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相続に関する最高裁判決のページです。

相続一般

 相続一般に関する重要裁判例(最高裁判所判決)を実装しました。

非嫡出子-民法九〇〇条四号ただし書前段と憲法一四条一項(最決平成7年7月5日民集49巻7号1789頁)

民法九〇〇条四号ただし書前段と憲法一四条一項
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告代理人榊原富士子,同吉岡睦子,同井田恵子,同石井小夜子,同石田武臣,同金住典子,同紙子達子,同酒向徹,同福島瑞穂,同小山久子,同小島妙子の抗告理由について
 所論は,要するに,嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の相続分を嫡出である子(以下「嫡出子」という。)の相続分の二分の一と定めた民法九〇〇条四号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は憲法一四条一項に違反するというのである。
 一 憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが,右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何ら右規定に違反するものではない(最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁,最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁等参照)。
 そこで,まず,右の点を検討する前提として,我が国の相続制度を概観する。
 1 婚姻,相続等を規律する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない旨を定めた憲法二四条二項の規定に基づき,昭和二二年の民法の一部を改正する法律(同年法律第二二二号)により,家督相続の制度が廃止され,いわゆる共同相続の制度が導入された。
 現行民法は,相続人の範囲に関しては,被相続人の配偶者は常に相続人となり(八九〇条),また,被相続人の子は相続人となるものと定め(八八七条),配偶者と子が相続人となることを原則的なものとした上,相続人となるべき子及びその代襲者がない場合には,被相続人の直系尊属,兄弟姉妹がそれぞれ第一順位,第二順位の相続人となる旨を定める(八八九条)。そして,同順位の相続人が数人あるときの相続分を定めるが(九〇〇条。以下,右相続分を「法定相続分」という。),被相続人は,右規定にかかわらず,遺言で共同相続人の相続分を定めることができるものとし(九〇二条),また,共同相続人中に,被相続人から遺贈等を受けた者(特別受益者)があるときは,これらの相続分から右受益に係る価額を控除した残額をもって相続分とするものとしている(九〇三条)。
 右のとおり,被相続人は,遺言で共同相続人の相続分を定めることができるが,また,遺言により,特定の相続人又は第三者に対し,その財産の全部又は一部を処分することができる(九六四条)。ただし,遺留分に関する規定(一〇二八条,一〇四四条)に違反することができず(九六四条ただし書),遺留分権利者は,右規定に違反する遺贈等の減殺を請求することができる(一〇三一条)。
 相続人には,相続の効果を受けるかどうかにつき選択の自由が認められる。すなわち,相続人は,相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない(九一五条)。
 九〇六条は,共同相続における遺産分割の基準を定め,遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする旨規定する。共同相続人は,その協議で,遺産の分割をすることができるが(九〇七条一項),協議が調わないときは,その分割を家庭裁判所に請求することができる(同条二項)。なお,被相続人は,遺言で,分割の方法を定め,又は相続開始の時から五年を超えない期間内分割を禁止することができる(九〇八条)。
 2 昭和五五年の民法及び家事審判法の一部を改正する法律(同年法律第五一号)により,配偶者の相続分が現行民法九〇〇条一号ないし三号のとおりに改められた。すなわち,配偶者の相続分は,配偶者と子が共同して相続する場合は二分の一に(改正前は三分の一),配偶者と直系尊属が共同して相続する場合は三分の二に(改正前は二分の一),配偶者と兄弟姉妹が共同して相続する場合は四分の三に(改正前は三分の二)改められた。
 また,右改正法により,寄与分の制度が新設された。すなわち,新設された九〇四条の二第一項は,共同相続人中に,被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし,法定相続分ないし指定相続分によって算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする旨規定し,同条二項は,前項の協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所は,同項に規定する寄与をした者の請求により,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して,寄与分を定める旨規定する。この制度により,被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者には,法定相続分又は指定相続分以上の財産を取得させることが可能となり,いわば相続の実質的な公平が図られることとなった。
 3 右のように,民法は,社会情勢の変化等に応じて改正され,また,被相続人の財産の承継につき多角的に定めを置いているのであって,本件規定を含む民法九〇〇条の法定相続分の定めはその一つにすぎず,法定相続分のとおりに相続が行われなければならない旨を定めたものではない。すなわち,被相続人は,法定相続分の定めにかかわらず,遺言で共同相続人の相続分を定めることができる。また,相続を希望しない相続人は,その放棄をすることができる。さらに,共同相続人の間で遺産分割の協議がされる場合,相続は,必ずしも法定相続分のとおりに行われる必要はない。共同相続人は,それぞれの相続人の事情を考慮した上,その協議により,特定の相続人に対して法定相続分以上の相続財産を取得させることも可能である。もっとも,遺産分割の協議が調わず,家庭裁判所がその審判をする場合には,法定相続分に従って遺産の分割をしなければならない。
 このように,法定相続分の定めは,遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて,補充的に機能する規定である。
 二 相続制度は,被相続人の財産を誰に,どのように承継させるかを定めるものであるが,その形態には歴史的,社会的にみて種々のものがあり,また,相続制度を定めるに当たっては,それぞれの国の伝統,社会事情,国民感情なども考慮されなければならず,各国の相続制度は,多かれ少なかれ,これらの事情,要素を反映している。さらに,現在の相続制度は,家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって,その国における婚姻ないし親子関係に対する規律等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で,相続制度をどのように定めるかは,立法府の合理的な裁量判断にゆだねられている。
 そして,前記のとおり,本件規定を含む法定相続分の定めは,右相続分に従って相続が行われるべきことを定めたものではなく,遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて補充的に機能する規定であることをも考慮すれば,本件規定における嫡出子と非嫡出子の法定相続分の区別は,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,未だ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,憲法一四条一項には反しない。
 三 憲法二四条一項は,婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する旨を定めるところ,民法七三九条一項は,「婚姻は,戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって,その効力を生ずる。」と規定し,いわゆる事実婚主義を排して法律婚主義を採用し,また,同法七三二条は,重婚を禁止し,いわゆる一夫一婦制を採用することを明らかにしているが,民法が採用するこれらの制度は憲法の右規定に反するものでないことはいうまでもない。
 そして,このように民法が法律婚主義を採用した結果として,婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ,親子関係の成立などにつき異なった規律がされ,また,内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても,それはやむを得ないところといわなければならない。

 本件規定の立法理由は,法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに,他方,被相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して,非嫡出子に嫡出子の二分の一の法定相続分を認めることにより,非嫡出子を保護しようとしたものであり,法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。これを言い換えれば,民法が法律婚主義を採用している以上,法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが,他方,非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものであると解される。

 現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから,右のような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであり,本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の二分の一としたことが,右立法理由との関連において著しく不合理であり,立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって,本件規定は,合理的理由のない差別とはいえず,憲法一四条一項に反するものとはいえない。論旨は採用ができない。
 よって,本件抗告を棄却し,抗告費用は抗告人に負担させることとし,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大西勝也の各補足意見,裁判官千種秀夫,同河合伸一の補足意見,裁判官中島敏次郎,同大野正男,同高橋久子,同尾崎行信,同遠藤光男の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
  平成七年七月五日
    最高裁裁判長裁判官草場良八,裁判官大堀誠一,同園部逸夫,同中島敏次郎,同可部恒雄,同大西勝也,同小野幹雄,同三好達,同大野正男,同千種秀夫,同根岸重治,同高橋久子,同尾崎行信,同河合伸一,同遠藤光男

推定相続人による被相続人の権利の代位行使(最判昭和30年12月26日民集9巻14号2082頁)

推定相続人は被相続人の権利を代位行使し得るか
       主   文
 原判決を破毀する。
 第一審判決中,売買無効確認請求に関する部分を取消し,被上告人の右請求を棄却する。
 被上告人のその余の請求に関する控訴は棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人神代宗衛の上告理由第五点について。
 被上告人の本訴請求中,確認請求に関する部分は,要するに,被上告人は,上告人甲の推定相続人であるところ,同上告人は同人所有の本件不動産について上告人乙と通謀して虚偽仮装の売買をなし,所有権移転登記を経由したので,被上告人は自己の相続権に基き,本訴において右売買の無効(売買契約より生じた法律関係の不存在)確認を求めるという趣旨であることが記録上明白である。しかし,確認の訴は,即時確定の利益がある場合,換言すれば,現に,原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り,許されるものであることはいうまでもない。しかるに,推定相続人は,単に,将来相続開始の際,被相続人の権利義務を包括的に承継すべき期待権を有するだけであって,現在においては,未だ当然には,被相続人の個々の財産に対し権利を有するものではない。それ故単に被相続人たる上告人甲の所有に属する本件不動産について,たとえ被上告人主張の如き売買及び登記がなされたとしても,法律上は,まだ現に被上告人の権利または法律的地位に危険または不安が生じ。確認判決をもってこれを除去するに適する場合であるとはいい難く,その他本件において,被上告人が本件不動産の売買に関し即時確定の利益を有するものとは認められない。されば,被上告人の本訴請求中,確認請求の部分は法律上許容できないものであり,これを認容した原判決及び右請求について実体上の判決をした第一審判決は,いずれも失当であり破棄を免れない。
 同第六点について。
 原審は,被上告人が上告人甲に代位して同上告人の有する本件登記抹消請求権を行使し得ると判断したのである。しかし,民法四二三条による債権者代位権は,債権者がその債権を保全するため債務者の権利を行使し得る権利であり,それは,畢竟債権の一種の効力に外ならないのである。しかるに被上告人は,単に上告人甲の推定相続人たる期待権を有するだけであって,なんら同上告人に対し債権を有するものでないから,被上告人は当然にはなんら代位権を行使し得べきいわれはない。その他被上告人主張の事実関係の下において,被上告人の本件登記抹消の請求を是認すべき根拠は存しないから,原判決が,右請求を認容したのは失当であって,この部分に関する原判決も破棄を免れない。
 よって,その他の論旨については判断を省略し,かつ本件は当裁判所において自判するに熟するから,民訴四〇八条,九六条,八九条を適用し,裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
 裁判官井上登は退官につき合議に関与しない。
       最高裁裁判長裁判官島保,裁判官河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

遺言書とその訂正が方式を欠き無効の場合に遺言者の意思を実現させるため有効な遺言書と訂正としての外形・方式の作出と民法891条5号の相続欠格事由(最判昭和56年4月3日民集35巻3号431頁)

遺言書とその訂正が方式を欠き無効の場合に遺言者の意思を実現させるため有効な遺言書と訂正としての外形・方式の作出と民法891条5号の相続欠格事由
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人荒木新一,同荒木邦一,同田辺宜克の上告理由第一について
 終結した口頭弁論を再開するかどうかは原審の専権に属するところであり,記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らすと,原判決にその他所論の違法があるとは認められない。論旨は,採用することができない。
 同第二,一について
 民法八九一条三号ないし五号の趣旨とするところは遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対し相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするにあることにかんがみると,相続に関する被相続人の遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に,相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正としての外形を作出する行為は,同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたるけれども,相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには,右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらないものと解するのが相当である。
 これを本件の場合についてみるに,原審の適法に確定した事実関係の趣旨とするところによれば,本件自筆遺言証書の遺言者である甲名下の印影及び各訂正箇所の訂正印,一葉目と二葉目との間の各契印は,いずれも同人の死亡当時には押されておらず,その後に被上告人乙がこれらの押印行為をして自筆遺言証書としての方式を整えたのであるが,本件遺言証書は遺言者である甲の自筆によるものであって,同被上告人は右實の意思を実現させるべく,その法形式を整えるため右の押印行為をしたものにすぎないというのであるから,同被上告人は同法八九一条五号所定の相続欠格者にあたらないものというべきである。それ故,同被上告人を相続欠格者にあたらないとした原審の判断は,結論において正当であり,論旨は,結局,原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するに帰し,採用できない。
 同第二,二について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,被上告人らの請求を認容した原審の判断に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官宮崎梧一の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官宮崎梧一,裁判官栗本一夫,同木下忠良,同塚本重頼,同鹽野宜慶

家事審判法9条1項乙類9号の推定相続人廃除に関する審判の合憲性(最決昭和59年3月22日家月36巻10号79頁)

家事審判法9条1項乙類9号の推定相続人廃除に関する処分の審判の合憲性
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告人の抗告理由について
 民法八九二条の規定によれば,推定相続人の廃除請求は,同条に定める要件がある場合に,被相続人から遺留分を有する推定相続人を相手方として家庭裁判所に対してすべきものと定められているが,その趣旨は,右規定に定める要件がある場合に被相続人に実体法上の廃除権ないし廃除請求権を付与し,家庭裁判所を介してこれを行使せしめるとしたのではなく,形式上右要件に該当する場合であっても,なお家庭裁判所をして被相続人側の宥恕,相続人側の改心等諸般の事情を総合的に考察して廃除することが相当であるかどうかを判断せしめようとしたものであって,このことは,同法八九四条が被相続人に,廃除後何時でも,推定相続人の廃除の取消を家庭裁判所に請求することができるとしていることからも明らかであるから,右推定相続人の廃除請求の手続は純然たる訴訟事件ではないと解するのが相当である(最高裁昭和五四年(ク)第一四九号同五五年七月一〇日決定・裁判集民事一三〇号二〇五頁参照)。従って,推定相続人廃除の手続を訴訟事件とせず非訟事件として取り扱うとしても,立法の当否の問題にとどまるのであって,違憲の問題が生ずるものとは認められず,それが家事審判法に定める手続で行われるものとされている以上,その裁判は,公開の法廷における対審及び判決によって行わなけれはならないものではない。このことは,当裁判所の判例の趣旨に照らし明らかである(昭和三六年(ク)第四一九号同四〇年七月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一〇八九頁,昭和三七年(ク)第二四三号同四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一一一四頁,昭和三九年(ク)第一一四号同四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁,昭和三七年(ク)第六四号同四一年一二月二七日大法廷決定・民集二〇巻一〇号二二七九頁参照)。してみれは,裁判所が,本件について所論のように公開の法定における対審を経ないで審理,裁判したとしても,憲法三一条,八二条に違反するものではない。原判決及びその手続に所論の違憲があるとは認められず,論旨は採用できない。
 よって,民訴法八九条を適用して,主文のとおり決定する。
   最高裁裁判長裁判官横井大三,裁判官伊藤正己,同木戸口久治,同安岡滿彦

家屋賃借人の死亡と内縁の妻の賃借権の承継の有無(最判昭和42年2月21日民集21巻1号155頁)

家屋賃借人の死亡と内縁の妻の賃借権の承継の有無
       主   文
 原判決中,上告人甲に対して昭和三三年一月一日から同三五年八月二日まで一箇月一,六〇〇円の割合の金員の連帯支払を命じた部分を破棄し,右部分に関する被上告人の請求を棄却する。
 上告人甲のその余の部分に対する上告を棄却する。
 上告人乙の上告を棄却する。
 訴訟の総費用はこれを二〇分し,その一を被上告人その余を上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人堂下芳一,同服部明義の上告理由第一について。
 原判決(引用の第一審判決を含む。以下同じ。)が確定した事実関係のもとにおいては,上告人甲は亡丙の内縁の妻であって同人の相続人ではないから,右丙の死亡後はその相続人である上告人乙ら四名の賃借権を援用して被上告人に対し本件家屋に居住する権利を主張することができると解すべきである(最高裁昭和三四年(オ)第六九二号,同三七年一二月二五日判決,民集一六巻一二号二四五五頁参照)。しかし,それであるからといって,上告人甲が前記四名の共同相続人らと並んで本件家屋の共同賃借人となるわけではない。従って,丙の死亡後にあっては同上告人もまた上告人乙ら四名とともに本件家屋の賃借人の地位にあるものというべきであるとした所論原判示には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
 原判決には右のような違法があるが,本件家屋の賃貸借関係について他の共同賃借人三名の代理権を有していた上告人両名に対して被上告人の先代丁がした該賃貸借契約解除の意思表示が有効であること後記(上告理由第二,第三についての判断説示参照)のとおりであるから,右の違法は上告人らに対して本件家屋の明渡を命じた原判決にはなんら影響を及ぼすものでないことは明らかである。また,原審確定の事実によれば,右賃貸借の終了後は上告人らはいずれも本件家屋を法律上の権原なくして占有し賃料相当額の損害を加えつつあるというのであるから,上告人らに対してその不法占有期間について右損害金の連帯支払を命じた原判決にも影響がないものというべきである(被上告人の損害金の請求は,債務不履行に基づくものと不法行為に基づくものとが選択的になされているものと解される。)。
 しかし,上吉人甲は,前記のとおり,丙の死亡後本件家屋の賃借人となったのではなく,従って,昭和三三年一月一日から本件賃貸借の終了した昭和三五年八月二日までの間の賃料の支払債務を負わなといえるから,原判決中同上告人に対して右賃料の支払を命じた部分は失当として破棄を免れず,右部分についての被上告人の本訴請求は棄却すべきものである。
 同第二,第三について。
 原判決が確定した事実関係(所論のように,戊が昭和三五年当時の住民票のうえで別世帯を構成していたとしても,その結論に影響がない。)のもとにおいては,上告人両名は本件家屋の賃借権を相続によわ取得した戊,己及び庚の三名の代理人として被上告人の先代丁のした本件催告ならびに賃貸借契約解除の意思表示を受領したものと認めるべきであるから右三名にも本件解除の効力が及ぶものであるとした所論原判示は,正当というべきである。また,所論は,上告人らの右代理関係の事実については被上告人が原審において主張していないところであるというが,本件記録に現われた被上告人の主張の全趣旨に徴すれば,所論の事実をも主張するものと解しえないものではないから,原審には所論弁論主義違背があるともいえない。論旨は,畢竟,独自の法律的見解に立却するか,もしくは原判示にそわない事実を前提として,原判決を非難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九五条,九六条,九二条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官柏原語六,同田中二郎,同下村三郎

相続に関する不当な利益を目的としない遺言書の破棄隠匿行為と相続欠格事由(最判平成9年1月28日民集51巻1号184頁)

相続に関する不当な利益を目的としない遺言書の破棄隠匿行為と相続欠格事由
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人山田齊の上告理由第一の一について
 相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において,相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは,右相続人は,民法八九一条五号所定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当である。けだし,同条五号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが(最高裁昭和五五年(オ)第五九六号同五六年四月三日第二小法廷判決・民集三五巻三号四三一頁参照),遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは,これを遺言に関する著しく不当な干渉行為とはいえず,この行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは,同条五号の趣旨に沿わないからである。
 以上と同旨に帰する原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するに帰するものであり,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官尾崎行信,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫

連帯債務の相続(最判昭和34年6月19日民集13巻6号757頁)

連帯債務の相続
       主   文
 上告人甲の上告を棄却する。
 右上告費用は同上告人の負担とする。
 その余の上告人らの上告につき,原判決を破棄し,本件を広島高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人植木昇の上告理由について。
 連帯債務は,数人の債務者が同一内容の給付につき各独立に全部の給付をなすべき債務を負担しているのであり,各債務は債権の確保及び満足という共同の目的を達する手段として相互に関連結合しているが,なお,可分なること通常の金銭債務と同様である。ところで,債務者が死亡し,相続人が数人ある場合に,被相続人の金銭債務その他の可分債務は,法律上当然分割され,各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべきであるから(大審院昭和五年(ク)第一二三六号,同年一二月四日決定,民集九巻一一一八頁,最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号,同二九年四月八日判決,民集八巻八一九頁参照),連帯債務者の一人が死亡した場合においても,その相続人らは,被相続人の債務の分割されたものを承継し,各自その承継した範囲において,本来の債務者とともに連帯債務者となると解するのが相当である。本件において,原審は挙示の証拠により,被上告人の父乙は,昭和二六年一二月一日上告人らの先々代丙,先代丁及び丁の妻である上告人甲を連帯債務者として金一八三,〇〇〇円を貸与したこと,甲二号証によれば,昭和二七年一二月三一日にも,同一当事者間に金九八,五〇〇円の消費貸借が成立した如くであるが,これは前記一八三,〇〇〇円に対する約定利息等を別途借入金としたものであるから,旧利息制限法の適用をうけ,一八三,〇〇〇円に対する昭和二六年一一月一日から昭和二七年一二月三一日まで年一割の割合による金一八,四五二円の範囲にかぎり,請求が許容されること(右のうち,昭和二六年一一月一日とあるのは,同年一二月一日の誤記であること明らかであり,また,原審の利息の計算にも誤りがあると認められる。)丁は昭和二九年三月二三日死亡し(丙の死亡したことも,原審において争のなかったが,原判決は,同人の債務を相続した者が何人であるかを認定していない。),上告人戊,己,庚及び訴外辛の四名は,その子として丁の債務を相続したこと,債権者乙は,本件債権を被上告人に譲渡し対抗要件を具備したことを各認定ものである。右事実によれば,丙の債務の相続関係はこれを別として,上告人甲及び丁は被上告人に対し連帯債務を負担していたところ,丁は死亡し相続が開始したというのであるから,丁の債務の三分の一は上告人甲において(但し,同人は元来全額につき連帯債務を負担しているのであるから,本件においては,この承継の結果を考慮するを要しない。),その余の三分の二は,上告人戊,己,庚及び壬において各自四分の一すなわち丁の債務の六分の一宛を承継し,かくして甲は全額につき,その余の上告人らは全額の六分の一につき,それぞれ連帯債務を負うにいたった。従って,被上告人に対し甲は元金一八三,〇〇〇円及びこれに対する前記利息の合計額の支払義務があり,その他の上告人らは,右合計額の六分の一宛の支払義務があるといえる。しかるに,原審は,上告人らはいずれもその全額につき支払義務があるものとの見解の下に,第一審判決が上告人甲に対し金二八一,五〇〇円の三分の一,その他の上告人らに対し金二八一,五〇〇円の六分の一宛の支払を命じたのは,結局正当であるとして,上告人らの控訴を棄却した。それ故,上告人甲は,全額につき支払義務があるとする点において,当裁判所も原審と見解を同じうすることに帰し,その上告は結局理由がないが,その他の上告人らに関する部分については,原審は連帯債務の相続に関する解釈を誤った結果,同上告人らに対し過大の金額の支払を命じたのであって,同上告人らの上告は理由がある。よって,上告人甲の上告は,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,これを棄却し,その他の上告人らの上告については,民訴四〇七条一項により,原判決を破棄し,これを広島高等裁判所に差し戻すべきものとし,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官小谷勝重,裁判官藤田八郎,同河村大助,同奥野健一

公営住宅入居者の死亡と相続人による同使用権の承継(最判平成2年10月18日民集44巻7号1021頁)

公営住宅の入居者の死亡と相続人による公営住宅を使用する権利の承継
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人大谷昌彦の上告理由一について
 公営住宅は,住宅に困窮する低額所得者に対して低兼な家賃で住宅を賃貸することにより,国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであって(一条),そのために,公営住宅の入居者を一定の条件を具備するものに限定し(一七条),政令の定める選考基準に従い,条例で定めるところにより,公正な方法で選考して,入居者を決定しなければならないものとした上(一八条),さらに入居者の収入が政令で定める基準を超えることになった場合には,その入居年数に応じて,入居者については,当該公営住宅を明け渡すように努めなければならない旨(二一条の二第一項),事業主体の長については,当該公営住宅の明渡しを請求することができる旨(二一条の三第一項)を規定しているのである。
 以上のような公営住宅の規定の趣旨に鑑みれば,入居者が死亡した場合には,その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は,右判断と異なる解釈をとるものではなく,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 同二について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官角田禮次郎,裁判官大内恒夫,同四ツ谷巖,同大堀誠一,同橋元四郎平

責任の限度額ならびに保証期間の定めのない担保証の相続性(最判昭和37年11月9日民集16巻11号2270頁)

責任の限度額ならびに保証期間の定めのない担保証の相続性
〔要点〕
 継続的売買取引について将来負担することあるべき債務についてした責任の限度額ならびに期間の定めのない連帯保証契約における保証人たる地位は,特段の事由のないかぎり,当事者その人と終始するものであり,保証人の死亡後生じた債務については,その相続人においてこの保証債務を負担しない。

共有物の持分の価格が過半数をこえる者が単独占有する他の共有者に対し明渡請求できるか(最判昭和41年5月19日民集20巻5号947頁)

共有物の持分の価格が過半数をこえる者が共有物を単独で占有する他の共有者に対し共有物の明渡請求をすることの可否
       主   文
 原判決中,被上告人らの建物明渡請求部分を破棄し,右部分の第一審判決を取り消す。被上告人らの上告人に対する建物明渡請求を棄却する。
 その余の上告を棄却する。
 訴訟費用は,一,二,三審を通じ三等分し,その二を上告人の,その一を被上告人らの各負担とする。
       理   由
 上告代理人小島成一,同平井直行の上告理由第一点ないし第三点について。
 原判決挙示の証拠によれば,原判決の認定した事実を肯認しえないわけではなく,右事実関係のもとにおいては,甲において本件宅地買受当時内心において上告人に対し将来適当な時期に本件宅地を贈与しようと考えていたが,その後当初の考えをかえて上告人に対しこれを贈与する意思をすてたから,本件宅地の贈与はついに実現されず,かつ,本件建物についての贈与も認められないとする原判決の判断は,当審も正当として是認しうる。
 原判決には,所論のような違法があるとは断じがたく,所論は,結局,原審の専権に属する証拠の取捨・判断,事実認定を非難するに帰し,採用しがたい。
 同第四点の第二・第三について。
 所論の点に関する事実認定は挙示の証拠により肯認でき,その事実関係のもとでは,本件宅地の所有者は甲であって,上告人でないとした原判決の判断は,正当であり,原判決には,所論のような違法はなく,所論は採用しがたい。
 同第五点について。
 本件一件記録に徴しても,原審に所論のごとき違法があるとは認めがたく,所論は採用しがたい。
 同第四点の第一について。
 思うに,共同相続に基づく共有者の一人であって,その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は,他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)な単独で占有する権原を有するものでないことは,原判決の説示するとおりであるが,他方,他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると,その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといって(以下このような共有持分権者を多数持分権者という),共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し,当然にその明渡を請求することができるものではない。何故なら,このような場合,右の少数持分権者は自己の持分によって,共有物を使用収益する権原を有し,これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従って,この場合,多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには,その明渡を求める理由を主張し立証する必要がある。
 然るに,今本件についてみるに,原審の認定したところによれば甲の死亡により被上告人ら及び上告人にて共同相続し,本件建物について,被上告人乙が三分の一,その余の被上告人七名及び上告人が各一二分の一ずつの持分を有し,上告人は現に右建物に居住してこれを占有しているというのであるが,多数持分権者である被上告人らが上告人に対してその占有する右建物の明渡を求める理由については,被上告人らにおいて何等の主張ならびに立証をなさないから,被上告人らのこの点の請求は失当というべく,従って,この点の論旨は理由がある。
 よって,原判決は被上告人らの上告人に対して本件家屋の明渡を求める部分について失当であり,その余は正当であるから,民訴法四〇八条一号,三九六条,三八四条,三八六条,九六条,九二条,九三条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官松田二郎,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同岩田誠

慰藉料請求権は相続の対象か(最判昭和42年11月1日民集21巻9号2249頁)

慰藉料請求権は相続の対象か
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人高橋方雄の上告理由について。
 論旨は,要するに,原判決が慰謝料請求権は一身専属権であり,被害者の請求の意思の表明があったときはじめて相続の対象となると解したのは,公平の観念及び条理に反し,慰謝料請求権の相続に関する法理を誤ったものであるというにある。
 案ずるに,ある者が他人の故意過失によって財産以外の損害を被った場合には,その者は,財産上の損害を被った場合と同様,損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰謝料請求権を取得し,右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり,これを行使することができ,その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして,当該被害者が死亡したときは,その相続人は当然に慰謝料請求権を相続するものと解するのが相当である。何故なら,損害賠償請求権発生の時点について,民法は,その損害が財産上のものであるか,財産以外のものであるかによって,別異の取扱いをしていないし,慰謝料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども,これを侵害したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは,財産上の損害賠償請求権と同様,単純な金銭債権であり,相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく,民法七一一条によれば,生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は,被害者の取得する慰謝料請求権とは別に,固有の慰謝料請求権を取得しうるが,この両者の請求権は被害法益を異にし,併存しうるものであり,かつ,被害者の相続人は,必ずしも,同条の規定により慰謝料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから,同条があるからといって,慰謝料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。しからば,右と異なった見解に立ち,慰謝料請求権は,被害者がこれを行使する意思を表明し,またはこれを表明したものと同視すべき状況にあったとき,はじめて相続の対象となるとした原判決は,慰謝料請求権の性質及びその相続に関する民法の規定の解釈を誤ったものというべきで,この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本訴請求の当否について,さらに審理をなさしめるため,本件を原審に差戻すことを相当とする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官奥野健一の補足意見,裁判官田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同色川幸太郎の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官入江俊郎,同奥野健一,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同下村三郎,同色川幸太郎,同大隅健一郎

遺骨の所有権の帰属(最判平成元年7月18日家月41巻10号128頁)

遺骨の所有権は,慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属したとして,祭祀を主宰すべき者への遺骨の引渡しを命じた原審の結論を維持した事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人らの上告理由第1点について所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第2点について
 原審の適法に確定した事実関係において,本件遺骨は慣習に従って祭紀を主宰すべき者である被上告人に帰属したものとした原審の判断は,正当として是認でき,その過程に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法401条,95条,89条,93条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官安岡滿彦,裁判官伊藤正己,同坂上壽夫,同貞家克己

相続人が遺産分割前に遺産の金銭を保管する他の相続人に対し自己の相続分相当の金銭の支払を請求することの可否(最判平成4年4月10日家月44巻8号16頁)

相続人が遺産分割前に遺産である金銭を保管している他の相続人に対して自己の相続分相当の金銭の支払を請求することの可否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てを却下する。
       理   由
 上告代理人松本治雄の上告理由について
 相続人は,遺産の分割までの間は,相続開始時に存した銭を相続財産として保管している他の相続人に対して,自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らは,上告人ら及び被上告人がいずれも亡伊藤泰次の相続人であるとして,その遺産分割前に,相続開始時にあった相続財産たる金銭を相続財産として保管中の被上告人に対し,右金銭のうち自己の相続分に相当する金銭の支払を求めているところ,上告人らの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当であって,その過程に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて
 第一審において仮執行宣言付給付判決の言渡しを受けた者が,控訴審で民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てをすることなく,第一審の本案判決変更の判決の言渡しを受け,これに対して相手方が上告した場合には,被上告人は,上告裁判所に対して右申立てをすることができない(最高裁昭和五四年(オ)第六九八号,第七七〇号同五五年一月二四日判決・民集三四巻一号一〇二頁)。従って,本件申立ては不適法として却下すべきである。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大西勝也,裁判官藤島昭,同中島敏次郎,同木崎良平

遺産建物の相続開始後の使用につき被相続人・相続人間に使用貸借契約の成立が推認される場合(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)

遺産建物の相続開始後の使用につき被相続人・相続人間に使用貸借契約の成立が推認される場合
       主   文
 原判決中,上告人ら敗訴の部分を破棄する。
 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人小室貴司の上告理由第一点について
 一 本件上告に係る被上告人らの請求は,上告人ら及び被上告人らは第一審判決添付物件目録記載の不動産の共有者であるが,上告人らは本件不動産の全部を占有,使用しており,このことによって被上告人らにその持分に応じた賃料相当額の損害を発生させているとして,上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として,被上告人ら各自の持分に応じた本件不動産の賃料相当額の支払を求めるものである。
 二 原審の確定した事実関係の概要は,(一) aは昭和六三年九月二四日に死亡した,(二) 被上告人bはaの遺言により一六分の二の割合による遺産の包括遺贈を受けた者であり,上告人ら及びその余の被上告人らはaの相続人である,(三) 本件不動産はaの遺産であり,一筆の土地と同土地上の一棟の建物から成る,(四) 上告人らは,aの生前から,本件不動産においてaと共にその家族として同居生活をしてきたもので,相続開始後も本件不動産の全部を占有,使用している,というのである。
 三 原審は,右事実関係の下において,自己の持分に相当する範囲を超えて本件不動産全部を占有,使用する持分権者は,これを占有,使用していない他の持分権者の損失の下に法律上の原因なく利益を得ているのであるから,格別の合意のない限り,他の持分権者に対して,共有物の賃料相当額に依拠して算出された金額について不当利得返還義務を負うと判断して,被上告人らの不当利得返還請求を認容すべきものとした。
 四 しかしながら,原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は,次のとおりである。
  共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは,特段の事情のない限り,被相続人と右同居の相続人との間において,被相続人が死亡し相続が開始した後も,遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は,引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって,被相続人が死亡した場合は,この時から少なくとも遺産分割終了までの間は,被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり,右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし,建物が右同居の相続人の居住の場であり,同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると,遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが,被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。
  本件についてこれを見るのに,上告人らは,aの相続人であり,本件不動産においてaの家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから,特段の事情のない限り,aと上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり,上告人らの本件建物の占有,使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば,これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから,被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。そうすると,これらの点について審理を尽くさず,上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,右部分については,使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため,原審に差し戻すこととする。
  よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      最高裁裁判長裁判官千種秀夫,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同尾崎行信

