的とする土地賃借権は「建物保護ニ関スル法律」第1条の対抗力を有しない(最判昭和40年6月29日民集19巻4号1027頁)

隣接土地上に存在する居宅の庭としての使用を目的とする土地賃借権が「建物保護ニ関スル法律」第1条の対抗力を有しないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高梨克彦の上告理由第一点について。
 原審の確定したところによれば,上告人は,子の子(原審共同被控訴人)所有の子町丑δ目寅番の卯の土地上に,登記を了した居宅を所有している者であるが,昭和三〇年一月当時,右土地に隣接する子町丑δ目辰番宅地(以下「本件土地」と略称する)のうち第一審判決添付図面(イ)(チ)線の生垣以南の(甲)地(その面積は後掲(乙)地とあわせて一二坪七合六勺三才)を,前示居宅利用の便益のため,その庭として使用するため,本件土地の所有者である訴外丑から期間の定めなく賃借し,本件土地のうち(乙)地も,(甲)地に従属する立場にあったので,あわせて賃借し,右(甲)(乙)両地を契約の目的に従って使用していたところ,昭和三〇年一月三日,被上告人は,丑から本件土地を買い受けて所有権を取得し,昭和三二年二月一五日その旨の登記を経由したというのである。
 然るに,原判決によれば,上告人の有する本件(甲)(乙)両地の賃借権について登記が存すること,または,右賃借権が建物所有を目的とするものであり,かつ,地上に上告人が登記した建物を有することについては,なんら主張立証がないというのであるから,上告人は本件(甲)(乙)両地の賃借権をもって被上告人に対抗することはできないといわなければならない。たとい,上告人が本件土地に隣接する寅番の卯の土地上に登記を了した居宅を所有し,該居宅の庭として使用するため,本件(甲)(乙)両地を賃借し,現に契約目的に従って使用しているとしても,その故に,建物保護ニ関スル法律一条の規定により,(甲)(乙)両地の賃借権を対抗しうると解することは相当でない。何故なら,本件(甲)(乙)両地の賃借権は,当該土地を前示のような庭として使用するための権利であって,同条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル土地ノ賃借権」に該当せず,また,「土地ノ賃借人ヵ其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スル」場合にも当らないから,同条の要件を充足しないのみならず,同条は,地上建物を当該宅地上に存する状態において保全することを根本趣旨とするものであるところ,本件において,(甲)(乙)両地の賃借権に対抗力を賦与しなくても,上告人の所有居宅の敷地の使用権は,特段の事情がない限り,喪われることはないから,該居宅の保全には毫も欠けるところはなく,このような場合にまで同条の適用を肯定することは,かえってその立法趣旨を逸脱すると考えられるからである。
 されば,叙上と同趣旨に出て,上告人の本件(甲)(乙)両地の賃借権の対抗力を否定した原審の判断は正当であり,所論は採用できない。
 同第二点について。
 上告人は,原審において,本訴請求が信義則に違背し,権利の濫用に当るとの点については主張せず,そのため,原審も判断を示さなかったのである。審理不尽,理由不備をいう所論は失当であり,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官五鬼上堅磐,裁判官石坂修一,同横田正俊,同柏原語六,同田中二郎

借地人が該地上の建物に設定した抵当権の効力は当該土地の賃借権(最判昭和40年5月4日民集19巻4号811頁)

1,土地賃借人が該地上の建物に設定した抵当権の効力は当該土地の賃借権に及ぶか
2,地上建物に抵当権を設定した土地賃借人は抵当建物の競落人に対し地主に代位して当該土地の明渡を請求できるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人長谷川毅の上告理由第一・二点について。
 土地賃借人の所有する地上建物に設定された抵当権の実行により,競落人が該建物の所有権を取得した場合には,民法六一二条の適用上賃貸人たる土地所有者に対する対抗の問題はしばらくおき,従前の建物所有者との間においては,右建物が取毀しを前提とする価格で競落された等特段の事情がないかぎり,右建物の所有に必要な敷地の賃借権も競落人に移転するものと解するのが相当である(原審は,択一的に,転貸関係の発生をも推定しており,この見解は当審の執らないところであるが,この点の帰結のいかんは,判決の結論に影響を及ぼすものではない。)。何故なら,建物を所有するために必要な敷地の賃借権は,右建物所有権に付随し,これと一体となって一の財産的価値を形成しているものであるから,建物に抵当権が設定されたときは敷地の賃借権も原則としてその効力の及ぶ目的物に包含されるものと解すべきであるからである。従って,賃貸人たる土地所有者が右賃借権の移転を承諾しないとしても,すでに賃借権を競落人に移転した従前の建物所有者は,土地所有者に代位して競落人に対する敷地の明渡しを請求することができないものといわなければならない。結論においてこれと同趣旨により,本件における従前の建物所有者たる上告人から競落人たる被上告人に対して本件土地明渡しを請求しえないとした原審の判断は,正当として是認すべきである。
 されば,本件において,かかる特段の事情を主張立証すべき責任は,従前の建物所有者たる上告人に存するものというべく,これと反対の見解に立つ所論は理由がないし,また,被上告人が上告人から競落により賃借権を取得したとしてもそれは地主の承諾を条件とするものであるとの所論は,前記原判示の趣旨を正解しないものである。さらに,上告人が本件競落によって被上告人の取得した賃借権とは別個の賃借権を取得したとの所論主張を肯認すべきなんらの根拠も見出しがたい。論旨は,畢竟,独自の法律的見解に立脚して原判示を非難するものであり,いずれも採用するを得ない。よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官石坂修一,同五鬼上堅磐,同柏原語六,同田中二郎

借地借家法20条1項後段の付随的裁判として敷金差入れを定めその交付を命ずることの可否(最決平成13年11月21日民集55巻6号1014頁)

借地借家法20条1項後段の付随的裁判として敷金差入れを定めその交付を命ずることの可否
       主   文
 原決定を破棄し,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 抗告代理人山崎容敬の抗告理由について
一 本件は,賃貸借の目的である土地の上の建物を競売により取得した相手方が,借地借家法(以下「法」という。)二〇条に基づき,裁判所に対し,賃借権の譲渡について借地権設定者である抗告人の承諾に代わる許可を申し立てた事件である。記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人は,昭和五七年一〇月一四日,その所有する本件土地を,堅固な建物の所有を目的とし,期間を昭和一〇一年(平成三八年)一二月一四日までと定めて,γ川株式会社(以下「γ川」という。)に賃貸した。その際,γ川は,敷金として一〇〇〇万円を,上記賃貸借契約によって生ずるすべての債務を担保するため,賃貸借契約が終了し本件土地を明け渡した時に返還を受けるとの約定の下に,抗告人に交付した。
(2) γ川は,本件土地上に本件建物を所有していたが,本件建物について担保権の実行としての競売が実施され,平成一一年一一月一八日,相手方が競売代金を納付して,その所有権とともに本件土地の賃借権(以下「本件賃借権」という。)を取得した。なお,上記競売事件の物件明細書には,本件賃借権について,期間昭和五七年一〇月一四日から四四年間,賃料月額一九万一一五〇円,敷金一〇〇〇万円と記載されていた。
(3) 相手方は,抗告人に対して本件賃借権の譲受けの承諾を求めたが,抗告人が承諾をしないことから,本件申立てをした。
 審問期日において,抗告人は,申立ての棄却を求め,許可を与える場合には,法二○条一項後段の付随的裁判として,地代を増額するとともに,相当額の財産上の給付及びγ川が交付していたものと同額の敷金の交付を命ずべきである旨主張した。なお,国は,平成六年五月,国税徴収法に基づいて,γ川の抗告人に対する将来生ずべき敷金返還請求権を差し押さえた。
(4) 原々審の求めに応じて鑑定委員会が示した意見は,申立ては認容するのが妥当であり,付随的裁判として,相手方から抗告人に,借地権価格の一〇%に相当する額である四九一万円を承諾料として給付させ,かつ,敷金として一〇〇〇万円を交付させ,地代は現状に据え置くのが相当というものであった。
二 原審は,賃借権の譲受けを許可するとともに,付随的裁判につき,借地権価格の一〇%に相当する額の支払を命ずることが賃借権の譲受けを許可する場合の財産上の給付の一般的な基準であるとの理由から,相手方に四九一万円の支払を命ずべきものとしたが,地代はこれを据え置くのが相当であり,敷金については,法二〇条一項後段に定める付随的裁判としてその交付を命ずることはできないと判示した。
三 しかし,原審の付随的裁判に関する上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 土地の賃貸借における敷金は,賃料債務,賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務,その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものである。しかし,土地の賃借人が賃貸人に敷金を交付していた場合に,賃借権が賃貸人の承諾を得て旧賃借人から新賃借人に移転しても,敷金に関する旧賃借人の権利義務関係は,特段の事情のない限り,新賃借人に承継されるものではない(最高裁昭和五二年(オ)第八四四号同五三年一二月二二日判決・民集三二巻九号一七六八頁参照)。従って,この場合に,賃借権の目的である土地の上の建物を競売によって取得した第三者が土地の賃借権を取得すると,特段の事情のない限り,賃貸人は敷金による担保を失うことになる。
 そこで,裁判所は,上記第三者に対して法二〇条に基づく賃借権の譲受けの承諾に代わる許可の裁判をする場合には,賃貸人が上記の担保を失うことになることをも考慮して,法二〇条一項後段の付随的裁判の内容を検討する必要がある。その場合,付随的裁判が当事者間の利益の衡平を図るものであることや,紛争の防止という賃借権の譲渡の許可の制度の目的からすると,裁判所は,旧賃借人が交付していた敷金の額,第三者の経済的信用,敷金に関する地域的な相場等の一切の事情を考慮した上で,法二〇条一項後段の付随的裁判の一つとして,当該事案に応じた相当な額の敷金を差し入れるべき旨を定め 第三者に,してその交付を命ずることができるものとするのが相当である。
 これを本件についてみるに,原審は,付随的裁判をするに当たり,法二〇条一項後段に定める付随的裁判として第三者に敷金の交付を命ずることは許されないとの誤った解釈の下に,付随的裁判の内容を判断したものであって,この判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところに従い,改めて付随的裁判の内容について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
   最高裁裁判長裁判官福田博,裁判官河合伸一,同北川弘治,同亀山継夫,同梶谷玄

賃借権土地と他の土地とにまたがって建築されている建物につき,借地権設定者が借地借家法19条3項による自ら当該建物及び賃借権の譲渡を受ける旨の申立て(最決平成19年12月4日裁判集民事226号387頁)

賃借権土地と他の土地とにまたがって建築されている建物につき,借地権設定者が借地借家法19条3項に基づき,自ら当該建物及び賃借権の譲渡を受ける旨の申立てをすることの許否
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告代理人宮原守男,同倉科直文,同中野剛の抗告理由について
 借地権者が,賃借権の目的である土地と他の土地とにまたがって建築されている建物を第三者に譲渡するために,借地借家法19条1項に基づき,賃借権の譲渡の承諾に代わる許可を求める旨の申立てをした場合において,借地権設定者が,同条3項に基づき,自ら当該建物及び賃借権の譲渡を受ける旨の申立てをすることは許されないものと解するのが相当である。なぜなら,裁判所は,法律上,賃借権及びその目的である土地上の建物を借地権設定者へ譲渡することを命ずる権限を付与されているが(同項),賃借権の目的外の土地上の建物部分やその敷地の利用権を譲渡することを命ずる権限など,それ以外の権限は付与されていないので,借地権設定者の上記申立ては,裁判所に権限のない事項を命ずることを求めるものといわざるを得ないからである。
 抗告人は,抗告人の設定した賃借権の目的である土地と相手方の所有する土地とにまたがって建築されている建物及び上記賃借権の譲渡を受ける旨の申立てをするものであるから,その申立てが不適法であることは明らかであり,これを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認できる。論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
   最高裁裁判長裁判官那須弘平,裁判官藤田宙靖,同堀籠幸男,同田原睦夫,同近藤崇晴

無断転貸と解除(最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁)

賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に賃貸物を使用させたとき,賃貸人は常に契約を解除しうるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告理由第一点について。
 原判決の確定したところによれば,被上告人Xはかって本件宅地上に建坪四七坪五合と二四坪との二棟の倉庫を建設所有し前者を被上告人Yの父ZにおいてXから賃借していたところ,昭和二〇年六月二〇日戦災に因り右二棟の建物が焼失したので,同二一年一〇月上旬ZはXに対し罹災都市借地借家臨時処理法三条の規定に基き右四七坪五合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し,Xの承諾を得てその借地権を取得した,そこでZはXの同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ,その敷地に隣接する本件係争地上に建物を建築することとし,Xも亦同様な見解のもとに右建築を容認したというのである。
 元来民法六一二条は,賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ,賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは,賃貸借関係を継続するに堪えない背信的行為があったものとして,賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。従って,賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても,賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては,同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。然らば,本件において,被上告人XがZに係争土地の使用を許した事情が前記原判示の通りである以上,Xの右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背信的行為となすに足らないことはもちろんであるから,上告人の同条に基く解除は無効というの外はなく,これと同趣旨に出でた原判決は相当であって,所論は理由がない。
 次に所論特約の趣旨に関する原審の判断は正当であって何ら違法の点はないから,これを非難する所論も採用することはできない。
 同第二点について。
 論旨前半において指摘する原判示部分は判旨いささか明瞭を欠くきらいがあるけれども,要するに,XがZに係争土地の使用を許した前記行為を以て背信的行為とはなし得ないことの説明にすぎないことは判示自体に徴し明かである。そしてXの右行為が背信的行為とはいえないとの判断自体が正当であることは前記の通りであるから,原判決中所論部分の説明の不備を捉えて,原判決に理由不備の違法ありとする所論は,到底採用できない。
 また論旨後半のXに背信的行為ありとの主張は,本訴の請求原因とは無関係な事実に関する主張にすぎないから,もとより適法な上告理由となすに足りない。
 同第三点について。
 原判決が上告人の被上告人Yに対する請求を棄却した理由について首肯するに足る説明を与えていないことは,正に所論の通りである。しかしながら原審の確定した事実によれば,係争土地に建物を建築しその敷地を占有する者はZであって,その建築許可申請の便宜上被上告人Yの名義を使用したに過ぎないというのであるから,被上告人Yに対し不法占有を原因として建物収去土地明渡を求める上告人の請求はこの点において棄却を免れず,従って右請求を棄却した一審判決を維持した原判決は結局正当であるに帰し,論旨は理由がない。
 よって民訴三九六条二八四条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は藤田,霜山両裁判官の少数意見(略)を除き全裁判官一致の意見である。
    最高裁裁判長裁判官霜山精一,裁判官栗山茂,同小谷勝重,同藤田八郎,同谷村唯一郎


無断転貸を理由とする土地賃貸借契約の解除権の消滅時効の起算点(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1445頁)

無断転貸を理由とする土地賃貸借契約の解除権の消滅時効の起算点
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人菅生浩一云同葛原忠知,同川崎全司,同丸山恵司,同甲斐直也,同川本隆司,同藤田整治の上告理由第一点について
 所論の点についての原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第二点について
 賃貸土地の無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除権は,賃借人の無断転貸という契約義務違反事由の発生を原因として,賃借人を相手方とする賃貸人の一方的な意思表示により賃貸借契約関係を終了させることができる形成権であるから,その消滅時効については,債権に準ずるものとして,民法一六七条一項が適用され,その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によって消滅するものと解すべきところ,右解除権は,転借人が,賃借人(転貸人)との間で締結した転貸借契約に基づき,当該土地について使用収益を開始した時から,その権利行使が可能となったものということができるから,その消滅時効は,右使用収益開始時から進行するものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,原審の適法に確定したところによれば,(1)本件(一)土地の所有者である末正盛治は,大正初年ころ,六ノ坪合資会社(以下「訴外会社」という。)を設立し,同社をして右土地を含む自己所有不動産の管理をさせてきたものであるところ,上告人は,昭和三四年六月二二日,相続により,本件(一)土地の所有権を取得した,(2)中村国義は,前賃借人の賃借期間を引き継いで,昭和一一年七月二九日,訴外会社から本件(一)土地を昭和一五年九月三〇日までの約定で賃借し,同地上に三戸一棟の建物(家屋番号二二番,二二番の二及び二二番の三)を所有していたものであるところ,被上告人中村慶一は,昭和二〇年三月一七日,家督相続により中村国義の権利義務を承継した(右賃貸借契約は昭和一五年九月三〇日及び同三五年九月三〇日にそれぞれ法定更新された。),(3)被上告人伊藤染工株式会社(以下「被上告人伊藤染工」という。)は,昭和二五年一二月七日,被上告人中村から前記二二番の三の建物を譲り受けるとともに,本件(一)土地のうち右建物の敷地に当たる本件(四)土地を訴外会社の承諾を受けることなく転借し,同日以降これを使用収益している,(4)訴外会社は,昭和五一年七月一六日到達の書面をもって被上告人中村に対し,右無断転貸を理由として本件(一)土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした,というのであり,また,被上告人伊藤染工及び同濱田を除くその余の被上告人らが,本訴において,右無断転貸を理由とする本件(一)土地の賃貸借契約の解除権の消滅時効を援用したことは訴訟上明らかである。以上の事実関係のもとにおいては,右の解除権は,被上告人伊藤染工が本件(四)土地の使用収益を開始した昭和二五年一二月七日から一〇年後の昭和三五年一二月七日の経過とともに時効により消滅したものというべきであるから,上告人主張に係る訴外会社の被上告人中村に対する前記賃貸借契約解除の意思表示は,その効力を生ずるに由ないものというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,これと異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 同第三点について
 原判決が上告人の被上告人伊藤染工及び同濱田に対する請求に関して所論指摘の判示をしているものでないことは,その説示に照らし明らかであるから,原判決に所論の違法があるものとは認められない。論旨は,原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず,採用できない。
 同第四点について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,被上告人伊藤染工は,訴外会社ひいて上告人に対抗できる転借権を時効により取得したものということができるから,これと同旨の原審の判断は,結論において是認できる。論旨は,畢竟,判決の結論に影響しない事由について原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官佐藤哲郎,裁判官角田禮次郎,同高島益郎,同大内恒夫,同四ツ谷巖

無断転貸による解除が認められないときの法律関係(最判昭和39年6月30日民集18巻5号991頁)

無断転貸による解除が認められないときの賃貸人と賃借権譲受人との間の関係
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人秋田経蔵の上告理由第一乃至第三点について。
 原判決(引用の第一審判決)は,甲が賃借した本件土地に建築された甲名義の本件建物(内部関係では甲と被上告人の共有)に,被上告人と甲は事実上の夫婦として同棲し,協働して鮨屋を経営していたが,甲死亡後,被上告人は甲の相続人らから建物とともに借地権の譲渡を受け,引きつづき本件土地を使用し,本件建物で鮨屋営業を継続しており,賃貸人である上告人も,被上告人が本件建物に甲と同棲して事実上の夫婦として生活していたことを了知していた旨の事実を確定の上,このような場合は,法律上借地権の譲渡があったにせよ,事実上は従来の借地関係の継続であって,右借地権の譲渡をもって土地賃貸人との間の信頼関係を破壊するものとはいえないのであるから,上告人は,右譲渡を承諾しないことを理由として,本件借地契約を解除することは許されず,従ってまた譲受人である被上告人は,上告人の承諾がなくても,これがあったと同様に,借地権の譲受を上告人に対抗でき,被上告人の本件土地の占有を不法占拠とすることはできない,としているのである。右の原審判断は,基礎としている事実認定をも含めて,これを肯認することができる。すなわち,右認定事実のもとでは,本件借地権譲渡は,これについて賃貸人である上告人の承諾が得られなかったにせよ,従来の判例にいわゆる「賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合」に当るものと解すべく,従って上告人は民法六一二条二項による賃貸借の解除をすることができないものであり,また,このような場合は,上告人は,借地権譲受人である被上告人に対し,その譲受について承諾のないことを主張することが許されず,その結果として被上告人は,上告人の承諾があったと同様に,借地権の譲受をもって上告人に対抗できるものと解するのが相当であるからである。されば原判決に各所論の違法があるものとは認められないのであって,論旨はすべて採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官柏原語六,同田中二郎

土地賃借権の無断譲渡が背信行為にあたらない場合の賃借権譲渡人の地位(最判昭和45年12月11日民集24巻13号2015頁)

土地賃借権の無断譲渡が背信行為にあたらない場合の賃借権譲渡人の地位
       主   文
 原判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 職権をもって判断する。
 原判決は,本件土地の貸借人であった第一審被告甲が,昭和三〇年九月ころ,その地上に所有する建物を上告人乙に贈与し,同年九月一四日所有権移転登記を経たことが認められるから,右建物の譲渡に伴い本件土地の賃借権も甲から上告人乙に譲渡されたものと認めるのが相当であるとしたうえで,右賃借権譲渡は賃貸人である被上告人の承諾を得ないでなされたものではあるが,上告人乙は,甲の実子であって,同人に協力して,右建物を営業の本拠とする同族会社である株式会社塚田商会の経営に従事していたものであり,甲は,相続財産を生前にその子らに分配する計画の一環として,上告人乙の取得すべき相続分に代える趣旨をもって,右建物を同上告人に譲渡したものであることなどによれば,右土地賃借権譲渡には,賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものと認められるから,被上告人は右譲渡を理由に賃貸借契約を解除することはできないものである旨を判示している。他方,原判決は,甲が昭和三四年一月一日以降一ケ月八〇一八円の割合による本件土地の賃料の支払をしなかったので,被上告人は,同年九月二三日,甲に対し,その間の延滞賃料を七日以内に支払うべき旨の催告及びその支払がないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし,甲は,右催告期間内に催告にかかる賃料のうち五ケ月分にあたる四万〇〇九〇円を支払ったのみでその余の部分の支払をせず,右期間経過後に,同年九月分までの賃料三万二〇七二円を提供したが受領を拒絶されて,これを弁済のため供託したとの事実を確定し,本件土地賃貸借契約は,右解除の意思表示により,同年九月三〇日の経過とともに解除されたものであると判断し,賃借権譲受人である上告人乙の土地占有権原を否定して,被上告人の,賃借権譲受人である上告人乙に対する建物収去土地明渡及び契約解除後の損害金支払の各請求ならびに地上建物の貸借人であるという上告人有限会社大都商事(旧商号有限会社ヒツト)に対する建物退去明渡請求を,いずれも認容しているのである。
 ところで,土地の賃借人がその地上に所有する建物を他人に譲渡した場合であっても,必ずしもそれに伴って当然に土地の賃借権が譲渡されたものと認めなければならないものではなく,具体的な事実関係いかんによっては,建物譲渡人が譲渡後も土地賃貸借契約上の当事者たる地位を失わず,土地の転貸がなされたにすぎないと認めるのを相当とする場合もあるというべきところ,本件において,甲と上告人乙との身分関係及び建物譲渡の目的が前示のとおりであり,譲渡後も甲において賃料の支払,供託をしていることなどの事情を考慮すれば,甲は上告人乙に本件土地を転貸したものと認める余地がないわけではない。然るに,原判決は,右の事情をなんら顧慮せず,この点をさらに審究することなく,借地上の建物が譲渡されたことの一事をもって,たやすく土地賃借権が譲渡されたものと認めたのである。
 しかし,土地賃借権の譲渡が,賃貸人の承諾を得ないでなされたにかかわらず,賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため,賃貸人が右無断譲渡を理由として賃貸借契約を解除することができない場合においては,譲受人は,承諾を得た場合と同様に,譲受賃借権をもって賃貸人に対抗することができるものと解されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第二五号・同年六月三〇日判決,民集一八巻五号九九一頁,同昭和四〇年(オ)第五三七号・同四二年一月一七日判決,民集二一巻一号一頁参照),このような場合には,賃貸人と譲渡人との間に存した賃貸借契約関係は,賃貸人と譲受人との間の契約関係に移行して,譲受人のみが貸借人となり,譲渡人たる前貸情人は,右契約関係から離脱し,特段の意思表示がないかぎり,もはや賃貸人に対して契約上の債務を負うこともないものと解するのが相当である。従って,本件において,原判示のとおり土地賃借権が譲渡されたものであるならば,上告人乙は,賃借権の譲受をもって被上告人に対抗することがでぎ,適法を貸借人となったものであり,他面,甲は,賃貸借契約上の当事者たる地位を失い,昭和三四年九月当時被上告人から賃貸借契約解除の意思表示を受けるべき地位になかったものと解すべきである。
 してみれば,原判決は,甲から上告人乙に土地賃借権が譲渡されたものと認めるにつき審理を尽くさなかったものというべく,さらに,右賃借権譲渡の事実にかかわらず,甲の賃料債務の不履行を理由として同人に対してなされた解除の意思表示によって,本件土地賃貸借契約が有効に解除され,上告人乙は被上告人に対抗しうべき占有権原を有しないものであるとしたことは,賃借権譲渡の法律関係についての前示のような法理の判断を誤り,ひいては理由にそごを来たしたものといわなくてはならない。
 よって,上告理由に対する判断を省略し,原判決を破棄して,さらに審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととし,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。  裁判官草鹿浅之介は退官につき評議に関与しない。
    最高裁裁判長裁判官城戸芳彦,裁判官色川幸太郎,同村上朝一

賃借権の無断譲渡による契約解除権の時効消滅と譲受人に対する明渡請求の許否(最判昭和55年12月11日裁事131号285頁)

賃借権の無断譲渡を理由とする契約解除権が時効消滅した場合と譲受人に対する明渡請求の許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人山崎利男の上告理由一及び二について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同三について
 原審の適法に確定したところによれば,上告会社は本件建物を譲り受けるとともに本件各土地の賃借権の譲渡を受けたが,右賃借権の譲渡については賃貸人である被上告人らの承諾を得ることがなく,また,右賃借権の無断譲渡について被上告人らとの信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事情があるとはいえないというのであるところ,所論は,要するに,被上告人らの右無断譲渡を理由とする契約解除権は,右賃借権が無断譲渡された昭和三四年一月三一日から既に一〇年の経過をもって時効により消滅したにもかかわらず,右契約解除権が時効により消滅したとは認められないとした原判決には民法一六六条の解釈適用を誤った違法があるというのである。
 しかし,賃借権の譲渡を承諾しない賃貸人は,賃貸借契約を解除しなくても,所有権に基づき,譲受人に対しその占有する賃貸借の目的物の明渡を求めることができるのであり(最高裁昭和二五年(オ)第八七号同二六年四月二七日判決・民集五巻五号三二五頁,同昭和二五年(オ)第一二五号同二六年五月三一日判決・民集五巻六号三五九頁,同昭和四一年(オ)第七九一号同年一〇月二一日判決・民集二〇巻八号一六四〇頁),賃借権の譲渡人に対する関係で当該賃貸借契約の解除権が時効によって消滅したとしても,賃借権の無断譲受人に対する右の明渡請求権にはなんらの消長をきたさないと解するのが相当であるから(最高裁昭和五二年(オ)第二六〇号同年一〇月二四日判決・裁判集民事一二二号六三頁),論旨は,畢竟,原判決の結論に影響を及ぼさない事項について違法をいうものにすぎず,採用できない。
 同四及び五について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 上告代理人松井順孝の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官本山亨,裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同中村治朗,同谷口正孝

土地賃貸借の合意解除は地上建物の賃借人に対抗できるか(最判昭和38年2月21日民集17巻1号219頁)

土地賃貸借の合意解除は地上建物の賃借人に対抗できるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人松井久市の上告理由第一点について。
 しかし,原判決の確定した事実によれば,本件建物は,杉皮葺板壁平屋建一棟建坪四三坪八合のものであって,訴外丁の建築したものを,昭和三〇年三月被上告人において賃借し,爾来被上告人がこれに居住し,家具製造業を営んで現在に至っているというのであるから,原判決がこれを借地,借家法にいう建物に当ると判示したのは正当である。
 所論は,原審の適法にした事実認定を非難し,判示に反する事実を前提として原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから,採るを得ない。
 同第二点について。
 しかし,原判決が,本件借地契約は,借地法九条にいう一時使用のためのものではなく,借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること,所論調停条項は,所論の如き趣旨のものではなくて,上告人と訴外丁とが,右の本件借地契約を合意解除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は,挙示の証拠関係及び事実関係に徴し,首肯できなくはない。
 ところで,本件借地契約は,右の如く,調停により地主たる上告人と借地人たる訴外丁との合意によって解除され,消滅に至ったものではあるが,原判決によれば,前叙の如く,右丁は,右借地の上に建物を所有しており,昭和三〇年三月からは,被上告人がこれを賃借して同建物に居住し,家具製造業を営んで今日に至っているというのであるから,かかる場合においては,たとえ上告人と訴外丁との間で,右借地契約を合意解除し,これを消滅せしめても,特段の事情がない限りは,上告人は,右合意解除の効果を,被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。
 なぜなら,上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ,建物所有を目的とする土地の賃貸借においては,土地賃貸人は,土地賃借人が,その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく,反対の特約がないかぎりは,他にこれを賃貸し,建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し,かつ認容しているものとみるべきであるから,建物賃借人は,当該建物の使用に必要な範囲において,その敷地の使用收益をなす権利を有するとともに,この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく,右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによって勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ,土地賃貸人とその賃借人との合意をもって賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄したことになるのであるから,これをもって第三者たる被上告人に対抗し得ないものと解すべきであり,このことは民法三九八条,五三八条の法理からも推論することができるし,信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七日大審院判決,民集一三巻二七八頁,昭和三七年二月一日当裁判所判決,最高裁民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。
 されば,原審判断は,結局において正当であり,論旨は,ひつきょう原審が適法にした事実認定を非難するか,独自の見解をもって原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから,採るを得ない。
 なお,論旨後段の,上告人が前記和解において,本件建物を丁所有の他の建物とともに四二万円で買い受けることにしたのは,便宜上移転料に代え,取毀し材料として買受けたものである云々の主張は,原審で主張判断を経ていない事実であるから,これをもってする論旨は,採るを得ない。
 同第三点について。
 所論事実は,原審で主張されていないから,原審がそれにつき判断しなかったのは当然のことであり,論旨は採るを得ない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官高木常七,裁判官入江俊郎,同下飯坂潤夫,同斎藤朔郎

土地賃貸借の合意解除と地上建物の賃借人への対抗(最判昭和49年4月26日民集28巻3号527頁)

土地賃貸借の合意解除が地上建物の賃借人に対抗できるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人武藤鹿三の上告理由第一点,第二点及び同大脇松太郎の上告理由について。
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係及び説示に照らし首肯することができ,その認定判断の過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
 上告代理人武藤鹿三の上告理由第三点について。
 土地賃貸人と貸借人との間において土地賃貸借契約を合意解除しても,土地賃貸人は,特別の事情のないかぎり,その効果を地上建物の賃借人に対抗できないことは,所論のとおりである。
 しかし,(一)本件土地の賃貸人である被上告人は,貸借人である亡甲との間で,昭和三〇年一二月一五日,本件土地の賃貸借契約を合意解除し,甲は昭和三五年一二月末日かぎり本件建物を収去して本件土地を明渡す旨の調停が成立したこと,(二)上告会社は昭和二七年六月一八日設立された合資会社で,設立と同時に本件建物を甲から貸借しその引渡しを受けていたこと,(三)上告会社は徽章,メダル,バツジ類の製造販売,金属加工,七宝製品の製造販売等を目的として設立されたが,これは,従前甲が個人として行ってきたものを会社組織に改めたもので,同人は設立と同時にその代表者となり,以後,昭和三二年一二月一五日死亡するまで上告会社の無限責任社員であったこと,(四)上告会社は設立当時から従業員五,六名を擁するにすぎず,設立の前後を通じてその経営規模にさほどの変更もみられなかったこと,(五)前記調停当時,上告会社の代表者であった甲は会社設立のことにはふれず,被上告人としては上告会社の設立について全く知らなかったこと,以上の事実は,原審の確定するところであり,右事実関係によれば,本件土地賃貸借契約の合意解除をもって,その地上の本件建物の貸借人たる上告会社に対抗できる特別事情に当たると解することができ,これと同旨の原判決の判断は正当である。所論は,独自の見解に立って原判決を非難するにすぎず,引用の判例は本件に適切ではない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官吉田豊,裁判官岡原昌男,同小川信雄,同大塚喜一郎

借地上の建物に通常の修繕をこえた大修繕がされた場合と借地契約の終了時期(最判昭和42年9月21日民集21巻7号1852頁)

借地上の建物に通常の修繕の域をこえた大修繕がされた場合に借地契約が修繕前の建物が朽廃すべかりし時期に終了するものとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人土井勝三郎の上告理由について。
 原判決(その訂正・引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠によると原判決の事実判断は,これを肯認することができる。右の事実によると,その要旨は,次のとおりである。すなわち,本件建物は,昭和一四年に古材を用いてアパートとして建築され,昭和二九年に台風の被害により屋根の約三分の二を修理したが,同三三年六月頃周囲の土地の地盛と家屋の新築・改築によりアパートのみが他より低くなり,いわゆるくぼ地に建てられたような状態となり,床下に水がたまり,便所の汚水が床下に流れ,きわめて不衛生で,柱の下の部分は床板すれすれのところまで侵水し,水につかっていた柱の部分はほとんど腐蝕し,屋根もかなりいたみ,壁は下見板が腐り,南西側の非常階段は腐朽破損して使用不能の状態で,玄関の土台石も腐蝕して戸の開閉ができず,建物を支える柱の下部の腐蝕により,建物が北東及び北西測に傾き倒壊防止の支え棒がされ,消防署から建物の改修を要望されていた。そこで,上告人は,アパート居住者を修理後再入居の約で立ち退かせ,同三三年六月初旬頃から同年七月下旬頃まで,二箇月間にわたり,右アパートを修繕した。その内容は,くぼんで水のたまっている土地部分に砂を埋め布コンクリートの基礎にブロックを積みあげてセメントでかためて基礎を約二尺あげ,その上に家屋の土台を据え付け,支柱の腐蝕部分を切りとってつぎたし,増築部分には新しい柱を入れ,内壁の破損部分には新しいベニヤ板を補い,外壁部分をラス・モルタル塗りとし,軒裏・屋根を板張・柾葺から亜鉛鍍金張りとし,玄関を板張土間から腰モルタル仕上げコンクリート土間とする等のものであった。そして,上告人が本件修繕をした同三三年六月当時同アパートは相当程度腐朽しており,その補修は必要であったが,そのままの状態でも使用に耐ええたので建物としての社会的経済的効用を失わず,また朽廃の域に達していなかったものであるが,もし本件修繕をしなかったとすると,その修繕時である同三三年六・七月から三年後の同三六年七月頃には居住の用に耐えず,いわゆる朽廃の状態に達し,また,本件修繕工事は建物保存のため当然予想される通常の修繕といえず,本件建物を放置すると三年位しかもたなかったのが,本件修繕により耐久年数を二〇年以上に増加したものである。本件では,土地所有者たる被上告人は,上告人に対し本件修繕工事のされる一月あまり前の同三三年四月二四日ハガキで土台直しなどの根本的修繕をしないよう申し入れ,さらに修繕工事の完成前の同年七月一〇日に大改修を理由として借地契約を解除する旨意思表示をして,前記工事に異議を表明したというのである。
 右の事実関係における本件建物築造後の経過,本件建物の修繕前の状況,本件修繕の実態,修繕当時の老朽の度合など,とくに土地所有者の被上告人が上告人に対し工事前に反対の意図を表明しかつ工事完成前にも異議を表明していたことに鑑みると,本件借地契約は,本件修繕工事がなければ朽廃すべかりし時期である同三六年七月末日にはおそくとも終了したものと解することができる旨の原判決の判断は,当審も正当として是認できる。
 原判決には,結局,所論のような違法はなく,所論は採用しがたい。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田誠,同大隅健一郎

