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離婚についての最高裁判決のページです。

離婚等

  離婚等に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

方便の協議離婚の有効性(最判昭和38年11月28日民集17巻11号1469頁)

協議離婚を有効と認めた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人木島次朗の上告理由第一点について。
 論旨は,本件協議離婚の届出は,離婚当事者の承諾なくして訴外Dによりなされたものであると主張するが,右届出が離婚当事者である上告人及びその妻Eの意思に基づいてなされたものであつて,Eの継父Dが当事者の承諾なくなしたものでない旨の原審の事実認定は,挙示の証拠により首肯できる。所論は,証拠の取捨判断,事実認定に関する原審の専権行使を非難するにすぎないものであるから,採用できない。
 同第二点乃至第四点について
 原判決によれば,上告人及びその妻Eは判示方便のため離婚の届出をしたが,右は両者が法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてなしたものであり,このような場合,両者の間に離婚の意思がないとは言い得ないから,本件協議離婚を所論理由を以つて無効となすべからざることは当然である。これと同一の結論に達した原判決の判断は正当であり,その判断の過程に所論違法のかどあるを見出し得ない(所論違憲の主張は実質は単なる違法をいうに過ぎない)。所論は,原判決に副わない事実関係を想定するか或は原判決を正解しないで,これを攻撃するものであつて,採るを得ない。
 よつて,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官長部謹吾,裁判官入江俊郎,同下飯坂潤夫,同斎藤朔郎

方便の協議離婚の有効性(最判昭和57年3月26日裁判集民事135号449頁)

方便としてされた協議離婚が有効とされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告の負担とする。
       理   由
 上告代理人鈴木悦郎,同山中善夫,同村岡啓一,同林裕司,同伊藤誠一,同森越清彦,同渡辺英一の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,本件離婚の届出が,法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてされたものであつて,本件離婚を無効とすることはできないとした原審の判断は,その説示に徴し,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官宮崎梧一 裁判官栗本一夫,同木下忠良,同鹽野宜慶,同大橋 進


 上告代理人鈴木悦郎,同山中善夫,同村岡啓一,同林裕司,同伊藤誠一,同森越清彦,同渡辺英一の上告理由
 一,本件の争点は,法律上の夫婦である上告人と訴外亡X(肺ガンにより死亡。療養中生活保護を受けていた。)とが事実上の婚姻関係を維持継続し,これを解消する意思がないのに,
  (一) 空知支庁福祉課担当吏員から,上告人の稼働収入分二万円は生活保護支給金約四万四,〇〇〇円か,控除しなければならず,控除せずに生活保護を受ける場合には詐欺罪になる旨告げられたため,その罪責の恐れと家族の生活困難及び夫の療養困難の事態を慮つて,法律上離婚すれば従来とおりの給付を得られるものと考え,止むなく協議離婚届を提出した。(届出時の緊急避難的状況)
  (二) 届出後の夫婦の生活関係は届出前と変更がなく,夫の死亡後も上告人において夫の債務を承継し祭紀を主宰するなど,法律上の配偶者と同一の権利義務を承継してきた(届出後の夫婦共同生活の実体一という特別な事実関係の下で,法律上なお離婚の意思を肯認しうるか,という点にある。
 二,原判決は,上告人の本件協議離婚の届出に至つた緊急避離的状況,並びに法律上の夫婦と何ら変わらぬ届出後の夫婦共同生活の実体を上告人の主張どおり認定しながら,「控訴人とXとは,不正受給した生活保護金の返済を免れ,且つ引続き従前と同額の生活保護金の支給を受けるための方便とするため,法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいて本件届出をしたものであるから,右両者間に離婚意思があつたものというべきであり,また,右に認定した諸事情があるからといつて,本件離婚が法律上の離婚意思を欠くものとして無効であるということはできない。」(原判決理由,一,1末尾)と述べて,上告人の請求を棄却した。右判旨によれば,原判決が「離婚意思」の意義につき,大判昭和六年二月二七日法律新聞三二三三号七頁,同昭和一六年二月三日民集二〇巻七〇頁,最判昭和三八年一一月二八日民集一七巻一一号一,四六九頁の各判例を踏襲して,「離婚意思」とは「法律上の婚姻関係を解消する意思」であると理解し,上告人と亡夫金三郎との間で協議離婚の届出に向けられた意思(届出意思)の合致があつた以上,「法律上の婚姻関係を解消する意思」即ち「離婚意思」の合致があつたものと判断しているのは明らかである(以下略)。

心神喪失者の妻に対する離婚請求の手続(最判昭和33年7月25日民集12巻12号1823頁)

ア人訴第4条の趣旨
イ離婚訴訟と民訴第56条適用の有無
ウ民法第770条第1項第4号と同条第2項の法意
       主   文
 原判決並びに第一審判決を破棄し,本件を前橋地方裁判所に差戻す。
       理   由
 原判決は,夫が心神喪失の常況にある妻に対し離婚の訴を提起するには,常に必ずしも妻に対する禁治産の宣告を受け,一旦自ら後見人となり次で後見監督人の選任を得て,これにより訴訟行為をなさしめることを要するものにあらず,かかる場合には訴訟無能力者に対し訴訟行為をなす場合につき定められた民訴五六条の規定を準用し,同条一項にいわゆる法定代理人なき場合に準ずべきものとし,遅滞のため損害を受ける虞あることを疏明して特別代理人の選任を受け,これにより訴訟行為をなし得るものと解するを相当とするものとした第一審判決の見解を支持し,この点に関する上告人の抗弁を排斥したことは原判文上明らかである。

およそ心神喪失の常況に在るものは,離婚に関する訴訟能力を有しない,また,離婚のごとき本人の自由なる意思にもとづくことを必須の要件とする一身に専属する身分行為は代理に親しまないものであって,法定代理人によって,離婚訴訟を遂行することは人事訴訟法のみとめないところである。同法四条は,夫婦の一方が禁治産者であるときは,後見監督人又は後見人が禁治産者のために離婚につき訴え又は訴えられることができることを規定しているけれども,これは後見監督人又は後見人が禁治産者の法定代理人として訴訟を遂行することを認めたものではなく,その職務上の地位にもとづき禁治産者のため当事者として訴訟を遂行することをみとめた規定と解すべきである。離婚訴訟は代理に親しまない訴訟であること前述のとおりであるからである。
 翻って,民訴五六条は,「法定代理人ナキ場合又ハ法定代理人カ代理権ヲ行フコト能ハサル場合ニ」未成年者又は禁治産者に対し訴訟行為をしようとする者のため,未成年者又は禁治産者の「特別代理人」を選任することをみとめた規定であるが,この「特別代理人」は,その訴訟かぎりの臨時の法定代理人たる性質を有するものであって,もともと代理に親しまない離婚訴訟のごとき訴訟については同条は,その適用を見ざる規定である。そしてこの理は心神喪失の常況に在って未だ禁治産の宣告を受けないものについても同様であって,かかる者の離婚訴訟について民訴五六条を適用する余地はないのである。
 従って,心神喪失の状況に在って,未だ禁治産の宣告を受けないものに対し離婚訴訟を提起せんとする夫婦の一方は,先づ他方に対する禁治産の宣告を申請し,その宣告を得て人訴四条により禁治産者の後見監督人又は後見人を被告として訴を起すべきである。
 離婚訴訟のごとき,人の一生に,生涯を通じて重大な影響を及ぼすべき身分訴訟においては,夫婦の一方のため訴訟の遂行をする者は,その訴訟の結果により夫婦の一方に及ぼすべき重大なる利害関係を十分に考慮して慎重に訴訟遂行の任務を行うべきであって,その訴訟遂行の途上において,或は反訴を提起し,又は財産の分与,子の監護に関する人訴一五条の申立をする等の必要ある場合もあるのであって,この点からいっても,民訴五六条のごときその訴訟かぎりの代理人-しかも,主として訴を提起せんとする原告の利益のために選任せられる特別代理人-をしてこれに当らしめることは適当でなく,夫婦の一方のため後見監督人又は後見人のごとき精神病者のための常置機関として,精神病者の病気療養その他,財産上一身上万般の監護をその任務とするものをして,その訴訟遂行の任に当らしめることを適当とすることは論を待たないところである。
 さらに民法七七〇条は,あらたに「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がないとき」を裁判上離婚請求の一事由としたけれども,同条二項は,右の事由があるときでも裁判所は一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却することができる旨を規定しているのであって,民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく,たとえかかる場合においても,諸般の事情を考慮し,病者の今後の療養,生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ,ある程度において,前途に,その方途の見込のついた上でなければ,ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて,離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。原審が「もしそれ離婚後における控訴人(上告人)の医療及び保護については,被控訴人(被上告人),控訴人補助参加人,その他関係者の良識と温情とに信頼し,適当なる方策の講ぜられることを期待する」旨判示しかかる方策をもって,民法七七〇条二項適用の外にあるがごとき解釈を示したことは,見当違いの解釈と云わざるを得ないのであって,かかる観点からいっても,後見監督人または後見人をして,訴訟の当事者として離婚訴訟の進行中において各関係者間に十分にその方策を検討せしめることを適当とするのである。
 然らばこの点に関する原審ならびに第一審判決の判断はあやまりであって,いずれも,破棄を免れない。
 そして,本件の審理を進行するためには,被告が現に心神喪失の常況にあるかどうかを審理する必要のあることは前段説明するところによって明らかであるから本件を第一審に差戻すのを相当とし,民訴四〇八条,三八九条により裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官栗山茂,同谷村唯一郎は退官につき評議に関与しない。
    最高裁裁判長裁判官小谷勝重 裁判官藤田八郎,同池田 克

精神病を理由とする離婚(最判昭和45年11月24日民集24巻12号1943頁)

精神病を理由とする離婚
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人渡辺弥三次の上告理由第一点について。
 甲のかかっている精神病はその性質上強度の精神病というべく,一時よりかなり軽快しているとはいえ,果して完全に回復するかどうか,また回復するとしてもその時期はいつになるかは予測し難いばかりか,仮に近い将来一応退院できるとしても,通常の社会人として復帰し,一家の主婦としての任務にたえられる程度にまで回復できる見込みは極めて乏しいものと認めざるをえないから,甲は現在なお民法七七〇条一項四号にいわゆる強度の精神病にかかり,回復の見込みがないものにあたるとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 民法七七〇条一項四号と同条二項は,単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の請求を理由ありとするものと解すべきでなく,たとえかかる場合においても,諸般の事情を考慮し,病者の今後の療養,生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ,ある程度において,前途に,その方途の見込みのついた上でなければ,ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて,離婚の請求は許さない法意であると解すべきであることは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二八年(オ)第一三八九号,同三三年七月二五日判決,民集一二巻一二号一八二三頁)。ところで,甲は,婚姻当初から性格が変っていて異常の行動をし,人嫌いで近所の人ともつきあわず,被上告人の店の従業員とも打ちとけず,店の仕事に無関心で全く協力しなかったのであり,そして,昭和三二年一二月二一日頃から上告人である実家の許に別居し,そこから入院したが,甲の実家は,被上告人が支出をしなければ甲の療養費に事欠くような資産状態ではなく,他方,被上告人は,甲のため十分な療養費を支出できる程に生活に余裕はないにもかかわらず,甲の過去の療養費については,昭和四〇年四月五日上告人との間で,甲が発病した昭和三三年四月六日以降の入院料,治療費及び雑費として金三〇万円を上告人に分割して支払う旨の示談をし,即日一五万円を支払い,残額をも昭和四一年一月末日までの間に約定どおり全額支払い,上告人においても異議なくこれを受領しており,その将来の療養費については,本訴が第二審に係属してから後裁判所の試みた和解において,自己の資力で可能な範囲の支払をなす意思のあることを表明しており,被上告人と甲の間の長女乙は被上告人が出生当時から引き続き養育していることは,原審の適法に確定したところである。そして,これら諸般の事情は,前記判例にいう婚姻関係の廃絶を不相当として離婚の請求を許すべきでないとの離婚障害事由の不存在を意味し,右諸般の事情その他原審の認定した一切の事情を斟酌考慮しても,前示甲の病状にかかわらず,被上告人と甲の婚姻の継続を相当と認める場合にはあたらないものというべきであるから,被上告人の民法七七〇条一項四号に基づく離婚の請求を認容した原判決は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官下村三郎,裁判官松本正雄,同飯村義美,同関根小郷

婚姻破綻後の不倫配偶者の離婚請求(最判昭和46年5月21日民集25巻3号408頁)

夫が婚姻破綻後妻以外の女性と同棲している場合と夫の離婚請求
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人榎赫の上告理由一について。
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ,右事実認定に至る過程に所論の違法を認めることはできない。原判決に所論の違法はなく,論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨,事実の認定を非難するものであって,採用できない。
 同二について。
 原審が適法に確定した事実によれば,被上告人は,上告人甲との間の婚姻関係が完全に破綻した後において,訴外乙と同棲し,夫婦同様の生活を送り,その間に一児をもうけたというのである。右事実関係のもとにおいては,その同棲は,被上告人と右上告人との間の婚姻関係を破綻させる原因となったものではないから,これをもって本訴離婚請求を排斥すべき理由とすることはできない。右同棲が第一審継続中に生じたものであるとしても,別異に解すべき理由はない。右と同旨の原審の判断は正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,畢竟,原審の認定にそわない事実を前提とするか,独自の見解に基づき原判決を攻撃するものであって,採用できない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官色川幸太郎 裁判官村上朝一,同岡原昌男,同小川信雄

長期別居と有責配偶者からの離婚請求(最判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)

ア長期別居と有責配偶者からの離婚請求
イ有責配偶者からの離婚請求が長期別居等により認容すべきであるとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人菊地一夫の上告理由について
 所論は,要するに,上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し,しかも,両者は共同生活を営む意思を欠いたまま三五年余の長期にわたり別居を継続し,年齢も既に七〇歳に達するに至ったものであり,また,上告人は別居に当たって当時有していた財産の全部を被上告人に給付したのであるから,上告人は被上告人に対し,民法七七〇条一項五号に基づき離婚を請求しうるものというべきところ,原判決は右請求を排斥しているから,原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある,というのである。
 一1 民法七七〇条は,裁判上の離婚原因を制限的に列挙していた旧民法(昭和二二年法律第二二二号による改正前の明治三一年法律第九号。以下同じ。)八一三条を全面的に改め,一項一号ないし四号において主な離婚原因を具体的に示すとともに,五号において「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」との抽象的な事由を掲げたことにより,同項の規定全体としては,離婚原因を相対化したものということができる。また,右七七〇条は,法定の離婚原因がある場合でも離婚の訴えを提起することができない事由を定めていた旧民法八一四条ないし八一七条の規定の趣旨の一部を取り入れて,二項において,一項一号ないし四号に基づく離婚請求については右各号所定の事由が認められる場合であっても二項の要件が充足されるときは右請求を棄却することができるとしているにもかかわらず,一項五号に基づく請求についてはかかる制限は及ばないものとしており,二項のほかには,離婚原因に該当する事由があっても離婚請求を排斥することができる場合を具体的に定める規定はない。以上のような民法七七〇条の立法経緯及び規定の文言からみる限り,同条一項五号は,夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり,その回復の見込みがなくなった場合には,夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであって,同号所定の事由(以下「五号所定の事由」という。)につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない。
方,我が国においては,離婚につき夫婦の意思を尊重する立場から,協議離婚(民法七六三条),調停離婚(家事審判法一七条)及び審判離婚(同法二四条一項)の制度を設けるとともに,相手方配偶者が離婚に同意しない場合について裁判上の離婚の制度を設け,前示のように離婚原因を法定し,これが存在すると認められる場合には,夫婦の一方は他方に対して裁判により離婚を求めうることとしている。このような裁判離婚制度の下において五号所定の事由があるときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば,自らその原因となるべき事実を作出した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ,相手方配偶者の離婚についての意思を全く封ずることとなり,ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかねないのであって,右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまでもない。
 2 うに,婚姻の本質は,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むことにあるから,夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに,夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり,その回復の見込みが全くない状態に至った場合には,当該婚姻は,もはや社会生活上の実質的基礎を失っているものというべきであり,かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは,かえって不自然であるということができよう。しかし,離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから,離婚請求は,正義・公平の観念,社会的倫理観に反するものであってはならないことは当然であって,この意味で離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。
 3 そこで,五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において,当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係,たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず,更には,時の経過とともに,これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し,また,これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである。
 そうであってみれば,有責配偶者からされた離婚請求であっても,夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び,その間に未成熟の子が存在しない場合には,相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り,当該請求は,有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないものと解するのが相当である。何故なら,右のような場合には,もはや五号所定の事由に係る責任,相手方配偶者の離婚による精神的・社会的状態等は殊更に重視されるべきものでなく,また,相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は,本来,離婚と同時又は離婚後において請求することが認められている財産分与又は慰謝料により解決されるべきものであるからである。
 4 以上説示するところに従い,最高裁昭和二四年(オ)第一八七号同二七年二月一九日判決・民集六巻二号一一〇頁,昭和二九年(オ)第一一六号同年一一月五日判決・民集八巻一一号二〇二三頁,昭和二七年(オ)第一九六号同二九年一二月一四日判決・民集八巻一二号二一四三頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきものである。
 二 ところで,本件について原審が認定した上告人と被上告人との婚姻の経緯等に関する事実の概要は,次のとおりである。
 (一) 上告人と被上告人とは,昭和一二年二月一日婚姻届をして夫婦となったが,子が生まれなかったため,同二三年一二月八日訴外甲の長女乙及び二女丙と養子縁組をした。(二) 上告人と被上告人とは,当初は平穏な婚姻関係を続けていたが,被上告人が昭和二四年ころ上告人と甲との間に継続していた不貞な関係を知ったのを契機として不和となり,同年八月ころ上告人が甲と同棲するようになり,以来今日まで別居の状態にある。なお,上告人は,同二九年九月七日,甲との間にもうけた丁(同二五年一月七日生)及び戊(同二七年一二月三〇日生)の認知をした。(三) 被上告人は,上告人との別居後生活に窮したため,昭和二五年二月,かねて上告人から生活費を保障する趣旨で処分権が与えられていた上告人名義の建物を二四万円で他に売却し,その代金を生活費に当てたことがあるが,そのほかには上告人から生活費等の交付を一切受けていない。(四) 被上告人は,右建物の売却後は実兄の家の一部屋を借りて住み,人形製作等の技術を身につけ,昭和五三年ころまで人形店に勤務するなどして生活を立てていたが,現在は無職で資産をもたない。(五) 上告人は,精密測定機器の製造等を目的とする二つの会社の代表取締役,不動産の賃貸等を目的とする会社の取締役をしており,経済的には極めて安定した生活を送っている。(六) 上告人は,昭和二六年ころ東京地方裁判所に対し被上告人との離婚を求める訴えを提起したが,同裁判所は,同二九年二月一六日,上告人と被上告人との婚姻関係が破綻するに至ったのは上告人が甲と不貞な関係にあったこと及び被上告人を悪意で遺棄して甲と同棲生活を継続していることに原因があるから,右離婚請求は有責配偶者からの請求に該当するとして,これを棄却する旨の判決をし,この判決は同年三月確定した。(七) 上告人は,昭和五八年一二月ころ被上告人を突然訪ね,離婚並びに乙及び丙との離縁に同意するよう求めたが,被上告人に拒絶されたので,同五九年東京家庭裁判所に対し被上告人との離婚を求める旨の調停の申立をし,これが成立しなかったので,本件訴えを提起した。なお,上告人は,右調停において,被上告人に対し,財産上の給付として現金一〇〇万円と油絵一枚を提供することを提案したが,被上告人はこれを受けいれなかった。
 三 前記一において説示したところに従い,右二の事実関係の下において,本訴請求につき考えるに,上告人と被上告人との婚姻については五号所定の事由があり,上告人は有責配偶者というべきであるが,上告人と被上告人との別居期間は,原審の口頭弁論の終結時まででも約三六年に及び,同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり,しかも,両者の間には未成熟の子がいないのであるから,本訴請求は,前示のような特段の事情がない限り,これを認容すべきものである。
 従って,右特段の事情の有無について審理判断することなく,上告人の本訴請求を排斥した原判決には民法一条二項,七七〇条一項五号の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり,この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,この趣旨の違法をいうものとして論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,右特段の事情の有無につき更に審理を尽くす必要があるうえ,被上告人の申立いかんによっては離婚に伴う財産上の給付の点についても審理判断を加え,その解決をも図るのが相当であるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よつて,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官角田禮次郎,同林藤之輔の補足意見,裁判官佐藤哲郎の意見がある(略)ほか,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官矢口洪一,同伊藤正己,同牧圭次,同安岡滿彦,同角田禮次郎,同島谷六郎,同長島敦,同高島益郎,同藤島昭,同大内恒夫,同香川保一,同坂上壽夫,同佐藤哲郎。同四ツ谷巖裁判官林藤之輔は,死亡につき署名押印することができない。裁判長裁判官矢口洪一