預託金会員制ゴルフクラブの会則等に会員としての地位の相続に関する定めがない場合と相続(最判平成9年3月25日民集51巻3号1609頁

預託金会員制ゴルフクラブの会則等に会員としての地位の相続に関する定めがない場合に会員の死亡によりその相続人がこれを取得することができるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人井上二郎,同上原康夫,同中島光孝の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 1 上告会社は,「Xカントリークラブ」という名称の預託金会員制ゴルフクラブ(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営する会社である。同クラブの平成五年三月二六日に改正される前の会則には,(1) 本件ゴルフクラブに上告会社の推薦により選任される理事長,理事等によって構成される理事会を置き,理事会は,本件ゴルフクラブにおけるゴルフプレイに関する一切の管理運営に当たる,(2) 本件ゴルフクラブに入会を希望する者は,理事会の承認を得た上,上告会社の定める入会保証金を預託しなければならず,会員は,会費その他の料金の支払義務を負う,(3) 入会保証金は,これを全額上告会社に差し入れ,原則として三年間据え置き,退会の際にその時点における入会保証金の額を利息を付さず返還するものとし,会員は,右返還を受けた際にその会員としての資格を失うものとする旨の規定が存在していたが,右会則及びこれに基づいて定められた細則(以下,これらを併せて「本件会則等」という。)には,正会員が死亡した場合における右会員としての地位の帰すうに関する規定は存在しなかった。なお,右細則二六条には,「本クラブに入会希望者で会員券業者から買入れをした会員券は理事会で調査の上本理事会の承認を得た後,会員として登録されるものとする。」との規定が存在した。
 2 甲は,昭和五四年五月ころ,上告会社に対して入会保証金二〇〇万円を預託して,本件ゴルフクラブの正会員となった。
 3 甲は,昭和五七年一二月五日死亡し,同人の相続人間において,同人の子である被上告人が右正会員としての地位を承継する旨の遺産分割協議が成立した。
 4 なお,前記の会則改正前に,本件ゴルフクラブにおいては,正会員が死亡した場合に,その相続人が理事会の承認を得て正会員となった例が存在した。
 二 本件は,甲の相続人である被上告人が,上告会社に対し,被上告人が本件ゴルフクラブの理事会の承認を停止条件とする同クラブの正会員としての地位を有することの確認等を求めるものである。
 上告会社は,一般にゴルフクラブは会員相互間の人的な信頼関係を基礎とする親睦的団体であり,会員契約は右のような団体に入会する契約の性質を有するところ,右は,預託金会員制ゴルフクラブにおいても異なるところはなく,その会員としての地位に含まれる権利義務のうちゴルフ場施設を利用し得る権利は,その性質上一身専属的なものであって,会則等に特別の定めのない限り,会員の死亡によって消滅し,相続の対象にはならないと主張して争っている。
 三 原審の確定したところによれば,甲が有していた本件ゴルフクラブの正会員としての地位は,上告会社との間で締結した預託金会員制ゴルフクラブである本件ゴルフクラブへの入会契約に基づく契約上のものであり,その具体的な権利義務の内容は,会則の規定によって定められるものである。ところで,前記細則二六条によれば,本件ゴルフクラブにおいては,正会員はその地位を理事会の承認を得て他人に譲渡し得る旨が定められていると解するのが相当であり,従って,本件ゴルフクラブにおいては右の限りで会員の固定性は放棄されているのであって,他方,右のような正会員としての地位の譲渡について本件ゴルフクラブの理事会の承認を要するものとして,会員となろうとする者を事前に審査し,会員としてふさわしくない者の入会を認めないことにより,ゴルフクラブの品位を保つこととしているものと解される。
 本件会則等においては「正会員が死亡した場合におけるその地位の帰すうに関しては定められていないが,右のような正会員としての地位の譲渡に関する規定に照らすと,本件ゴルフクラブの正会員が死亡しその相続人が右の地位の承継を希望する場合について,本件会則等の趣旨は,右の地位が譲渡されたときに準じ,右相続人に上告会社との関係で正会員としての地位が認められるか否かを本件ゴルフクラブの理事会の承認に係らしめ,右の地位が譲渡されたときに譲受人が踏むべき手続についての本件ゴルフクラブの会則等の定めに従って相続人が理事会に対して被相続人の正会員としての地位の承継についての承認を求め,理事会がこれを承認するならば,相続人が上告会社との関係で右の地位を確定的に取得するというところにあると解すべきである。何故なら,正会員としての地位の変動という結果に着目すれば,それが譲渡によるものか会員の死亡に伴う相続によるものかで特に選ぶべきところはなく,前記のとおり本件ゴルフクラブにおいては会員としての地位の譲渡が認められていて,会員の固定性は既に放棄されているのであって,会員が死亡した場合に,相続人自身がこれを承継することを禁ずべき根拠は見いだし難い上,本件会則等は,右正会員としての地位が,単に金銭的な権利義務のみならずゴルフ場施設の利用権も一体的に含むものとして,いわゆるゴルフ会員権市場において売買や担保設定のために広く取引されることを想定しているのであって,右のような取引の対象とされた正会員としての地位につき,上告会社との関係において地位の保有者の変更手続が行われる前に右地位の名義人が死亡した場合には,当該取引の対象とされた権利義務の一部が消滅することを当然の前提としていたとは解し難く,また,会員が死亡し相続人が右市場等において右の地位を処分することを希望した場合についても,これが妨げられると解すべき理由は見当たらないほか,本件ゴルフクラブの親睦的団体としての性格の保持についても,正会員としての地位が譲渡された場合に準じ,会員の死亡によるその地位の承継について理事会の承認を要するとすることで,その趣旨を実現することは可能であると考えられるからである。
 四 右と同旨の見解に立って,被上告人が本件ゴルフクラブの理事会の承認を停止条件とする同クラブの正会員としての地位を有することを確認するとした原審の判断は,これを是認できる。所論引用の最高裁昭和五〇年(オ)第二七〇号同五三年六月一六日判決・裁判集民事一二四号一二三頁は,本件とは事案を異にし,論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官大野正男,裁判官園部逸夫,同千種秀夫,同尾崎行信

相続財産の可分債権につき共同相続人の1人によるその相続分を超える債権行使した場合,他の共同相続人が損害賠償・不当利得返還請求の可否(最判平成16年4月20日家月56巻10号48頁)

相続財産の可分債権につき共同相続人の1人によるその相続分を超える債権行使した場合,他の共同相続人が損害賠償・不当利得返還請求の可否
       主   文
 原判決のうち上告人の第1次予備的請求に係る部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。
 上告人のその余の上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人中田祐児,同島尾大次の上告受理申立て理由第2について
 1 原審が確定した事実関係は,次のとおりである。
 (1) 上告人及び被上告人らは,いずれも亡甲(以下「本件被相続人」という。)と亡乙との間の子であり,他の3名の子らと共に,本件被相続人の法定相続人である。
 (2) 本件被相続人の遺言に関しては,被上告人丙に全財産を相続させる旨の昭和57年9月4日付けの遺言公正証書による遺言(以下「昭和57年遺言」という。)が存在するほか,平成4年8月24日付けの「遺言状」と題する書面(以下「平成4年遺言」という。)が存在し,さらに,上告人に全財産を相続させる旨の平成7年4月11日付けの「ゆいごん」と題する書面(以下「平成7年遺言」という。)が存在する。
 (3) 乙は平成7年7月16日に,本件被相続人は同9年1月28日に,それぞれ死亡した。
 2 本件は,上告人が,被上告人丙に対し,① 主位的請求として,本件被相続人が相続開始の時において有した財産で,同被上告人の単独所有の登記名義となっている第1審判決別紙物件目録記載1から8までの各不動産(以下「本件各不動産」という。)につき,平成7年遺言によって上告人がすべて相続したと主張してその所有権移転登記手続を求めるとともに,本件被相続人の死亡後に被上告人丙が解約し,払戻しを受けた第1審判決別紙預貯金目録記載2の本件被相続人名義の貯金(以下「本件貯金」という。)につき,上告人が真実の権利者である旨,又は平成7年遺言によって上告人がすべて相続した旨主張してその全額の不当利得の返還を求め,② 第1次予備的請求として,平成4年遺言は,本件被相続人の全財産を乙に相続させる趣旨の遺言であって昭和57年遺言と抵触するから,昭和57年遺言は取り消されたものとみなされ(民法1023条1項),また,乙が本件被相続人より先に死亡したので平成4年遺言はその効力を生じないことになるから(同法994条1項),上告人は相続分に応じて本件被相続人の相続財産を相続していると主張して,本件各不動産につき相続分に応じた持分の移転登記手続を求めるとともに,本件貯金につき相続分に相当する金額の不当利得の返還を求め,③ 第2次予備的請求として,仮に,平成4年遺言によって昭和57年遺言のすべてが取り消されたものとはみなされず,昭和57年遺言により被上告人丙が本件被相続人の相続財産を相続している部分があるとされる場合には,遺留分減殺請求権の行使に基づき,本件各不動産につき遺留分割合に相当する持分の移転登記手続を求めるとともに,本件貯金につき遺留分割合に相当する金額の不当利得の返還を求めるなどの事案である。
 3 原審は,① 上記主位的請求につき,平成7年遺言は本件被相続人の有効な遺言と認めることができず,本件貯金の権利者は本件被相続人であったとして,同請求を棄却すべきものとし,② 上記第1次予備的請求につき,本件被相続人の相続についての遺産分割協議の成立や遺産分割審判の存在も認められないことから,同請求は,家事審判事項である遺産分割を求めるものにほかならないとして,同請求に係る訴えを不適法なものとして却下し,③ 上記第2次予備的請求につき,上告人の遺留分減殺請求権は時効によって消滅しているとして,同請求を棄却した。
 4 しかし,上記第1次予備的請求に係る原審の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
相続開始後,遺産分割が実施されるまでの間は,共同相続された不動産は共同相続人全員の共有に属し,各相続人は当該不動産につき共有持分を持つことになる(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁)。したがって,共同相続された不動産について共有者の1人が単独所有の登記名義を有しているときは,他の共同相続人は,その者に対し,共有持分権に基づく妨害排除請求として,自己の持分についての一部抹消等の登記手続を求めることができるものと解すべきである(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁,最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)。

 また,相続財産中に可分債権があるときは,その債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係に立つものではないと解される(最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,前掲大法廷判決参照)。したがって,共同相続人の1人が,相続財産中の可分債権につき,法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には,当該権利行使は,当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから,その侵害を受けた共同相続人は,その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができるものというべきである。

 5 そうすると,以上判示したところと異なる見解に立って,上告人の第1次予備的請求に係る訴え,すなわち,上告人がその相続分に基づき本件各不動産について登記手続を求める訴え及び上告人がその相続分に応じて分割取得した本件貯金を被上告人丙が解約し,払戻しを受けたことについて不当利得の返還を求める訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の第1次予備的請求に係る訴えを却下した部分は破棄を免れない。そして,この部分について,更に審理を尽くさせる必要があるから,原審に差し戻すこととする。
 なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官濱田邦夫,裁判官金谷利廣,同上田豊三,同藤田宙靖

共同相続不動産の賃料債権の帰属と後の遺産分割の効力(最判平成17年9月8日民集59巻7号1931頁)

共同相続の不動産から生ずる賃料債権の帰属と後にされた遺産分割の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人田中英一,同永井一弘の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)甲は,平成8年10月13日,死亡した。その法定相続人は,妻である被上告人のほか,子である上告人,乙,丙及び丁(以下,この4名を「上告人ら」という。)である。
(2)甲の遺産には,第1審判決別紙遺産目録1(1)~(17)記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)がある。
(3)被上告人及び上告人らは,本件各不動産から生ずる賃料,管理費等について,遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし,それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(以下「本件口座」という。)を開設し,本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ,また,その管理費等を本件口座から支出してきた。
(4)大阪高等裁判所は,平成12年2月2日,同裁判所平成11年(ラ)第687号遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件において,本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定(以下「本件遺産分割決定」という。)をし,本件遺産分割決定は,翌3日,確定した。
(5)本件口座の残金の清算方法について,被上告人と上告人らとの間に紛争が生じ,被上告人は,本件各不動産から生じた賃料債権は,相続開始の時にさかのぼって,本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張し,上告人らは,本件各不動産から生じた賃料債権は,本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し,本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張した。
(6)被上告人と上告人らは,本件口座の残金につき,各自が取得することに争いのない金額の範囲で分配し,争いのある金員を上告人が保管し(以下,この金員を「本件保管金」という。),その帰属を訴訟で確定することを合意した。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,被上告人主張の計算方法によれば,本件保管金は被上告人の取得すべきものであると主張して,上記合意に基づき,本件保管金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断し,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 遺産から生ずる法定果実は,それ自体は遺産ではないが,遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利も帰属するのであるから,遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上,遺産分割によって特定の財産を取得した者は,相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができる。そうすると,本件各不動産から生じた賃料債権は,相続開始の時にさかのぼって,本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして,本件口座の残金を分配すべきである。これによれば,本件保管金は,被上告人が取得すべきものである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
 従って,相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は,被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座の残金は,これを前提として清算されるべきである。

 そうすると,上記と異なる見解に立って本件口座の残金の分配額を算定し,被上告人が本件保管金を取得すべきであると判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官才口千晴,裁判官横尾和子,同甲斐中辰夫,同泉徳治,同島田仁郎

特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合における当該遺産の承継(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)

特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合における当該遺産の承継
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人小川正燈,同小川まゆみの上告理由第一点,第二点及び第三点について
 甲が第一審判決別紙物件目録記載の一ないし六の土地を前所有者から買い受けてその所有権を取得したとした原審の認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認できる。原審は,登記簿の所有名義が甲になったことだけから右事実を認定したのではなく,同人が台東不動産株式会社の社長として相応の収入を得ていたことなどの事実をも適法に確定した上で,甲の売買による所有権取得の事実を認定しているのであり,原審の右認定の過程に,所論の立証責任に関する法令違反,経験則違反,釈明義務違反等の違法はない。論旨は,採用できない。
 同第四点について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第五点及び第六点について
 一 原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。
 1 第一審共同被告乙は甲の夫,上告人(第一審被告)は甲の長女,被上告人(第一審原告)は甲の二女,第一審共同原告丙は甲の三女で,いずれも甲の相続人であり,第一審共同原告丁は被上告人の夫であるが,甲は昭和六一年四月三日死亡した。
 2 甲は,第一審判決別紙物件目録記載の一ないし八の土地(ただし,八の土地については四分の一の共有持分)を所有していたが,(1) 昭和五八年二月一一日付け自筆証書により右三ないし六の土地について「上出一家の相続とする」旨の遺言を,(2) 同月一九日付け自筆証書により右一及び二の土地について「上出の相続とする」との遺言を,(3) 同五九年七月一日付け自筆証書により右七の土地について「丁に譲る」との遺言を,(4) 同日付け自筆証書により右八の土地の甲の持分四分の一について「丙に相続させて下さい」旨の遺言をそれぞれした。右各遺言書は,昭和六一年六月二三日東京家庭裁判所において検認を受けたが,右の遺言のうち,(1)の遺言は,被上告人とその夫丁に各二分の一の持分を与える趣旨であり,(2)の遺言の「上出」は被上告人を,(4)の遺言の「丙」は丙をそれぞれ指すものである。なお,丙は,右八の土地について甲の持分とは別に四分の一の共有持分を有していた。
 二 原審は,右事実関係に基づき,次のように判断した。
  右(1),(3)における甲の相続人でない丁に対する「相続とする」「譲る」旨の遺言の趣旨は,遺贈と解すべきであるが,右(1)における被上告人に対する「相続とする」との遺言,(2)の「相続とする」との遺言及び(4)の「相続させて下さい」との遺言の趣旨は,民法九〇八条に規定する遺産分割の方法を指定したものと解すべきである。そして,右遺産分割の方法を指定した遺言によって,右(1),(2)又は(4)の遺言に記載された特定の遺産が被上告人又は丙の相続により帰属することが確定するのは,相続人が相続の承認,放棄の自由を有することを考え併せれば,当該相続人が右の遺言の趣旨を受け容れる意思を他の共同相続人に対し明確に表明した時点であると解するのが合理的であるところ,被上告人については遅くとも本訴を提起した昭和六一年九月二五日,丙については同じく同年一〇月三一日のそれぞれの時点において右の意思を明確に表明したものというべきであるから,相続開始の時に遡り,被上告人は前記一及び二の土地の所有権と三ないし六の土地の二分の一の共有持分を,丙は前記八の土地の甲の四分の一の共有持分をそれぞれ相続により取得したものというべきであり,丁は,前記(3)の遺言の効力が生じた昭和六一年四月三日,前記七の土地の所有権を遺贈により取得したものというべきである。従って,被上告人の請求のうち前記一及び二の土地の所有権並びに三ないし六の土地の二分の一の共有持分を有することの確認を求める部分,丁の前記七の土地の所有権を有することの確認を求める請求及び丙の前記八の土地の四分の一を超え二分の一の共有持分を有することの確認を求める請求は,いずれも認容すべきであり,被上告人のその余の請求(三ないし六の土地の右共有持分を超える所有権の確認を求める請求)は理由がない。

三 被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については,遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ,遺言者は,各相続人との関係にあっては,その者と各相続人との身分関係及び生活関係,各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係,特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人のかかわりあいの関係等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから,遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合,当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることに鑑みれば,遺言者の意思は,右の各般の事情を配慮して,当該遺産を当該相続人をして,他の共同相続人と共にではなくして,単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり,遺言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り,遺贈と解すべきではない。そして,右の「相続させる」趣旨の遺言,すなわち,特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は,前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって,民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも,遺産の分割の方法として,このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。従って,右の「相続させる」趣旨の遺言は,正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり,他の共同相続人も右の遺言に拘束され,これと異なる遺産分割の協議,さらには審判もなし得ないのであるから,このような遺言にあっては,遺言者の意思に合致するものとして,遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり,当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。そしてその場合,遺産分割の協議又は審判においては,当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても,当該遺産については,右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。もっとも,そのような場合においても,当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから,その者が所定の相続の放棄をしたときは,さかのぼって当該遺産がその者に相続されなかったことになるのはもちろんであり,また,場合によっては,他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。
  原審の適法に確定した事実関係の下では前記特段の事情はないというべきであり,被上告人が前記各土地の所有権ないし共有持分を相続により取得したとした原判決の判断は,結論において正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

       最高裁裁判長裁判官香川保一,裁判官藤島昭,同中島敏次郎,同木崎良平

相続開始後遺産分割未了の間に第2次の相続が開始した場合において第2次被相続人からの特別受益につき持戻しの要否(最決平成17年10月11日民集59巻8号2243頁)

相続開始後遺産分割未了の間に第2次の相続が開始した場合において第2次被相続人からの特別受益につき持戻しの要否
       主   文
 原決定を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
  抗告代理人米田宏己ほかの抗告理由について
 1 本件は,先に死亡した甲の遺産の分割申立て事件とその後に死亡した同人の妻乙の遺産の分割申立て事件とが併合された事件である。
 2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
 (1)抗告人と相手方らは,いずれも甲と乙の間の子である。甲は平成7年12月7日に,乙は平成10年4月10日に,それぞれ死亡した。甲の法定相続人は,乙,抗告人及び相手方らであり,乙の法定相続人は,抗告人及び相手方らである。
 (2)被相続人甲に係る遺産分割の対象となる遺産は,原決定別表1の番号1~5記載の不動産並びに同別表の番号6及び7記載の現金である。抗告人及び相手方Y2には,甲との関係で民法903条1項の特別受益がある。
 (3)被相続人乙は,原決定別表2の番号12及び13記載の不動産を所有していたが,遺言公正証書により,これを相手方Xに相続させる旨の遺言をした。同相手方は,乙の死亡により,同遺言に基づき,上記不動産を単独で取得した。乙は,上記不動産以外に遺産分割の対象となる固有の財産を有していなかった。
 (4)抗告人及び相手方Xは,相手方Y2は乙から特別受益に当たる贈与を受けた旨の主張をしている。
 3 原審は,次のとおり判示して,乙に係る遺産の分割申立ては不適法であるとしてこれを却下し,上記2(2)記載の甲の遺産について,甲との関係における特別受益のみを持ち戻して抗告人及び相手方らの各具体的相続分を算定して,これを分割した。
 (1)乙には,その相続開始時において,遺産分割の対象となる固有の財産はなく,甲の遺産に対する乙の相続分は,甲の遺産を取得することができるという抽象的な法的地位であって,遺産分割の対象となり得る具体的な財産権ではない。そうすると,審判によって分割すべき乙の遺産は存在しないから,乙に係る遺産の分割申立ては不適法である。
 (2)上記乙の相続分は,上記(1)に記載した内容のものであるから,遺産分割手続を要せずして,乙の相続人である抗告人及び相手方らに民法900条所定の割合に応じて当然に承継される。そして,遺産分割手続によらない承継には民法903条は適用されず,また,乙にはその相続開始時に遺産分割の対象となる固有の財産もないから,相手方Y2について主張されている乙からの特別受益を考慮する場面はない。従って,甲の遺産については,甲との関係における抗告人及び相手方Y2の各特別受益を持ち戻して算定される抗告人及び相手方らの各具体的相続分に基づいて分割することとなる。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
遺産は,相続人が数人ある場合において,それが当然に分割されるものでないときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属し,この共有の性質は,基本的には民法249条以下に規定する共有と性質を異にするものではない(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日判決・民集9巻6号793頁,最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日判決・民集29巻10号1525頁,最高裁昭和57年(オ)第184号同61年3月13日判決・民集40巻2号389頁参照)。そうすると,共同相続人が取得する遺産の共有持分権は,実体上の権利であって遺産分割の対象となるというべきである。
 本件における甲及び乙の各相続の経緯は,甲が死亡してその相続が開始し,次いで,甲の遺産の分割が未了の間に甲の相続人でもある乙が死亡してその相続が開始したというものである。そうすると,乙は,甲の相続の開始と同時に,甲の遺産について相続分に応じた共有持分権を取得しており,これは乙の遺産を構成するものであるから,これを乙の共同相続人である抗告人及び相手方らに分属させるには,遺産分割手続を経る必要があり,共同相続人の中に乙から特別受益に当たる贈与を受けた者があるときは,その持戻しをして各共同相続人の具体的相続分を算定しなければならない。
 以上と異なり,審判によって分割すべき乙の遺産はなく,乙との関係における特別受益を考慮する場面はないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
   最高裁裁判長裁判官堀籠幸男,裁判官濱田邦夫,同上田豊三,同藤田宙靖

親権者が共同相続人である数人の子を代理してなした遺産分割協議と利益相反性(最決昭和49年7月22日家月27巻2号69頁)

親権者が共同相続人である数人の子を代理してなした遺産分割協議と利益相反性
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人高林茂男,同青山義武の上告理由第二点について。
 原審の確定したところによれば,訴外甲の死亡により,その長男被上告人X川一男,三男上告人X川三男,四男上告人X川四男,五男上告人X川五男,二女上告人次子並びに二男亡X川二男の代襲相続人である上告人X川大二男,上告人X川弓子及び上告人X川球子のため相続が開始したところ,昭和二八年七月ごろ,当時未成年者であった上告人弓子及び上告人球子の親権者である訴外X川絹子と右両名を除くその余の相続人らとの間に,亡甲の遺産を全部被上告人一男に取得させる旨の遺産分割の協議が成立した,というのである。
 以上のような事実関係のもとにおいて,原判決は,上告人弓子及び上告人球子は本件遺産分割の協議により何も財産を取得しないのであるから,本件協議についてはその間で利益が相反することはなく,訴外絹子が右上告人両名の親権者として両名を代理して右協議に加わっても,民法八二六条二項に違反して本件遺産分割の協議が無効となることはないものと判示している。
 しかし,民法八二六条二項所定の利益相反行為とは,行為の客観的性質上数人の子ら相互間に利害の対立を生ずるおそれのあるもの指称するのであって,その行為の結果現実にその子らの間に利害の対立を生ずるか否かは問わないものと解すべきであるところ,遺産分割の協議は,その行為の客観的性質上相続人相互間に利害の対立を生ずるおそれのある行為と認められるから,前記条項の適用上は,利益相反行為に該当するものといわなければならない。従って,共同相続人中の数人の未成年者が,相続権を有しない一人の親権者の親権に服するときは,右未成年者らのうち当該親権者によって代理される一人の者を除くその余の未成年者については,各別に選任された特別代理人がその各人を代理して遺産分割の協議に加わることを要するのであって,もし一人の親権者が数人の未成年者の法定代理人として代理行為をしたときは,被代理人全員につき前記条項に違反するものというべきであり,かかる代理行為によって成立した遺産分割の協議は,被代理人全員による追認がないかぎり,無効である(最高裁昭和四七年(オ)第六〇三号同四八年四月二四日判決・裁判集民事一〇九号一八三頁参照)。
 してみると,訴外絹子が上告人弓子及び上告人球子両人の親権者として加わって成立した本件遺産分割の協議は,右上告人らによる追認がないかぎり,無効と解すべきところ,その追認の事実を確定することなく右の協議を有効とした原判決には,民法八二六条二項の解釈適用を誤った違法があり,その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があるから,原判決は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのを相当とする。
 よって,その余の論点に対する判断を省略し,民訴法四〇七条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官大隅健一郎,裁判官藤林益三,同下田武三,同岸盛一,同岸上康夫

親権者が共同相続人である数人の子を代理してなした遺産分割協議と利益相反性(最決昭和48年4月24日家月25巻9号80頁)

親権者が共同相続人である数人の子を代理してなした遺産分割協議の効力
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人武藤達雄,同田中寿秋の上告理由について。
 民法八二六条所定の利益相反する行為にあたるか否かは,当該行為の外形で決すべきであって,親権者の意図やその行為の実質的な効果を問題とすべきではないので(最高裁昭和三四年(オ)第一一二八号同三七年一〇月二日第三小法廷判決・民集一六巻一〇号二〇五九頁,同昭和四一年(オ)第七九号四二年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事八七号二五三頁参照。),親権者が共同相続人である数人の子を代理して遺産分割の協議をすることは,かりに親権者において数人の子のいずれに対しても衡平を欠く意図がなく,親権者の代理行為の結果数人の子の間に利害の対立が現実化されていなかったとしても,同条二項所定の利益相反する行為にあたるから,親権者が共同相続人である数人の子を代理してした遺産分割の協議は,追認のないかぎり無効であると解すべきである。原審確定の事実によれば,本件遺産分割の協議は,共同相続人である被上告人両名に対し親権を有する母である乙山月子が被上告人両名の法定代理人として上告人との間でしたものであるから,右遺産分割の協議は無効であるとした原審の判断は,正当である。原判決に所論の違法はなく,論旨は理由がない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官江里口清雄,裁判官関根小郷,同天野武一,同坂本吉勝

相続人全員で売却した遺産の代金の法的性格(最判昭和54年2月22日家月32巻1号149頁)

共同相続人がその全員の合意によつて遺産分割前の相続財産を構成する特定不動産を第三者に売却した場合における代金債権の性質
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人城田冨雄,岩田洋明の上告理由第一,第二について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当して是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第三について
 被上告人らの上告人に対する本訴請求は,訴外亡杉山与四郎の相続人である被上告人らが,上告人その他共同相続人とともに相続により共有持分権(被上告人らの持分割合は各七分の一)を取得した第一審判決別紙物件目録記載の各土地を順次訴外静岡市,同静岡県,同日本道路公団に売却し,その代金の受領を上告人に委任したところ,上告人が受任者として代金を受領したので,上告人に対し民法六四六条所定の受任者の受取物引渡義務の履行としてその交付を求めるというものであって,所論相続回復請求権を行使する場合にはあたらず,その請求について相続回復請求権の消滅時効を定めた民法八八四条の適用の問題を生じる余地はない。もっとも,所論は,被上告人らの右各土地の相続(共有)持分権,ないしは相続財産譲渡の対価が相続財産に加えられとの前提のもとに右持分権売却の対価たる代金債権が侵害されたにもかかわらず,被上告人らが相続回復請求権によってその侵害の排除を求めなかったため,同請求権が民法八八四条所定の時効により消滅し,その結果土地相続持分権ないしこれに対応する代金債権を行使することができなくなり,これに伴って上記委任契的に基づく受領代金の交付をも請求することができなくなった,との趣旨を主張するものとも解される。しかし,原審が適法に確定した事実関係によれば,被上告人らは右各土地売却の時に共同相続人の一員としてそれぞれ共有持分権を有し,かつ,共有者の一員として右売買に加わっており,それらの権利についてなんらの侵割を受けていなかったことが,明らかである。また,共有持分権を有する共同相続人全員によって他に売却された右各土地は遺産分割の対象たる相続財産から逸出するとともに,その売却代金は,これを一括して共同相続人の一人に保管させて遺産分割の対象に含める合意をするなどの特別の事情のない限り,相続財産には加えられず,共同相続人が各持分に応じて個々にこれを分割取得すべきものであるところ(最高裁昭和五二年(オ)第五号同年九月一九日判決・裁判集民事一二一号二四七頁参照),前記各土地を売却した際本件共同相続人の一部は上告人に代金受領を委任せずに自らこれを受領し,また,上告人に代金受領を委任した共同相続人もその一部は上告人から代金の交付を受けているなど,原審の適法に確定した事実関係のもとでは,右特別の事情もないことが明らかであるから,被上告人らは,代金債権を相続財産としてでなく固有の権利として取得したものというべきであり,従って,同債権について相続権侵害ということは考えられない。これを要するに,被上告人らの土地相続持分権,ないしその売却代金債権が相続財産に加えられるものとして同債権が侵害されたことを前提とする所論は,その前提を欠いて失当である。論旨は,採用できない。
 同第四について
 記録によれば,訴外亡杉山与四郎の代襲相続人である訴外渡辺幸子,同田永泰子が前記各土地につき相続持分権を取得せず,右各土地について被上告人らの取得した相続持分権の持分割合は各七分の一であることは,原審で上告人及び被上告人らの双方が主張し,争いのない事実として適法に確定されていることが明らかである。所論は,原審で適法に確定された事実と異なる事実を主張して原判決を論難するものであって,適法な上告理由にあたらない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      最高裁裁判官団藤重光,裁判官藤崎萬里,同本山亨,同戸田弘,同中村治朗

遺産分割協議と民法541条による解除の可否(消極)(最判昭和62年9月4日家月40巻1号161頁)

相続により相続人の共有になった財産について共有物分割の訴えを提起することの許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告理由第一点について

遺産相続により相続人の共有となった財産の分割について,共同相続人間に協議が調わないどき,又は協議をすることができないどきは,家事審判法の定めるところに従い,家庭裁判所が審判によってこれを定めるべきものであり,通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。従って,これと同趣旨の見解のもとに,上告人の本件共有物分割請求の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は,正当として是認でき,その過程に所論の違法はなく,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,畢竟,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断及び措置は,原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官伊藤正己,裁判官安岡滿彦,同長島敦,同坂上壽夫

遺産分割協議と民法541条による解除(最判平成元年2月9日民集43巻2号1頁)

遺産分割協議と民法五四一条による解除の可否(消極)
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人吉村洋,同今中利昭,同村林隆一,同松本司,同千田適,同釜田佳孝,同浦田和栄,同谷口達吉の上告理由について
 共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に,相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても,他の相続人は民法五四一条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし,遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し,その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり,しかも,このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ,法的安定性が著しく害されることになるからである。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,ひっきょう,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官佐藤哲郎,裁判官角田禮次郎,同大内恒夫,同四ツ谷巖,同大堀誠一

土地の分割方法を定めた遺言の存在を知らないでされた遺産分割協議と要素の錯誤(最判平成5年12月16日家月46巻8号47頁)