借地法9条の一時賃貸借と同法10条の建物買取請求権(最判昭和29年7月20日民集8巻7号1415頁)

借地法9条の一時賃貸借と同法10条の建物買取請求権
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人訴訟代理人の上告理由は末尾添附の別紙記載のとおりであるが,借地法九条の一時賃貸借については同法十条の適用なきこと,大審院の判例とした処であり,今尚変更の要を見ない。一時的賃貸借は本来貸主が貸地とする意思のない場合でも借主の一時的目的の為めに好意的に賃貸する場合(例えば後に自己の住宅を建てる予定だけれども空いて居る間一時貸すというか如き)が多いのであり,全く借主個人の一時的目的に着眼しての貸借であって,もともと他人への譲渡(融通性)などということは念頭にないものである,貸主から見れば元来貸地とする意思のないものであるから多くは特に短期間を定めて貸すものであり,その時期が来れば是非共明渡して貰うことを予期して居るのであって此点普通の貸借と異なり,特に強く個人間の信頼関係に重きを置くものである。それ故もし借地権が貸主の信頼出来ぬ人物に譲渡され,期間が満了しても明渡されず,居座わられる様なことになっては非常に迷惑を蒙るわけであるから,借地権を譲受けようとする者か貸主から見て信頼出来ず,期間満了後の順当な明渡を期待することが出来ない様な時は自由に,無条件に借地権の譲渡を拒絶し得なければならないのである。此際建物を買い取らなければならないというが如きは全く不当な負担を負わされるものであり,場合によっては(例えば買取資金のない時の如き)その為めいやいや乍ら借地権の譲渡を承諾せざるを得ざるに至ることなしとしない。貸主がもともと貸地とする意見で賃貸する普通の貸借においては借主が何人であっても地代さえ取れれば貸主の当初の目的は大体達せられるのであるから(そして地代については人的に信頼がなくても地上建物が担保となり得る)貸主は建物の買取を欲しない時は借地権の譲渡を承諾すればいいのだという風にも考えられるけれども,一時賃貸の場合は期間満了後の明渡が重要なのであるから,貸主が譲受人を信頼することが出来ず,期間後の明渡について危惧の念を抱かしめられる様な場合には自由に拒絶出来なければならないのであって,建物の買取というが如き重大な負担を負わされることは全く堪えられない処である,例えば前設例の場合の如き自己の住宅を建設せんと欲する場合買取るべき建物がそれに適しないものであるときは自己に取っては全く不用の建物に対して代金を支払う上にこれが収去の費用迄負担しなければならないことになるであろう。一方借主は期間が満了すれば自己の費用を以て建物を収去しなければならないのであるが期間満了間際に建物を信頼出来ない様な人物に譲渡する(もしくは譲渡したことにする)。そしてその人物から貸主に借地権譲渡の承諾を求める,貸主は人物が信頼出来ず期間後の明渡を期待し得ないから譲渡を承諾することは出来ないがこれを拒絶するには建物を買取らなければならない。かくして借主は自己の費用を以て収去しなければならない建物を事実上貸主に買取らせたと同様の結果を得ることは容易である。これは決して単なる想像ではない。近来此の種の事案が実に多いのである。なお又地上建物も普通賃貸借の場合と異なり,一時的のものであるから,地主に上述の如き不当な負担を負わせて迄買取らせてその価値の保存をしなければならない程のものも無いのが通常である。又一時賃借は恒久的住宅を建てることを目的とするものではないから借地法の大眼目である居住の安定,住宅の保存ということも通常あてはまらないのである。条文の字句及配列の順序から見ると一応第十条は一時貸借についても適用がある様に見えないではないけれども大審院の判例は上来説明した様な一時貸借と普通貸借との本質的差異から来る実際上の必要に着目したもので,相当の見解であり,今尚変更の要を見ない。(建物を譲受けんとする者は一時貸借の場合は所謂取毀値で譲受ける場合が多いであろうし,そうでなくなお引続き使用せんと欲する場合ならば予め地主に土地賃借権譲受の承認を得られるか否かを問い合せればいいのであり,又そうするのが通常である)
 以上の理由により本件上告を棄却すべきものとし民事訴訟法四〇一条第九五条,第八九条に従って裁判官全員の一致の意見で主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官井上登,裁判官島保,同河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

債務不履行による土地賃貸借契約解除と建物等買取請求権の有無(最判昭和35年2月9日民集14巻1号108頁)

債務不履行による土地賃貸借契約解除と建物等買取請求権の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人近藤三代次の上告理由第一点について。
 裁判所がある書証の趣旨を解釈判断するにはその書証記載の文言を他の証拠に照らしその作成された事情その他諸般の事情を斟酌することができるのであり,その結果,ある書証の趣旨はその記載文言のとおりであると判断し,ある書証の趣旨はある程度その記載文言と異るものであると判断することができるのであって,これをしたからといって直ちに経験則に違反するものといえないこと多言を要しない。この理はその書証が同一人の作成にかかる場合にもかわりはない。原判決は,所論α一号証の一の書面は,それに賃料不払を条件として契約を解除する旨の文字はないが「書面全体の趣旨及び第一審証人甲の証言によって明らかな右書面の発せられるに至った前後の事情等に徴しこれが賃料不払を条件とする契約解除の意思表示に外ならない」こと明らかであるとしているのであって,右判断は首肯することができる。また,β一号証の書面については,第一審判決が,これを甲証言の一部と綜合すると賃貸借取極を前提とする地代増額通知でなく損害金請求の趣旨と認められるとした判断を原判決は是認しているのであって,この判断も首肯することができる。所論,原判決がα一号証の一については書面上の文字を重視しβ一号証についてはこれを軽視したという点は証拠の取捨判断の非難にほかならない。原判決には所論の違法なく論旨は採用できない。
 同第二点について。
 借地法四条二項の規定は誠実な借地人保護の規定であるから,借地人の債務不履行による土地賃貸借解除の場合には借地人は同条項による買取請求権を有しないものと解すべきである(借家法五条についての昭和二九年(オ)六三七号同三一年四月六日判決,集一〇巻四号三五六頁,昭和三一年(オ)九六六号同三三年三月一三日判決,集一二巻三号五二四頁参照)。これと同一の見解に立つ原判決の判示は相当であり,所論は理由がない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官垂水克己,裁判官島保,同河村又介,同高橋潔,同石坂修一

建物賃借人による借地法10条の建物買取請求権の代位行使(最判昭和38年4月23日民集17巻3号536頁)

建物賃借人による,建物賃貸人の有する借地法10条の建物買取請求権の代位行使の許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人等の負担とする。
       理   由
 上告代理人馬場秀郎の上告理由について。
 論旨は,上告人両名は原審において,本件建物の各一部についての賃借権保全のため建物所有者たる訴外甲に代位して本件建物の買取請求権を行使し,その結果,本件建物の所有権は甲より被上告人に移転し,その賃貸人たる地位もまた被上告人に移転するから,被上告人の本訴請求は失当として棄却さるべきであるにも拘らず,原審が建物賃借人による買取請求権の代位行使は許されないとしてその請求を認容したのは,買取請求権の経済的機能を誤解し,法律解釈の判断を誤ったもので破棄を免れない,というのである。
 しかし,債権者が民法四二三条により債務者の権利を代位行使するには,その権利の行使により債務者が利益を享受し,その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するものと解される。然るに,本件において,上告人らが債務者である訴外甲の有する本件建物の買取請求権を代位行使することにより保全しようとする債権は,右建物に関する賃借権であるところ,右代位行使により訴外甲が受けるべき利益は建物の代金債権,すなわち金銭債権に過ぎないのであり(買取請求権行使の結果,建物の所有権を失うことは,訴外甲にとり不利益であって,利益ではない), 右金銭債権により上告人らの賃借権が保全されるものでないことは明らかである。されば,上告人らは本件建物の買取請求権を代位行使することをえないものとした原審の判断は,結局,正当である。所論は,独自の見解の下に原判決を非難するに過ぎず,(所論引用の判例も以上の判断となんら矛盾するものではない)採用のかぎりでない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
  昭和三八年四月二三日
    最高裁裁判長裁判官石坂修一,裁判官河村又介,同垂水克己,同五鬼上堅磐,同横田正俊

建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結後における建物買取請求権の行使と請求異議の訴え(最判平成7年12月15日民集49巻10号3051頁)

建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結後における建物買取請求権の行使と請求異議の訴え
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人林正明の上告理由一について
 借地上に建物を所有する土地の賃借人が,賃貸人から提起された建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法四条二頃所定の建物買取請求権を行使しないまま,賃貸人の右請求を認容する判決がされ,同判決が確定した場合であっても,賃借人は,その後に建物買取請求権を行使した上,賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し,建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張することができるものと解するのが相当である。何故なら,(1) 建物売買請求権は,前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とは異なり,これとは別個の制度目的及び原因に基づいて発生する権利であって,賃借人がこれを行使することにより建物の所有権が法律上当然に賃貸人に移転し,その結果として賃借人の建物収去義務が消滅するに至るのである,(2) 従って,賃借人が前訴の事実審口頭弁論終結時までに建物買取請求権を行使しなかったとしても,実体法上,その事実は同権利の消滅事由に当たるものではなく(最高裁昭和五二年(オ)第二六八号同五二年六月二〇日判決・裁判集民事一二一号六三頁),訴訟法上も,前訴確定判決の既判力によって同権利の主張が遮断されることはないと解すべきものである,(3) そうすると,賃借人が前訴の事実訴口頭弁論終結時以後に建物買取請求権を行使したときは,それによって前訴確定判決により確定された賃借人の建物収去義務が消滅し,前訴確定判決はその限度で執行力を失うから,建物買取請求権行使の効果は,民事執行法三五条二項所定の口頭弁論の終結後に生じた異議の事由に該当するからである。これと同旨の原審の判断は正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 同二について
 原審の適法に確定した事実関係の下において,被上告会社が本件各建物買取請求権を放棄したものとはいえないとした原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官河合伸一,裁判官大西勝也,同根岸重治,同福田博

借地法10条の建物買取請求権行使と時機に遅れた攻撃防御(最判昭和30年4月5日民集9巻4号439頁)

借地法10条の建物買取請求権行使控訴審における新防禦方法の提出と民訴第139条の適用

       主   文
 原判決を破棄し本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人青柳孝,同青柳洋の上告理由第一点について。
 所論引用の大審院判例(昭和八年二月七日判決)が,控訴審における民訴一三九条の適用について,第一審における訴訟手続の経過をも通観して時機に後れたるや否やを考うべきものであり,そして時機に後れた攻撃防禦の方法であっても,当事者に故意又は重大な過失が存すること及びこれがため訴訟の完結を延滞せしめる結果を招来するものでなければ,右の攻撃防禦の方法を同条により却下し得ない趣旨を判示していることは所論のとおりであって,この解釈は現在もなお維持せらるべきものと認められる。
 記録によって調べてみると,所論の買取請求権行使は,原審第二回の口頭弁論において(第一回は控訴代理人の申請により延期)はじめて陳述されたものであるところ,上告人が第一審第一回口頭弁論において陳述した答弁書によれば,本件賃借権の譲渡について被上告人の承諾を得ないことを認め,右不承諾を以て権利らん用であると抗弁していることがうかがわれるから,すでに第一審において少くとも前記買取請求権行使に関する主張を提出することができたものと認めるのを相当とし,所論のように,上告人が第一審において当初の主張にのみ防禦を集中したというだけの理由をもって,上告人が第二審において始めてなした買取請求権行使に関する主張が,故意又は重大なる過失により時機に後れてなされた防禦方法でないと断定することはできない。しかし時機に遅れた防禦方法なるが故に上告人の右主張を却下するためには,その主張を審理するために具体的に訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来する場合でなければならないこと前示のとおりであるところ,借地法一〇条の規定による買取請求権の行使あるときは,これと同時に目的家屋の所有権は法律上当然に土地賃貸人に移転するものと解すベきであるから,原審の第二回口頭弁論期日(実質上の口頭弁論が行われた最初の期日)において,上告人が右買取請求権を行使すると同時に本件家屋所有権は被上告人に移転したものであり,この法律上当然に発生する効果は,前記買取請求権行使に関する主張が上告人の重大なる過失により時期に後れた防禦方法として提出されたものであるからといって,なんらその発生を妨げるものではなく,またこのため特段の証拠調をも要するものではないから,上告人の前記主張に基き本件家屋所有権移転の効果を認めるについて,訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来するものとはいえない。従って訴訟の完結を遅延せしめることを理由として,前記所有権移転の効果を無視し,なんらの判断をも与えずに判決することは許されないものといわなければならない。
 以上のとおりであるから,右第二回口頭弁論期日において結審することなく第六回の口頭弁論期日において弁論を終結したこと記録上明らかな本件において前記上告人の主張を時機に後れた抗弁として排斥し,本件家屋所有権移転の効果を無視したものと認められる原判決は,民訴一三九条の解釈適用を誤った違法があるを免れない。所論はこの点において理由があるから他の論点について判断するまでもなく,原判決を破棄し右の点につき更に審理をなさしめるため本件を原審に差戻すのを相当とする。
 よって民訴四〇七条により全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官島保,裁判官河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

借地法10条の買取請求権行使前後の敷地占有と不法行為・不当利得(最判昭和35年9月20日民集14巻11号2227頁)

ア建物取得後借地法10条の買取請求権行使までの間における敷地不法占有と損害の有無
イ同行使後における敷地占有と不当利得の成否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人上野開治の上告理由第一点について。
 建物所有のための土地賃貸借においては,賃借人が何人なるかにより使用収益の方法に必ずしも大きな差異を生ずるものでないということは,一般論として所論のとおりである。しかし,この故に,建物その他地上物件の譲渡に伴い敷地賃借権の譲渡をすることは,原則として背信行為にならないと論断することはできない。何故なら,転貸又は賃借権の譲渡が背信行為に当らないと認むべき特段の事情のあるときには,民法六一二条の解除はできないものと解すべきことは当裁判所の判例とするところであるが(昭和二五年(オ)第一四〇号,同二八年九月二五日判決,最高裁民集七巻九七九頁等),使用収益の方法に大差なければ背信行為に当らないと解することは許されないからである。右判例が「特段の事情」を必要としているのは,使用収益の方法に大差あると否とを問わず,およそ転貸又は賃借権譲渡は一応背信性あるが故に民法六一二条の解除原因になっているのであり,それが已むを得ない事情にいでた場合或は少くとも社会通念上恕すべき事情ありと認められる場合にはじめて背信性が失われると解しているからにほかならない。所論は,以上と異る独自の見解であって採用し難い。(なお,所論は借地権譲渡につき黙認があるとも主張するが,これは単なる事実認定の非難にすぎない。)
 同第二点について。
 原判示の事実関係のもとでは,本件明渡請求を以て権利乱用と認め難いとした原審の判断は正当であって,論旨は理由がない。
 同第三点について。
 借地法一〇条による建物等買取請求権の行使によりはじめて敷地賃貸借は目的を失って消滅するものと解すべきであるから(大審院判決昭和九年(オ)第四六二号,同年一〇月一八日,民集一三巻一九三二頁),右行使以前の期間については貸主は特段の事情のないかぎり賃料請求権を失うものではないこと所論のとおりである。しかし,単に賃料請求権を有するというだけで,その間賃料相当の損害を生じないとはいい難い。貸主が現に右賃料の支払を受けた場合は格別,然らざるかぎり,無断転借人(又は譲受人)に対し賃料相当の損害金を請求するを妨げないものと解すべきである。(大審院判決昭和六年(オ)第一四六二号,同七年一月二六日,民集一一巻一六九頁,同昭和一三年(オ)第一七八〇号,同一四年八月二四日,民集一八巻八七七頁,各参照。)
 なお,論旨は右相当賃料は,借地人たる訴外西福モー夕ースの支払うべき坪当り月金二円と認むべき旨主張するけれども,原判示昭和二五年四月一日の本件借地権譲渡の後である同年七月一一日以降地代家賃統制令の改正により本件土地は賃料の統制を受けざるに至ったこと原判示の如くなる以上,その後の相当賃料を判定するに当り原審が右約定賃料に拠らず原判示の証拠(鑑定)によってこれを原判示の如く認定したのはなんら違法ではなく,この点の論旨も理由がない。
 同第四点について。
 建物買取請求権を行使した後は,買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども,右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり,敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは,大審院の判例とするところであり(昭和一〇年(オ)第二六七〇号,同一一年五月二六日,民集一五巻九九八頁),いまこれを変更する要を見ない。されば,これと相容れない所論は採用し得ない。
 その余の論旨は,原審が適法にした本件建物の時価及び相当賃料の認定を非難するに帰着するものであって,これまた採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官島保,裁判官河村又介,同垂水克己,同高橋潔,同石坂修一


借地法10条の建物の時価の算定(最判昭和35年12月20日民集14巻14号3130頁)

借地法10条の建物の時価の算定
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人長谷川毅の上告理由第一点について。
 借地法一〇条にいう建物の「時価」とは,建物を取毀った場合の動産としての価格ではなく,建物が現存するままの状態における価格である。そして,この場合の建物が現存するままの状態における価格には,該建物の敷地の借地権そのものの価格は加算すべきでないが,該建物の存在する場所的環境については参酌すべきである。何故なら,特定の建物が特定の場所に存在するということは,建物の存在自体から該建物の所有者が享受する事実上の利益であり,また建物の存在する場所的環境を考慮に入れて該建物の取引を行うことは一般取引における通念であるからである。されば原判決において建物の存在する環境によって異なる場所的価値はこれを含まず,従って建物がへんぴな所にあるとまた繁華な所にあるとを問わず,その場所の如何によって価格を異にしないものと解するのが相当であると判示しているのは,借地法一〇条にいう建物の「時価」についての解釈を誤ったものといわなければならない。しかし,原判決を熟読玩味すれば,原判決において判定した本件建物の時価は,建物が現存する状態における建物自体の価格を算定しており,本件建物の存在する場所的環境が自ら考慮に入れられていることを看取するに難くないから,原判決における上記瑕疵は結局判決に影響を及ぼすものでないといわなければならない。論旨は結局理由がない。
 よって,民訴三九六条,三八四条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官高橋潔,裁判官島保,同河村又介,同石坂修一  裁判官垂水克己は病気につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 高橋 潔


建物買取請求権行使によって成立する売買と民法577条の適否と価額(最判昭和39年2月4日民集18巻2号233頁)

ア借地法10条に基づく建物買取請求権行使によって成立する売買と民法577条の適否
イ同建物に抵当権が設定されている場合と同建物の時価
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人名尾良孝の論旨一について。
 抵当不動産の買主がその売主に対し滌除権を取得するには,その所有権を取得したことを以って足るのであって,右所有権取得につき登記を経ることを要件としないものと解するを相当とする。従って,被上告人は,原判示の如く,借地法に基づく上告人の買取請求の意思表示によって本件抵当建物の所有権を取得した以上,未だその取得につき登記を経て居らなくても,売主である上告人に対し滌除権を有するものとなすべきである。被上告人が本件抵当建物につき滌除権を有しないとする上告人の主張は,独自の見解であって,正当でない。
 又,本件において,上告人が所論買取請求権の行使をしたのは,昭和三五年六月二四日の原審口頭弁論においてであって,この意思表示により,直ちに,上告人と被上告人との間に,上告人を売主,被上告人を買主とする本件抵当建物の売買が成立し,同時に,その所有権が被上告人に移転したものとなすべきである(大審院昭和六年(オ)第一四六二号同七年一月二六日判決,民集一一巻一六九頁,同院昭和一三年(オ)第一七八〇号同一四年八月二四日判決,民集一八巻八七七頁,当裁判所昭和二八年(オ)第七五九号,同三〇年四月五日判決,民集九巻四三九頁参照)から,右口頭弁論の時において既に,実体的に,被上告人は,右抵当建物につき,所有権と共に滌除権をも取得し了ったものであって,これを訴訟において予備的請求原因として主張したからといって,右権利取得に何等の消長をもきたさないものである。右口頭弁論の時以後においては,何時でも,売主より民法五七七条但書の滌除の催告をなすことがあり得べく,また,買主において売主の代金支払請求に対し滌除を前提として同条本文の代金支払拒絶を主張することもあり得るとするに何等妨げがない。従って,予備的請求原因として,買取請求権行使の効果が主張せられる場合に,民法五七七条の適用は考えられないとすることも亦,独自の見解であって,失当である。
 論旨は,結局,すべて,前提において既に失当であって,採るを得ない。
 同二について。
 借地法に基づく買取請求権行使によって成立する売買の代価は,その行使当時における建物の時価により客観的に定まるものであって,所論の如くに,買主が主観的に算定して定めるものではない。又,論旨が引換給付判決として主文に売買代金額が掲記せられない限り右時価は定まらないとするは,独自の見解に過ぎない。
 従って,論旨は,すべて,前提において既に失当に帰するものであって,採るを得ない。
 同三について。
 論旨は,滌除の制度を以って,不動産の時価が抵当債権を完済し得ない場合にのみ効果を発揮するものであるとし,或は抵当債権額が不動産の時価より少い場合には,その差額についてのみ売主に留置権及び同時履行の抗弁が生ずるものであるとするけれども,いづれも独自の見解に過ぎない。論旨は,結局,これ等独自の見解を前提として,原審が借地法一〇条に基づく本件買取請求による売買に民法五七七条を適用すべきものとしたことを非難するにつきる。
 論旨は,すべて,前提において既に失当に帰するものであって,採るを得ない。
 同四について。
 原審が所論建物の時価を五三〇,六二五円と算定判示したことは,所論の如くに,無意味不必要ではない。そもそも,借地法一〇条による買取請求の対象となる建物の時価は,その請求権行使につき特別の意思表示のない限り,その建物の上に抵当権の設定があると否とに拘りなく定まって居るものと解するを相当とするから,原審が,本件買取請求権行使当時の本件建物の時価は,所論根抵当権の負担あることを考量に入れない鑑定価格に基づき五三〇,六二五円である旨認定判示したのは,正当であり,判断についての右の立場を明示する意味においても,原審が右具体的価額を判示したことに意義がある。されば,原審が本件建物の時価を具体的に判示したことを無意味不必要とし,これを前提として本件に民法五七七条を適用する余地がないとする論旨は,前提において既に失当である。
 更に,反対債権たる代金請求権は,当該訴訟における訴訟物とならず,従って,これが引換給付判決の主文に掲記せられて居る場合においても,その存在及び数額について既判力を生ずる余地はないのであるから,原審が判決主文においてこれとの引換給付を命じなかったことが所論代金請求権の存否につき既判力を生ぜしめない結果を招いたとして原審判断を非難する論旨も亦,前提において既に失当である。
 その他の点につき論旨は縷々主張するところがあるけれども,原審の認定判示に添わないことを仮定して原審の判断を非難するものであって,上告適法の理由とならない。
 論旨は,すべて,採るを得ない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官石坂修一,裁判官横田正俊  裁判官河村又介は退官につき署名捺印できない。 裁判長裁判官  石坂修一


借地法10条の建物買取請求権の消滅時効期間(最判昭和42年7月20日民集21巻6号1601頁)

借地法10条の建物買取請求権の消滅時効期間
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人瀬沼忠夫の上告理由について。
 借地法一〇条による買取請求権は,その行使により当事者間に建物その他地上物件につき売買契約が成立したのと同一の法律効果を発生せしめるものであるから,いわゆる形成権の一種に属するが,その消滅時効については民法一六七条一項を適用すべきものと解するのが相当である。したがって,本件建物買取請求権は権利を行使することをうる時から起算して一〇年の時効によって消滅するものと解すべきところ,原審(その引用する第一審判決を含む)の認定によれば,被上告人はおそくとも昭和三〇年七月末日までに上告人に対して本件土地の転借権の譲渡ないし転々貸を承認しない旨を申し入れたというのであり,この事実認定は挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。してみれば,本件建物買取請求権の行使が可能となった時期はおそくとも昭和三〇年七月末日であり,上告人が被上告人に対して該権利を行使したのは,右権利の行使が可能となった時から一〇年以上を経過した後である昭和四一年四月一一日であるから,上告人主張の被上告人に対する建物買取請求権はすでに時効によって消滅している旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その間原判決にはなんら所論の違法は認められない。論旨は,要するに,原審の専権に属する事実認定を非難し,さらには,原審の認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうにすぎないものであって,採用するに足りない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大隅健一郎,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠

土地賃借人の賃貸人所有地への越境建築は借地自体の用方違反(最判昭和38年11月14日民集17巻11号1346頁)

土地賃借人の賃貸人所有地への越境建築は借地自体の用方違反
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大類武雄,同金子作造の上告理由第一点について。
 論旨は,建物所有を目的とする土地賃貸借の借地上に借地人の所有する建物が,隣接の賃貸人の所有地に越境して建られている場合には,賃貸人は土地所有権に基づき,賃借人に対してその越境部分の土地明渡を求めて権利妨害を排除すれば足り,賃貸借の目的土地に直接関係なき右の理由を以って賃貸借契約の解除理由とすることはできないのに,原判決が単に右越境建築の理由を以って賃貸借の目的たる土地の用方違反であるから,賃貸借契約の解除理由たるを妨げないと判断したことは,理由不備の違法があると主張する。
 しかし,原判決はね訴外甲が昭和二六年以来被上告人らの先代乙より同人所有の本件土地一五坪を賃借し,その借地上に本件建物を所有していたこと,右賃借範囲には,係争の越境部分二坪余の土地が含まれていなかったこと,訴外甲の本件土地賃借当初における右地上建物の坪数は十坪五合であって,同建物は係争の二坪余の土地の部分にはかかっていなかったこと,乙は昭和三〇年五月頃右貸地に隣接する自己所有の宅地内に家業のそば店舗を建築するため,その敷地を測量したところ,賃借人甲所有の本件建物がその借地一五坪の賃借範囲を越え乙方敷地に原判示の如く二坪余越境して建られていることを発見したので,乙は直ちに右甲に対し越境の建物部分の収去を申入れたこと,右越境の部分が乙方店舗二階客座敷への昇降口建設のため絶対必要な場所であったので,その後も再三右二坪余の越境部分収去の中入けが乙から甲に対してなされたこと,特に昭和三一年六月二五日甲側に立つ訴外丙立会の上測量した結果,丙も越境の事実を認め,その旨が丙から甲に通告されたこと,乙は翌六月二六日付,同月二七日到達の内容証明郵便による書面を以って,甲に対し同年七月二〇日までに本件建物の右越境部分を収去すべく,もし右期間内にその履行なきときは,本件一五坪の土地の賃貸借契約を解除する旨の催告及び条件付契約解除の意思表示をしたが,甲はこれに応ぜず,右期間を徒過したこと,被上告人らは同年七月二三日頃甲より本件建物を買受け,同年九月一九日その所有権移転登記を経由したことを確定したのであって,以上の事実関係の下において考えるに,借地人甲の本件所有建物と地主乙の所有店舗とが右の如く極めて近接しており,本件借地上の借地人所有の建物の越境が地主乙の店舗経営上,非常な支障を及ぼすこと,原判示の如き場合にあっては,右越境を目して結局本件借地一五坪それ自体の用方違反,すなわち賃借人としての債務不履行ありというに妨げないとした原判決の判断は是認できる。
 しかして,前示の如き相当期間をもってする右用方違反の是正の催告,すなわち,越境建物部分の除去の催告とともにその除去を条件とする原判示賃貸借契約解除の意思表示は有効であり,従って乙と甲との間の本件土地賃貸借契約は右催告期間の徒過とともに解除されたのであるから,上告人は既に消滅した賃借権の譲受を甲と契約したにすぎないとした原審判断は,首肯できるところであって,原判決には所論理由不備の違法はなく,所論は採用できない。
 同第二点について。
 所論は,原審が右契約解除を是認したのは民法五四一条の解釈を誤まり,又上告人の本件建物買取請求権の主張を否定したのは借地法一〇条の解釈を誤った違法があると主張するけれども,右賃貸借契約解除が有効であることは所論第一点について説示したとおりであり,既に本件借地権消滅後に本件建物を買受けた上告人には,本件建物の買取請求権のないことを認定判断した原判決には所論違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同下飯坂潤夫,同斎藤朔郎

サブリース契約と借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額算定根拠等(最判平成15年10月21日民集57巻9号1213頁)