有責配偶者からの離婚請求はが認容できないとされた事例(最判平成元年3月28日家月41巻7号67頁)

有責配偶者からの離婚請求はが認容できないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人竹久保好勝,同大南修平の上告理由一について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。
 同二について
 原審が適法に確定した事実関係は,次のとおりである。
 (1) 上告人(大正一五年五月生)と被上告人(昭和三年一月生)は,昭和二七,八年ころから同棲関係に入り,同三〇年四月五日婚姻の届出をし,同年三月二一日に長女A子を,同三三年一二月一四日に次女B子を,同三九年九月一八日長男C男を,同四一年一一月二七日に次男D男をもうけた。
 (2) 上告人が昭和四〇年ころ○○市役所に採用されたため,一家は同四一年ころ東京都内から同市に転居して,借家で居住するに至ったが,上告人は,かねて被上告人の家事の処理が不潔であり,経済観念に乏しく無駄な買い物が多く,それらを忠告しても改めようとしないことを厭わしく思い,同四四年ころ,表向きは右借家が手狭であることを理由に,内心は被上告人との共同生活からの逃避を兼ねて,付近にアパートの一室を借り,同所で寝泊りをするようになり,その頃から両者間の性交渉が途絶えた。
 (3) しかし,上告人は,昭和四九年ころ,勤務先の部下であった女性とその夫が居宅を新築したことから,同人ら所有の旧居宅を借り受け,妻子とともに同所に転居し,被上告人との共同生活に復帰した。もっとも,上告人は,間もなく庭にプレハブの小屋を建て,自分はそこで寝泊りをするようになった。
 (4) 右女性は昭和五一年に夫と離婚したが,その後同女と上告人は性関係を結ぶようになった。そして,同五三年には,上告人は,同女への接近と被上告人からの逃避を兼ねて,前記新築の同女方の一間を賃借し,同所で生活するようになったが,同五六年以降上告人と同女との関係が深まり,同棲関係と見うる状態になった。
 ところで,民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合であっても,夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び,その間に未成熟の子が存在しない場合には,相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められない限り,当該請求は,有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないというべきである(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁)。
 前記事実関係のもとにおいては,上告人と被上告人との婚姻については同号所定の事由があり,上告人は有責配偶者というべきであるが,上告人と被上告人との別居問題は,原審の口頭弁論終結時(昭和六一年八月一八日)まで八年余であり,双方の年齢や同居期間を考慮すると,別居期間が相当の長期間に及んでいるものということはできず,その他本件離婚請求を認容すべき特段の事情も見当たらないから,本訴請求は,有責配偶者からの請求として,これを棄却すべきものである。
 以上と同旨に帰する原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,原審の専権に属する事実の認定を非難するか,又は右と異なる見解に立って原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦,同坂上壽夫,同貞家克己

有責配偶者からの離婚請求,別居期間が相当長期間の事例(最判平成2年11月8日家月43巻3号72頁)

有責配偶者からの離婚請求・・・・別居期間が相当長期間に及んだとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人布留川輝夫の上告理由について
 一 原審が確定した事実関係は,次のとおりである。
 (1) 上告人と被上告人とは,昭和三三年五月七日婚姻し,昭和三六年六月二日に長男を,昭和三九年四月三日に二男をそれぞれもうけた(原審の口頭弁論が終結した平成元年一月一八日において,上告人は五二歳,被上告人は五五歳,長男は二九歳,二男は二四歳である。)。
 (2) 上告人は,婚姻後の約三年間は被上告人の父方におけるロープとシートの製造販売等の仕事を手伝っていたが,その後,被上告人と共に独立して同種の商売を始めた。しかし,商売のやり方について,上告人と被上告人との意見が異なることが多く,口論が絶えず,上告人は被上告人が商売から手を引いて専業主婦となることを望み,被上告人は昭和四四年ころから商売への関与を止めた。上告人は,昭和四七年ころ,世田谷区代沢一丁目八八番地六所在の建物の建替えを計画していたところ,被上告人から反対されたため,これを断念した。上告人は,昭和五六年夏ころ,被上告人に対して「一人になって暫く考えたい,疲れた。」と言って,被上告人と同居していた家を出て別居し,当初の二,三か月間は週に二日位は被上告人方に帰って来ていたが,その後はこれも止め,現在に至っている。
 (3) 上告人は,右別居の前から訴外人と情交関係があり,右別居後に同人と同棲するようになり,間もなく同人とは別れたものの,被上告人及び子らに自己の住所を明かさず,被上告人との連絡も上告人の仕事上の事務所にさせている。
 (4) 上告人は,被上告人に対する生活費として,昭和六一年二月ころまでは月額六〇万円を,その後は三五万円を交付してきたが,被上告人が上告人名義の不動産の持分二分の一に対して処分禁止の仮処分の執行をしたことに立腹して,昭和六二年一月から右金員の交付を中止した。しかし,その後,婚姻費用分担の調停が成立し,上告人は昭和六三年五月からは被上告人に対して月額二〇万円を送金しており,被上告人は,ほかに内職により月額六万円の収入を得ている。
 (5) 上告人は,従来,離婚に伴う財産関係の清算として,被上告人の居住している上告人名義の土地建物を処分し,抵当権の被担保債務を弁済した残金を被上告人と折半するという提案をしていたが,原審の和解においては,処分代金から税金,手数料等の経費を控除した残金を折半し,抵当権の被担保債務は上告人の取得分の中から弁済するとの譲歩案を示している。
 (6) 長男は,法政大学大学院を修了して,現在,国費留学生としてフランスに留学中であり,二男は,千葉大学工学部に在学中であり,その学費等は,本人のアルバイトのほか被上告人の収入から賄われており,両名との離婚については,被上告人の意思に任せる意向である。
 二 原審は,右事実関係に基づき,次の理由により上告人の離婚請求を棄却した。
 (1) 上告人と被上告人との婚姻関係は既に破綻し,回復の見込みはないが,その原因は,上告人が守操義務及び同居義務に違反して,訴外人と情交関係をもち,被上告人と別居して同訴外人と同棲するようになり,間もなく同人とは別れたものの,その後も被上告人には住所さえ知らせず別居を継続していることにあるから,本件における婚姻関係の破綻についての責任は,専ら上告人の側にある。
 (2) 上告人と被上告人との間の子らは,いずれももはや未成熟子ということはできない。また,上告人から被上告人に対しては,財産関係の清算について具体的で相応の誠意があると認められる提案がされており,離婚が認容されこの提案が実行された場合には,現在の生活と比べて,被上告人が社会的・経済的により不利な状態に置かれるとは考えられない。
 (3) しかし,被上告人は,現在においても,上告人との婚姻関係の継続を希望しており,本件での約八年の別居は,当事者の年齢,同居期間と対比して考えた場合,未だ有責配偶者としての上告人の責任と被上告人の婚姻関係継続の希望とを考慮の外に置くに足りる相当の長期間ということはできない。かえって,現段階において被上告人の意に反して上告人からの離婚請求を認めることは,自ら婚姻関係破綻の原因を作出した上告人がこれを理由として離婚の請求をすることを安易に承認する結果となって,相当でない。
 三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 すなわち,有責配偶者からの民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求の許否を判断する場合には,夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んだかどうかをも斟酌すべきものであるが,その趣旨は,別居後の時の経過とともに,当事者双方についての諸事情が変容し,これらのもつ社会的意味ないし社会的評価も変化することを免れないことから,右離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮すべきであるとすることにある(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁参照)。従って,別居期間が相当の長期間に及んだかどうかを判断するに当たっては,別居期間と両当事者の年齢及び同居期間とを数量的に対比するのみでは足りず,右の点をも考慮に入れるべきものであると解するのが相当である。
 ところで,前記事実関係によれば,上告人と被上告人との別居期間は約八年ではあるが,上告人は,別居後においても被上告人及び子らに対する生活費の負担をし,別居後間もなく不貞の相手方との関係を解消し,更に,離婚を請求するについては,被上告人に対して財産関係の清算についての具体的で相応の誠意があると認められる提案をしており,他方,被上告人は,上告人との婚姻関係の継続を希望しているとしながら,別居から五年余を経たころに上告人名義の不動産に処分禁止の仮処分を執行するに至っており,また,成年に達した子らも離婚については婚姻当事者たる被上告人の意思に任せる意向であるというのである。そうすると,本件においては,格別の事情の認められない限り,別居機関の経過に伴い,当事者双方についての諸事情が変容し,これらのもつ社会的意味ないし社会的評価も変化したことが窺われるのである(当審判例(最高裁昭和六二年(オ)第八三九号平成元年三月二八日判決・裁判集民事一五六号四一七頁)は事案を異にし,本件に適切でない。)。
 以上によれば,右の点について十分な審理を尽くすことなく上告人の離婚請求を棄却した原判決は,民法一条二項,同法七七〇条一項五号の解釈適用を誤り,ひいては審理不尽,理由不備の違法を犯したものといわざるを得ず,右違法が原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,この違法をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官四ツ谷巖,裁判官角田禮次郎,同大内恒夫,同大堀誠一,同橋元四郎平 

未成熟子がいる有責配偶者からの離婚請求<認容>(最判平成6年2月8日家月46巻9号59頁)

未成熟子がいる有責配偶者からの離婚請求を認容
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岡崎守延の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
  (1) 上告人(昭和一三年九月生)と被上告人(昭和一一年九月生)は,昭和三九年二月婚姻の届出をし,同四〇年八月に長女甲を,同四二年八月に長男乙を,同四五年七月に二男丙を,同五〇年一二月に三男丁をもうけた。
  (2) 被上告人は,会社の経営に行き詰まり,昭和五四年二月八日に家出して行方をくらました。上告人は,四人の子を育て,被上告人の帰りを待っていたが,子らが幼いため仕事も思うようすることができず,自宅も競売に付され,ついに生活保護を受けるに至った。一方,被上告人は,昭和五六年ころ二児を抱えるX子と知り合い,同五八年に同女と同せいを始め,現在勤務している会社には同女を妻として届け出ている。
  (3) 上告人は,昭和六〇年六月ころ,被上告人がX子及び同女の子らと同居している事実を知り,被上告人に対して再三にわたり手紙や電話で積年の恨みの気持ちをぶつけ,自分のもとに戻ってくるよう強く求めたが,被上告人は,かえって上告人への嫌悪感を募らせ,離婚してX子と正式な婚姻生活に入りたいとする意思を一層固めるようになった。
  (4) 昭和六三年九月に被上告人に対し婚姻費用として毎月一七万円(ただし,毎年七月は五三万円,一二月は六五万円)の支払を命ずる家庭裁判所の審判がされた。その後,被上告人は,上告人に対し,毎月一五万円(毎年七月と一二月は各四〇万円)を送金している。
  (5) 被上告人は,いまや上告人との同居生活を回復する意思を全く持っておらず,強く離婚を望み,離婚に伴う給付として七〇〇万円を支払うとの提案をしている。上告人は,三男丁を養育していく上では父親の存在が欠かせないとの理由で離婚に反対している。長女甲は平成元年三月一九日に婚姻し,長男乙及び二男丙も既に成人して独立している。
 ところで,民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において,右請求が信義誠実の原則に照らしてもなお容認されるかどうかを判断するには,有責配偶者の責任の態様・程度,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係,たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず,更には,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決民集四一巻六号一四二三頁参照)。従って,有責配偶者からされた離婚請求で,その間に未成熟の子がいる場合でも,ただその一事をもって右請求を排斥すべきものではなく,前記の事情を総合的に考慮して右請求が信義誠実の原則に反するとはいえないときには,右請求を認容することができると解するのが相当である。
これを本件についてみるのに,前記事実関係の下においては,上告人と被告人との婚姻関係は既に全く破綻しており民法七七〇条一項五号所定の事由があるといわざるを得ず,かつ,また被上告人が有責配偶者であることは明らかであるが,上告人が被上告人と別居してから原審の口頭弁論終結時(平成五年一月二〇日)までには既に一三年一一月余が経過し,双方の年齢や同居期間を考慮すると相当の長期間に及んでおり,被上告人の新たな生活関係の形成及び上告人の現在の行動等からは,もはや婚姻関係の回復を期待することは困難であるといわざるを得ず,それらのことからすると,婚姻関係を破綻せしめるに至った被上告人の責任及びこれによって上告人が被った前記婚姻後の諸事情を考慮しても,なお,今日においては,もはや,上告人の婚姻継続の意思及び離婚による上告人の精神的・社会的状態を殊更に重視して,被上告人の離婚請求を排斥するのは相当でない。
 上告人が今日までに受けた精神的苦痛,子らの養育に尽くした労力と負担,今後離婚により被る精神的苦痛及び経済的不利益の大きいことは想像に難くないが,これらの補償は別途解決されるべきものであって,それがゆえに,本件離婚請求を容認し得ないものということはできない。
 そして,現在では,上告人と被上告人間の四人の子のうち三人は成人して独立しており,残る三男丁は親の扶養を受ける高校二年生であって未成熟の子というべきであるが,同人は三歳の幼少時から一貫して上告人の監護の下で育てられてまもなく高校を卒業する年齢に達しており,被上告人は上告人に毎月一五万円の送金をしてきた実績に照らして丁の養育にも無関心であったものではなく,被上告人の上告人に対する離婚に伴う経済的給付もその実現を期待できるものとみられることからすると,未成熟子である丁の存在が本件請求の妨げになるということもできない。
 以上と同旨に帰する原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は,右と異なる見解に立って原判決の違法をいうものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎,同可部恒雄,同大野正男,同千種秀夫

有責配偶者からの離婚請求<否定>(最判平成16年11月18日家月57巻5号40頁)