特定の土地の分割方法を定めた遺言の存在を知らないでされた遺産分割協議の意思表示に要素の錯誤がないとはいえないとされた事例
       主   文
 原判決中予備的請求に係る上告人ら敗訴部分を破棄し,右部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。
 上告人らのその余の上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人田村裕の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 原判決別紙不動産目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,Xの所有であった。
 2 Xは,昭和五八年二月一日付け自筆証書によって,本件土地の北一五〇坪を上告人甲の所有地とし,南一八六坪を被上告人及び上告人乙の折半とする旨の遺言(以下「X遺言」という」をした。
 3 Xは,昭和五人年四月一日死亡し,その法定相続人は,妻Y,長男である被上告人,二男である上告人丙,三男である上告人甲及び四男である上告人乙である。
 4 右Xの相続人らは,昭和五八年八月一四日,X遺言が存在することを知らずに,本件土地をYが単独で相続する旨の遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」という。)をした。上告人ら及び被上告人は,各自が法定の相続分を有することを前提に,Xから生前本件土地をもらったと信じ込んでいるYの意思を尊重するとともに,Yの単独所有にしても近い将来自分たちが相続することになるとの見通しから,Yに本件土地を単独で相続させる旨の本件遺産分割協議をした。
 5 Yは,昭和五八年八月二七日付け公正証書によって,財産全部を被上告人に相続させる旨の遺言(以下「Y遺言」という。)をした。
 6 本件土地につき,本件遺産分割協議に基づき,作幸技を所有名義人とする昭和五八年九月二六日受付所有権移転登記がされた。
 7 Yは,昭和五九年一月七日死亡し,その法定相続人は,上告人ら及び被上告人である。
 8 本件土地につき,Y遺言に基づき,被上告人を所有名義人とする昭和五九年二月二一日受付所有権移転登記がされた。
,同9 上告人丙は,昭和五九年一一月ころ,X遺言の遺言書を発見した。上告人らは,同じころ,Y遺言の内容を知り,同六〇年二月七日,被上告人に対し遺留分減殺請求をした。
二 上告人らは,主位的請求として,X遺言の趣旨により本件土地につき上告人甲は一一一〇分の四九五,同乙は一一一〇分の三〇七の共有持分を取得したと主張して,被上告人に対し,本件土地につき右割合による更正登記手続を求め,予備的請求として,本件遺産分割協議の成立を否認するとともに,仮に成立したとしても要素の錯誤により無効であると主張して,被上告人に対し,本件土地がXの遺産であることの確認及び本件土地につき上告人らの持分各一六分の三とする更正登記手続を求めた。被上告人は,上告人らの右主張を争い,本件土地は本件遺産分割協議によりYが相続したと主張した。
 原審は,前記一の事実関係に基づいて次の判断を示し,上告人らの予備的請求のうち本件土地の更正登記手続請求につき上告人らの持分を各八分の一とする限度で認容すべきものとし,主位的請求及びそのほかの予備的請求を棄却すべきものとした。
 1 上告人らは,法定の相続分を有することを知りながら,Xから生前本件土地をもらったと信じ込んでいるYの意思を尊重するとともに,Yの単独所有にしても近い将来自分たちが相続することになるとの見通しから,本件遺産分割協議をしたのであるから,上告人らが当時X遺言の存在を知っていたとしても,本件遺産分割協議の結果には影響を与えなかったということができる。従って,上告人らがX遺言の存在を知らなかったからといって本件遺産分割協議における上告人らの意思表示に要素の錯誤があるとはいえない。
 2 本件土地は,本件遺産分割協議によりYが単独で相続したから,上告人らの主位的請求及び予備的請求のうち本件土地がXの遺産であることの確認を求める部分は理由がない。
 3 上告人らが本件Y遺言についてした遺留分減殺請求により,上告人らは本件土地につき各八分の一の持分を有することになるので,予備的請求のうち更正登記手続請求は右の限度で理由がある。
三 しかし,原審の右1の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において,遺言で分割の方法が定められているときは,その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊重されるべきものであり,相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから,相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きいということができる。ところで,X遺言は,本件土地につきおおよその面積と位置を示して三分割した上,それぞえを被上告人,上告人甲及び同乙の三名に相続させる趣旨のものであり,本件土地についての分割の方法をかなり明瞭に定めているということができるから,上告人甲及び同乙は,X遺言の存在を知っていれば,特段の事情のない限り,本件土地をYが単独で相続する旨の本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである。右上告人らは,それぞれ法定の相続分を有することを知りながら,Xから生前本件土地をもらったと信じ込んでいるYの意思を尊重しようとしたこと,Yの単独所有にしても近い将来自分たちが相続することになるとの見通しを持っていたという事情があったとしても,遺言で定められた分割の方法が相続人の意思決定に与える影響力の大きさなどを考慮すると,これをもって右特段の事情があるということはできない。
 これと異なる見解に立って,右上告人らがX遺言の存在を知っていたとしても,本件遺産分割協議の結果には影響を与えなかったと判断した原判決には,民法九五条の解釈適用を誤った違法があり,ひいては審理不尽の違法があって,右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,この趣旨をいう論旨は理由がある。
四 X遺言の内容は特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨のものではなく,X遺言が存在することによって上告人らが本件土地につき各主張に係る共有持分を取得するとはいえないというべきであるから,上告人らの主位的請求は主張自体理由がないというべきである。従って,右主位的請求を棄却した原審の判断は,結論において是認できる。
五 よって,原判決のうち予備的請求に係る上告人ら敗訴部分を破棄し,右部分につき錯誤の成否について更に審理を尽くさせるため原審に差し戻し,上告人らのその余の上告を棄却することとし,民訴法四〇七条一項,三九六条,三八四条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官味村治,裁判官大堀誠一,同小野幹雄,同三好達,同大白勝

代償金における家事審判規則109条の共同相続人の資力要件(最決平成12年9月7日家月54巻6号66頁)

家事審判規則109条により,遺産の分割方法として,共同相続人の一人又は数人に金銭債務を負担させるためには,当該相続人にその支払能力があることを要するところ,右支払能力について更に審理を尽くさせるため,原審に差し戻した事例
       主   文
  原決定中,被相続人Xの遺産の分割に係る部分を破棄する。
  右部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
  抗告人甲の抗告を却下する。
  前項に関する抗告費用は抗告人甲の負担とする。
       理   由
 抗告代理人の抗告理由について
 一 家庭裁判所は,特別の事由があると認めるときは,遺産の分割の方法として,共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて,現物をもってする分割に代えることができるが(家事審判規則109条),右の特別の事由がある場合であるとして共同相続人の一人又は数人に金銭債務を負担させるためには,当該相続人にその支払能力があることを要すると解すべきである。
これを本件についてみると,原審は,抗告人乙に対し,原決定確定の日から6箇月以内に,相手方らに総額1億8822万円を支払うことを命じているところ,原決定中に同抗告人が右金銭の支払能力がある旨の説示はなく,本件記録を精査しても,右支払能力があることを認めるに足りる事情はうかがわれない。

 そうすると,原決定には家事審判規則109条の解釈適用を誤った違法があり,右違法は裁判に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原決定中,被相続人楠木博文の遺産の分割に係る部分は破棄を免れない。そして,右に説示したところに従い更に審理を尽くさせるため,右部分について本件を原審に差し戻すのが相当である。
 二 本件記録によれば,抗告人楠木武雄は,被相続人楠木博文の遺産の分割手続の当事者とならないことが明らかである。したがって,原審が採用した遺産の分割方法の違法をいう同抗告人の抗告は,適法なものということができないから,却下すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
   最高裁裁判長裁判官味村治,裁判官大堀誠一,同小野幹雄,同三好達,同大白勝


相続の放棄と詐害行為取消権(最判昭和49年9月20日民集28巻6号1202頁)

相続の放棄と詐害行為取消権
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告理由前文について。
 原判文によれば,原審が所論の点につき適法に事実を認定判示していることが明らかであるから,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審で主張しない事実を交えて,原審が適法にした事実の認定を非難するにすぎず,採用できない。
 同第一点及び第二点について。
 所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,右判断の過程に所論の違法はない。所論中違憲をいう部分は,具体的に憲法のどの条項に違反するかを主張するものではないから,失当である。論旨は,採用できない。
 同第三点について。
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては,所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができ,その過程に所論の違法は認められない。所論中違憲をいう部分は,原判決に右違法のあることを前提とするものであるから,その前提を欠く。論旨は,採用できない。
 同第四点及び第五点(2)について。
 相続の放棄のような身分行為については,民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば,右取消権行使の対象となる行為は,積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し,消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ,相続の放棄は,相続人の意思からいっても,また法律上の効果からいっても,これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが,妥当である。また,相続の放棄のような身分行為については,他人の意思によってこれを強制すべきでないと解するところ,もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば,相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり,その不当であることは明らかである。
 そうすると,これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法は認められない。論旨は,採用できない。
 同第五点(1)及び第六点について。
 所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法は認められない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官吉田豊,裁判官岡原昌男,同小川信雄,同大塚喜一郎

遺産分割協議と詐害行為取消権(最判平成11年6月11日民集53巻5号898頁)

遺産分割協議と詐害行為取消権
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人松田義之の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 亡乙は,第一審判決別紙物件目録二記載の借地権を有する土地上に同一記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し,右建物において妻である丙らと居住していた。
 2 乙は,昭和五四年二月二四日に死亡し,その相続人は,丙並びに子である上告人甲及び同丁の三名である。上告人甲は昭和五二年に,同丁は同五七年に,それぞれ婚姻し,その後,他所で居住するようになったが,丙は,本件建物に居住している。
 3 被上告人は,平成五年一〇月二九日,戊及び己を連帯債務者として,同人らに対して三〇〇万円を貸し渡し,丙は,同日,被上告人に対し,右金銭消費貸借契約に係る戊らの債務を連帯保証する旨を約した。
 4 本件建物の所有名義人は亡乙のままであったところ,戊らの被上告人に対する右債務に基づく支払が遅滞し,その期限の利益が失われたことから,被上告人は,平成七年一〇月一一日,丙に対し,右連帯保証債務の履行及び本件建物についての相続を原因とする所有権移転登記手続をするよう求めた。
 5 丙及び上告人らは,平成八年一月五日ころ,本件建物について,丙はその持分を取得しないものとし,上告人らが持分二分の一ずつの割合で所有権を取得する旨の遺産分割協議を成立させ(以下「本件遺産分割協議」という。),同日,その旨の所有権移転登記を経由した。
 6 丙は,被上告人の従業員に対し,右連帯保証債務を分割して長期間にわたって履行する旨を述べていたにもかかわらず,平成八年三月二一日,自己破産の申立てをした。
 二 共同相続人の間で成立した遺産分割協議は,詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。何故なら,遺産分割協議は,相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について,その全部又は一部を,各相続人の単独所有とし,又は新たな共有関係に移行させることによって,相続財産の帰属を確定させるものであり,その性質上,財産権を目的とする法律行為であるといえるからである。そうすると,前記の事実関係の下で,被上告人は本件遺産分割協議を詐害行為として取り消すことができるとした原審の判断は,正当として是認できる。記録によって認められる本件訴訟の経緯に照らすと,原審が所論の措置を採らなかったことに違法はない。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。
論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官福田博,裁判官河合伸一,同北川弘治,同亀山継夫

共同相続人の一人である後見人が他の共同相続人である被後見人を代理してする相続の放棄と利益相反性(最判昭和53年2月24日民集32巻1号98頁)

共同相続人の一人である後見人が他の共同相続人である被後見人を代理してする相続の放棄が利益相反行為にあたらない場合
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人横堀晃夫の上告理由について
共同相続人の一部の者が相続の放棄をすると,その相続に関しては,その者は初めから相続人とならなかったものとみなされ,その結果として相続分の増加する相続人が生ずることになるのであって,相続の放棄をする者とこれによつて相続分が増加する者とは利益が相反する関係にあることが明らかであり,また,民法八六〇条によって準用される同法八二六条は,同法一〇八条とは異なり,適用の対象となる行為を相手方のある行為のみに限定する趣旨であるとは解されないから,相続の放棄が相手方のない単独行為であるということから直ちに民法八二六条にいう利益相反行為にあたる余地がないと解するのは相当でない。これに反する所論引用の大審院の判例(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁)は変更されるべきである。しかし,共同相続人の一人が他の共同相続人の全部又は一部の者を後見している場合において,後見人が被後見人を代理してする相続の放棄は,必ずしも常に利益相反行為にあたるとはいえず,後見人がまずみずからの相続の放棄をしたのちに被後見人全員を代理してその相続の放棄をしたときはもとより,後見人みずからの相続の放棄と被後見人全員を代理してするその相続の放棄が同時にされたと認められるときもまた,その行為の客観的性質からみて,後見人と被後見人との間においても,被後見人相互間においても,利益相反行為になるとはいえないものと解するのが相当である。
 ところが,原審は,後見人がその共同相続人である被後見人を代理してする相続の放棄は,自己及び被後見人全員について相続の放棄をするときであっても,常に利益相反行為にあたるとの見解のもとに,(1)昭和二三年二月二六日に死亡した甲の相続人は,同人と先妻亡乙との間の子でいずれも成年に達している丙,丁外五名と,後妻亡戊との間の子でいずれも未成年の被上告人ら四名との一一名であった,(2)被上告人らの後見人に選任された丁の名義で,同年五月一〇日宇都宮家庭裁判所に,被上告人らは相続の放棄をする旨の申述があり,右申述は同月一七日受理された,(3)乙との間の子も,丙を除き,丁外五名が相続の放棄をした,との事実を確定したのみで,丁の相続の放棄と被上告人らの相続の放棄との各時期について触れることなく,丁が被上告人らを代理してした相続の放棄は利益相反行為にあたり無効であるとして,被上告人らの上告人に対する本訴請求を認容した。この原審の判断は,民法八六〇条によって準用される同法八二六条の解釈を誤ったものであり,この違法は原判決に影響を及ぼす。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,丁の相続の放棄と被上告人らの相続の放棄の各時期等についてさらに審理を尽す必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よつて,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官吉田 豊 裁判官大塚喜一郎,同本林 讓,同栗本一夫

相続権確認訴訟の当事者以外の者による相続申出と民法958条の公告期間の延長(最判昭和56年10月30日民集35巻7号1243頁)

ア相続権確認訴訟の当事者以外の者による相続申出と民法958条の公告期間の延長
イ同公告期間を経過した相続人と特別縁故者に対する相続財産分与後の残余財産についての相続権の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鍛冶千鶴子,同鍛冶良堅の上告理由第一点について
 民法九五八条(相続人の捜索の公告)の規定による公告期間内に相続人であることの申出をしなかった者については,たとえ右期間内に相続人であることの申出をした他の者の相続権の存否が訴訟で争われていたとしても,該訴訟の確定に至るまで右期間が延長されるものではないと解するのが相当である。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認できる。論旨は,畢竟,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 同第二点について
 民法九五八条の規定による公告期間内に相続人であることの申出をしなかった者は,同法九五八条の二の規定により,右期間の徒過とともに,相続財産法人及びその後に財産が帰属する国庫に対する関係で失権するのであって,特別縁故者に対する分与後の残余財産が存する場合においても,右残余財産について相続権を主張することは許されないものと解するのが相当である。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はなく,右違法を前提とする所論違憲の主張はその前提を欠く。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官栗本一夫,裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同宮崎梧一

特別縁故者に分与されなかった相続財産の国庫帰属の時期及び相続財産管理人の代理権消滅の時期(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1483頁)

特別縁故者に分与されなかつた相続財産の国庫帰属の時期及び相続財産管理人の代理権消滅の時期
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人海地清幸,同小倉正昭の上告理由第二点及び第三点について
 相続人不存在の場合において,民法九五八条の三により特別縁故者に分与されなかった残余相続財産が国庫に帰属する時期は,特別縁故者から財産分与の申立がないまま同条二項所定の期間が経過した時又は分与の申立がされその却下ないし一部分与の審判が確定した時ではなく,その後相続財産管理人において残余相続財産を国庫に引き継いだ時であり,従って,残余相続財産の全部の引継が完了するまでは,相続財産法人は消滅することなく,相続財産管理人の代理権もまた,引継未了の相続財産についてはなお存続するものと解するのが相当である。民法九五九条は,法人清算の場合の同法七二条三項と同じく,残余相続財産の最終帰属者を国庫とすること即ち残余相続財産の最終帰属主体に関する規定であって,その帰属の時期を定めたものではない。
 これを本件についてみるに,原審の適法に確定した事実によれば,残余相続財産たる本件各建物の所有権及びその敷地たる本件土地の賃借権が相続財産管理人甲により国庫に引き継がれたのは,昭和四六年一月一日であり,上告人は,右日時に先立つ昭和四五年六月一五日到達の書面をもって,同人に対し,本件土地の延滞賃料の催告及びそれが期限までに支払われないことを条件とする本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたことが明らかであるから,甲は,右催告及び条件付解除の意思表示を受領する権限を有していたものといわなければならない。然るに,原審は,残余相続財産たる本件各建物の所有権及び本件土地の賃借権は,特別縁故者に対する財産分与審判確定時に国庫に帰属し,それと同時に甲の残余相続財産に関する相続財産管理人としての代理権も消滅したから,同人には上告人の本件土地の延滞賃料の催告及び賃貸借契約解除の意思表示を受領する権限がなかったとの理由のみに基づき,右賃料延滞の有無,更には被上告人らの主張する信頼関係を破壊するに足りない特段の事情の有無を確定することなく,右解除の意思表示の効力を否定しているのであって,原判決には,この点において民法九五九条についての法令の解釈適用を誤まり,ひいては審理不尽に陥った違法があるといわなければならず,右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。それ故,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れず,更に以上の点について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官吉田豊,裁判官岡原昌男,同大塚喜一郎,同本林讓

共有者の一人が相続人なく死亡したときとその持分の帰趨(最判平成元年11月24日民集43巻10号1220頁)

共有者の一人が相続人なく死亡したときとその持分の帰趨
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人出水順,同富阪毅,同松本研三,同東畠敏明の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
  第一審判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,もと甲の所有であったが,同人の死亡により,同人の妻である乙と甲の兄弟姉妹(代襲相続人を含む。)二八名,合計二九名の共有となった(乙の持分は登記簿上二二六八〇分の一五一二〇,すなわち三分の二と登記されている。)。乙は昭和五七年七月二八日死亡し,相続人がいなかったため,上告人らは,乙の特別縁故者として大阪家庭裁判所岸和田支部へ相続財産分与の申立てをし,同支部は,昭和六一年四月二八日,本件土地の乙の持分の各二分の一を上告人らに分与する旨の審判をした。そこで,上告人らは,同年七月二二日,被上告人に対し,右審判を原因とする本件土地の乙の持分の全部移転登記手続(上告人ら各二分の一あて)を申請したところ,被上告人は,同年八月五日,不動産登記法四九条二号に基づき事件が登記すべきものでないとの理由でこれを却下する旨の決定をした(以下「本件却下処分」という。)。
 二 原審は,右事実関係の下において,共有者の一人が相続人なくして死亡したときは,その持分は,民法(以下「法」という。)二五五条により当然他の共有者に帰属するのであり,法九五八条の三に基づく特別縁故者への財産分与の対象にはなりえないと解すべきであるから,乙の持分も右財産分与の対象にはならず,上告人らの登記申請は不動産登記法四九条二号により却下すべきであり,従って,本件却下処分は適法であるとして,本件却下処分を取り消した第一審判決を取り消して,上告人らの請求を棄却した。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
  昭和三七年法律第四〇号による改正前の法は,相続人不存在の場合の相続財産の国庫帰属に至る手続として,九五一条から九五八条において,相続財産法人の成立,相続財産管理人の選任,相続債権者及び受遺者に対する債権申出の公告,相続人捜索の公告の手続を規定し,九五九条一項において「前条の期間内に相続人である権利を主張する者がないときは,相続財産は,国庫に帰属する。」
と規定していた。右一連の手続関係からみれば,右九五九条一項の規定は,相続人が存在しないこと,並びに,相続債権者及び受遺者との関係において一切の清算手続を終了した上,なお相続財産がこれを承継すべき者のないまま残存することが確定した場合に,右財産が国庫に帰属することを定めたものと解すべきである。

  他方,法二五五条は,「共有者ノ一人カ……相続人ナクシテ死亡シタルトキハ其持分ハ他ノ共有者ニ帰属ス」と規定しているが,この規定は,相続財産が共有持分の場合にも相続人不存在の場合の前記取扱いを貫くと,国と他の共有者との間に共有関係が生じ,国としても財産管理上の手数がかかるなど不便であり,また,そうすべき実益もないので,むしろ,そのような場合にはその持分を他の共有者に帰属させた方がよいという考慮から,相続財産の国庫帰属に対する例外として設けられたものであり,法二五五条は法九五九条一項の特別規定であったと解すべきである。したがって,法二五五条により共有持分である相続財産が他の共有者に帰属する時期は,相続財産が国庫に帰属する時期と時点を同じくするものであり,前記清算後なお当該相続財産が承継すべき者のないまま残存することが確定したときということになり,法二五五条にいう「相続人ナクシテ死亡シタルトキ」とは,相続人が存在しないこと,並びに,当該共有持分が前記清算後なお承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときと解するのが相当である。

  ところで,昭和三七年法律第四〇号による法の一部改正により,特別縁故者に対する財産分与に関する法九五八条の三の規定が,相続財産の国庫帰属に至る一連の手続の中に新たに設けられたのであるが,同規定は,本来国庫に帰属すべき相続財産の全部又は一部を被相続人と特別の縁故があった者に分与する途を開き,右特別縁故者を保護するとともに,特別縁故者の存否にかかわらず相続財産を国庫に帰属させることの不条理を避けようとするものであり,そこには,被相続人の合理的意思を推測探究し,いわば遺贈ないし死因贈与制度を補充する趣旨も含まれているものと解される。
  そして,右九五八条の三の規定の新設に伴い,従前の法九五九条一項の規定が法九五九条として「前条の規定によつて処分されなかった相続財産は,国庫に帰属する。」と改められ,その結果,相続人なくして死亡した者の相続財産の国庫帰属の時期が特別縁故者に対する財産分与手続の終了後とされ,従前の法九五九条一項の特別規定である法二五五条による共有持分の他の共有者への帰属時期も右財産分与手続の終了後とされることとなったのである。この場合,右共有持分は法二五五条により当然に他の共有者に帰属し,法九五八条の三に基づく特別縁故者への財産分与の対象にはなりえないと解するとすれば,共有持分以外の相続財産は右財産分与の対象となるのに,共有持分である相続財産は右財産分与の対象にならないことになり,同じ相続財産でありながら何故に区別して取り扱うのか合理的な理由がないのみならず,共有持分である相続財産であっても,相続債権者や受遺者に対する弁済のため必要があるときは,相続財産管理人は,これを換価することができるところ,これを換価して弁済したのちに残った現金については特別縁故者への財産分与の対象となるのに,換価しなかった共有持分である相続財産は右財産分与の対象にならないということになり,不合理である。さらに,被相続人の療養看護に努めた内縁の妻や事実上の養子など被相続人と特別の縁故があった者が,たまたま遺言等がされていなかったため相続財産から何らの分与をも受けえない場合にそなえて,家庭裁判所の審判による特別縁故者への財産分与の制度が設けられているにもかかわらず,相続財産が共有持分であるというだけでその分与を受けることができないというのも,いかにも不合理である。これに対し,右のような場合には,共有持分も特別縁故者への財産分与の対象となり,右分与がされなかった場合にはじめて他の共有者に帰属すると解する場合には,特別縁故者を保護することが可能となり,被相続人の意思にも合致すると思われる場合があるとともに,家庭裁判所における相当性の判断を通して特別縁故者と他の共有者のいずれに共有持分を与えるのが妥当であるかを考慮することが可能となり,具体的妥当性を図ることができるのである。
  したがって,共有者の一人が死亡し,相続人の不存在が確定し,相続債権者や受遺者に対する清算手続が終了したときは,その共有持分は,他の相続財産とともに,法九五八条の三の規定に基づく特別縁故者に対する財産分与の対象となり,右財産分与がされず,当該共有持分が承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときにはじめて,法二五五条により他の共有者に帰属することになると解すべきである。
 四 以上によれば,大阪家庭裁判所岸和田支部の財産分与の審判を原因とする上告人らの登記申請を事件が登記すべきものでないとしてした本件却下処分は違法であるところ,これを適法であるとした原判決には,法二五五条及び法九五八条の三の各規定の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件却下処分の取消しを求める上告人らの本訴請求は正当であって,これと同旨の第一審判決は正当であり,被上告人の控訴は理由がないものとして,これを棄却すべきである。
 よって,行政事件訴訟法七条,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条に従い,裁判官香川保一の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官島谷六郎,裁判官牧圭次,同藤島昭,同香川保一,同奧野久之

相続財産全部の包括受遺者が存在する場合と民法951条にいう「相続人のあることが明かでないとき」(最判平成9年9月12日民集51巻8号3887頁)

遺言者に相続人は存在しないが相続財産全部の包括受遺者が存在する場合と民法九五一条にいう「相続人のあることが明かでないとき」
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人らの上告理由について
 一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 甲は,平成三年六月八日付けの遺言書により,同人が死亡した場合には同人の財産全部を上告人丙に贈与する旨の遺言をした。
 2 甲は,平成四年七月二八日,被上告人の神戸支店から,貸付信託に係る信託契約の受益証券(ビッグ)を代金四五〇万円で購入した。同受益証券については,平成五年八月五日以降,受益者の請求により,受託者が買い取ることができる旨の定めがあった。
 3 甲は,平成五年四月一日に死亡した。同人には,相続人は存在しない。
 4 上告人乙は,平成五年六月二九日,神戸家庭裁判所により,甲の前記遺言の遺言執行者に選任された。
 5 上告人乙は,平成五年八月五日,被上告人に対し,前記受益証券の買取り及び買取金の支払を求めたが,被上告人はこれを拒んだ。
 二 本件は,右事実関係の下において,上告人乙が,被上告人に対し,主位的に前記受益証券の買取金四六〇万七二九二円及びこれに対する遅延損害金の支払を,予備的に原判決別紙記載のとおりの信託総合口座の名義を甲から上告人丙に変更する手続を求め,原審において訴訟に当事者参加した上告人丙が,上告人乙に対し,同上告人が被上告人に右買取金の支払を求める権利を有しないことの確認を,被上告人に対し,右買取金及びこれに対する遅延損害金の支払をそれぞれ求めるものである。
  原審は,甲には相続人が存在しなかったから,遺言執行者である上告人乙及び包括受遺者である上告人丙は,民法九五一条以下に規定されている相続人の不存在の場合の手続によることなく甲の相続財産を取得することはできないとして,上告人丙の上告人乙に対する前記確認請求を認容し,上告人乙の請求及び上告人丙のその余の請求は棄却すべきものとした。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 遺言者に相続人は存在しないが相続財産全部の包括受遺者が存在する場合は,民法九五一条にいう「相続人のあることが明かでないとき」には当たらないものと解するのが相当である。けだし,同条から九五九条までの同法第五編第六章の規定は,相続財産の帰属すべき者が明らかでない場合におけるその管理,清算等の方法を定めたものであるところ,包括受遺者は,相続人と同一の権利義務を有し(同法九九〇条),遺言者の死亡の時から原則として同人の財産に属した一切の権利義務を承継するのであって,相続財産全部の包括受遺者が存在する場合には前記各規定による諸手続を行わせる必要はないからである。
 四 そうすると,右とは異なり,甲には相続財産全部の包括受遺者である上告人丙が存在するにもかかわらず,甲に相続人が存在しなかったことをもって,同人の相続財産について民法九五一条以下に規定された相続人の不存在の場合に関する手続が行われなければならないものとした原審の前記判断は,法令の解釈適用を誤ったものというべきであり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,貸付信託に係る信託契約の内容等に則して各当事者の請求の趣旨及び原因を整理するなど,更に審理を尽くさせる必要があるから,原審に差し戻すこととする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官根岸重治,裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田博

抵当権の設定を受けた相続債権者が相続財産法人に対して抵当権設定登記請求の可否(最判平成11年1月21日民集53巻1号128頁)

被相続人から抵当権の設定を受けた相続債権者が相続財産法人に対して抵当権設定登記手続を請求することの可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告受理申立て理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 1 亡甲は,平成元年九月二五日,被上告人に対する四億円の債務を担保するため,原判決別紙物件目録記載の不動産に,極度額四億四〇〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定したが,その設定登記手続はされなかった。
 2 甲は,平成七年一月三〇日に死亡した。
 3 被上告人は,本件根抵当権について,仮登記を命ずる仮処分命令を得て,平成七年三月二〇日,平成元年九月二五日設定を原因とする根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を了した。
 4 その後,甲の法定相続人全員が相続の放棄をし,平成八年四月一五日,被上告人の申立てにより,乙が亡甲相続財産(上告人)の相続財産管理人に選任された。
 二 本件は,被上告人が,本件根抵当権につき,上告人に対し,本件仮登記に基づく本登記手続を請求するものである。原審は,大要次のように判示して,被上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消し,被上告人の請求を認容した。
 相続財産法人は,被相続人の権利義務を承継した相続人と同様の地位にあるから,被上告人と亡甲との間に根抵当権設定契約がされている以上,被上告人の請求には理由がある。民法九五七条二項において準用する九二九条ただし書の「優先権を有する債権者」とは相続開始時までに対抗要件を備えている債権者を指すと解すべきであるから,これに当たらない被上告人が登記手続を求める実益はないといえなくもないが,実益がないというのも,飽くまで相続財産法人が存続し,右ただし書が適用される限りにおいてのことにすぎないばかりでなく,抵当権者が抵当権設定者に対して設定登記手続を請求する権利の実現を図ることができるのは当然のことである。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 相続人が存在しない場合(法定相続人の全員が相続の放棄をした場合を含む。)には,利害関係人等の請求によって選任される相続財産の管理人が相続財産の清算を行う。管理人は,債権申出期間の公告をした上で(民法九五七条一項),相続財産をもって,各相続債権者に,その債権額の割合に応じて弁済をしなければならない(同条二項において準用する九二九条本文)。ただし,優先権を有する債権者の権利を害することができない(同条ただし書)。この「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには,対抗要件を必要とする権利については,被相続人の死亡の時までに対抗要件を具備していることを要すると解するのが相当である。相続債権者間の優劣は,相続開始の時点である被相続人の死亡の時を基準として決するのが当然だからである。この理は,所論の引用する判例(大審院昭和一三年(オ)第二三八五号同一四年一二月二一日判決・民集一八巻一六二一頁)が,限定承認がされた場合について,現在の民法九二九条に相当する旧民法一〇三一条の解釈として判示するところであって,相続人が存在しない場合についてこれと別異に解すべき根拠を見いだすことができない。
 従って,相続人が存在しない場合には(限定承認がされた場合も同じ。),相続債権者は,被相続人からその生前に抵当権の設定を受けていたとしても,被相続人の死亡の時点において設定登記がされていなければ,他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができないし,被相続人の死亡後に設定登記がされたとしても,これによって優先権を取得することはない(被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人の死亡後に本登記がされた場合を除く。)。
 2 相続財産の管理人は,すべての相続債権者及び受遺者のために法律に従って弁済を行うのであるから,弁済に際して,他の相続債権者及び受遺者に対して対抗することができない抵当権の優先権を承認することは許されない。そして,優先権の承認されない抵当権の設定登記がされると,そのことがその相続財産の換価(民法九五七条二項において準用する九三二条本文)をするのに障害となり,管理人による相続財産の清算に著しい支障を来すことが明らかである。従って,管理人は,被相続人から抵当権の設定を受けた者からの設定登記手続請求を拒絶することができるし,また,これを拒絶する義務を他の相続債権者及び受遺者に対して負うものというべきである。
 以上の理由により,相続債権者は,被相続人から抵当権の設定を受けていても,被相続人の死亡前に仮登記がされていた場合を除き,相続財産人に対して抵当権設定登記手続を請求することができないと解するのが相当である。限定承認がされた場合における限定承認者に対する設定登記手続請求も,これと同様である(前掲大審院判例を参照)。なお,原判決の引用する判例(最高裁昭和二七年(オ)第五一九号同二九年九月一〇日判決・裁判集民事一五号五一三頁)は,本件の問題とは事案を異にし,右に説示したところと抵触するものではない。
 3 従って,被上告人には,本件根抵当権につき,上告人に対し,本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利がないものというべきである。
 四 以上のとおりであるから,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,原審の確定した事実によれば,被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当として是認すべきものであって,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官井嶋一友,裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同藤井正雄,同大出峻郎

遺言書の隠匿(最判平成6年12月16日裁判集民事173号503頁)

民法八九一条五号にいう遺言書の隠匿に当たらないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鈴木孝夫の上告理由第一について
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。そして,原審の確定した事実によれば,被上告人は,父Xから遺言公正証書の正本の保管を託され,Xの法定相続人(被上告人のほか,Xの妻Y,子甲,上告人,乙)の間で遺産分割協議が成立するまで上告人に対して遺言書の存在と内容を告げなかったが,Yは事前に相談を受けてXが公正証書によって遺言したことを知っており,Yの実家の当主であるZ及びX家の菩提寺の住職Pは証人として遺言書の作成に立ち会った上,Qは遺言執行者の指定を受け,また,被上告人は,遺産分割協議の成立前に孝子に対し,右遺言公正証書の正本を示してその存在と内容を告げたというのである。右事実関係の下において,被上告人の行為は遺言書の発見を妨げるものということができず,民法八九一条五号の遺言日の隠匿に当たらないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は採用できない。 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官中島敏次郎,裁判官大西勝也,同根岸重治,同河合伸一