サブリース契約と借地借家法三二条一項に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額算定根拠等
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
第1 事案の概要
 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 平成12年(受)第573号上告人・同第574号被上告人(以下「第1審被告」という。)は,不動産賃貸等を目的とする資本金867億円余の株式会社であり,我が国不動産業界有数の企業である。平成12年(受)第573号被上告人・同第574号上告人(以下「第1審原告」という。)は,不動産賃貸等を目的とする資本金約2億6000万円の株式会社である。
 (2) 第1審原告は,昭和61年ころ,甲株式会社からの勧めもあって,東京都文京区××外の土地上に賃貸用高層ビルを建築することを計画し,同年11月ころ,著名な建築家である乙に建物の設計を依頼し,同年12月ころ,乙設計事務所との間で覚書を交わした。第1審原告は,昭和62年6月,第1審被告から,上記の土地上に第1審原告が建築したビルで第1審被告が転貸事業を営み,第1審原告に対して長期にわたって安定した収入を得させるという内容の提案を受け,第1審被告とも交渉を進めることとした。
 そして,第1審原告は,昭和63年10月,第1審被告から,①第1審被告が,第1審原告使用部分を除き,ビル全館を一括して賃借し,第1審被告の責任と負担でテナントに転貸する,②賃料は,共益費を含め,年額23億1072万円とし,この賃料額は,テナントの入居状況にかかわらず変更しない,③賃料のうち19億9200万円については,3年経過するごとに,その直前の賃料の10%相当額を値上げするとの提案を受け,第1審被告との間で契約を締結することとし,契約内容の具体化を進めた。
 (3) 第1審原告は,昭和63年12月13日,第1審被告との間で,原判決別紙物件目録一記載の建物(通称「丙ビル」。以下「本件建物」という。)のうち同目録二記載の部分(以下「本件賃貸部分」という。)を下記(4)の内容で第1審被告に賃貸する旨の予約をした。
 第1審原告は,同月14日,上記予約で約定した敷金額49億4350万円のうち16億5500万円の預託を受けた。第1審原告は,丁株式会社との間で本件建物の建築請負契約を締結し,同社に対し請負代金等合計212億円余を支払い,また,乙設計事務所に対しても設計料18億円余を支払ったが,これらの支払のうち上記の敷金で賄いきれなかった181億円余については,銀行融資を受けた。
 (4) 本件建物は,平成3年4月15日に完成し,第1審原告は,同月16日,上記予約に基づき,第1審被告との間で,次の内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件賃貸部分を第1審被告に引き渡した。
 ア 第1審原告は,第1審被告に対し,本件賃貸部分を一括して賃貸し,第1審被告は,これを賃借し,自己の責任と負担において第三者に転貸し,賃貸用オフィスビルとして運用する。第1審被告は,転借人を決定するには,事前に第1審原告の書面による承諾を得る。
 イ 賃貸期間は,本件建物竣工時から15年間とし,期間満了時には,双方協議の上,更に15年間契約を更新する。賃貸期間中は,不可抗力による建物損壊又は一方当事者の重大な契約違反が生じた場合のほかは,中途解約できない。
 ウ 賃料は,年額19億7740万円,共益費は,年額3億1640万円とし,第1審被告は,毎月末日,賃料の12分の1(当月分)を支払う。
 エ 賃料は,本件建物竣工時から3年を経過するごとに,その直前の賃料の10%相当額の値上げをする(以下,この合意を「本件賃料自動増額特約」という。)。急激なインフレ,その他経済事情に著しい変動があった結果,値上げ率及び敷金が不相当になったときは,第1審原告と第1審被告の協議の上,値上げ率を変更することができる(以下,この合意を「本件調整条項」という。)。
 オ 第1審被告は,第1審原告に対し,敷金として,総額49億4350万円を預託する。
 カ 第1審被告が賃料等の支払を延滞したときは,第1審原告は,通知催告なしに敷金をもって弁済に充当することができ,この場合,第1審被告は,第1審原告から補充請求を受けた日から10日以内に敷金を補充しなければならない。
 (5) 第1審被告は,第1審原告に対し,本件賃貸部分の賃料について,平成6年2月9日に,同年4月1日から年額13億8194万4000円に減額すべき旨の意思表示をしたのを最初として,同年10月28日に,同年11月1日から年額8億6863万2000円に減額すべき旨の意思表示を,平成9年2月7日に,同年3月1日から年額7億8967万2000円に減額すべき旨の意思表示を,平成11年2月24日に,同年3月1日から年額5億3393万9035円に減額すべき旨の意思表示を,それぞれ行った。
 なお,第1審被告がテナントから受け取る本件賃貸部分の転貸料の合計は,平成6年4月当時,平成9年6月当時のいずれも月額1億1516万2000円であり,平成11年3月当時は約4581万円となり,同年4月以降は6000万円前後で推移している。
 (6) 第1審被告は,第1審原告に対し,平成6年4月分から平成9年3月分まで賃料として月額1億4577万4527円を支払い,平成9年4月分から平成11年10月分まで賃料として月額1億4860万5099円(ただし,平成9年4月分及び平成10年4月分については,月額1億4860万5111円)を支払った。
 (7) 第1審原告は,平成6年4月分から平成9年12月分までの約定賃料等と支払賃料等との差額分及びこれに対する遅延損害金を敷金から充当することとし,第1審被告に対し,敷金の不足分の補充を請求した。
 2 本件本訴請求事件は,第1審原告が,第1審被告に対し,主位的に,本件賃料自動増額特約に従って賃料が増額したと主張して,上記敷金の不足分と平成10年1月分から平成11年10月分までの未払賃料との合計52億6899万5795円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,第1審被告の賃料減額請求の意思表示により賃料が減額されたことを前提として,借地借家法32条1項の規定により賃料が減額される可能性があることについて第1審被告に説明義務違反があるなどと主張して,不法行為又は債務不履行に基づき上記金額と同額の損害賠償を求めるものである。
 そして,本件反訴請求事件は,第1審被告が,第1審原告に対し,借地借家法32条1項の規定に基づき第1審被告の賃料減額請求の意思表示により賃料が減額されたことを主張して,本件賃貸部分の賃料が平成6年4月1日から同年10月末日までの間は年額13億8194万4000円,同年11月1日から平成9年2月末日までの間は年額8億6863万2000円,同年3月1日から平成11年2月末日までの間は年額7億8967万2000円,同年3月1日以降は年額5億3393万9035円であることの,それぞれ確認を求めるものである。
 第2 平成12年(受)第573号上告代理人遠藤英毅,同今村健志,同戸張正子,同奈良次郎,同伊藤茂昭,同進士肇,同岡内真哉,同田汲幸弘,同奈良輝久の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 原審は,前記の事実関係の下で,次のとおり判断して,第1審原告の主位的請求を,35億2323万2445円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の主位的請求及び予備的請求を棄却し,第1審被告の反訴請求を棄却すべきものとした。
 (1) 本件契約は,建物賃貸借契約の法形式を利用しているから,建物賃貸借契約の一種がその組成要素となっていることは否定できないが,典型的な賃貸借契約とはかなり異なった性質のものと認められ,その実質的機能や契約内容に鑑みると,建物賃貸借契約とは異なる性質を有する事業委託的無名契約の性質を持ったものと解すべきである。従って,本件契約について,借地借家法の全面的適用があると解するのは相当ではなく,本件契約の目的,機能及び性質に反しない限度においてのみ同法の適用があるものと解すべきである。
 本件契約は,その内容や交渉経過に照らせば,取引行為者として経済的に対等な当事者双方が,不動産からの収益を共同目的とし,それぞれがより多額の収益を確保するために,不動産の転貸から得られる収益の分配を対立的要素として調整合意したものであり,第1審原告は,収益についての定額化による安定化と将来にわたる確実な賃料増額を図るために,本件賃料自動増額特約を付し,本件賃貸部分を一括して賃貸することとして本件契約を締結したのであるから,その限りにおいて,本件契約においては賃料保証がされているものと解される。そして,本件契約においては,本件賃料自動増額特約による賃料と現実の転貸料とのかい離が著しく不合理となったときに対処するために,本件調整条項が設けられているのであるから,本件契約にあっては,借地借家法32条1項所定の賃料増減額請求権の制度は,本件調整条項によって修正され,上記規定は,その手続や請求権の行使の効果など限定された範囲でのみ適用があると解するのが相当である。
 (2) 第1審被告が平成6年2月9日及び平成9年2月7日にした賃料減額請求は,賃料自動増額の時期の到来に対抗してされたものであり,本件調整条項に基づく値上げ率を変更する旨の意思表示を含むものと解するのが相当である。そして,不動産市場や賃貸ビル市場の著しいマイナス変動により,賃料と転貸料との間に不合理な著しいかい離が生じていると認められるから,第1審被告が平成6年2月9日及び平成9年2月7日に本件調整条項に基づいて行った賃料の減額請求により,それぞれの時期の値上げ率が0%に変更されたものと認めるのが相当である。
 以上によれば,本件契約の賃料は,平成6年4月以降も従前どおりの金額であるから,第1審原告の主位的請求に係る敷金の不足額と未払賃料との合計は,35億2323万2445円となる。
 従って,第1審原告の主位的請求は,35億2323万2445円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。また,第1審被告の反訴請求も,理由がない。
 (3) 第1審原告の予備的請求については,第1審被告に説明義務違反等があるとは認められないから,理由がない。
 2 しかし,原審の上記(1),(2)の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 前記確定事実によれば,本件契約における合意の内容は,第1審原告が第1審被告に対して本件賃貸部分を使用収益させ,第1審被告が第1審原告に対してその対価として賃料を支払うというものであり,本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。
 本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
 なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社である第1審被告が,第1審原告の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,第1審被告と第1審原告との間において賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,第1審原告が,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金として第1審被告から約50億円の敷金の預託を受けるとともに,金融機関から約180億円の融資を受けて,第1審原告の所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。そして,本件契約は,第1審被告の転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,第1審原告が第1審被告の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,衡平の見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。
 以上により,第1審被告は,借地借家法32条1項の規定により,本件賃貸部分の賃料の減額を求めることができる。そして,上記のとおり,この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),第1審被告の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),第1審原告の敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである。
 (2) 以上によれば,本件契約への借地借家法32条1項の規定の適用を極めて制限的に解し,第1審原告の主位的請求の一部を認容し,第1審被告の反訴請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中第1審被告敗訴部分は破棄を免れない。そして,第1審被告の賃料減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻す。
 第3 平成12年(受)第574号上告代理人升永英俊,同松添聖史の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 本件契約に借地借家法32条1項の規定が適用されることは,前記第2の2において説示したとおりであるから,論旨は採用できない。しかし,前記のとおり,上記規定に基づく減額請求の当否等について審理しないまま第1審原告の主位的請求の一部を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,原判決中第1審原告敗訴部分は破棄を免れない。そして,第1審被告の賃料減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分についても,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙靖の補足意見がある。  裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件契約につき借地借家法32条が適用されるとする理由につき,若干の補足をしておきたい。
 本件契約のようないわゆるサブリース契約については,これまで,当事者間における合意の内容,すなわち締結された契約の法的内容はどのようなものであったかという,意思解釈上の問題がしばしば争われており,本件においても同様である。そして,その際,サブリース契約については借地借家法32条の適用はないと主張する見解(以下「否定説」という。本件における第1審原告の主張)は,おおむね,両当事者間に残されている契約書上の「賃貸借契約」との表示は単に形式的・表面的なものであるにすぎず,両当事者間における合意の内容は,単なる建物賃貸借契約にとどまるものではない旨を強調する。
 しかし,当事者間における契約上の合意の内容について争いがあるとき,これを判断するに際し採られるべき手順は,何よりもまず,契約書として残された文書が存在するか,存在する場合にはその記載内容は何かを確認することであり,その際,まずは契約書の文言が手掛りとなるべきものであることは,疑いを入れないところである。本件の場合,明確に残されているのは,「賃貸借契約書」と称する契約文書であり,そこに盛られた契約条項にも,通常の建物賃貸借契約の場合と取り立てて性格を異にするものは無い。そうであるとすれば,まずは,ここでの契約は通常の(典型契約としての)建物賃貸借契約であると推認するところから出発すべきであるのであって,そうでないとするならば,何故に,どこが(法的に)異なるのかについて,明確な説明がされるのでなければならない。
 この点,否定説は,いわゆるサブリース契約は,①典型契約としての賃貸借契約ではなく,「不動産賃貸権あるいは経営権を委譲して共同事業を営む無名契約」である,あるいは,②「ビルの所有権及び不動産管理のノウハウを基礎として共同事業を営む旨を約する無名契約」と解すべきである,等々の理論構成を試みるが,そこで挙げられているサブリース契約の特殊性なるものは,いずれも,①契約を締結するに当たっての経済的動機等,同契約を締結するに至る背景の説明にとどまり,必ずしも充分な法的説明とはいえないものであるか,あるいは,②同契約の性質を建物賃貸借契約(ないし,建物賃貸借契約をその一部に含んだ複合契約)であるとみても,そのことと両立し得る事柄であって,出発点としての上記の推認を覆し得るものではない。
 もっとも,否定説の背景には,サブリース契約に借地借家法32条を適用したのでは,当事者間に実質的公平を保つことができないとの危惧があることが見て取れる。しかし,上記の契約締結の背景における個々的事情により,実際に不公平が生じ,建物の賃貸人に何らかの救済を与える必要が認められるとしても,それに対処する道は,否定説を採る以外に無いわけではないのであって,法廷意見が,借地借家法32条1項による賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額の判断に当たり賃料額決定の要素とされた事情等を十分考慮すべき旨を判示していることからも明らかなように,民法及び借地借家法によって形成されている賃貸借契約の法システムの中においても,しかるべき解決法を見いだすことが十分にできるのである。そして,さらに,事案によっては,借地借家法の枠外での民法の一般法理,すなわち,信義誠実の原則あるいは不法行為法等々の適用を,個別的に考えて行く可能性も残されている。
 いずれにせよ,否定説によらずとも,実質的公平を実現するための法的可能性は,上記のとおり,現行法上様々に残されているのであって,むしろ,個々の事案に応じた賃貸借契約の法システムの中での解決法や,その他の上記可能性を様々に活用することが可能であることを考慮するならば,一口にサブリース契約といっても,その内容や締結に至る背景が様々に異なり,また,その契約内容も必ずしも一律であるとはいえない契約を,未だ必ずしもその法的な意味につき精密な理論構成が確立しているようには思えない一種の無名契約等として,通常の賃貸借契約とは異なるカテゴリーに当てはめるよりも,法廷意見のような考え方に立つ方が,一方で,法的安定性の要請に沿うものであるとともに,他方で,より柔軟かつ合理的な問題の処理を可能にする道である。
   最高裁裁判長裁判官藤田宙靖,裁判官金谷利廣,同濱田邦夫,同上田豊三

賃料増額特約付き賃貸借契約と賃借人の賃料減額請求の可否(最判平成17年3月10日裁判集民事216号389頁)

賃借人の要望に沿って大型スーパーストアの店鋪として使用するために建築され他の用途に転用することが困難である建物を目的とし3年ごとに賃料を増額する旨の特約を付した賃貸借契約について賃借人のした賃料減額請求権の行使を否定した原審の判断に違法があるとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人石川良雄の上告受理申立て理由第4について
1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,食料品類,衣料,日用品雑貨の販売等を目的とする会社であり,被上告人は,土木建築請負業を目的とする会社である。
(2)被上告人と上告人とは,平成4年2月ころから,被上告人が,その所有する第1審判決別紙物件目録記載1,2の土地(以下「本件土地」という。)を敷地として,上告人の要望に沿った建物を建築し,上告人がこれを長期間にわたって賃借することを計画し,交渉を進めてきた。上告人は,被上告人に対し,平成5年11月1日及び平成6年2月28日,各8000万円を,建築協力金の名目で無利息で預託した。被上告人は,上告人から建物の位置,規模,構造等のすべてにわたり詳細な指示,要望を受け,上告人との協議を重ねて建物を建築し,同年7月19日,上記物件目録記載3の建物(以下「本件建物」という。)が完成した。本件建物は,大型スーパーストアの店舗として使用する目的の建物であり,これを他の用途に転用することは困難である。
(3)被上告人は,上告人に対し,平成6年7月26日,次の約定で,本件建物及びこれに付属する駐車場を賃貸した(以下,この契約を「本件賃貸借契約」という。)。
  ア 賃貸期間は,同月29日から平成26年7月28日までとする。
  イ 賃料(消費税相当額を除いた月額。以下同じ。)は,649万7800円とし,これに別途計算した消費税相当額を合算して,毎月末日限り翌月分を支払う。
  ウ 賃料は3年ごとに改定するものとし,初回改定時は前項記載の賃料の7%を増額する。その後3年ごとの賃料改定時は最低5%以上を増額するものとし,7%以上をめどに本件土地に対する公租公課,経済情勢の変動等を考慮し,双方協議の上定める(以下,この特約を「本件特約」という。)。
  エ 上告人は被上告人に対し敷金2000万円を差し入れる。
(4)上告人の平成9年8月分から平成13年3月分までの賃料等の支払状況は,第1審判決入金等一覧表の入金日欄及び入金額欄記載のとおりである。
(5)上告人は,被上告人に対し,平成9年8月20日付け書面をもって,本件賃貸借契約に基づく賃料を649万7800円に据え置くべき旨を申し入れることにより,賃料減額の意思表示をした。
(6)上告人は,被上告人に対し,平成12年10月26日,本件賃貸借契約に基づく賃料を555万5343円に減額すべき旨の意思表示をした。
2 被上告人の本訴請求は,被上告人が,上告人に対し,本件特約に従い賃料の増額改定がされたと主張して,平成9年8月分から平成13年3月分までの未払賃料及び遅延損害金の支払を求めるものである。
 上告人の反訴請求は,上告人が,被上告人に対し,借地借家法32条1項の規定に基づく上告人の賃料減額請求権の行使により賃料が減額されたこと等を主張して,賃料額の確認を求めるとともに,不当利得返還請求として,過払金の返還等を求めるものである。
3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容し,反訴請求を棄却した。
 本件建物は上告人の注文に従って建築された大型スーパーストア用の建物であり転用の困難性を伴うこと,本件賃貸借契約は,このような本件建物を上告人のスーパーストア経営事業のための利用に供し,これにより上告人が事業による収益を得るとともに,被上告人も将来にわたり安定した賃料収入を得るという共同事業の一環として締結されたものというべきであることなどを併せ考察すると,本件賃貸借契約は借地借家法が想定している賃貸借契約の形態とは大きく趣を異にする。このような賃貸借契約において賃借人から賃料減額請求がされた場合に,一般的な賃料相場や不動産価格の下落をそのまま取り入れ,これに連動して賃料減額を認めるのは著しく合理性を欠くことになり相当ではない。借地借家法に基づく賃料減額請求権の行使が認められるかどうかについては,上記のような契約の特殊性を踏まえた上で,当該賃料の額について賃借人の経営状態に照らして当初の合意を維持することが著しく合理性を欠く状態となり,合意賃料を維持することが当該賃貸借契約の趣旨,目的に照らして公平を失し,信義に反するというような特段の事情があるかどうかによって判断するのが相当である。これを本件についてみると,本件土地の公租公課は平成6年度と比較して平成9年度,平成12年度のいずれにおいても上昇していること,他方,上告人の経営状況の悪化をうかがわせるに足りる資料はなく,かえって,上告人は平成6年度から平成12年度にかけて順調に業績を伸ばしていること等が認められるのであり,本件賃貸借契約において賃料を減額すべき事由を見いだすことは困難である。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約等の特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日判決・民集35巻3号656頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日判決・民集57巻6号595頁,最高裁平成12年(受)第573号,第574号同15年10月21日判決・民集57巻9号1213頁,最高裁平成14年(受)第852号同15年10月23日判決・裁判集民事211号253頁参照)。そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,同項所定の諸事情(租税等の負担の増減,土地建物価格の変動その他の経済事情の変動,近傍同種の建物の賃料相場)のほか,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきである(最高裁昭和43年(オ)第439号同44年9月25日判決・裁判集民事96号625頁,上記平成15年10月21日判決,上記平成15年10月23日判決参照)。
 前記事実関係によれば,本件建物は,上告人の要望に沿って建築され,これを大型スーパーストアの店舗以外の用途に転用することが困難であるというのであって,本件賃貸借契約においては,被上告人が将来にわたり安定した賃料収入を得ること等を目的として本件特約が付され,このような事情も考慮されて賃料額が定められたものであることがうかがわれる。しかし,本件賃貸借契約が締結された経緯や賃料額が決定された経緯が上記のようなものであったとしても,本件賃貸借契約の基本的な内容は,被上告人が上告人に対して本件建物を使用収益させ,上告人が被上告人に対してその対価として賃料を支払うというもので,通常の建物賃貸借契約と異なるものではない。従って,本件賃貸借契約について賃料減額請求の当否を判断するに当たっては,前記のとおり諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃借人の経営状態など特定の要素を基にした上で,当初の合意賃料を維持することが公平を失し信義に反するというような特段の事情があるか否かをみるなどの独自の基準を設けて,これを判断することは許されない。
 原審は,上記特段の事情の有無で賃料減額請求の当否を判断すべきものとし,専ら公租公課の上昇及び上告人の経営状態のみを参酌し,土地建物の価格等の変動,近傍同種の建物の賃料相場等賃料減額請求の当否の判断に際して総合考慮すべき他の重要な事情を参酌しないまま,上記特段の事情が認められないとして賃料減額請求権の行使を否定したものであって,その判断は借地借家法32条1項の解釈適用を誤ったものというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人の賃料減額請求の当否,相当賃料額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官甲斐中辰夫,裁判官横尾和子,同泉徳治,同島田仁郎,同才口千晴

借地法12条2項の相当賃料(最判平成5年2月18日裁判集民事167号下129頁)

借地人の供託した賃料額が借地法一二条二項の相当賃料と認められた事例
       主   文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄し,第一審判決中右部分を取り消す。
 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人永原憲章,同藤原正廣の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
  1 上告人は,昭和四五年五月二三日,被上告人から,第一審判決別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を,建物所有を目的として,賃料月額六七六〇円で賃借し,右土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。
   2 被上告人は,上告人に対し,本件土地の賃料を,昭和五七年九月一三日ころ到達の書面で同年一〇月一日から月額三万六〇五二円に,昭和六一年一二月三〇日到達の書面で昭和六二年一月一日から月額四万八八二一円に,それぞれ増額する旨の意思表示をした後,本件土地の賃料が右各増額の意思表示の時点で増額されたことの確認を求める訴訟を神戸地方裁判所に提起した(同庁昭和六二年(ワ)第三六号,以下「賃料訴訟」という。)。
  3 被上告人は,上告人に対し,賃料訴訟の係属中の昭和六二年七月八日到達の書面で,昭和五七年一〇月一日から同六一年一二月三一日まで月額三万六〇五二円,昭和六二年一月一日から同年六月三〇日まで月額四万六〇〇〇円による本件土地の賃料合計二一一万四六五二円を同年七月一三日までに支払うよう催告するとともに,右期間内に支払のないときは改めて通知することなく本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
 4 上告人は,被上告人に対し,従前の月額六七六〇円の賃料を提供したが,受領を拒絶されたため,昭和五九年五月一二日に同年六月分まで月額六七六〇円,昭和六二年一月二八日に同五九年七月分から同六二年六月分まで月額一万一四〇円,昭和六二年七月一〇日に同年七月分から同年一二月分まで月額二万三〇〇〇円を,いずれも上告人において相当と考える賃料として供託した。
  5 昭和六二年一二月一五日,賃料訴訟において,本件土地の賃料が昭和五七年一〇月一日から同六一年一二月三一日までは月額三万六〇五二円,昭和六二年一月一日以降は月額四万六〇〇〇円であることを確認する旨の判決がされ,控訴なく確定した。昭和六三年三月一日,上告人と被上告人との間で,賃料訴訟で確認された同六二年六月三〇日までの本件土地の賃料と上告人の供託賃料との差額及びこれに対する法定の年一割の割合による利息を支払って清算する旨の合意が成立し,上告人は右合意に従って清算金を支払った。
  6 被上告人は,上告人に対し,前記の賃料増額の意思表示のほかにも,昭和四七年一月から月額二万二五三三円に,同五三年一月から月額二万六二八八円に,同五五年七月から月額三万一五四六円に各増額する旨の意思表示をその都度したが,上告人はこれに応ぜず,前記のとおり昭和五九年六月分まで当初の月額六七六〇円の賃料を供託し続けた。また,上告人は,本件土地の隣地で被上告人が他の者に賃貸している土地について,昭和四五年以降数度にわたって合意の上で賃料が増額されたことの大要を知っていた。
 二 原審は,被上告人の本件建物収去本件土地明渡等請求を認容した第一審判決は,賃料相当損害金請求に関する一部を除いて,正当であるとした。
その理由は,次のとおりである。
  1 借地法一二条二項にいう「相当ト認ムル」賃料とは,客観的に適正である賃料をいうものではなく,賃借人が自ら相当と認める賃料をいうものと解されるが,それは賃借人の恣意を許す趣旨ではなく,賃借人の供託した賃料額が適正な賃料額と余りにもかけ離れている場合には,特段の事情のない限り,債務の本旨に従った履行とはいえず,さらに,そのような供託が長期にわたって漫然と続けられている場合には,もはや賃貸人と賃借人の間の信頼関係は破壊されたとみるべきである。
  2 一記載の事実関係の下において,上告人が相当と考えて昭和五七年一〇月一日から同六二年三〇日までの間に供託していた賃料は,賃料訴訟で確認された賃料の約五・三分の一ないし約三・六分の一と著しく低く,上告人は,右供託賃料が本件土地の隣地の賃料に比してもはるかに低額であることを知っていたし,他に特段の事情もないから,上告人の右賃料の供託は債務の本旨に従った履行と認めることはできず,上告人が,被上告人の数回にわたる賃料増額請求にもかかわらず,約一二年余の間にわたり当初と同一の月額六七六〇円の賃料を漫然と供託してきた事実を併せ考えると,当事者間の信頼関係が破壊されたと認めるのが相当であり,本件賃貸借契約は昭和六二年七月一三日の経過をもって賃料不払を理由とする解除により終了した。
 三 しかし,被上告人の請求は理由があるとした原審の右判断部分は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
 借地法一二条二項は,賃貸人から賃料の増額請求があった場合において,当事者間に協議が調わないときには,賃借人は,増額を相当する裁判が確定するまでは,従前賃料額を下回らず,主観的に相当と認める額の賃料を支払っていれば足りるものとして,適正賃料額の争いが公権的に確定される以前に,賃借人が賃料債務の不履行を理由に契約を解除される危険を免れさせるとともに,増額を確認する裁判が確定したときには不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとして,当事者間の利益の均衡を図った規定である。
 そして,本件において,上告人は,被上告人から支払の催告を受ける以前に,昭和五七年一〇月一日から同六二年六月三〇日までの賃料を供託しているが,その供託額は,上告人として被上告人の主張する適正賃料額を争いながらも,従前賃料額に固執することなく,昭和五九年七月一日からは月額一万一四〇円に増額しており,いずれも従前賃料額を下回るものではなく,かつ上告人が主観的に相当と認める額であったことは,原審の確定するところである。そうしてみれば,上告人には被上告人が本件賃貸借契約解除の理由とする賃料債務の不履行はなく,被上告人のした解除の意思表示は,その効力がないといわなければならない。
 もっとも,賃借人が固定資産税その他当該賃借土地に係る公租公課の額を知りながら,これを下回る額を支払い又は供託しているような場合には,その額は著しく不相当であって,これをもって債務の本旨に従った履行ということはできないともいえようが,本件において,上告人の供託賃料額が後日賃料訴訟で確認された賃料額の約五・三分の一ないし約三・六分の一であるとしても,その額が本件土地の公租公課の額を下回るとの事実は原審の認定していないところであって,未だ著しく不相当なものということはできない。また,上告人においてその供託賃料額が本件土地の隣地の賃料に比べはるかに低額であることを知っていたとしても,それが上告人において主観的に相当と認めた賃料額であったことは原審の確定するところであるから,これをもって被上告人のした解除の意思表示を有効であるとする余地もない。
 四 そうすると,原判決には借地法一二条二項の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,この点をいう論旨は理由がある。そして,以上によれば,被上告人の請求は理由がないことに帰するから,原判決中上告人敗訴部分を破棄し,第一審判決中右部分を取り消した上,右部分に係る被上告人の本訴請求を棄却すべきである。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官三好達,裁判官大堀誠一,同橋元四郎平,同味村治,同小野幹雄

賃借人が公租公課額未満と知りつつ支払う賃料と借地法12条2項の相当賃料(最判平成8年7月12日民集50巻7号1876頁)

賃借人が公租公課の額を下回ることを知りながら支払う賃料と借地法一二条二項の相当賃料
       主   文
 原判決中上告人らの建物収去土地明渡請求及び平成二年三月二日以降月五〇万円の割合による金員の支払請求に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
 上告人らのその余の上告を却下する。
 前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人山内良治の上告理由について
 一 本件は,第一審判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を被上告人に賃貸している上告人らが,賃料を月額一二万円に増額する旨の請求をした後に被上告人が支払い続けた賃料月額六万円は,被上告人が自ら相当と認める額ではなく,公租公課の額にも満たないものであるから,被上告人には賃料債務の不履行があり,これに基づき賃貸借契約が解除されたと主張して,被上告人に対し,同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して本件土地を明け渡し,右解除前の賃料及び解除から明渡し済みまでの賃料相当損害金を支払うことを求めるものである。
 二 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人らの父である甲は,昭和四〇年ころ,その所有する本件土地を被上告人の父である乙に賃貸し,同人は,本件土地上に本件建物を建築した。甲が昭和四二年一〇月三一日に死亡したため,上告人らは,それぞれ本件土地の持分四分の一を相続により取得し,賃貸人の地位を承継した。その後,乙が死亡し,被上告人が本件建物の所有権を相続により取得し,賃借人の地位を承継した。
 2 本件土地の賃料は,昭和五五年八月に月額六万円(年額七二万円)に増額されて以来据え置かれてきた。平成元年一一月一日現在の本件土地の公租公課の額は年額七四万一二四八円であり,賃料額を上回っていた。
 3 上告人らは,平成元年一〇月一八日,被上告人に対し,本件土地の賃料を同年一一月一日以降月額一二万円に増額する旨の請求をした。
 4 昭和五五年八月以降本件土地の地価が著しく高騰し,公租公課も増額されたから,平成元年一一月一日の時点において従前の賃料額は不相当になっており,当時の本件土地の適正な賃料の額は,月額一二万円である。
 5 被上告人は,本件賃料増額請求の後も,賃料として月額六万円の支払を続けている。
 6 上告人らは,平成二年二月二二日,被上告人に対し,一週間以内に増額賃料の支払がない場合には賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが,被上告人は,右の期間内に催告に係る賃料の支払をしなかった。
 三 原審は,右事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人らの賃料支払請求を平成元年一一月一日から同二年三月一日まで月額六万円の割合による金員(合計二四万一九三五円)の支払を求める限度で認容し,上告人らのその余の請求をすべて棄却すべきものとした。
 1 本件賃料増額請求は,全額につきその効力を生じたから,本件土地の賃料は,平成元年一一月一日以降月額一二万円に増額されたが,被上告人は,賃料として月額六万円を支払ったのみである。従って,平成元年一一月一日から同二年三月一日まで月額一二万円の割合による賃料の支払を求める請求は,未払額に相当する月額六万円の限度で理由がある。
 2 借地法一二条二項にいう「相当ト認ムル」とは賃借人において主観的に相当と認めるとの趣旨であると解するのが相当であるが,賃借人としては従前の賃料額を支払っている限り債務不履行責任を問われることはないとするのが右法条の趣旨であり,被上告人が従前の賃料額を支払う限り,主観的には相当と認める賃料を支払ったものとして債務不履行の責任を問われることはない。従って,本件解除の意思表示は解除原因を欠き無効であるから,賃貸借契約が解除されたことを前提とする建物収去土地明渡請求及び平成二年三月二日以降の賃料相当損害金の支払請求は,いずれも理由がない。
 四 しかし,原審の右三の2の判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
 1(一) 賃料増額請求につき当事者間に協議が調わず,賃借人が請求額に満たない額を賃料として支払う場合において,賃借人が従前の賃料額を主観的に相当と認めていないときには,従前の賃料額と同額を支払っても,借地法一二条二項にいう相当と認める地代又は借賃を支払ったことにはならないと解すべきである。
  (二) のみならず,右の場合において,賃借人が主観的に相当と認める額の支払をしたとしても,常に債務の本旨に従った履行をしたことになるわけではない。すなわち,賃借人の支払額が賃貸人の負担すべき目的物の公租公課の額を下回っていても,賃借人がこのことを知らなかったときには,公租公課の額を下回る額を支払ったという一事をもって債務の本旨に従った履行でなかったということはできないが,賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っていたときには,賃借人が右の額を主観的に相当と認めていたとしても,特段の事情のない限り,債務の本旨に従った履行をしたということはできない。何故なら,借地法一二条二項は,賃料増額の裁判の確定前には適正賃料の額が不分明であることから生じる危険から賃借人を免れさせるとともに,裁判確定後には不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとして,当事者間の衡平を図った規定であるところ,有償の双務契約である賃貸借契約においては,特段の事情のない限り,公租公課の額を下回る額が賃料の額として相当でないことは明らかであるから,賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っている場合にまで,その賃料の支払を債務の本旨に従った履行に当たるということはできないからである。
 2 本件についてこれを見るに,上告人らは,原審において,被上告人はその支払額である月額六万円を主観的に相当とは認めていなかったと主張し,また,原審は,本件賃料増額請求に係る増額の始期である平成元年一一月一日現在の本件土地の公租公課の額は年額七四万一二四八円であり,被上告人はその額を下回る月額六万円(年額七二万円)の支払を続けた旨の事実を認定したのであるから,原審が,被上告人が自らの支払額を主観的に相当と認めていたか否か及びこれが公租公課の額を下回ることを知っていたか否かについての事実を確定することなく,被上告人は従前の賃料額を支払う限り債務不履行責任を問われることはないと判断した点には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法が判決に影響を及ぼす。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決中建物収去土地明渡請求及び平成二年三月二日以降月五〇万円の割合による金員の支払請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして,右部分については,被上告人が自らの支払額を主観的に相当と認めていたか否か,また,これが公租公課の額を下回ることを知っていたか否かについての審理を尽くさせる必要があるので(仮に被上告人に賃料債務の不履行があったとされる場合においても,右不履行について信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるときには解除の意思表示は効力を生じないと解されるから,この場合においては,右信頼関係の破壊の点についても審理を尽くさせる必要がある。),原審に差し戻す。
 五 なお,上告人らは,原判決中賃料支払請求に係る部分について,上告理由を記載した書面を提出しない。
 よって,民訴法四〇七条一項,三九九条ノ三,九六条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官河合伸一,裁判官大西勝也,同根岸重治,同福田博

賃料延滞による賃貸借の解除と転借人に対する催告の要否(最判昭和37年3月29日民集16巻3号662頁)

賃料延滞による賃貸借の解除と転借人に対する催告の要否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人盛川康の上告理由第一,二,三点及び上告代理人中原盛次の上告理由について。
 しかし,原判決は,所論転貸借の基本である訴外甲と亡乙との間の賃貸借契約は,同人の賃料延滞を理由として,催告の手続を経て,昭和三〇年七月四日解除された事実を確定し,かかる場合には,賃貸人は賃借人に対して催告するをもって足り,さらに転借人に対してその支払の機会を与えなければならないというものではなく,また賃借人に対する催告期間がたとえ三日間であったとしても,これをもって直ちに不当とすべきではないとして,上告人の権利濫用,信義則違反等の抗弁を排斥した原判決は,その確定した事実関係及び事情の下において正当といわざるを得ない。引用の各判例は,本件と事案を異にし,本件に適切でない。
 所論は畢竟独自の見解に立つものであるから採るを得ない。
 上告代理人盛川康の上告理由第四点について。
 しかし,原判決引用の一審判決理由をみれば,所論主張について判断されていることが窺われるから論旨は理由がない。
 同第五点について。
 しかし,終結した弁論の再開を命ずるか否かは,裁判所の裁量に属するところであり,本件訴訟の経過に鑑みれば,原審が所論弁論の再開を命じなかったからといって所論の違法があるとはいえない。
 同第六点について。
 しかし,記録によれば,吉岡代理人は本件一審において被上告人の訴訟代理人として適法に訴訟行為をなし,その代理委任状によれば,右代理人は二審における上告人提起の控訴に対しても訴訟行為をする権限を有したものと認められるから,所論委任状の如何に拘らず,同代理人の原審における訴訟行為は適法になされたものといわざるを得ない。それ故論旨は理由がない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官高木常七,裁判官斎藤悠輔,同入江俊郎,同下飯坂潤夫

賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除と信義則違反(最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁)

賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないものとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人宮浦要の上告理由第一点について。
 所論は,原判決には被上告人甲に対する本件家屋明渡の請求を排斥するにつき理由を付さない違法があるというが,原判決は,所論請求に関する第一審判決の理由説示をそのまま引用しており,所論は,結局,原判決を誤解した結果であるから,理由がない。
 同第二点について。
 所論は,相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし,その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかった原判決違法と非難する。しかし,原判決(及びその引用する第一審判決)は,上告人が被上告人甲に対し所論延滞賃料につき昭和三四年九月二一日付同月二二日到達の書面をもって同年一月分から同年八月分まで月額一二〇〇円合計九六〇〇円を同年九月二五日までに支払うべく,もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと,右催告当時同年一月分から同年四月分までの賃料合計四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がなされており,延滞賃料は同年五月分から同年八月分までのみであったこと,上告人は本訴提起前から賃料月額一五〇〇円の請求をなし,また訴訟上も同額の請求をなしていたのに,その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし,同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと,本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額七五〇円程度であり,従って延滞賃料額は合計三〇〇〇円程度にすぎなかったこと,同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので,前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかったこと,昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかったので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが,右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかったこと,同被上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ,従って昭和三四年五月分から同年八月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので,催告期間経過後の同年一一月九日に右延滞賃料弁済のためとして四八〇〇円の供託をしたことを確定したうえ,右催告に不当違法の点があったし,同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもってする相殺をなす等の措置をとらなかったことは遺憾であるが,右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかったことも一応無理からぬところであり,右事実関係に照らせば,同被上告人には未だ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認するに足りる。従って,上告人の本件契約解除が有効になされたことを前提とするその余の所論もまた理由がない。
 同第三点について。
 所論は,被上告人乙及び同丙の本件家屋改造工事は賃借家屋の利用の程度をこえないものであり,保管義務に違反したというに至らないとした原審の判断は違法であって,民法一条二項三項に違反し,ひいては憲法一二条二九条に違反するという。しかし,原審は,右被上告人らの本件改造工事について,いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止まり,その機械施設等は容易に撤去移動できるものであって,右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと,及び同被上告人らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ,右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり,賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず,賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから,上告人の本件契約解除は無効であると判断しているのであって,右判断は首肯でき,その間なんら民法一条二項三項に違反するところはない。また,所論違憲の主張も,その実質は右民違を主張するに帰するから,前記説示に照らしてその理由のないことは明らかである。所論は,すべて採るを得ない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官田中二郎,裁判官石坂修一,同横田正俊,同柏原語六