有責配偶者からの離婚請求を認容することができる場合に当たらないとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
  上告代理人今井光の上告受理申立て理由について
 1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1)被上告人(昭和44年11月25日生)は,平成元年7月ころから甲東税務署に勤務し,平成3年夏ころ,同署においてアルバイトとして働いていた上告人(昭和45年6月30日生)と知り合い,交際を始めた。
 (2)被上告人は,乙税務署への転勤後の平成6年11月19日に上告人と甲市内で結婚式を挙げ(婚姻の届出は同年12月2日),乙市内の公務員宿舎で新婚生活を始め,平成8年3月26日に長男をもうけた。
 (3)被上告人は,婚姻をした当初は,上告人がきれい好きな人であるとして好感を持っていた。しかし,被上告人は,上告人の要望により,①帰宅すると,玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え,玄関のすぐ横の被上告人の部屋で,室内用の服に着替えをして,敷いた新聞紙の上にかばんを置くものとされたこと,②衣類は一度洗濯してから着るものとされ,被上告人が子供と公園の砂場等で遊んで帰ってきたときには,居間等に入る前に必ず風呂場でシャワーを浴びるものとされたこと,③居間等で寝転ぶときは,頭の油で汚れることを理由に,頭の下に広告の紙を敷くものとされたことなどから,次第に,上告人との生活に不快感を覚えるようになった。
 (4)被上告人は,平成10年7月に丙税務署へ転勤となり,家族3人で丙市内の公務員宿舎で生活をするようになった。
 (5)被上告人は,平成11年7月から平成12年6月まで,埼玉県丁市所在の戊校で研修を受け,その間,同校の独身寮で単身生活をし,同期の女性の研修生Pと知り合った。上告人と長男は,その間,甲市所在の上告人の実家で過ごした。
 (6)被上告人は,上記研修後の同年7月にα国税局に転勤となり,家族3人でα市内の公務員宿舎で生活をするようになった。
 被上告人は,同月1日,上告人に対し,「友達が来るから飲んで泊まるかもしれない」などと言って外出し,同日から翌日にかけて,Pのためにβ市内の観光案内をし,同市で一泊した。
 (7)被上告人は,上記公務員宿舎が古くて狭く,汚い状況にあることについて上告人が不満を述べたことから,上司に相談したところ,上司から,同年秋に完成予定の新築の宿舎があり,被上告人が入居できる見込みがあることを告げられた。そこで,被上告人は,上告人に対し,上記宿舎が完成するまで実家に帰ることを勧め,これに応じて,上告人と長男は,実家で暮らすようになった。
 (8)上記宿舎が完成したことから,被上告人は,同年9月,上告人及び長男と共に,上記宿舎に入居し,家族3人の生活を再開したが,同年10月初めころ,被上告人は,突然,上告人に対し,「好きな人がいる,その人が大事だ」,「2馬力で楽しい人生が送れる」,「女の人を待たせている」などと言って,離婚を申し入れた。その際,被上告人は,上告人からその女性との関係を問いただされ,その女性と「ホテルにもよく行く」などと性関係を持っていることを認める趣旨の発言をした。
 被上告人は,遅くとも同年7月ころから,Pと性関係にあったものと推認される。
 (9)被上告人は,上告人に対し,同年10月か11月に九州でPと会う約束をしていることを明らかにしたので,上告人は,双方の両親に事情を話して相談した。その結果,家族会議を開くこととなり,同年11月4日,被上告人の乙の実家で,上告人,被上告人夫婦及び双方の両親が一堂に会して被上告人の女性問題について話合いをした。その際,被上告人の母親が,被上告人に対し,Pとの結婚は許さないと断言したことから,被上告人は,上記の九州への旅行を断念した。
 その後,平成13年3月及び同年4月に,上告人,被上告人夫婦間の離婚問題について双方の両親を交えた話合いが行われたが,合意には至らなかった。
 (10)被上告人が離婚話を持ち出して以降,夫婦間にはほとんど会話がなくなり,上告人は被上告人に対し極めて冷淡になった。上告人は,被上告人がトイレを使用したり,蛇口をひねって手を洗ったりするとすぐにトイレや蛇口の掃除をしたり,被上告人が夜遅く帰宅すると,起床して被上告人が歩いたり触れたりした箇所を掃除したりするようになった。
 (11)被上告人は,同年6月,上記宿舎を出て,α市内のアパートで一人暮らしをするようになり,それ以降,長男と会うこともないまま,別居生活を続けている。
 被上告人は,別居後,上告人に対し,毎月,給与(手取り額約30万円)の中から生活費として8万円を送金し,かつ,上告人が居住する上記宿舎の家賃や光熱費等を負担している。
 上告人は,被上告人と一緒に暮らしたいとは思っていないが,子宮内膜症にり患しており,就職して収入を得ることが困難であり,将来に経済的な不安があることや子供のためにも,離婚はしたくないと考えている。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,両者の間の婚姻関係は既に破たんしており,民法770条1項5号所定の事由があると主張して,離婚を求めるとともに,長男の親権者を被上告人と定めることを求める事案である。
 3 原審は,前記の事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の離婚請求を認容し,長男の親権者を上告人と定めた。
 (1)上告人は,離婚を拒絶しているが,それは,法律的な婚姻関係の継続により経済的な安定を維持できるからであって,被上告人に対する情愛によるものではなく,被上告人と同居して生活する意思はないこと,被上告人が上告人及び長男と別居してから約2年4か月が経過しており,その間,被上告人は長男とさえ会っておらず,家族としての交流がないこと等を併せ考慮すると,上告人と被上告人とが,将来,婚姻関係を修復し,正常な夫婦として共同生活を営むことはできないものと解され,その婚姻関係は既に破たんしており,民法770条1項5号所定の事由があるというべきである。
 (2)被上告人は,遅くとも平成12年7月ころから,Pと性関係にあったものと推認されるのであり,これが婚姻関係破たんの原因となったことは明らかであるから,被上告人は,上記破たんにつき主たる責任があるというべきである。
 (3)しかし,上告人は,かなり極端な清潔好きの傾向があり,これを被上告人に強要するなどした上告人の前記の生活態度には問題があったといわざるを得ず,上告人にも婚姻関係破たんについて一端の責任がある。これに加えて,上記のとおり,上告人と被上告人とは互いに夫婦としての情愛を全く喪失しており,既に別居生活を始めてから約2年4か月が経過していること,その間,上告人,被上告人夫婦間には家族としての交流もなく,将来,正常な夫婦として生活できる見込みもないこと,上告人の両親は健在であり,経済的にも比較的余裕があること等の点を考慮すると,被上告人が不貞に及んだことや上告人が子宮内膜症にり患しているため就職して収入を得ることが困難であることを考慮しても,被上告人の離婚請求を信義誠実の原則に反するものとして排斥するのは相当ではないというべきである。
 4 しかし,原審の上記(3)の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において,当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,有責配偶者の責任の態様・程度,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・経済的状態,夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係等が考慮されなければならず,更には,時の経過とともに,これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し,また,これらの諸事情の持つ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである。
 そうだとすると,有責配偶者からされた離婚請求については,①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か,②その間に未成熟の子が存在するか否か,③相手方配偶者が離婚により精神的・経済的に極めて苛酷な状況に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような事情が存するか否か等の諸点を総合的に考慮して,当該請求が信義誠実の原則に反するといえないときには,当該請求を認容することができると解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)。
 上記の見地に立って本件をみるに,前記の事実関係によれば,①上告人と被上告人との婚姻については民法770条1項5号所定の事由があり,被上告人は有責配偶者であること,②上告人と被上告人との別居期間は,原審の口頭弁論終結時(平成15年10月1日)に至るまで約2年4か月であり,双方の年齢や同居期間(約6年7か月)との対比において相当の長期間に及んでいるとはいえないこと,③上告人と被上告人との間には,その監護,教育及び福祉の面での配慮を要する7歳(原審の口頭弁論終結時)の長男(未成熟の子)が存在すること,④上告人は,子宮内膜症にり患しているため就職して収入を得ることが困難であり,離婚により精神的・経済的に苛酷な状況に置かれることが想定されること等が明らかである。
 以上の諸点を総合的に考慮すると,被上告人の本件離婚請求は,信義誠実の原則に反するものであって,これを棄却すべきものである。

5 以上によれば,被上告人の本件離婚請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は相当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横尾和子 裁判官甲斐中辰夫,同泉 徳治,同島田仁郎,同才口千晴

婚姻費用の分担額の算定(最決平成18年4月26日家月58巻9号31頁)

婚姻費用の分担額につき標準的算定方式による算定例
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 1 抗告人の抗告理由第3の1について
 本件は,相手方が抗告人に対し,婚姻費用の分担を求める事案である。原審は,抗告人の所得金額合計830万3197円から社会保険料等を差し引いた738万1130円を抗告人の総収入と認定し,この総収入から税法等に基づく標準的な割合による税金等を控除して,抗告人の婚姻費用分担額算定の基礎となるべき収入(以下「基礎収入」という。)を推計した上,抗告人の分担すべき婚姻費用を月額21万円と算定したものである。以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は,合理的なものであって,是認できる。
 (1)もっとも,原審は,源泉徴収税額が所得税額を上回っていることを理由に94万8972円が還付されているのであるから,所得税を控除することはできないとも説示している。しかし,原審は,上記のとおり総収入から基礎収入を推計する過程において所得税を控除しているものであって,原審の上記説示は,適切を欠くものといわざるを得ないが,その結論に影響しない。
 (2)また,原審は,住民税50万0200円及び事業税29万1000円については,これを所得から控除すべきであるという抗告人の主張は理由があるが,これらの税の合計額を上回る所得税94万8972円が還付されているので,結局,所得算定の際にこれらの税金を控除する必要はないというべきである旨をも説示している。しかし,住民税については,原審は,上記のとおり総収入から基礎収入を推計する過程においてこれを控除しているものであり,事業税については,総収入の認定の基礎とされる抗告人の所得金額の算出の際に必要経費として控除されているはずのものであって,いずれも織り込み済みのものである。従って,原審の上記説示もまた適切を欠くものといわなければならないが,その結論に影響するものではない。
 (3)論旨は,上記(1)の原審の説示が適切を欠く点を指摘する限りにおいて理由があるが,原審の結論に影響しないから,採用できない。
 2 その余の抗告理由について
 所論の点に関する原審の判断は,正当として是認できる。論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
      最高裁裁判長裁判官上田豊三,裁判官濱田邦夫,同藤田宙靖,同堀籠幸男

男女関係を一方的解消につき不法行為責任が否定(最判平成16年11月18日裁判集民事215号639頁)

婚姻外の男女関係を一方的に解消したことにつき不法行為責任が否定された事例
       主   文
 原判決のうち上告人敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告受理申立て理由5及び6について
 1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1)上告人と被上告人とは,被上告人が大学4年生であった昭和60年11月に結婚相談所を通じて知り合い,その1か月後には婚約し,翌年3月に入籍の予定であったが,同月ころ,婚約を解消した。上告人と被上告人は,上記婚約を解消するに際し,結婚する旨の報告をしていた関係者に対し,連名で婚約を解消する旨の書状を発送したが,その書状には,「お互いにとって大切な人であることにはかわりはないため,スープの冷めないぐらいの近距離に住み,特別の他人として,親交を深めることに決めました」との記載がある。
 (2)上告人は,昭和61年4月15日ころ,東京都区内の被上告人の家の近くに引っ越して来て,双方が互いの家を行き来するようになった。そして,平成2年4月に上告人が東京都○市の自宅に転居してからも,上告人が被上告人宅に泊まって被上告人宅から出勤するということもあった。もっとも,上告人と被上告人とは,その住居は飽くまでも別々であって同居をしたことはなく,合鍵を持ち合うことも,上告人が被上告人宅に泊まったときに一緒に食事をすることもなく,また,生計も全く別で,それぞれが自己の生計の維持管理をしており,共有する財産もなかった。
 (3)被上告人は出産には消極的であったが,上告人が子供を持つことを強く望んだため,両者の間で,上告人が出産に関する費用及び子供の養育について全面的に責任を持つという約束をした上で,被上告人は,平成元年6月6日,上告人との間の長女を出産した。上告人と被上告人は,長女の出産に際しては,子供が法律上不利益を受けることがないようにとの配慮等から,その出生の日に婚姻の届出をし,同年9月26日に協議離婚の届出をした。また,被上告人は,上記の約束に基づき,妊娠及び出産の際の通院費,医療関係費及び雑費等を上告人に請求して受領したほか,上告人の親から出産費用等として約650万円を受け取った。
 上記の約束に基づき,長女は,出生後,静岡県△市内に住んでいた上告人の母に引き取られ,その下で養育され,被上告人がその養育にかかわることはなかった。その後,長女は,上告人の母と共に東京都○市内に転居し,上告人の母と2人で暮らしている。
 (4)被上告人は,平成5年2月10日,上告人との間の長男を出産した。長男の出産は,一卵性双生児の一方が出産後間もなく死亡するという異常出産で,被上告人自身も一時的に危篤状態に陥り,2か月間入院した。その出産に先立ち,被上告人が,生まれてくる子供の養育の負担により自分の仕事が犠牲にならないようにするため,子供の養育の放棄を要望したことから,上告人と被上告人とは,平成4年11月17日,被上告人及びその家族が出産後の子供の養育についての労力的,経済的な負担等の一切の負担を免れることを上告人は保障すること,被上告人は上告人が決定する子供の養育内容について一切異議を申し立てないこと等の取決めを行い,その取決めを記載した書面に公証人役場において公証人の確定日付を受けた。また,被上告人は,長男の出産の際にも,上告人から相当額の出産費用等を受け取っており,両者は,長女の場合と同様の配慮から,長男の出生の届出をした日(平成5年2月19日)に婚姻の届出をし,同月23日に協議離婚の届出をした。
 長男は,上記取決めに基づき,上告人に引き取られたが,上告人の判断で施設に預けられた。長男は,その施設において養育され,被上告人がその養育にかかわることは全くなかった。その後,後記のとおり,上告人が甲と婚姻したことにより,長男は,平成14年3月,上告人らの下に引き取られた。
 (5)長男の出産の前後において,上告人と被上告人との関係が悪化し,上告人の被上告人に対する暴力行為や,上告人による被上告人宅の玄関ドアの損壊などがあり,出産後,両者は半年間ほど絶交状態にあったが,その後,関係が修復し,上告人が被上告人の原稿の校正を行ったり,被上告人の研究分野に関する資料を送付したり,一緒に旅行をするなどしていた。また,被上告人は,平成8年ころから◆大学教育学部の助教授として勤務するようになったが,上告人は,被上告人が◆市内にアパートを借りるに当たって連帯保証人となったり,被上告人が同大学で「ジェンダー論」の講義をするに際し,被上告人の求めに応じ,講義資料として自己の戸籍謄本を提供したり,学生にメッセージを寄せるなどの協力をした。
 (6)甲は,大学の通信教育で学びながら,上告人の勤務する百貨店でアルバイトをしていたが,平成12年ころ,上告人と知り合い,思いを寄せるようになった。甲は,上記アルバイトを辞め,別の会社に勤めた後も,上告人との交際を続けた。甲は,平成13年4月30日,上告人宅を訪れ,上告人と話合いをし,上告人と被上告人との間に2人の子供がいることを理解した上で,上告人との結婚を決意した。
 (7)上告人と被上告人とは,同年5月の連休に,一緒に京都旅行に行くことにしていたが,上告人がこれをキャンセルし,被上告人は1人で旅行に出かけた。同月2日,上告人は,京都旅行から東京に帰ってきた被上告人に対し,東京駅において,今後は今までのような関係を持つことはできない旨等を記載した手紙を手渡すとともに,他の女性と結婚する旨を告げ,被上告人との関係を解消した。
 (8)上告人と甲は,同年7月18日,婚姻の届出をした。
 2 本件は,被上告人が,上告人に対し,上告人が突然かつ一方的に両者の間の「パートナーシップ関係」の解消を通告し,甲と婚姻したことが不法行為に当たると主張して,これによって被上告人が被った精神的損害の賠償を求める事案である。
 3 原審は,前記の事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の請求を,慰謝料100万円の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものとした。
 (1)上告人と被上告人との関係は,婚姻届を提出せず,法律婚として法の保護を受けることを拒否し,互いの同居義務,扶助義務も否定するという,通常の婚姻ないし内縁関係の実質を欠くものであったことが認められる。そのような関係は,その維持を専ら両者の自由な意思のみにゆだねるものであり,法的な拘束性を伴うものではないと解されるから,その解消に当たっては,互いに損害賠償責任を生ぜしめるものではないと解する余地もあり得る。
 (2)しかし,上告人と被上告人とは,両者が知り合った昭和60年から平成13年に至るまでの約16年間にわたり,上記のような関係を継続してきたものであり,その間,2人の子供をもうけ,時に互いの仕事について協力し,一緒に旅行をすることもあること等,互いに生活上の「特別の他人」としての立場を保持してきたこともまた認められる。
 (3)そうすると,上記(1)にかかわらず,少なくとも,上記(2)のような事情を含む本件の場合において,上告人が,被上告人との格別の話合いもなく,平成13年5月2日,突然,上記の関係を一方的に破棄し,それを破たんさせるに至ったことについては,被上告人における関係継続についての期待を一方的に裏切るものであって,相当とは認め難い。
 従って,上告人は,被上告人に対し,不法行為責任を免れ難い。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
前記の事実関係によれば,①上告人と被上告人との関係は,昭和60年から平成13年に至るまでの約16年間にわたるものであり,両者の間には2人の子供が生まれ,時には,仕事の面で相互に協力をしたり,一緒に旅行をすることもあったこと,しかし,②上記の期間中,両者は,その住居を異にしており,共同生活をしたことは全くなく,それぞれが自己の生計を維持管理しており,共有する財産もなかったこと,③被上告人は上告人との間に2人の子供を出産したが,子供の養育の負担を免れたいとの被上告人の要望に基づく両者の事前の取決め等に従い,被上告人は2人の子供の養育には一切かかわりを持っていないこと,そして,被上告人は,出産の際には,上告人側から出産費用等として相当額の金員をその都度受領していること,④上告人と被上告人は,出産の際に婚姻の届出をし,出産後に協議離婚の届出をすることを繰り返しているが,これは,生まれてくる子供が法律上不利益を受けることがないようにとの配慮等によるものであって,昭和61年3月に両者が婚約を解消して以降,両者の間に民法所定の婚姻をする旨の意思の合致が存したことはなく,かえって,両者は意図的に婚姻を回避していること,⑤上告人と被上告人との間において,上記の関係に関し,その一方が相手方に無断で相手方以外の者と婚姻をするなどして上記の関係から離脱してはならない旨の関係存続に関する合意がされた形跡はないことが明らかである。
 以上の諸点に照らすと,上告人と被上告人との間の上記関係については,婚姻及びこれに準ずるものと同様の存続の保障を認める余地がないことはもとより,上記関係の存続に関し,上告人が被上告人に対して何らかの法的な義務を負うものと解することはできず,被上告人が上記関係の存続に関する法的な権利ないし利益を有するものとはいえない。そうすると,上告人が長年続いた被上告人との上記関係を前記のような方法で突然かつ一方的に解消し,他の女性と婚姻するに至ったことについて被上告人が不満を抱くことは理解し得ないではないが,上告人の上記行為をもって,慰謝料請求権の発生を肯認し得る不法行為と評価することはできないものというべきである。
 5 以上によれば,上記と異なる見解の下に,上告人の被上告人に対する不法行為責任を肯定し,被上告人の請求の一部を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は相当であるから,上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫,同泉 徳治,同島田仁郎,同才口千晴

不倫第三者における夫婦の子への責任(最判昭和54年3月30日民集33巻2号303頁)