相続と裁判手続

   相続と裁判手続に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

遺産分割審判の前提となる権利関係の存否の確定方法(最決昭和41年3月2日民集20巻3号360頁)

ア家事審判法9条1項乙類10号の遺産の分割に関する処分の審判と憲法32条・82条
イ遺産の分割に関する処分の審判の前提となる権利関係の存否を右審判中で審理・判断することの許否
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 家事審判法九条一項乙類一〇号に規定する遺産の分割に関する処分の審判は,民法九〇七条二,三項を承けて,各共同相続人の請求により,家庭裁判所が民法九〇六条に則り,遺産に属する物または権利の種類および性質,各相続人の職業その他一切の事情を考慮して,当事者の意思に拘束されることなく,後見的立場から合目的的に裁量権を行使して具体的に分割を形成決定し,その結果必要な金銭の支払,物の引渡,登記義務の履行その他の給付を付随的に命じ,あるいは,一定期間遺産の全部または一部の分割を禁止する等の処分をなす裁判であつて,その性質は本質的に非訴事件であるから,公開法廷における対審および判決によつてする必要なく,したがつて,右審判は憲法三二条,八二条に違反するものではない(最高裁昭和三六年(ク)第四一九号同四〇年六月三〇日大法廷決定,民集一九巻四号一〇八九頁,同昭和三七年(ク)第二四三号同四〇年六月三〇日大法廷決定,民集一九巻四号一一一四頁参照)。
 ところで,右遺産分割の請求,したがつて,これに関する審判は,相続権,相続財産等の存在を前提としてなされるものであり,それらはいずれも実体法上の権利関係であるから,その存否を終局的に確定するには,訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。しかし,それであるからといつて,家庭裁判所は,かかる前提たる法律関係につき当事者間に争があるときは,常に民事訴訟による判決の確定をまつてはじめて遺産分割の審判をなすべきものであるというのではなく,審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。けだし,審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから,これを争う当事者は,別に民事訴訟を提起して右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく,そして,その結果,判決によつて右前提たる権利の存在が否定されれば,分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解されるからである。このように,右前提事項の存否を審判手続によつて決定しても,そのことは民事訴訟による通条の裁判を受ける途を閉すことを意味しないから,憲法三二条,八二条に違反するのではない。
 以上のとおりであるから,本件において,前記憲法各条の違反をいう論旨は理由なく,また,論旨は,憲法一三条,二四条違反をもいうが,その実質は違憲に名をかりて原決定の単なる法令違反を主張するにすぎないものと認められるから,採用できない。
 よつて,民訴法八九条を適用し,主文のとおり決定する。
 この裁判は,裁判官山田作之助の意見があるほか,裁判官全員の一致した意見によるものである。
 裁判官山田作之助の意見は,次のとおりである。
 わたくしは,家事審判法九条一項乙類一〇号に規定する遺産分割に関する処分の審判が憲法三二条,八二条に違反しないとする結論については多数意見と同じであるが,その理由は,多数意見のように,右審判の本質が非訟事件であるからというのではなく,遺産分割の性質が家族団体の内部における構成員間の権利義務に関する争であるところに求めらるべきものと考える。
 この見解については,多数意見が援用する昭和四〇年六月三〇日の当大法廷の二決定中で既に述べたわたくしの意見とその理論的根拠を共通にするので,ここでは詳論を避ける。
 なお,多数意見によれば,遺産分割の審判の前提事項である相続権ないし相続財産等の存否に関して審判中で決定がなされた場合でも,後に通常の民事訴訟を提起することを妨げないというが,わたくしの見解によれば,かかる前提事項が家族団体内部の構成員であることにもとづく争である限りは,更に通常訴訟を以て争い得るということには到底賛同し難い。
  昭和四一年三月二日
     最高裁判所大法廷裁判長裁判官横田喜三郎,裁判官入江俊郎,同奥野健一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠,同下村三郎

共同相続人間における相続人の地位不存在確認の訴えと固有必要的共同訴訟(最判平成16年7月6日民集58巻5号1319頁)

共同相続人間における相続人の地位不存在確認の訴えと固有必要的共同訴訟
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人福地絵子、同福地明人の上告受理申立て理由について
1 記録によれば,本件の概要は,次のとおりである。
(1)甲(以下「甲」という。)は,平成9年3月14日死亡した。その法定相続人は,妻である乙並びに子である上告人,被上告人,丙及び丁である。
(2)上告人は,被上告人が甲の遺言書を隠匿し,又は破棄したものであり,被上告人がした上記行為は民法891条5号所定の相続欠格事由に当たると主張し,被上告人のみを被告として,被上告人が甲の遺産につき相続人の地位を有しないことの確認を求める本件訴訟を提起した。
2 被相続人の遺産につき特定の共同相続人が相続人の地位を有するか否かの点は,遺産分割をすべき当事者の範囲,相続分及び遺留分の算定等の相続関係の処理における基本的な事項の前提となる事柄である。そして,共同相続人が,他の共同相続人に対し,その者が被相続人の遺産につき相続人の地位を有しないことの確認を求める訴えは,当該他の共同相続人に相続欠格事由があるか否か等を審理判断し,遺産分割前の共有関係にある当該遺産につきその者が相続人の地位を有するか否かを既判力をもって確定することにより,遺産分割審判の手続等における上記の点に関する紛議の発生を防止し,共同相続人間の紛争解決に資することを目的とするものである。このような上記訴えの趣旨,目的に鑑みると,上記訴えは,共同相続人全員が当事者として関与し,その間で合一にのみ確定することを要するものというべきであり,いわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。
3 以上によれば,共同相続人全員を当事者としていないことを理由に本件訴えを却下した原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は,事案を異にし,本件に適切なものとはいえない。論旨は,採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官上田豊三,裁判官金谷利廣,同濱田邦夫,同藤田宙靖

遺産確認の訴えの適法性(最判昭和61年3月13日民集40巻2号389頁)

遺産確認の訴えの適法性
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人初鹿野千枝子代理人市木重夫の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 なお,原審は,第一審判決添付の物件目録(一)ないし(七),(一〇)及び(一一)記載の各不動産(但し,(一〇)については共有持分二分の一。以下同じ。)が昭和三五年一月二〇日に死亡した訴外初鹿野信忠の遺産であり,被上告人ら及び上告人らがその共同相続人(代襲相続人及び共同相続人の各相続人を含む。以下同じ。)であるとの事実を確定したうえ,遺産分割の前提問題として,右不動産が右信忠の遺産であることの確認を求める被上告人らの請求を認容すべきものとしているところ,このような確認の訴え(以下「遺産確認の訴え」という。)の適否につき,以下職権をもって検討することとする。
 本件のように,共同相続人間において,共同相続人の範囲及び各法定相続分の割合については実質的な争いがなく,ある財産が被相続人の遺産に属するか否かについて争いのある場合,当該財産が被相続人の遺産に属することの確定を求めて当該財産につき自己の法定相続分に応じた共有持分を有することの確認を求める訴えを提起することは,もとより許されるものであり,通常はこれによって原告の目的は達しうるところであるが,右訴えにおける原告勝訴の確定判決は,原告が当該財産につき右共有持分を有することを既判力をもって確定するにとどまり,その取得原因が被相続人からの相続であることまで確定するものでないことはいうまでもなく,右確定判決に従って当該財産を遺産分割の対象としてされた遺産分割の審判が確定しても,審判における遺産帰属性の判断は既判力を有しない結果(最高裁昭和三九年(ク)第一一四号同四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁参照),のちの民事訴訟における裁判により当該財産の遺産帰属性が否定され,ひいては右審判も効力を失うこととなる余地があり,それでは,遺産分割の前提問題として遺産に属するか否かの争いに決着をつけようとした原告の意図に必ずしもそぐわないこととなる一方,争いのある財産の遺産帰属性さえ確定されれば,遺産分割の手続が進められ,当該財産についても改めてその帰属が決められることになるのであるから,当該財産について各共同相続人が有する共有持分の割合を確定することは,さほど意味があるものとは考えられない。これに対し,遺産確認の訴えは,右のような共有持分の割合は問題にせず,端的に,当該財産が現に被相続人の遺産に属すること,換言すれば,当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであって,その原告勝訴の確定判決は,当該財産が遺産分割の対象たる財産であることを既判力をもって確定し,従って,これに続く遺産分割審判の手続において及びその審判の確定後に当該財産の遺産帰属性を争うことを許さず,もって,原告の前記意思によりかなった紛争の解決を図ることができるから,かかる訴えは適法である。もとより,共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は,基本的には民法二四九条以下に規定する共有と性質を異にするものではないが(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日判決・民集九巻六号七九三頁参照),共同所有の関係を解消するためにとるべき裁判手続は,前者では遺産分割審判であり,後者では共有物分割訴訟であって(最高裁昭和四七年(オ)第一二一号同五〇年一一月七日判決・民集二九巻一〇号一五二五頁参照),それによる所有権取得の効力も相違するというように制度上の差異があることは否定しえず,その差異から生じる必要性のために遺産確認の訴えを認めることは,分割前の遺産の共有が民法二四九条以下に規定する共有と基本的に共同所有の性質を同じくすることと矛盾しない。
 従って,被上告人らの前記請求に係る訴えが適法であることを前提として,右請求の当否について判断した原判決は正当である。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官角田禮次郎,裁判官谷口正孝,同高島益郎,同大内恒夫

共同相続人間における遺産確認の訴えと固有必要的共同訴訟(最判平成元年3月28日民集43巻3号167頁)

共同相続人間における遺産確認の訴えと固有必要的共同訴訟
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人丸茂忍の上告理由第二点について
 遺産確認の訴えは,当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであり,その原告勝訴の確定判決は,当該財産が遺産分割の対象である財産であることを既判力をもって確定し,これに続く遺産分割審判の手続及び右審判の確定後において,当該財産の遺産帰属性を争うことを許さないとすることによって共同相続人間の紛争の解決に資することができるのであって,この点に右訴えの適法性を肯定する実質的根拠があるのであるから(最高裁昭和五七年(オ)第一八四号同六一年三月一三日判決・民集四〇巻二号三八九頁参照),右訴えは,共同相続人全員が当事者として関与し,その間で合一にのみ確定することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官安岡滿彦,裁判官伊藤正己,同坂上壽夫,同貞家克己

特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えの適否(最判平成7年3月7日民集49巻3号893頁)

特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えの適否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人小川休衛,同入倉卓志の上告理由について
 上告人の本件訴えは,第一審判決添付の物件目録記載の各不動産が被相続人甲から乙(被上告人丙,同丁,同戊及び同己の被相続人),被上告人庚及び同辛に対し生計の資本として贈与された財産であることの確認を求めるものである。
 民法九〇三条一項は,共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻,養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に右遺贈又は贈与に係る財産(以下「特別受益財産」という。)の価額を加えたものを相続財産とみなし,法定相続分又は指定相続分の中から特別受益財産の価額を控除し,その残額をもって右共同相続人の相続分とする旨を規定している。すなわち,右規定は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に特別受益財産の価額を加えたものを具体的な相続分を算定する上で相続財産とみなすこととしたものであって,これにより,特別受益財産の遺贈又は贈与を受けた共同相続人に特別受益財産を相続財産に持ち戻すべき義務が生ずるものでもなく,また,特別受益財産が相続財産に含まれることになるものでもない。そうすると,ある財産が特別受益財産に当たることの確認を求める訴えは,現在の権利又は法律関係の確認を求めるものということはできない。
 過去の法律関係であっても,それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には,その存否の確認を求める訴えは確認の利益があるものとして許容される(最高裁昭和四四年(オ)第七一九号同四七年一一月九日判決・民集二六巻九号一五一三頁参照)が,ある財産が特別受益財産に当たるかどうかの確定は,具体的な相続分又は遺留分を算定する過程において必要とされる事項にすぎず,しかも,ある財産が特別受益財産に当たることが確定しても,その価額,被相続人が相続開始の時において有した財産の全範囲及びその価額等が定まらなければ,具体的な相続分又は遺留分が定まることはないから,右の点を確認することが,相続分又は遺留分をめぐる紛争を直接かつ抜本的に解決することにはならない。また,ある財産が特別受益財産に当たるかどうかは,遺産分割申立事件,遺留分減殺請求に関する訴訟など具体的な相続分又は遺留分の確定を必要とする審判事件又は訴訟事件における前提問題として審理判断されるのであり,右のような事件を離れて,その点のみを別個独立に判決によって確認する必要もない。
 以上によれば,特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えは,確認の利益を欠くものとして不適法である。本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,原判決の結論に影響しない部分の違法をいうものに帰し,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官大野正男,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同千種秀夫,同尾崎行信

民法903条1項により算定される具体的相続分の価額又は割合の確認を求める訴えの適否(最判平成12年2月24日民集54巻2号523頁)

民法903条1項により算定される具体的相続分の価額又は割合の確認を求める訴えの適否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
上告代理人松岡一章の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 民法九〇三条一項は,共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻,養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除し,その残額をもって右共同相続人の相続分(以下「具体的相続分」という。)とする旨を規定している。具体的相続分は,このように遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって,それ自体を実体法上の権利関係であるということはできず,遺産分割審判事件における遺産の分割や遺留分減殺請求に関する訴訟事件における遺留分の確定等のための前提問題として審理判断される事項であり,右のような事件を離れて,これのみを別個独立に判決によって確認することが紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要であるということはできない。
 したがって,共同相続人間において具体的相続分についてその価額又は割合の確認を求める訴えは,確認の利益を欠くものとして不適法であると解すべきである。
 以上によれば,上告人の本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は是認できる。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものであって,採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官遠藤光男,裁判官小野幹雄,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎

共同相続人との第三者共有関係の解消方法(最判昭和50年11月7日民集29巻10号1525頁)

共同相続人の一部から遺産を構成する特定不動産の共有持分権を譲り受けた第三者が共有関係解消のためにとるべき裁判手続
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人らの上告理由について
 上告人らの訴訟被承継人である甲が訴外乙からその有する本件土地建物の持分二分の一の贈与を受けてその共有権者になったとし被上告人を相手として提起した共有権確認及び共有物分割訴訟につき,原判決は,本件土地建物は亡丙または亡丁の遺産であって,被上告人と訴外乙が各二分の一の持分をもって相続したものであるが,遺産の分割については当事者間において未だ協議が調っていないことを確定したうえ,共有持分権の譲受人であっても遺産分割以前に遺産を構成する個々の財産につき民法二五八条に基づく共有物分割訴訟を提起することは許されないとして,甲の右訴を却下したものである。

しかし,共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は,基本的には民法二四九条以下に規定する共有としての性質を有すると解するのが相当であって(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日判決・民集九巻六号七九三頁参照),共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は,適法にその権利を取得することができ(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日判決・民集一七巻一号二三五頁参照),他の共同相続人とともに右不動産を共同所有する関係にたつが,右共同所有関係が民法二四九条以下の共有としての性質を有するものであることはいうまでもない。そして,第三者が右共同所有関係の解消を求める方法として裁判上とるべき手続は,民法九〇七条に基づく遺産分割審判ではなく,民法二五八条に基づく共有物分割訴訟であると解するのが相当である。何故なら,共同相続人の一人が特定不動産について有する共有持分権を第三者に譲渡した場合,当該譲渡部分は遺産分割の対象から逸出するものと解すべきであるから,第三者がその譲り受けた持分権に基づいてする分割手続を遺産分割審判としなければならないものではない。のみならず,遺産分割審判は,遺産全体の価値を総合的に把握し,これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法九〇六条所定の基準に従って分割することを目的とするものであるから,本来共同相続人という身分関係にある者または包括受遺者等相続人と同視しうる関係にある者の申立に基づき,これらの者を当事者とし,原則として遺産の全部について進められるべきものであるところ,第三者が共同所有関係の解消を求める手続を遺産分割審判とした場合には,第三者の権利保護のためには第三者にも遺産分割の申立権を与え,かつ,同人を当事者として手続に関与させることが必要となるが,共同相続人に対して全遺産を対象とし前叙の基準に従いつつこれを全体として合目的的に分割すべきであって,その方法も多様であるのに対し,第三者に対しては当該不動産の物理的一部分を分与することを原則とすべきものである等,それぞれ分割の対象,基準及び方法を異にするから,これらはかならずしも同一手続によって処理されることを必要とするものでも,またこれを適当とするものでもなく,さらに,第三者に対し右のような遺産分割審判手続上の地位を与えることは前叙遺産分割の本旨にそわず,同審判手続を複雑にし,共同相続人側に手続上の負担をかけることになるうえ,第三者に対しても,その取得した権利とはなんら関係のない他の遺産を含めた分割手続の全てに関与したうえでなければ分割を受けることができないという著しい負担をかけることがありうる。これに対して,共有物分割訴訟は対象物を当該不動産に限定するものであるから,第三者の分割目的を達成するために適切であるということができるうえ,当該不動産のうち共同相続人の一人が第三者に譲渡した持分部分を除いた残余持分部分は,なお遺産分割の対象とされるべきものであり,第三者が右持分権に基づいて当該不動産につき提起した共有物分割訴訟は,畢竟,当該不動産を第三者に対する分与部分と持分譲渡人を除いた他の共同相続人に対する分与部分とに分割することを目的とするものであって,右分割判決によって共同相続人に分与された部分は,なお共同相続人間の遺産分割の対象になるものと解すべきであるから,右分割判決が共同相続人の有する遺産分割上の権利を害することはないということができる。このような両手続の目的,性質等を対比し,かつ,第三者と共同相続人の利益の調和をはかるとの見地からすれば,本件分割手続としては共有物分割訴訟をもって相当とすべきである。
 従って,これに反する原審の判断には法令解釈を誤った違法があり,その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 なお,共有権確認の訴について,原審はなんら理由を開示することなく該訴を却下しているが,共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産についての共有持分権を譲り受けたと主張する甲が右譲受を争う被上告人を相手として提起した共有権確認の訴が当然に不適法になる理由はないから,原審の右判断には法令の解釈を誤ったか理由不備の違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 よって,原判決を破棄し,本件はなお審理をつくす必要があるから,これを原審に差し戻すべく,民訴法四〇七条一項に従い裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

     最高裁裁判長裁判官大塚喜一郎,裁判官岡原昌男,同吉田豊,同本林讓

相続財産管理人は相続財産訴訟における相続人の法定代理人(最判昭和47年11月9日民集26巻9号1566頁)

民法936条1項の規定による相続財産管理人は相続財産訴訟における相続人の法定代理人
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人中林裕一の上告理由一について。

民法九三六条一項の規定により相続財産管理人が選任された場合には,同人が相続財産全部について管理・清算をすることができるのであるが,この場合でも,相続人が相続財産の帰属主体であることは単純承認の場合と異なることはなく,また,同条二項は,相続財産管理人の管理・清算が「相続人のために,これに代わって」行なわれる旨を規定しているのであるから,前記の相続財産管理人は,相続人全員の法定代理人として,相続財産につき管理・清算を行うものというべきである。従って,相続人は,同条一項の相続財産管理人が選任された場合であっても,相続財産に関する訴訟につき,当事者適格を有し,前記の相続財産管理人は,その法定代理人として訴訟に関与するものであって,相続財産管理人の資格では当事者適格を有しないと解するのを相当とする。論旨引用の当庁昭和四三年(オ)第四三五号同年一二月一七日判決(裁判集民事九三号六五九頁)も右と同旨の見解を前提とするものと解せられる。それ故,上告人が相続財産管理人たる資格において提起した本件訴につき,同人に当事者適格がないとした原審の判断は,正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同二について。
 本件記録によれば,上告人は亡甲の相続財産管理人であるとの資格のみをもって,当事者として,訴を提起したことが明らかであり,本件訴訟の経緯に鑑みれば,原審に所論の釈明義務があるとすることはできない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用しがたい。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官岩田誠,裁判官大隅健一郎,同藤林益三,同下田武三,同岸盛一

特別緑故者が提起した遺言無効確認の訴えの利益(最判平成6年10月13日家月47巻9号52頁)

相続財産分与の審判前に特別緑故者に当たると主張する者が提起した遺言無効確認の訴えと訴えの利益の有無
       主   文
 一 原判決中,被上告人甲,同乙の請求に関する部分を破棄し,右部分につき第一審判決を取り消す。
 二 被上告人甲,同乙の本件訴えを却下する。
 三 上告人らのその余の上告を棄却する。
 四 第一,二項に関する訴訟の総費用は,被上告人甲,同乙の負担とし,第三項に関する上告費用は,上告人らの負担とする。
       理   由
一 上告代理人武田安紀彦の上告理由第一点について
1本件記録によれば,被上告人甲,同乙(以下「被上告人甲ら」という。)の本件訴えは,亡Xの昭和六〇年八月一四日付けの自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)が意思能力を欠いた状態で作成されたものであるとして,本件遺言に受遺者と記載された上告人らに対し,その無効確認を求めるものであるが,原審の確定した事実関係によると,被上告人甲はXのいとこ(四親等の血族),被上告人乙は被上告人甲の妻であり,Xには相続人のあることが明らかでない,というのである。
2原審は,右事実関係の下において,被上告人甲らは民法九五八条の三第一項所定の特別縁故者に当たり,本件遺言の無効確認を求める原告適格があると判断した。
3しかし,原審の右判断は是認できない。何故なら,本件遺言が無効である場合に,被上告人甲らか民法九五八条の三第一項所定の特別縁故者として相続財産の分与を受ける可能性があるとしても,右の特別縁故者として相続財産の分与を受ける権利は,家庭裁判所における審判によって形成される権利にすぎず,被上告人甲らは,右の審判前に相続財産に対し私法上の権利を有するものではなく,本件遺言の無効確認を求める法律上の利益を有するとはいえないからである。そうすると,被上告人甲らの本件訴えは不適法であるから,これを適法として本案の判断をし,その請求を認容すべきものとした原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。右の違法をいう論旨は理由があるから,原判決中の被上告人甲らの請求に関する部分を破棄し,右訴えにつき本案の判決をした第一審判決を取り消した上,右訴えを却下することとする。
二 その余の上告理由について
 本件遺言は,老人性痴呆症で意思能力の欠如しているXに上告人石井秀雄が下書きを見せて書き写させて作成したもので無効であるとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして,正当として是認することができ,その過程にも所論審理不尽等の違法はない。論旨は採用できない。
三 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,三八四条,九六条,九五条,九三条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官小野幹雄,裁判官大堀誠一,同三好達,同大白勝,同高橋久子

相続回復請求権

   相続回復請求権に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

家督相続回復請求権の消滅時効の起算点(最判昭和23年11月6日民集2巻12号397頁)

家督相続回復請求権の消滅時効の起算点
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告訴訟代理人竹内重雄の上告理由について
 本件係争の家督相続が開始したのは被上告人の先々代甲の死亡の日たる明治三六年五月二日であるから右相続に関しては改正民法附則第二五条第一項の規定により改正前の民法を適用すべきである,従って改正前の民法第九六六条の規定が本件に適用のあることは言うまでもないところである而して右規定によると家督相続回復の請求権は家督相続人又はその法定代理人が相続権侵害の事実を知った時から五年間之を行わないときは無効により消滅す,相続開始の時から二〇年を経過したとき亦同じとなっているのである,そしてこの後段の二〇年の時効も亦時効として一般時効に関する規定に従い中断せられることもあり又完成した時効の利益を抛棄することもできるのであるが唯この二0年の時効の進行については一般の消滅時効と多少差異があるのである。一般の消滅時効は権利が発生してそれが行使できる時から進行するのである,これに反し前記法条によると相続開始の時をもって二〇年の時効の起算点としているのであるから相続開始後相続権の侵害せられるまでの期間は家督相続回復の請求権はまだ発生していないのであって従ってこれを行使することはできないに拘らずその消滅時効は相続開始の時から進行を始め右の期間は当然に時効期間に算入せられることになるのである,そしてこのことは相続権の侵害が相続開始後二〇年の期間内に行われた場合に限るべきではなく,相続権の侵害が二〇年の期間後に行われた場合も亦同様に解すべきである,蓋し法律が二〇年の長期時効を認めたのは家督相続に関する争は相続開始後二〇年以上の長年月を経た後は二〇年の時効で打切ることが家督相続の性質上からも又公益上からも必要であるという趣旨に出たものであるから,若しこれを相続権の侵害が二〇年以後行われた場合には長期時効の適用がないとするならば家督相続の争が二〇年以上の長年月に渉り行われる結果になり法律がこの時効を認めた趣旨に背馳することになるのである,原判決の確定した事実は単身戸主であった甲は明治三十六年五月二〇日死亡し被上告人先代乙が若松区裁判所昭和一一年(チ)第一二八号決定をもって招集された親族会によって昭和一一年九月二六日右甲の家督相続人に選定され同年六月二七日甲の家督相続届出をしたが乙は昭和一八年一二月一四日死亡し同人の養子である被上告人が昭和一九年一月三一日乙の家督相続届出をし丙家の戸主として戸籍に登載されている,ところが被上告人の先代乙を甲の家督相続人として選定した前記決議は昭和二一年一二月一三日福島地方裁判所若松支部で之を無効とする判決があり右判決は確定し次いで若松区裁判所昭和二二年(チ)第一五号決定に基く親族会において昭和二二年三月二二日上告人が甲の家督相義人に選定されたというのである,そして原判決は民法第九百六六条の所謂家督相続回復の請求権の時効は相続開始の時から進行するから中断事由の認められない本件においては家督相続回復の請求権は相続開始の翌日たる明治三十六年五月二一日から起算して二〇年の後たる大正一二年五月二日時効完成したものと判断し被上告人の時効の抗弁を理由あるものとしたのであって何等所論の如き違法はない論旨は理由なきものである。
 よって本件上告は理由がないから民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条により主文の如く判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
    最高裁裁判長裁判官霜山精一,裁判官塚崎直義,同栗山茂,同藤田八郎

相続権被侵害者の相続人の侵害者に対する相続回復請求権の消滅時効の起算点(最判昭和39年2月27日民集18巻2号383頁)

相続権を侵害された者の相続人が右侵害者に対して有する相続回復請求権の消滅時効の起算点
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人田中一男の上告理由第一乃至第四(摘示要旨第一点乃至第三点)について。
 所論は,亡甲が亡乙の遺産を全部相続したと誤解した旨の原判決の認定は証拠に基づかない違法があり,また,右甲の誤解だけでは同人の内心の意思だけにとどまり未だ相続権侵害の事実はなきのみならず,右甲が所有の意思を以て本件土地を管理していたものと認められない以上,相続権侵害は存在しないのに,本件土地について右甲による相続権侵害の存在を認めた原判決には,審理を尽さず相続回復請求権に関する法の解釈適用を誤った違法があると主張する。
 しかし,原判決の認定するところによれば,亡甲が亡乙の死亡により遺産相続があったことは全然考えず,本件土地を含めて乙の全遺産を家督相続により取得したものと誤解して,丙の父及び祖父を補助者として本件土地を管理使用して来たというのであり,右認定は原判決挙示の証拠関係に照して首肯できないことはない。そして,所謂表見相続人により相続権を侵害されたとして相続回復請求権を行使するには,右表見相続人に於て相続権侵害の意思あること及び所有の意思を以って相続財産を占有することを要せず,現に相続財産を占有して客観的に相続権侵害の事実状態が存在すれば足りると解するを相当とする。しからば,右甲に相続権侵害の事実ありと認定判断した原判決には,所論違法は認められず,所論は畢竟,原審の適法にした証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,採用できない。
 同第五(摘示要旨第四点)について。
 所論は,原判決は本件相続回復請求権の消滅時効の起算点につき審理を尽さず,法の解釈適用を誤った違法があると主張する。
 しかし,旧民法九六六条,九九三条(民法八八四条)の相続回復請求権の二〇年の時効は,相続権侵害の事実の有無に拘らず相続開始の時より進行すると解すべきことは,当裁判所の判例(昭和二三年(オ)第一号同年一一月六日判決民集二巻一二号三九七頁参照)とするところである。本件について見るに,丁の相続権はその相続の当初より甲に侵害され,その侵害の状態が引き続き爾後の相続人に及んでいると認定されていること叙上のとおりであるから,甲が爾後の相続人の相続権を侵害しているとしても,新たな侵害が存在するわけではなく,丁の相続人戊以後上告人に至るまでの相続人らの相続回復請求権の消滅時効期間二〇年の起算点は,乙の死亡により甲及び丁の相続が開始した時であるとした原判決の判断は正当であって,所論違法は認められない。所論は独自の見解に立って原判決を非難するものであって,採用できない。
 その余の論旨(同第六,補充第一乃至第三)について。
 所論は,上述主張をくり返し敷衍し,或は原審の認定判断を得ない事実を主張して,原審のなした証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,すべて採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同斎藤朔郎

共同相続人の1人により相続権を侵害された共同相続人が侵害排除を求める請求につき民法884条が排除される場合(最判昭和53年12月20日民集32巻9号1674頁)