借地法11条の特約(最判昭和40年7月2日民集19巻5号1153頁)

借地法11条の特約にあたらないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人有限会社大善代理人大島正義の上告理由第一,二点,上告人A代理人鈴木由治の上告理由第二点,上告人合資会社三升屋代理人大久保□の上告理由第二点について。
 原判決が,被上告人のした本件解除権の行使を権利の濫用にあたらないと判断したことは,その確定した事実関係に照らして相当であり,これに民法一条の解釈を誤った違法は認められない。論旨は採用できない。
 同大島正義の上告理由第三点について。
 借地法一一条の規定は,土地賃借人の義務違反である賃料不払の行為をも保護する趣旨ではない。従って,土地賃借人に賃料の不払があった場合には,賃貸人は催告を要せず賃貸借契約を解除できる旨の所論特約は,同条に該当せず,有効である。論旨は,独自の見解であって採用に値しない。
 同鈴木由治の上告理由第一点について。
 賃貸人の承諾のもとに土地賃借人の権利を譲受けたものは,当該土地賃貸借契約によって定められている賃借人の権利義務一切を承継すると解するのが相当である。論旨は,独自の見解であって排斥を免れない。同大久保□の上告理由第一点について。
 原判決の所論の点に関する事実上の判断は,その認定した間接事実に照らして是認しえなくはない。論旨は,原審の専権に属する事実認定を非難するに帰し,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官山田作之助,同草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外

継続した地代不払を一括して1個の解除原因とする賃貸借契約の解除権の消滅時効(最判昭和56年6月16日民集35巻4号763頁)

継続した地代不払を一括して1個の解除原因とする賃貸借契約の解除権の消滅時効
       主   文
 原判決中,上告人の被上告人に対する本件土地の明渡請求に関する部分及び昭和四三年二月一日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求に関する部分並びに昭和四三年二月一日から昭和四七年五月一六日までの賃料請求に関する部分を破棄し,右破棄部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
 上告人のその余の上告を却下する。
 前項に関する上告費用は,上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人武藤達雄の上告理由第二点ないし第四点について
 原判決によれば,上告人は,被上告人に本件土地を木造建物所有の目的で賃貸しているものであるところ,昭和三二年七月三〇日被上告人に対し地代が比隣の土地の地代及び諸物価の高騰に比較して不相当になったとして同年八月一日以降の地代を月額一万〇二四二円に増額する旨の意思表示をしたが,被上告人はこれを支払わず,昭和三七年六月二五日に至って昭和三二年八月分から昭和三四年一二月分までの月額三五〇〇円の割合による地代と昭和三五年一月から昭和三七年六月分までの月額六五〇〇円の割合による地代を一時に供託し,その後も月額六五〇〇円ないし七〇〇〇円の割合による地代を供託しているにすぎないので,上告人は,約定に基づきあらかじめ催告することなく昭和四三年一月三一日送達の本件訴状をもって被上告人に対し右地代支払債務の不履行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたと主張して,被上告人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めていることが,明らかである。
 これに対し,原審は,上告人の右賃料増額の請求は,昭和三二年八月一日以降月額九〇〇〇円の範囲内において効力を生じたとしたうえ,被上告人は右増額地代を現実に支払わないのみならず,弁済の提供をして受領を拒まれたことがないのに地代を供託したのであるから,右賃料支払債務の不履行の責は免れないとしたが,賃料支払債務の不履行を理由とする契約解除権は,一〇年の時効により消滅すると解するのが相当であるところ,本件では,一回でも地代の不払があったときは催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を解除しうる旨の特約があったのであるから,上告人は,昭和三二年九月一日には本件賃貸借契約を解除しうるに至ったのであり,従って,上告人が本件賃貸借契約解除の意思表示をした昭和四三年一月三一日当時には,すでに右解除権は時効により消滅していたと判示して,被上告人の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ,上告人の請求を棄却した。
 ところで,賃貸借契約の解除権は,その行使により当事者間の契約関係の解消という法律効果を発生せしめる形成権であるから,その消滅時効については民法一六七条一項が適用され,その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によって消滅すると解するのが相当であるが,本件では,上告人の契約解除理由は,昭和三二年八月以降昭和四三年一月までの地代支払債務の不履行を理由とするものであるところ,被上告人の右長期間の地代支払債務の不履行は,ほぼ同一事情の下において時間的に連続してされたという関係にあり,上告人は,これを一括して一個の解除原因にあたるものとして解除権を行使していると解するのが相当であるから,たとえ一回でも地代の不払があったときは催告を要せず直ちに契約を解除することができる旨の特約があったとしても,最初の地代の不払のあった時から直ちに右長期間の地代支払債務の不履行を原因とする解除権について消滅時効が進行するものではなく,最終支払期日が経過した時から進行するものと解するのが相当である。
 そうすると,上記判示と異なる見解のもとに,本件賃貸借契約の解除権は時効により消滅したとして被上告人の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ,上告人の請求を棄却した原判決には,解除権の消滅時効の起算点に関する法律の解釈適用を誤った違法があるものというべく,右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨はこの点で理由があり,原判決中,上告人の被上告人に対する本件土地明渡請求及び昭和四三年二月一日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求を棄却した部分は,その余の論旨につき判断を加えるまでもなく,破棄を免れず,原判決中の右部分が破棄を免れない以上,予備的請求として認容された昭和四三年二月一日から昭和四七年五月一六日までの賃料支払請求に関する部分についても当然に破棄を免れない。そして,右各破棄部分については,更に審理を尽くさせる必要があるから,これを原審に差し戻す。なお,本件上告中,昭和三二年八月一日から昭和四三年一月三一日までの賃料支払請求に関する原判決の破棄を求める部分については,上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告の理由を記載した書面を提出しないので,同部分に関する上告は却下を免れない。
 よって,民訴法四〇七条一項,三九九条ノ三,三九九条,三九八条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官伊藤正己,裁判官環昌一,同横井大三,同寺田治郎

抵当権の物上代位と抵当不動産について供託された賃料の還付請求権(最判平成元年10月27日民集43巻9号1070頁)

抵当権の物上代位と抵当不動産について供託された賃料の還付請求権
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人湯木邦男の上告理由について
 抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては,抵当権者は,民法三七二条,三〇四条の規定の趣旨に従い,目的不動産の賃借人が供託した賃料の還付請求権についても抵当権を行使することができるものと解するのが相当である。何故なら,民法三七二条によって先取特権に関する同法三〇四条の規定が抵当権にも準用されているところ,抵当権は,目的物に対する占有を抵当権設定者の下にとどめ,設定者が目的物を自ら使用し又は第三者に使用させることを許す性質の担保権であるが,抵当権のこのような性質は先取特権と異なるものではないし,抵当権設定者が目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に,右対価について抵当権を行使することができるものと解したとしても,抵当権設定者の目的物に対する使用を妨げることにはならないから,前記規定に反してまで目的物の賃料について抵当権を行使することができないと解すべき理由はなく,また賃料が供託された場合には,賃料債権に準ずるものとして供託金還付請求権について抵当権を行使することができるものというべきだからである。
 そして,目的不動産について抵当権を実行しうる場合であっても,物上代位の目的となる金銭その他の物について抵当権を行使することができることは,当裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁昭和四二年(オ)第三四二号同四五年七月一六日判決・民集二四巻七号九六五頁参照),目的不動産に対して抵当権が実行されている場合でも,右実行の結果抵当権が消滅するまでは,賃料債権ないしこれに代わる供託金還付請求権に対しても抵当権を行使することができるものというべきである。
 従って,これと同旨の原判決は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官牧圭次,裁判官島谷六郎,同藤島昭,同香川保一,同奧野久之

抵当権者による物上代位権の行使と目的債権の譲渡(最判平成10年1月30日民集52巻1号1頁)

抵当権者による物上代位権の行使と目的債権の譲渡
       主   文
 原判決中主文第一,二項を破棄し,被上告人の控訴を棄却する。
 その余の本件上告を棄却する。
 訴訟の総費用はこれを三分し,その二を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人澤井英久,同青木清志の上告理由について
 一 本件は,抵当権者である上告人が物上代位権を行使して差し押さえた賃料債権の支払を抵当不動産の賃借人である被上告人に対して求める事案である。被上告人は,右賃料債権は上告人による差押えの前に抵当不動産の所有者である大協建設株式会社から株式会社大心に譲渡され被上告人が確定日付ある証書をもってこれを承諾したから,上告人の請求は理由がないと主張する。上告人は,右主張を争うとともに,本件債権譲渡の目的は上告人の債権回収を妨害することにあるから右主張は権利の濫用であるなどと主張する。
 上告人の本件請求は,大協建設の被上告人に対する平成五年七月分から同六年三月分までの九箇月分の賃料六五三三万六四〇〇円(月額七二五万九六〇〇円)の支払を求めるものである。第一審判決は,賃料月額を二〇〇万円と認定した上,上告人の権利濫用の主張は理由があるから本件においては物上代位が債権譲渡に優先すると判断して,本件請求を一八〇〇万円の限度で認容すべきものとした。双方が各敗訴部分を不服として控訴したが,原判決は,第一審判決と同様の事実を認定した上,債権譲渡が物上代位に優先し,上告人の権利濫用の主張は失当であると判断して,被上告人の控訴に基づき第一審判決中上告人の請求を認容した部分を取り消して右部分に係る請求を棄却し(原判決主文第一,二項),上告人の控訴を棄却した。
 論旨は,専ら,原審認定事実を前提としても,債権譲渡が物上代位に優先し,かつ,上告人の権利濫用の主張は失当であるとした原審の判断には,法令の解釈適用の原審の判断には,法令の解釈適用の
 二 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 大協建設は第一審判決添付物件目録記載の建物(建物の種類は「共同住宅店舗倉庫」。以下「本件建物」という。)の所有者である。
 2(一) 上告人は,平成二年九月二八日,東京ハウジング産業株式会社に対し,三〇億円を,弁済期を同五年九月二八日と定めて貸し付けた。
 (二) 上告人と大協建設は,平成二年九月二八日,本件建物について,被担保債権を上告人の東京ハウジング産業に対する右貸金債権とする抵当権設定契約を締結し,かつ,その旨の抵当権設定登記を経由した。
 (三) 東京ハウジング産業は,平成三年三月二八日,約定利息の支払を怠り,右貸金債務についての期限の利益を喪失した。
 (四)東京ハウジング産業は,平成四年一二月,倒産した。
 3 大協建設は,本件建物を複数の賃借人に賃貸し,従来の一箇月当たりの賃料の合計額は七〇七万一七六二円であったが,本件建物の全部を被上告人に賃貸してこれを現実に利用する者については被上告人からの転貸借の形をとることとし,平成五年一月一二日,本件建物の全部を,被上告人に対して,期間を定めずに,賃料月額二〇〇万円,敷金一億円,譲渡転貸自由と定めて賃貸し,同月一三日,その旨の賃借権設定登記を経由した。
 4 大心は,平成五年四月一九日,大協建設に対して七〇〇〇万円を貸し付けた。大協建設と大心は,その翌日である同月二〇日,本件建物についての平成五年五月分から同八年四月分までの賃料債権を右貸金債権の代物弁済として大協建設が大心に譲渡する旨の契約を締結し,被上告人は,同日,これを承諾した。右三者は,以上の趣旨が記載された債務弁済契約書を作成した上,これに公証人による確定日付(平成五年四月二〇日)を得た。
 5 東京地方裁判所は,平成五年五月一〇日,抵当権者である上告人の物上代位権に基づき,大協建設の被上告人に対する本件建物についての賃料債権のうち右2記載の債権に基づく請求債権額である三八億六九七五万六一六二円に満つるまでの部分を差し押さえる旨の差押命令を発し,右命令は同年六月一〇日に第三債務者である被上告人に送達された(なお,上告人は,その後,被上告人の転借人に対する本件建物の転貸料債権について抵当権に基づく物上代位権を行使して差押命令を得たので,同六年四月八日以降支払期にある分につき,右賃料債権の差押命令の申立てを取り下げた。)。
 三 原審は,右事実関係に基づき,民法三〇四条一項ただし書が払渡し又は引渡しの前の差押えを必要とする趣旨は,差押えによって物上代位の目的債権の特定性を保持し,これによって物上代位権の効力を保全するとともに,第三者が不測の損害を被ることを防止することにあり,この第三者保護の趣旨に照らせば,払渡し又は引渡しの意味は債務者(物上保証人を含む。)の責任財産からの逸出と解すべきであり,債権譲渡も払渡し又は引渡しに該当するということができるから,目的債権について,物上代位による差押えの前に対抗要件を備えた債権譲受人に対しては物上代位権の優先権を主張することができず,このことは目的債権が将来発生する賃料債権である場合も同様であるとして,上告人の本件請求は理由がないものと判断した。
 四 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 民法三七二条において準用する三〇四条一項ただし書が抵当権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要するとした趣旨目的は,主として,抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから,右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は,右債権の債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため,差押えを物上代位権行使の要件とし,第三債務者は,差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り,右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして,二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。
 2 右のような民法三〇四条一項の趣旨目的に照らすと,同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず,抵当権者は,物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。
 ただし,(一)民法三〇四条一項の「払渡又ハ引渡」という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし,物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ,(二)物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において,第三債務者は,差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ,弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから,抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず,(三)抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ,(四)対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば,抵当権設定者は,抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが,このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。
 そして,以上の理は,物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく,当てはまるものというべきである。
 五 以上と異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。そして,前記事実関係の下においては,上告人の本件請求は一八〇〇万円(平成五年七月分から同六年三月分までの月額二〇〇万円の割合による賃料)の限度で理由があり,その余は理由がないというべきであるから,第一審判決の結論は正当である。従って,原判決のうち,第一審判決中被上告人敗訴の部分を取り消して右部分に係る請求を全部棄却すべきものとした部分(原判決主文第一,二項)は破棄を免れず,右部分については被上告人の控訴を棄却すべきであるが,上告人の控訴を棄却した部分は正当であるから,その余の本件上告を棄却すべきである。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大西勝也,裁判官根岸重治,同河合伸一,同福田博

賃料債権に対する抵当権者の物上代位による差押えと当該債権への敷金の充当(最判平成14年3月28日民集56巻3号689頁)

賃料債権に対する抵当権者の物上代位による差押えと当該債権への敷金の充当
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人池田靖,同桑島英美,同相羽利昭,同蓑毛良和,同田川淳一,同堂野達之の上告受理申立て理由について
 本件は,抵当不動産について敷金契約の付随する賃貸借契約が締結されたところ,抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえ,取立権に基づきその支払等を求めた事案であり,賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡された場合における敷金の賃料への充当は,上記物上代位権の行使によって妨げられるか否かが争点となっている。
 賃貸借契約における敷金契約は,授受された敷金をもって,賃料債権,賃貸借終了後の目的物の明渡しまでに生ずる賃料相当の損害金債権,その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することとなるべき一切の債権を担保することを目的とする賃貸借契約に付随する契約であり,敷金を交付した者の有する敷金返還請求権は,目的物の返還時において,上記の被担保債権を控除し,なお残額があることを条件として,残額につき発生することになる(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。これを賃料債権等の面からみれば,目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅することになる。このような敷金の充当による未払賃料等の消滅は,敷金契約から発生する効果であって,相殺のように当事者の意思表示を必要とするものではないから,民法五一一条によって上記当然消滅の効果は妨げられない。
 また,抵当権者は,物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前は,原則として抵当不動産の用益関係に介入できないのであるから,抵当不動産の所有者等は,賃貸借契約に付随する契約として敷金契約を締結するか否かを自由に決定することができる。従って,敷金契約が締結された場合は,賃料債権は敷金の充当を予定した債権になり,このことを抵当権者に主張することができる。
 以上によれば,敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合においても,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度で消滅するというべきであり,これと同旨の見解に基づき,上告人の請求を棄却した原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官井嶋一友,裁判官藤井正雄,同町田顯,同深澤武久

権利金の返還請求の可否(最判昭和43年6月27日民集22巻6号1427頁)

賃貸借終了後いわゆる権利金の返還を請求できないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告理由第一点について。
 原判決(及びその引用する第一審判決,以下同じ)の事実認定は,その挙示の証拠に照らして,是認できないものではない。そして原判決の確定した事実関係のもとでは,上告人が被上告人に対して交付した金一五万円が,貸金ではなく,本件の店舗賃貸借にさいしその店舗の有する場所的利益に対する対価として支払われたいわゆる権利金であったという原審の認定判断は,正当として是認することができ,これに所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断及び事実認定を非難するものであって,採用できない。
 同第二点について。
 原判決の確定したところによれば,本件の権利金名義の金員は,上告人が賃借した建物部分の公衆市場内における店舗として有する特殊の場所的利益の対価として支払われたものであるが,賃料の一時払としての性質を包含するものでなく,かつ,本件賃貸借契約には期間の定めがなかったというのであり,賃貸借契約の締結またはその終了にさいし右金員の返還について特段の合意がされた事実は原審で主張も認定もされていないところであるから,このような場合には,上告人主張のように賃貸借契約がその成立後約二年九ケ月で合意解除され,賃借建物部分が被上告人に返還されたとしても,上告人は,それだけの理由で,被上告人に対し右金員の全部または一部の返還を請求することができるものではないと解すべきである。論旨引用の当裁判所昭和二六年(オ)第一四六号同二九年三月一一日判決,民集八巻三号六七二頁も,右のような場合に常に権利金名義の金員の返還請求を認めなければならないという趣旨を含むものとは解しがたい。従って,上告人の権利金返還請求を排斥した原審の判断に違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官松田二郎,同大隅健一郎  裁判官入江俊郎は海外出張のため署名押印することができない。 裁判長裁判官  長部謹吾


敷金請求権の発生時期,賃貸目的物所有権移転と敷金継承(最判昭和48年2月2日民集27巻1号80頁)

1,敷金の被担保債権の範囲および敷金返還請求権の発生時期
2,家屋の賃貸借終了後におけるその所有権の移転と敷金の承継の成否
3,賃貸借終了後家屋明渡前における敷金返還請求権と転付命令
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人山下勉一の上告理由について。
 原判決の確定したところによれば,訴外甲は,昭和三四年一〇月三一日,訴外乙から,同人所有の本件家屋二棟を資料一か月八〇〇〇円,期間三年の約で借り受け,敷金二五万円を同人に交付したが,右賃貸借契約においては,「右敷金ハ家屋明渡ノ際借主ノ負担ニ属スル債務アルトキハ之ニ充当シ,何等負担ナキトキハ明渡ト同時ニ無利息ニテ返還スルコト」との条項が書面上明記されていたこと,被上告人は,昭和三五年中,競落により本件各家屋の所有権を取得して,甲に対する賃貸人の地位を承継し,その結果右敷金をも受け継いだところ,右賃貸借は昭和三七年一〇月三一日期間満了により終了し,当時賃料の延滞はなかったこと,被上告人は,甲から本件各家屋の明渡義務の履行を受けないまま,同年一二月二六日,これを訴外丙に売り渡し,かつ,それと同時に,右賃貸借終了の日の翌日から右売渡の日までの甲に対する明渡義務不履行による損害賠償債権ならびに過去及び将来にわたり生ずべき甲に対する右損害賠償債権の担保としての敷金を丙に譲渡し,その頃その旨を甲に通知したが,右譲渡につき甲の承諾を得た事実はなかったこと,その後丙が甲に対して提起した訴訟の一,二審判決において,甲が丙に対して本件各家屋明渡義務及び一か月二万四九四七円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負うことが認められたのち,昭和四〇年三月三日頃も丙と甲との間において,丙の甲に対する右賃料相当損害金債権のうちから,本件敷金などを控除し,その余の損害金債権を放棄する旨の和解が成立し,同年四月三日頃甲が丙に対し本件各家屋を明渡したこと,以上の事実が認められるというのであり,他方,上告人が,甲に対する強制執行として,昭和四〇年一月二七日,甲の被上告人に対する本件敷金返還請求権につき差押及び転付命令を得,同命令が同月二九日甲及び被上告人に送達された事実についても,当事者間に争いがなかったことが明らかである。
 原判決は,以上の事実関係に基づき,本件賃貸借における敷金は,賃貸借存続中の賃料債権のみならず,賃貸借契約終了後の家屋明渡義務不履行に基づく損害賠償債権をも担保するものであり,家屋の譲渡によってただちにこのような敷金の担保的効力が奪われるべきではないから,賃貸借終了後に賃貸家屋の所有権が譲渡された場合においても,少なくとも旧所有者と新所有者との間の合意があれば,貸借人の承諾の有無を問わず,新所有者において敷金を承継することができるものと解すべきであり,従って,被上告人が丙に本件敷金を譲渡したことにより,丙において右敷金の担保的効力とその条件付返還債務とを被上告人から承継し,その後,右敷金は,前記の一か月二万四九四七円の割合により遅くとも昭和三八年九月末日までに生じた賃料相当の損害金に当然に充当されて,全部消滅したものであって,上告人はその後に得た差押転付命令によって敷金返還請求権を取得するに由ないものというべきであり,なお,右転付命令はすでに敷金を丙に譲渡した後の被上告人を第三債務者とした点においても有効たりえない,と判断したのである。
 思うに,家屋賃貸借における敷金は,賃貸借存続中の賃料債権のみならず,賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し,賃貸借終了後,家屋明渡がなされた時において,それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として,その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり,本件賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。しかし,ただちに,原判決の右の見解を是認することはできない。すなわち,敷金は,右のような賃貸人にとっての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であって,敷金の譲渡ないし承継とは,このような契約上の地位の移転にほかならないとともに,このような敷金に関する法律関係は,賃貸借契約に付随従属するのであって,これを離れて独立の意義を有するものではなく,賃貸借の当事者として,賃貸借契約に関係のない第三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によって担保することを予定していると解する余地はないのである。従って,賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡され,新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には,賃貸借の従たる法律関係である敷金に関する権利義務も,これに伴い当然に新賃貸人に承継されるが,賃貸借終了後に家屋所有権が移転し,従って,賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には,敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなく,また,旧所有者と新所有者との間の特別の合意によっても,これのみを譲渡することはできないものと解するのが相当である。このような場合に,家屋の所有権を取得し,賃貸借契約を承継しない第三者が,とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け,自己の取得すべき貸借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるためには,賃貸人であった前所有者との間にその旨の合意をし,かつ,賃借人に譲渡の事実を通知するだけでは足りず,賃借人の承諾を得ることを必要とするものといわなければならない。然るに,本件においては,被上告人から丙への敷金の譲渡につき,上告人の差押前に甲が承諾を与えた事実は認定されていないのであるから,被上告人及び丙は,右譲渡が有効になされ敷金に関する権利義務が丙に移転した旨,及び丙の取得した損害賠償債権に敷金が充当された旨を,甲及び上告人に対して主張することはできないものと解すべきである。従って,これと異なる趣旨の原判決の前記判断は違法であって,この点を非難する論旨は,その限度において理由がある。
 しかし,さらに検討するに,前述のとおり,敷金は,賃貸借終了後家屋明渡までの損害金等の債権をも担保し,その返還請求権は,明渡の時に,右債権をも含めた賃貸人としての一切の債権を控除し,なお残額があることを条件として,その残額につき発生するものと解されるのであるから,賃貸借終了後であっても明渡前においては,敷金返還請求権は,その発生及び金額の不確定な権利であって,券面額のある債権にあたらず,転付命令の対象となる適格のないものと解するのが相当である。そして,本件のように,明渡前に賃貸人が目的家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも,貸借人は,賃貸借終了により賃貸人に家屋を返還すべき契約上の債務を負い,占有を継続するかぎり右債務につき遅滞の責を免れないのであり,賃貸人において,貸借人の右債務の不履行により受くべき損害の賠償請求権をも敷金によって担保しうべきものであるから,このような場合においても,家屋明渡前には,敷金返還請求権は未確定な債権というべきである。従って,上告人が本件転付命令を得た当時甲が未だ本件各家屋の明渡を了していなかった本件においては,本件敷金返還請求権に対する右転付命令は無効であり,上告人は,これにより右請求権を取得しえなかったものと解すべきであって,原判決中これと同趣旨の部分は,正当として是認できる。
 従って,本件敷金の支払を求める上告人の請求を排斥した原判決は,結局相当であって,本件上告は棄却を免れない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官色川幸太郎,裁判官村上朝一,同岡原昌男,同小川信雄

賃借家屋明渡債務と敷金返還債務との間の同時履行関係の有無(最判昭和49年9月2日民集28巻6号1152頁)

賃借家屋明渡債務と敷金返還債務との間の同時履行関係の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人今泉三郎の上告理由第一点について。
 所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ(最高裁昭和二八年(オ)第七五五号同二九年一月一四日判決・民集八巻一号一六頁,最高裁昭和二七年(オ)第一〇六九号同二九年七月二二日判決・民集八巻七号
一四二五頁参照),原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 同第二点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 同第三点について。
 原審は,被上告人が任意競売手続において昭和四五年一〇月一六日本件家屋を競落し同年一一月二一日競落代金の支払を完了してその所有権を取得し同月二六日その所有権移転登記を経由したこと,及び,上告人が本件家屋の一部を占有していることを認定したうえ,上告人が昭和四四年九月一日本件家屋の前所有者から右占有部分を,期限を昭和四六年八月三一日までとして,賃借しその引渡を受けた旨の上告人の主張につき,右賃貸借は同日限り終了しているものと判断し,かつ,右の賃貸借に際し上告人が前所有者に差し入れたという敷金の返還請求権をもってする同時履行及び留置権の主張を排斥して,被上告人の所有権にもとづく本件家屋部分の明渡請求を認容したものである。
 そこで,期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに,賃貸借における敷金は,賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり,賃貸人は,賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に,その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。そして,敷金契約は,このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであって,賃貸借契約に附随するものではあるが,賃貸借契約そのものではないから,賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは,一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず,また,両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても,両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは,必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。一般に家屋の賃貸借関係において,賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが,当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから,賃借人保護の要請を強調することは相当でなく,また,両債務間に同時履行の関係を肯定することは,右のように家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのである。このような観点からすると,賃貸人は,特別の約定のないかぎり,賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく,従って,家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり,このことは,賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であっても異なるところはないと解すべきである。そして,このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合にあっては,賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもって家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
 これを本件についてみるに,上告人は右の特約の存在につきなんら主張するところがないから,同時履行及び留置権の主張を排斥した原審判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官下田武三,裁判官大隅健一郎,同藤林益三,同岸盛一,同岸上康夫

賃貸建物の所有権移転と敷金の承継(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)

賃貸建物の所有権移転と敷金の承継
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。
 原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは,昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり,原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また,所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は,挙示の証拠に照らし是認できる。
 しかして,上告人が本件賃料の支払をとどこおっているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは,上告人も原審においてこれを認めるところであり,また,原審の確定したところによれば,上告人は,当初の本件建物賃貸人訴外亡甲に敷金を差し入れているというのである。思うに,敷金は,賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは,その弁済として当然これに充当される性質のものであるから,建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には,旧賃貸人に差し入れられた敷金は,賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され,その限度において敷金返還請求権は消滅し,残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。従って,当初の本件建物賃貸人訴外亡甲に差し入れられた敷金につき,その権利義務関係は,同人よりその相続人訴外乙らに承継されたのち,右乙らより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に,右説示の限度において承継されたものと解すべきであり,これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官入江俊郎,裁判官長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠,同大隅健一郎


賃貸建物の所有権移転と保証金の承継性の有無(最判昭和51年3月4日民集30巻2号25頁)

建物(ビル)の貸室の賃貸借契約に際し賃借人から建物所有者・賃貸人に差し入れられた保証金の返還債務が右建物の所有権を譲り受けた新賃貸人に承継されないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高芝利徳,同渡辺法華の上告理由第一点について
 原判決の確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 上告人は,昭和三八年六月一五日訴外甲から同人所有の本件建物(ビルデイング)の二階部分一七六・八五㎡(以下「本件貸室」という。)を,期間昭和三八年七月一日から五年間,賃料一か月二三万〇〇五〇円,敷金一三八万〇三〇〇円,保証金六六四万四七〇〇円の約定で賃借し,上告人は昭和三八年七月一日までに右敷金及び保証金を甲に差し入れ,本件貸室の引渡を受けた。
 2 右敷金及び保証金に関する特約として,本件賃貸借契約の期間満了の際,上告人が本件貸室の明渡を完了し,かつ,右契約上の債務を完済したときは,甲は直ちに前記敷金及び保証金を上告人に返還しなければならず,ただ,上告人は,(イ) 右契約成立時から二年間はやむを得ない事情がない限り解約することができず,(ロ) 二年経過後は正当な理由がある限り解約することができるが,甲は,右(ロ)の場合には直ちに敷金及び保証金を返還しなければならないのに反し,(イ)の場合には,敷金については,直ちにこれを返還し,保証金については,本件貸室の次の入居者が決定し,その者から保証金が差し入れられるまで,六か月を限ってその返還を留保できる旨約された。
 3 本件保証金に関する約定は本件賃貸借契約書の中に記載されていたが,右保証金は,甲が本件建物建築のために他から借り入れた金員の返済にあてることを主な目的とする,いわゆる建設協力金であって,本件賃貸借契約成立のときから五年間はこれを据え置き,六年目から毎年日歩五厘の利息を加えて一〇年間毎年均等の割合で甲から上告人に返還することとされている。
 4 被上告人は昭和四三年五月九日競落によって本件建物の所有権を取得し,同年六月五日その旨の登記を経由した。
 5 建物の所有権移転に伴って新所有者が賃貸人たる地位を承継するとともに,保証金返還債務も当然に承継するという慣習ないし慣習法が形成されていることの立証はない。
 以上の事実関係に即して考えると,本件保証金は,その権利義務に関する約定が本件賃貸借契約書の中に記載されているとはいえ,いわゆる建設協力金として右賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり,かつ,その返還に関する約定に照らしても,賃借人の賃料債務その他賃貸借上の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され,賃貸借の存続と特に密接な関係に立つ敷金ともその本質を異にするものといわなければならない。そして,本件建物の所有権移転に伴って新所有者が本件保証金の返還債務を承継するか否かについては,右保証金の前記のような性格に徴すると,未だ新所有者が当然に保証金返還債務を承継する慣習ないし慣習法があるとは認め難い状況のもとにおいて,新所有者が当然に保証金返還債務を承継するとされることにより不測の損害を被ることのある新所有者の利益保護の必要性と新所有者が当然にはこれを承継しないとされることにより保証金を回収できなくなるおそれを生ずる賃借人の利益保護の必要性とを比較衡量しても,新所有者は,特段の合意をしない限り,当然には保証金返還債務を承継しないものと解するのが相当である。そうすると,被上告人が本件保証金返還債務を承継しないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点及び第三点について
 所論は,原審の認定にそわない事実又は独自の見解に基づき原判決を非難するものにすぎず,採用できない。所論引用の判例は,いずれも事案を異にし,本件に適切でない。
 同第四点について
 原判決は,上告人が現に本件貸室を占有していないこと及び上告人において民法二〇一条三項所定の期間内に占有回収の訴を提起していないことを理由に,上告人が本件貸室につき留置権を有しないと判断したものであって,原判決の確定した事実関係のもとにおいては,右判断は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官下田武三,裁判官藤林益三,同岸盛一,同岸上康夫,同団藤重光

土地賃借権の移転と敷金に関する敷金交付者の権利義務関係の承継の有無(最判昭和53年12月22日民集32巻9号1768頁)

土地賃借権の移転と敷金に関する敷金交付者の権利義務関係の承継の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人木村保男,同的場悠紀,同川村俊雄,同大槻守,同松森彬,同坂和章平の上告理由第一点及び第二点について
 土地賃貸借における敷金契約は,賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもって,賃料債務,賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務,その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであって,賃貸借に従たる契約ではあるが,賃貸借とは別個の契約である。そして,賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては,敷金交付者が,賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し,又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り,右敷金をもって将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは,敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となって相当でなく,敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである。なお,右のように敷金交付者が敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し,又は敷金返還請求権を譲渡したときであっても,それより以前に敷金返還請求権が国税の徴収のため国税徴収法に基づいてすでに差し押えられている場合には,右合意又は譲渡の効力をもって右差押をした国に対抗することはできない。
 これを本件の場合についてみるに,原審の適法に確定したところによれば,(1) 訴外α会社は,上告人から本件土地を賃借し,敷金として三〇〇〇万円を,賃貸借が終了し地上物件を収去して本件土地を明渡すのと引換えに返還を受ける約定のもとに,上告人に交付していた,(2) 被上告人は,同会社の滞納国税を徴収するため,国税徴収法に基づいて同会社が上告人に対して有する将来生ずべき敷金返還請求権全額を差し押え,上告人は昭和四六年六月二九日ころその通知書の送達を受けた,(3) 同会社が本件土地上に所有していた建物について競売法による競売が実施され,同四七年五月一八日訴外太平産業会社がこれを競落し,右建物の所有権とともに本件土地の賃借権を取得した,(4) 上告人は同年六月ころ同会社に対し右賃借権の取得を承諾した,(5) 右承諾前において,α会社に賃料債務その他賃貸借契約上の債務の不履行はなかった,というのであり,右事実関係のもとにおいて,上告人は太平産業会社の賃借権取得を承諾した日にα会社に対し本件敷金三〇〇〇万円を返還すべき義務を負うに至ったものであるとし,上告人が右承諾をした際に太平産業会社との間で,敷金に関する権利義務関係が同会社に承継されることを前提として,賃借権移転の承諾料一九〇〇万円を敷金の追加とする旨合意し,α会社がこれを承諾したとしても,右合意及び承諾をもって被上告人に対抗することはできないとして,これに関する上告人の主張を排斥し,被上告人の上告人に対する右三〇〇〇万円の支払請求を認容した原審の判断は,前記説示と同趣旨にでたものであって,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 同第三点について
 記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると,原判決に所論の違法があるとは認められない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官吉田豊,裁判官大塚喜一郎,同本林讓,同栗本一夫