不倫の第三者は夫婦間の未成年の子に対して不法行為責任があるか(消極)
家庭破壊と配偶者・子の慰藉料請求事件
       主   文
 原判決中上告人Aに関する部分を破棄し,右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 上告人B,同C,同Dの本件上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は,同上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人信部高雄,同大崎勲の上告理由中上告人甲に関する部分について
 原審は,(1) 上告人甲と訴外戊とは昭和二三年七月二〇日婚姻の届出をした夫婦であり,両名の間に同年八月一五日に上告人乙が,昭和三三年九月一三日に同丙が,昭和三九年四月二日に丁が出生した,(2) 戊は昭和三二年銀座のアルバイトサロンにホステスとして勤めていた被上告人と知り合い,やがて両名は互に好意を持つようになり,被上告人は戊に妻子のあることを知りながら,戊と肉体関係を結び,昭和三五年一一月二一日一女を出産した,(3) 戊と被上告人との関係は昭和三九年二月ごろ上告人甲の知るところとなり,同上告人が戊の不貞を責めたことから,既に妻に対する愛情を失いかけていた戊は同年九月妻子のもとを去り,一時鳥取県下で暮していたが,昭和四二年から東京で被上告人と同棲するようになり,その状態が現在まで続いている,(4) 被上告人は昭和三九年銀座でバーを開業し,戊との子を養育しているが,戊と同棲する前後を通じて戊に金員を貢がせたこともなく,生活費を貰ったこともない,ことを認定したうえ,戊と被上告人との関係は相互の対等な自然の愛情に基づいて生じたものであり,被上告人が戊との肉体関係,同棲等を強いたものでもないのであるから,両名の関係での被上告人の行為は戊の妻である上告人甲に対して違法性を帯びるものではないとして,同上告人の被上告人に対する不法行為に基づく損害賠償の請求を棄却した。
 しかし,夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は,故意又は過失がある限り,右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し,その行為は違法性を帯び,右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。
 従って,前記のとおり,原審が,戊と被上告人の関係は自然の愛情に基づいて生じたものであるから,被上告人の行為は違法性がなく,上告人甲に対して不法行為責任を負わないとしたのは,法律の解釈適用を誤ったものであり,その誤りは,判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり,原判決中上告人甲に関する部分は破棄を免れず,更に,審理を尽くさせるのを相当とするから,右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 同上告理由中上告人乙,同丙,同丁に関する部分について
及び未成年の子のある男性と肉体関係を持った女性が妻子のもとを去った右男性と同棲するに至った結果,その子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,その女性が害意をもって父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り,右女性の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではない。何故なら,父親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ,監護,教育を行うことは,他の女性と同棲するかどうかにかかわりなく,父親自らの意思によって行うことができるのであるから,他の女性との同棲の結果,未成年の子が事実上父親の愛情,監護,教育を受けることができず,そのため不利益を被ったとしても,そのことと右女性の行為との間には相当因果関係がないものといわなければならないからである。
 原審が適法に確定したところによれば,上告人乙,同丙,同丁(以下「上告人乙ら」という。)の父親である戊は昭和三二年ごろから被上告人と肉体関係を持ち,上告人乙らが未だ成年に達していなかった昭和四二年被上告人と同棲するに至ったが,被上告人は戊との同棲を積極的に求めたものではなく,戊が上告人乙らのもとに戻るのをあえて反対しなかったし,戊も上告人乙らに対して生活費を送っていたことがあったというのである。従って,前記説示に照らすと,右のような事実関係の下で,特段の事情も窺えない本件においては,被上告人の行為は上告人乙らに対し,不法行為を構成するものとはいい難い。被上告人には上告人乙らに対する関係では不法行為責任がないとした原審の判断は,結論において正当として是認することができ,この点に関し,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇七条一項,三九六条,三八四条,三八六条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官大塚喜一郎の補足意見,裁判官本林讓の反対意見がある(略)ほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁 裁判官大塚喜一郎,同本林 讓,同栗本一夫 裁判長裁判官吉田豊は退官につき署名押印することができない。裁判官  大塚喜一郎

不倫第三者における夫婦の子への責任(最判昭和54年3月30日家月31巻8号35頁)

不倫の第三者は夫婦間の未成年の子に対して不法行為責任があるか(消極)
家庭破壊と配偶者・子の慰藉料請求事件
       主   文
 原判決中被上告人Y川一夫,同Y川二夫,同Y川三夫の請求を認容した部分を破棄し,右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
 上告人の被上告人Y川太夫に対する上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は,上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高野裕士,同丸山富夫の上告理由第一点中被上告人Y川一夫,同Y川二夫,同Y川三夫に関する部分について
 原審は,(1) 被上告人Y川一夫(昭和三〇年九月一八日生まれ),同Y川二夫(昭和三四年七月九日生まれ),同Y川三夫(昭和三九年五月二日生まれ)(以下「被上告人一夫ら」という。)の母親である訴外Y川花子(昭和九年八月一二日生まれ)と上告人とは,小学校,中学校の同級生で,そのころ親しい間柄であったところ,上告人が昭和四五年三月ごろ勤務先の○○○商事株式会社のメキシコ駐在員に命ぜられたために催された中学校の同級生による送別会に出席した花子は,久し振りに上告人と会い,これをきっかけに二人の交際が始まった,(2) 上告人は,それから間もなくメキシコへ赴任したが,現地から花子と秘かに手紙や電話のやりとりを続けるうち,花子へ愛情を打ち明けるようになり,花子の心は次第に上告人の方へ傾いて行った,(3) 花子は,昭和四六年七月ごろ上告人に逢いたさにメキシコまで赴く決心をし,夫である被上告人Y川太夫には,女友達とアメリカ旅行に出かけるといってその許しを得,同年八月中旬単独でメキシコへ渡航し,上告人と再会し,二人は初めて肉体関係を持つに至り,花子の心はますます夫から離れて行き,花子はメキシコから帰った後同四七年一〇月ごろには夫に対し性格が合わないことを理由に別居を申し出るようにもなった,(4) 上告人は,同年末及び昭和四八年一月に一時日本へ帰国したが,その際にも花子と密会を重ねていたところ,同年三月,二人の関係を知った被上告人太夫は,大いに驚き,上告人との関係を絶つように強く説得したが,花子がそれを聞き入れなかったため,花子に暴力を振うこともあった,(5) 花子は,同年六月二三日被上告人太夫に顔面を殴打されたことがきっかけとなって被上告人三夫(当時九歳)を連れて出奔するに至り,ホテル,上告人の同僚方,上告人方,上告人の実弟方等を転々とし,同年八月ごろから昭和四九年四月初めまで被上告人三夫とともに花子の従兄弟方で暮したが,同月八日,いったん,夫や他の子のところに帰ったものの,翌日,単身で上告人の実弟方に身を寄せた後,同年一〇月ごろ日本を発ってメキシコへ渡り,同所で上告人と同棲するに至り,現在に及んでいる,以上のことを認定したうえ,上告人が花子と肉体関係を結び,同棲するに至った行為は,未成熟子である被上告人一夫らの母親に対する身上監護請求権及び同被上告人らの平穏な家庭生活を営むことによる精神的利益を侵害することになり,同被上告人らに対し,不法行為を構成するものであるとして,同被上告人らの損害賠償請求を認容した。
 しかし,夫及び未成年の子のある女性と肉体関係を持った男性が夫や子のもとを去った右女性と同棲するに至った結果,その子が日常生活において母親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,その男性が害意をもって母親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り,右男性の行為は,未成年の子に対して不法行為を構成するものではない。何故なら,母親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ,監護,教育を行うことは,他の男性と同棲するかどうかにかかわりなく,母親自らの意思によって行うことができるのであるから,他の男性との同棲の結果,未成年の子が事実上母親の愛情,監護,教育を受けることができず,そのため不利益を被ったとしても,そのことと右男性の行為との間には相当因果関係がないものといわなければならないからであり,このことは,同棲の場所が外国であっても,国内であっても差異はない。
 従って,前記のとおり,原審が特段の事情の存在を認定しないまま,いずれも成年に達していなかった被上告人一夫らのもとを去った花子と同棲した上告人の行為と同被上告人らが不利益を被ったことの間に相当因果関係があることを前提に上告人の行為が同被上告人らに対する関係で不法行為を構成するものとしたのは,法令の解釈適用を誤り,ひいては,審理不尽の違法をおかしたものというべく,右違法は,判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は,この点において理由があり,原判決中被上告人一夫らの請求を認容した部分は,破棄を免れず,更に審理を尽くさせるのを相当とするから,右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 同第一点中被上告人Y川太夫に関する部分について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 同第二点について
 本件事実関係のもとにおいては,未成年者である被上告人二夫,同三夫の親権は父親だけによって行使されることを許さなければならない場合であるというべきであるから,同被上告人らの訴訟手続が父親だけを法定代理人としてされたとしても,法定代理権の欠缺があったものとはいえない。従って原審に所論の違法はなく,論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇七条一項,三九六条,三八四条,三八六条,九五条,八九条に従い,裁判官大塚喜一郎の補足意見,裁判官本林譲の反対意見があるほか(略),裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁 裁判官大塚喜一郎,同本林譲,同栗本一夫 裁判長裁判官吉田豊は退官につき署名押印することができない。裁判官大塚喜一郎

不倫慰謝料の消滅時効の起算点(最判平成6年1月20日家月47巻1号122頁)

第三者による不倫慰謝料の消滅時効の起算点
       主   文
 原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。
 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人牛嶋勉の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係は,要するに,(1) M谷一男(以下「一男」という。)と被上告人とは,昭和一七年七月に婚姻の届出をした夫婦である,(2) 上告人は,一男に妻(被上告人)がいることを知りながら,昭和四一年ころから一男と同せいを開始し,昭和六二年一二月まで関係を継続した,(3) 一男と被上告人との婚姻関係は,上告人が一男と知り合った当時,破綻状態にはなかった,というのである。
 二 原審は,右事実関係の下において,一男と同せい関係を継続した上告人の行為の違法性及び上告人の被上告人に対する損害賠償義務を認め,かつ,右のような場合には,継続した同せい関係が全体として被上告人に対する違法な行為として評価されるべきで,日々の同せいを逐一個別の違法な行為として把握し,これに応じて損害賠償義務の発生及び消滅を日毎に定めるものとするのは,行為の実質にそぐわないものであって,相当ではないから,本件損害賠償義務は,全体として,上告人と一男との同せい関係が終了した昭和六二年一二月から消滅時効が進行するものというべきであると判断して,被上告人が本訴を提起した日から三年前の日より前に生じた慰謝料請求権は時効により消滅した旨の上告人の抗弁を排斥した上,昭和四一年から昭和六二年までの間に被上告人が被った精神的苦痛は多大なものであったと推認されるとし,第一審が右の間の慰謝料として算定した五〇〇万円は相当であるとして,右の限度で被上告人の上告人に対する慰謝料請求を認容した第一審判決に対する被上告人の控訴及び上告人の附帯控訴をいずれも棄却した。
 三 しかし,上告人の主張する消滅時効の抗弁を右の理由で排斥した原審の判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
  1 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については,一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から,それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。何故なら,右の場合に一方の配偶者が被る精神的苦痛は,同せい関係が解消されるまでの間,これを不可分一体のものとして把握しなければならないものではなく,一方の配偶者は,同せい関係を知った時点で,第三者に慰謝料の支払を求めることを妨げられるものではないからである。
  2 これを本件についてみるのに,被上告人の請求は,上告人が一男と同せい関係を継続した間,被上告人の妻としての権利が侵害されたことを理由に,その間の慰謝料の支払を求めるものであるが,被上告人が上告人に対して本訴を提起したのは,記録上,昭和六二年八月三一日であることが明らかであるから,同日から三年前の昭和五九年八月三一日より前に被上告人が上告人と一男との同せい関係を知っていたのであれば,本訴請求に係る慰謝料請求権は,その一部が既に時効により消滅していたものといわなければならない。
  3 そうすると,上告人の主張する消滅時効の抗弁につき,右の事実を確定することなく,これを排斥した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるというほかなく,その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は,この点において理由があり,原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れず,右部分につき,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大白 勝 裁判官大堀誠一,同味村 治,同小野幹雄,同三好 達

婚姻破綻後の不倫(最判平成8年3月26日民集50巻4号993頁)

婚姻破綻後の不倫とその第三者の損害賠償義務
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人森健市の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係は次のとおりであり,この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
 1 上告人と甲とは昭和四二年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり,同四三年五月八日に長女が,同四六年四月四日に長男が出生した。
 2 上告人と甲との夫婦関係は,性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が原因になって次第に悪くなっていったが,甲が昭和五五年に身内の経営する婦人服製造会社に転職したところ,残業による深夜の帰宅が増え,上告人は不満を募らせるようになった。
 3 甲は,上告人の右の不満をも考慮して,独立して事業を始めることを考えたが,上告人が独立することに反対したため,昭和五七年一一月に株式会社P(以下「P」という)に転職して取締役に就任した。
 4 甲は,昭和五八年以降,自宅の土地建物をPの債務の担保に提供してその資金繰りに協力するなどし,同五九年四月には,Pの経営を引き継ぐこととなり,その代表取締役に就任した。しかし,上告人は,甲が代表取締役になると個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し,自宅の土地建物の登記済証を隠すなどしたため,甲と喧嘩になった。上告人は,甲が右登記済証を探し出して抵当権を設定したことを知ると,これを非難して,まず財産分与をせよと要求するようになった。こうしたことから,甲は上告人を避けるようになったが,上告人が甲の帰宅時に包丁をちらつかせることもあり,夫婦関係は非常に悪化した。
 5 甲は,昭和六一年七月ころ,上告人と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが,上告人は,甲には交際中の女性がいるものと考え,また離婚の意思もなかったため,調停期日に出頭せず,甲は,右申立てを取り下げた。その後も,上告人がPに関係する女性に電話をして甲との間柄を問いただしたりしたため,甲は,上告人を疎ましく感じていた。
 6 甲は,昭和六二年二月一一日に大腸癌の治療のため入院し,転院して同年三月四日に手術を受け,同月二八日に退院したが,この間の同月一二日にP名義で本件マンションを購入した。そして,入院中に上告人と別居する意思を固めていた甲は,同年五月六日,自宅を出て本件マンションに転居し,上告人と別居するに至った。
 7 被上告人は,昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをしていたが,同六二年四月ころに客として来店した甲と知り合った。被上告人は,甲から,妻とは離婚することになっていると聞き,また,甲が上告人と別居して本件マンションで一人で生活するようになったため,甲の言を信じて,次第に親しい交際をするようになり,同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり,同年一〇月ころ本件マンションで同棲するに至った。そして,被上告人は平成元年二月三日に甲との間の子を出産し,甲は同月八日にその子を認知した。
 二 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において,甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは,特段の事情のない限り,丙は,甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。何故なら,丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となる(後記判例参照)のは,それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって,甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には,原則として,甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。
 三 そうすると,前記一の事実関係の下において,被上告人が甲と肉体関係を持った当時,甲と上告人との婚姻関係が既に破綻しており,被上告人が上告人の権利を違法に侵害したとはいえないとした原審の認定判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。所論引用の判例(最高裁昭和五一年(オ)第三二八号同五四年三月三〇日判決・民集三三巻二号三〇三頁)は,婚姻関係破綻前のものであって事案を異にし,本件に適切でない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官  可部恒雄 裁判官園部逸夫,同大野正男,同千種秀夫,同尾崎行信

共同不法行為とその1人に対する免除の効力(最判平成6年11月24日裁判集民事173号431頁)

共同不法行為者が負担する損害賠償債務と民法437条の適否
       主   文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
 右部分について被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人足立昌昭の上告理由一について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。右判断は,所論引用の判例と抵触するものではない。論旨は採用できない。
 同二について
 本件訴訟は,上告人が寺東Xとの婚姻関係を継続中,被上告人がXと不貞行為に及び,そのため右婚姻関係が破綻するに至った(以下,これを「本件不法行為」という。)として,被上告人に対し,不法行為に基づく慰謝料三〇〇万円とこれに対する本件不法行為の日の後である平成元年一一月九日から支払済ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求するものである。
 原審は,上告人の右主張事実を認め,本件不法行為に基づく慰謝料は三〇〇万円が相当であると判断したが,被上告人が原審において主張した債務免除の抗弁を一部認め,被上告人が上告人に支払うべき慰謝料は一五〇万円が相当であるとし,上告人の請求を全部認容した一審判決を変更して,被上告人に対し,一五〇万円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を命じた。すなわち,原審は,(1) 被上告人とXの不貞行為は上告人に対する共同不法行為というべきところ,上告人とXとの間には平成元年六月二七日離婚の調停が成立し(以下,これを「本件調停」という。),その調停条項には,本件調停の「条項に定めるほか名目の如何を問わず互いに金銭その他一切の請求をしない」旨の定め(以下「本件条項」という。)があるから,上告人はXに対して離婚に伴う慰謝料支払義務を免除したものというべきである,(2) 被上告人とXが上告人に対して負う本件不法行為に基づく損害賠償債務は不真正連帯債務であるところ,両名にはそれぞれ負担部分があるものとみられるから,本件調停による右債務の免除はXの負担部分につき被上告人の利益のためにもその効力を生じ,被上告人とXが上告人に対して負う右損害賠償債務のうち被上告人固有の負担部分の額は一五〇万円とするのが相当であると判断した。
 しかし,原審の右(1)の判断は是認できるが,右(2)のうち,本件調停による債務の免除が被上告人の利益のためにもその効力を生ずるとした判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
 民法七一九条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は,いわゆる不真正連帯債務であって連帯債務ではないから,その損害賠償債務については連帯債務に関する同法四三七条の規定は適用されないものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年二月一六日判決・民集二七巻一号九九頁参照)。
原審の確定した事実関係によれば,上告人とXとの間においては,平成元年六月二七日本件調停が成立し,その条項において,両名間の子の親権者を上告人とし,Xの上告人に対する養育費の支払,財産の分与などが約されたほか,本件条項が定められたものであるところ,右各条項からは,上告人が被上告人に対しても前記免除の効力を及ぼす意思であったことは何らうかがわれないのみならず,記録によれば,上告人は本件調停成立後四箇月を経過しない間の平成元年一〇月二四日に被上告人に対して本件訴訟を提起したことが明らかである。右事実関係の下では,上告人は,本件調停において,本件不法行為に基づく損害賠償債務のうちXの債務のみを免除したにすぎず,被上告人に対する関係では,後日その全額の賠償を請求する意思であったものというべきであり,本件調停による債務の免除は,被上告人に対してその債務を免除する意思を含むものではないから,被上告人に対する関係では何らの効力を有しないものというべきである。
 そうすると,右と異なる見解に立って上告人の請求を一部棄却した原判決は,共同不法行為者に対する債務の免除の効力に関する法理の解釈適用を誤ったものであり,この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に判示したところによれば,上告人の本件損害賠償請求はすべて理由があることになり,これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから,右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八四条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大白 勝 裁判官大堀誠一,同小野幹雄,同三好 達,同高橋久子

妻の不倫相手の慰謝料請求と権利濫用(最判平成8年6月18日家月48巻12号39頁)