共同相続人の1人により相続権を侵害された共同相続人のその侵害の排除を求める請求について民法884条の適用が排除される場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人田中義明,同田中達也の上告理由について
 一 原審が適法に確定した本件の事実関係は,おおむね次のとおりである。
 (1) 第一審判決添付の別紙目録(一),(二),(三)記載の各不動産は,もと訴外甲の所有であったが,昭和二八年一二月一五日同訴外人の死亡に伴う遺産相続によって,同訴外人の妻である訴外乙が三分の一,その長男訴外亡丙(同訴外人は,昭和一九年に戦死した。)の子である上告人丁が六分の一,その二男訴外亡戊(同訴外人は,昭和二一年七月一五日死亡した。)の子である訴外己及び被上告人庚が各一二分の一,その三男である上告人辛及びその四男である上告人壬が各六分の一の割合をもって,これを共同相続した。
 (2) ところが,上告人丁は右目録(一)記載の不動産について,上告人辛は右目録(二)記載の不動産について,上告人壬は右目録(三)記載の不動産について,いずれも昭和二八年一二月一五日相続を原因として各単独名義の所有権移転登記を経由した。
 (3) 右各不動産を各上告人の単独所有とし,かつ,単独名義の所有権移転登記を経由するにつき被上告人の同意を得たことについては,立証がない。
 二 以上の事実関係のもとにおいて,上告人らが,上告人らの右単独名義の所有権移転登記が被上告人の共有持分権の侵害にあたるとしても相続権に基づいて相続財産の回復を求める請求は共同相続人相互の間においても相続回復請求権の行使にほかならないものであるところ,被上告人の本件各不動産に対する相続回復請求権は被上告人が上告人らの所有権移転登記のされた事実を知った時から五年を経過したことにより時効によって消滅したと主張したのに対し,原審は,共同相続人が遺産分割の前提として相続財産について他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は,相続回復請求ではなく,通常の共有権に基づく妨害排除請求であると解するのが相当であるとして,上告人らの主張を排斥し,被上告人の請求を認容した。
 三 思うに,民法八八四条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである。そして,同条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは,表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。
 1 そこで,まず,右法条が共同相続人相互間における相続権の帰属に関する争いの場合についても適用されるべきかどうかについて,検討する。
 (一) 現行の民法八八四条は昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法のもとにおいて家督相続回復請求権の消滅時効を定めていた同法九六六条を遺産相続に準用した同法九九三条の規定を引き継いだものであると解されるところ,右九九三条は遺産相続人相互間における争いにも適用があるとの解釈のもとに運用されていたものと考えられ(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁,最高裁昭和三七年(オ)第一二五八号同三九年二月二七日判決・民集一八巻二号三八三頁の事案参照),また,右法律改正の際に共同相続人相互間の争いについては民法八八四条の適用を除外する旨の規定が設けられなかったという経緯があるばかりでなく,(二) 相続人が数人あるときは,各相続財産は相続開始の時からその共有に属する(民法八九六条,八九八条)ものとされ,かつ,その共有持分は各相続人の相続分に応ずる(民法八九九条)ものとされるから,共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分についての他の共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,他の共同相続人の相続権を侵害している場合は,右の本来の相続持分をこえる部分に関する限り,共同相続人でない者が相続人であると主張して共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と理論上なんら異なるところがないと考えられる。さらに,(三) これを第三者との関係においてみるときは,当該部分の表見共同相続人と真正共同相続人との間のその部分についての相続権の帰属に関する争いを短期間のうちに収束する必要のあることは,共同相続人でない者と共同相続人との間に争いがある場合と比較して格別に径庭があるわけではない(たとえば,共同相続人相互間の争いの場合に民法八八四条の規定の適用がないものと解するときは,表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者は相当の年月を経たのちにおいてもその部分の返還を余儀なくされ,また,相続債権者は共同相続人の範囲又はその相続分が相当の年月にわたり確定されない結果として債権の行使につき不都合を来すこと等が予想される。)。
 以上の諸点に鑑みると,共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき,民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが,相当である。
 なるほど,民法九〇七条は,共同相続人は被相続人又は家庭裁判所が分割を禁じた場合を除くほか何時でもその協議で遺産の分割をすることができ,協議が調わないとき又は協議をすることができないときはその分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。しかし,(一) 右は,共同相続人の意思により民法の規定に従い各共同相続人の単独所有形態を形成確定することを原則として何時でも実施しうる旨を定めたものであるにとどまり,相続開始と同時に,かつ,遺産分割が実施されるまでの間は,可分債権(それは,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係には立たないものと解される。従って,この場合には,共同相続人のうちの一人又は数人が自己の債権となった分以外の債権を行使することが侵害行為となることは,明白である。)を除くその他の各相続財産につき,各共同相続人がそれぞれその相続分に応じた持分を有することとなると同時に,その持分をこえる部分については権利を有しないものであり,共同相続人のうちの一人又は数人による持分をこえる部分の排他的占有管理がその侵害を構成するものであることを否定するものではないというべきである。(もっとも,遺産の分割前における共同相続人の各相続財産に対する権利関係が上述のように共有であるとする以上,共同相続人のうちの一人若しくは数人が相続財産の保存とみられる行為をし,又は他の共同相続人の明示若しくは黙示の委託に基づき,あるいは事務管理として,自己の持分をこえて相続財産を占有管理することが,ここにいう侵害にあたらないことはいうまでもない。)また,(二) 遺産の分割が行われるまで遺産の共有状態が保持存続されることが望ましいとしても,遺産の分割前に共同相続人のうちの一人又は数人による相続財産の侵害の結果として相続財産の共有状態が崩壊し,これを分割することが不能となる場合のあることは,共同相続人のうちの一人又は数人が侵害した相続財産を時効により取得し又は侵害した相続動産を第三者に譲渡した結果第三者がこれを即時取得した場合において最も明らかなように,事実として否定することのできないところである。民法九〇七条は,遺産の共有状態が崩壊したのちにおいてもその共有状態がなお存続するとの前提で遺産の分割をすべき旨をも定めていると解すべきではない。
 2 次に,共同相続人がその相続持分をこえる部分を占有管理している場合に,その者が常にいわゆる表見相続人にあたるものであるかどうかについて,検討する。
 思うに,自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し,又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し,相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は,本来,相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないものと解するのが,相続の回復を目的とする制度の本旨に照らし,相当というべきである。そもそも,相続財産に関して争いがある場合であっても,相続に何ら関係のない者が相続にかかわりなく相続財産に属する財産を占有管理してこれを侵害する場合にあっては,当該財産がたまたま相続財産に属するというにとどまり,その本質は一般の財産の侵害の場合と異なるところはなく,相続財産回復という特別の制度を認めるべき理由は全く存在せず,法律上,一般の侵害財産の回復として取り扱われるべきものであって,このような侵害者は表見相続人というにあたらないものといわなければならない。このように考えると,当該財産について,自己に相続権かないことを知りながら,又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず,自ら相続人と称してこれを侵害している者は,自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するための口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきものであるにすぎず,実質において一般の物権侵害者ないし不法行為者であって,いわば相続回復請求制度の埓外にある者にほかならず,その当然の帰結として相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者にはあたらないというべきである。
 これを共同相続の場合についていえば,共同相続人のうちの一人若しくは数人が,他に共同相続人がいること,ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば,戸籍上はその者が唯一の相続人であり,かつ,他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,これを占有管理している場合は,もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず,従って,その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではないものといわなければならない。
 3 このようにみてくると,共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき,民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが相当であるが,一般に各共同相続人は共同相続人の範囲を知っているのが通常であるから,共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは,特殊な場合に限られることとなる
 四 そこで,本件についてみると,前に判示した事実関係のもとにおいては,共同相続人の一部である上告人らは,相続財産に属する前記各不動産について,他に共同相続人として被上告人がいることを知りながらそれぞれ単独名義の相続による所有権移転登記をしたものであることが明らかであり,しかも,上告人らの本来の持分をこえる部分につき上告人らのみに相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があることは,何ら主張立証がされていない。
 五 そうすると,被上告人から上告人らに対し右各不動産についてされた上告人らの単独名義の相続登記の抹消を求める請求は民法八八四条所定の消滅時効にかからないと解したうえ,右請求は,右各登記について現に登記名義を有している各上告人の持分の割合を一二分の一一,被上告人の持分の割合を一二分の一とする更正登記を求める限度で理由があるとしてこれを認容した原審の判断は,結論において相当として是認できる。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法三九六条,三八四条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官高辻正己,同服部高顯,同環昌一,同藤崎萬里の各補足意見,裁判官大塚喜一郎,同吉田豊,同団藤重光,同乗本一夫,同本山亭,同戸田弘の意見があるほか,裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
   最高裁判所大法廷裁判長裁判官岡原昌男,裁判官江里口清雄,同大塚喜一郎,同高辻正己,同吉田豊,同団藤重光,同本林譲,同服部高顯,同環昌一,同栗本一夫,同藤崎萬里,同本山亨,同戸田弘,
同天野武一 同岸上康夫は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官岡原昌男

単独名義で相続登記を経由した共同相続人の一人から不動産譲受人と相続回復請求権の消滅時効の援用(最判平成7年12月5日家月48巻7号52頁)

単独名義で相続登記を経由した共同相続人の一人から不動産譲受人と相続回復請求権の消滅時効の援用
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人籠池宗平の上告理由三(五)について
 共同相続人のうちの一人である甲が,他に共同相続人がいること,ひいては相続財産のうち甲の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながら,又はその部分についても甲に相続による持分があるものと信ずべき合理的な事由がないにもかかわらず,その部分もまた自己の持分に属するものと称し,これを占有管理している場合は,もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合には当たらず,甲は,相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し,民法八八四条の規定する相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者に当たらない(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号一六七四頁参照)。そして,共同相続の場合において相続回復請求制度の問題として扱うかどうかを決する右のような悪意又は合理的事由の存否は,甲から相続財産を譲り受けた第三者がいるときであっても甲について判断すべきであるから,相続財産である不動産について単独相続の登記を経由した甲が,甲の本来の相続持分を超える部分が他の共同相続人に属することを知っていたか,又は右部分を含めて甲が単独相続をしたと信ずるにつき合理的な事由がないために,他の共同相続人に対して相続回復請求権の消滅時効を援用することができない場合には,甲から右不動産を譲り受けた第三者も右時効を援用することはできない。
 これを本件についてみるに,所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右事実によると,亡Xの共同相続人の一人であるYは,相続財産に属する本件土地について,共同相続人である被上告人らの承諾を得ることなく,無断で遺産分割協議書を作成して,単独名義の相続による所有権移転登記をしたというのであるから,Yが,本件土地の本来の相続持分を超える部分が他の共同相続人に属するものであることを知っていたか,又はその部分も含めて本件土地を単独相続したと信ずるにつき合理的な事由があるとはいえないことが明らかであって,相続回復請求制度の適用が予定されている場合に当たらず,Yは,民法八八四条の規定する相続回復請求権の消滅時効を援用することはできない。従って,同人から本件土地を譲り受けた上告人についても,同条の規定の適用はない。これと同旨の原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官園部逸夫,裁判官可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信

共同相続人間で一部が他者を共同相続人でないとしてその相続権を侵害している場合に相続回復請求権の消滅時効を援用せんとする者の要立証事項(最判平成11年7月19日民集53巻6号1138頁)

共同相続人間で一部が他者を共同相続人でないとしてその相続権を侵害している場合に相続回復請求権の消滅時効を援用せんとする者の要立証事項
       主   文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人竹下義樹の上告理由について
 一 本件は,亡丙の共同相続人の一人である上告人が,他の共同相続人ないしその相続人である被上告人らが丙の相続財産である土地を売却して,その代金を被上告人らのみで分配し,上告人の相続権を侵害したとして,被上告人らに対し不当利得の返還を求め,これに対し,被上告人らが,上告人の請求は相続回復請求権の行使であるとし,同請求権は丙の死後二〇年の経過により時効消滅したと主張している訴訟である。
 二 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 丙は,岐阜県大垣市子町丑丁目寅番の宅地(以下「従前土地」という。)を所有していたが,右土地は,大垣市を施行者とする土地区画整理事業の対象地となった。
 2 丙は,昭和三〇年九月二四日に死亡した。丙の相続人は,妻丁,嫡出子である戊及び己並びに非嫡出子である上告人,被上告人庚,同辛,壬及び癸であった。
 丁は,昭和四七年一二月一一日に死亡した。丁の相続人は,養子である被上告人壱である。
 3 大垣市は,昭和五一年二月二七日,土地区画整理登記令二条四号に基づき,丙の共同相続人らに代わって,職権で従前土地につき所有権保存登記手続をしたが,その際,共同相続人らのうち被上告人壱,同庚,同辛,戊及び己だけを共有持分権者として上告人,壬及び癸を脱漏し,その共有持分を,被上告人壱が九分の三,同庚及び同辛が各九分の一,戊及び己が各九分の二とした(以下「本件登記」という。)。
 4 従前土地は,昭和五一年一〇月二七日付け換地処分により,同所卯番の宅地(以下「本件土地」という。)に換地された。その後,戊の持分(九分の二)については被上告人弐がその全部を,己の持分(九分の二)については被上告人乙及び同参が九分の一ずつを各相続し,その旨の持分移転登記を了した。
 5 被上告人らは,平成三年三月一〇日,本件土地を代金五〇〇二万二〇〇〇円で泗外一名に売却し,持分全部移転登記を了し,代金を登記簿上の持分割合に応じて被上告人らのみで分配した。
 三 原審は,次のように判断して相続回復請求権の時効消滅を認め,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 1 相続財産について,共同相続人のうちの数人において自己の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属することを知りながら,又は当該部分についても自己に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由がないにもかかわらず,その部分もまた自己の持分に属するものであると称してこれを占有管理している場合には,侵害者である相続人は相続回復請求権の消滅時効を援用して自己に対する侵害の排除の請求を拒むことはできない。
 2 侵害者である相続人が侵害部分が他の共同相続人の持分に属することを知っていたかどうか,又は当該部分についても自己に相続持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があったかどうかは,相続権侵害行為がされた時点を基準として判断すべきである。本件においては,昭和五一年二月二七日の本件登記によって上告人の相続権侵害が開始されたものというべきである。
 3 被上告人らが侵害部分が上告人の持分に属することを知っていたこと,又は侵害部分についても被上告人らに相続持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由がなかったことを認めるに足りる証拠はない。かえって,本件においては被上告人らにおいて積極的に侵害行為をしたものではなく,大垣市の誤った代位登記により結果的に上告人の持分を侵害することとなった経緯や丙に関して極めて複雑な相続関係が生じていたことなどに鑑みると,被上告人らにはこの点に関する悪意ないし過失はなかったものと推認される。
 四 しかし,原審の右三3の判断は,これを是認できない。その理由は,次のとおりである。

1 共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分を超える部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合にも民法八八四条は適用される。しかし,真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が,他に共同相続人がいること,ひいて相続財産のうち自己の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,これを占有管理している場合は,もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合には当たらず,相続回復請求権の消滅時効を援用して真正共同相続人からの侵害の排除の請求を拒むことはできない(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号一六七四頁)。
 2 真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が他に共同相続人がいることを知っていたかどうか及び本来の持分を超える部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があったかどうかは,当該相続権侵害の開始時点を基準として判断すべきである。
 そして,相続回復請求権の消滅時効を援用しようとする者は,真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が,右の相続権侵害の開始時点において,他に共同相続人がいることを知らず,かつ,これを知らなかったことに合理的な事由があったこと(以下「善意かつ合理的事由の存在」という。)を主張立証しなければならないと解すべきである。なお,このことは,真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人において,相続権侵害の事実状態が現に存在することを知っていたかどうか,又はこれを知らなかったことに合理的な事由があったかどうかにかかわりないものというべきである。 3 これを本件について見ると,次のとおりである。
 (一) 民法八八四条にいう相続権が侵害されたというためには,侵害者において相続権侵害の意思があることを要せず,客観的に相続権侵害の事実状態が存在すれば足りると解すべきであるから(最高裁昭和三七年(オ)第一二五八号同三九年二月二七日判決・民集一八巻二号三八三頁参照),本件における上告人の相続権侵害は,大垣市が本件登記手続をしたことにより,本件登記の時に始まったというべきである。
 従って,被上告人らが相続回復請求権の消滅時効を援用するためには,丙の相続人であり,従前地の所有名義人とされた被上告人壱,同庚,同辛,戊(被上告人弐につき)及び己(被上告人乙及び同参につき)について,本件登記の時点における前記の善意かつ合理的事由の存在をそれぞれ主張立証しなければならない。
 (二) 原判決は,被上告人らに悪意ないし過失はなかったと判示しているが,上告人と被上告人庚及び同辛が両親を同じくすることは証拠上明らかであり,同辛が上告人と特に親しくしていた事実も認定されていることに鑑みると,右判示にいう悪意ないし過失は,本件登記に上告人の相続権を侵害する部分が存することについての悪意ないし過失,すなわち本件登記が存在することを知っていたこと,又は本件登記の存在を知らなかったことに合理的な事由がなかったことをいうものと解され,前記の善意かつ合理的事由の存在について正当に認定判断しているものとは認められない(原判決は,被上告人庚及び同辛については,同被上告人らが本件登記が存在することを知っていたかどうか,又は本件登記の存在を知らなかったことに合理的な事由があったかどうかのみを判断して,右の善意かつ合理的事由の存在について認定判断をしておらず,被上告人壱については,信義則違反の主張に対する判示部分において,同被上告人が本件登記の存在を知らなかったこと及び上告人の身分関係について正確に分からなかったことを認定しているものの,同被上告人が他の共同相続人である上告人の存在を知らなかったことについての合理的事由の存在を認定判断していない。)。また,被上告人弐,同乙及び同参については,その被相続人である戊,己について右の善意かつ合理的事由の存在を認定判断すべきであるのに,原判決は,これについて何ら認定判断をしていない。
 (三) そうすると,被上告人らによる消滅時効の援用を認めた原審の判断は,民法八八四条の解釈適用を誤ったものというべきであり,その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,被上告人らが相続回復請求権の消滅時効の援用をするための要件の存否について更に審理判断させるため,右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官小野幹雄,裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同藤井正雄,同大出峻郎

相続の放棄・承認

   相続の放棄・承認に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

相続の放棄申述受理の無効を訴訟において主張することの許否(最判昭和29年12月24日民集8巻12号2310頁

相続の放棄申述受理の無効を訴訟において主張することの許否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告理由第二点について。
 家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには,その要件を審査した上で受理すべきものであることはいうまでもないが,相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。
 その他の論旨はすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず,又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よつて,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官井上登,裁判官島保,同河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

相続放棄の申述と申述者の自書の要否(最判昭和29年12月21日民集8巻12号2222頁)

相続放棄の申述と申述者の自書の要否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岡本繁四郎,同大島清七の上告理由は後記のとおりである。
 同第一点について。
 家庭裁判所が,相続放棄の申述を受理することは審判事項であるから,その申述が本人の真意に基ずくことを認めた上これを受理すべきでありそのため必要な手続はこれを行うことを原則とするが,申述書自体により右の趣旨を認め得るかぎり必ずしも常に本人の審問等を行うことを要するものではない。そして家事審判規則一一四条二項が,申述書には本人又は代理人がこれに署名押印しなければならないと定めたのは,本人の真意に基ずくことを明らかにするためにほかならないから,原則としてその自署を要する趣旨であるが,特段の事情があるときは,本人又は代理人の記名押印があるにすぎない場合でも家庭裁判所は,他の調査によつて本人の真意に基ずくことが認められる以上その申述を受理することを妨げない。本件についてみるに,原判決及びその引用する第一審判決の判示するところによれば,十分な証拠調を行った上,上告人が真実に相続を放棄した事実を認定しその請求を排斥したことが明らかであり,またその判断に誤りは認めらられない。従つて仮りに本件の家庭裁判所が所論一の(一)(二)に述べるような手続によつて本件申述を受理したとすれば,慎重を欠いたそしりを免れないが,それだけで本件相続放棄の申述を無効ということはできない。その他の論旨は,原審の証拠の取捨判断又は事実認定を非難するに過ぎない。
 同第二点について。
 所論は,憲法一四条一項違反をいうが,その実質は原審の事実の誤認ないし法令違反を主張するに過ぎず,第一点について説明したとおりであるから採用できない。
 よつて,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
      最高裁裁判長裁判官井上登,裁判官島保,同河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

相続放棄の申述と錯誤(最判昭和40年5月27日家月17巻6号251頁)

相続放棄の申述と錯誤
       主   文
  一 第一審判決添付第一目録記載の物件に関する部分につき,本件上告を棄却する。
 二 第一審判決添付第二目録記載の物件に関する部分につき,
  (一) 上告人ならびに被上告人甲,同乙,同丙,同丁,同戊及び同己の間において,原判決を破棄する。
  (二) 上告人及び被上告人Xの間において,
   (1) 上告人の共有持分確認を求める部分について,原判決を破棄する。
 右部分につき被上告人Xの控訴を棄却する。
   (2) 被上告人Xの共有持分確認を求める部分について,原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 右部分につき本件訴を却下する。
  三 訴訟の総費用はこれを一〇分し,その一を被上告人Xの負担とし,その一を被上告人甲,同乙,同丙,同丁,同戊及び同己の平等負担とし,その余を上告人の負担とする。
       理   由
  上告代理人早川浜一の上告理由第一点ないし第四点について。
 原判決によれば,原審は,本訴中第一審判決添付第一目録記載の物件に関する部分を通常の共同訴訟と解し,右部分についてなされた第一審判決に対しては被上告人Xのみが控訴したのであるから,同被上告人を除くその余の被上告人らについてはこれを審判の対象としていなかったのであるが,本訴中第一審判決添付第二目録記載の物件に関する部分を必要的共同訴訟にあたるものと解した結果,被上告人Xの控訴によりその余の被上告人ら全員につき控訴の効力を生じたものと判断し,右部分につき被上告人ら全員を控訴当事者として審理判決していることが明らかである。従って,原審が右第一目録記載の物件に関する部分についてまで被上告人Xを除くその余の被上告人らを当事者として審理,判決した旨の論旨は,原判決を正解しない独自の見解にすぎない。しかし,本訴中右第二目録記載の物件に関する部分は,上告人が被上告人らに対し自己及び被上告人ら各自の共有持分の確認を求める趣旨のものと解せられるところ,共有者間に共有持分につき争のある場合における共有持分確認訴訟は,自己の共有持分を争われた者がこれを争う者のみを相手方として自己の共有持分のみの確認を訴求すれば足りるのであって,他の共有者に対してその者の共有持分の確認までも求める利益はこれを有しないものというべきであり,従って,上告人としては被上告人らに対して被上告人ら各自の共有持分の確認を求める訴を提起することは許されないのである。それ故,かかる訴訟が適法であることを前提とし,さらに被上告人ら全員につき合一にのみ確定すべき場合にあたると認めて,被上告人Xのみの控訴によりその余の被上告人ら全員につき控訴の効力を生じたとして,右物件に関して右全員につき審理,判決した原審は,共有持分確認訴訟ないしは必要的共同訴訟に関する法令の解釈適用を誤ったものというべく,原判決はこの点において破棄を免れない。従って,論旨は理由がある。
 同第五点について。
 相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが,その性質は私法上の法律行為であるから,これにつき民法九五条の規定の適用があることは当然であり(昭和二七年(オ)第七四三号・同三〇年九月三〇日判決・裁判集民事一九号七三一頁参照),従って,これに反する見解を主張する論旨は理由がなく,また,原審確定の事実関係に照らせば,被上告人Xを除くその余の被上告人らの本件相続放棄に関する錯誤は単なる縁由に関するものにすぎなかった旨の原審の判断は,是認するに足りる。論旨は採用できない。
 よって,原判決中,一,前記第一目録記載の物件に関する部分につき,本件上告は理由がないからこれを棄却し,二,同第二目録記載の物件に関する部分中,(一),被上告人Xを除くその余の被上告人らに関する部分については,原審は右被上告人らの控訴がないのにもかかわらず控訴したものとみなして判決しているのであるから,右部分につき原判決を破棄し,(二),同じく被上告人Xに関する部分中,(1),上告人の共有持分確認を求める部分については,原審確定の事実関係に照らせば,上告人が右物件につき二一分の一の共有持分を有することの確認を求める上告人の請求は理由があり,これを認容した第一審判決は相当であるから,右部分につき原判決を破棄して,被上告人Xの控訴を棄却し,(2),被上告人Xの共有持分確認を求める部分は,訴の利益なしとしてこれを却下すべきところ,第一審はこれを認容し,原審は右第一審判決を取り消して請求棄却の判決をしているのであるから,右部分につき原判決を破棄し,第一審判決を取り消して,訴を却下すべく,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,三八六条,九六条,九五条,八九条,九二条,九三条に従い, 裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官入江俊郎,裁判官長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠

民法旧939条施行当時における相続放棄者の相続分の帰属(最判昭和42年5月30日民集21巻4号988頁)

民法旧939条施行当時における相続放棄者の相続分の帰属
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人渡辺敏郎の上告理由第一点について。
 論旨は,昭和三七年三月二九日法律第四〇号による改正前の民法八八七条・八八八条・九三九条の施行当時において,相続人が被相続人の妻と子である場合に子の全員が相続の放棄をしたときは,放棄者の相続分は被相続人の孫に帰属するものと解すべきであるのに,放棄者の相続分は妻に帰属し妻が単独相続をすると解した原判決は前記各法条の解釈を誤つた違法があるという。
しかし,改正前の右九三九条二項は,放棄者の相続分は他の相続人の相続分に応じてこれに帰属すると規定しているところ,本件においては,子が全員放棄し,他の相続人としては妻が存在するのみであるから,放棄者たる子の相続分は全部妻に帰属し妻が単独相続をすると解するのが正当である。けだし,同項は,同順位の相続人があるかぎり次順位の相続人(本件においては被相続人の孫)が繰り上つて相続人となることを予想していないからである。新民法における相続制度は,血族相続権と配偶相続権とを別種併立のものとしていることは明らかであるが,それであるからといって同項の明文に反する論旨の見解は採用できない。
 同第二点について。
 相続の放棄は,それによつて相続債権者に損害を加える結果となり,また放棄者がそれを目的とし,もしくは認識してなされたとしても,民法が相続放棄の自由を認めている以上,無効と解すべきではない。論旨の見解は採用できない。
 同第三点について。
 原判決の所論の各事実認定は,挙示の証拠関係に照らして是認できなくはない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実認定を非難するに帰し,排斥を免れない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁判所裁判長裁判官横田正俊,裁判官柏原語六,同田中二郎,同下村三郎,同松本正雄

被相続人の死亡を知らないでした遺産の処分と単純承認の擬制(最判昭和42年4月27日民集21巻3号741頁)

被相続人の死亡を知らないでした遺産の処分と単純承認の擬制
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人斎藤兼也の上告理由第一点について。
 所論は,要するに,民法九二一条一号本文により相続人が単純承認をしたものとみなされるがためには,相続財産の全部または一部の処分という客観的事実が存すれば足り,相続人が自己のために相続が開始したことを知つてその処分をしたことは必要でないというにある。
 しかしながら,民法九二一条一号本文が相続財産の処分行為があつた事実をもつて当然に相続の単純承認があつたものとみなしている主たる理由は,本来,かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから,これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず,第三者から見ても単純承認があつたと信ずるのが当然であると認められることにある(大正九年一二月一七日大審院判決,民録二六輯二〇三四頁参照)。したがつて,たとえ相続人が相続財産を処分したとしても,いまだ相続開始の事実を知らなかったときは,相続人に単純承認の意思があつたものと認めるに由ないから,右の規定により単純承認を擬制することは許されないわけであって,この規定が適用されるためには,相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか,または,少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。

 本件につき原審の確定したところによれば,被上告人及びその家族は,訴外甲の死体が発見されて昭和三四年一二月七日に至って初めて甲が死亡したことを知ったものであり,しかも,それ以前に被上告人が甲の死亡を確実に予想していたものとは認められないというのである。してみれば,後になって甲が昭和三四年七月三〇日頃の家出当夜自殺死亡していたことが確認されたからといって,甲の相続人である被上告人が,甲の家出後その行方不明中に,甲の所有財産の一部である判示動産を処分したとしても,民法九二一条一号による単純承認擬制の効力を生じないとした原審の見解が正当であることは,前段の説示に照らして明らかである。従って,原判決に所論の違法はなく,これと異なる見解に立って原判決を非難する論旨は採用できない。
 同第二点について。
 原判決が,被上告人が判示の事情のもとに訴外甲の家出後それまでみずからも従事していた左官業を会社組織にするために有限会社村越工作所を設立し,同会社をして甲の所有にかかる所論各物件を使用させたことは,被上告人が相続の開始を知った以前の行為であるから,民法九二一条一号本文にいわゆる相続財産の処分に当たらないと判断していることは,その判示に照らして窺いえないものではなく,右の判断の正当なことは,上告論旨第一点につき説示したところによって明らかであり,また,被上告人が甲の死亡を知った以後において同会社に所論各物件の使用を許容していたことは,民法九二一条一号但書所定の保存行為の範囲を超えるものでないとする原審の判断も,正当なものとして是認できる。従って,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官大隅健一郎,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠

民法915条1項所定の熟慮期間は相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識又は認識しうべかりし時から起算(最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁)

民法915条1項所定の熟慮期間は相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識又は認識しうべかりし時から起算するのが相当であるとされる場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人川崎敏夫の上告理由について
 民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは,相続人が,相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合には,通常,右各事実を知った時から三か月以内に,調査すること等によって,相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無,その状況等を認識し又は認識することができ,従って単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから,熟慮期間は,原則として,相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが,相続人が,右各事実を知った場合であっても,右各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには,相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり,熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,原審が適法に確定した事実及び本件記録上明らかな事実は,次のとおりである。
 1 第一審被告亡甲は,昭和五二年七月二五日,上告人との間で,乙の上告人に対する一〇〇〇万円の準消費貸借契約上の債務につき,本件連帯保証契約を締結した。
 2 本件の第一審裁判所は,昭和五五年二月二二日,上告人が亡甲に対して本件連帯保証債務の履行を求める本訴請求を全部認容する旨の判決を言い渡したが,亡甲が右判決正本の送達前の同年三月五日に死亡したため,本件訴訟手続は中断した。そこで,上告代理人が同年七月二八日に受継の申立をしたが,第一審裁判所は,昭和五六年二月九日亡甲の相続人である被上告人らにつき本件訴訟手続の受継決定をしたうえ,被上告人丙に対して同年二月一二日に,被上告人丁に対して同月一三日に,被上告人戊に対して同年三月二日に,それぞれ右受継申立書及び受継決定正本とともに第一審判決正本を送達した。もっとも,被上告人戊は,同年二月一四日に被上告人丁から右送達の事実を知らされていた。
 3 ところで,亡甲の一家は,同人が定職に就かずにギヤンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかったため,昭和四一年春に被上告人丙が家出し,昭和四二年秋には亡甲の妻が被上告人丁,同戊を連れて家出して,以後は被上告人らと亡甲との間に親子間の交渉が全く途絶え,約一〇年間も経過したのちに本件連帯保証契約が締結された。その後,亡甲は,生活保護を受けながら独身で生活していたが,本件訴訟が第一審に係属中の昭和五四年夏,医療扶助を受けて病院に入院し,昭和五五年三月五日病院で死亡した。被上告人丙は,同人の死に立ち会い,また,被上告人丁,同戊も右同日あるいはその翌日に亡甲の死亡を知らされた。しかし,被上告人丙は,民生委員から亡甲の入院を知らされ,三回ほど亡甲を見舞ったが,その際,同人からその資産や負債について説明を受けたことがなく,本件訴訟が係属していることも知らされないでいた。当時,亡甲には相続すべき積極財産が全くなく,亡甲の葬儀も行われず,遺骨は寺に預けられた事情にあり,被上告人らは,亡甲が本件連帯保証債務を負担していることを知らなかったため,相続に関しなんらかの手続をとる必要があることなど全く念頭になかった。ところが,被上告人らは,その後約一年を経過したのちに,前記のとおり,第一審判決正本の送達を受けて初めて本件連帯保証債務の存在を知った。
 4 そこで,被上告人らは,第一審判決に対して控訴の申立をする一方,昭和五六年二月二六日大阪家庭裁判所に相続放棄の申述をし,同年四月一七日同裁判所はこれを受理した。

右事実関係のもとにおいては,被上告人らは,亡甲の死亡の事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った当時,亡甲の相続財産が全く存在しないと信じ,そのために右各事実を知った時から起算して三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったものであり,しかも被上告人らが本件第一審判決正本の送達を受けて本件連帯保証債務の存在を知るまでの間,これを認識することが著しく困難であって,相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるから,民法九一五条一項本文の熟慮期間は,被上告人らが本件連帯保証債務の存在を認識した昭和五六年二月一二日ないし同月一四日から起算されるものと解すべきであり,従って,被上告人らが同月二六日にした本件相続放棄の申述は熟慮期間内に適法にされたものであって,これに基づく申述受理もまた適法なものというべきである。それ故,被上告人らは,本件連帯保証債務を承継していないことに帰するから,上告人の本訴請求は理由がないといわなければならない。
 そうすると,原審が,民法九一五条一項の規定に基づき自己のために相続の開始があったことを知ったというためには,相続すべき積極又は消極財産の全部あるいは一部の存在を認識することを要すると判断した点には,法令の解釈を誤った違法があるものというべきであるが,被上告人らの本件相続放棄の申述が熟慮期間内に適法にされたものであるとして上告人の本訴請求を棄却したのは,結論において正当であり,論旨は,結局,原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官宮崎梧一の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官鹽野宜慶,裁判官木下忠良,同宮崎梧一,同大橋進,同牧圭次

民法921条3号<法定単純承認>にいう相続財産と相続債務(最判昭和61年3月20日民集40巻2号450頁)