災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合におけるいわゆる敷引特約の適用の可否(最判平成10年9月3日民集52巻6号1467頁)

災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合におけるいわゆる敷引特約の適用の可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大蔵永康,同児玉優子の上告理由について
 居住用の家屋の賃貸借における敷金につき,賃貸借契約終了時にそのうちの一定金額又は一定割合の金員(以下)「敷引金」という。)を返還しない旨のいわゆる敷引特約がされた場合において,災害により賃借家屋が滅失し,賃貸借契約が終了したときは,特段の事情がない限り,敷引特約を適用することはできず,賃貸人は賃借人に対し敷引金を返還すべきものと解するのが相当である。何故なら,敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるが,いわゆる礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存する場合は別として,一般に,賃貸借契約が火災,震災,風水害その他の災害により当事者が予期していない時期に終了した場合についてまで敷引金を返還しないとの合意が成立していたと解することはできないから,他に敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情がない限り,これを賃借人に返還すべきものであるからである。
 これを本件について見ると,原審の適法に確定した事実関係によれば,本件賃貸借契約においては,阪神・淡路大震災のような災害によって契約が終了した場合であっても敷引金を返還しないことが明確に合意されているということはできず,その他敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情も認められない。従って,被上告人は敷引特約を適用することはできず,上告人は,被上告人に対し,敷引金の返還を求めることができるものというべきである。
 そうすると,右と異なる原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上告人の本訴請求は理由があり,第一審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却する。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官井嶋一友,裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同藤井正雄,同大出峻郎

宅地賃貸借契約の法定更新に際し賃借人が賃貸人に対し更新料を支払う旨の商慣習又は事実たる慣習の存否(最法廷昭和51年10月1日裁判集民事119号9頁)

宅地賃貸借契約の法定更新に際し賃借人が賃貸人に対し更新料を支払う旨の商慣習又は事実たる慣習の存否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人小林宏也,同本多藤男,同長谷川武弘の上告理由第一点について
 原審が適法に確定した事実関係によれば,被上告人の所論所為をもって,未だ本件賃貸借契約の継続を不可能又は著しく困難ならしめるものとは認めるに足りないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について
 宅地賃貸借契約における賃貸期間の満了にあたり,賃貸人の請求があれば当然に賃貸人に対する賃借人の更新料支払義務が生ずる旨の商慣習ないし事実たる慣習が存在するものとは認めるに足りないとした原審の認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして,是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,独自の見解を主張するものであって,採用できない。
 同第三点及び第四点について
 記録及び原判決事実摘示に照らし,所論の点に関する原審の認定判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大塚喜一郎,裁判官岡原昌男,同吉田豊,同本林譲,同栗本一夫


更新料の支払義務の不履行と土地賃貸借契約の解除(最判昭和59年4月20日民集38巻6号610頁)

更新料の支払義務の不履行を理由として土地賃貸借契約の解除が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人猪狩庸祐,同大久保博の上告理由第一及び第二について
 原審は,1(一) 被上告人は,昭和九年一二月一四日,上告人甲に対し,被上告人所有の本件土地を,賃貸期間二〇年,普通建物所有の目的,権利金・敷金なく,無断譲渡・転貸禁止の特約付きで賃貸した。(二) そして,本件賃貸借契約は,昭和二九年一二月一四日期間二〇年として更新され,その後地上建物の無断増改築禁止の特約がされ,上告人乙が連帯保証人となったが,更に本件賃貸借契約は,昭和四九年一二月一四日期間二〇年として更新された。(三) ところで,本件賃貸借契約には,前示のとおり被上告人の承諾なしに建物の増改築をしてはならない旨の特約があったが,上告人甲は,昭和三七年一二月本件建物(1)について長男名義で増改築の確認の申請をしたうえ,昭和三八年ころその増改築に着手し,土台石を敷いた段階で被上告人に承諾を求めたので,被上告人がこれを承諾せず,その中止を申入れたが,上告人甲はこれを聞きいれずに完成させてしまった。そして,右増改築により上告人甲宅の便所が被上告人の長男宅に接近して同人らに不快感を与えるようになり,また,上告人甲は,右増改築部分に間借人をおいたが,被上告人は,上告人らとの紛争を避けるため,特に抗議を申入れることはしなかった。(四) また,本件賃貸借契約には,前示のように被上告人の承諾なしに本件土地の賃借権の譲渡・転貸をしてはならない旨の特約があったが,上告人甲は,被上告人の承諾を得ずに妻である上告人乙に本件建物(1)の所有権を移転して本件土地を使用させ,かつ,昭和三八年二月八日上告人乙に本件建物(1)の所有権保存登記をして,本件土地を転貸した。被上告人は,後日このことを知ったが,紛争を嫌って抗議等の申入れをしなかった。(五) 上告人らは,昭和五〇年一二月七日本件建物(2)を隣地に接近して建築した。そのころ,これを知った被上告人は,上告人らに書面で右建物は,何時,誰が建てたのか明らかにするよう求めたが,上告人らがこれに応じなかったので,被上告人は,上告人らに重ねて書面でその回答を求めたが,上告人らはこれにも応じなかった。(六) 昭和三八年ころから上告人甲の賃料の支払が遅れ,また,被上告人は,本件土地を自ら使用する考えをもっていたが,本件賃貸借契約の解消は考えず,昭和四九年一二月一四日の賃貸借契約の更新に先立ち,同月一二日上告人甲に対し更新料の支払を請求する旨予め通告し,昭和五〇年六月一日三菱信託銀行株式会社の鑑定による本件土地の更地価格二五八五万三〇〇〇円に基づき,借地権の価格をその七割にあたる一八〇九万七一〇〇円とし,更に更新料をその一割にあたる一八〇万九七一〇円と算定してこれを上告人甲に支払うよう求めた。(七) しかし,上告人甲がこれに応じなかったので,被上告人は,昭和五〇年一〇月三〇日右更新料の支払を求めて宅地調停の申立てをした。調停は,一四回の期日が開かれ,主として,被上告人と上告人甲の代理人として出頭した弁護士丙との間で更新料の額と支払方法のほかに,前記の上告人甲の本件建物(1)の無断増改築,本件土地の賃借権の無断転貸,賃料支払の遅滞等の問題等についても話合がなされた。その結果,賃料に関する問題は,賃料の増額もあってその賃料額及び支払額が不明確になっていたが,双方の言分の隔たりが大きく早急に合意に達することが困難な状態にあったので,調停成立後,右の点につき更に話合いを続けることとした。そして,被上告人は,上告人甲の前記の不信行為を不問に付することとし,不問に付したことによる解決料と本来の意味での更新料との合計額を一〇〇万円に減額する旨申入れたところ,上告人甲はこれを了承し,右一〇〇万円を昭和五一年一二月末日五〇万円,昭和五二年三月末日五〇万円と二回に分割して支払うことを約したので,昭和五一年一二月二〇日上告人甲が被上告人に対し更新料一〇〇万円を右のとおり分割して支払う旨の調停が成立した。(八) そして,上告人甲は,第一回の分割金五〇万円は約定のとおり支払をしたが,第二回の分割金五〇万円は期限までに支払をしなかった。そこで,被上告人は,上告人甲に対し,昭和五二年四月四日到達の書面をもって,右書面到達の日から三日以内に第二回の分割金五〇万円を支払うよう催告したが,上告人甲がその支払をしなかったので,被上告人は,同月一〇日到達の書面をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。(九) 上告人甲が,第二回の分割金五〇万円を期限までに支払わず,かつ,被上告人の催告にも応じなかったのは,調停の際被上告人側が借地の範囲を明確にすることなどを先ず履行することを約束していたものと考えていたこと,被上告人が従来,賃借人の不信行為について強く抗議をせず,また,義務の履行を迫ったことがなかったので,右分割金を期限までに支払わなくても本件賃貸借契約が解除されるという事態に至ることはあるまいと思っていたからであった。しかし,調停成立の際,賃料については後日話合いすることが留保されたものの,被上告人が先ず借地の範囲を明確にすることなどの合意はされていなかった。なお,上告人甲は,昭和五二年四月一六日被上告人に対し,第二回の分割金五〇万円を弁済のため提供したが,被上告人がその受領を拒絶したので同月一八日これを供託した,との事実を確定したうえ,2(一) 本件賃貸借契約は,昭和九年に締結されて以降二回の更新がされているが,右契約締結当時権利金・敷金等の差入れがなく,かつ,その間地価をはじめ物価が著しく値上りしているため,被上告人が更新の際に借地権価格の一割に相当する更新料の支払を請求し,これについて当事者双方が協議したうえその支払の合意がされたことの経緯から見ると,本件更新料は,本件土地利用の対価として支払うこととされたものであって,将来の賃料たる性質を有するものと認められる。(二) 被上告人は,その所有土地の有効利用を考え,また,上告人らの不信行為もあったが,本件賃貸借契約の解消を求めず,その継続を前提として更新料を請求したものであるから,更新に関する異議権を放棄し,その対価としての更新料を請求し,これについて更新料の支払が合意されたものと認めるべきである。(三) また,本件においては,上告人甲に建物の無断増改築,借地の無断転貸,賃料支払の遅滞等の賃貸借契約に違反する行為があったが,本件調停は,これら上告人甲の行為を不問とし,紛争予防目的での解決金をも含めた趣旨で更新料の支払を合意したものと認められる,と認定判断するところ,以上の認定判断は,原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし正当として是認できる。
 ところで,土地の賃貸借契約の存続期間の満了にあたり賃借人が賃貸人に対し更新料を支払う例が少なくないが,その更新料がいかなる性格のものであるか及びその不払が当該賃貸借契約の解除原因となりうるかどうかは,単にその更新料の支払がなくても法定更新がされたかどうかという事情のみならず,当該賃貸借成立後の当事者双方の事情,当該更新料の支払の合意が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量したうえ,具体的事実関係に即して判断されるべきものと解するのが相当であるところ,原審の確定した前記事実関係によれば,本件更新料の支払は,賃料の支払と同様,更新後の本件賃貸借契約の重要な要素として組み込まれ,その賃貸借契約の当事者の信頼関係を維持する基盤をなしているものというべきであるから,その不払は,右基盤を失わせる著しい背信行為として本件賃貸借契約それ自体の解除原因となりうるものと解するのが相当である。従って,これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。
 論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 同第三について
 本件において,賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるとは認められないとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし,正当として肯認するに足り,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官宮崎梧一,裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同大橋進,同牧圭次

更新料条項の消費者契約法10条(最判平成23年7月15日金融商事判例1372号7頁)

更新料条項の消費者契約法10条の「民法1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」該当性
       主   文
 1 原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分を破棄し,同部分に係る第1審判決を取り消す。
 2 前項の部分に関する被上告人Xの請求を棄却する。
 3 上告人のその余の上告を却下する。
 4 被上告人らは,上告人に対し,連帯して,7万6000円及びこれに対する平成19年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 訴訟の総費用のうち,上告人と被上告人Xとの間に生じたものは,これを4分し,その1を上告人の,その余を同被上告人の負担とし,上告人と被上告人Zとの間に生じたものは同被上告人の負担とする。
       理   由
 第1 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告理由について
 1 上告理由のうち消費者契約法10条が憲法29条1項に違反する旨をいう部分について
 消費者契約法10条が憲法29条1項に違反するものでないことは,最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成17年(オ)第886号同18年11月27日判決・裁判集民事222号275頁参照)。論旨は採用できない。
 2 その余の上告理由について
 その余の上告理由は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
 3 なお,上告人は,被上告人αの定額補修分担金の返還請求に関する部分については,上告理由を記載した書面を提出しない。
 第2 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告受理申立て理由について
 1 本件本訴は,居住用建物を上告人から賃借した被上告人αが,更新料の支払を約する条項(以下,単に「更新料条項」という。)は消費者契約法10条又は借地借家法30条により,定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条によりいずれも無効であると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの更新料22万8000円及び定額補修分担金12万円の返還を求める事案である。
 上告人は,被上告人αに対し,未払更新料7万6000円の支払を求める反訴を提起するとともに,連帯保証人である被上告人Zに対し,上記未払更新料につき保証債務の履行を求める訴えを提起し,この訴えは,上記の本訴及び反訴と併合審理された。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 被上告人αは,平成15年4月1日,上告人との間で,京都市内の共同住宅の一室(以下「本件建物」という。)につき,期間を同日から平成16年3月31日まで,賃料を月額3万8000円,更新料を賃料の2か月分,定額補修分担金を12万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,平成15年4月1日,本件建物の引渡しを受けた。
 また,被上告人Zは,平成15年4月1日,上告人との間で,本件賃貸借契約に係る被上告人αの債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
 本件賃貸借契約及び上記の保証契約は,いずれも消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。
 (2) 本件賃貸借契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,被上告人αは,契約締結時に,上告人に対し,本件建物退去後の原状回復費用の一部として12万円の定額補修分担金を支払う旨の条項があり,また,本件賃貸借契約の更新につき,① 被上告人αは,期間満了の60日前までに申し出ることにより,本件賃貸借契約の更新をすることができる,② 被上告人αは,本件賃貸借契約を更新するときは,これが法定更新であるか,合意更新であるかにかかわりなく,1年経過するごとに,上告人に対し,更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない,③ 上告人は,被上告人αの入居期間にかかわりなく,更新料の返還,精算等には応じない旨の条項がある(以下,この更新料の支払を約する条項を「本件条項」という。)。
 (3) 被上告人αは,上告人との間で,平成16年から平成18年までの毎年2月ころ,3回にわたり本件賃貸借契約をそれぞれ1年間更新する旨の合意をし,その都度,上告人に対し,更新料として7万6000円を支払った。
 (4) 被上告人αが,平成18年に更新された本件賃貸借契約の期間満了後である平成19年4月1日以降も本件建物の使用を継続したことから,本件賃貸借契約は,同日更に更新されたものとみなされた。その際,被上告人αは,上告人に対し,更新料7万6000円の支払をしていない。
 3 原審は,上記事実関係の下で,本件条項及び定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人αの請求を認容すべきものとし,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。
 4 しかし,本件条項を消費者契約法10条により無効とした原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
 (2) そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。
 ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
 イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
 更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
 そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
 (3) これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。また,これまで説示したところによれば,本件条項を,借地借家法30条にいう同法3章第1節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものということもできない。
 5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。なお,上告人は,被上告人αの定額補修分担金の返還請求に関する部分についても,上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出しない。
 第3 結論
 以上説示したところによれば,原判決中,被上告人αの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分は破棄を免れない。そして,前記認定事実及び前記第2の4に説示したところによれば,更新料の返還を求める被上告人αの請求は理由がないから,これを棄却すべきであり,また,未払更新料7万6000円及びこれに対する催告後である平成19年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の請求には理由があるから,これを認容すべきである。なお,被上告人αの定額補修分担金の返還請求に関する部分についての上告は却下する。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官古田佑紀,裁判官竹内行夫,同須藤正彦,同千葉勝美

敷引特約と消費者契約法10条の抵触の有無(最判平成23年7月12日)

消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事例
       主   文
 1 原判決中,上告人敗訴部分を次のとおり変更する。上告人の控訴に基づき第1審判決を次のとおり変更する。
  (1) 上告人は,被上告人に対し,4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 被上告人のその余の請求を棄却する。
 2 訴訟の総費用は,これを20分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人藤井正大,同堀大助の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,居住用建物を上告人から賃借し,賃貸借契約終了後これを明け渡した被上告人が,上告人に対し,同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を受けていない80万8074円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人は,同契約には保証金のうち一定額を控除し,これを上告人が取得する旨の特約が付されているなどと主張するのに対し,被上告人は,同特約は消費者契約法10条により無効であるなどとして,これを争っている。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,平成14年5月23日,甲との間で,京都市左京区上高野西氷室町所在のマンションの一室(以下「本件建物」という。)を賃借期間同日から平成16年5月31日まで,賃料1か月17万5000円の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件建物の引渡しを受けた。本件契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。
 (2) 被上告人と甲との間で作成された本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,次のような条項があった。
 ア 賃借人は,本件契約締結時に保証金として100万円(預託分40万円,敷引分60万円)を賃貸人に預託する(以下,この保証金を「本件保証金」という。)。
 イ 賃借人に賃料その他本件契約に基づく未払債務が生じた場合には,賃貸人は任意に本件保証金をもって賃借人の債務弁済に充てることができる。その場合,賃借人は遅滞なく保証金の不足額を補填しなければならない。
 ウ 本件契約が終了して賃借人が本件建物の明渡しを完了し,かつ,本件契約に基づく賃借人の賃貸人に対する債務を完済したときは,賃貸人は本件保証金のうち預託分の40万円を賃借人に返還する(以下,本件保証金のうち敷引分60万円を控除してこれを賃貸人が取得することとなるこの約定を「本件特約」といい,本件特約により賃貸人が取得する金員を「本件敷引金」という。)。
 (3) 被上告人は,本件契約の締結に際し,本件保証金100万円を甲に差し入れた。
 (4) 上告人は,平成16年4月1日,甲から本件契約における賃貸人の地位を承継し,その後,被上告人との間で,本件契約を更新するに当たり,賃料の額を1か月17万円とすることを合意した。
 (5) 本件契約は平成20年5月31日に終了し,被上告人は,同年6月2日,上告人に対し,本件建物を明け渡した。
 (6) 被上告人は,平成20年6月29日,上告人に対し,本件保証金100万円を同年7月7日までに返還するよう催告した。上告人は,同月3日,本件保証金から本件敷引金60万円を控除した上,被上告人が本件契約に基づき上告人に対して負担すべき原状回復費用等として更に20万8074円(原状回復費用17万5500円,明渡し遅延による損害金2万2666円,消費税9908円の合計)を控除し,その残額である19万1926円を被上告人に返還した。
 (7) 被上告人が本件契約に基づき上告人に対して負担すべき原状回復費用等は,合計16万3996円である。
 3 原審は,次のとおり判断して,本件特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人の請求を64万4078円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。
 (1) 本件特約は,公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者である被上告人の義務を加重したものである。
 (2) 本件契約の締結に当たり,被上告人が,建物賃貸借に関する具体的な情報(礼金,保証金,更新料等を授受するのが通常かどうか,同種の他の物件と比較して本件契約の諸条件が有利であるか否か)を得た上で,賃貸人が把握していた情報等との差が是正されたといえるかは必ずしも明らかではない。また,被上告人が本件特約について賃貸人と交渉する余地があったのか疑問が存する。そして,本件敷引金は,本件保証金の60%,月額賃料の約3.5か月分にも相当する額であり,本件契約の賃料の額や本件保証金の額に比して高額かつ高率であり,被上告人にとって大きな負担となると考えられる。これに対し,被上告人が,本件契約の締結に当たり,本件特約の法的性質等を具体的かつ明確に認識した上で,これを受け入れたとはいい難い。
 従って,本件特約は信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものである。
 4 しかし,原審の上記3(2)の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 本件特約は,本件保証金のうち一定額(いわゆる敷引金)を控除し,これを賃貸借契約終了時に賃貸人が取得する旨のいわゆる敷引特約である。賃貸借契約においては,本件特約のように,賃料のほかに,賃借人が賃貸人に権利金,礼金等様々な一時金を支払う旨の特約がされることが多いが,賃貸人は,通常,賃料のほか種々の名目で授受される金員を含め,これらを総合的に考慮して契約条件を定め,また,賃借人も,賃料のほかに賃借人が支払うべき一時金の額や,その全部ないし一部が建物の明渡し後も返還されない旨の契約条件が契約書に明記されていれば,賃貸借契約の締結に当たって,当該契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上,複数の賃貸物件の契約条件を比較検討して,自らにとってより有利な物件を選択することができるものと考えられる。そうすると,賃貸人が契約条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば,それは賃貸人,賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情があれば格別,そうでない限り,これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない(最高裁平成21年(受)第1679号同23年3月24日判決・民集65巻2号登載予定参照)。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件契約書には,1か月の賃料の額のほかに,被上告人が本件保証金100万円を契約締結時に支払う義務を負うこと,そのうち本件敷引金60万円は本件建物の明渡し後も被上告人に返還されないことが明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから,被上告人は,本件契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で本件契約の締結に及んだものというべきである。そして,本件契約における賃料は,契約当初は月額17万5000円,更新後は17万円であって,本件敷引金の額はその3.5倍程度にとどまっており,高額に過ぎるとはいい難く,本件敷引金の額が,近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して,大幅に高額であることもうかがわれない。
 以上の事情を総合考慮すると,本件特約は,信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものということはできず,消費者契約法10条により無効であるということはできない。
 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は,上告人に対し4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,原判決中,上告人敗訴部分を主文第1項のとおり変更する。
 よって,裁判官岡部喜代子の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫,同寺田逸郎の各補足意見がある。  裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
 私は多数意見に与するものであるが,岡部裁判官の反対意見が存することもあり,以下のとおり補足意見を述べる。
 1 現在,建物の賃貸借契約,殊に居住用建物の賃貸借契約において,賃料以外に敷金,保証金,権利金,礼金,更新料等様々の費目による金銭の授受を行うとの定めがおかれていることがある。そのうち「敷金」は,判例法として形成されている,賃貸借契約における賃料の担保及び同契約において賃借人が負担することのある損害賠償金支払債務を担保するための預託金としての性質を有するものである限り,法律上特段の問題は生じない。また,権利金や礼金も,賃貸借契約締結に際して賃借人から賃貸人に一方的に交付されるものであり,それが契約締結の際の条件として明示されている限り,震災等地域全体の賃貸借契約に影響を及ぼすような特別の場合を除いては,法律上特段の問題は存しない。更新料は,契約期間終了時に更に契約を更新するに際して授受するものとして定められる金員であるが,それが借地借家法の定める更新規定に反するか否かの問題はあっても,それも契約締結時に明示されている限り,その趣旨は明らかである。
 問題となり得るのは,保証金である。その法律上の性質について種々議論されているが,少なくとも本件では保証金名下で差し入れられた100万円中60万円は,明渡し後も返還されないことが契約締結時に明示されているのであるから,その法的性質が如何であれ,賃借人は本件契約締結時に,本件建物明渡し後に同金額が返還されないものであることは,明確に認識できるのである。
 2 建物賃貸借において,上記のごとき費目の金銭が授受されるか否か,また如何なる費目の金銭が授受されるかは各地域における慣行に著しい差異がある。国土交通省が公表している調査資料によれば,例えば,敷金あるいは保証金名下で賃貸借契約締結時に賃貸人に差し入れられた金員のうち,明渡し時に一定額(あるいは一定割合)を差し引く旨のいわゆる敷引特約(以下,単に「敷引特約」という。なお,この差引き部分は,上記の本来の敷金としての性質を有するものではないから,「敷引特約」という用語は誤解を招く表現であるが,一般にかかる用語が用いられているところから,それに従う。)は,京都,兵庫,福岡では半数から大多数の賃貸借契約において定められているのに対し,大阪では約30%,東京では約5%に止まっており,また更新料については,かかる条項が設けられている契約事例が,東京や神奈川では半数以上を占めるのに対し,大阪や兵庫では,その定めがあるとの回答は零であったなど,首都圏とそれ以外の地域で著しい差異があり,また,近畿圏でも,京都,大阪,兵庫の間で顕著な差異が見られるのであって,賃貸借契約における賃料以外の金銭の授受に係る条項の解釈においては,当該地域の実情を十分に認識した上でそれを踏まえて法的判断をする必要がある(なお,このような各地域の実情は,地裁レベルでは裁判所に顕著な事実というべきものである。)。
 岡部裁判官は,その反対意見において,賃貸人は敷引特約の条項を定めるに当たっては,その敷引部分に通常損耗費が含まれるか否か,礼金や権利金の性質を有するか否か等その具体的内容を明示するべきであると主張されるが,そこで述べられる礼金や権利金についても,それに通常損耗費の補填の趣旨が含まれているか否かをも含めて必ずしも明確な概念ではなく,また,上記のとおり賃貸借契約の締結ないし更新に伴って授受される一時金については各地域毎の慣行に著しい差異が存することからすれば,敷引特約の法的性質を一概に論じることは困難であり,いわんや賃貸人にその具体的内容を明示することを求めることは相当とは言えない。
 3 現代の我が国の住宅事情は,団塊の世代が借家の確保に難渋した時代と異なり,全住宅のうちの15%近く(700万戸以上)が空き家であって,建物の賃貸人としては,かっての住宅不足の時代と異なり,入居者の確保に努力を必要とする状況にある。そこで,賃貸人としては,その地域の実情を踏まえて,契約締結時に一定の権利金や礼金を取得して毎月の賃料を低廉に抑えるか,権利金や礼金を低額にして賃料を高めに設定するか,契約期間を明示して契約更新時の更新料を定めて賃料を実質補填するか,賃貸借契約時に権利金や礼金を取得しない替わりに,保証金名下の金員の預託を受けて,そのうちの一定額は明渡し時に返還しない旨の特約(敷引特約)を定めるか等,賃貸人として相当の収入を確保しつつ賃借人を誘引するにつき,どのような費目を設定し,それにどのような金額を割り付けるかについて検討するのである。他方,賃借人も,上記のような震災等特段の事情のある場合を除き,一般に賃貸借契約の締結に際し,長期の入居を前提とするか入居後比較的早期に転出する予定か,契約締結時に一時金を差し入れても賃料の低廉な条件か,賃料は若干高くても契約締結時の一時金が少ない条件か等,賃借に当たって自らの諸状況を踏まえて,賃貸人が示す賃貸条件を総合的に検討し,賃借物件を選択することができる状態にあり,賃借人が賃借物件を選択するにつき消費者として情報の格差が存するとは言い難い状況にある。
 4 敷引特約も賃貸条件中の一項目であり,消費者契約法10条前段には一応該当するとは言える。しかし,同条後段との関係では,当該地域の賃貸借契約において定められている一般的な条項や当該契約における他の賃貸条項をも含めて総合的に検討されるべきであり,敷引特約に基づく敷引金と賃料との比較のみから単純にその有効性が決せられるべきものではない。
 なお,敷引特約に基づく敷引金の金額が賃料に比して高額であり,賃貸借契約締結時に当事者が想定していたより短期に賃貸借契約が終了したような場合には,敷引特約に定められた敷金(保証金)をその約定どおり差し引くことが信義則上問題となることがあり得るが,それは当該契約当事者間における個別事情の問題であって,敷引特約の有効性とは異なる問題である。
 5 ところで,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費を賃借人の負担に求めようとする場合には,賃料として収受すべきであって,賃料以外の敷引金等に求めるのは相当でないとの見解が一部で主張されている。しかし,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費部分の回収を,賃料に含ませて行うか,権利金,礼金,敷引金等の一時金をもって充てるかは,賃貸人としての賃貸営業における政策判断の問題であって,通常損耗費部分を賃貸借契約において賃貸人が取得することが定められている賃料及びその他の一時金以外に求めるのでない限り,その当不当を論じる意味はない(一審判決が引用する最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日判決・裁判集民事218号1239頁は,通常損耗費を賃借人が負担する旨の明確な合意が存しないにもかかわらず,賃借人に返還が予定されている敷金から通常損耗費相当額を損害金として差し引くことは許されない旨判示するもので,当初から賃借人に返還することが予定されていない敷引金を通常損耗費に充当することを否定する趣旨のものではない。)。
 6 本件では,賃貸借契約締結後,最初の更新時に賃借人である被上告人は賃料値下げを賃貸人である上告人に了解させているのであるから,被上告人が上告人に比して弱い立場にあったものとは認められない。また,本件契約においては,契約締結時に権利金や礼金の授受はなく,敷引特約は賃貸借契約締結時に明示されているのであって,被上告人はそれを十分に認識して本件契約を締結したものと窺える。そして,本件敷引特約に定める敷引金額は60万円であって,賃料の約3.5ヶ月分と一見高額かのごとくであるが,賃貸借契約が更新されても敷引金額は当初に定められた金額のままなのであるから,賃貸借期間が長期に亘るほどその敷引金額の賃料に対する比率は低下することになるところ,被上告人は本件契約の解約迄6年余本件建物に居住していたものであるから,敷引金額を居住期間の1ヶ月当たりにすると8,333円で,当初の1ヶ月の賃料(共益費込み)の4.76%,更新により改定後の賃料(共益費込み)の4.90%にすぎないのである。
 かかる敷引金を賃貸人が取得することをもって,消費者契約法10条に該当するとは到底認められない。  裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。
 消費者契約法10条の適用との関係で若干の付言をする。
 1 居住用建物賃貸借契約に見られる「権利金」をはじめとする一時金(賃借人への返還が予定されないもの)の授受については,使用収益の対価を規制することを止めるとの判断で昭和61年に地代家賃統制令が廃止された後は,その趣旨に立ち入って検討し,介入すべき公的動機づけは薄れ(ただし,いわゆる「更新料」については,借地借家法が強行的に権利の存続保障をしていることとの関係で,契約更新に対する阻害要因としてどうみるかという別個の判断要素がある。),その目的が特定されている場合のゆれは残るものの,広い意味で使用収益の対価の一部をなし,賃料として組み込めないものではなくなったという意味で,賃料との本質的な差はなく,いわば賃料を補うものとしての性格をもった金銭の授受と受けとめるべきものとなったといえよう。本件で問題となっているいわゆる「敷引特約」に係る賃貸借終了時に返還されない金銭についても,そのような性格のものであると理解することができる。そうであるとすると,たとえこの部分における賃借人の負担が少なくないとしても,一般的には,これのみを切り離して取り上げ,それが相当性を欠くかどうかの内容的な検討をすることが適切であるとは思われない。多数意見は,基本的に以上のような理解に立っていると考えられる。
 2 ところで,このように解するときは,敷引特約を取り上げて消費者契約法10条の規定の適用を問題となし得るのかというところに立ち返って検討を要することにもなる。同条の規定は,法律に定められている任意規定の適用に比べて消費者の権利を制限し,その義務を加重する契約条項を対象として,その有効性を問題とするものであるところ,敷引特約によって賃借人に返還されないものとされるところが広い意味で賃料の実質を持つ金銭の支払にほかならないということであれば,少なくとも予定していた賃貸借の期間を満了した場合には,民法における賃貸借の規定の枠をはずれて賃借人に義務を課するものではないのではないかと考えられるからである。もちろん,敷引特約の下で,本件のように,契約締結時に差し入れられた金銭のうち返還されないものと約された部分がそのまま契約終了時に債務による差引きの影響を受けずに賃貸人に帰属する結果となる場合には,賃料の支払時期に関する民法614条の規定による賃借人の義務を加重するものと解し得るであろう。しかし,このような特約の意義を支払時期に係る義務の加重程度のものとしてとらえるのでは皮相的とのそしりを免れまい。
 3 そこで,検討するに,結論としては,敷引特約に係る金銭の支払義務が消費者契約法10条の適用対象に当たることを肯定してよいと考える。
 消費者契約法の立法趣旨に鑑みると,同条の規定は,契約条件の実質のみならずその形式にも着目し,それによってもたらされる問題をも対象としているのではないかと考えることができるように思われる。民法等に定める典型契約の規定は,パターン化によって契約における権利義務の関係を一般人にも理解しやすくする機能を有するものとなっているところ,ある契約条件が典型契約としてのパターンから外れた形で消費者に義務を課するものとなっているときは,一般人が通常観念する契約で頭に浮かぶパターンから外れた部分としてその合理性をただちに理解できないおそれがあるのであって,同条の規定の意義は,このように組み立てられた条項によって受けるおそれのある不利益から消費者を救済しようとするところにも広がると考えられるからである。典型契約のパターンから形式的に離れた契約条項が定められる場合には,消費者にとって理解が十分でないまま契約に至るなど契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じるおそれが生じやすいとみて,信義則を通して当該条項の合理性につきより立ち入って審査するという趣旨をみて取るわけである(その意味で,岡部裁判官の反対意見の示す問題意識にも共感できるところがなくはない。このような状況の中には,消費者契約法4条などが対象とする契約締結の手続上の瑕疵としてとらえることができる場合もあるかもしれないが,定型的に条項の在りよう自体の問題としてとらえることを妨げる理由もないように思われる。)。
 このような理解に立って本件をみると,本件の敷引特約は,賃料の実質を有するものの賃料としてではない形で支払義務を負わせるもので,民法の定める賃貸借の規定から形式的に離れた契約条件であるから,上記のような特約の実質的な意義を賃借人が理解していることが明らかであるなど特段の事情がない限りは,消費者契約法10条の「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」の対象として扱って差し支えないと解することが相当であろう。
 4 そして,次の段階として,信義則との関係では,1で示したその本質的な性格に鑑み,それが高額あるいは賃料との関係で高率であるということだけで契約条件としての有効性が疑われることはないとしても,広く地域にみられる約定に基づくものであるとはいえ,いわゆる相場からみて高額あるいは高率に過ぎるなど内容面での特異な事情がうかがわれるのであれば,これを契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じているおそれの徴表とみて,当該契約条件を付すことが許されるかどうかにつき,他の契約条件を含めた事情を勘案し,より立ち入った検討を行う過程へと進むことが求められるということになる(相場の高止まりというような競争環境の不十分さまでも考慮に入れて契約内容の不当性を判断する役割を担うことをこの規定に期待すべきではあるまい。)。ただ,本件においては,広く見られる敷引特約の例として,敷引額が高額・高率に過ぎるなど内容的に特異な事情があると認めるべきところがないため,上記のような徴表を欠くものとみて,結局,多数意見の結論に落ち着くこととなると考えるわけである。  裁判官岡部喜代子の反対意見は,次のとおりである。
 1 私は,多数意見と異なり,本件特約は消費者契約法10条により無効であると考える。その理由は,以下のとおりである。
 2 多数意見は,要するに,敷引金の総額が契約書に明記され,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約を締結したのであれば,原則として敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないというのである。
 しかし,敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに,消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり,敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではないと考える。
 3 敷引金は,損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料),空室損料,賃料の補充ないし前払,礼金等の性質を有するといわれており,その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると,賃借物件を賃借しようとする者は,当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容が明示されてはじめて,その内容に応じた検討をする機会が与えられ,賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば,損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば,かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日判決・裁判集民事218号1239頁参照),賃借人は,当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて,当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否か検討し交渉することが可能となる。また,敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するというのであれば,その旨が明示されてはじめて,賃借人は,それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は,自ら敷引金の額を決定し,賃借人にこれを提示しているのであるから,その具体的内容を示すことは可能であり,容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は,賃貸人から明示されない限りは,その具体的内容を知ることもできないのであるから,契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても,消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。
 そもそも,消費者契約においては,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することが前提となっており(消費者契約法1条参照),消費者契約関係にある,あるいは消費者契約関係に入ろうとする事業者が,消費者に対して金銭的負担を求めるときに,その対価ないし対応する利益の具体的内容を示すことは,消費者の契約締結の自由を実質的に保障するために不可欠である。敷引特約についても,敷引金の具体的内容を明示することは,契約締結の自由を実質的に保障するために,情報量等において優位に立つ事業者たる賃貸人の信義則上の義務であると考える(なお,消費者契約法3条1項は,契約条項を明確なものとする事業者の義務を努力義務にとどめているが,敷引特約のように,事業者が消費者に対し金銭的負担を求める場合に,かかる負担の対価等の具体的内容を明示する義務を事業者に負わせることは,同項に反するものではない。)。このように解することは,最高裁平成9年(オ)第1446号同10年9月3日判決・民集52巻6号1467頁が,災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合において,敷引特約を適用して敷引金の返還を不要とするには,礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存することを要求していること,前掲最高裁平成17年12月16日判決が,通常損耗についての原状回復義務を賃借人に負わせるには,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしていることから明らかなように,当審の判例の趣旨にも沿うものである。
 4 このような観点から本件特約の消費者契約法10条該当性についてみると,次のようにいうことができる。
 まず,前段該当性についてみると,賃貸借契約においては,賃借人は賃料以外の金銭的負担を負うべき義務を負っていないところ(民法601条),本件特約は,本件敷引金の具体的内容を明示しないまま,その支払義務を賃借人である被上告人に負わせているのであるから,任意規定の適用の場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものといえる。
 そして,後段該当性についてみると,原審認定によれば,本件敷引金の額は本件契約書に明示されていたものの,これがいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容は本件契約書に何ら明示されていないのであり,また,上告人と被上告人との間では,本件契約を締結するに当たって,本件建物の付加価値を取得する対価の趣旨で礼金を授受する旨の合意がなされたとも,改装費用の一部を被上告人に負担させる趣旨で本件敷引金の合意がなされたとも認められないというのであって,かかる認定は記録に徴して十分首肯できるところである。従って,賃貸人たる上告人は,本件敷引金の性質についてその具体的内容を明示する信義則上の義務に反しているというべきである。加えて,本件敷引金の額は,月額賃料の約3.5倍に達するのであって,これを一時に支払う被上告人の負担は決して軽いものではないのであるから,本件特約は高額な本件敷引金の支払義務を被上告人に負わせるものであって,被上告人の利益を一方的に害するものである。
 以上のとおりであるから,本件特約は消費者契約法10条により無効と解すべきである。
 なお,上告人は,建物賃貸借関係の分野では自己責任の範囲が拡大されてきている,本件特約を無効とすることにより種々の弊害が生ずるなどと述べるが,賃借人に自己責任を求めるには,賃借人が十分な情報を与えられていることが前提となるのであって,私が以上述べたところは,賃借人の自己責任と矛盾するものではなく,かつ,敷引特約を一律に無効と解するものでもないから,上告人の上記非難は当たらない。
 5 本件特約が無効であるとした原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認できる。論旨は理由がなく,上告を棄却する。
  最高裁裁判長裁判官田原睦夫,裁判官那須弘平,同岡部喜代子,同大谷剛彦,同寺田逸郎