夫との不倫女性に対する妻の慰謝料請求において,妻が夫と離婚するつもりである旨を話したことが不倫の原因で,不倫関係を知った妻が,夫の同女に対する暴力を利用して更に金員を要求した以上,同請求は信義則に反し権利の濫用
       主   文
 原判決中,上告人の敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人○○の上告理由第二について
一 本件訴訟は,被上告人がその夫Xと肉体関係を持った上告人に対し損害賠償を求め,上告人がこれを権利の濫用に当たるなどと主張して争うものである。原審の確定した事実関係の大要は,次のとおりである。
1被上告人とXとは昭和59年1月16日に婚姻の届出をした夫婦であり,同年5月20日に長女が,同61年6月7日に長男が出生した。
2 上告人は,昭和45年11月21日にYと婚姻の届出をし,同46年8月27日に長女をもうけたが,同61年4月25日に離婚の届出をした。上告人は,離婚の届出に先立つ同60年10月ころから居酒屋「KY」の営業をして生計をたて,同62年5月ころには自宅の土地建物を取得し,Yから長女を引き取って養育を始めた。
3Xは,昭和63年10月ころ初めて客として「KY」に来,やがて毎週1度は来店するようになったが,平成元年10月ころから同2年3月ころまでは来店しなくなった。この間,Xは,月に1週間程度しか自宅には戻らず,「KY」の2階にあるスナックのホステスと半同棲の生活をしていた。
4被上告人は,Xが「KY」に来店しなくなったころから毎晩のように来店するようになり,上告人に対し,Xが他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし,平成2年9月初めころには,「Xとの夫婦仲は冷めており,平成3年1月に被上告人の兄の結婚式が終わったら離婚する。」と話した。
5 Xは,平成2年9月6日に上告人をモーテルに誘ったが,翌7日以降毎日のように「KY」に来店し,「本気に考えているのはお前だけだ。付き合ってほしい。真剣に考えている。妻も別れることを望んでいる。」などと言って,上告人を口説くようになった。
6上告人は,当初Xを単なる常連客としてしかみていなかったが,毎日のように口説かれた上,膵臓の病気になって精神的に落ち込んでいたこともあって,Xに心が傾いていたところ,平成2年9月20日,病院で待ち伏せていたXから,「妻とは別れる。それはお前の責任ではない。俺たち夫婦の問題だから心配することはない。俺と一緒になってほしい。」と言われ,また,病気のことにつき「一緒に治して行こう。お前は一生懸命に病気を治せばよい。」などと言われたため,その言葉を信じ,同日Xと肉体関係を持った。
7 上告人は,その後もXと肉体関係を持ったが,平成2年10月初めころ,Xから,「妻が別れることを承知した。妻は○○に家を捜して住むので,自分たちは○△のアパートに住もう。」などと結婚の申込みをされたため,Xと結婚する決心をし,長女の賛成を得てXの申込みを承諾した。Xは,上告人に対し,被上告人が○○に引っ越す同年12月ころには入籍すると約束した。
8 Xは,平成2年10月10日から11月24日までの間に,上告人の結婚相手としてその母,長女及び姉妹らと会ったりしたのに,被上告人との間での離婚に向けての話し合いなどは全くしなかった。一方,上告人は,Xの希望を受けて,自宅の土地建物を売却することとし,長女のためのアパートを捜すなどXとの結婚生活の準備をしていた。
9平成2年12月1日,被上告人にXと上告人との関係が発覚し,上告人と被上告人は,同日午前7時半ころから翌2日午後2時ころまで被上告人宅で話し合った。その際,上告人においてXが被上告人と離婚して上告人と婚姻すると約束したためXと肉体関係を持つようになった経緯を説明したところ,被上告人が「慰謝料として500万円もらう。500万円さえもらったら,うちのXくんあげるわ。うちのXくんはママ引っ掛けるのなんかわけはないわ。」などと言ったため,上告人は,Xに騙されていたと感じた。
10上告人,被上告人及びXの3人は,平成2年12月2日午後8時半ころから翌3日午前零時ころまで話し合った。被上告人は,Xに対して子の養育料や慰謝料を要求し,上告人に対して慰謝料500万円を要求したが,Xは,被上告人の好きなようにせよとの態度であり,上告人は,終始沈黙していた。
11Xは,平成2年12月3日午後10時ころ「KY」に来店し,他の客が帰って2人きりになると,上告人に対し,被上告人に500万円を支払うよう要求し,上告人がこれを拒否すると,胸ぐらをつかみ,両手で首を絞めつけ,腹を拳で殴ったりなどの暴行を加えたが,翌4日午前3時ころ上告人の体が冷たくなり,顔も真っ青になると,驚いて逃走した。
12被上告人は,平成2年12月6日午後10時ころ「KY」に来店し,上告人に対し,他の客の面前で「お前,男欲しかったんか。500万言うてん,まだ,持ってけえへんのか。」と言って,怒鳴ったりした。また,被上告人は,同月9日午後4時ころ電話で500万円を要求した上,午後4時20分ころ来店し,満席の客の面前で怒鳴って嫌がらせを始め,Xも,午後4時40分ころ来店し,嫌がらせを続けている被上告人の横に立ち,「俺は関係ない。」などと言いながらにやにや笑っていたが,上告人が警察を呼んだため,2人はようやく帰った。
13Xは,平成3年3月24日午前5時30分ころ,自動車に乗っていた上告人に暴行を加えて加療約1週間を要する傷害を負わせ,脅迫し,車体を損壊したが,上告人の告訴により,その後罰金5万円の刑に処せられた。
14被上告人は,平成3年1月22日に本件訴訟を提起した。他方,上告人は,同年3月にXに対して損害賠償請求訴訟を提起したが,右損害賠償請求訴訟については,同6年2月14口に200万円と遅延損害金の支払を命ずる上告人一部勝訴の第一審判決がされ,控訴審の同年7月28日の和解期日において200万円を毎月2万円ずつ分割して支払うことなどを内容とする和解が成立した。
三 原審は,右事実関係の下において,以下のとおり判断し,本訴請求を棄却した第一審判決を変更して,被上告人の損害賠償請求のうち110万円とこれに対する遅延損害金請求を認容した。すなわち,(1)上告人は,Xに妻がいることを知りながら,平成2年9月20日以降Xと肉体関係を持ったものであるところ,肉体関係を持つについてXからの誘惑があったことは否定できないが,上告人か拒めない程の暴力,脅迫があったわけではなく,また,被上告人とXとの婚姻関係が破綻していたことを認めるべき証拠もないから,上告人は,被上告人に対してその被った損害を賠償すべき義務がある,(2)本訴請求が権利の濫用に当たるというべき事実関係は認めるに足りず,上告人の権利濫用の主張は理由がない,(3)右一の事実関係を考慮すると,上告人において賠償すべき被上告人の精神的損害額は100万円が相当であり,弁護士費用は10万円が相当である。
三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
記一の事実関係によると,上告人は,Xから婚姻を申し込まれ,これを前提に平成2年9月20日から同年11月末ころまでの間肉体関係を持ったものであるところ,上告人がその当時Xと将来婚姻することができるものと考えたのは,同元年10月ころから頻繁に上告人の経営する居酒屋に客として来るようになった被上告人が上告人に対し,Xが他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし,同2年9月初めころ,Xとの夫婦仲は冷めており,同3年1月には離婚するつもりである旨話したことが原因を成している上,被上告人は,同2年12月1日にXと上告人との右の関係を知るや,上告人に対し,慰謝料として500万円を支払うよう要求し,その後は,単に口頭で支払要求をするにとどまらず,同月3日から4日にかけてのXの暴力による上告人に対する500万円の要求行為を利用し,同月6日ころ及び9日ころには,上告人の経営する居酒屋において,単独で又はXと共に嫌がらせをして500万円を要求したが,上告人がその要求に応じなかったため,本件訴訟を提起したというのであり,これらの事情を総合して勘案するときは,仮に被上告人が上告人に対してなにがしかの損害賠償請求権を有するとしても,これを行使することは,信義誠実の原則に反し権利の濫用として許されないものというべきである。
 そうすると,本訴請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり,その余の上告理由について判断するまでもなく,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,右に説示したところによれば,右部分についても,被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は相当であり,被上告人の控訴は棄却すべきものである。
 よって,民訴法408条,396条,384条1項,96条,89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同千種秀夫,同尾崎行信


外国人間の離婚訴訟の国際的裁判管轄(最判昭和39年3月25日民集18巻3号486頁)

外国人間の離婚訴訟の国際的裁判管轄
       主   文
 原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 本件を東京地方裁判所に移送する。
       理   由
  上告代理人佐長彰一の上告理由について。
 論旨は,原判決及びその是認引用する第一審判決が,本件離婚請求の相手方たる被上告人(被告)がわが国に渡来したこともなく,従ってわが国に最後の住所をも有しない者であるとの一事をもって,上告人(原告)の提起した本件離婚訴訟はわが国の裁判管轄権に属しないとしたのは,正義公平に反する法律判断であって,離婚の国際的裁判管轄権についての解釈を誤ったものであると主張する。
 ところで,本件は朝鮮人(韓国人)夫婦間の離婚訴訟であるが,上告人の主張によると,妻たる上告人はもと日本国民であったところ,昭和一五年九月当時中華民国上海市において朝鮮人である被上告人と婚姻し,同市において同棲をつづけた後,昭和二〇年八月終戦とともに朝鮮に帰国し被上告人の家族と同居するに至った,しかし上告人は慣習,環境の相違からその同居に堪えず,昭和二一年一二月被上告人の事実上離婚の承諾をえて,わが国に引き揚げてきた,爾来被上告人から一回の音信もなく,その所在も不明である,というのである。
 思うに,離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたっても,被告の住所がわが国にあることを原則とすべきことは,訴訟手続上の正義の要求にも合致し,また,いわゆる跛行婚の発生を避けることにもなり,相当に理由のあることではある。しかし,他面,原告が遺棄された場合,被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合においても,いたずらにこの原則に膠着し,被告の住所がわが国になければ,原告の住所がわが国に存していても,なお,わが国に離婚の国際的裁判管轄権が認められないとすることは,わが国に住所を有する外国人で,わが国の法律によっても離婚の請求権を有すべき者の身分関係に十分な保護を与えないこととなり(法例一六条但書参照),国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果を招来することとなる。
 本件離婚請求は上告人が主張する前記事情によるものであり,しかも上告人が昭和二一年一二月以降わが国に住所を有している以上,たとえ被上告人がわが国に最後の住所をも有しない者であっても,本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するものと解するを相当とする。それ故,本件訴を不適法として却下した第一審判決を是認した原判決には,判決に影響をおよぼすこと明らかな法令の違背があり破棄を免れず,論旨は理由がある。
 もっとも,本件訴訟がわが国の裁判管轄権に属するといっても,如何なる第一審裁判所の管轄に属するかは別個の問題であって,上告人は原告の住所地の地方裁判所の管轄に属するものとして本訴を提起しているが,本訴は人事訴訟手続法一条三項,昭和二三年最高裁規則第三〇号の定めるところにより,東京地方裁判所の管轄に専属すると解するのが相当である。
 よって,民訴四〇七条一項,三八六条,三八八条,三九〇条により,本件訴を不適法として却下した第一審判決を是認した原判決を破棄し,第一審判決を取り消し,本件を東京地方裁判所に移送することとして,裁判官奥野健一の意見があるほか,全裁判官一致の意見により,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同奥野健一,同石坂修一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同斎藤朔郎,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六

日本在住の日本人のドイツ在住ドイツ人に対する離婚請求訴訟と国際裁判管轄(最判平成8年6月24日民集50巻7号1451頁)

日本在住の日本人のドイツ在住ドイツ人に対する離婚請求訴訟と国際裁判管轄
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人永田誠の上告理由第一点について
 一 所論は,日本国籍を有する被上告人からドイツ連邦共和国の国籍を有する上告人に対する本件離婚請求につき我が国の国際裁判管轄を肯定した原審の判断の遵法をいうものであるところ,記録によって認められる事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人と上告人とは,昭和五七年五月一五日,ドイツ民主共和国(当時)において,同国の方式により婚姻し,同五九年五月二三日には長女が生まれた。
 2 被上告人ら一家は,昭和六三年からドイツ連邦共和国ベルリン市に居住していたが,上告人は,平成元年一月以降,被上告人との同居を拒絶した。
 被上告人は,同年四月,旅行の名目で長女を連れて来日した後,上告人に対してドイツ連邦共和国に戻る意思のないことを告げ,以後,長女と共に日本に居住している。
 3 上告人は,平成元年七月八日,自己の住所地を管轄するベルリン市のシャルロッテンブルク家庭裁判所に離婚請求訴訟を提起した。右訴訟の訴状,呼出状等の被上告人に対する送達は,公示送達によって行われ,被上告人が応訴することなく訴訟手続が進められ,上告人の離婚請求を認容し,長女の親権者を上告人と定める旨の判決が同二年五月八日に確定した。
 4 被上告人は,平成元年七月二六日,本件訴訟を提起した(訴状が上告人に送達されたのは,同二年九月二〇日である。)。
 二 離婚請求訴訟においても,被告の住所は国際裁判管轄の有無を決定するに当たって考慮すべき重要な要素であり,被告が我が国に住所を有する場合に我が国の管轄が認められることは,当然というべきである。しかし,被告が我が国に住所を有しない場合であっても,原告の住所その他の要素から離婚請求と我が国との関連性が認められ,我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは,否定し得ないところであり,どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては,国際裁判管轄に関する法律の定めがなく,国際的慣習法の成熟も十分とは言い難いため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして,管轄の有無の判断に当たっては,応訴を余儀なくされることによる被告の不利益に配慮すべきことはもちろんであるが,他方,原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮し,離婚を求める原告の権利の保護に欠けることのないよう留意しなければならない。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,ドイツ連邦共和国においては,前記一3記載の判決の確定により離婚の効力が生じ,被上告人と上告人との婚姻は既に終了したとされている(記録によれば,上告人は,離婚により旧姓に復している事実が認められる。)が,我が国においては,右判決は民訴法二〇〇条二号の要件を欠くためその効力を認めることができず,婚姻は未だ終了していないといわざるを得ない。このような状況の下では,仮に被上告人がドイツ連邦共和国に離婚請求訴訟を提起しても,既に婚姻が終了していることを理由として訴えが不適法とされる可能性が高く,被上告人にとっては,我が国に離婚請求訴訟を提起する以外に方法はないと考えられるのであり,右の事情を考慮すると,本件離婚請求訴訟につき我が国の国際裁判管轄を肯定することは条理にかなうというべきである。この点に関する原審の判断は,結論において是認できる。所論引用の判例(最高裁昭和三七年(オ)第四四九号同三九年三月二五日大法廷判決・民集一八巻三号四八六頁,最高裁昭和三六年(オ)第九五七号同三九年四月九日判決・裁判集民事七三号五一頁)は,事案を異にし本件に適切ではない。論旨は,採用できない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官根岸重治,裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田 博

婚姻費用の分担(最決昭和40年6月30日民集19巻4号1114頁)

1,家事審判法第9条第1項乙類第3号の婚姻費用の分担に関する処分の審判の合憲性
2,家庭裁判所は審判時より過去に遡つて前項の処分をすることができるか
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり,これに対して当裁判所は次のように判断する。
 憲法は三二条において,何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと規定し,八二条において,裁判の対審及び判決は,公開の法廷でこれを行う旨を定めている。すなわち,憲法は基本的人権として裁判請求権を認めると同時に法律上の実体的権利義務自体を確定する純然たる訴訟事件の裁判については公開の原則の下における対審及び判決によるべき旨を定めたものであって,これにより近代民主社会における人権の保障が全うされるのである。従って,性質上純然たる訴訟事件につき当事者の意思いかんに拘らず,終局的に事実を確定し,当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定するような裁判が,憲法所定の例外の場合を除き,公開の法廷における対審及び判決によってなされないとするならば,それは憲法八二条に違反すると共に同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣旨をも没却するものといわねばならない(昭和二六年(ク)第一〇九号同三五年七月六日大法廷決定民集第一四巻第九号一六五七頁以下参照)。
 しかし,家事審判法九条一項乙類三号に規定する婚姻費用分担に関する処分は,民法七六〇条を承けて,婚姻から生ずる費用の分担額を具体的に形成決定し,その給付を命ずる裁判であって,家庭裁判所は夫婦の資産,収入その他一切の事情を考慮して,後見的立場から,合目的の見地に立って,裁量権を行使して,その具体的分担額を決定するもので,その性質は非訟事件の裁判であり,純然たる訴訟事件の裁判ではない。従って,公開の法廷における対審及び判決によってなされる必要はなく,右家事審判法の規定に従ってした本件審判は何ら右憲法の規定に反するものではない。しかして,過去の婚姻費用の分担を命じ得ないとする所論は,原決定の単なる法令違反を主張するにすぎないから,特別抗告の適法な理由とならないのみならず,家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り,過去に遡って,その額を形成決定することが許されない理由はなく,所論の如く将来に対する婚姻費用の分担のみを命じ得るに過ぎないと解すべき何らの根拠はない。
 叙上の如く婚姻費用の分担に関する審判は,夫婦の一方が婚姻から生ずる費用を負担すべき義務あることを前提として,その分担額を形成決定するものであるが,右審判はその前提たる費用負担義務の存否を終局的に確定する趣旨のものではない。これを終局的に確定することは正に純然たる訴訟事件であって,憲法八二条による公開法廷における対審及び判決によって裁判さるべきものである。本件においても,かかる費用負担義務そのものに関する争であるかぎり,別に通常訴訟による途が閉されているわけではない。これを要するに,前記家事審判法の審判は,かかる純然たる訴訟事件に属すべき事項を終局的に確定するものではないから,憲法八二条,三二条に反するものではない。
 よって民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
 この裁判は,裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同奥野健一の補足意見,裁判官山田作之助,同横田正俊,同草鹿浅之介,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠の意見(略)があるほか,裁判官全員の一致した意見によるものである。
   昭和四〇年六月三〇日 最高裁裁判長裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同奥野健一,同石坂修一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠

夫婦の同居等夫婦間の協力扶助処分の審判(最決昭和40年6月30日民集19巻4号1089頁)