ア民法921条3号にいう相続財産と相続債務
イ限定承認に伴う清算手続の未了と民法929条違反の弁済による損害賠償額の算定
       主   文
 一 原判決中上告人敗訴の部分のうち樹木除去による損害賠償請求に係る部分についての本件上告を却下する。
 二 原判決中前項の請求を除くその余の請求に係る部分のうち,
(一)第一次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五三年五月一一日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分,(二)第二次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五四年二月二七日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分,(三)被上告人Xに対する第三次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五三年五月一一日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分について,原判決を破棄する。
 右各部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。
 三 その余の本件上告を棄却する。
 四 第一項及び前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 一 上告代理人藤堂真二の上告理由四について
 原審は,(一)(1)上告人は,昭和四九年七月頃,Yとの間で,昭和四二年頃以来引渡を受けて使用してきた本件土地を代金三六〇万円で買受ける旨の売買契約(以下「本件売買」という。)を締結し,昭和四九年一二月二日までに右代金全額を支払った,(2)上告人はYが司法書士であったので本件売買に基づく所有権移転登記手続を同人に依頼していたが,同人はその手続をしないまま,昭和五二年九月一六日に急死した,(3)同人は右死亡前の同年一月二五日,S観光に対し本件土地を二重に売り渡した,(4)Yの相続人は被上告人ら三名であったが,被上告人らは,同年一二月一六日,広島家庭裁判所に対しYの相続に関し限定承認の申述をし,右申述は昭和五三年一月二六日に受理された(以下「本件限定承認」という。),(5)S観光は同年五月二日,幸本修(原判決中に「寺本修」と表示されているのは誤記と認める。)に対し,本件土地を売り渡した,(6)被上告人らは,本件土地につき共同相続登記をしたうえ,同月一二日,YのS観光に対する前記売買の履行として,幸本に対し所有権移転登記(以下「本件登記」という。)をした,との事実を確定したうえ,(二)
 (1)被上告人らが本件限定承認の申述に際し同家庭裁判所に提出した財産目録には本件売買に伴ってYが上告人に対し負担していた相続債務の記載が脱漏していたため,本件限定承認は無効であり,被上告人らは,単純承認をしたことになるから,本件売買に基づく所有権移転登記義務を承継した,(2)然るに,被上告人らは幸本に対して本件登記をしたものであって,右は,上告人の本件土地の買主としての権利を侵害する不法行為であるとともに,右登記義務の履行を不能とする債務不履行である,(3)よって,上告人は被上告人らに対し,第一次的に不法行為を理由とし,第二次的に債務不履行を理由とし,損害賠償として各自三六〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める,との上告人の請求に対し,(三)財産目録に上告人主張の相続債務の記載を脱漏したとしても本件限定承認を無効とする事由にはならないし,本件限定承認が有効である以上,被上告人らは上告人に対し本件土地について所有権移転登記をすべき義務を負わなくなったと判断して,右各請求を全部棄却すべきものとしている。
 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
民法九二一条三号にいう「相続財産」には,消極財産(相続債務)も含まれ,限定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録中に記載しなかったときにも,同号により単純承認したものとみなされると解するのが相当である。何故なら,同法九二四条は,相続債権者及び受遺者(以下「相続債権者等」という。)の保護をはかるため,限定承認の結果清算されるべきこととなる相続財産の内容を積極財産と消極財産の双方について明らかとすべく,限定承認の申述に当たり家庭裁判所に財産目録を提出すべきものとしているのであって,同法九二一条三号の規定は,右の財産目録に悪意で相続財産の範囲を偽る記載をすることは,限定承認手続の公正を害するものであるとともに,相続債権者等に対する背信的行為であって,そのような行為をした不誠実な相続人には限定承認の利益を与える必要はないとの趣旨に基づいて設けられたものと解されるところ,消極財産(相続債務)の不記載も,相続債権者等を害し,限定承認手続の公正を害するという点においては,積極財産の不記載との間に質的な差があるとは解し難く,従って,前記規定の対象から特にこれを除外する理由に乏しいものというべきだからである。
 そうすると,原審の確定した前記の事実関係によると,本件売買に基づくYの上告人に対する義務は,未だ履行されていなかったのであるから,相続債務(消極財産)として財産目録に計上されるべきものと考えられるところ,上告人の前記の主張の趣旨とするところは,不明確ながらも,被上告人らは悪意で右相続債務を財産目録に記載しなかったものであって同法九二一条三号に該当し,これによって単純承認の効果を生じたものであることを前提として,被上告人らが幸本に本件登記をしたことにつき,第一次的に不法行為を理由とし,第二次的に債務不履行を理由として損害賠償を求めるというにあるものと解されるから,以上の説示に照らし,原審としては,右相続債務の財産目録への記載の有無,不記載の場合の被上告人らの悪意,被上告人らそれぞれの相続分等を確定し,上告人の前記各請求の当否につき判断を加えるべきであったというべきところ,これと異なる見解に基づき,右の点につき審理を尽くすことなく,財産目録に上告人主張の相続債務の記載が脱漏していても本件限定承認を無効とする事由にはならないとして,消極財産の不記載は単純承認をしたものとみなされる事由に当たらないとの趣旨を判示したことに帰する原判決には,法令の解釈適用の誤り,審理不尽ひいて理由不備の違法があるものというべきである。
 従って,原判決中,第一次請求につき右三六〇万円及びこれに対する本件登記の日である昭和五三年五月一二日から完済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分,並びに第二次請求につき右三六〇万円及びこれに対する請求の趣旨変更申立書の送達による催告の日の翌日であること記録上明らかな昭和五四年二月二八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分は破棄を免れず,論旨は右の限度において理由があるが,右各請求のうち,その余の遅延損害金の支払を求める部分は,上告人の主張を前提としても,第一次請求については本件登記の日の前日まで,第二次請求については前記催告の日まで,前記各請求に係る損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき根拠はないから,右各請求を認容する余地はなく,従って,原判決中右部分に係る請求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は,結局正当というべきであり,この部分に関する論旨は理由がない。そして,右破棄部分については,前示の観点から更に審理を尽くさせる必要があるので,右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 二 同三及び五について
(1)被上告人Xは昭和五三年一月三〇日にYの相続財産管理人(民法九三六条一項)に選任された,(2)本件限定承認にかかる清算手続は未だ完了していない,との事実を確定したうえ,(二)(1)限定承認後の相続財産は全相続債権者の債権の弁済に充てられるべきものであるから,YとS観光との間で本件土地についての売買がされても相続人はこれに応じた所有権移転登記手続をしてはならない,(2)然るに,被上告人らは法定の清算手続に違反してYのS観光に対する売買の履行として幸本に対し本件登記をし,このため上告人は本件売買の代金額相当の損害を被った,(3)そこで,上告人は被上告人らに対し,民法九三四条に基づく損害賠償として各自三六〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める,との上告人の第三次請求に対し,(三)(1)YがS観光との間で本件土地の売買をしたとしても,その旨の所有権移転登記がされる前に被上告人らが限定承認をした以上,本件土地は相続財産とされ,従って,本件土地に本件登記をしたことは,民法九二九条に違反するものとして,財産管理人である被上告人Xの責任にとどまるか否かは別として,同法九三四条による損害賠償責任を生じうる,(2)
 しかし,被上告人らの限定承認にかかる清算手続は未だ完了しておらず,本件登記により上告人に生ずる損害の有無,その損害額はなお確定していない段階にあるから,上告人の前記主張は失当である,として,右請求を全部棄却すべきものと判断している。
 ところで,共同相続の場合において,民法九三四条に基づく損害賠償責任を負うべき者は相続財産管理人に選任された相続人のみであり(同法九三六条三項,九三四条),原審の確定したところによれば,本件限定承認において相続財産管理人に選任された者は被上告人Xであるというのであるから,上告人の前記請求のうち被上告人Y直也及び同Y英知に対する請求は,失当として棄却を免れないものといわなければならない。従って,右部分にかかる請求を棄却すべきものとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は,結局正当というべきである。また,上告人の右請求のうち,被上告人Xに対し三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五三年五月一一日までの遅延損害金の支払を求める部分については,上告人の主張を前提としても,本件登記がされた同月一二日より前に右請求に係る損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき根拠を欠くから,右請求を認容する余地はなく,従って,右部分に係る請求を棄却すべきものとして上告人の控訴を棄却した原審の判断もまた結局正当というべきである。以上の点に関する論旨は理由がないことに帰する。
 しかし,上告人の前記請求中その余の部分(被上告人Xに対し,三六〇万円及びこれに対する本件登記の日である昭和五三年五月一二日から完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分)について,限定承認に伴う清算手続が完了していない以上,民法九二九条違反を原因とする同法九三四条の規定に基づく損害の発生の有無及びその額を確定することはできないとした原審の前記判断を是認することはできない。すなわち,民法は,限定承認に伴う清算手続を公平に実施するため,一定の期間(九二七条一項,九三六条三項)を設けて,相続債権者及び受遺者に請求の申出をさせることとし,相続人又は相続財産管理人をして右期間内に相続財産及び相続債務の調査をさせて相続債務の弁済計画を立てさせるものとし,この調査等の必要上,この期間中は一般的に弁済を拒絶することができるものとの支払猶予を与えるとともに(九二八条),右期間満了後は,右期間内にした計算に従い,相続債権者に対し配当弁済すべきものとしている(九二九条)のである。以上によると,右期間満了後は,所定の計算も完了し,各相続債権者に対する弁済額も確定してこれを弁済することができるし,またその義務もあることが法律上予定されているものというべきである。そうとすれば,一定の相続債権者に対し不当な弁済があったとしても,それによって他の相続債権者に対して弁済ができなくなった金額(これが,同法九三四条に基づく損害賠償額にほかならない。)は,右期間満了後の段階においては,おのずから計算可能のはずであって,清算手続が完了しない限りはその算定が不能であるというべきものでないことは明らかである。原審としては,進んで被上告人Xの上告人に対する同法九三四条に基づく損害賠償責任の有無,上告人が本件登記によって被った損害の額等を審理したうえ上告人の前記請求の当否を判断すべきであったというべきであり,これと異なる見解に立ち,右の点について審理を尽くすことなく,清算手続が完了していない以上損害額は確定しないとした原判決には,法令の解釈適用の誤り,審理不尽ひいて理由不備の違法があるものというべきである。論旨は理由があり,原判決中,上告人の前記請求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分は破棄を免れない。そして,右部分については,前示の観点から更に審理を尽くさせる必要があるので,右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 三 上告人は,原判決中本件土地上の樹木除去に基づく損害賠償請求に関する上告人敗訴部分について,上告理由を記載した書面を提出しない。
 四 よって,その余の論旨に対する判断を省略し,民訴法四〇七条一項,三九六条,三八四条二項,三九九条一項二号,三九九条ノ三,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官谷口正孝,裁判官角田禮次郎,同高島益郎
(法定単純承認)
民法第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
 二 相続人が第915条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
(公告期間満了後の弁済)
第929条 第927条第1項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。
(相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告)
第927条 限定承認者は、限定承認をした後五日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。
2 前項の規定による公告には、相続債権者及び受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなければならない。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することができない。
3 限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならない。
4 第一項の規定による公告は、官報に掲載してする。
(不当な弁済をした限定承認者の責任等)
第934条 限定承認者は、第927条の公告若しくは催告をすることを怠り、又は同条第一項の期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。第929条から第931条までの規定に違反して弁済をしたときも、同様とする。
2 前項の規定は、情を知って不当に弁済を受けた相続債権者又は受遺者に対する他の債権者又は受遺者の求償を妨げない。
3 第724条の規定は、前二項の場合について準用する。

限定承認の相続人が死因贈与による不動産取得を相続債権者に対抗できるか(最判平成10年2月13日民集52巻1号38頁)

限定承認の相続人が死因贈与による不動産取得を相続債権者に対抗できるか
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人田中紘三,同田中みどりの上告理由について不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において,限定承認がされたときは,死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者による差押登記よりも先にされたとしても,信義則に照らし,限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべきである。何故なら,被相続人の財産は本来は限定承認者によって相続債権者に対する弁済に充てられるべきものであることを考慮すると,限定承認者が,相続債権者の存在を前提として自ら限定承認をしながら,贈与者の相続人としての登記義務者の地位と受贈者としての登記権利者の地位を兼ねる者として自らに対する所有権移転登記手続をすることは信義則上相当でないものというべきであり,また,もし仮に,限定承認者が相続債権者による差押登記に先立って所有権移転登記手続をすることにより死因贈与の目的不動産の所有権取得を相続債権者に対抗することができるものとすれば,限定承認者は,右不動産以外の被相続人の財産の限度においてのみその債務を弁済すれば免責されるばかりか,右不動産の所有権をも取得するという利益を受け,他方,相続債権者はこれに伴い弁済を受けることのできる額が減少するという不利益を受けることとなり,限定承認者と相続債権者との間の公平を欠く結果となるからである。そして,この理は,右所有権移転登記が仮登記に基づく本登記であるかどうかにかかわらず,当てはまる。
 これを本件についてみるに,原審の適法に確定したところによれば,(一)本件土地の所有者であった甲は,昭和六二年一二月二一日,本件土地を上告人らに死因贈与し(上告人らの持分各二分の一),上告人らは,同月二三日,本件土地につき右死因贈与を登記原因とする始期付所有権移転仮登記を経由した,(二)甲は平成五年五月九日死亡し,その相続人は上告人ら及び乙であったが,乙については同年七月九日に相続放棄の申述が受理され,上告人らは同年八月三日に限定承認の申述受理の申立てをし,右申述は同月二六日に受理された,(三)上告人らは,平成五年八月四日,本件土地につき右(一)の仮登記に基づく所有権移転登記を経由した,(四)被上告人は,甲に対して有する債権についての執行証書の正本に甲の相続財産の限度内においてその一般承継人である上告人らに対し強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受け,これを債務名義として本件土地につき強制競売の申立てをし,東京地方裁判所は平成六年一一月二九日強制競売開始決定をし,本件土地に差押登記がされたというのであるから,限定承認者である上告人らは相続債権者である被上告人に対して本件土地の所有権取得を対抗することができないというべきである。そうすると,本件土地が限定承認における相続債権者に対する責任財産には当たらないことを理由とする上告人らの本件第三者異議の訴えは棄却すべきものであり,これと同旨の原判決の結論は正当である。論旨は,原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものであって,採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官大西勝也,裁判官根岸重治,同河合伸一,同福田博


相続放棄の遡及効と登記(最判昭和42年1月20日民集21巻1号16頁)

相続放棄と登記
       主   文
 原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 被上告人らは上告人に対し,別紙物件目録記載の不動産のAの持分九分の一につき,名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号をもつてなされた仮差押登記の抹消登記手続をせよ。
 訴訟の総費用は,被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人内藤三郎の上告理由第一,二点について。
 民法九三九条一項(昭和三七年法律第四〇号による改正前のもの)「放棄は,相続開始の時にさかのぼってその効果を生ずる。」の規定は,相続放棄者に対する関係では,右改正後の現行規定「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初から相続人とならなかったものとみなす。」と同趣旨と解すべきであり,民法が承認,放棄をなすべき期間(同法九一五条)を定めたのは,相続人に権利義務を無条件に承継することを強制しないこととして,相続人の利益を保護しようとしたものであり,同条所定期間内に家庭裁判所に放棄の申述をすると(同法九三八条),相続人は相続開始時に遡ぼって相続開がなかつたと同じ地位におかれることとなり,この効力は絶対的で,何に対しても,登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである。
 ところで,別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産と略称する。)は,もと訴外甲の所有であったが,昭和三一年八月二八日同訴外人が死亡し,その相続人七名中上告人及び乙両名を除く全員が同年一〇月二九日名古屋家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をして,同年一一月二〇日受理され,同四〇年一一月五日その旨の登記がなされたが,乙は同日本件物件に対する相続による持分を放棄し,同月一〇日その旨の登記を経由したので,上告人丙の単独所有となったものであることは,原審の適法に確定した事実であり,この事案を前記説示に照して判断すれば,甲が他の相続人である乙,丁,戊,己,鶇野丙,庚等六名とともに本件不動産を共同相続したものとしてなされた代位による所有権保存登記(名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二四号)は実体にあわない無効のものというべく,従って,本件不動崖につき甲が持分九分の一を有することを前提としてなした仮差押は,その内容どおりの効力を生ずるに出なく,この仮差押登記(同出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号)は無効というべきである。よって,この点に関する原判決の判断は当を得ず,この誤りが原判決主文に影響を及ぼすこと勿論であるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人が本件不動産の所有権を単独で取得し,現在その旨の登記を経由していることは前記のとおりであるから,被上告人らは上告人に対し,本件不動産の甲の持分九分の一につき,名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号をもってなされた前記仮差押登記の抹消登記手続をなすべきである。そこで,この登記手続を求める上告人の請求を正当として認容し,民訴法四〇八条一号,八九条,九六条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎

相続財産の限度での支払を命ずる確定判決の既判力の及ぶ範囲(最判昭和49年4月26日民集28巻3号503頁)

相続財産の限度での支払を命ずる確定判決の効力
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 一,上告人の上告理由第一点について。
被相続人の債務につき債権者より相続人に対し給付の訴が提起され,右訴訟において該債務の存在とともに相続人の限定承認の事実も認められたときは,裁判所は,債務名義上相続人の限定責任を明らかにするため,判決主文において,相続人に対し相続財産の限度で右債務の支払を命ずべきである。
ところで,右のように相続財産の限度で支払を命じた,いわゆる留保付判決が確定した後において,債権者が,右訴訟の第二審口頭弁論終結時以前に存在した限定承認と相容れない事実(たとえば民法九二一条の法定単純承認の事実)を主張して,右債権につき無留保の判決を得るため新たに訴を提起することは許されないものと解すべきである。けだし,前訴の訴訟物は,直接には,給付請求権即ち債権(相続債務)の存在及びその範囲であるが,限定承認の存在及び効力も,これに準ずるものとして審理判断されるのみならず,限定承認が認められたときは前述のように主文においてそのことが明示されるのであるから,限定承認の存在及び効力についての前訴の判断に関しては,既判力に準ずる効力があると考えるべきであるし,また民訴法五四五条二項によると,確定判決に対する請求異議の訴は,異議を主張することを要する口頭弁論の終結後に生じた原因に基づいてのみ提起することができるとされているが,その法意は,権利関係の安定,訴訟経済及び訴訟上の信義則等の観点から,判決の基礎となる口頭弁論において主張することのできた事由に基づいて判決の効力をその確定後に左右することは許されないとするにあると解すべきであり,右趣旨に照らすと,債権者が前訴において主張することのできた前述のごとき事実を主張して,前訴の確定判決が認めた限定承認の存在及び効力を争うことも同様に許されないものと考えられるからである。
  そして,右のことは,債権者の給付請求に対し相続人から限定承認の主張が提出され,これが認められて留保付判決がされた場合であると,債権者がみずから留保付で請求をし留保付判決がされた場合であるとによって異なるところはないと解すべきである。
  これを本件についてみるに,原審の適法に確定したところによると,本訴請求中「被上告人甲に対し金一五九万五〇〇〇円及び内金二二万三〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金,被上告人乙,同丙に対し各金一〇六万三三三三円三三銭及び内金一四万八六六六円六六銭に対する前同日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金」の支払を求める部分については,先に本件上告人を原告とし亡丁の相続財産管理人甲を被告とする前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第五八六七号,東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第一〇八九号,最高裁昭和三九年(オ)第八八〇号,第八八一号)において,「相続財産の限度で……支払え」との給付判決が確定しており,丁の相続財産管理人に対する右判決の効力が相続分に応じ丁の相続人である右被上告人らに及ぶことは明らかである。そして,上告人が本訴で主張する法定単純承認の事由は,前訴の第二審口頭弁論終結時以前に存在していた事実であるというのであるから,上告人の右主張は前訴の確定判決に牴触し,またこれに遮断されて許されず,本訴請求中前記部分は不適法として却下を免れないといわなければならない。
  以上のとおりであるから,これと結論を同じくする原判決は正当として是認し得るのであって,論旨は採用できない。
 二,同第二点について。
  訴訟記録に照らすと,本件控訴状には被控訴人として第一審被告戊の氏名,住所の記載はなく,控訴の趣旨にも戊に対する請求は記載されておらず,その他記録上控訴期間経過以前において上告人が戊に対しても控訴を提起する趣旨であることを窺わせるに足りるものは一切なかったのであるから,原審が,戊に対する関係においては,適法な控訴がないまま第一審判決が確定したものとし,控訴期間経過後にされた上告人の「控訴状補正申立」を容れなかったのは正当である。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 三,同第三点について。
  被告に対し金銭給付を求める原告の請求を一部棄却した第一審判決に対し,原告(控訴人)が右敗訴部分の取消しを求めて控訴を申し立てたが,控訴の趣旨として,右取消しのうえ被告(被控訴人)に対して右棄却された金額全額ではなく,単にその一部の支払を請求するにすぎないときは,第一審判決の請求棄却部分のうち,原告(控訴人)において右支払を求めなかった部分については,原告(控訴人)の控訴はなく確定したものと解すべきである。
  これを本件についてみるに,原審の適法に確定した事実によると,前掲前訴の第一審において,原告(本件上告人)は被告である前記甲に対し「金四〇〇万円とこれに対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による損害金」の支払を求めたところ,第一審は「被告は原告に対し,相続財産の限度で金六六万九〇〇〇円とこれに対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求は棄却する。」との判決をし,原告は右敗訴部分の取消しを求めて控訴したが控訴の趣旨において,原告(控訴人)は被告(被控訴人)に対し第一審判決で棄却された金三三三万一〇〇〇円及びこれに対する前述のごとき損害金のうち,金三三三万一〇〇〇円のみについて支払を求め,損害金についての支払は求めなかったというのであるから,第一審判決中右損害金を棄却した部分については,原告より控訴はなく,第一審判決が確定したというべきである。
  そうすると,これと同旨の原審の判断は正当として是認すべきであり,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官岡原昌男,裁判官小川信雄,同大塚喜一郎,同吉田豊

再転相続後相続放棄と遡及の有無(最判昭和63年6月21日家月41巻9号101頁)

甲の相続につきその法定相続人乙が承認または放棄をしないで死亡したいわゆる再転相続において,乙の法定相続人丙が甲の相続についてした放棄はその後に乙の相続についてした放棄によって,遡及的に無効となるか
       主   文
一 上告人らが訴外Zに対する●●地方裁判所尼崎支部昭和五七年(ヨ)第二八九号不動産仮差押決定の正本に基づいて第一審判決添付物件目録記載の不動産の右訴外人の持分二分の一につきした仮差押の執行は,これを許さない。
二 上告費用は上告人らの負担とする。
       判決理由
上告代理人石田好孝,同久岡英樹の上告理由第一点について
1 原審の適法に確定したところによれば,本件の事実関係は,(一)第一審判決添付物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)はもとXの所有であったが,Xは昭和五七年一〇月二六日に死亡し,その相続人はその子Zと代襲相続人である孫の被上告人ら五名であったところ,ZはXの相続につき承認又は放棄をしないでその熟慮期間内である昭和五七年一一月一六日死亡し,その法定相続人である妻Y,長女及び長男の三名(以下「Yら三名」という。)はXの相続につき昭和五八年一月二五日神戸家庭裁判所尼崎支部に相続放棄の申述をして受理された,なお,Yら三名はその後Zの相続についても同裁判所に相続放棄の申述をして受理されている,(ニ)しかるところ,上告人らは,Zに対し商品代金等の債権を有していたものであるところ,ZがXから本件不動産を法定相続分の二分の一につき相続したものと主張して(なお,記録によれば,上告人らは,ZがXから相続により二分の一につき相続をしたとの所有権移転登記を代位により経由している。),神戸地方裁判所尼崎支部に対しZを債務者として本件不動産の同人の持分二分の一につき不動産仮差押を申請し(同庁昭和五七年(ヨ)第二八九号事件として係属),同裁判所は,昭和五七年一一月八日,右申請を認容する旨の決定をし,右決定の正本に基づき本件不動産のZの持分二分の一につき仮差押登記を嘱託した,というのである。
2 論旨は,αが死亡して,その相続人であるβがαの相続につき承認又は放棄をしないで死亡し,γがβの法定相続人となったいわゆる再転相続の場合には,再転相続人たるγは,βの相続につき承認をするときに限り,αの相続につき放棄をすることができるものと解すべきであって,Yら三名はXの相続を放棄し,かつ,Zの相続を放棄したのであるから,Yら三名がXの相続についてした放棄は無効に帰し,Zは本件不動産を法定相続分の二分の一につき相続したことになり,上告人らが本件不動産のZの持分二分の一につきした仮差押の執行は適法である,というのである。
3 しかし,民法九一六条の規定は,αの相続につきその法定相続人であるβが承認又は放棄をしないで死亡した場合には,βの法定相続人であるγのために,αの相続についての熟慮期間をβの相続についての熟慮期間と同一にまで延長し,αの相続につき必要な熟慮期間を付与する趣旨にとどまるのではなく,右のようなγの再転相続人たる地位そのものに基づき,αの相続とβの相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して,各別に熟慮し,かつ,承認又は放棄をする機会を保障する趣旨をも有するものと解すべきである。そうであってみれば,γがβの相続を放棄して,もはやβの権利義務をなんら承継しなくなった場合には,γは,右の放棄によってβが有していたαの相続についての承認または放棄の選択権を失うことになるのであるから,もはやαの相続につき承認または放棄をすることはできないといわざるをえないが,γがβの相続につき放棄をしていないときは,αの相続につき放棄をすることができ,かつ,αの相続につき放棄をしても,それによってはβの相続につき承認または放棄をするのになんら障害にならず,また,その後にγがβの相続につき放棄をしても,γが先に再転相続人たる地位に基づいてαの相続につきした放棄の効力がさかのぼって無効になることはないものと解するのが相当である。そうすると,本件において,Yら三名がXの相続についてした放棄は,Yら三名がその後Zの相続について放棄をしても,その効力になんら消長をきたさないものというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 原審の確定した前記事実関係及び右説示に照らすならば,被上告人らが当審において択一的に追加した請求である本件不動産のZの持分二分の一に対する不動産仮差押の執行の排除を求める請求は理由があり,認容されるべきである(右追加に係る請求の内容,本件訴訟の経緯等に照らすならば,右の択一的な請求の追加は許されるものというべきである。)。なお,これによって,本件不動産のZの持分二分の一につき仮差押登記の抹消登記手続を命じた第一,二審の判決は,失効した。
   最高裁裁判長裁判官伊藤正己,裁判官安岡滿彦,同坂上壽夫

相続の登記

   相続と登記に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

被相続人の不動産の譲渡と民法第177条の第三者(最判昭和33年10月14日民集12巻14号3111頁)

被相続人の不動産の譲渡と民法第177条の第三者
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人等代理人景山収の上告理由第一項について。
 上告人甲が本件家屋を占有していることについては,同上告人において昭和二七年一〇月一八日の一審口頭弁論期日にこれを自白し,原審で右自白の撤回を主張し,同年同月右家屋から退去したと述べたのであるが,原審は,同上告人の同年夏頃まで右家屋に居住しその後他に転居した旨の供述を排斥し,他に前記自白が真実に反し錯誤に出たものと認めるべき証拠がないと判示し,自白の撤回は許されないとしたのである。従って,その後原審口頭弁論終結時までに右家屋から退去しその占有を失ったことを同上告人の主張しない本件においては,右自白に基いて爾余の判断をなした原判決に所論の違法はない。
 同第二項について。
 本件土地の元所有者亡乙が本件土地を丙に贈与しても,その旨の登記手続をしない間は完全に排他性ある権利変動を生ぜず,乙も完全な無権利者とはならないのであるから,右乙と法律上同一の地位にあるものといえる相続人丁から本件土地を買い受けその旨の登記を得た被上告人は,民法一七七条にいわゆる第三者に該当するものというべく(大正一四年(オ)三四七号,同一五年二月一日大審院民事聯合部判決,民事判例集五巻四四頁参照),前記丙から更に本件土地の贈与を受けた上告人甲はその登記がない以上所有権取得を被上告人に対抗できないとした原審の判断は正当であり,所論はこれと反対の立場に立って右の判断を攻撃するもので,採用できない。なお引用の判例はいずれも本件に適切でない。
 同第三項について。
 被上告人が上告人甲の本件土地の所有権取得を承認し,その登記欠缺を主張する権利を放棄したとの主張については,原審は,挙示の証拠により判示の事実が認められるだけであり,右認定に反し上告人らの主張にそう供述は採用し難く,他に右主張を認めるに足る証拠がないと判示したのであるが,原審の右事実認定及び証拠の取捨判断は首肯することができ,この点に所論の違法は認められないから,所論は採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官河村又介,裁判官島保,同垂水克己,同石坂修一

共同相続と登記(最判昭和38年2月22日民集17巻1号235頁)

共同相続と登記
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人佐藤米一の上告理由第一点について。
 原判決が被上告人らに命じた所論更正登記手続は,実質的には一部抹消登記手続であるところ,所有権に対する妨害排除として抹消登記請求権を有するのは上告人らであって,丁ではないというべきであるから,この点に関する原判決は正当であって,所論のように登記義務者・登記権利者を誤解した違法はない。論旨は,原判決を正解せざるに出たものであって採用しえない。
 同第二点について。
 相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中のβならびにβから単独所有権移転の登記をうけた第三取得者γに対し,他の共同相続人αは自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。何故ならβの登記はαの持分に関する限り無権利の登記であり,登記に公信力なき結果γもαの持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正八年一一月三日大審院判決,民録二五輯一九四四頁参照)。そして,この場合にαがその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるためβ,γに対し請求できるのは,各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして,αの持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない(大正一〇年一〇月二七日大審院判決,民録二七輯二〇四〇頁,昭和三七年五月二四日最高裁判決,裁判集六〇巻七六七頁参照)。何故なら右各移転登記はβの持分に関する限り実体関係に符合しており,またαは自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。
 従って,本件において,共同相続人たる上告人らが,本件各不動産につき単独所有権の移転登記をした他の共同相続人である丁から売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した被上告人らに対し,その登記の全部抹消登記手続を求めたのに対し,原判決が,丁が有する持分九分の二についての仮登記に更正登記手続を求める限度においてのみ認容したのは正当である。また前示のとおりこの場合更正登記は実質において一抹部抹消登記であるから,原判決は上告人らの申立の範囲内でその分量的な一部を認容したものに外ならないというべく,従って当事者の申立てない事項について判決をした違法はないから,所論は理由なく排斥を免れない。
 同第三点について。
 被上告人乙商事株式会社が原審において提出した戊弁護士に対する訴訟委任状には,所論のとおり,相手方として甲1の記載があるのみであって,甲2,甲3の記載はないが,これは「甲1他二名」とすべきところを「他二名」を書き落したものと解せられるから,所論は理由なく排斥を免れない。
 同第四点,第五点,第八乃至一二点について。
 しかし,本訴の訴訟物は共有権にもとづく妨害排除請求権であることは明らかなところ,上告人らは九分の七の持分きり有しないのであるから,本件各移転登記の有効無効ならびにその登記原因の有効無効に係りなく,九分の七の持分についてのみ抹消請求(更正登記請求)ができるに過ぎず,全部抹消請求権は存しないというべきであるから,所論は判決に影響を及ぼす違法の主張と認められず,排斥を免れない。
 同第六点について。
 適法な呼び出しを受けながら当事者が判決言渡期日に出頭しない場合に,期日に言渡が延期され次回言渡期日が指定告知されたときは,その新期日につき不出頭の当事者に対しても告知の効力を生ずること,当裁判所の判例とするところである(昭和三二年二月二六日判決,集一一巻二号三六四頁参照)。所論は,これと異る見解に立脚して原判決に違法がある如く主張するものであって,採用しえない。
 同第七点について。
 所論「各」は無用の文字を挿入しただけであって,これによって主文の不明瞭や齟齬を来たすものとは認められない。所論は排斥を免れない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官池田克,裁判官河村大助,同奥野健一,同山田作之助,同草鹿浅之介

遺産分割と登記(最判昭和46年1月26日民集25巻1号90頁)

遺産分割と登記
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人鍋谷幾次の上告理由第一点について。
 所論の原判示(甲)(乙)各不動産についての所有権保存登記が,本件遺産分割前の共有関係の実体に合致しないため,更正されるべきものであるという点は,上告人らが原審において主張していなかったところであるから,この点を前提にして原判決の判断の違法をいう論旨は,採用できない。
 同第二点について。
 遺産の分割は,相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものではあるが,第三者に対する関係においては,相続人が相続によりいったん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから,不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については,民法一七七条の適用があり,分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は,その旨の登記を経なければ,分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し,自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。
 論旨は,遺産分割の効力も相続放棄の効力と同様に解すべきであるという。しかし,民法九〇九条但書の規定によれば,遺産分割は第三者の権利を害することができないものとされ,その限度で分割の遡及効は制限されているのであって,その点において,絶対的に遡及効を生ずる相続放棄とは,同一に論じえないものというべきである。遺産分割についての右規定の趣旨は,相続開始後遺産分割前に相続財産に対し第三者が利害関係を有するにいたることが少なくなく,分割により右第三者の地位を覆えすことは法律関係の安定を害するため,これを保護するよう要請されるというところにあるものと解され,他方,相続放棄については,これが相続開始後短期間にのみ可能であり,かつ,相続財産に対する処分行為があれば放棄は許されなくなるため,右のような第三者の出現を顧慮する余地は比較的乏しいものと考えられるのであって,両者の効力に差別を設けることにも合理的理由が認められるのである。そして,さらに,遺産分割後においても,分割前の状態における共同相続の外観を信頼して,相続人の持分につき第三者が権利を取得することは,相続放棄の場合に比して,多く予想されるところであって,このような第三者をも保護すべき要請は,分割前に利害関係を有するにいたった第三者を保護すべき前示の要請と同様に認められるのであり,従って,分割後の第三者に対する関係においては,分割により新たな物権変動を生じたものと同視して,分割につき対抗要件を必要とするものと解する理由があるといわなくてはならない。
 なお,民法九〇九条但書にいう第三者は,相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し,遺産分割後に生じた第三者については同法一七七条が適用されるべきことは,右に説示したとおりであり,また,被上告人らが本件遺産分割の事実を知りながら本件各不動産に対する仮差押をしたものとは認められないとした原判決の事実認定は,挙示の証拠に照らして肯認することができるところであるから,論旨のうち被上告人らの悪意を主張して同法九〇九条但書の不適用をいう部分は,すでに前提において失当というべきである。
 従って,上告人らは遺産分割による共有持分の取得をもって被上告人らに対抗することができないとした原審の判断は,正当であって,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官下村三郎,裁判官田中二郎,同松本正雄,同飯村義美,同関根小郷

法定相続分を下回る相続分を指定された共同相続人の一人から法定相続分に応じた共有持分権を譲り受けた者が取得する持分の割合(最判平成5年7月19日家月46巻5号23頁)

法定相続分を下回る相続分を指定された共同相続人の一人から法定相続分に応じた共有持分権を譲り受けた者が取得する持分の割合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人安木健の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係によれば,(一)甲の死亡により延原乙及び被上告人を含む四名の子が本件土地を共同相続し,甲が遺言で各相続人の相続分を指定していたため,乙の相続分は八〇分の一三であった,(二)乙は,本件土地につき各相続人の持分を法定相続分である四分の一とする相続登記が経由されていることを利用し,右乙名義の四分の一の持分を上告人に譲渡し,上告人は右持分の移転登記を経由した,というのである。
 右の事実関係の下においては,乙の登記は持分八〇分の一三を超える部分については無権利の登記であり,登記に公信力がない結果,上告人が取得した持分は八〇分の一三にとどまるというべきである(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日判決・民集一七巻一号二三五頁参照)。これと同旨の原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官中島敏次郎,裁判官藤島昭,同木崎良平,同大西勝也