借地借家法38条2項所定の書面の交付の有無の認定(最判平成22年7月16日時報1512号244頁)

賃貸人から賃借人に対して借地借家法38条2項所定の書面の交付があったとした原審の認定に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人小島衛の上告受理申立て理由第1,第2について
 1 本件は,① 第1審判決別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を上告人に賃貸した被上告人が,被上告人と上告人との間における賃貸借は借地借家法(以下,単に「法」という。)38条所定の定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物部分の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める訴えと,② 上告人が,法38条2項所定の書面(以下「説明書面」という。)の交付及び説明がなく,上記賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張して,被上告人に対し,本件建物部分につき賃借権を有することの確認を求める訴えとが併合審理されている事案である。
 2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,平成15年10月29日,上告人との間で,「定期賃貸借建物契約書」と題する契約書を取り交わし,期間を同年11月16日から平成18年3月31日まで,賃料を月額20万円として,本件建物部分につき賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。
 (2) 本件賃貸借について,平成15年10月31日,定期建物賃貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された。本件公正証書には,被上告人が,上告人に対し,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて,あらかじめ,その旨記載した書面を交付して説明したことを相互に確認する旨の条項があり,その末尾には,公証人役場において本件公正証書を作成し,被上告人代表者及び上告人に閲覧させたところ,各自これを承認した旨の記載がある。
 (3) 被上告人は,期間の満了から約11か月を経過した平成19年2月20日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了した旨の通知をした。
 3 原審は,上記事実関係の下で,説明書面の交付の有無につき,本件公正証書に説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があること,公正証書の作成に当たっては,公証人が公正証書を当事者に読み聞かせ,その内容に間違いがない旨の確認がされることからすると,本件において説明書面の交付があったと推認するのが相当であるとした上,本件賃貸借は法38条所定の定期建物賃貸借であり期間の満了により終了したと判断して,被上告人の請求を認容し,上告人の請求を棄却した。
 4 しかし,原審の上記認定は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件公正証書には,説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認した旨の記載もある。しかし,記録によれば,現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証拠は,本件公正証書以外,何ら提出されていないし,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をせず,単に,上告人において,本件賃貸借の締結時に,本件賃貸借が定期建物賃貸借であり,契約の更新がなく,期間の満了により終了することにつき説明を受け,また,本件公正証書作成時にも,公証人から本件公正証書を読み聞かされ,本件公正証書を閲覧することによって,上記と同様の説明を受けているから,法38条2項所定の説明義務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。
 これらの事情に照らすと,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しく,それにもかかわらず,単に,本件公正証書に上記条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認していることのみから,法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
 5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官竹内行夫,裁判官古田佑紀,同須藤正彦,同千葉勝美

借地人が,新築建物の共有持分譲渡についての賃貸人の承諾とは異なる持分割合の譲渡と背信性(最判平成21年11月27日時報1496号335頁)

ア賃借人が,借地上の建物の建替えに当たり賃貸人から得た承諾とは異なる持分割合で新築建物を他の者らの共有とすることを容認して借地を無断転貸したことにつき,賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとされた事例
イ賃借人が,借地上の建物の共有者がその持分を他の者に譲渡することを容認して借地を無断転貸したことにつき,賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとされた事例
       主   文
 原判決中,上告人らに関する部分を破棄する。
 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大河原弘,同宇多正行,上告復代理人吉川佳子の上告受理申立て理由について
 1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を所有し,上告人P1に賃貸している被上告人が,無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除を主張して,①上告人P1並びに本件土地上の同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)を共有する上告人P2及び同P3に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを,②本件建物を占有する上告人株式会社P4に対し,本件建物から退去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに,③上告人らに対し,賃料相当損害金を連帯して支払うことを求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 上告人P1の父αは,昭和21年ころ,被上告人の父βが所有していた本件土地を賃借してその上に建物(以下「旧建物」という。)を建築し,以後そこに居住して畳製造販売業を営んでいた。その後,αの死亡に伴い旧建物を相続により取得した上告人P1は,βの死亡に伴い本件土地を相続により取得した被上告人との間で,昭和62年3月9日,本件土地の賃貸借契約を更新する旨合意した(以下,上記合意更新後の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。本件賃貸借契約には,賃借人が本件土地上の建物をほかに譲渡するときは,あらかじめ賃貸人の承諾を受けなければならない旨の特約がある。
 (2) 上告人P1は,旧建物に妻である上告人P2及び子であるγと共に居住するとともに,旧建物を本店所在地として,上告人株式会社P4を設立し,その代表取締役に就任し,引き続き旧建物において畳製造販売業を営んできたが,同年2月14日,γが上告人P3と婚姻し,昭和63年3月30日,γと上告人P3の間にδが出生し,上告人P3及びδも旧建物に同居するようになった。
 (3) γと上告人P2は,平成9年ころ,旧建物の建て替えに反対していた上告人P1の了解を得ずに,被上告人との間で,建て替え後の建物の持分を上告人P1及びγにつき各2分の1とすることを前提として,建物の建て替えの承諾条件につき交渉を行った。被上告人は,γとの間で,旧建物の建て替え及び本件土地の転貸の承諾料を400万円とすることを合意した。
 (4) その後,γは,被上告人に対し,金融機関から融資を受ける都合上,建て替え後の建物の共有者に上告人P2を加え,各人の持分を上告人P1につき10分の1,γにつき10分の7,上告人P2につき10分の2にしたいとの申入れをした。被上告人は,先に合意した承諾料の額を変更することなく,これを承諾した。
 (5) 旧建物の建て替え後の建物である本件建物は,平成10年3月完成した。本件建物については,上記申入れの内容とは異なり,γの持分を10分の7,上告人P2の持分を10分の3としてγ及び上告人P2が共有することとなり,その旨の所有権保存登記がされた。γ及び上告人P2は,上告人P1が持分を取得しないことを被上告人に説明すると,旧建物の建て替えについて承諾が得られず,承諾を得られるとしても承諾料その他の条件が不利なものになる可能性があると考えて,上記の事実を被上告人に説明しなかった。
 (6) 上告人P1は,最終的に,γ及び上告人P2が本件建物を建築し,上記の持分割合でこれを共有することを容認し,これにより本件土地が上告人P1からγ及び上告人P2に転貸されることになった(以下,この転貸を「第1転貸」という。)。本件建物には,旧建物と同様に,上告人P1,同P2,γ,上告人P3及びδの5名が居住するとともに,上告人株式会社P4の本店が置かれてきた。
 (7) γは,平成17年2月,上告人P3との離婚の届出をし,財産分与として本件建物の持分10分の7を上告人P3に譲渡した。この財産分与に伴い,本件建物の敷地である本件土地につきγが有していた持分10分の7の転借権も上告人P3に移転した。上告人P1は,上記財産分与が行われたことを容認し,これにより本件土地が上告人P1から上告人P3に転貸されることになった(以下,この転貸を「第2転貸」という。)。
 (8) γは,同年6月に破産手続開始の決定を受けた。γは,同年8月に本件建物から退去したが,上告人P3及びδは,その後も上告人P1及び同P2と共に本件建物に居住している。
 (9) 被上告人は,同年6月17日ころ,本件建物の登記事項証明書を取り寄せて,①本件建物の所有権保存登記がγ及び上告人P2を共有者としてされていて,上告人P1はその建築当初から持分を有しないこと,②本件建物のγの持分は同年2月22日財産分与を原因として上告人P3へ移転した旨の登記がされていることを知り,同年8月28日,上告人P1に対し,同月末日をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下,この意思表示を「本件解除」という。)。
 (10) 上告人P1は,旧建物を建て替えた後,本件賃貸借契約に基づく賃料の支払を遅滞したことがない。
 (11) 被上告人は,本件解除においては,第2転貸が被上告人に無断で行われたことを理由としていたが,本件訴訟において,第1転貸が被上告人に無断で行われたことも解除の理由として追加して主張している。
 3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり,第1転貸及び第2転貸のいずれについても,被上告人に無断で行われたことにつき背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとはいえないと判断して,被上告人の上告人らに対する請求をいずれも認容した。
 (1) 第1転貸については,①旧建物の建て替えの承諾条件について交渉を行ったγが,上記条件が不利なものになりかねないと考えて,建て替え後の本件建物の共有持分を上告人P1が取得しないことをあえて被上告人に説明しなかったこと,②上告人P1が本件建物の共有者とならない場合,被上告人において承諾料の増額を要求していたと推認されることなどを勘案すると,これが被上告人に無断で行われたことにつき賃貸人である被上告人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとはいえない。
 (2) 第2転貸についても,①γの離婚を隣人である被上告人に話しにくいという事情があったとしても,被上告人に無断で本件土地を上告人P3に転貸したことを正当化すべき事由にはならないこと,②γが破産手続開始の決定を受けたことにより,上告人P1一家の生活状況や資産内容に少なからず影響があったと考えられることなどを勘案すると,上記特段の事情があるとはいえない。
 4 しかし,原審の上記判断はいずれも是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 前記事実関係によれば,第1転貸は,本件土地の賃借人である上告人P1が,賃貸人である被上告人の承諾を得て本件土地上の上告人P1所有の旧建物を建て替えるに当たり,新築された本件建物につき,γ及び上告人P2の共有とすることを容認し,これに伴い本件土地を転貸したものであるところ,第1転貸による転借人らであるγ及び上告人P2は,上告人P1の子及び妻であって,建て替えの前後を通じて借地上の建物において上告人P1と同居しており,第1転貸によって本件土地の利用状況に変化が生じたわけではない上,被上告人は,上告人P1の持分を10分の1,γの持分を10分の7,上告人P2の持分を10分の2として,建物を建て替えることを承諾しており,上告人P1の持分とされるはずであった本件建物の持分10分の1が上告人P2の持分とされたことに伴う限度で被上告人の承諾を得ることなく本件土地が転貸されることになったにとどまるというのである。そして,被上告人は,上告人P1とγが各2分の1の持分を取得することを前提として合意した承諾料につき,これを増額することなく,上告人P1,γ及び上告人P2の各持分を上記割合として建物を建て替えることを承諾し,上記の限度で無断転貸となる第1転貸がされた事実を知った後も当初はこれを本件解除の理由とはしなかったというのであって,被上告人において,上告人P1が本件建物の持分10分の1を取得することにつき重大な関心を有していたとは解されない。
 そうすると,上告人P1は本件建物の持分を取得しない旨の説明を受けていた場合に被上告人において承諾料の増額を要求していたことが推認されるとしても,第1転貸が上記の限度で被上告人に無断で行われたことにつき,賃貸人である被上告人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるというべきである。
 (2) また,前記事実関係によれば,第2転貸は,本件土地の賃借人である上告人P1が,本件土地上の本件建物の共有者であるγにおいてその持分を上告人P3に譲渡することを容認し,これに伴い上告人P3に本件土地を転貸したものであるところ,上記の持分譲渡は,上告人P1の子であるγから,その妻である上告人P3に対し,離婚に伴う財産分与として行われたものである上,上告人P3は離婚前から本件土地に上告人P1らと共に居住しており,離婚後にγが本件建物から退去したほかは,本件土地の利用状況には変化が生じていないというのであって,第2転貸により賃貸人である被上告人が何らかの不利益を被ったことは全くうかがわれない。
 そうすると,第2転貸が被上告人に無断で行われたことについても,上記の特段の事情があるというべきである。
 (3) 以上によれば,第1転貸及び第2転貸が被上告人に無断で行われたことを理由とする本件解除は効力を生じないものといわなければならず,被上告人の上告人らに対する請求はいずれも理由がない。
 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,被上告人の上告人らに対する請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官中川了滋,裁判官今井功,同古田佑紀,同竹内行夫

借家法

  借地借家法の中でも,借家に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

借家法1条の「建物」には建物の一部が含まれるか(最判昭和42年6月2日民集21巻6号1433頁)

借家法1条の「建物」には建物の一部が含まれるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人葛西千代治の上告理由第一点について。
 建物の一部であっても,障壁その他によって他の部分と区画され,独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するものは,借家法一条にいう「建物」であると解すべきところ,原判決の引用する第一審判決の確定した事実によれば,本件建物の(イ)(ロ)部分は,それぞれ障壁によって囲まれ独占的支配が可能な構造を有するというのであるから,原判決が(イ)(ロ)部分の賃貸借に対抗力があると判断したことは正当であって,所論の適法はない。論旨は採用に値しない。
 同第二点について。
 原判決が確定した事実関係のもとにおいては,上告人の解約申入に正当の事由がないとした原判決の判断は相当であって,所論の違法は認められない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎

鉄道高架下施設の一部分の賃貸借契約と借家法の適否(最判平成4年2月6日裁判集民事164号45頁)

鉄道高架下施設の一部分の賃貸借契約に借家法の適用があるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人深田源次の上告理由について
 原審は,(一) 本件施設物は,鉄道高架下施設であるが,土地に定着し,周壁を有し,道高架を屋根としており,永続して営業の用に供することが可能なものであるから,借家法にいう建物に当たる,(二) 本件店舗は,本件施設物の一部を区切ったものであるが,隣の部分とはブロックにベニヤを張った壁によって客観的に区別されていて,独立的,排他的な支配が可能であるから,借家法にいう建物にあたる,(三) 本件店舗での営業に関する亡大井慶寿と被上告人との間の本件契約は,経営委託契約ではなく,本件店舗及び店舗内備品の賃貸借契約であって,借家法の適用がある,(四) 本件契約は,期間満了後,期間の定めのない賃貸借として更新されている,(五) 亡慶寿の相続人として同人の地位を継承した上告人がした本件契約の解約申入れに正当事由はない,として,上告人の本件請求を棄却しているが,原審の右認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。諭旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決を正解しないで若しくは独自の見解に立ってこれを論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大内恒夫,裁判官大堀誠一,同橋元四郎平,同味村治
 上告代理人深田源次の上告理由〈省略〉


有料社宅の使用関係の性質(最判昭和29年11月16日民集8巻11号2047頁)

有料社宅の使用関係の性質
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高橋銀治の上告理由(後記)について。
 会社とその従業員との間における有料社宅の使用関係が賃貸借であるか,その他の契約関係であるかは,画一的に決定し得るものではなく,各場合における契約の趣旨いかんによって定まるものと言わねばならない。原判決がその理由に引用した第一審判決の認定によれば,被上告人会社は,その従業員であった上告人に本件家屋の一室を社宅として給与し,社宅料として一か月金三十六円を徴してきたが,これは従業員の能率の向上を図り厚生施設の一助に資したもので,社宅料は維持費の一部に過ぎず社宅使用の対価ではなく,社宅を使用することができるのは従業員たる身分を保有する期間に限られる趣旨の特殊の契約関係であって賃貸借関係ではないというのである。論旨は,本件には賃借権の存在を証明し得る証拠があるにかかわらず,原判決はこれを無視してその存在を否定し法律関係の認定を誤った違法があるというのであって,帰するところ原審の適法にした証拠の取捨判断,事実の認定を非難するにほかならないので採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致で主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官井上登,裁判官島保,同河村又介,同小林俊三,同本村善太郎



従業員専用の寮の使用関係は賃貸借か(最判昭和31年11月16日民集10巻11号1453頁)

従業員専用の寮の使用関係は賃貸借か
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人時田至の上告理由について。
 本件家屋の係争各六畳室に対する被上告人等の使用関係については,原判決は,判示各証拠を綜合して,その使用料は右各室使用の対価として支払われたものであり,被上告人等と訴外会社との間の右室に関する使用契約は,本件家屋が訴外会社の従業員専用の寮であることにかかわりなく,これを賃貸借契約と解すべきであるとしていることは原判文上明らかである。およそ,会社その他の従業員のいわゆる社宅寮等の使用関係についても,その態様はいろいろであって必ずしも一律にその法律上の性質を論ずることはできないのであって本件被上告人等の右室使用の関係を,原判決が諸般の証拠を綜合して認定した事実にもとづき賃貸借関係であると判断したことをもって所論のような理由によって,直ちにあやまりであると即断することはできない。論旨は,畢竟,原判決の右判断の某礎となった事実の認定を争うに帰し採用することはできない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官小谷勝重,裁判官藤田八郎,同谷村唯一郎,同池田克

一時使用のための借家(最判昭和36年10月10日民集15巻9号2294頁)

一時使用のための借家権とその期間は1年未満か
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人羽田野忠文,同今福朝次郎,同佐藤安哉の上告理由第一点ないし第三点について。
 被上告人は,原審における昭和三二年五月一五日午前一〇時の(最終)口頭弁論期日において,その主張として,本件賃貸借契約は,その締結の経緯及び内容から明らかなように,その期間を三年間に限った一時使用のためのもので,借家法の適用がない。仮にしからずとするも,被上告人は自己使用の必要上,適法な更新拒絶をしているので,右期間満了とともに終了している旨陳述していることは,右期日の口頭弁論調書上明らかである。従って,原審が,被上告人の右主張を容れて,本件賃貸借契約が一時使用のためのものであると判断している以上,さらに所論のように更新拒絶ないしその正当事由の点について判断する必要がないこともいうまでもない。されば,原判決には所論のような違法はなく,論旨はいずれも理由がない。
 同第四点,第五点,第六点(一),(二)及び第七点について。
 本件賃貸借契約をもって,借家法八条にいわゆる一時使用のための賃貸借とした原審の判断は,原判決挙示の全証拠によれば肯認しうる。原判決には,所論(第六点(一))のような欠点があるものとはいいがたいし,原判決は,所論(第七点(一))上告人の諒解の事実を,所論のように三年の期間内でも賃借家屋を明け渡すことあるべき旨約したとの事実からだけではなく,挙示のその他の証拠を綜合して認定(ことに,原審証人甲の証言中には,判旨認定事実に直接符合する供述がある。)したものであることは,判文上明瞭である。また,所論(第七点(二))指摘の低賃料の事実を,一時使用のための賃貸借であることの認定の一資料とした原判決の判断も,本件の場合には首肯しうるところであり,これに反する所論は独自の見解を述べるにすぎない。以上のとおりであるから,所論は,畢竟原審が適法にした証拠の取捨判断ないし事実認定を非難するにすぎないことに帰し,いずれも採用しえない。
 同第六点(三)について。
 借家法八条にいわゆる一時使用のための賃貸借といえるためには必ずしもその期間の長短だけを標準として決せられるべきものではなく,賃貸借の目的,動機,その他諸般の事情から,該賃貸借契約を短期間内に限り存続させる趣旨のものであることが,客観的に判断される場合であればよいのであって,その期間が一年未満の場合でなければならないものではない。所論は,これに反する独自の見解を前提とするもので,採るを得ない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官河村又介,裁判官垂水克己,同高橋潔,同石坂修一

借家法1条の賃貸借の承継とその通知の要否(最判昭和33年9月18日民集12巻13号2040頁)

借家法1条の賃貸借の承継とその通知の要否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人弁護士和田正平の上告理由第一点について。
 しかし原判決は証拠により,訴外甲が本件建物及び敷地の売却方を実兄乙及び丙に一任したこと及び訴外丁は右乙ら立会の下に残代金を右丙に支払いそれと引換に同人より権利証,甲の署名捺印ある委任状その他登記に必要な書類の交付を受けた事実を認定し,このような事実関係において,甲が本件建物の譲渡行為に全然無関係であったとは認められない旨判示しているのであって,この認定及び判断は,挙示の証拠に照し当裁判所にも正当として是認されるから,原判決には所論の如き違法はない。
 第二点について。
 しかし,借家法七条による賃料増額の請求権は,いわゆる形成権たる性質を有するものであるから,その行使の効果として賃料は当然相当額に増額され,争ある場合の額の確定に関する裁判は,すでに客観的に定まった増額の範囲を確定するに過ぎず,そしてその履行期は,客観的に定まった相当賃料全額につき,その賃貸借の内容によって定まるべき時期に到来するというのが従来の判例であって,(昭和三二年九月三日判決,集一一巻九号,一四六七頁,昭和一七年一一月一三日大審院判決,集二一巻九九五頁参照)上告人の引用する大審院明治四〇年七月九日の判決は,借家法施行前のものであり,本件に適切でない。
 而して原判決は,証拠により,被上告人が昭和二五年七月上告人戊に対して本件公定賃料の支払を請求したこと,この支払請求は借家法七条による賃料増額の請求と解されること,及びこの増額請求の額は物価庁告示によって算出すれば統制賃料の範囲内で相当額と認められる旨を認定判示しているのであり,この認定判示はその証拠に照し首肯するに足りるから,上告人戊は,それ以後右増額による賃料の支払義務あること当然であり,且つ本件契約において賃料が毎月末日払の約定であったことは当事者間に争がないのであるから,増額による賃料も毎月末日払であるべきものと判断した原判決は当裁判所においてもこれを是認される。さすれば原判決には所論の如き審理不尽,理由不備,判例違反等の違法はなく,論旨は採用し得ない。
 第三点について。
 しかし原判決は,昭和二五年七月本件賃料の増額請求があった事実を証拠によって認定し,同年八月一日以降の増額賃料不払を理由に契約解除の効力を認めたものであること判文上明白であるから,所論の如き違法はない。
 第四点,第五点,第六点について。
 借家法一条により建物の所有権取得と同時に当然賃貸借を承継するものであって,その承継の通知を要しない旨の原判決の判断並びに被上告人の所為が信義則に反しない旨の原判示は,いずれも当裁判所の正当として是認できる。されば,所論は要するに独自の見解を以て原判決の正当な判断を論難するか,又は,原審の専権に属する証拠の取捨判断及び自由な事実認定を非難するものに過ぎないから採用しがたい。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官高木常七,裁判官斎藤悠輔,同下飯坂潤夫

転貸許容の特約と借家法1条1項(最判昭和38年9月26日民集17巻8号1025頁)

転貸許容の特約と借家法1条1項の適用
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岡本共次郎の上告理由第一点について。
 所論は,転貸許容の特約の存在を肯定した原審の事実認定は採証法則,経験則に違背すると主張する。しかし,原判決が,前所有者訴外丁の代理人戊において,本件家屋を賃貸した当初から,賃借人訴外己(被上告人乙を除く被上告人三名の先代)が本件家屋の階下一一坪五合の部分を不特定の第三者に転貸することを暗黙に承諾していたものと認定したことは,その挙示する証拠によって原審が認めた諸事情を綜合し,肯認できないわけではない。所論は,畢竟,原審の適法にした証拠の取捨判断,事実の認定を非難するに帰し,排斥を免れない。
 同第二点について。
 所論は,所論のいわゆる概括的転貸許容の特約は賃貸借契約の本来的(実質的)事項でないから,その登記なくしては,家屋の新所有者に対抗できないと主張して,これと異る原判決の判断を攻撃する。しかし,借家法一条一項の規定の趣旨は,賃貸借の目的たる家屋の所有権を取得したる者が旧所有者たる賃貸人の地位を承継することを明らかにしているのであるから,それは当然に,旧所有者と賃借人間における賃貸借契約より生じたる一切の権利義務が,包括的に新所有者に承継せられる趣旨をも包含する法意である。右と同趣旨の原判決の判断は正当であり,所論は独自の見解であって,採用できない。
 同第三点について。
 所論第一審第五回口頭弁論調書に,上告人の主張について「解約」という文字が使用されているからといって,それだけで,所論のようにそれは「解約申入」の趣旨であって,「合意解約」の趣旨でないと断定できる筋合いのものでない。
 また,上告人が借家法三条の解約の申入による賃貸借の終了を主張したことは,記録上認められない。無断転貸を理由とする解除の主張に,当然に,解約の申入による賃貸借の終了の主張をも含んでいると解せられない。以上,所論はすべて排斥を免れない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官斎藤朔郎,裁判官入江俊郎,同下飯坂潤夫,同長部謹吾

家屋所有権の移転と賃貸人の地位の承継(最判昭和39年8月28日民集18巻7号1354頁)

家屋所有権の移転と賃貸人の地位の承継
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人香田広一の上告理由第五点について。
 所論は,被土告人はすでに昭和三四年九月二八日本件建物を訴外甲に売り渡してその所有権を失っているのであるから,右売渡後の同年一〇月五日に同年九月末日までの延滞賃料の催告をなし,右賃料不払に基づいて被上告人のなした本件賃貸借契約解除はその効力を有しない筈であるのに,原審が右解除を有効と判断して被上告人の請求を認容したのは,借家法の解釈を誤まったものであるという。
 記録によれば,上告人が昭和三五年二月一六月午前一〇時の原審最終口頭弁論期日において,被上告人は昭和三四年九月二八日本件家屋を訴外甲に売り渡したからその実体的権利はすでに右訴外人に移転し被上告人はこれを失っている旨主張したのに対して,原審は右売却及びこれによる所有権喪失の有無につき被上告人に対して認否を求めないまま弁論を終結したことが明らかであり,原判決が,被上告人の本訴請求は賃貸借の消滅による賃貸物返還請求権に基づくものであるから仮に上告人主張のように被上告人が本件建物の所有権を他に譲渡してもこの事実は右請求権の行使を妨げる理由とはならないとして,被上告人の右請求を認容していることは,論旨のとおりである。
 しかし,自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右建物を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には,特段の事情のないかぎり,借家法一条の規定により,賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきところ,本件においては,被上告人が上告人に対して自己所有の本件建物を賃貸したものであることが当事者間に争が由ないのであるから,本件賃貸借契約解除権行使の当時被上告人が本件建物を他に売り渡してその所有権を失っていた旨の所論主張につき,もし被上告人がこれを争わないのであれば,被上告人は上告人に対する関係において,右解除権行使当時すでに賃貸人たるの地位を失っていたことになるのであり,右契約解除はその効力を有しなかったものといわざるを得ない。然るに,原審が,叙上の点を顧慮することなく,上告人の所論主張につき,本件建物の所有権移転が本訴請求を妨げる理由にはならないとしてこれを排斥したのは,借家法一条の解釈を誤まったか,もしくは審理不尽の違法があるものというべく,右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由がある。
 従って,上告代理人香田広一のその余の論旨及び上告代理人清水正雄の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れず,なお右の点について審理の必要があるものと認められるから,民訴四〇七条一項に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官山田作之助,同城戸芳彦,同石田和外

借地法10条の買取請求権を行使した場合と借家法1条の適否(最判昭和43年10月29日裁判集民事92号651頁)

借地法10条の買取請求権を行使した場合と借家法1条の適否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
  上告代理人加納制一の上告理由第一について。
 原審の確定するところによれば,上告人は訴外兵庫県食糧営団に対し本件土地を含む宅地一一五坪五勺を賃貸し,訴外営団は本件土地上に本件建物を建築所有し,右建物所有権はその敷地である本件土地の賃借権とともに原判示の経緯を経て訴外亡日坂一雄に移転したところ,亡一雄は,被上告人に対し,本件建物のうち原判示(ろ)部分を期間の定めなく賃貸し,これを被上告人に引き渡したが,その後において,亡一雄は上告人に対し本件建物所有権移転に伴う本件土地賃借権譲渡について承諾のないことを理由に借地法一〇条に基づき本件建物につき買取請求をしたというのである。右の事実によれば,亡一雄の右買取請求権行使により,本件建物所有権は本件土地賃貸人である上告人に移転するが,右の所有権移転に先だち,被上告人は本件建物の前所有者である亡一雄から本件建物(ろ)部分を賃借しその引渡を受けているのであるから,被上告人は借家法一条一項により右建物部分の賃借権を新所有者である上告人に対し主張しうると解するのが相当である。右の点に関する原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法は存しないから,所論は採用できない。
 同第二について。
 所論の点に関する原審の認定は,これを是認できる。そして,記録によれば,被上告人は原審において上告人の所論主張を争っているものと認めるのが相当であるから,所論は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官飯村義美,裁判官田中二郎,同下村三郎,同松本正雄

賃貸建物の譲渡と賃貸人地位を旧所有者に残す合意の効力(最判平成11年3月25日裁判集民事192号607頁)

賃貸建物の新旧所有者が賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意した場合における賃貸人の地位の帰すう
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人工藤舜達,同林太郎の上告理由第二点,同坂井芳雄の上告理由第一点,及び同原秋彦,同洞雉敏夫,同牧山嘉道,同若林昌博の上告理由第二点について
一 本件は,建物所有者から建物を賃借していた被上告人が,賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして,右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し,保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。
二 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には,特段の事情のない限り,賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し,賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日判決・民集一八巻七号一三五四頁,最高裁昭和四三年(オ)第四八三号同四四年七月一七日判決・民集一三巻八号一六一〇頁参照),右の場合に,新旧所有者間において,従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても,これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。何故なら,右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると,賃借人は,建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず,新旧所有者間の合意のみによって,建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり,旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い,右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には,その地位を失うに至ることもあり得るなど,不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも,新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると,新所有者が無資力となった場合などには,賃借人が不利益を被ることになりかねないが,右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは,右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。
三 これを本件についてみるに,原審が適法に確定したところによれば,(一)被上告人は,本件ビル(鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付一〇階建事務所店舗)を所有していたアーバネット株式会社(以下「アーバネット」という。)から,本件ビルのうちの六階から八階部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借し(以下,本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。),アーバネットに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した,(二)本件ビルにつき,平成二年三月二七日,(1)売主をアーバネット,買主を中里三男外三八名(以下「持分権者ら」という。)とする売買契約,(2)譲渡人を持分権者ら,譲受人を上告人とする信託譲渡契約,(3)賃貸人を上告人,賃借人を芙蓉総合リース株式会社(以下「芙蓉総合」という。)とする賃貸借契約,(4)賃貸人を芙蓉総合,賃借人をアーバネットとする賃貸借契約,がそれぞれ締結されたが,右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し,本件賃貸借契約における賃貸人の地位をアーバネットに留保する旨合意された,(三)被上告人は,平成三年九月一二日にアーバネットが破産宣告を受けるまで,右(二)の売買契約等が締結されたことを知らず,アーバネットに対して賃料を支払い,この間,アーバネット以外の者が被上告人に対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった,(四)被上告人は,右(二)の売買契約等が締結されたことを知った後,本件賃貸借契約における賃貸人の地位が上告人に移転したと主張したが,上告人がこれを認めなかったことから,平成四年九月一六日,上告人に対し,上告人が本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし,その後,本件建物部分から退去した,というのであるが,前記説示のとおり,右(二)の合意をもって直ちに前記特段の事情があるものと解することはできない。そして,他に前記特段の事情のあることがうかがわれない本件においては,本件賃貸借契約における賃貸人の地位は,本件ビルの所有権の移転に伴ってアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したものと解すべきである。以上によれば,被上告人の上告人に対する本件保証金返還請求を認容すべきものとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ,その過程に所論の違法はない。所論引用の各判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,違憲をいう点を含め,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,裁判官藤井正雄の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大出峻郎,裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄

訴訟継続中に正当事由具備した場合(最判昭和41年11月10日民集20巻9号1712頁)

賃貸借の解約申入に基づく建物の明渡請求訴訟の係属中に正当の事由が具備されるに至った場合と当該賃貸借の終了
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人脇山弘,同脇山淑子の上告理由第一点について。
 建物の賃貸借契約の解約申入に基づく該建物の明渡請求訴訟において,右解約申入をした当時には正当事由が存在しなくても,賃貸人において右訴訟を継続維持している間に事情が変更して正当事由が具備した場合には,解約申入の意思表示が黙示的・継続的になされているものと解することができるから,右訴訟係属中正当事由が具備するに至った時から六箇月の期間の経過により該賃貸借契約は終了するものと解するのが相当であり,このような場合に,所論のように,正当事由が存在するに至った後に,口頭弁論期日において弁論をなしまたは期日外においてとくに別個の解約申入の意思表示をなすこと等を,必ずしも必要とするものではない。
 原判決の確定した事実関係のもとにおいては,おそくとも昭和三八年一二月末頃において本件建物の賃貸借契約解約の正当事由が存在するに至り,その時から六箇月を経過した昭和三九年六月末日には右賃貸借契約が解約によって終了したものとした原判示は正当である。論旨は,独自の法律的見解を前提とするものであって,採用するを得ない。
 同第二点について。
 原審の所論事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できるところであり,その間所論違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田誠

賃貸人の自己使用の必要だけで借家法1条の2の正当事由あるか(最判昭和29年1月22日民集8巻1号207頁)

賃貸人の自己使用の必要がある一事によって借家法1条の2の「正当の事由」ありといえるか。
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告理由について。
 借家法一条の二にいわゆる「正当の事由」とは,賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し,社会通念に照し妥当と認むへき理由をいうのであって所論のように賃貸人が自ら使用することを必要とするとの一事を以て,直ちに右「正当の事由」に該当するものと解することのできないことは既に当裁判所判例の示すところである。その他論旨は「最高裁における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず,又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官霜山精一,裁判官小谷勝重,同藤田八郎,同谷村唯一郎

移転料の提供と借家法1条の2の正当の事由,引き換え給付(最判昭和38年3月1日民集17巻2号290頁)

移転料の提供により借家法1条の2の正当の事由及び引換給付の判決の許容性
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人坂上富男の上告理由第一点について。
 原審第六回口頭弁論調書によれば,被上告人は所論訴状訂正の申立書により新たな解約申入をする趣旨であることを明確にしていることが認められ,かつ前解約申入と本解約申入に因る各請求は,その基礎に変更のないこというまでもない。所論は,原判決を正解せずこれに違法がある主張するものであって,採るをえない。
 同第二点について。
 本件訴訟の経過に照し,期限到来後即時に上告人の履行が期待できないこと明らかであるから,被上告人は予め請求する必要あるものというべく,この点に関する原判決の判断は正当であって,この判断に到達した具体的理由を判示しなければならないものではない。所論は理由なく,排斥を免れない。
 同第三点について。
 原判決が,その認定した当時者双方の事情に,被上告人が上告人に金四〇万円の移転料を支払うという補強条件を加えることにより,判示解約の申入が正当の事由を具備したと判断したことは相当であって,借家法一条の二の解釈を誤った違法や理由不備の違法は認められない。所論は独自の見解に立脚するものであって,採用しえない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官池田克,裁判官河村大助,同奥野健一,同山田作之助,同草鹿浅之介

借家法1条の2に基づく解約と家屋の明渡訴訟にける立退料(最判昭和46年11月25日民集25巻8号1343頁)

借家法1条の2に基づく解約を理由とする家屋の明渡訴訟において当事者の明示の申立額を超える立退料の支払と引換えに明渡請求を認容することを相当と認めた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人桂辰夫,同津田雄三郎の上告理由第一について。
 原判決は,第一審判決の理由を引用することにより,本件賃貸借契約は,被上告人(原告)が期間満了前適法な更新拒絶の意思表示をしないまま期間が満了したため,右期間満了後は,期間の定めのないものに更新されたと判示しているのであって,所論の点につき,判断を遺脱した違法はない。しかして,借家法二条によって更新された賃貸借が,期間の定めのない賃貸借となると解すべきことは,既に当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二七年一月一八日判決民集六巻一号一頁,同二八年三月六日判決民集七巻四号二六七頁参照)。従って,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二について。
 原審は,被上告人(被控訴人)が,本件賃貸借契約の更新後である本訴において,解約申入を原因とする主張を維持していることから推断して,所論の準備書面をもって黙示的に解約申入をしているものと判断しているのであって,右判断は正当である。されば,原判決に所論の違法はなく,所論は原判決を正解せず,これを非難するものであって,採用できない。
 同第三について。
 被上告人の本件係争店舗の敷地利用計画に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠によって肯認されえないではなく,この事実を本件賃貸借契約の解約申入に関する正当事由として考慮した原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。従って,論旨は採用できない。
 同第四について。
 原審の確定した諸般の事情のもとにおいては,被上告人が上告人に対して立退料として三〇〇万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し,かつその支払と引き換えに本件係争店舗の明渡を求めていることをもって,被上告人の右解約申入につき正当事由を具備したとする原審の判断は相当である。所論は右金額が過少であるというが,右金員の提供は,それのみで正当事由の根拠となるものではなく,他の諸般の事情と綜合考慮され,相互に補充しあって正当事由の判断の基礎となるものであるから,解約の申入が金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになるものと判断される場合であっても,右金員が,明渡によって借家人の被るべき損失のすべてを補償するに足りるものでなければならない理由はないし,また,それがいかにして損失を補償しうるかを具体的に説示しなければならないものでもない。原審が,右の趣旨において五〇〇万円と引き換えに本件店舗の明渡請求を認容していることは,原判示に照らして明らかであるから,この点に関する原審の判断は相当であって,原判決に所論の違法は存しない。従って,これと異なる論旨は,採用しえない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官藤林益三,裁判官岩田誠,同大隅健一郎,同下田武三,同岸盛一

賃貸人が解約申入後に提供又は増額を申し出た立退料等と解除の正当理由(最判平成3年3月22日民集45巻3号293頁)

建物の賃貸人が解約申入後に提供又は増額を申し出た立退料等の金員を参酌して当該解約申入れの正当事由を判断することの可否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人澤邊朝雄,同植原敬一,同藤井司の上告理由第一点の第二について
 建物の賃貸人が解約の申入れをした場合において,その申入時に借家法一条ノ二に規定する正当事由が存するときは,申入後六か月を経過することにより当該建物の賃貸借契約は終了するところ,賃貸人が解約申入後に立退料等の金員の提供を申し出た場合又は解約申入時に申し出ていた右金員の増額を申し出た場合において,右の提供又は増額に係る金員を参酌して当初の解約申入れの正当事由を判断することができると解するのが相当である。何故なら,立退料等の金員は,解約申入時における賃貸人及び貸借人双方の事情を比較衡量した結果,建物の明渡しに伴う利害得失を調整するために支払われるものである上,賃貸人は,解約の申入れをするに当たって,無条件に明渡しを求め得るものと考えている場合も少なくないこと,右金員の提供を申し出る場合にも,その額を具体的に判断して申し出ることも困難であること,裁判所が相当とする額の金員の支払により正当事由が具備されるならばこれを提供する用意がある旨の申出も認められていること,立退料等の金員として相当な額が具体的に判明するのは建物明渡請求訴訟の審理を通じてであること,さらに,右金員によって建物の明渡しに伴う賃貸人及び貸借人双方の利害得失が実際に調整されるのは,賃貸人が右金員の提供を申し出た時ではなく,建物の明渡しと引換えに賃借人が右金員の支払を受ける時であることなどに鑑みれば,解約申入後にされた立退料等の金員の提供又は増額の申出であっても,これを当初の解約の申入れの正当事由を判断するに当たって参酌するのが合理的であるからである。
 これを本件についてみると,記録によれば,被上告人は,昭和六二年五月一一日,第一審の第七回口頭弁論期日において,上告人Pとの間の本件賃貸借契約の解約を申し入れ,同時に立退料一〇〇万円の支払を申し出ていたところ,原審の第一回口頭弁論期日において,裁判所が相当と認める範囲内で立退料を増額する用意があることを明らかにした上,平成元年七月二一日,原審の最終口頭弁論期日において,立退料を三〇〇万円に増額する旨を申し出ていることが明らかである。そして,原審の適法に確定した事実関係によれば,被上告人が昭和六二年五月一一日にした解約の申入れは,立退料三〇〇万円によって正当事由を具備するものと認めるのが相当であるから,本件賃貸借契約は,右解約申入れから六か月後の昭和六二年一一月一一日の経過によって終了したものといわなければならない。従って,これと異なり,被上告人が平成元年七月二一日に立退料の増額を申し出た時から六か月後の平成二年一月二一日の経過をもって本件賃貸借契約が終了するとした原判決には,借家法一条ノ二にいう解約申入れの効力の解釈を誤った違法があるが,平成二年一月二二日以後の建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払等を命じた原判決を変更して昭和六二年一一月一二日以後の建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払等を命ずることは,いわゆる不利益変更禁止の原則により許されない。論旨は,結局,原判決の結論に影響しない部分の違法をいうに帰し,採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官香川保一,裁判官藤島昭,同中島敏次郎,同木崎良平

期間の定めのある建物賃貸借契約の更新と保証人の責任(最判平成9年11月13日裁判集民事186号105頁)

期間の定めのある建物賃貸借契約の更新と保証人の責任
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人遠藤實の上告理由について
 一 本件は,建物賃借人のために連帯保証人となった上告人が,賃貸人である被上告人に対し,被上告人と賃借人との合意により建物賃貸借契約を更新した後に生じた未払賃料等についての連帯保証債務が存在しないことの確認を求めている事案である。
 二 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人は,昭和六〇年五月三一日,上告人の実弟であるαに対し,第一審判決添付物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)を,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額二六万円と定めて賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)その際,上告人は,被上告人に対し,αが本件賃貸借契約に基づき被上告人に対して負担する一切の債務について,連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)
 2 本件賃貸借契約締結の際に作成された契約書においては,賃貸借期間の定めに付加して「但し,必要あれば当事者合議の上,本契約を更新することも出来る。」と規定されていたところ,被上告人としては,右賃貸借期間を家賃の更新期間と考えており,右期間満了後も賃貸借関係を継続できることを予定していた。他方,上告人は,本件保証契約締結当時,右規定から本件賃貸借契約が更新されることを十分予測することができたにもかかわらず,その当時αが食品流通関係の仕事をしていて高額の収入があると認識していたことから,本件保証契約締結後も同人の支払能力について心配しておらず,そのため本件賃貸借の更新についても無関心であった。
 3 αと被上告人は,本件賃貸借につき,(一)昭和六二年六月ころ,期間を同年六月一日から二年間と定めて更新する旨合意し,(二)平成元年八月二九日,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額三一万円と定めて更新する旨合意し,(三)平成三年七月二〇日,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額三三万円と定めて更新する旨合意した。もっとも,右各合意更新の際に作成された賃貸借契約書中の連帯保証人欄には「前回に同じ」と記載されているのみで,上告人による署名押印がされていないし,右合意更新の際に被上告人から上告人に対して保証意思の確認の問い合わせがされたことはなく,上告人がαに対して引き続き連帯保証人となることを明示して了承したこともなかった。
 4 αは,前記3(二)の合意更新による期間中の賃料合計七五万円及び前記3(三)の合意更新による期間中の賃料等合計七五九万円を支払わなかったところ,被上告人は,平成四年七月中旬ころ,αに対し,本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知するとともに,平成五年六月八日ころ,上告人に対し,賃料不払が継続している旨を連絡した。αは,平成五年六月一八日,被上告人に対し,本件マンションを明け渡した。
 三 被上告人は,上告人に対し,本件保証契約に基づき,前記4の未払賃料等合計八三四万円及び平成五年六月一日から同月一八日までの賃料相当損害金一九万八〇〇〇円についての連帯保証債務履行請求権を有すると主張しており,これに対し,上告人は,本件保証契約の効力が本件賃貸借の合意更新後に生じた未払賃料債務等には及ばない,仮にそうでないとしても,被上告人による右保証債務の履行請求が信義則に反すると主張している。建物の賃貸借は,一時使用のための賃貸借等の場合を除き,期間の定めの有無にかかわらず,本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり,期間の定めのある建物の賃貸借においても,賃貸人は,自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ,更新を拒絶することができず,賃借人が望む限り,更新により賃貸借関係を継続するのが通常であって,賃借人のために保証人となろうとする者にとっても,右のような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであり,また,保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって,保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であることなどからすれば,賃貸借の期間が満了した後における保証責任について格別の定めがされていない場合であっても,反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り,更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたものと解するのが,当事者の通常の合理的意思に合致するというべきである。もとより,賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず,賃貸人が,保証人にその旨を連絡するようなこともなく,いたずらに契約を更新させているなどの場合に保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ることはいうまでもない。
 以上によれば,期間の定めのある建物の賃貸借において,賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には,反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り,保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり,保証人は,賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き,更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。
 四 これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,前記特段の事情はうかがわれないから,本件保証契約の効力は,更新後の賃貸借にも及ぶと解すべきであり,被上告人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認めるべき事情もない本件においては,上告人は,本件賃貸借契約につき合意により更新された後の賃貸借から生じたαの被上告人に対する賃料債務等についても,保証の責めを免れないものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,右と異なる見解に立って原判決を論難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官小野幹雄,裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄

賃借建物の無断増築が契約解除原因にあたらないとされた事例(最判昭和36年7月21日民集15巻7号1939頁)

賃借建物の無断増築が契約解除原因にあたらないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人平原謙吉の上告理由について。
 原判決の認定によれば,右増築部分は,賃借建物の構造を変更せずしてこれに附属せしめられた一日で撤去できる程度の仮建築であって,賃借建物の利用を増加こそすれその効用を害するものではなく,しかも,本件家屋は,被上告人が昭和三年頃これを賃借した当時既に相当の年月を経た古家であって,被上告人において自ら自己の費用で理髪店向その他居住に好都合なように適宜改造して使用すべく,家主においては修理をしない約定で借受け,その当時所要の修理をして使用を始めたような経緯もあり,上告人は昭和二四年四月頃前記増築がなされていることを発見したけれども,当時においては特に抗議もしなかった,というのであるから,被上告人の所論の増築行為をもって上告人に対する背信行為に当らず,また原判決説示の理由で被上告人が右増築部分の敷地につき占有権原があるとした原判決の判断は相当である。そうすると原判決に所論の違法がなく,論旨はすべて採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官藤田八郎,裁判官池田克,同河村大助,同奥野健一,同山田作之助

借家人の無断増築の背信性(最判昭和38年9月27日民集17巻8号1069頁)

借家人の無断増築が著しく背信的であるとして無催告の賃貸借契約解除が有効とされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人加藤充,同佐藤哲の上告理由第一点について。
 原審認定の事実関係のもとで,建物の賃借人は賃貸人の所有にかかる敷地又はこれに接続する賃貸人所有地上に賃貸人に無断で建物を建築し得ないとした原判決の判断は,正当であり,本件無断建築にかかる建物の建坪が約六坪であることを考え併せて,右無断建築行為を以て賃貸人の信頼を裏切り本件建物賃貸借の継続を著しく困難ならしめる不信行為と解するを妨げないとし,該不信行為のあったことを理由とする被上告人の上告人に対する賃貸借解除の意思表示を有効とした原審判断は首肯できる。所論は,独自の見解に基づくものであって採用できない。
 同第二点について。
 所論は,原審で主張なく従って認定判断のない事情を掲げて原判決の前示正当な判断を非難するにすぎず,採用の限りでない。
 同第三点について。
 被上告人らの本訴請求が権利濫用であるとの上告人主張を排斥した原審判断は,正当であり,所論は独自の見解に基づいて右判断の違法をいうにすぎず,採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官山田作之助,同草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外

付随的な特約違反が信頼関係を破壊する場合(最判昭和50年2月20日民集29巻2号99頁)

付随的な特約違反が信頼関係を破壊する場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高橋敬の上告理由について。
 一 原審の適法に確定した事実は次のとおりである。
 1 被上告人は,その所有の本件建物を区分して青物,果物等の店舗に賃貸し,魚神ショッピングセンターとしていたが,昭和四四年一二月,その一区画である本件建物部分を上告人に同人の青物商営業のため賃貸した。右賃貸借契約にはその締結にあたり,次のような特約が付された。
 すなわち,上告人に次の(1)ないし(3)のいずれかにあたる行為があるときは,被上告人は無催告で賃貸借契約を解除することができる。
 (1) 粗暴な言動を用い,又は濫りに他人と抗争したとき。
 (2) 策略を用い,または他人を煽動して,本ショッピングセンターの秩序を紊し,あるいは運営を阻害しようとする等不穏の言動をしたと認められたとき。
 (3) 多数共謀して賃貸人に対して強談威迫をしたとき。
 2 上告人は,昭和四五年二月一〇日頃から本件建物部分で青物商を営んでいたが,同人には次の(1)ないし(4)の行為があった。
 (1) 右ショッピングセンター内で当初ショッピングセンターの奥の場所に店舗を構えていた青物商を営む山田青物店が上告人の店舗と並ぶ表側に場所を変えたので,上告人は,被上告人代表者甲に対し,山田青物店を奥の場所に移すことを求め,その要求が容れられないとなると,甲に対し,「若い者を来させる。どんな目にあうかわからん。」等と述べ,また,上告人が山田青物店の前にはみ出して自己の商品を並べたため,同店より甲に苦情があったので同人において上告人に注意をしたが,改めなかった。
 (2) 上告人の店は青物商であり,その販売品目もおのずから限定されているのに,同人は隣の池田果物店と同じく果物の販売を始めたため,池田果物店から前記甲に苦情があり,同人が上告人に果物の販売をやめるよう申し入れたが,これに応じなかった。
 (3) 昭和四五年七月二七日上告人が山田青物店の前にはみ出して自己の商品を並べたので甲が上告人にこれを注意したところ,上告人はその従業員らとともに,甲に殴るなどの暴行を加え,頭部顔面項部挫傷,左腰部左膝関節部打撲傷,歯破損,口内裂傷,眼球結膜下出血等約三週間の治療を要する傷害を被らせ,上告人は罰金刑に処せられた。
 (4) 上告人は,ごみ処理が悪かったり,ショッピングセンターの定休日にルールを無視して自己の店舗だけ営業したりしてショッピングセンターの正常な運営を阻害していた。
 二1 ところで,前述の特約は,賃借人の前記一,1,(1)ないし(3)の行為を禁止することを趣旨とするものであると解されるところ,本件賃貸借は,ショッピングセンターを構成する商店の一つを営業するため,同センター用の一棟の建物の一区分についてされるものであるから,その賃貸借契約に関して,賃貸人が賃借人の右のような行為を禁止することは,多数の店舗賃借人によって共同してショッピングセンターを運営,維持して行くために必要不可欠なことであり,その禁止事項も通常の賃借人であれば容易にこれを遵守できるものであって,賃借人に不当に重い負担を課したり,その賃借権の行使を制限するものでもない。従って,右のような賃貸借契約の締結にあたって,賃貸人と賃借人との間の特約によって賃借人に前記のような行為を禁止することには合理的な理由があり,これを借家法六条により無効とすることはできない。
 2 ただ,賃借人の右特約違反が解除理由となるのは,それが賃料債務のような賃借人固有の債務の債務不履行となるからではなく,特約に違反することによって賃貸借契約の基礎となる賃貸人,賃借人間の信頼関係が破壊されるからであると考えられる。そうすると,賃貸人が右特約違反を理由に賃貸借契約を解除できるのは,貸借人が特約に違反し,そのため,右信頼関係が破壊されるにいたったときに限ると解すべきであり,その解除にあたってはすでに信頼関係が破壊されているので,催告を要しないというべきである(当法廷昭和三九年(オ)第一四五〇号,同四一年四月二一日判決・民集二〇巻四号七二〇頁,同四五年(オ)第九四二号,同四七年一一月一六日判決民集二六巻九号一六〇三頁参照)。
 3 これを本件についてみるに,前述のとおり,上告人はショッピングセンター内で,他の賃借人に迷惑をかける商売方法をとって他の賃借人と争い,そのため,賃貸人である被上告人が他の賃借人から苦情を言われて困却し,被上告人代表者がそのことにつき上告人に注意しても,上告人はかえって右代表者に対して,暴言を吐き,あるいは他の者とともに暴行を加える有様であって,それは,共同店舗賃借人に要請される最少限度のルールや商業道徳を無視するものであり,ショッピングセンターの正常な運営を阻害し,賃貸人に著しい損害を加えるにいたるものである。従って,上告人の右のような行為は単に前記特約に違反するのみではなく,そのため本件賃貸借契約についての被上告人と上告人との間の信頼関係は破壊されるにいたったといわなければならない。
 4 そうすると,上告人の前記のような行為を理由に本件賃貸借契約の無催告解除を認めた原審の認定判断は正当として是認すべきであり,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官藤林益三,裁判官下田武三,同岸盛一,同岸上康夫,同団藤重光

有益費支出後の賃貸人の交替と償還請求(最判昭和46年2月19日民集25巻1号135頁)

建物の賃借人が有益費を支出したのち建物の賃貸人が交替した場合と有益費の償還義務(消極)
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人吉岡秀四郎,同緒方勝蔵の上告理由第一点及び第二点について。
 建物の賃借人または占有者が,原則として,賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に,賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは,民法六〇八条二項,一九六条二項の定めるところであるが,有益費支出後,賃貸人が交替したときは,特段の事情のないかぎり,新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し,新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであって,そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し,民法一九六条二項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから,上告人が本件建物につき有益費を支出したとしても,賃貸人の地位を訴外甲に譲渡して賃貸借契約関係から離脱し,かつ,占有回復者にあたらない被上告人に対し,上告人が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第三点について。
 建物の賃借人または占有者は,原則として,賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し,自己の支出した有益費の償還を請求することができるが,上告人は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは,前記のとおりである。また,原判決は,上告人は被上告人に対しては有益費の償還請求権を有せず,その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人の請求は理由がないと判断したものであるから,有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は,原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官色川幸太郎,裁判官村上朝一,同岡原昌男

1個の契約で2棟建物を賃貸した場合と1棟の無断転貸を理由として賃貸借全部を解除できるか(最判昭和32年11月12日民集11巻12号1928頁)

1個の契約で2棟の独立建物を賃貸した場合と1棟の無断転貸を理由として賃貸借全部を解除することの拒否
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人東鉄維の上告理由について。
 論旨は本件二棟の建物は独立した建物であり,その敷地番も異なるのであるから,一棟の建物につき民法六一二条の解除原因が発生,した場合には,解除原因の存在しない他の建物についてまで解除権の行使を認めるべきではないのに,本件二棟の建物全部に対する解除を認めた原判決は,民法六一二条の解釈を誤ったものであると主張する。
 しかし,一個の賃貸借契約によって二棟の建物を賃貸した場合には,その賃貸借により賃貸人,賃借人間に生する信頼関係は,単一不可分であるこというまでもないから,賃借人が一棟の建物を賃貸人の承諾を得ないで転貸する等民法六一二条一項に違反した場合には,その賃貸借関係全体の信任は裏切られたものとみるべきである。従って,賃貸人は契約の全部を解除して賃借人との間の賃貸借関係を終了させその関係を絶つことができるものと解すベきである。されば原判決が,賃貸借関係は賃貸人と賃借人との相互の信頼関係に基いて成立するものであるから,賃借人が一個の賃貸借契約で各独立の二棟の建物を賃借し,そのうち一棟についてのみ無断転貸をした場合でも,他に特段の事情のないかぎり,賃貸人に対して著しい背信行為があるものとして,賃貸人は民法六一二条によって右賃貸借契約全部の解除権を取得するものと解すベきであると判示したことは正当であって,原判決には所論の違法はない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官島保,裁判官河村又介,同小林俊三,同垂水克己

無断転貸と解除の不許(最判昭和36年4月28日民集15巻4号1211頁)

無断転貸にかかわらず契約の解除が許されない場合と転借人に対する家屋明渡請求の許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人浜口重利の上告理由第一,二点について。
 賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者をして賃借物を使用させた場合においても,賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては,賃貸人は,民法六一二条二項により契約の解除をなし得ないこと,当裁判所屡次の判例の趣旨とするところである(昭和二五年(オ)第一四〇号同二八年九月二五日判決民集七巻九七九頁,昭和二八年(オ)第一一四六号同三〇年九月二二日判決民集九巻一二九四頁,昭和二九年(オ)第五二一号同三一年五月八日判決民集一〇巻四七五頁)。そして原審の認定した一切の事実関係(殊に,本件賃貸借成立の経緯,本件家屋の所有権は上告人にあるが,その建築費用,増改築費用,修繕費等の大部分は被上告人甲が負担していること,上告人は多額の権利金を徴していること,被上告人甲が共同経営契約に基き被上告人乙に使用させている部分は,階下の極く一小部分であり,ここに据え付けられた廻転式「まんじゅう」製造機械は移動式のもので家屋の構造には殆ど影響なく,右機械の取除きも容易であること,被上告人乙は本件家屋に居住するものではないこと,本件家屋の階下は元来店舗用であり,右転貸に際しても格別改造等を行なっていないこと等)を綜合すれば,被上告人甲が家屋賃貸人たる上告人の承諾を得ないで被上告人乙をして本件家屋の階下の一部を使用させたことをもって,原審が家屋賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるものと解し,上告人のした本件賃貸借契約の解除を無効と判断したのは正当である。所論引用の判例は,本件と事情を異にし,本件に適切でない。論旨は,理由がない。
 同第三点について。
 被上告人甲が上告人の承諾を得ないで被土告人乙をして賃借家屋の一部を使用させていることが,本件の場合,上告人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合とみるべきこと,前記のとおりであるから,被上告人乙の占有はこれを不法のものということはできないのであり,従って,原審が,被上告人乙は右占有使用を上告人に対抗することを得るものと判断したのは結局正当である。論旨は理由がない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官藤田八郎,裁判官池田克,同奥野健一,同山田作之助

賃借人が個人企業を会社組織に改めた場合と(違法な)無断転貸(最判昭和39年11月19日民集18巻9号1900頁)

賃借人が個人企業を会社組織に改め賃貸人の承諾なく同会社に賃借家屋を使用させた場合に民法612条の解除権が発生しないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人樫本信雄,同浜本恒哉の上告理由第一点について。
 賃借人が賃貸人の承諾を得ないで賃借権の譲渡又は賃借物の転貸をした場合であっても,賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情のあるときは,賃貸人に民法六一二条二項による解除権は発生しないものと解するを相当とする(昭和二五年(オ)第一四〇号,同二八年九月二五日判決,民集七巻九号九七九頁,昭和二八年(オ)第一一四六号,同三〇年九月二二日判決,民集九巻一〇号一二九四頁参照)。ところで,本件について原審の確定した事実によれば,被上告人は,昭和二二年七月の本件家屋の賃借当初から,階下約七坪の店舗でP商会という名称でミシンの個人営業をしていたが,税金対策のため,昭和二四年頃株式会社Pミシン商会という商号の会社組織にし,翌二五年頃にはこれを解散してSミシン工業株式会社を組織し,昭和三〇年頃Uミシン工業株式会社と商号を変更したものであって,各会社の株主は被上告人の家族,親族の名を借りたに過ぎず,実際の出資は凡て被上告人がしたものであり,右各会社の実権は凡て被上告人が掌握し,その営業は被上告人の個人企業時代と実質的に何らの変更がなく,その従業員,店舗の使用状況も同一であり,また,被上告人は右Uミシン工業株式会社から転借料の支払を受けたことなく,かえって被上告人は上告人甲らの先代乙に対し本件家屋の賃料を同社名義の小切手で支払っており,被上告人は同会社を自己と別個独立のものと意識していなかったというのである。されば,個人である被上告人が本件賃借家屋を個人企業と実質を同じくする右Uミシン工業株式会社に使用させたからといって,賃貸人との間の信頼関係を破るものとはいえないから,背信行為と認めるに足りない特段の事情あるものとして,上告人らが主張するような民法六一二条二項による解除権は発生しないことに帰着するとした原審の判断は正当である。右と異なる見解に立って原判決を非難する論旨は,採用できない。
 同第二点について。
 上告人甲らの先代丙がその代理人たる丁を通じて本件賃料の増額をしたことにより,右丙は被上告人の本件家屋増築を暗黙に承諾したものである旨の原審の認定判断は,その挙示する証拠関係に照らして首肯できないことはなく,その判断の過程に所論違法は認められない。所論は,畢竟,原審の認定と相容れない事実を前提として,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田誠

建物賃貸借契約の合意解除を転借人に対抗できるか(最判昭和38年4月12日民集17巻3号460頁)

建物賃貸借契約の合意解除を転借人に対抗できるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人本山亨,同水口敞,同桜川玄陽の上告理由第一,二点について。
 原判決の確定した事実によれば,本件賃借人と転借人とは判示のような密接な関係をもち,転借人は,賃貸人と賃借人との間の明渡に関する調停および明渡猶予の調停に立会い,賃貸借が終了している事実関係を了承していたというのであるから,原判決が,本件転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると判断したのは正当であって,所論の違法は認められない。論旨は独自の見解であって採用しえない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官池田克,裁判官河村大助,同奥野健一,同山田作之助,同草鹿浅之介


賃借人の債務不履行による賃貸借の解除と賃貸人の承諾のある転貸借(最判平成9年2月25日民集51巻2号398頁)

賃借人の債務不履行による賃貸借の解除と賃貸人の承諾のある転貸借の帰すう
       主   文
 原判決中,上告人ら敗訴の部分を破棄し,同部分につき第一審判決を取り消す。
 前項の部分に係る被上告人の請求をいずれも棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人須藤英章,同関根稔の上告理由について
 一 被上告人の本訴請求は,上告人らに対し,(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め,(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ,原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 被上告人は,本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し,同会社の承諾を得て,これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは,上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが,その後,同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。
 2 被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため,訴外会社は,被上告人に対し,昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに,同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。然るに,被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので,賃貸借契約は同日限り解除により終了した。
 3 訴外会社は,昭和六二年二月二五日,上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。
 4 上告人らは,昭和六三年一二月一日以降,被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。
 5 平成三年六月一二日,前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され,右判決のうち上告人らに関する部分は,控訴がなく確定した。
   訴外会社は平成三年一〇月一五日,右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。
 二 原審は,右事実関係の下において,訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても,被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず,上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして,主位的請求に係る転借料債権の発生を認め,上告人らの相殺の抗弁を一部認めて,被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。
 三 しかし,主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
  賃貸人の承諾のある転貸借においては,転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり,転貸人が,自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され,転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは,転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして,賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において,賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは,転借人は賃貸人に対し,目的物の返還義務を負うとともに,遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について,不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方,賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上,転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして,転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは,もはや期待し得ないものというほかはなく,転貸人の転借人に対する債務は,社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。従って,賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合,賃貸人の承諾のある転貸借は,原則として,賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に,転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日,被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し,訴外会社は同年二月二五日,訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから,被上告人と上告人らとの間の転貸借は,昭和六三年一二月一日の時点では,既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり,同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は,上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく,失当というべきである。右と異なる原審の判断には,賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,原判決中,上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず,右部分につき第一審判決を取り消して,被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また,前記事実関係の下においては,不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから,失当として棄却すべきである。よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官可部恒雄,裁判官園部逸夫,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信


借家法5条の造作買取代金債権は建物に関して生じた債権か(最判昭和29年1月14日民集8巻1号16頁)

借家法5条の造作買取代金債権は建物に関して生じた債権といえるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告理由第一点について。
 所論は要するに,家屋の賃借人が賃借家屋の一部に同居人を置くことは賃借人の有する借家権の利用方法であり,これについては賃貸人の承諾を必要としないと解することが,住宅緊急措置令施行当時の精神及び住宅難の現実に徴し最も時宜に適した公正妥当な解釈であるとし,これと異る所論引用の当裁判所判例を民法六一二条の解釈を誤り生きた現実の社会生活に適合しない判断であると非難するのであるが,右判例は相当であり,これを改める必要を認めないのであって,所論はすべて独自の見解を主張するに帰し,採用できない。
 同第二点について。
 所論は上告人が原審口頭弁論において何ら主張しないところであるのみならず,住宅緊急措置令は,間貸につき賃貸人の承諾を不要とするものでないことは明らかであり,その他所論のような事情の下においても,本件契約の解除が民法一条に反するものとは認められない。それ故所論は理由がない。
 同第三点について。
 原判決はその挙示の証拠により,本件第一,第二の建物につき,被上告人(控訴人)が昭和一九年中上告人(被控訴人)に対し賃料一ヶ月金五〇円,毎月二八日限りその月分の支払をする約定で期間の定めなく賃貸したことを認定しているのであって,所論のように,各独立せる建物に対する二個の賃貸借契約の存在することは認定していない。それ故所論は原審の認定に副わない事実を想定しこれを前提として,原判決の違法を主張するものであって,上告適法の理由に当らない。
 同第四点について。
 造作買取代金債権は造作に関して生じた債権で,建物に関して生じた債権ではないと解するを相当とする(昭和六年一月一七日大判民集六頁参照)。それ故所論は理由がない。
 よって,民訴三九六条,三八四条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官入江俊郎,裁判官真野毅,同斎藤悠輔,同岩松三郎

間借人の毎月1000円の支払と使用貸借(最判昭和35年4月12日民集14巻5号817頁)