家事審判法第9条第1項乙類第1号の夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する処分の審判についての規定の合憲性
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり,こけに対して当裁判所は次のように判断する。
 憲法八二条は「裁判の対審及び判決は,公開法廷でこれを行ふ」旨規定する。そして如何なる事項を公開の法廷における対審及び判決によって裁判すべきかについて,憲法は何ら規定を設けていない。むかし,法律上の実体的権利義務自体につき争があり,これを確定するには,公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解する。何故なら,法律上の実体的権利義務自体を確定することが固有の司法権の主たる作用であり,かかる争訟を非訟事件手続または審判事件手続により,決定の形式を以て裁判することは,前記憲法の規定を回避することになり,立法をもってしても許されざるところであると解すべきであるからである。
 家事審判法九条一項乙類は,夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を婚姻費用の分担,財産分与,扶養,遺産分割等の事件と共に,審判事項として審判手続により審判の形式を以て裁判すべき旨規定している。その趣旨とするところは,夫婦同居の義務その他前記の親族法,相続法上の権利義務は,多分に倫理的,道義的な要素を含む身分関係のものであるから,一般訴訟事件の如く当事者の対立抗争の形式による弁論主義によることを避け,先ず当事者の協議により解決せしめるため調停を試み,調停不成立の場合に審判手続に移し,非公開にて審理を進め,職権を以て事実の探知及び必要な証拠調を行わしめるなど,訴訟事件に比し簡易迅速に処理せしめることとし,更に決定の一種である審判の形式により裁判せしめることが,かかる身分関係の事件の処理としてふさわしいと考えたものであると解する。しかし,前記同居義務等は多分に倫理的,道義的な要素を含むとはいえ,法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから,かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によってなすべきものと解せられる(旧人事訴訟手続法〔家事審判法施行法による改正前のもの〕一条一項参照)。従って前記の審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく,これら実体的権利義務の存することを前提として,例えば夫婦の同居についていえば,その同居の時期,場所,態様等について具体的内容を定める処分であり,また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するのが相当である。何故なら,民法は同居の時期,場所,態様について一定の基準を規定していないのであるから,家庭裁判所が後見的立場から,合目的の見地に立って,裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり,かかる裁判こそは,本質的に非訟事件の裁判であって,公開の法廷における対審及び判決によって為すことを要しないものであるからである。すなわち,家事審判法による審判は形成的効力を有し,また,これに基づき給付を命じた場合には,執行力ある債務名義と同一の効力を有するものであることは同法一五条の明定するところであるが,同法二五条三項の調停に代わる審判が確定した場合には,これに確定判決と同一の効力を認めているところより考察するときは,その他の審判については確定判決と同一の効力を認めない立法の趣旨である。そうだとすれば,審判確定後は,審判の形成的効力については争いえないものの,その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではない。従って,同法の審判に関する規定は何ら憲法八二条,三二条に牴触するものとはいい難く,また,これに従ってした原決定にも違憲の廉はない。それ故,違憲を主張する論旨は理由がなく,その余の論旨は原決定の違憲を主張するものではないから,特別抗告の理由にあたらない。
 よって民訴法八九条を適用し,主文のとおり決定する。
 この裁判は,裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同奥野健一の補足意見,裁判官山田作之助,同横田正俊,同草鹿浅之介,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠の意見(略)があるほか,裁判官全員の一致した意見によるものである。
  昭和四〇年六月三〇日 最高裁大法廷裁判長裁判官横田喜三郎,同入江俊郎,同奥野健一,同石坂修一,同山田作之助,同五鬼上堅磐,同横田正俊,同草鹿浅之介,同長部謹吾,同城戸芳彦,同石田和外,同柏原語六,同田中二郎,同松田二郎,同岩田誠

財産分与

財産分与に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

離婚慰謝料と財産付与(最判昭和31年2月21日民集10巻2号124頁)

1,離婚と慰謝料請求権
2,離婚の場合における慰謝料請求権と財産分与請求権との関係
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大西幸馬,同大山菊治の上告理由第一点について。
 論旨は,現行民法においては離婚の場合に離婚をした者の一方は,相手方に対して財産分与の請求ができるから,離婚につき相手方に責任があるの故をもつて,直ちに慰藉料の請求をなし得るものではなく,その離婚原因となつた相手方の行為が,特に身体,自由,名誉等の法益に対する重大な侵害であり不法行為の成立する場合に,損害賠償の請求をなし得るに過ぎないものと解すべきである。しかるに原判決が右と異なる見解をとり慰藉料の請求を認容したのは,慰藉料請求権の本質を曲解した違法があるというに帰する。
 しかしながら,離婚の場合に離婚した者の一方が相手方に対して有する財産分与請求権は,必ずしも相手方に離婚につき有責不法の行為のあつたことを要件とするものではない。しかるに,離婚の場合における慰藉料請求権は,相手方の有責不法な行為によつて離婚するの止むなきに至つたことにつき,相手方に対して損害賠償を請求することを目的とするものであるから,財産分与請求権とはその本質を異にすると共に,必ずしも所論のように身体,自由,名誉を害せられた場合のみに慰藉料を請求し得るものと限局して解釈しなければならないものではない。されば,権利者は両請求権のいずれかを選択して行使することもできると解すべきである。ただ両請求権は互に密接な関係にあり財産分与の額及び方法を定めるには一切の事情を考慮することを要するのであるから,その事情のなかには慰藉料支払義務の発生原因たる事情も当然に斟酌されるべきものであることは言うまでもない。ところで,これを本件について見ると,被上告人は本訴において慰藉料のみの支払を求めているのであつて,すでに財産分与を得たわけではないことはもちろん,慰謝料と共に別に財産分与を求めているものでもない。それ故,所論の理由により慰藉料の請求を許されずとなすべきでないこと明らかであるから,所論は理由がない。

 同第二点について。
 原判決は,本件離婚の原因が,主として上告人の母甲の被上告人に対する冷酷な言動にあった事実を認定し,かつ上告人が夫として破局を防止し得たにかかわらずその努力を怠ったことを理由として上告人に離婚の責任があるとしたに止まらず,上告人が「むしろ母の言動に追随する有様であった」との事実をも併せて認定しているのである。してみれば,所論のように上告人の行為を不作為だけとなすのは当らない。そして,論旨は,現行民法により財産分与請求権が認められた以上,特に重大な権利侵害があった場合でなければ慰謝料請求は許されないとの理論を前提としているが,右理論自体が誤りであることは,第一点について判示したとおりであるから,所論は採るを得ない。なお,論旨中には違憲をいうけれども,その実質は上告人に本件離婚の責任があるとした原判決の実体法規の解釈適用を非難するに帰するので,適法な違憲の主張に当らない。
 その他の論旨は,原審に審理不尽の違法があると主張するに過ぎず,すべて「最高裁における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官島 保 裁判官河村又介,同小林俊三,同本村善太郎

離婚慰藉料と財産分与(最判昭和46年7月23日民集25巻5号805頁)

離婚慰藉料と財産分与との関係
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人吉永嘉吉の上告理由第一点について。
 本件慰謝料請求は,上告人と被上告人との間の婚姻関係の破綻を生ずる原因となった上告人の虐待等,被上告人の身体,自由,名誉等を侵害する個別の違法行為を理由とするものではなく,被上告人において,上告人の有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由としてその損害の賠償を求めるものと解されるところ,このような損害は,離婚が成立してはじめて評価されるものであるから,個別の違法行為がありまたは婚姻関係が客観的に破綻したとしても,離婚の成否が未だ確定しない間であるのに右の損害を知りえたものとすることは相当でなく,相手方が有責と判断されて離婚を命ずる判決が確定するなど,離婚が成立したときにはじめて,離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である。原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定した事実に照らせば,本件訴は上告人と被上告人との間の離婚の判決が確定した後三年内に提起されたことが明らかであって,訴提起当時本件慰謝料請求権につき消滅時効は完成していないものであり,原判決は,措辞適切を欠く部分もあるが,畢竟,右の趣旨により上告人の消滅時効の主張を排斥したものと解されるのであるから,その判断は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について。
離婚における財産分与の制度は,夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配し,かつ,離婚後における一方の当事者の生計の維持をはかることを目的とするものであって,分与を請求するにあたりその相手方たる当事者が離婚につき有責の者であることを必要とはしないから,財産分与の請求権は,相手方の有毒な行為によって離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことに対する慰謝料の請求権とは,その性質を必ずしも同じくするものではない。従って,すでに財産分与がなされたからといって,その後不法行為を理由として別途慰謝料の請求をすることは妨げられないというべきである。もつとも,裁判所が財産分与を命ずるかどうかならびに分与の額及び方法を定めるについては,当事者双方におけるいつさいの事情を考慮すべきものであるから,分与の請求の相手方が離婚についての有毒の配偶者であって,その有責行為により離婚に至らしめたことにつき請求者の被った精神的損害を賠償すべき義務を負うと認められるときには,右損害賠償のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることもできると解すべきである。そして,財産分与として,右のように損害賠償の要素をも含めて給付がなされた場合には,さらに請求者が相手方の不法行為を理由に離婚そのものによる慰謝料の支払を請求したときに,その額を定めるにあたっては,右の趣旨において財産分与がなされている事情をも斟酌しなければならないのであり,このような財産分与によって請求者の精神的苦痛がすべて慰藉されたものと認められるときには,もはや重ねて慰謝料の請求を認容することはできないものと解すべきである。しかし,財産分与がなされても,それが損害賠償の要素を含めた趣旨とは解せられないか,そうでないとしても,その額及び方法において,請求者の精神的苦痛を慰藉するには足りないと認められるものであるときには,すでに財産分与を得たという一事によって慰謝料請求権がすべて消滅するものではなく,別個に不法行為を理由として離婚による慰謝料を請求することを妨げられないものと解するのが相当である。所論引用の判例(最高裁昭和二六年(オ)四六九号同三一年二月二一日判決,民集一〇巻二号一二四頁)は,財産分与を請求しうる立場にあることは離婚による慰謝料の請求を妨げるものではないとの趣旨を示したにすぎないから,前記の見解は右判例に牴触しない。 本件において,原判決の確定したところによれば,さきの上告人と被上告人との間の離婚訴訟の判決は,上告人の責任のある離婚原因をも参酌したうえ,整理タンス一棹,水屋一個の財産分与を命じ,それによって被上告人が右財産の分与を受けたというのであるけれども,原審は,これをもって,離婚によって被上告人の被った精神的損害をすべて賠償する趣旨を含むものであるとは認定していないのである。のみならず,離婚につき上告人を有責と認めるべき原判決確定の事実関係(右離婚の判決中で認定された離婚原因もほぼこれと同様であることが記録上窺われる。)に照らし,右のごとき僅少な財産分与がなされたことは,被上告人の上告人に対する本訴慰謝料請求を許容することの妨げになるものではないと解すべきであり,また,右財産分与の事実を考慮しても,原判決の定めた慰謝料の額をとくに不当とすべき理由はなく,本訴請求の一部を認容した原判決の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官色川幸太郎 裁判官村上朝一,同岡原昌男,同小川信雄

財産分与請求権に基づく債権者代位権行使(最判昭和55年7月11日民集34巻4号628頁)

協議・審判等による具体的内容形成前の財産分与請求権に基づく債権者代位権行使
       主   文
 一 被上告人の上告人甲に対する請求中所有権移転登記の抹消登記手続請求を認容した部分(原判決主文一(一)2)につき原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 二 被上告人の右所有権移転登記の抹消登記手続請求の訴を却下する。
 三 上告人乙の上告及び上告人甲のその余の上告を棄却する。
 四 訴訟の総費用はこれを三分し,その一を被上告人の負担とし,その余を上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人林貞夫の上告理由第一点及び第三点と同第二点のうち債権者代位権に関する部分とについて
離婚によって生ずることあるべき財産分与請求権は,一個の私権たる性格を有するものではあるが,協議あるいは審判等によって具体的内容が形成されるまでは,その範囲及び内容が不確定・不明確であるから,かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使することはできないと解するのが相当である。
 従って,被上告人による上告人甲に対する所有権移転登記の抹消登記手続請求権の代位行使は,その代位原因を欠くものであり,これに関する訴を不適法として却下すべきであるのに,右請求を認容した原判決には,法令の解釈を誤った違法があり,右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。それ故,被上告人の上告人甲に対する請求中所有権移転登記の抹消登記手続請求を認容した部分につき,原判決を破棄し,右請求を棄却した第一審判決を取り消したうえ,右請求部分について訴を却下すべきである。
 同第二点のうち,所有権確認請求に関する部分について
 被上告人の財産分与請求権が先に判示したとおりその範囲及び内容が不明確なものであっても,なお,原判示の事実関係のもとにおいては,被上告人は第一審判決添付目録(一)ないし(五)記載の各物件が上告人乙の所有に属することの確認を求める法的利益を有するものというべきであるから,原判決に所論の違法はない。論旨は,原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず,採用できない。
 同第四点について
 所論の各点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,三八四条,九六条,八九条,九二条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官木下忠良 裁判官栗本一夫,同塚本重頼,同鹽野宜慶,同宮崎梧一

離婚訴訟の財産分与と過去の婚姻費用分担(最判昭和53年11月14日民集32巻8号1529頁)

離婚訴訟における財産分与と過去の婚姻費用分担の態様の斟酌
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人竹下甫,同小山稔の上告理由第一点について
 離婚訴訟において裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべきものであることは民法七七一条,七六八条三項の規定上明らかであるところ,婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならないから,裁判所は,当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる。これと同趣旨の原審の判断は正当として是認でき,その過程に所論の違法はない。論旨は,独自の見解を主張するものにすぎず,採用できない。
 同第二点について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて所論の点についてした原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず,採用できない。
 同第三点について
 原審において所論の乙第一六号証の一ないし四及び同第一七号証の一ないし四につき証拠調べがされていること,また,原判決の事実摘示には右の事実の記載がなく,理由中の判断においても右書証の取捨が明らかにされていないことは,所論のとおりである。しかし,本件記録に徴すると,右書証が所論の点に関する原審の事実認定(これは,原判決挙示の証拠関係に照らして是認ができる。)を左右するものとまでは認められないから,前記の瑕疵は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背に当たらないものというべきである。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官服部高顯 裁判官江里口清雄,同高辻正己

離婚に伴う財産分与と詐害行為(最判昭和58年12月19日民集37巻10号1532頁)

離婚に伴う財産分与と詐害行為
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人中村健太郎,同中村健の上告理由第一点及び第二点について
離婚における財産分与は,夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに,離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが,分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきであるところ,財産分与の額及び方法を定めるについては,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきものであることは民法七六八条三項の規定上明らかであり,このことは,裁判上の財産分与であると協議上のそれであるとによって,なんら異なる趣旨のものではないと解される。従って,分与者が,離婚の際既に債務超過の状態にあることあるいはある財産を分与すれば無資力になるということも考慮すべき右事情のひとつにほかならず,分与者が負担する債務額及びそれが共同財産の形成にどの程度寄与しているかどうかも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解すべきであるから,分与者が債務超過であるという一事によって,相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく,相手方は,右のような場合であってもなお,相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば,分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても,それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り,詐害行為として,債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。
 そこで,右のような見地に立って本件についてみるに,原審の確定したところによれば,(1) 甲は,昭和二二年七月二五日被上告人と婚姻し,昭和三一年から,兵庫県津名郡◇町○番△の土地上の甲の父乙所有の建物でクリーニング業を始めたが,昭和四九年ころからはクリーニング業は被上告人に任せ,自らは不動産業,金融業を始めるようになった,(2) そして,甲は,同年九月一七日上告人と信用組合取引契約を締結し,上告人より手形貸付,手形割引等を受け,更に有限会社寿宝商事あるいは富洋設備という会社を設立して右会社名義においても上告人と信用組合取引契約を結び一時は盛大に事業を行っていたが,昭和五一年一一月手形の不渡を出して倒産するに至った,(3) 被上告人と甲との間には二男三女があるが,甲は,丙と情交関係を結んで子供まで儲けたうえ,多額の負債をかかえて倒産するに及んだので,被上告人は,その精神的苦痛だけではなく,経済的にも自己及び子供の将来が危ぶまれると考えて離婚を決意し,甲と協議の結果,被上告人においてこれまで子供らとともにやって来た家業であるクリーニング業を続けてやって行くことによって二人の子供の面倒をみることとし,その基盤となる本件土地(前記○番△の土地,前同所○番丁の土地の二筆の土地)を慰謝料を含めた財産分与として甲より被上告人に譲渡することになった,(4) そこで,被上告人は,昭和五一年一二月二二日甲と離婚し,本件土地について代物弁済を原因とする被上告人のための所有権移転登記がなされた,(5) 本件土地のうち,○番△の土地は,昭和三五年ころ家業のクリーニング業の利益で買って昭和五一年五月三一日所有権移転登記手続をしたものであり,○番丁の土地は,昭和四三年六月ころ同じくクリーニング業の利益で取得したものであって,いずれも甲の不動産業とは関係なく取得したものである,(6) 被上告人らが住みクリーニング業を営んでいた家屋は,乙の所有であって○番△の土地上にあったが,室津川の河川改修のため兵庫県より立退きを迫られ,本件土地の一部は国に売却し,一部は他人の所有地と交換したため,結局被上告人は,分筆後の○番丁の土地と交換により取得した前同所戊番fの土地を所有することになった,(7) そこで,被上告人は,昭和五二年三月前記家屋を取り毀し,同年一一月ころ右両土地上に本件建物を代金一九〇〇万円で建築し,同年一二月一日被上告人名義に所有権保存登記をしたが,被上告人は,右建築代金のみならず,設計料及び旧家屋取毀費用もすべて自ら完済しているので,本件建物は建築の当初から被上告人の所有に属しているものである,(8) 本件土地は甲の唯一の不動産ではないが,同人所有の不動産であって上告人のために担保として提供されている財産はごく僅かな価値しかないため,唯一に近い不動産であり,その価格は約九八九万円であるが,被上告人は○番△の土地に対する根抵当権を抹消するため約五三六万円を支払った,というのであり,原審の右事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし肯認できる。
そして,右の事実関係のもとにおいて,本件土地は被上告人の経営するクリーニング店の利益から購入したものであり,その土地取得についての被上告人の寄与は甲のそれに比して大であって,もともと被上告人は実質的に甲より大きな共有持分権を本件土地について有しているものといえること,被上告人と甲との離婚原因は同人の不貞行為に基因するものであること,被上告人にとっては本件土地は従来から生活の基盤となってきたものであり,被上告人及び子供らはこれを生活の基礎としなければ今後の生活設計の見通しが立て難いこと,その他婚姻期間,被上告人の年齢などの諸般の事情を考慮するとき,本件土地が甲にとって実質的に唯一の不動産に近いものであることを斟酌してもなお,被上告人に対する本件土地の譲渡が離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として相当なものということができるから,これを詐害行為にあたるとすることができないとした原審の判断は,正当として是認でき,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 同第三点について
 被上告人に対する本件土地の譲渡が詐害行為にあたるとすることができないとした原審の認定判断が正当として是認できるものであることは,前記に判示するとおりであるから,論旨は,畢竟,原判決の傍論部分の不当をいうものにすぎず,採用できない。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官宮崎梧一 裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同大橋 進,同牧 圭次

離婚請求と財産付与との関係(最判平成16年6月3日家月57巻1号123頁)