共同相続人間の農地移転と許可の要否(最判平成13年7月10日民集55巻5号955頁)

ア共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転についての農地法三条一項の許可の要否
イ共同相続人間の相続分の贈与を原因とする農地の持分移転登記の申請を農地法三条一項の許可を証する書面の添付がないことを理由に却下することの可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人髙綱剛,同小川彰,同島﨑克美,同齋藤和紀,同山村清治,同藤岡園子の上告受理申立て理由第二点について
 1 本件は,共同相続人の1人である上告人が,他の共同相続人のうちの一部の者からその相続分の贈与を受けたとして,当該他の共同相続人と共同して,既に相続登記がされていた相続財産である農地について,「相続分の贈与」を原因とする持分全部移転登記を申請したところ,被上告人が農地法3条1項の許可(以下,単に「許可」という。)を証する書面(以下「許可書」という。)の添付がないことを理由に申請を却下する旨の決定をしたため,上告人が同却下決定の取消しを求める事件である。
 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 亡甲は,第1審判決別紙一ないし三記載の本件農地3筆を所有していたが,昭和46年8月8日,死亡した。
 (2) 甲の法定相続人は,養子乙,2女丙,2男亡丁の長女である上告人,丁の2女戊及び甲の3男亡己の長女庚の5人である。
 (3) 平成3年3月14日,本件農地について,相続を原因とする所有権移転登記がされ,法定相続分に従って,乙,丙及び庚につき各8分の2,上告人及び戊につき各8分の1の持分の登記がされている。
 (4) 乙及び丙は,平成6年11月8日,自己の相続分全部をそれぞれ上告人に贈与した。
 (5) 上告人,乙及び丙は,共同して,平成7年1月23日,本件農地につき,上記相続分の贈与に基づき,登記原因を「平成6年11月8日相続分の贈与」として,共有者乙及び丙の各持分の移転登記申請をしたが,申請書には許可書が添付されていなかった。
 (6) 被上告人は,平成7年2月20日,上記登記申請に許可書の添付がないことを理由として,これを却下する旨の決定をした。
 2 上記事実関係に基づき,第1審は,共同相続人間の相続分の譲渡については許可を要しないと解し,上告人の請求を認容したが,原審は,概要次のとおり判示して,第1審判決を取り消し,上告人の請求を棄却した。
 (1) 相続分の譲渡は,相続財産に対する包括的な持分を一括して譲渡するものであって個々の相続財産に対する共有持分の個別譲渡とは区分されるが,その目的及び効果をみる限り,個々の財産に対する共有持分の移転を内包する財産権に関する行為であって,農地法3条1項に定める農地の所有権等の移転を目的とする法律行為に該当する。従って,同項ただし書に相続分の譲渡を除外事由と定める規定がない以上,原則どおり許可が必要となる。この場合に,その譲渡が共同相続人間で行われたか否かによって取扱いを異にする余地はない。
 (2) 相続分の譲渡は,常に遺産分割に先行するとか遺産分割を前提とするというものではない。遺産分割は相続人全員の協議によるものであり,その効果も相続開始時にそ及するが,相続分の譲渡は一部の相続人のみによって行うことができ,その効果もそ及しない。従って,農地法3条1項7号を相続分の譲渡に類推適用することはできない。
 (3) 包括遺贈は包括的割合により相続財産を遺贈するもので,その効果は相続開始時に生ずるから,相続に準じて許可を不要とすることが相当であるが,相続分の譲渡は,一部の相続人のみによって行うことができ,その効果もそ及しない。したがって,農地法3条1項10号,農地法施行規則3条5号を相続分の譲渡に類推適用する余地はない。

 (4) 共同相続人間で相続分の譲渡がされたが農地の登記名義が被相続人のままとなっている場合には,譲受人は許可書の提出を求められることなく相続を登記原因として直接所有権移転登記を受けることができるというのが登記実務であるが,それは不動産登記法の規定に準拠して行われているのであるから,これに準拠する余地のない本件において登記を認めないことが,理由のない不平等なものとはいえない。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは,積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し,譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなり,分割が実行されれば,その結果に従って相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずることになる。このように,相続分の譲受人たる共同相続人の遺産分割前における地位は,持分割合の数値が異なるだけで,相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない。そして,遺産分割がされるまでの間は,共同相続人がそれぞれの持分割合により相続財産を共有することになるところ,上記相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。相続分の譲渡により生ずるこのような法的な状態は,譲渡前に個々の不動産について相続の登記がされたか否かにより左右されない。

 (2) 農地法3条1項は,農地に係る権利の人為的な移転のうち農地の保全の観点から望ましくないと考えられるものを制限する趣旨の規定であるところ,相続によって生ずる権利移転も相続人が非営農者である場合には農地の保全上は望ましいとはいえないものの,相続がそもそも人為的な移転ではなく,相続による包括的な権利承継は私有財産制の下においては是認せざるを得ないものであることから,規制対象とはしていないものと解される。そして,同項7号,10号,農地法施行規則3条5号は,遺産分割,特別縁故者への相続財産の分与及び包括遺贈について,人為的な権利移転であり農地の保全上は望ましくないものも含まれているにもかかわらず,その実質が相続による権利移転と異ならないかこれに準ずるものであることにかんがみて,その規制を差し控えているものと解される。
 (3) 相続財産に農地が含まれているか否かを問わず,共同相続人間において個々の農地ではなく包括的な相続人たる地位を譲渡すること自体は,農地法3条1項が規制の対象とするものではない。そして,共同相続人間における相続分の譲渡に伴い前記のとおり個々の不動産についても持分の移転が生ずるのは,相続により包括的な権利移転に伴って個々の財産上の権利も移転するのと同様の関係にあり,相続人の1人である当該譲受人に農地についての権利が移転すること自体は同項の是認するところである。また,相続分の譲渡による権利移転はその後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであって,遺産分割による農地についての確定的な権利移転については許可を要しないとされているのである。
 (4) 以上の点に鑑みれば,共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転については,農地法3条1項の許可を要しないと解するのが相当である。このように考えるべきことは,相続分の譲渡が一部の相続人のみによって行うことができることや,その効力が相続開始時にさかのぼらないことによって,左右されるものではない。
 そして,相続人は相続分の譲渡により生じている実体上の権利関係に符合するように登記簿の記載を改めることを求める正当な利益を有するものというべきであって,相続財産である農地について既に相続の登記がされていることは,その妨げとなるものではない。
 (5) 従って,許可書の添付がないことを理由に本件登記申請を却下した被上告人の決定に違法がないとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上によれば,同決定を取り消すべきものとした第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   最高裁裁判長裁判官金谷利廣,裁判官千種秀夫,同奥田昌道,同濱田邦夫

順次相続と中間省略登記の更正登記あるいは抹消登記(最判平成17年12月15日裁判集民事218号1191頁)

甲名義の不動産につき乙,βが順次相続したことを原因として直接βに対して所有権移転登記がされている場合において甲の共同相続人であるαが上記登記の全部抹消を求めることの可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
       理   由
第1 上告人の上告理由について
 民事事件について最高裁に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,理由の不備をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項,2項に規定する事由に該当しない。
第2 職権による検討
 1 原審の確定した事実関係は,次のとおりである。
 (1)第1審判決別紙物件目録記載①~⑥の土地(以下「本件各土地」という。)は,もと甲(以下「甲」という。)が所有していた。
 (2)甲は,昭和44年3月5日に死亡した。甲の法定相続人は,妻である丙並びに子である乙(以下「乙」という。),丁,戊(平成3年4月10日死亡),己及び上告人であった。乙は,平成9年11月3日に死亡した。乙の法定相続人は,妻である庚及び被上告人を含む6人の子である。
 (3)本件各土地について,平成10年4月8日受付により,「昭和44年3月5日乙相続,平成9年11月3日相続」を原因として,甲から被上告人に対する所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がされている。
 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件各土地について,共有持分権に基づき,本件登記の抹消登記手続をすることを求める事案である。
 被上告人は,上告人を含む甲の相続人の間で,本件各土地を乙が取得する旨の遺産分割協議が成立したと主張したのに対し,上告人は,これを否認し争った。
 3 原審は,概要次のとおり判断し,上記遺産分割協議の成立が認められないとして上告人の請求を認容した第1審判決を取り消し,本件を第1審裁判所に差し戻した。
 仮に上記遺産分割協議の成立が認められないとしても,前記事実関係の下では,被上告人は,甲の相続人である乙の相続人として本件各土地について共有持分権を取得していることになるから,本件登記は,この共有持分権に関する限り,実体関係に符合するものである。従って,甲の相続人の1人として自己の共有持分権を有する上告人としては,被上告人に対し,本件登記の全部抹消を求めることはできず,被上告人の共有持分権を除くその余の部分についてのみ,本件登記の一部抹消のための更正登記手続を求めることができるにとどまるものと解される(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日判決・民集17巻1号235頁参照)。そして,このような更正登記を行うためには,甲及び乙の各相続人について,順次,相続登記を行う形に本件登記を更正する必要があるから,各相続について相続人を確定し,その持分割合等を認定する必要があるところ,この認定等のためになお審理を行う必要がある。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
更正登記は,錯誤又は遺漏のため登記と実体関係の間に原始的な不一致がある場合に,その不一致を解消させるべく既存登記の内容の一部を訂正補充する目的をもってされる登記であり,更正の前後を通じて登記としての同一性がある場合に限り認められるものである(最高裁平成11年(オ)第773号同12年1月27日第一小法廷判決・裁判集民事196号239頁参照)。
 前記事実関係によれば,原判決が判示する更正登記手続は,登記名義人を被上告人とする本件登記を,①登記名義人を被上告人が含まれないAの相続人とする登記と,②登記名義人をBの相続人とする登記に更正するというものである。しかし,この方法によると,上記①の登記は本件登記と登記名義人が異なることになるし,更正によって登記の個数が増えることにもなるから,本件登記と更正後の登記とは同一性を欠くものといわざるを得ない。したがって,上記更正登記手続をすることはできないというべきである。 そして,被上告人の主張する遺産分割協議の成立が認められない限り,本件登記は実体関係と異なる登記であり,これを是正する方法として更正登記手続によることができないのであるから,上告人は,被上告人に対し,本件各土地の共有持分権に基づき本件登記の抹消登記手続をすることを求めることができるというべきであり,被上告人が本件各土地に共有持分権を有するということは,上記請求を妨げる事由にはならない。原審の引用する前記昭和38年2月22日第二小法廷判決は,共有不動産について,共有者の1人のため実体関係と異なる単独所有権取得の登記がされている場合に,他の共有者は,更正登記手続をすることができるから,全部抹消を求めることができない旨判示したものであり,更正の前後を通じて登記としての同一性がある事案についての判決であって,本件とは事案を異にする。

 5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人の抗弁(遺産分割協議の成立)が認められるのであれば,上告人の本訴請求は理由がないことになるから,本件においては,まず上記抗弁について判断すべきであるところ,原判決は,前記のとおり,前記遺産分割協議の成否を確定していないので,これについて更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官島田仁郎,裁判官横尾和子,同甲斐中辰夫,同泉徳治,同才口千晴

相続と保険金・死亡退職金

  相続と保険金・死亡退職金に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

保険金受取人を「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定したときの養老保険契約上の保険金請求権の帰属(最判昭和40年2月2日民集19巻1号1頁)

保険金受取人を「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定したときの養老保険契約上の保険金請求権の帰属
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人日野魁の上告理由第一,二点について。
 所論は,原判決の法令違反を主張するけれども,原判決が,本件養老保険契約において,当事者が保険金受取人を相続人と定めたことにつき,右相続人とは保険金請求権発生当時の相続人を指定したものであって,本件包括受遺者たる控訴人(上告人)を指定する趣旨ではない旨認定したことを非難するに帰するものである。そして原判決の右判示は,その挙示する事実関係,証拠関係からこれを肯認し得るところであって,原判決に所論の違法は存せず,所論は,畢竟,原審の認定にそわない事実を主張して,原審の適法にした証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,または判決に影響を及ぼさない事項について原判決を非難するに帰し,すべて採るを得ない。
 同第三点について。
 所論は,養老保険契約において保険金受取人を保険期間満了の場合は被保険者,被保険者死亡の場合は相続人と指定したときは,保険契約者は被保険者死亡の場合保険金請求権を遺産として相続の対象とする旨の意思表示をなしたものであり,商法六七五条一項但書の「別段ノ意思ヲ表示シタ」場合にあたると解すべきであり,原判決引用の昭和一三年一二月一四日の大審院判例の見解は改められるべきものであって,原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があると主張するものであるけれども,本件養老保険契約において保険金受取人を単に「被保険者またはその死亡の場合はその相続人」と約定し,被保険者死亡の場合の受取人を特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合でも,保険契約者の意思を合理的に推測して,保険事故発生の時において被指定者を特定し得る以上,右の如き指定も有効であり,特段の事情のないかぎり,右指定は,被保険者死亡の時における,すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であって,前記大審院判例の見解は,いまなお,改める要を見ない。そして右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には,右請求権は,保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり,被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。然らば,他に特段の事情の認められない本件において,右と同様の見解の下に,本件保険金請求権が右相続人の固有財産に属し,その相続財産に属するものではない旨判示した原判決の判断は,正当としてこれを肯認し得る。原判決に所論の違法は存せず,所論は,畢竟,独自の見解に立って原判決を非難するものであって,採るを得ない。
 同第四点について。
 所論は,上告人が原審において口頭弁論期日の再開申請をなしたにもかかわらず,原審が右再開をしなかったことを非難するものであるけれども,終結した口頭弁論期日を再関するか否かは,原審の裁量に属することであるから,原審の右措置に何らの違法は存せず,論旨は,採るを得ない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官石坂修一,同五鬼上堅磐,同柏原語六,同田中二郎

被保険者死亡で保険金受取人の指定のないときは被保険者の相続人に支払う旨の約款のある保険契約(最判昭和48年6月29日民集27巻6号737頁)

被保険者死亡の場合保険金受取人の指定のないときは,保険金を被保険者の相続人に支払う旨の約款のある保険契約
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人山田盛の上告理由について。
 原審の適法に確定した事実によると,T火災海上保険株式会社交通事故傷害保険普通保険約款第四条は,「当会社は,被保険者が第一条の傷害を被り,その直接の結果として,被害の日から一八〇日以内に死亡したときは,保険金額の全額を保険金受取人,もしくは保険金受取人の指定のないときは被保険者の相続人に支払います。」と規定するところ,本件保険契約は右約款に基づき,これをその契約内容として締結されたというのである。
 ところで,右「保険金受取人の指定のないときは,保険金を被保険者の相続人に支払う。」旨の条項は,被保険者が死亡した場合において,保険金請求権の帰属を明確にするため,被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり,保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがないというべきである。
 そして,保険金受取人を相続人と指定した保険契約は,特段の事情のないかぎり,被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者のための契約であり,その保険金請求権は,保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産となり,被保険者の遺産から離脱したものと解すべきであることは,当裁判所の判例(昭和三六年(オ)第一〇二八号,同四〇年二月二日判決・民集第一九巻第一号一頁)とするところであるから,本件保険契約についても,保険金請求権は,被保険者の相続人である被上告人らの固有財産に属するものといわなければならない。なお,本件保険契約が,団体保険として締結されたものであっても,その法理に変りはない。
 してみると,右と同旨の原審の判断は正当として首肯することができ,原判決に所論の違法はなく論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官小川信雄,裁判官岡原昌男,同大塚喜一郎

被相続人を保険契約者・被保険者とし共同相続人の一部を保険金受取人とする養老保険契約に基づく死亡保険金請求権と民法903条(最決平成16年10月29日民集58巻7号1979頁)

被相続人を保険契約者及び被保険者とし共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づく死亡保険金請求権と民法903条
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人らの負担とする。
       理   由
 抗告代理人宇津呂雄章,同今西康訓,同宇津呂修の抗告理由について
1 本件は,甲と乙の各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)抗告人ら及び相手方は,いずれも甲と乙の間の子である。甲は平成2年1月2日に,乙は同年10月29日に,それぞれ死亡した。甲の法定相続人は乙,抗告人ら及び相手方であり,乙の法定相続人は抗告人ら及び相手方である。
(2)本件において遺産分割の対象となる遺産は,甲が所有していた第1審の審判の別紙遺産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)であり,その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円,第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。
(3)甲及び乙の本件各土地以外の遺産については,抗告人ら及び相手方との間において,平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。),これにより,相手方は合計1387万8727円,抗告人X1は合計1199万6113円,抗告人X2は合計1221万4998円,抗告人X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお,抗告人ら及び相手方は,本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。
(4)相手方は,甲と乙のために子市内の自宅を増築し,甲と乙を昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ,痴呆状態になっていた甲の介護を乙が行うのを手伝った。その間,抗告人らは,いずれも甲及び乙と同居していない。
(5)相手方は,次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。
  ア 保険者を丙保険相互会社,保険契約者及び被保険者を乙,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円
  イ 保険者を丁保険相互会社,保険契約者及び被保険者を乙,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円
  ウ 共済者を戊農業協同組合,共済契約者を甲,被共済者を乙,共済金受取人を甲とする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円,死亡共済金206万0768円)
(6)抗告人らは,上記(5)の死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。
3 原審は,前記2(5)の死亡保険金等については,同項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして,死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下,この操作を「持戻し」という。)を否定した上,本件各土地を相手方の単独取得とし,相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をした。
4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について
被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから,実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日判決・民集56巻8号2069頁参照)。従って,上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどに鑑みると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認できないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
 これを本件についてみるに,前記2(5)ア及びイの死亡保険金については,その保険金の額,本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額,前記の経緯からうかがわれる乙の遺産の総額,抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと,上記特段の事情があるとまではいえない。従って,前記2(5)ア及びイの死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
5 前記2(5)ウの死亡共済金等について
 上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は,共済金受取人を甲とするものであるので,その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については,民法903条の類推適用について論ずる余地はない。
6 以上のとおりであるから,前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず,前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は,結論において是認できる。論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
       最高裁裁判長裁判官北川弘治,裁判官福田博,同梶谷玄,同滝井繁男,同津野修

死亡退職金の受給権は相続の対象か(最判昭和55年11月27日民集34巻6号815頁)

死亡退職金の受給権が相続財産に属さず受給権者である遺族固有の権利であるとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人及び上告補助参加人代理人腰岡實の各上告理由について
 原審の適法に確定したところによれば,被上告人の「職員の退職手当に関する規程」二条・八条は被上告人の職員に関する死亡退職金の支給,受給権者の範囲及び順位を定めているのであるが,右規程によると,死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて,配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと,直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり,嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ,父母や養父母については養方が実方に優先すること,死亡した者の収入によって生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずることなど,受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされているというのであり,これによってみれば,右規程は,専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし,民法とは別の立場で受給権者を定めたもので,受給権者たる遺族は,相続人としてではなく,右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり,そうすると,右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず,受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではない。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認すべきであり,原判決に所論の違法はない。論旨は,いずれも採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官谷口正孝,裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同本山亨,同中村治朗

学校法人の死亡退職金の支給(最決昭和60年1月31日家月37巻8号39頁)

「遺族にこれを支給する」とのみ定めている死亡退職金の支給等を定めた学校法人の規程の解釈は,民法ではなく私立学校教職員共済組合法25条及び国家公務員共済組合法2条,43条の定めるところによりを右遺族の第1順位は職員の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していた配偶者(内縁の妻を含む)である
       主   文
 原判決のうち供託金還付請求権の帰属に関する部分を破棄し,第一審判決のうち右部分を取り消す。
 前項の部分に関する被上告人の本訴請求を棄却する。
 学校法人己大学が法務局に対し昭和五三年度金第六四一九号をもって供託した金四四七万八五一五円の還付請求権は上告人がこれを有することを確認する。
 訴訟の総費用は,被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人三浦啓作,同奥田邦夫の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 (一) 上告人は,昭和四一年六月ころ,Xと事実上の婚姻をした。上告人は,母方の伯父の養子となっていたので,Xとの間で,伯父に他に適当な承継者ができるまでは婚姻の届出をしないとの合意をしていた。このため,Xの死亡に至るまで両名の婚姻の届出はなされなかった。
 (二) Xは,実子がなかったので,昭和四六年四月一七日,同人の実兄の孫に当たる被上告人と養子縁組をし,その届出をした。
 (三) Xは,昭和五三年一月二六日死亡し,被上告人は,唯一の法定相続人としてXの権利義務を承継した。
 (四) Xは,死亡時まで己大に教授として勤務していた。Xの死亡退職により己大から支払われるべき退職金は四四七万八五一五円(以下これを「本件退職金」という。)であった。当時の己大の退職金規程(以下「規程」という。)六条は,死亡退職金につき,単に「遺族にこれを支給する。」とのみ定めていた。そこで,上告人と被上告人との間で本件退職金の帰属につき争いが生じたため,同大学は,福岡法務局に対しこれを債権者を確知することができないとの理由で供託した(昭和五三年度金六四一九号。以下「本件供託金」という。)。
 原審は,右事実関係のもとにおいて,(1)死亡退職金は死亡者の生存中の勤続に対して支給されるものであって死亡者の相続財産又はこれに準ずる性質を有するものと解せられるから,その受給権者につき単に遺族とのみ規定されている場合には,その受給権者の範囲及び順位については民法の相続の規定に従うものと解するのが相当である,(2)従って,本件退職金の受給権者は,Xの唯一の法定相続人である被上告人というべきであるとして,本件供託金の還付請求権が被上告人にあることの確認を求める被上告人の本訴請求を認容し,右還付請求権が上告人にあることの確認を求める上告人の反訴請求を棄却した。
 ところで,原審の適法に確定したところによれば,己大は,昭和五四年三月,規程六条を改正し,ただし書として,新たに「遺族の範囲及び順位は,私立学校教職員共済組合法二五条の規定を準用する。」旨追加したというのである。そして,私立学校教職員共済組合法二五条(昭和五四年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)が準用されると,同条により国家公務員共済組合法二条,四三条が準用されることになり,その結果,改正後の規程六条によれば,己大の死亡退職金の支給を受ける遺族は,(1)職員の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していたものでなければならず,(2)第一順位は配偶者(届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)であり,配偶者があるときは子は全く支給を受けない,(3)直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となる,(4)嫡出子と非嫡出子が平等に扱われる,(5)父母や養父母については養方が実方に優先する,ということになる。すなわち,改正後の規程六条は,死亡退職金の受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の範囲及び順位決定の原則とは著しく異なった定め方をしているのであり,これによってみれば,右規程の定めは,専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし,民法とは別の立場で受給権者を定めたもので,受給権者たる遺族は,相続人としてではなく,右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和五四年(オ)第一二九八号同五五年一一月二七日判決・民集三四巻六号八一五頁参照)。のみならず,改正前の規程六条においても,死亡退職金の受給権者が相続人ではなく遺族と定められていたこと,改正前も前記私立学校教職員共済組合法二五条及び国家公務員共済組合法二条,四三条が施行されていたことを考慮すると,他に特段の事情のない限り,改正前の規程六条は,専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし,民法上の相続とは別の立場で死亡退職金の受給権者を定めたものであって,受給権者たる遺族の具体的な範囲及び順位については,一朋記各法条の定めるところを当然の前提としていたのであり,改正によるただし書の追加は,単にそのことを明確にしたにすぎないと解するのが相当である。そして,右のように解することを妨げるような特段の事情の主張,立証はなされていない。そうすると,改正前の規程六条にいう遺族の範囲及び順位に関しては,前記各法条の定めるところによるべきであり,右遺族の第一順位は,職員の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していた配偶者(届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)と解すべきことになる。これと異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるをえず,右違法は原判決に影響を及ぼすことψ明らかであるから,論旨は理由がある。
 そして,前記事実関係によれば,本件退職金の受給権者は,右遺族の第一順位に当たる上告人であって,本件供託金の還付請求権は上告人に帰属するというべきであるから,右還付請求権が被上告人にあることの確認を求める被上告人の本訴請求は理由がなく,また,右還付請求権が上告人にあることの確認を求める上告人の反訴請求は理由がある。従って,第一審判決のうち被上告人の右本訴請求を認容し,上告人の右反訴請求を棄却した部分に対する上告人の控訴を棄却した原判決を破棄し,第一審判決のうち右部分を取り消したうえ,被上告人の右本訴請求を棄却し,上告人の右反訴請求を認容すべきである。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官矢口洪一,裁判官谷口正孝,同和田誠一,同角田禮次郎

死亡退職金の支給規程のない財団法人と相続性の有無(最判昭和62年3月3日家月39巻10号61頁)

死亡退職金の支給規程のない財団法人が死亡した理事長の妻に支給した死亡退職金が相続財産に属さず妻個人に属するものとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人小林良明の上告理由について
 亡Xは財団法人厚生会(以下「厚生会」という。)の理事長であったこと,Xの死亡当時,厚生会には退職金支給規程ないし死亡功労金支給規程は存在しなかったこと,厚生会は,Xの死亡後同人に対する死亡退職金として二〇〇〇万円を支給する旨の決定をしたうえXの妻である被上告人にこれを支払ったことは,原審の適法に確定した事実であるところ,右死亡退職金は,Xの相続財産として相続人の代表者としての被上告人に支給されたものではなく,相続という関係を離れてXの配偶者であった被上告人個人に対して支給されたものであるとしてXの子である上告人らの請求を棄却すべきものとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官安岡満彦,裁判官伊藤正己,同長島敦,同坂上壽夫



相続と占有,取得時効等

   相続と占有,取得時効等に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

相続等の包括承継と民法第187条第1項(最判昭和37年5月18日民集16巻5号1073頁)

民法第187条第1項の規定は相続の如き包括承継の場合にも適用がある
〔要点〕 民法第一八七条第一項は「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得」と規定し,右は相続の如き包括承継の場合にも適用せられ,相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意悪意の地位をそのまま承継するものではなく,その選択に従い自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することができるものと解するを相当。

占有と相続(最判昭和44年10月30日民集23巻10号1881頁)

占有と相続
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人らの上告理由第一点,第二点及び上告代理人寺井俊正の上告理由第一点について。
 自作農創設特別措置法による売渡を受けた後,本件土地につき耕作の事業を主宰していた者は,右土地を所有していた甲であり,乙夫妻は,甲の両親として,甲のため,事実上右土地の耕作に従事していたにすぎなく,本件土地は甲の自作地であったものであり,被上告人は甲から農地法所定の手続を経て適法に本件土地の所有権を取得したものである旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。所論は,原判決の適法にした事実認定を非難するか,原判決の認定しない事実または原判決の認定と異なる事実に基づいて原判決を非難するものであるが,原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。
 上告代理人寺井俊正の上告理由第二点について。
 被相続人の事実的支配の中にあった物は,原則として,当然に,相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから,その結果として,占有権も承継され,被相続人が死亡して相続が開始するときは,特別の事情のないかぎり,従前その占有に属したものは,当然相続人の占有に移ると解すべきである。それ故,本件においては,乙の死亡により相続が開始したときは,特別の事情のないかぎり,従前その占有に属したものは当然その相続人の占有に移るものというべく,特別の事情の認められない本件においては,本件土地に対する乙の占有は,その相続人である上告人らの占有に移ったものといわなければならない。これと結論を同一にする原判決の判断は相当である。原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官入江俊郎,裁判官長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠,同大隅健一郎

相続と民法185条の「新権原」(最判昭和46年11月30日民集25巻8号1437頁)

相続と民法185条にいう「新権原」
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人大西芳雄の上告理由について。
 所論の事実関係に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないものではなく,右認定判断の過程に所論の違法は認められない。
 そして,原審の確定した事実によれば,訴外甲は,かねて兄である被上告人から,その所有の本件土地建物の管理を委託されたため,本件建物の南半分に居住し,本件土地及び本件建物の北半分の賃料を受領していたところ,同訴外人は昭和二四年六月一五日死亡し,上告人らが相続人となり,その後も,同訴外人の妻上告人乙において本件建物の南半分に居住するとともに,本件土地及び本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており,被上告人もこの事実を了知していたというのである。しかも,上告人丙及び同丁が,右訴外人死亡当時それぞれ六才及び四才の幼女にすぎず,上告人乙はその母であり親権者であって,上告人丙及び同丁も上告人乙とともに本件建物の南半分に居住していたことは当事者間に争いがない。
 以上の事実関係のもとにおいては,上告人らは,右訴外人の死亡により,本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく,新たに本件土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく,従って,かりに上告人らに所有の意思があるとみられる場合においては,上告人らは,右訴外人の死亡後民法一八五条にいう「新権原ニ因リ」本件土地建物の自主占有をするに至ったものと解するのを相当とする。これと見解を異にする原審の判断は違法というべきである。
 しかし,他方,原審の確定した事実によれば,上告人乙が前記の賃料を取得したのは,被上告人から右訴外人が本件土地建物の管理を委託された関係もあり,同人の遺族として生活の援助を受けるという趣旨で特に許されたためであり,右上告人は昭和三二年以降同三七年まで被上告人に本件家屋の南半分の家賃を支払っており,上告人らが右訴外人の死亡後本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたとはいえないというのであるから,上告人らは自己の占有のみを主張しても,本件土地建物を,時効により取得することができないものといわざるをえない。従って,上告人らの取得時効に関する右主張を排斥した原審の判断は,結局相当であり,原判決の前記の違法はその結論に影響を及ぼさない。
 その余の点については,原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官下村三郎,裁判官田中二郎,同松本正雄,同関根小郷

共同相続人の一人が相続財産につき単独所有者としての自主占有を取得したと認められた事例(最判昭和47年9月8日民集26巻7号1348頁)

共同相続人の一人が相続財産につき単独所有者としての自主占有を取得したと認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人大滝一雄の上告理由について。
 原審の適法に確定したところによれば,昭和一五年一二月二八日訴外甲の死亡により同人所有の本件土地について,遺産相続が開始し,原判示の続柄にある乙,丙,上告人丁,上告人戊,上告人己の五名が共同相続をしたが,そのうち丙が昭和一八年二月一日死亡したので,原判示の続柄にある庚,辛,壬,癸,壱の五名が同人の遺産相続をしたものであるところ,乙は甲死亡当時林家の戸主であったので,当時は家督相続制度のもとにあった関係もあり,家族である甲の死亡による相続が共同遺産相続であることに想到せず,本件土地は戸主たる自己が単独で相続したものと誤信し,原判示のような方法で自己が単独に所有するものとして占有使用し,その収益はすべて自己の手に収め,地租も自己名義で納入してきたが,昭和三〇年初頃長男である被上告人に本件土地を贈与して引渡し,爾後,被上告人において乙同様に単独所有者として占有し,これを使用収益してきた。一方,前記亡丙,上告人丁,上告人戊,上告人己らは,いずれもそれぞれ甲の遺産相続をした事実を知らず,乙及び被上告人が右のように本件土地を単独所有者として占有し,使用収益していることについて全く関心を寄せず,異議を述べなかったというのである。
 ところで,右のように,共同相続人の一人が,単独に相続したものと信じて疑わず,相続開始とともに相続財産を現実に占有し,その管理,使用を専行してその収益を独占し,公租公課も自己の名でその負担において納付してきており,これについて他の相続人がなんら関心をもたず,もとより異議を述べた事実もなかったような場合には,前記相続人はその相続のときから自主占有を取得したものと解するのが相当である。叙上のような次第で乙従って被上告人は本件土地を自主占有してきたものというべきであり,これと同趣旨の原審の判断は相当である。所論引用の判例は事案を異にし,本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官岡原昌男,裁判官色川幸太郎,同村上朝一,同小川信雄

民法186条1項の所有の意思の推定が覆えされる場合(最判昭和58年3月24日民事判例集37巻2号131頁)