間借人の毎月1000円の支払を賃料でなく謝礼であるとして使用貸借の成立を認めた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人倉石亮平の上告理由について。
 所論の点に関し原判決が認めた事実の要旨は,(一)上告人甲は本件二階建店舗一棟を所有中上告人乙が自己(甲)の妻の伯父に当るという特殊の関係に基いて昭和二二年中から右建物の二階七畳と六畳の二室を上告人乙に貸し乙はこれを借り受け使用する(七畳の方は上告人甲も使用する)契約をしたが,普通右の室を他人に貸すとすれば室代は一畳当り一か月千円位を相当としたのであるが右親戚の間柄なる故室代ではないが室代ということにして上告人乙は上告人甲に一か月千円宛を支払うことにした,また,(二)上告人甲は右建物のうち二階六畳の一室を自己(甲)の妻の弟で学生である上告人丙に昭和二八年頃から貸して使用させているけれども,上告人丙は上告人甲とともに同家で食事しているので食費として一か月三千五百円宛をこれに支払っており,別に一か月千円宛を室代ではないが室代ということにして支払うことにした,というのである。
 してみれば,原判決が,右(一),(二)の上告人乙,同丙の一か月千円宛の各支払金はいずれも判示各室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊関係に基く謝礼の意味のものとみるのが相当で,賃料ではなく,右(一),(二)の契約は使用貸借であって賃貸借ではないと解すべき旨を判示し,そして,被上告人は,右各契約後,上告人甲より本件建物の所有権を取得したけれども,被上告人はこれによって上告人甲の右各室についての使用貸借関係を法律上承継するものではない,としたのはすべて相当というを妨げない。されば論旨が右貸借を賃貸借と解すべきものとし,借家法一条により上告人らは被上告人に対し前示各室の賃借権を対抗しうべきものとする主張は採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官垂水克己,裁判官島保,同河村又介,同高橋潔,同石坂修一

一時使用の賃貸借(最判昭和41年10月27日裁判集民事84号739頁)

一時使用の賃貸借と認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人柳沢義男,同末政憲一の上告理由第一点について。
 記録によれば,原審においては,上告人は第一回ないし第五回の弁論期日に出頭して第一審の口頭弁論の結果を陳述し,証拠調がなされ,攻撃防禦の方法をつくしていることが認められる。かかる訴訟の経過に鑑みれば,上告人がいわゆる本人訴訟として訴訟を遂行している場合であっても,原審が上告人に対し所論の準備書面の陳述及び所論の書証について,証拠の申出を求め所論の釈明をしなかったからといって,所論のような審理不尽または釈明権不行使の違反があるとはいえない。論旨は採用できない。
 同第二,三点について。
 原判決がその挙示の証拠関係のもとに適法に認定した事実関係に徴すれば,本件賃貸借を一時使用の目的のためであったと判示した原判決の判断は,是認できないことはなく,原判決には所論違法は認められない。所論は,結局,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,採用できない。
 同第四点について。
 本件賃貸借は一時使用の目的のため設定されたものである旨の前記原審の認定判断のもとにおいては,右賃貸借の賃料については,地代家賃統制令二三条二項一号の規定により,同令の適用を受くべきものではないから,同令を適用しなかった原判決には所論違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎松田二郎岩田誠

共同相続不動産から生ずる賃料債権の帰属と後の遺産分割の効力(最判平成17年9月8日民集59巻7号1931頁)

共同相続不動産から生ずる賃料債権の帰属と後の遺産分割の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人田中英一,同永井一弘の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)甲は,平成8年10月13日,死亡した。その法定相続人は,妻である被上告人のほか,子である上告人,乙,丙及び丁(以下,この4名を「上告人ら」という。)である。
(2)甲の遺産には,第1審判決別紙遺産目録1(1)~(17)記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)がある。
(3)被上告人及び上告人らは,本件各不動産から生ずる賃料,管理費等について,遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし,それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(以下「本件口座」という。)を開設し,本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ,また,その管理費等を本件口座から支出してきた。
(4)大阪高等裁判所は,平成12年2月2日,同裁判所平成11年(ラ)第687号遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件において,本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定(以下「本件遺産分割決定」という。)をし,本件遺産分割決定は,翌3日,確定した。
(5)本件口座の残金の清算方法について,被上告人と上告人らとの間に紛争が生じ,被上告人は,本件各不動産から生じた賃料債権は,相続開始の時にさかのぼって,本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張し,上告人らは,本件各不動産から生じた賃料債権は,本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し,本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張した。
(6)被上告人と上告人らは,本件口座の残金につき,各自が取得することに争いのない金額の範囲で分配し,争いのある金員を上告人が保管し(以下,この金員を「本件保管金」という。),その帰属を訴訟で確定することを合意した。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,被上告人主張の計算方法によれば,本件保管金は被上告人の取得すべきものであると主張して,上記合意に基づき,本件保管金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断し,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 遺産から生ずる法定果実は,それ自体は遺産ではないが,遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利も帰属するのであるから,遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上,遺産分割によって特定の財産を取得した者は,相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができる。そうすると,本件各不動産から生じた賃料債権は,相続開始の時にさかのぼって,本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして,本件口座の残金を分配すべきである。これによれば,本件保管金は,被上告人が取得すべきものである。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は,相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
 従って,相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は,被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり,本件口座の残金は,これを前提として清算されるべきである。
 そうすると,上記と異なる見解に立って本件口座の残金の分配額を算定し,被上告人が本件保管金を取得すべきであると判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官才口千晴,裁判官横尾和子,同甲斐中辰夫,同泉徳治,同島田仁郎

借地人が地上建物を第三者に譲渡した場合と共同借地の成否及び借地法12条に基づく賃料増額請求(最判昭和54年1月19日裁判集民事126号1頁)

ア借地人が地上建物を第三者に譲渡した場合について,右借地人と建物譲受人との共同借地関係が成立したとの事実認定が違法とされた事例
イ共同借地人の一部の者に対してされた借地法12条に基づく賃料増額請求の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 一 上告代理人西山要の上告理由第一点について
 賃借地上に建物を所有する土地の賃借人がその建物を他に譲渡した場合には,特別の事情のない限り,建物の所有権とともにその敷地の賃借権をも譲渡したものと推定すべきものである(最高裁昭和四五年(オ)第八〇三号同四七年三月九日判決・民集二六巻二号二一三頁)ところ,原審の確定する事実関係によれば,上告人都相龍は,昭和三六年三月ごろに被上告人から第一審判決別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)のうち五九六・一三㎡を建物所有の目的で賃借し,その後借増しをして昭和三八年一月には本件土地の全部(実測六四三・九六㎡)を賃借するに至ったが,昭和四〇年一二月ごろ,本件土地上にある木造建物を取りこわしたうえ,同地上に鉄筋コンクリート造,一部鉄骨造陸屋根四階建ビルディング一棟(以下「本件建物」という。)を建築して所有し,本件建物でパチンコ店,喫茶店等を経営してその営業の基礎を築いた後,本件建物の所有権を上告人都相□に移転して昭和四四年四月四日付でその所有名義をも同上告人に移転し,また,本件建物における右営業を同上告人に譲り,その後は山口県宇部市に居を移して他の事業に従事している,というのである。
 右事実関係によれば,上告人都相龍が本件建物の所有名義を上告人都相□に移転した際,上告人都相龍は,特別の事情のない限り,本件土地の賃借権をも上告人都相□に譲渡して賃借人の地位を離脱し,他方,上告人都相□が単独で賃借人の地位を承継取得したものと推定すべきものである。しかるところ,原審は,この点につき,上告人都相龍は未だ本件土地の賃借人たる地位を失っておらず,上告人都相□とともに共同賃借人たる地位にあるものと推認すべきものとし,そのように推認すべき事情となるべき事実関係として,(1) 上告人都相龍は本件建物及び建物内で経営する前示営業を上告人都相□に譲渡した後も,毎月一度は来阪して上告人都相□の営業について指示,助言を与え指導に当たっていること,(2) 被上告人が昭和四六年一二月に本件第一回目の賃料増額の請求をした際,上告人都相龍が上告人都相□を同道して被上告人宅を訪れ,上告人らの増額案を呈示するなど接衝に当たっていること及び(3) 上告人都相龍は,本件建物を上告人都相□に譲渡するにあたり,事前に被上告人の承諾を得ておらず,本件土地の賃借権の譲渡等につき未だ被上告人との間で接衝するに至っていないことの諸事実を認定している。しかし,原審が挙示する右(1)ないし(3)の事実関係が存在するというだけでは未だ本件建物の所有権及び本件建物を利用して行われている営業が上告人都相龍から上告人都相□に譲渡されたにもかかわらず,なお上告人都相龍が賃借人たる地位を離脱することがなく,従って,上告人都相□も完全な単独賃借権を取得せず,その結果,上告人両名が共同で賃借人たる地位を保有するに至ったものと認定すべき特別の事情があるものということはできない。してみれば,右事実関係を認定しただけで,上告人両名が共同賃借人の関係にあることを肯認した原判決には建物の敷地となっている土地の賃借権の譲渡に関する法律関係についての法令の解釈,適用を誤り,ひいて理由不備の違法を犯したものというべきであるから,論旨は理由があり,原判決は,その余の論旨につき判断するまでもなく,破棄を免れない。
 二 のみならず,被上告人の主張にかかり,また原審の確定した事実関係によれば,昭和四七年一月一日から本件土地の賃料を一か月あたり四一万六五〇〇円に増額する旨の第一回目の増額請求部分については,昭和四六年一二月二二日に被上告人の代理人小林良子から上告人都相□に対してその旨の意思表示がされたというにとどまり,共同賃借人の他の一人とされる上告人都相龍に対してその旨の意思表示がなされたことについては,被上告人の主張するところでも,また原審の確定するところでないにもかかわらず,原審は右第一回目の増額請求の効力を認め,昭和四七年一月一日をもって本件土地の賃料が適正額に改定された旨の判断を示している。
 しかし,賃貸人が賃借人に対し借地法一二条に基づく賃料増額の請求をする場合において,賃借人が複数の共同賃借人であるときは,賃借人の全員に対して増額の意思表示をすることが必要であり,その意思表示が賃借人の一部に対してされたにすぎないときは,これを受けた者との関係においてもその効力を生ずる余地がない,と解するのが相当である(最高裁昭和五〇年(オ)第四〇四号同年一〇月二日判決・裁判集民事一一六号一五五頁参照)。してみれば,原判決中,上告人都相□に対してされた増額の意思表示によって第一回目の増額請求が効力を生じたことを前提として,上告人両名に対し,昭和四七年一月一日から同四九年一一月末日までの増額後の賃料月額と従前の賃料月額との差額八一三万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一月一日から支払ずみまで年一割の割合による遅延損害金の支払を命じた第一審判決を維持し,控訴を棄却した部分は,この点においても破棄を免れない。
 三 そして,上告人両名が本件土地につき共同賃借人たる地位にあるか否かについてはなお審理を尽くさせる必要があるので,本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よって,民訴法四〇七条に従い,裁判官全員の一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官栗本一夫,裁判官大塚喜一郎,同吉田豊,同本林譲

建物賃貸借契約による使用開始前に借地借家法32条1項による賃料増減額請求の可否(最判平成15年10月21日裁判集民事211号55頁)

建物賃貸借契約による使用開始前に借地借家法32条1項による賃料増減額請求の可否
       主   文
1 原判決中,上告人敗訴部分のうち,被上告人が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間の賃料額の確認を求める部分を破棄し,同部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
2 原判決中,上告人敗訴部分のうち,被上告人が平成8年8月1日以降の賃料額の確認を求める部分を破棄し,同部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
3 第1項の部分に関する控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人可部恒雄,同尾崎行信,同磯辺和男,同桃尾重明,同手塚一男,同大江忠,同高橋順一の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,不動産賃貸等を目的とする資本金867億円余の株式会社であり,我が国不動産業界有数の企業である。上告人は,倉庫営業等を目的とする資本金3億円の株式会社である。
 (2) 上告人は,平成元年ころから事業用地の有効利用について検討をしていたが,同年11月ころ以降,被上告人から,上告人が被上告人の預託した敷金を建築資金として転貸事業用ビルを建築し,被上告人がこれを賃借して転貸事業を行う旨の提案を受け,被上告人と契約内容等について交渉を進めた。
 (3) 上告人は,平成3年7月9日,被上告人との間で,次の約定で,原判決別紙物件目録(一)記載の建物(名称「甲ビル」。以下「本件建物」という。)のうち同目録(二)記載の部分(以下「本件賃貸部分」という。)を被上告人に賃貸する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
 ア 上告人は,上告人所有の東京都港区××外の土地上に本件建物を建築して,被上告人に対し,本件賃貸部分を一括して賃貸し,被上告人は,これを賃借し,自己の責任と負担において他に転貸して運用する。
 イ 賃貸期間は,本件賃貸部分の引渡しの日の翌日から20年間とし,期間満了時には,双方協議の上で定める条件により,契約を更新することができる。賃貸期間中は,不可抗力による建物損壊の場合のほか,中途解約できない。
 ウ 賃料は,引渡時点(平成7年3月1日予定)において年額18億円とし,被上告人は,毎月末日,賃料の12分の1(翌月分)を支払う。
 エ 賃料は,本件賃貸部分引渡しの日の翌日から2年を経過するごとに,その直前の賃料の8%相当額の値上げをする(以下,この約定を「本件賃料自動増額特約」という。)。急激なインフレ等経済事情の激変,又は公租公課の著しい変動があったときは,被上告人は,上告人と協議の上,上記の8%相当額を上回る値上げをすることができる。
 オ 賃料は,本件賃貸部分引渡しの日の翌日から4年を経過するごとに見直す。ただし,新賃料は,いかなる場合においても,上記の見直し時の直近1年間の支払賃料額を下回らない額とする。
 カ 被上告人は,上告人に対し,総額234億円を敷金として預託する。敷金は,賃貸借契約終了時に,下記クの転貸借契約の引継手続の完了と引換えに,一括して返還する。
 キ 被上告人は,テナントとの転貸借契約の内容を遅滞なく,上告人に開示するものとする。
 ク 本件契約が終了したときは,上告人は,被上告人から転貸人の地位を引き継ぐものとし,同時に,被上告人は,テナントから預託を受けた敷金又は保証金全額を上告人に引き渡すものとする。
 (4) 上告人は,その後,乙株式会社との間で本件建物の建築請負契約を締結し,丙株式会社との間で設計監理委託契約を締結し,被上告人から預託を受けた敷金234億円の全額を上記各契約に係る建築代金及び設計監理費の支払に充てた。
 (5) 被上告人は,平成7年2月6日,上告人に対し,本件賃貸部分の賃料を年額10億円に減額すべき旨の意思表示をした(以下,これを「第1次減額請求」という。)。
 (6) 本件建物は,平成7年2月28日に完成した。上告人は,同日,乙株式会社から本件建物の引渡しを受け,被上告人に対し,本件賃貸部分を引き渡した。
 (7) 被上告人は,平成8年7月3日,上告人に対し,本件賃貸部分の賃料を同年8月1日以降年額7億2418万5000円に減額すべき旨の意思表示をした(以下,これを「第2次減額請求」という。)。
 2 本件は,被上告人が,上告人に対し,借地借家法32条1項の規定に基づき,第1次減額請求及び第2次減額請求により賃料減額の効果が発生したと主張して,本件賃貸部分の賃料が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間は年額10億円であり,同年8月1日以降は年額7億2418万5000円であることの確認を求める訴訟である。
 上告人は,本件契約は,事業契約であって賃貸借契約ではないから,本件契約には借地借家法32条の規定は適用されないなどと主張した。
 3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の本件請求につき,本件賃貸部分の賃料が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間は年額16億0769万6000円であり,平成8年8月1日以降は年額15億5981万2000円であることの確認を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
 (1) 本件契約の中心部分である本件賃貸部分の使用関係の法的性格は賃貸借契約であって,本件契約に借地借家法が適用されることは明らかであり,本件契約締結時の基礎となっていた経済事情が著しく変動し,本件賃貸部分の賃料が不当に高額になるなどの特段の事情がある場合には,賃料自動増額特約等が存しても,被上告人は,同法32条1項の規定に基づき,賃料減額請求権を行使することができる。
 (2) 第1次減額請求は,第1回賃料の支払前にされたが,上記規定に基づく賃料増減額請求権は,事情変更の原則に基づき賃料を増減額できることとしたものであるから,契約の成立から賃料の支払までの間に相当の期間が経過したことにより事情の変更があれば,賃料増減額請求が賃料支払時期の前にされたとしても,上記規定に基づく増減額請求として有効である。
 鑑定の結果によれば,本件賃貸部分の賃料相当額は,平成7年3月1日時点で月額1億0192万4000円(年額12億2308万8000円),平成8年8月1日時点で月額8995万3000円(年額10億7943万6000円)とされるが,本件における諸般の事情を考慮すると,これをそのまま相当賃料とすることは公平に反し,相当ではなく,相当賃料額としては,現実の賃料年額18億円と上記の鑑定の結果との差額を3分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする方法により定めるのが相当である。
 以上によれば,被上告人の賃料減額請求による相当賃料額は,平成7年3月1日時点で年16億0769万6000円,平成8年8月1日時点で年15億5981万2000円となるから,被上告人の本件請求は,上記相当賃料額の確認を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。
 4 しかし,原審の上記(1)の判断は是認できるが,(2)の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 前記確定事実によれば,本件契約における合意の内容は,上告人が被上告人に対して本件賃貸部分を使用収益させ,被上告人が上告人に対してその対価として賃料を支払うというものであり,本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。
 本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
 なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社である被上告人が,上告人の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,上告人と被上告人との間で賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,上告人が,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金として被上告人から234億円の敷金の預託を受けて,上告人の所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。そして,本件契約は,被上告人の転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,上告人が被上告人の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,衡平の見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。
 原審の上記(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することができ,この点に関する論旨は,採用できない。
 (2) 借地借家法32条1項の規定に基づく賃料増減額請求権は,賃貸借契約に基づく建物の使用収益が開始された後において,賃料の額が,同項所定の経済事情の変動等により,又は近傍同種の建物の賃料の額に比較して不相当となったときに,将来に向かって賃料額の増減を求めるものと解されるから,賃貸借契約の当事者は,契約に基づく使用収益の開始前に,上記規定に基づいて当初賃料の額の増減を求めることはできないものと解すべきである。
 そうすると,第1次減額請求は,本件契約に基づき本件賃貸部分が被上告人に引き渡され,被上告人がその使用収益を開始する前にされたものであるから,この減額請求による賃料の減額を認めることはできない。この点をいう論旨は理由がある。
 従って,第1次減額請求による賃料減額を認め,被上告人の平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間の賃料額の確認請求の一部を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,上記期間の賃料額の確認を求める部分は破棄を免れない。そして,この部分に係る請求を棄却した第1審判決は正当であるから,この部分につき,被上告人の控訴を棄却する。また,第2次減額請求の当否及びこれによる相当賃料額は,第1次減額請求による賃料の減額の帰すうを前提として判断すべきものであり,本件においては,前記のとおり,第1次減額請求による賃料の減額を認めることができないのであるから,第1次減額請求による賃料の減額を認めた上で第2次減額請求による賃料の減額を認め,被上告人の平成8年8月1日以降の賃料額の確認請求の一部を認容した原審の判断にも,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,上記賃料額の確認を求める部分も破棄を免れない。そして,第2次減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,この部分につき,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙靖の補足意見がある。  裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件契約につき借地借家法32条が適用されるとする理由につき,若干の補足をしておきたい。
 本件契約のようないわゆるサブリース契約については,これまで,当事者間における合意の内容,すなわち締結された契約の法的内容はどのようなものであったかという,意思解釈上の問題がしばしば争われており,本件においても同様である。そして,その際,サブリース契約については借地借家法32条の適用はないと主張する見解(以下「否定説」という。本件における上告人の主張)は,おおむね,両当事者間に残されている契約書上の「賃貸借」との表示は単に形式的・表面的なものであるにすぎず,両当事者間における合意の内容は,単なる建物賃貸借契約にとどまるものではない旨を強調する。
 しかし,当事者間における契約上の合意の内容について争いがあるとき,これを判断するに際し採られるべき手順は,何よりもまず,契約書として残された文書が存在するか,存在する場合にはその記載内容は何かを確認することであり,その際,まずは契約書の文言が手掛りとなるべきものであることは,疑いを入れないところである。本件の場合,明確に残されているのは,「賃貸借予約契約書」と称する契約文書であり,そこに盛られた契約条項にも,通常の建物賃貸借契約の場合と取り立てて性格を異にするものは無い。そうであるとすれば,まずは,ここでの契約は通常の(典型契約としての)建物賃貸借契約であると推認するところから出発すべきであるのであって,そうでないとするならば,何故に,どこが(法的に)異なるのかについて,明確な説明がされるのでなければならない。
 この点,否定説は,いわゆるサブリース契約は,①典型契約としての賃貸借契約ではなく,「不動産賃貸権あるいは経営権を委譲して共同事業を営む無名契約」である,あるいは,②「ビルの所有権及び不動産管理のノウハウを基礎として共同事業を営む旨を約する無名契約」と解すべきである,等々の理論構成を試みるが,そこで挙げられているサブリース契約の特殊性なるものは,いずれも,①契約を締結するに当たっての経済的動機等,同契約を締結するに至る背景の説明にとどまり,必ずしも充分な法的説明とはいえないものであるか,あるいは,②同契約の性質を建物賃貸借契約(ないし,建物賃貸借契約をその一部に含んだ複合契約)であるとみても,そのことと両立し得る事柄であって,出発点としての上記の推認を覆し得るものではない。
 もっとも,否定説の背景には,サブリース契約に借地借家法32条を適用したのでは,当事者間に実質的公平を保つことができないとの危惧があることが見て取れる。しかし,上記の契約締結の背景における個々的事情により,実際に不公平が生じ,建物の賃貸人に何らかの救済を与える必要が認められるとしても,それに対処する道は,否定説を採る以外に無いわけではないのであって,法廷意見が,借地借家法32条1項による賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額の判断に当たり賃料額決定の要素とされた事情等を十分考慮すべき旨を判示していることからも明らかなように,民法及び借地借家法によって形成されている賃貸借契約の法システムの中においても,しかるべき解決法を見いだすことが十分にできるのである。そして,さらに,事案によっては,借地借家法の枠外での民法の一般法理,すなわち,信義誠実の原則あるいは不法行為法等々の適用を,個別的に考えて行く可能性も残されている。
 いずれにせよ,必ずしも否定説によらずとも,実質的公平を実現するための法的可能性は,上記のとおり,現行法上様々に残されているのであって,むしろ,個々の事案に応じた賃貸借契約の法システムの中での解決法や,その他の上記可能性を様々に活用することが可能であることを考慮するならば,一口にサブリース契約といっても,その内容や締結に至る背景が様々に異なり,また,その契約内容も必ずしも一律であるとはいえない契約を,未だ必ずしもその法的な意味につき精密な理論構成が確立しているようには思えない一種の無名契約等として,通常の賃貸借契約とは異なるカテゴリーに当てはめるよりも,法廷意見のような考え方に立つ方が,一方で,法的安定性の要請に沿うものであるとともに,他方で,より柔軟かつ合理的な問題の処理を可能にする道であると考える。
   最高裁裁判長裁判官藤田宙靖,裁判官金谷利廣,同濱田邦夫,同上田豊三

地代等自動改定特約と借地借家法11条1項(最判平成15年6月12日民集57巻6号595頁)

地代等自動改定特約と借地借家法11条1項
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の請求についての本件控訴を棄却する。
 上告人の請求に関する部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 第2項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人遠藤光男,同高須順一,同高林良男の上告受理申立て理由について
 1 本件は,本件各土地を被上告人から賃借した上告人が,被上告人に対し,地代減額請求により減額された地代の額の確認を求め,他方,被上告人が,上告人に対し,地代自動増額改定特約によって増額された地代の額の確認を求める事案である。
 2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,大規模小売店舗用建物を建設して株式会社ダイエーの店舗を誘致することを計画し,昭和62年7月1日,その敷地の一部として,被上告人との間において,被上告人の所有する本件各土地を賃借期間を同月20日から35年間として借り受ける旨の本件賃貸借契約を締結した。
 (2) 被上告人及び上告人は,本件賃貸借契約を締結するに際し,被上告人の税務上の負担を考慮して,権利金や敷金の授受をせず,本件各土地の地代については,昭和62年7月20日から上告人が本件各土地上に建築する建物を株式会社ダイエーに賃貸してその賃料を受領するまでの間は月額249万2900円とし,それ以降本件賃貸借契約の期間が満了するまでの間は月額633万1666円(本件各土地の価格を1坪当たり500万円と評価し,その8%相当額の12分の1に当たる金額)とすることを合意するとともに,「但し,本賃料は3年毎に見直すこととし,第1回目の見直し時は当初賃料の15%増,次回以降は3年毎に10%増額する。」という内容の本件増額特約を合意し,さらに,これらの合意につき,「但し,物価の変動,土地,建物に対する公租公課の増減,その他経済状態の変化によりα(被上告人)・β(上告人)が別途協議するものとする。」という内容の本件別途協議条項を加えた。
 (3) 本件賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は,いわゆるバブル経済の崩壊前であって,本件各土地を含む東京都23区内の土地の価格は急激な上昇を続けていた。従って,当事者双方は,本件賃貸借契約とともに本件増額特約を締結した際,本件増額特約によって,その後の地代の上昇を一定の割合に固定して,地代をめぐる紛争の発生を防止し,企業としての経済活動に資するものにしようとしたものであった。
 (4) ところが,本件各土地の1㎡当たりの価格は,昭和62年7月1日には345万円であったところ,平成3年7月1日には367万円に上昇したものの,平成6年7月1日には202万円に下落し,さらに,平成9年7月1日には126万円に下落した。
 (5) 上告人は,被上告人に対し,前記約定に従って,昭和62年7月20日から昭和63年6月30日までの間は,月額249万2900円の地代を支払い,上告人が株式会社ダイエーより建物賃料を受領した同年7月1日以降は,月額633万1666円の地代を支払った。
 (6) その後,本件各土地の地代月額は,本件増額特約に従って,3年後の平成3年7月1日には15%増額して728万1416円に改定され,さらに,3年後の平成6年7月1日には10%増額して800万9557円に改定され,上告人は,これらの地代を被上告人に対して支払った。
 しかし,その3年後の平成9年7月1日には,上告人は,地価の下落を考慮すると地代を更に10%増額するのはもはや不合理であると判断し,同日以降も,被上告人に対し,従前どおりの地代(月額800万9557円)の支払を続け,被上告人も特段の異議を述べなかった。
 (7) さらに,上告人は,被上告人に対し,平成9年12月24日,本件各土地の地代を20%減額して月額640万7646円とするよう請求した。しかし,被上告人は,これを拒否した。
 (8) 他方,被上告人は,上告人に対し,平成10年10月12日ころ,平成9年7月1日以降の本件各土地の地代は従前の地代である月額800万9557円を10%増額した月額881万0512円になったので,その差額分(15か月分で合計1201万4325円)を至急支払うよう催告した。しかし,上告人は,これを拒否し,かえって,平成10年12月分からは,従前の地代を20%減額した額を本件各土地の地代として被上告人に支払うようになった。
 3 本件において,上告人は,被上告人に対し,本件各土地の地代が平成9年12月25日以降月額640万7646円であることの確認を求め,他方,被上告人は,上告人に対し,本件各土地の地代が平成9年7月1日以降月額881万0512円であることの確認を求めている。
 4 前記事実関係の下において,第1審は,上告人の請求を一部認容し,被上告人の請求を棄却したが,これに対して,被上告人が控訴し,上告人が附帯控訴したところ,原審は,次のとおり判断して,被上告人の控訴に基づき,第1審判決を変更して,上告人の請求を棄却し,被上告人の請求を認容するとともに,上告人の附帯控訴を棄却した。
 (1) 本件増額特約は,昭和63年7月1日から3年ごとに本件各土地の地代を一定の割合で自動的に増額させる趣旨の約定であり,本件別途協議条項は,そのような地代自動増額改定特約を適用すると,同条項に掲げる経済状態の変化等により,本件各土地の地代が著しく不相当となる(借地借家法11条1項にいう「不相当となったとき」では足りない。)ときに,その特約の効力を失わせ,まず当事者双方の協議により,最終的には裁判の確定により,相当な地代の額を定めることとした約定であると解すべきである。
 (2)ア 本件各土地の価格は,昭和62年7月1日以降,平成3年ころまでは上昇したものの,その後は下落を続けている。
 イ しかし,総理府統計局による消費者物価指数(全国総合平均)は,昭和62年度を100とすると,平成3年度が109.66に,平成6年度が113.69に,平成9年度が115.75に,それぞれ上昇している。また,日本銀行調査統計局による卸売物価指数は,昭和62年度を100とすると,平成3年度が104,平成6年度が100,平成9年度が98であり,それほど大幅には変動していない。また,本件各土地の公租公課(固定資産税・都市計画税)は,昭和62年7月1日には1㎡当たり6000円であったのが,平成3年7月1日には同6740円に,平成6年7月1日には同8090円に,それぞれ上昇しており,本件各土地のうち面積が最も広い地番141番51の土地の固定資産税・都市計画税の合計は,平成6年度には84万4103円であったのが,平成9年度には117万4570円となり,約40%も上昇している。さらに,本件各土地の平成9年7月1日の時点における継続地代の適正額についての第1審の鑑定結果は月額785万8000円であり,本件増額特約を適用した地代の月額881万0512円は,その1.12倍にとどまる。
 ウ 以上の事実を考慮すると,平成9年7月1日時点において,本件各土地の地代が著しく不相当になったとまではいえないから,本件増額特約が失効したと断じることはできない。
 (3) そうすると,本件増額特約に基づき,平成9年7月1日以降の本件各土地の地代は月額881万0512円(従前の月額800万9557円を10%増額した金額)に増額されたと認めるのが相当である。
 (4) 本件増額特約のような地代自動増額改定特約については,借地借家法11条1項所定の諸事由,請求の当時の経済事情及び従来の賃貸借関係その他諸般の事情に照らし著しく不相当ということができない限り,有効として扱うのが相当であるところ,その反面として,同項に基づく地代増減請求をすることはできず,その限度で,当事者双方の意思表示によって成立した合意の効力が同項に基づく当事者の一方の意思表示の効力に優先すると解すべきである。
 (5) 平成9年12月24日の時点において,未だ,本件増額特約そのものをもって著しく不相当ということはできないし,これを適用すると著しく不相当ということもできない(従って,本件別途協議条項を適用する余地もない。)から,上告人は,本件各土地につき,借地借家法11条1項に基づく地代減額請求をすることはできない。
 5 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約の当事者は,従前の地代等が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,借地借家法11条1項の定めるところにより,地代等の増減請求権を行使することができる。これは,長期的,継続的な借地関係では,一度約定された地代等が経済事情の変動等により不相当となることも予想されるので,公平の観点から,当事者がその変化に応じて地代等の増減を請求できるようにしたものと解するのが相当である。この規定は,地代等不増額の特約がある場合を除き,契約の条件にかかわらず,地代等増減請求権を行使できるとしているのであるから,強行法規としての実質を持つものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日判決・民集35巻3号656頁参照)。
 (2) 他方,地代等の額の決定は,本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから,当事者は,将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。そして,地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため,一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても,基本的には同様に考えることができる。
 (3) そして,地代等自動改定特約は,その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。
 しかし,当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても,その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には,同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず,これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また,このような事情の下においては,当事者は,同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。
 (4) これを本件についてみると,本件各土地の地代がもともと本件各土地の価格の8%相当額の12分の1として定められたこと,また,本件賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は,いわゆるバブル経済の崩壊前であって,本件各土地を含む東京都23区内の土地の価格は急激な上昇を続けていたことを併せて考えると,土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で,時の経過に従って地代の額が上昇していくことを前提として,3年ごとに地代を10%増額するなどの内容を定めた本件増額特約は,そのような経済情勢の下においては,相当な地代改定基準を定めたものとして,その効力を否定することはできない。しかし,土地の価格の動向が下落に転じた後の時点においては,上記の地代改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,本件増額特約によって地代の額を定めることは,借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなったというべきである。従って,土地の価格の動向が既に下落に転じ,当初の半額以下になった平成9年7月1日の時点においては,本件増額特約の適用を争う上告人は,もはや同特約に拘束されず,これを適用して地代増額の効果が生じたということはできない。また,このような事情の下では,同年12月24日の時点において,上告人は,借地借家法11条1項に基づく地代減額請求権を行使することに妨げはないものというべきである。
 6 以上のとおり,平成9年7月1日の時点で本件増額特約が適用されることによって増額された地代の額の確認を求める被上告人の上告人に対する請求は理由がなく,また,同年12月24日の時点で本件増額特約が適用されるべきものであることを理由に上告人の地代減額請求権の行使が制限されるということはできず,論旨は理由がある。これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そこで,原判決を破棄し,被上告人の上告人に対する請求についての本件控訴を棄却するとともに,上告人の被上告人に対する請求について,上告人が地代減額請求をした平成9年12月24日の時点における本件各土地の相当な地代の額について,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官甲斐中辰夫,裁判官深澤武久,同横尾和子,同泉徳治,同島田仁郎

借家法7条の賃料増額請求の効力発生時期(最判昭和45年6月4日民集24巻6号482頁)

借家法7条の賃料増額請求の効力発生時期
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告理由について。
 被上告人が上告人に対してなした本件建物部分の賃料を増額する旨の意思表示が借家法七条に基づく賃料増額の請求であることは,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判文に徴して明らかであるところ,それは形成権の行使であるから,賃料の増額を請求する旨の意思表示が上告人に到達した日に増額の効果が生ずるものと解するのが相当である。本件の場合,民法九七条一項にいう「相手方ニ到達シタル時」とは,右の趣旨に解すべきである。従って,被上告人のなした賃料増額の意思表示が上告人に到達した日である昭和三七年七月九日から月額二〇,〇〇〇円に,同三八年一二月一日から月額二二,〇〇〇円に増額の効果を生じたとする原審の判断は,正当として是認できる。してみれば,原判決に所論の違法のないことは明らかであり,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大隅健一郎,裁判官入江俊郎,同松田二郎,同岩田誠

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