ア離婚の訴えの原因事実による損害賠償請求の反訴提起及び訴えに附帯してする財産分与の申立てについての控訴審での相手方の同意は必要か
イ原審口頭弁論終結までに離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合上訴審が原審の判断中同申立てに係る部分の違法を理由に原判決を破棄・取り消し事件を原審に差し戻す場合の離婚請求をも差し戻すべきか
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人大野博昭の上告受理申立て理由第1について
 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
 被上告人が上告人に対して離婚を求める訴訟を提起したところ,第1審判決は,被上告人の請求を認容した。上告人は,第1審判決を不服として控訴を提起し,原審において,上記離婚の請求が認容されることを条件として,予備的に,慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払を求める反訴の提起並びに財産分与及びこれに対する遅延損害金の支払を求める申立てをしたが,被上告人は,この予備的な反訴の提起及び申立てについて同意をしなかった。
 2 原審は,上告人の控訴を棄却するとともに,上告人の上記予備的な反訴の提起及び申立てについては,相手方である被上告人の同意がなく,不適法であるとして,その訴え及び申立てを却下した。
 3 しかしながら,原審の上記判断のうち,上記予備的な反訴請求に係る訴え及び申立てを却下した部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

離婚の訴えの原因である事実によって生じた損害賠償請求の反訴の提起及び離婚の訴えに附帯してする財産分与の申立てについては,人事訴訟手続法8条の規定の趣旨により,控訴審においても,その提起及び申立てについて相手方の同意を要しないものと解すべきである(最高裁昭和41年(オ)第972号同年12月23日第三小法廷判決・裁判集民事85号869頁,最高裁昭和56年(オ)第1087号同58年3月10日第一小法廷判決・裁判集民事138号257頁参照)。なお,当審係属後に,人事訴訟法(平成15年法律第109号。平成16年4月1日施行)が制定,施行され,人事訴訟手続法は人事訴訟法附則2条の規定により廃止されたが,上記予備的な反訴の提起及び申立ての適否については,同法附則3条ただし書の規定により,人事訴訟手続法8条の規定(その内容は,人事訴訟法18条の規定の内容と同旨である。)によって判断されるべきものである。

 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
 そして,人事訴訟法32条1項(同法附則3条本文,8条参照)は,家庭裁判所が審判を行うべき事項とされている財産分与の申立て(家事審判法9条1項乙類5号)につき,手続の経済と当事者の便宜とを考慮して,訴訟事件である離婚の訴えに附帯して申し立てることを認め,両者を同一の訴訟手続内で審理判断し,同時に解決することができるようにしたものである。したがって,原審の口頭弁論の終結に至るまでに離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合において,上訴審が,原審の判断のうち財産分与の申立てに係る部分について違法があることを理由に原判決を破棄し,又は取り消して当該事件を原審に差し戻すとの判断に至ったときには,離婚請求を認容した原審の判断に違法がない場合であっても,財産分与の申立てに係る部分のみならず,離婚請求に係る部分をも破棄し,又は取り消して,共に原審に差し戻すこととするのが相当である。

 以上のとおりであるから,上記予備的反訴請求及び予備的申立てに係る部分はもとより,本訴請求部分も含めて原判決を全部破棄して,慰謝料及び財産分与の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官泉 徳治 裁判官 横尾和子,同甲斐中辰夫,同島田仁郎,同才口千晴

財産分与契約における課税負担についての動機の錯誤(最判平成元年9月14日家月41巻11号75頁)

協議離婚に伴う財産分与契約をした分与者の課税負担の錯誤に係る動機が意思表示の内容をなしたとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人菅原信夫,國生肇の上告理由二について
一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人は,昭和三七年六月一五日被上告人と婚姻し,二男一女をもうけ,東京都新宿区市谷砂土原町所在の第一審判決別紙物件目録二記載の建物一以下「本件建物」という。一に居住していたが,勤務先銀行の部下女子職員と関係を生じたことなどから,被上告人が離婚を決意し,昭和五九年一一月上告人にその旨申し入れた。
 2 上告人は,職業上の身分の喪失を懸念して右申入れに応ずることとしたが,被上告人は,本件建物に残って子供を育てたいとの離婚条件を提示した。
 3 そこで,上告人は,右女子職員と婚姻して裸一貫から出直すことを決意し,被上告人の意向にそう趣旨で,いずれも自己の特有財産に属する本件建物,その敷地である前記物件目録一記載の土地及び右地上の同目録三記載の建物(以下,これらを併せて「本件不動産」という。)全部を財産分与として被上告人に譲渡する旨約し(以下「本件財産分与契約」という。),その旨記載した離婚協議書及び離婚届に署名捺印して,その届出手続及び右財産分与に伴う登記手続を被上告人に委任した。
4 被上告人は,右委任に基づき,昭和五九年一一月二四日離婚の届出をするとともに,同月二九日本件不動産につき財産分与を原因とする所有権移転登記を経由し,上告人は,その後本件不動産から退去して前記女子職員と婚姻し一男をもうけた。
 5 本件財産分与契約の際,上告人は,財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたが,上告人に課税されることは話題にならなかったところ,離婚後,上告人が自己に課税されることを上司の指摘によって初めて知り,税理士の試算によりその額が二億二二二四万余円であることが判明した。
二 上告人は,本件財産分与契約の際,これより自己に譲渡所得税が課されないことを合意の動機として表示したものであり,二億円を超える課税がされることを知っていたならば右意思表示はしなかったから,右契約は要素の錯誤により無効である旨主張して,被上告人に対し,本件不動産のうち,本件建物につき所有権移転登記の抹消登記手続を求め,被上告人において,これを争い,仮に要素の錯誤があったとしても,上告人の職業,経験,右契約後の経緯等からすれば重大な過失がある旨主張した。原審は,これに対し,前記一の事実関係に基づいて次のような判断を示し,上告人の請求を棄却した第一審判決を維持した。
 1 離婚に伴う財産分与として夫婦の一方が他方に対してする不動産の譲渡が譲渡所得税の対象となることは判例上確定した解釈であるところ,分与者が,分与に伴い自己に課税されることを知らなかったため,財産分与契約において課税につき特段の配慮をせず,その負担についての条項を設けなかったからといって,かかる法律上当然の負担を予期しなかったことを理由に要素の錯誤を肯定することは相当でない。
 2 本件において,前示事実関係からすると,上告人が本件不動産を分与した場合に前記のような高額の租税債務の負担があることをあらかじめ知っていたならば,本件財産分与契約とは異なる内容の財産分与契約をしたこともあり得たと推測されるが,右課税の点については,上告人の動機に錯誤があるにすぎず,同人に対する課税の有無は当事者間において全く話題にもならなかったのであって,右課税のないことが契約成立の前提とされ,上告人においてこれを合意の動機として表示したものとはいえないから,上告人の錯誤の主張は失当である。
三 しかしながら,右判断はにわかに是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには,その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり,もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ(最高裁昭和二七年(オ)第九三八号同二九年一一月二六日第二小法廷判決・民集八巻一一号二〇八頁,昭和四四年(オ)第八二九号同四五年五月二九日第二小法廷判決・裁判集民事九九号二七三頁参照),右動機が黙示的に表示されているときであっても,これが法律行為の内容となることを妨げるものではない。
本件についてこれをみると,所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものであり,夫婦の一方の特有財産である資産を財産分与として他方に譲渡することが右「資産の譲渡」に当たり,譲渡所得を生ずるものであることは,当裁判所の判例(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁,昭和五一年(行ツ)第二七号同五三年二月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一二三号七一頁)とするところであり,離婚に伴う財産分与として夫婦の一方かその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には,分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。したがって,前示事実関係からすると,本件財産分与契約の際,少なくとも上告人において右の点を誤解していたものというほかはないか,上告人は,その際,財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたというのであり,記録によれば,被上告人も,自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうとすれば,上告人において,右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず,他に特段の事情かない限り,自己に課税されないことを当然の前提とし,かつ,その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして,前示のとおり,本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり,これに伴う課税も極めて高額にのぼるから,上告人とすれば,前示の錯誤かなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。上告人に課税されることが両者間で話題にならなかったとの事実も,上告人に課税されないことが明示的には表示されなかったとの趣旨に解されるにとどまり,直ちに右判断の妨げになるものではない。

 以上によれば,右の点について認定判断することなく,上告人の錯誤の主張が失当であるとして本訴請求を棄却すべきものとした原判決は,民法九五条の解釈適用を誤り,ひいて審理不尽,理由不備の違法を犯すものというべく,右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,この点をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,要素の錯誤の成否,上告人の重大な過失の有無について更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,その余の論旨に対する判断を省略し,民訴四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎,同佐藤哲郎,同四ツ谷 巖,同大堀誠一

離婚訴訟における財産分与と不利益変更禁止(最判平成2年7月20日民集44巻5号975頁)

離婚訴訟における財産分与の裁判と不利益変更禁止
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大坪憲三,同石川雅康の上告理由について
 所論は,要するに,原審において財産分与の額について被上告人(被控訴人)から不服の申立がないのに,原審が第一審判決を上告人(控訴人)の不利益に変更したのは,民訴法三八五条に規定する不利益変更禁止の原則に反して違法であるというものである。
しかしながら,人事訴訟手続法一五条一項の規定により離婚の訴えにおいてする財産分与の申立については,裁判所は申立人の主張に拘束されることなく自らその正当と認めるところに従って分与の有無,その額及び方法を定めるべきものであって,裁判所が申立人の主張を超えて有利に分与の額等を認定しても民訴法一八六条の規定に違反するものではない。したがって,第一審判決が一定の分与の額等を定めたのに対し,申立人の相手方のみが控訴の申立をした場合においても,控訴裁判所が第一審の定めた分与の額等が正当でないと認めたときは,第一審判決を変更して,控訴裁判所の正当とする額等を定めるべきものであり,この場合には,いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。原判決に所論の違法はなく,右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は,その前提を欠く。論旨は,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 同第二点について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島 昭,同中島敏次郎

財産分与金の支払債権と取戻権(最判平成2年9月27日家月43巻3号64頁)

財産分与金の支払債権と取戻権
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人南谷幸久,同南谷信子の上告理由について
 離婚における財産分与として金銭の支払を命ずる裁判が確定し,その後に分与者が破産した場合において,右財産分与金の支払を目的とする債権は破産債権であって,分与の相手方は,右債権の履行を取戻権の行使として破産管財人に請求することはできないと解するのが相当である。けだし,離婚における財産分与は,分与者に属する財産を相手方へ給付するものであるから,金銭の支払を内容とする財産分与を命ずる裁判が確定したとしても,分与の相手方は当該金銭の支払を求める債権を取得するにすぎず,右債権の額に相当する金員が分与の相手方に当然帰属するものではないからである。

 そうすると,右と同旨の見解に基づいて,上告人の破産管財人に対する財産分与金の支払請求を棄却した原審の判断は,正当として是認することができ,右判断に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は,その前提を欠く。論旨は,畢竟,独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官大内恒夫 裁判官 角田禮次郎,同四ツ谷巖,同大堀誠一,同橋元四郎平

財産分与・慰謝料と詐害行為取消(最判平成12年3月9日民集54巻3号1013頁)

ア離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意が詐害行為に該当する場合の取消しの範囲
イ離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意と詐害行為取消権
       主   文
 原判決中被上告人の予備的請求に関する部分を破棄する。
 右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 第一 上告代理人柴田龍彦の上告理由第一の四について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 第二 同第一の一ないし三について
 一 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人は,乙に対し,平成三年五月一五日に貸し付けた貸金債権を有し,これにつき,乙から被上告人に六〇〇五万九七一四円及び内金五九二八万一三九六円に対する平成四年二月一四日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払うべき旨の確定判決を得ている。
 2 乙は,丙工業株式会社(以下「訴外会社」という。)の取締役であったところ,多額の負債を抱えて借入金の利息の支払にも窮し,平成四年一月,訴外会社の取締役を退任し,収入が途絶え,無資力となった。
 3 上告人と乙は,平成二年一〇月ころから同居し,平成三年一〇月五日,婚姻の届出をしたが,乙は,働かずに飲酒しては上告人に暴力を振るうようになり,平成六年六月一日,上告人と協議離婚した。
 4 上告人と乙は,他の債権者を害することを知りながら,平成六年六月二〇日,乙が上告人に対し,生活費補助として同月以降上告人が再婚するまで毎月一〇万円を支払うこと及び離婚に伴う慰謝料として二〇〇〇万円を支払うことを約し(以下「本件合意」という。),これに基づき,執行認諾文言付きの慰謝料支払等公正証書が作成された。
 5 被上告人は,乙に対する前記確定判決に基づき,大阪地方裁判所に対し,前記貸金債権の内金五〇〇万円を請求債権として,乙の訴外会社にする給料及び役員報酬債権につき差押命令を申し立て,同裁判所は,平成七年八月二三日,差押命令を発した。
 上告人は,乙に対する前記公正証書に基づき,大阪地方裁判所に対し,生活費補助二二〇万円及び慰謝料二〇〇〇万円の合計二二二〇万円を請求債権として,乙の訴外会社に対する給料及び役員報酬債権につき差押命令を申し立て,同裁判所は,平成八年四月一八日,差押命令を発した。
 6 訴外会社は,平成八年六月二四日,大阪法務局に二六一万〇四三三円を供託した。
 7 大阪地方裁判所は,上告人と被上告人の各配当額を各請求債権額に応じて案分して定めた配当表(以下「本件配当表」という。)を作成したところ,被上告人は,配当期日において,異議の申出をした。
 二 本訴において,被上告人は,主位的請求として,本件合意が通謀虚偽表示により無効であるとして,本件配当表につき,全額を被上告人に配当するよう変更することを求め,予備的請求として,詐害行為取消権に基づき,上告人と乙との間の本件合意を取り消し,本件配当表を同様に変更することを求めた。
 三 第一審は,本件合意は通謀虚偽表示により無効であるとして,主位的請求を認容した。これに対して,原審は,本件合意が通謀虚偽表示であるとはいえないが,本件合意における生活費補助及び慰謝料の額は,その中に財産分与的要素が含まれているとみても不相当に過大であって,財産分与に仮託してされたものであり,詐害行為に該当するとして,予備的請求を認容した(原判決主文は,単に控訴を棄却するというものであるが,これは,主位的請求につき第一審判決を取り消して請求を棄却し,予備的請求につきこれを認容して第一審判決と同じ主文を言い渡す趣旨のものと解される。)。
 四 しかし,原審の右判断のうち予備的請求に関する部分は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 本件合意は,乙が上告人に対し,扶養的財産分与の額を毎月一〇万円と定めてこれを支払うこと及び離婚に伴う慰謝料二〇〇〇万円の支払義務があることを認めてこれを支払うことを内容とするものである。
 2 離婚に伴う財産分与は,民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り,詐害行為とはならない(最高裁昭和五七年(オ)第七九八号同五八年一二月一九日判決・民集三七巻一〇号一五三二頁)。このことは,財産分与として金銭の定期給付をする旨の合意をする場合であっても,同様と解される。
 そして離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意がされた場合において,右特段の事情があるときは,不相当に過大な部分について,その限度において詐害行為として取り消されるべきものと解するのが相当である。
 3 離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意は,配偶者の一方が,その有責行為及びこれによって離婚のやむなきに至ったことを理由として発生した損害賠償債務の存在を確認し,賠償額を確定してその支払を約する行為であって,新たに創設的に債務を負担するものとはいえないから,詐害行為とはならない。しかし,当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは,その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については,慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから,詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。
 4 これを本件について見ると,上告人と乙との婚姻の期間,離婚に至る事情,乙の資力等から見て,本件合意はその額が不相当に過大であるとした原審の判断は正当であるが,この場合においては,その扶養的財産分与のうち不相当に過大な額及び慰謝料として負担すべき額を超える額を算出した上,その限度で本件合意を取り消し,上告人の請求債権から取り消された額を控除した残額と,被上告人の請求債権の額に応じて本件配当表の変更を命じるべきである。これと異なる見解に立って,本件合意の全部を取り消し得ることを前提として本件配当表の変更を命じた原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり,原判決中被上告人の予備的請求に関する部分は破棄を免れない。
 第三 さらに,職権をもって判断するに,被上告人の予備的請求につき,主文において本件合意を取り消すことなく詐害行為取消しの効果の発生を認め,本件配当表の変更の請求を認容すべきものとした原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決中被上告人の予備的請求に関する部分は,この点においても破棄を免れない。
 第四 結論
 以上のとおりであるから,原判決中被上告人の予備的請求に関する部分を破棄し,右部分については,本件合意のうち取り消すべき範囲及びこれに基づく配当表の変更につき,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同井嶋一友,同大出峻郎

子ども

 子どもに関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

離婚判決の際,親権者の指定と別に子の監護者を指定しない場合と監護費用の支払命令(最判平成元年12月11日民集43巻12号1763頁)

離婚判決の際,親権者の指定と別に子の監護者を指定しない場合と監護費用の支払命令
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高荒敏明,同山田雅康の上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認でき,その過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 同第二点について
人事訴訟手続法一五条一項は,裁判上の離婚に際し,子の監護をすべき者その他子の監護につき必要な事項を定めるものとしている民法七七一条,七六六条一項の規定を受け,裁判所が,申立により離婚訴訟の判決で右の事項を定めることができるものとしている。そして,民法の右条項は,子の監護をする父母の一方がその親権者に指定されると否とにかかわらず,父母の他方が子の監護に必要な費用を分担するなどの子の監護に必要な事項を定めることを規定しているものと解すべきである。従って,離婚訴訟において,裁判所は,離婚請求を認容するに際し,子を監護する当事者をその親権者に指定すると否とにかかわらず,申立により,子の監護に必要な事項として,離婚後子の監護をする当事者に対する監護費用の支払を他方の当事者に命ずることができるものと解するのが相当である。原審が,被上告人の本件離婚請求を認容するに際し,被上告人と上告人との間の二男直紀の親権者を被上告人と定めるとともに,後記のとおり取り下げられた部分を除き,原判決確定の日(本判決言渡の日)の翌日から直紀が成年に達するまでの間の養育費の支払を上告人に対して求める被上告人の申立につき,直紀の監護費用の支払の申立としてその支払を命じた点に所論の違法はない。所論引用の判例は,本件と事案を異にする。論旨は採用することができない。
 なお,被上告人は当審において,原判決主文第一項に関する申立のうち,原判決確定の日(本判決言渡の日)までの二男直紀の養育費の支払を求める部分を取り下げたので,原判決はその限度で失効し,その主文第一項中「昭和六〇年二月一日から昭和六七年四月一三日まで」とあるのは,「本判決確定の日の翌日から平成四年四月一三日まで」と変更された。
 よつて,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
     最高裁裁判長裁判官藤島 昭 裁判官島谷六郎,同香川保一,同奧野久之 裁判官牧圭次は,退官につき署名押印することができない。 裁判長裁判官  藤島 昭