民法186条1項の所有の意思の推定が覆えされる場合
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人金井清吉の上告理由第一点一について
 原判決は,(1) 被上告人は,甲の長男として生れ,昭和二〇年に結婚したのちは被上告人夫婦が主体となって甲と共に農業に従事してきたが,昭和三三年元旦に本件各不動産の所有者である甲からいわゆる「お綱の譲り渡し」を受け,本件各不動産の占有を取得した,(2) 右「お綱の譲り渡し」は,熊本県郡部で今でも慣習として残っているところがあり,所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがあって,その両面にわたって多義的に用いられている,(3) 被上告人は,右「お綱の譲り渡し」以後農業の経営とともに家計の収支一切を取りしきり,農業協同組合に対する借入金等の名義を甲から被上告人に変更し,同組合から自己の一存で金融を得ていたほか,当初同組合からの信用を得るためその要望に応じて甲所有の山林の一部を被上告人名義に移転したりし,本件各不動産の所有権の贈与を受けたと信じていた,(4) 甲は,昭和四〇年三月一日死亡し,その子である被上告人及び上告人らが甲を相続した,以上の事実を認定したうえ,右事実関係のもとでは,被上告人は,「お綱の譲り渡し」により,甲から家計の収支面の権限にとどまらず,本件各不動産を含む財産の処分権限まで付与されていたと認められるものの,所有権の贈与を受けたものとまでは断じ難いが,前記のように本件各不動産の所有権を取得したと信じたとしても無理からぬところがあるというべきであるとし,被上告人は本件各不動産を所有の意思をもって占有を始めたものであり,その占有の始め善意無過失であったから,占有開始時より一〇年を経過した昭和四三年一月一日本件各不動産を時効により取得したものと判断して,右時効取得を登記原因とする被上告人の上告人らに対する本件各不動産の所有権移転登記手続の請求を認容している。
 ところで,民法一八六条一項の規定は,占有者は所有の意思で占有するものと推定しており,占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有にあたることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照),右の所有の意思は,占有者の内心の意思によってではなく,占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日判決・裁判集民事九九号三七五頁,最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日判決・民集二六巻七号一三四八頁参照),占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか,又は占有者が占有中,真の所有者であれば通常はとらない態度を示し,若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど,外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されるときは,占有者の内心の意思のいかんを問わず,その所有の意思を否定し,時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。しかるところ,原判決は,被上告人は甲からいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分の権限を与えられるとともに右不動産の占有を取得したものであるが,甲が本件各不動産を被上告人に贈与したものとは断定し難いというのであって,もし右判示が積極的に贈与を否定した趣旨であるとすれば,右にいう管理処分の権限は所有権に基づく権限ではなく,被上告人は,甲所有の本件各不動産につき,実質的には甲を家長とする一家の家計のためであるにせよ,法律的には同人のためにこれを管理処分する権限を付与されたにすぎないと解さざるをえないから,これによって被上告人が甲から取得した本件各不動産の占有は,その原因である権原の性質からは,所有の意思のないものといわざるをえない。また,原判決の右判示が単に贈与があったとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまり,積極的にこれを否定した趣旨ではないとすれば,占有取得の原因である権原の性質によって被上告人の所有の意思の有無を判定することはできないが,この場合においても,甲と被上告人とが同居中の親子の関係にあることに加えて,占有移転の理由が前記のようなものであることに照らすと,その場合における被上告人による本件各不動産の占有に関し,それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とするというべきところ,被上告人がいわゆる「お綱の譲り渡し」を受けたのち家計の収支を一任され,農業協同組合から自己の一存で金員を借り入れ,その担保とする必要上甲所有の山林の一部を自己の名義に変更したことがあるとの原判決挙示の事実は,いずれも必ずしも所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と矛盾するものではないから,被上告人の右占有の性質を判断する上において決定的事情となるものではなく,かえって,右「お綱の譲り渡し」後においても,本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか,農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは,被上告人の自認するところであり,また,記録によれば,甲は右の「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していて被上告人に交付せず,被上告人もまた家庭内の不和を恐れて甲に対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかったことがうかがわれ,更に審理を尽くせば右の事情が認定される可能性があったものといわなければならないのである。そして,これらの占有に関する事情が認定されれば,たとえ前記のような被上告人の管理処分行為があったとしても,被上告人は,本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度,行動に出なかったものであり,外形的客観的にみて本件各不動産に対する甲の所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかったものとして,その所有の意思を否定されることとなって,被上告人の時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである。然るに原審は,前記のような事実を認定したのみで,それ以上格別の理由を示すことなく,また,さきに指摘した点等について審理を尽くさないまま,被上告人による本件各不動産の占有を所有の意思によるそれであるとし,被上告人につき時効によるその所有権の取得を肯定しているのであって,原判決は,所有の意思に関する法令の解釈適用を誤り,ひいて審理不尽ないし理由不備の違法をおかしたものというべく,右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせるのが相当であるから,これを原審に差し戻すこととする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官中村治朗,裁判官団藤重光,同藤崎萬里,同谷口正孝,同和田誠一

他主占有者の相続人が独自占有に基づく取得時効成立を主張する場合の所有の意思の立証責任(最判平成8年11月12日民集50巻10号2591頁)

他主占有者の相続人が独自占有に基づく取得時効成立を主張する場合の所有の意思の立証責任
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人らの控訴をいずれも棄却する。ただし,第一審判決主文第一項を次のとおり更正する。
 「一 被告らは原告らに対し,別紙目録記載の不動産につき,原告A持分三分の一,同B持分三分の二とする所有権移転登記手続をせよ。」
 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人山口定男の上告理由第二点について
 一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 1 旧門司市所在の本件土地建物,すなわち子町の土地,東門司の土地並びに花月園の土地及び建物は,いずれも,昭和二九年当時,丙の所有であり,このうち東門司の土地及び花月園の建物は第三者に賃貸されていた。丙の五男であった丁は,当時福岡県門司市に居住していたところ,同年五月ころから丙の所有不動産のうち同市に所在していた本件土地建物につき占有管理を開始し,本件土地建物のうち東門司の土地及び花月園の建物については,貸借人との間で,賃料の支払,賃貸家屋の修繕等についての交渉の相手方となり,賃料を取り立ててこれを生活費として費消していた。
 2 丁が昭和三二年七月二四日に死亡したことから,その相続人である妻の上告人甲(相続分三分の一)及び長男の上告人乙(相続分三分の二。昭和三〇年七月一三日生)が本件土地建物の占有を承継したところ,上告人甲は,丁の死亡後,本件土地建物の管理を専行し,東門司の土地及び花月園の建物については,賃借人との間で,賃料額の改定,賃貸借契約の更新,賃貸家屋の修繕等を専決して,保守管理を行い,賃料を取り立ててこれを生活費の一部として費消している。
 3 上告人甲は,本件土地建物の登記済証を所持し,昭和三三年以降現在に至るまで継続して本件土地建物の固定資産税を納付している。
 4 丙は,昭和三六年二月二七日に死亡し,その相続人は,妻である被上告人戊,長男である己,二男である被上告人庚,四男である辛,長女である被上告人壬及び孫である上告人乙(代襲相続人)であった。丙は,生前,その所有する多数の土地建物につきその評価額,賃料収入額等を記載したノートを作成していたところ,右ノートには本件土地建物について「丁ニ分与スルモノ」との記載がされている。己は,昭和三八年ないし三九年ころ,丙の経営に係る福井商店の債務整理のため本件土地建物を売却しようとしたが,上告人甲は,丁が本件土地建物を丙から贈与された旨を丁からその生前に聞いていたので,当時所持していた右ノートを己に示して本件土地建物の売却に反対し,結局,本件土地建物は売却されなかった。
 5 本件土地建物の登記簿上の所有名義人は,丙の死亡後も依然として同人のままであったことから,上告人甲は,昭和四七年六月,本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をしようと考えて,被上告人戊に協力を求めたところ,同被上告人は,上告人甲の求めに応じて,本件土地建物につき「亡丙名義でありますが生前五男丁夫婦に贈与せしことを認めます」との記載のある「承認書」に署名押印した。被上告人戊の助言もあったことから,上告人甲は,これに引き続いて,被上告人庚及び被上告人壬を訪れて,本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をすることの同意を求めたが,被上告人庚は己の意向次第であると答え,被上告人壬は経緯を知らなかったことから同意せず,結局,本件土地建物について上告人ら名義への所有権移転登記はされなかった。
 二 本件請求は,丙の相続人又はその順次の相続人である被上告人らに対して,上告人らが本件土地建物につき所有権移転登記手続を求めるものであるところ,上告人らの主張は,(1) 丁は昭和三〇年七月に丙から本件土地建物の贈与を受けた,(2) 丁が昭和三〇年七月に本件土地建物の占有を開始した後(同三二年七月二四日に同人の死亡により上告人らが占有を承継),一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した,(3) 上告人らが昭和三二年七月二四日に本件土地建物の占有を開始した後,一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した,というものである。
  原審は,次のとおり判断して,上告人らの請求を棄却した。
 1 丙から丁に対する本件土地建物の贈与については,これを推認させる間接事実ないし証拠があるが,贈与の事実の心証までは得られず,丙は本件土地建物を丁に贈与する心積もりはあったがこれを履行しないうちに丁が死亡したという限度で事実を認定し得るにとどまる。
 2 丁は昭和二九年五月ころに有償の委任契約に基づく受任者として本件土地建物の占有を開始したものであり,上告人らの主張する昭和三〇年七月の贈与が認められないのであるから,丁はその後も依然として受任者としての占有を継続していたものというべきであり,同人の占有は占有権原の性質上他主占有である。
 3 上告人らは丁の死亡に伴う相続により本件土地建物の占有を開始したものであるが,(1) 丙の死亡に伴い提出された昭和三八年一二月三日付け相続税の修正申告書には本件土地建物のほか東門司の土地の賃料及び花月園の建物の賃料が相続財産として記載されているところ,上告人甲はそのころ右修正申告書の写しを受け取りながら,その記載内容について格別の対応をしなかったこと,(2) 上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことなどに照らせば,丁の他主占有が相続を境にして上告人らの自主占有に変更されたとは認められない。
 三 しかし,原審の右判断中3の部分は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 被相続人の占有していた不動産につき,相続人が,被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく,新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において,その占有が所有の意思に基づくものであるときは,被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても,相続人は,独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二七〇号同四六年一一月三〇日判決・民集二五巻八号一四三七頁参照)。
 ところで,右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き,一般的には,占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法一八六条一項),占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は,右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ(最高裁昭和五四年(オ)一九号同年七月三一日判決・裁判集民事一二七号三一五頁),その立証が尽くされたか否かの判定に際しては,(一) 占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか,又は(二) 占有者が占有中,真の所有者であれば通常はとらない態度を示し,若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど,外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(ちなみに,不動産占有者において,登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めず,又は右所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら自己が負担することを申し出ないといった事実が存在するとしても,これをもって直ちに右事情があるものと断ずることはできない。)が証明されて初めて,その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日判決・民集三七巻二号一三一頁,最高裁平成六年(オ)一九〇五号同七年一二月一五日判決・民集四九巻一〇号三〇八八頁参照)。
 これに対し,他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において,右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには,取得時効の成立を争う相手方ではなく,占有者である当該相続人において,その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。何故なら,右の場合には,相続人が新たな事実的支配を開始したことによって,従来の占有の性質が変更されたものであるから,右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり,また,この場合には,相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。
 2 これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,上告人甲は,丁の死亡後,本件土地建物について,丁が生前に丙から贈与を受け,これを上告人らが相続したものと信じて,幼児であった上告人乙を養育する傍ら,その登記済証を所持し,固定資産税を継続して納付しつつ,管理使用を専行し,そのうち東門司の土地及び花月園の建物について,賃借人から賃料を取り立ててこれを専ら上告人らの生活費に費消してきたものであり,加えて,本件土地建物については,従来から丙の所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されていたことに照らすと,上告人らは,丁の死亡により,本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく,新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。そして,他方,上告人らが前記のような態様で本件土地建物の事実的支配をしていることについては,丙及びその法定相続人である妻子らの認識するところであったところ,同人らが上告人らに対して異議を述べたことがうかがわれないばかりか,上告人甲が昭和四七年に本件土地建物につき上告人ら名義への所有権移転登記手続を求めた際に,被上告人戊はこれを承諾し,被上告人庚及び被上告人壬もこれに異議を述べていない,というのである。右の各事情に照らせば,上告人らの本件土地建物についての事実的支配は,外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。原判決の挙げる(1) 丙の遺産についての相続税の修正申告書の記載内容について上告人甲が格別の対応をしなかったこと,(2) 上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことは,上告人らと丙及びその妻子らとの間の人的関係等からすれば所有者として異常な態度であるとはいえず,前記の各事情が存在することに照らせば,上告人らの占有を所有の意思に基づくものと認める上で妨げとなるものとはいえない。
   右のとおり,上告人らの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから,相続人である上告人らは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると,被上告人らから時効中断事由についての主張立証のない本件においては,上告人らが本件土地建物の占有を開始した昭和三二年七月二四日から二〇年の経過により,取得時効が完成したものと認めるのが相当である。
 四 従って,これと異なる判断の下に,上告人らの本件土地建物の占有を他主占有として取得時効の主張を排斥し,上告人らの請求を棄却した原審の判断には,法令の解釈適用の誤り,ひいては審理不尽,理由不備の違法があるものといわざるを得ず,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,前に説示したところによれば,本件土地建物について所有権移転登記手続を求める上告人らの請求は理由があるから,これを認容すべきであり,これと結論を同じくする第一審判決は正当であって,被上告人らの控訴は棄却すべきものである。なお,第一審判決主文第一項に明白な誤謬があることがその理由に照らして明らかであるから,民訴法一九四条により主文のとおり更正する。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条,九三条に従い,裁判官可部恒雄の補足意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官尾崎行信,裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫

登記名義人に対し所有権移転登記を求めない等の土地占有者の態度では他主占有事情として十分でない(最判平成7年12月15日民集49巻10号3088頁)

登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めない等の土地占有者の態度が他主占有事情として十分であるとはいえないとされた事例
       主   文
 原判決中,上告人らの被上告人らに対する第二次的及び第三次的請求に係る部分を破棄し,右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 上告人らのその余の上告を却下する。
 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 一 上告代理人長戸路政行の上告理由について
 1 上告人らの第二次的請求は,甲(上告人乙の父)による昭和三〇年一〇月三日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年(昭和四二年一月初旬に上告人らが占有を承継)の取得時効の成立を理由として,被上告人らに対し,各持分移転登記手続を求めるものであり,第三次的請求は,上告人らによる昭和四二年四月三〇日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年の取得時効の成立を理由として,被上告人らに対し,各持分移転登記手続を求めるものである。
 原審は,(1) 本件土地の当時の所有者であった丙(被上告人丁の夫戊の父,被上告人己の祖父)と甲(丙の弟)との間で,昭和三〇年一〇月に本件土地と甲所有の五八九番の土地との交換契約が成立したと認めるに足りないこと,及び甲が上告人らに対し,昭和四二年一月に本件土地を贈与したと認めるに足りないことを理由に,甲による昭和三〇年一〇月ころの本件土地の占有の開始が交換契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りず,上告人らによる昭和四二年四月ころの本件土地の占有の開始も贈与契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りないとし,また,(2) 甲及び上告人らは,本件土地につき,登記簿上の所有名義が丙又は戊にあり,甲に移転していないことを知りながら,その移転登記手続を求めることなく長期間放置し,本件土地の固定資産税を負担することもしなかったなど,所有者としてとるべき当然の措置をとっていないことを総合して考慮すると,甲及び上告人らには本件土地を占有するにつき所有の意思がなかったというのが相当であると判断した。
 2 しかし,原審の右判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
 民法一八六条一項の規定は,占有者は所有の意思で占有するものと推定しており,占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は,右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであるが,右の所有の意思は,占有者の内心の意思によってではなく,占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから,占有者の内心の意思のいかんを問わず,占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか,又は占有者が占有中,真の所有者であれば通常はとらない態度を示し,若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど,外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(このような事情を以下「他主占有事情」という。)が証明されて初めて,その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。
 これを本件についてみると,原審の(1)の判断は,甲又は上告人らの内心の意思が所有の意思のあるものと認めるに足りないことを理由に,同人らの本件土地の占有は所有の意思のない占有に当たるというに帰するものであって,同人らがその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実を確定した上でしたものではない。
 原審の(2)の判断は,甲及び上告人らが本件土地の登記簿上の所有名義人であった丙又は戊に対し長期間にわたって移転登記手続を求めなかったこと,及び本件土地の固定資産税を全く負担しなかったことをもって他主占有事情に当たると判断したものである。まず,所有権移転登記手続を求めないことについてみると,この事実は,基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり,他主占有事情として考慮される場合においても,占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては,所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。次に,固定資産税を負担しないことについてみると,固定資産税の納税義務者は「登記簿に所有者として登記されている者」である(地方税法三四三条一,二項)から,他主占有事情として通常問題になるのは,占有者において登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら,自分が負担すると申し出ないことであるが,これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく,当該不動産に賦課される税額等の事情によっては,所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。すなわち,これらの事実は,他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが,常に決定的な事実であるわけではない。
 本件においては,原審は,甲又は上告人らの本件土地の使用状況につき,(ア) 甲は,それまで借家住まいであったが,昭和三〇年一〇月ころ,本件土地に建物を建築し,妻子と共にこれに居住し始めた,(イ) 甲は,昭和三八年ころ,本件土地の北側角に右建物を移築した,(ウ) 甲は,昭和四〇年八月ころ,移築した右建物の東側に建物を増築した,(エ) 上告人乙と結婚していた上告人庚は,昭和四二年四月ころ,甲が移築し,増築した建物の東側に隣接して作業所兼居宅を建築した,(オ) 上告人庚は,昭和六〇年,甲が移築し,増築した建物と上告人庚が建築した作業所兼居宅とを結合するなどの増築工事をして現在の建物とした,(カ) 丙又は戊は,以上の甲又は上告人庚による建物の建築等について異議を述べたことがなかった,との事実を認定しているところ,甲は丙の弟であり,いわば甲家が分家,丙家が本家という関係にあって,当時経済的に苦しい生活をしていた甲家が丙家に援助を受けることもあったという原判決認定の事実に加えて,右(ア)ないし(カ)の事実をも総合して考慮するときは,甲及び上告人らが所有権移転登記手続を求めなかったこと及び固定資産税を負担しなかったことをもって他主占有事情として十分であるということはできない。なお,原審は,本件土地の固定資産税につき,丙らに対していつからどの程度の金額が賦課されていたのか,甲又は上告人らにおいていつそれを知ったのかについて審理判断していない。
 3 以上の次第で,原審の右(1),(2)の判断は,所有の意思に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,ひいて審理不尽,理由不備の違法をおかしたものであり,右違法は,原判決のうち上告人らの被上告人らに対する第二次的及び第三次的請求に係る部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 論旨は,右の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は右部分につき破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 二 本件上告について提出された上告状及び上告理由書には上告人らの被上告人らに対する第一次的請求に係る部分についての上告理由の記載がないから,右部分については適法な上告理由書提出期間内に上告理由書の提出がなかったことに帰する。そうすると,右部分についての上告は,不適法であるから,これを却下すべきである。
 三 よって,民訴法四〇七条一項,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官大西勝也,裁判官根岸重治,同河合伸一,同福田博

無権代理と相続

無権代理と相続に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

無権代理人が本人を相続した場合と無権代理行為の効力(最判昭和40年6月18日民集19巻4号986頁)

無権代理人が本人を相続した場合における無権代理行為の効力
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人諏訪徳寿の上告理由について。
 原審の確定するところによれば,亡甲は上告人に対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに,上告人は甲の代理人として訴外乙に対し甲所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し,甲の印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書に甲の記名押印をなし,甲に無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括して乙に交付し,乙は右書類を使用して昭和三三年八月八日本件土地を被上告人丙に代金二四万五千円で売渡し,同月一一日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ,甲は同三五年三月一九日死亡し上告人においてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独で甲を相続したというのであり,原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。
 ところで,無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたった場合においては,本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決,民集六巻一〇六頁参照),この理は,無権代理人が本人の共同相続人の一人であって他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。従って,原審が,右と同趣旨の見解に立ち,前記認定の事実によれば,上告人は乙に対する前記の金融依頼が亡甲の授権に基づかないことを主張することは許されず,乙は右の範囲内において甲を代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は,原判示の事実関係のもとにおいては,乙が右授与された代理権の範囲をこえて本件土地を被上告人丙に売り渡すに際し,同被上告人において乙に右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し,結局,上告人が同被上告人に対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。所論は,畢竟,原審の前記認定を非難し,右認定にそわない事実を前提とする主張であり,原判決に所論の違法は存しないから,所論は採用できない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官山田作之助,同草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外

無権代理人を本人が相続した場合と無権代理行為の効力(最判昭和37年4月20日民集16巻4号955頁)

無権代理人を本人が相続した場合,被相続人の無権代理行為は,右相続により当然有効となるものではない。
〔要点〕
無権代理人が本人を相続した場合においては,自らした無権代理行為につき,本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは,信義則に反するから,右無権代理行為は,相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども,本人が無権代理人を相続した場合は,これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては,相続人たる本人が,被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても,何ら信義に反することはないから,被相続人の無権代理行為は,一般に,本人の相続により,当然有効となるものではないと解するのが相当である。

無権代理人を本人とともに相続した者が更に本人をも相続した場合にも無権代理行為の追認拒絶できるか(最判昭和63年3月1日家月41巻10号104頁)

無権代理人を本人とともに相続した者が更に本人を相続した場合における無権代理行為の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人成田薫,同成田清,同池田桂子の上告理由第一点について
 原審は,(一)第一審判決別紙目録一ないし四,七,九,一一,一三の各土地(以下「本件各土地」という。)は,もと分筆前の愛知県小牧市大字大草字七重三六六〇番一の土地の一部をなし,Xの所有であった,(二)Xの妻Yは,昭和三五年七月ころ,Xの代理人として,Zに対し,右三六六〇番一の土地を売り渡した(以下「本件売買」という。)が,Xから本件売買に必要な代理権を授与されていなかった,(三)Yは昭和四四年三月二二日に死亡し,夫であるX及び子である被上告人らが同女の法律上の地位を相続により承継した,(四)Xは昭和四八年六月一八日に死亡し,被上告人らが同人の法律上の地位を相続により承継した,(五)本件各土地について,いずれも上告人を権利者とする原判決主文第二項掲記の各登記(以下「本件各登記」という。)がされている,との事実を確定した上,無権代理人が本人を相続した場合に,無権代理行為の追認を拒絶することが信義則上許されないとされるのは,当該無権代理行為を無権代理人自らがしたという点にあるから,自ら無権代理行為をしていない無権代理人の相続人は,その点において無権代理人を相続した本人と変わるところがなく,従って,無権代理人及び本人をともに相続した者は,相続の時期の先後を問わず,特定物の給付義務に関しては,無権代理人を相続した本人の場合と同様に,信義に反すると認められる特別の事情のない限り,無権代理行為を追認するか否かの選択権及び無権代理人の履行義務についての拒絶権を有しているものと解するのが相当であるとの見解のもとに,本件売買に関して無権代理人であるY及び本人であるXをともに相続した被上告人らは,信義に反すると認められる特別の事情のない限り,本人の立場において本件売買の追認を拒絶することができ,また,無権代理人の立場においても本件各土地を含む前記土地の所有権移転義務を負担しないものであり,しかも,右の追認ないし履行拒絶が信義に反すると認められる特別の事情があるということはできず,本件売買が有効となることはないとして,上告人の抗弁を認めず,本件各土地の共有持分権に基づいて本件各登記の抹消登記手続を求める被上告人らの本訴請求を認容すべきものと判断している。
 しかし,原審の右の判断を是認することはできない。その理由は次のとおりである。
 すなわち,無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては,当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく,本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当である。けだし,無権代理人が本人を相続した場合においては,本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく,右のような法律上の地位ないし効果を生ずるものと解すべきものであり(大審院大正一五年(オ)第一〇七三号昭和二年三月二二日判決・民集六巻一〇六頁,最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁参照),このことは,信義則の見地からみても是認すべきものであるところ(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照),無権代理人を相続した者は,無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから,一亘無権代理人を相続した者が,その後本人を相続した場合においても,この理は同様と解すべきであって,自らが無権代理行為をしていないからといって,これを別異に解すべき根拠はなく(大審院昭和一六年(オ)第七二八号同一七年二月二五日判決・民集二一巻一六四頁参照),更に,無権代理人を相続した者が本人と本人以外の者であった場合においても,本人以外の相続人は,共同相続であるとはいえ,無権代理人の地位を包括的に承継していることに変わりはないから,その後の本人の死亡によって,結局無権代理人の地位を全面的に承継する結果になった以上は,たとえ,同時に本人の地位を承継したものであるとしても,もはや,本人の資格において追認を拒絶する余地はなく,前記の場合と同じく,本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当であるからである。
 これを本件についてみるに,前記の事実関係によれば,Yは,Xの無権代理人として,本件各土地を含む前記土地を野崎に売却した後に死亡し,被上告人ら及びXが同女の無権代理人としての地位を相続により承継したが,その後にXも死亡したことにより,被上告人らがその地位を相続により承継したというのであるから,前記の説示に照らし,もはや,被上告人らがXの資格で本件売買の追認を拒絶する余地はなく,本件売買は本人であるXが自ら法律行為をしたと同様の効果を生じたものと解すべきものである。そうすると,これと異なる見解に立って,無権代理行為である本件売買が有効になるものではないとして,上告人の抗弁を排斥し,被上告人らの本訴請求を認容すべきものとした原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから,右違法をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,以上の見地に立って,上告人の抗弁の当否について,更に審理を尽くさせる必要があるから,これを原審に差し戻すべきである。
 よって,その余の論旨に関する判断を省略し,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官長島敦,裁判官伊藤正己,同安岡滿彦,同坂上壽夫

本人が無権代理行為の追認拒絶後に無権代理人が本人を相続した場合と無権代理行為の効力(最判平成10年7月17日民集52巻5号1296頁)

本人が無権代理行為の追認拒絶後に無権代理人が本人を相続した場合と無権代理行為の効力
       主   文
 一 原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 二 被上告人α信用保証協会は,上告人らに対し,第一審判決別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同判決別紙登記目録記載の(一)の各登記の抹消登記手続をせよ。
 三 被上告人株式会社第一勧業銀行は,上告人らに対し,同物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同登記目録記載の(二)の各登記の抹消登記手続をせよ。
 四 被上告人甲は,上告人らに対し,同物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同登記目録記載の(三)の各登記の,同物件目録記載の(三)の物件について同登記目録記載の(四)の登記の,同物件目録記載の(四)の物件について同登記目録記載の(五)の登記の抹消登記手続をせよ。
 五 被上告人K会社は,上告人らに対し,同物件目録記載の(一)の物件について同登記目録記載の(六)の登記の,同物件目録記載の(二)の物件について同登記目録記載の(七)の登記の,同物件目録記載の(三)の物件について同登記目録記載の(八)及び(九)の各登記の抹消登記手続をせよ。
 六 被上告人K会社の反訴請求を棄却する。
 七 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人乙の代理人八代紀彦,同佐伯照道,同西垣立也,上告人丙及び丁の代理人新原一世,同田口公丈,同浜口卯一の上告理由二について
 一 原審の適法に確定した事実等の概要は,次のとおりである。
 1 戊は,第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお,右各物件は,同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが,遅くとも昭和五八年一一月には,脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った。
 2 昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に,被上告人α信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお,同目録記載の他の登記についても,同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を,被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(二)を,被上告人甲は物件(一)ないし(三)について各登記(三),物件(三)について登記(四),物件(四)について登記(五)を,被上告人K会社(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六),物件(二)について登記(七),物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし,右各登記は,同六〇年一月一日から同六一年四月一九日までの間に,戊の長男である己が戊の意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった。
 3 己は,昭和六一年四月一九日,戊の意思に基づくことなくその代理人として,被上告会社との間で,戊がβ会社の被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
 4 己は,昭和六一年九月一日,死亡し,その相続人である妻の庚及び子の上告人らは,限定承認をした。
 5 戊は,昭和六二年五月二一日,神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け,右審判は,同年六月九日,確定した。そして,戊は,同人の後見人に就職した庚が法定代理人となって,同年七月七日,被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが,右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日,戊が死亡し,上告人らが代襲相続により,本件各物件を取得するとともに,訴訟を承継した。
 二 本件訴訟において,上告人らは,被上告人らに対し,本件各物件の所有権に基づき,本件各登記の抹消登記手続を求め,被上告会社は,反訴として,上告人らに対し,戊の相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは,本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等が己の無権代理行為によるものであるとしても,上告人らは,己を相続した後に本人である戊を相続したので,本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ,己の無権代理行為について戊がした追認拒絶の効果を主張すること又は己の無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに,被上告銀行及び被上告会社は,己の右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し,上告人らは,戊が本訴を提起して己の無権代理行為について追認拒絶をしたから,己の無権代理行為が戊に及ばないことが確定しており,また,上告人らは己の相続について限定承認をしたから,その後に戊を相続したとしても,本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし,前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。
 三 原審は,前記事実関係の下において,次の理由により,上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。
 1 戊は被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから,右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。
 2 上告人らは,無権代理人である己を相続した後,本人である戊を相続したから,本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより,信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ,本人である戊の資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく,本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから,本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても,その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合,無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。
 四 しかし,原審の右三2の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には,その後に無権代理人が本人を相続したとしても,無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。何故なら,無権代理人がした行為は,本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項),本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し,追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず,右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても,右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると,本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが,本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり,相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。
 これを本件について見ると,戊は,被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから,己の無権代理行為について追認を拒絶したものというべく,これにより,己がした無権代理行為は戊に対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると,その後に上告人らが戊を相続したからといって,既に戊がした追認拒絶の効果に影響はなく,己による本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして,前記事実関係の下においては,その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。
 従って,原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして,前記追認拒絶によって己の無権代理行為が本人である戊に対し効力を生じないことが確定した以上,上告人らが己及び戊を相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用できない。また,前記事実関係の下においては,被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用できない。上告人らの請求は理由があり,被上告会社の反訴請求は理由がないから,第一審判決を取り消し,上告人らの請求を認容し,被上告会社の反訴請求を棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官根岸重治,裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田博

無権代理人が本人を共同相続した場合における無権代理行為の効力(最判平成5年1月21日裁判集民事167号上331頁)

無権代理人が本人を共同相続した場合における無権代理行為の効力
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人野口敬二郎の上告理由第一点の一について
 無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において,無権代理行為を追認する権利は,その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ,無権代理行為の追認は,本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから,共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り,無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると,他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても,他の共同相続人全員の追認がない限り,無権代理行為は,無権代理人の相続分に相当する部分においても,当然に有効となるものではない。
 以上と同旨の見地に立って,被上告人Xが無権代理人としてした本件譲渡担保設定行為の本人であるYが死亡し,被上告人Xが他の共同相続人と共にYの相続人となったとしても,右無権代理行為が当然に有効になるものではないとした原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の判例は事案を異にし,本件に適切でない。論旨は採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官三好達の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

民法117条と無権代理人を相続した本人の責任(最判昭和48年7月3日民集27巻7号751頁)

民法117条と無権代理人を相続した本人の責任
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人君野駿平の上告理由第一点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らし首肯するに足り,原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 同第二点について。
 民法一一七条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであって,このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから,本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり,本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあったからといって右債務を免れることはできないと解すべきである。まして,無権代理人を相続した共同相続人のうちの一人が本人であるからといって,本人以外の相続人が無権代理人の債務を相続しないとか債務を免れうると解すべき理由はない。
 してみると,これと同旨の原審の判断は正当として首肯することができる(原判示のいう損害賠償債務,責任は履行債務,責任を含む趣旨であることが明らかである。)。
 なお,所論引用の判例(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日判決・民集一六巻四号九五五頁)は,本人が無権代理人を相続した場合,無権代理行為が当然に有効となるものではない旨判示したにとどまり,無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担している場合における無権代理人を相続した本人の責任に触れるものではないから,前記判示は右判例と抵触するものではない。
 論旨は採用できない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官天野武一,裁判官関根小郷,同坂本吉勝,同江里口清雄,同高辻正己

他人の権利の売主をその権利者が相続した場合と権利者の地位(最判昭和49年9月4日民集28巻6号1169頁)

他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における権利者の地位
       主   文
 原判決を破棄し,本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人らの上告理由について。
 他人の権利を目的とする売買契約においては,売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い,売主がこの義務を履行することができない場合には,買主は売買契約を解除することができ,買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方,売買の目的とされた権利の権利者は,その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。

ところで,他人の権利の売主が死亡し,その権利者において売主を相続した場合には,権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが,そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん,これによって売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また,権利者は,その権利により,相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが,他面において,権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであって,それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によって左右されるべき理由はなく,また権利者がその権利の移転を拒否したからといって買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それ故,権利者は,相続によって売主の義務ないし地位を承継しても,相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し,信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり,右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが,相当である。
 このことは,もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく,売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし,その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それ故,売主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたときは,相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は,右判示と牴触する限度において変更されるべきである。
 そして,他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は,他人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合においても,ひとしく妥当するものといわなければならない。
 然るに,原判決(その引用する第一審判決を含む。)は,亡甲が被上告人に代物弁済として供した本件土地建物が,甲の所有に属さず,上告人乙の所有に属していたとしても,その後甲の死亡により乙が,共同相続人の一人として,右土地建物を取得して被上告人に給付すべき甲の義務を承継した以上,これにより右物件の所有権は当然に乙から被上告人に移転したものといわなければならないとしているが,この判断は前述の法理に違背し,その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れないところ,本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要があるので,本件を原審に差し戻すのを相当とする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁判所大法廷裁判長裁判官村上朝一,裁判官大隅健一郎,同関根小郷,同藤林益三,同岡原昌男,同小川信雄,同下田武三,同岸盛一,同天野武一,同坂本吉勝,同岸上康夫,同江里口清雄,同大塚喜一郎,同高辻正己,同吉田豊

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