離婚判決と別居後離婚までの間の子の監護費用の支払(最判平成9年4月10日民集51巻4号1972頁)

離婚判決と別居後離婚までの間の子の監護費用の支払
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人伊藤伴子の上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用することができない。
 同第二点について
 離婚の訴えにおいて,別居後単独で子の監護に当たっている当事者から他方の当事者に対し,別居後離婚までの期間における子の監護費用の支払を求める旨の申立てがあった場合には,裁判所は,離婚請求を認容するに際し,民法七七一条,七六六条一項を類推適用し,人事訴訟手続法一五条一項により,右申立てに係る子の監護費用の支払を命ずることができるものと解するのが相当である。けだし,民法の右規定は,父母の離婚によって,共同して子の監護に当たることができなくなる事態を受け,子の監護について必要な事項等を定める旨を規定するものであるところ,離婚前であっても父母が別居し共同して子の監護に当たることができない場合には,子の監護に必要な事項としてその費用の負担等にいての定めを要する点において,離婚後の場合と異なるところがないのであって,離婚請求を認容するに際し,離婚前の別居期間中における子の監護費用の分担についても一括して解決するのが,当事者にとって利益となり,子の福祉にも資するからである。

 被上告人の本件申立てに係る養育費とは,右にいう監護費用の趣旨であると解されるところ,原審が,被上告人の本件離婚請求を認容するに際し,被上告人の申立てに基づき「同人と上告人との間の長女甲(平成元年三月生まれ)の監護に関して,離婚の裁判が確定する日(本判決言渡しの日)の翌日から甲が成年に達する平成二一年三月までの間の監護費用のみなりず,上告人と被上告人が別居し,被上告人が単独で甲の監護に当たるようになった後の平成四年一月から右裁判確定の日までの間の監護費用の支払をも上告人に命じた点に,所論の違法はない。原審の右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄,同高橋久子,同井嶋一友,同藤井正雄

非親権者の親の面接交渉と憲法13条(最決昭和59年7月6日家月37巻5号35頁)

非親権者の親と子の面接交渉と憲法13条
       主   文
 本件抗告を却下する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告理由について
  所論は,協議上の離婚をした際に長女の親権者とされなかつた同女の父である抗告人に同女と面接交渉させることは,同女の福祉に適合しないとして面接交渉を認めなかつた原決定は,憲法一三条に違反すると主張するが,その実質は,家庭裁判所の審判事項とされている子の監護に関する処分について定める民法七六六条一項又は二項の解釈適用の誤りをいうものにすぎず,民訴法四一九条ノ二所定の場合にあたらないと認められるから,本件抗告を不適法として却下し,抗告費用は抗告人に負担させることとし,主文のとおり決定する。
最高裁裁判長裁判官大橋 裁判官進 木下忠良,同鹽野宜慶,同牧 圭次,同島谷六郎

破綻別居中の面接交渉(最決平成12年5月1日民集54巻5号1607頁)

破綻別居中の面接交渉
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。
       理   由
 抗告代理人樋口明男,同大脇久和,同太田吉彦の抗告理由について
父母の婚姻中は,父母が共同して親権を行い,親権者は,子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負うものであり(民法八一八条三項,八二〇条),婚姻関係が破綻して父母が別居状態にある場合であっても,子と同居していない親が子と面接交渉することは,子の監護の一内容であるということができるそして,別居状態にある父母の間で右面接交渉につき協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所は,民法七六六条を類推適用し,家事審判法九条一項乙類四号により,右面接交渉について相当な処分を命ずることができると解するのが相当である。そうすると,原審の判断は,右と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
最高裁裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官遠藤光男,同井嶋一友,同大出峻郎,同町田 顯

母の監護下2歳児を別居中の共同親権者父が有形力の連れ去りの違法(最決平成17年12月6日刑事判例集59巻10号1901頁)

母の監護下にある2歳の子を別居中の共同親権者である父が有形力を用いて連れ去った略取行為につき違法性が阻却されない
       主   文
 本件上告を棄却する。
       理   由
 弁護人山谷澄雄の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論にかんがみ,未成年者略取罪の成否について,職権をもって検討する。
 1 原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりであると認められる。
 (1)被告人は,別居中の妻である乙が養育している長男丙(当時2歳)を連れ去ることを企て,平成14年11月22日午後3時45分ころ,Y市内の保育園の南側歩道上において,乙の母である丁に連れられて帰宅しようとしていた丙を抱きかかえて,同所付近に駐車中の普通乗用自動車に丙を同乗させた上,同車を発進させて丙を連れ去り,丙を自分の支配下に置いた。
 (2)上記連れ去り行為の態様は,丙が通う保育園へ乙に代わって迎えに来た丁が,自分の自動車に丙を乗せる準備をしているすきをついて,被告人が,丙に向かって駆け寄り,背後から自らの両手を両わきに入れて丙を持ち上げ,抱きかかえて,あらかじめドアロックをせず,エンジンも作動させたまま停車させていた被告人の自動車まで全力で疾走し,丙を抱えたまま運転席に乗り込み,ドアをロックしてから,丙を助手席に座らせ,丁が,同車の運転席の外側に立ち,運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり,窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず,自車を発進させて走り去ったというものである。
 被告人は,同日午後10時20分ころ,青森県東津軽郡平内町内の付近に民家等のない林道上において,丙と共に車内にいるところを警察官に発見され,通常逮捕された。
 (3)被告人が上記行為に及んだ経緯は次のとおりである。
 被告人は,乙との間に丙が生まれたことから婚姻し,東京都内で3人で生活していたが,平成13年9月15日,乙と口論した際,被告人が暴力を振るうなどしたことから,乙は,丙を連れて青森県八戸市内の乙の実家に身を寄せ,これ以降,被告人と別居し,自分の両親及び丙と共に実家で暮らすようになった。被告人は,丙と会うこともままならないことから,丙を乙の下から奪い,自分の支配下に置いて監護養育しようと企て,自宅のある東京から丙らの生活する八戸に出向き,本件行為に及んだ。
 なお,被告人は,平成14年8月にも,知人の女性に丙の身内を装わせて上記保育園から丙を連れ出させ,ホテルを転々とするなどした末,9日後にX県下において未成年者略取の被疑者として逮捕されるまでの間,丙を自分の支配下に置いたことがある。
 (4)乙は,被告人を相手方として,夫婦関係調整の調停や離婚訴訟を提起し,係争中であったが,本件当時,丙に対する被告人の親権ないし監護権について,これを制約するような法的処分は行われていなかった。
 2 以上の事実関係によれば,被告人は,丙の共同親権者の1人である乙の実家において乙及びその両親に監護養育されて平穏に生活していた丙を,祖母の丁に伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り,保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから,その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり,被告人が親権者の1人であることは,その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年(あ)第805号同15年3月18日決定・刑集57巻3号371頁参照)。
 本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者である乙の下から丙を奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,丙の監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,丙が自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば,本件行為につき,違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は,正当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,主文のとおり決定する。
 この決定は,裁判官今井功の補足意見,裁判官滝井繁男の反対意見(略)があるほか,裁判官全員一致の意見によるものである。
 最高裁裁判長裁判官滝井繁男,裁判官津野 修,同今井 功,同中川了滋,同古田佑紀

夫婦一方の他方に対する人身保護法命令〈幼児の引渡〉(最判平成5年10月19日民集47巻8号5099頁)

夫婦の一方が他方に対して人身保護法に基づき幼児の引渡しを請求する場合と拘束の顕著な違法性
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を神戸地方裁判所に差し戻す
       理   由
 上告代理人神矢三郎の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
  1 上告人P田X男(拘束者)と被上告人(請求者)は昭和六三年二月一七日に婚姻し,同人らの間には同年七月一七日被拘束者P田H子が,平成元年七月一一日被拘束者P田L美が出生した。右上告人・被上告人夫婦は,平成二年に県営住宅(被上告人肩書住所地)に転居し同所で生活していたが,夫婦関係は次第に円満を欠くようになり,上告人X男は平成四年八月一二日,被拘束者らを連れて岡山県の伯母の家に墓参に行き,帰途そのまま,被拘束者らと共に上告人X男の実家である上告人P田道夫(拘束者,上告人X男の父)宅で生活するようになった。
 被上告人は,平成四年九月一日,その母と共に上告人道夫宅に赴いて被拘束者らの引渡しを求めたが,これを拒否されたため被拘束者らを連れ出したところ,追いかけてきた上告人道夫及び同P田豊子(拘束者,上告人X男の母)と路上で被拘束者らの奪い合いとなり,結局,被拘束者らは右上告人らによって上告人道夫宅に連れ戻された。
 被上告人は,平成四年九月末ころ,神戸家庭裁判所に対して上告人X男との離婚を求める調停を申し立てたが,親権者の決定等について協議が整わず,右調停は不調に終わった。
  2 上告人らの被拘束者らに対する監護状況及び上告人側の事情
 被拘束者らの日常の世話は主に上告人豊子がしている。上告人道夫宅(上告人ら肩書住所地)は平屋で,三畳,四畳,六畳の三部屋のほか,台所,風呂等の設備がある。その近くには神社の広い境内があり,被拘束者らは外で近所の子供らと遊ぶことも多く,健康状態は良好である。被拘束者らは,両親の微妙な関係を理解しているらしく,上告人らの面前で被上告人のことを口にすることはない。
 上告人X男は,なるべく午後六時には帰宅するようにして被拘束者らとの接触を努め,被拘束者らと一緒に夕食をとるようにするなどしている。上告人らは,愛情ある態度で被拘束者らに接しており,今後も被拘束者らを養育することを望んでいる。
 上告人X男,同道夫は,上告人X男の伯父(上告人道夫の兄)が経営するP田設備工業所に勤務して配管の仕事に従事し,上告人X男は約四〇万円,同道夫は約三〇万円の月収を得ている。なお,上告人X男の伯父には子供がいないので,将来は上告人X男が伯父の右事業を継ぐ可能性がある。
  3 被上告人側の事情
 被上告人が居住する前記県営住宅(約八〇㎡)は上告人X男名義で賃借しているが,離婚した場合でも,被上告人に居住が許可される見通しである。被上告人の両親は,右県営住宅から徒歩五分くらいの所に被上告人の兄と共に居住しているが,両親の住宅は二丁Kの広さであるため,被上告人は実家に戻ることを考えていない。
 被上告人は,平成四年一〇月から近くの外食店でアルバイトをしている。時給七五〇円で,月収は一〇万ないし一二万円程度になるが,生活費に三,四万円不足するので,不足分は被上告人の両親が援助している。
 被上告人の父(五八歳)は,鉄工所に勤務して月額約四〇万円の給与を受けているところ,定年(六〇歳)後も嘱託としてその勤務を継続することを考えている。被上告人の母は,三日に一回の割合でホテルの受付係として勤務し,約一六万円の月収を得ている。
 被拘束者らを引き取った場合,被上告人は,被拘束者らが幼稚園に通うようになるまでは育児に専念し,被上告人の両親は,その間の生活費を援助及びその他の協力をすることを約束している。
 二 原審は,被拘束者らのように三,四歳の幼児は,母親がその監護・養育をする適格性,育児能力等に著しく欠けるなど特段の事情がない限り,父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であり,子の福祉に適うものとする前提に立った上で,前記事実関係の下において,(1)被拘束者らに対する愛情,監護意欲,居住環境の点で被上告人と上告人らとの間に大差は認められないが,上告人X男は仕事のため夜間及び休日しか被拘束者らと接触する時間がないのに対し,被上告人は被拘束者らが幼稚園に通うようになるまで育児に専念する考えを持っていることからすれば,被拘束者らは,被上告人の下で監護・養育される方がその福祉に適する,(2)経済的な面で被上告人の自活能力は十分でないが,被上告人の両親が援助を約束していることからすれば,上告人側と比べて幾分劣るとはいえさしたる違いはないとし,本件においては,被拘束者らを被上告人の下で養育することが被拘束者らの福祉に適うものと考えられるから,本件拘束(上告人らが被拘束者らを監護・養育していることをいう,以下同じ)には顕著な違法性があるといわざるを得ないと判断して,被上告人の本件人身保護請求を認容した。
 なお,原審は,被上告人はアルコール漬けの状態で被拘束者らを養育するのに適していない旨の上告人らの主張に対し,確かに,被上告人は本件拘束に至るまで幾分飲酒の機会,量とも多かったが,そのため被拘束者らの養育に支障を来す状態に至っているとは認められず,また,被拘束者らを引き取ることになれば,自戒してその監護・養育に当たるのを期待することができるので,被上告人が被拘束人らを監護・養育するのを不適当とする特段の事情があるとはいえない旨判示している。
 三 しかしながら,本件拘束に顕著な違法性があるものとした原審の右判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  1 夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し,人身保護法に基づき,共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には,夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め,その請求の許否を決すべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁)。そして,この場合において,拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)ということができるためには,右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも,請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの,いいかえれば,拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。けだし,夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には,夫婦の一方による右幼児に対する監護は,親権に基づくものとして,特段の事情がない限り,適法というべきであるから,右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには,右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである。

  2 これを本件についてみるのに,原審の確定した事実関係によれば,被拘束者らに対する愛情,監護意欲及び居住環境の点において被上告人と上告人らとの間には大差がなく,経済的な面では被上告人は自活能力が十分でなく上告人らに比べて幾分劣る,というのである。そうだとすると,前示したところに照らせば,本件においては,被拘束者らが上告人らの監護の下に置かれるよりも,被上告人に監護されることがその幸福に適することが明白であるということはできない。換言すれば,上告人らが被拘束者らを監護することがその幸福に反することが明白であるということはできないのである。結局,原審は,右に判示した点を十分に認識して検討することなく,単に被拘束者らのように三,四歳の幼児にとっては父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であるということから,本件拘束に顕著な違法性があるとしたものであって,右判断には人身保護法二条,人身保護規則四条の解釈適用を誤った違法があり,右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

 四 以上によれば,論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れず,前記認定事実を前提とする限り,被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ,本件については,幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり,この点をも考慮すると,前記説示するところに従い,原審において改めて審理判断させるのを相当と認め,これを原審に差し戻すこととする。
 よって,人身保護規則四六条,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官可部恒雄,同園部逸夫の補足意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。



裁判官可部恒雄の補足意見は,次のとおりである。

 一 人身保護法の母国であるイギリスにおいて,またこれを継受したアメリカにおいて,父母の間で幼児の監護権が争われた場合に,判例は,父母の何れに監護させるのが子にとって真の幸福となるかという観点から監護権の帰属を決定してきた,とされる。監護権を決定するについては,正しく正当な判断基準とすべきであろう。
 これに対し,実定法としての人身保護法及び人身保護規則を有するわが国において,共に親権者である夫婦(父母)の一方が他方のそれを排除して幼児を監護している場合に,その監護(拘束)が人身保護法二条にいう「法律上正当な手続によらない」ものであるか否かを,右の観点から決するのは,文理に副わない憾みを免れない。
 しかし,判例を振り返ってみると,最高裁は当初からこれを肯定していることを知ることができる。昭和二四年一月一八日判決がそれである。この判決は,原審が人身保護法の適用につき,「法律上正当な手続によらないで」といえるか否かの判断を,「その拘束が……実質的に不当であるか否か」を考量して決すべきものとしたのを維持した上,妻が幼児を「かりに暴力で奪ったという事実があったとしても,今日母の膝下に平穏に養育せられている状態が……子供のために,むしろ,幸福であるとしたならば,その暴力行為に対する刑事上の問題はともあれ,人身保護法の適用の問題としてはことさらに,現在の状態をもって,不法の拘束なりとし子供を母のもとから取上げて,強いて父のところへ返さなければならないということはない」(従って人身保護請求は棄却すべきである)としている(最高裁昭和二三年(オ)第一三〇号前同日判決・民集三巻一号一〇頁)。
 二 人身保護法に関する判例形成の草創期からこのような態度を示した最高裁が,この後どのような見解を打ち出すに至ったか,大法廷判例によって見ることにしよう。わが国における人身保護の制度が英米の法制に由来することは周知のとおりであるが,その運用にあたっては,実定法規としての成文の文理,特に人身保護法二条,人身保護規則四条の規定のそれを離れて立諭することはできない。制度の趣旨・目的またこれら規定の文理につき,大法廷判例は如何なる見解を示しているであろうか。
 大法廷判例は三つある。昭和二八年(ク)第五五号同二九年四月二六日決定・民集八巻四号八四八頁,昭和三〇年(オ)第八一号同年九月二八日判決・民集九巻一〇号一四五三頁及び昭和三二年(オ)第二二七号同三三年五月二八日判決・民集一二巻八号一二二四頁がそれであるが,最後の昭和三三年大法廷判決は,従前の最高裁の先例をいわば小法廷判例をも含めて集大成したものということができ,以後,関係法規の解釈適用につき準拠すべき先例としての大法廷判例は存在しない。そこで,やや長文にわたるが,その判示するところを,以下に分節して引用することとする。
 三 昭和三三年大法廷判決の判示するところは,次のとおりである。
  1 「およそ法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者について,人身保護法によって救済を請求することができるのは,その拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしになされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著な場合に限られている(人身保護規則四条本文)。即ち人身保護法による救済の請求については,拘束又は拘束に関する裁判等の無権限になされたこと又は方式若くは手続が著しく法令に違反すること及びこれらの事実は顕著でなければならぬことの諸制約が存在している。」
 「そしてこれらの制約は,人身保護法の目的とするところが,司法裁判による被拘束者の自由の回復が迅速且つ容易に実現されなければならぬことに存することからして理解できるところである。従って人身保護法による救済は請求の方式,管轄裁判所,上訴期間,事件の優先処理等手続の面において民事刑事等の他の救済手続とは異なって,簡易迅速なことを特色としている。とくにこの手続において,事実の立証に証明を要せず疎明を以て足るものとしているのは,この特色の最も著しいあらわれと認められるのである。」
  2 「要するに人身保護の制度は事実及び法律の問題に深く立ち入って審理するところの,民事又は刑事の裁判とは異った非常応急的な特別の救済方法である(法一条,規則四条但書,昭和……二九年四月二六日大法廷決定……参照)。その請求は訴の提起に代わるべきものではなく,又事実問題或は法律問題に関する裁判の誤謬を是正する上訴に準ずべき性質のものでもないのである。」
 昭和三三年大法廷判決は,制度の趣旨を以上のとおり理解すべきものとし,当該事案の実質を,幼児の養育者であった請求者(注,幼児の亡母と内縁関係にあった者)と現にその幼児を監護する拘束者たる祖父母との間の,幼児引渡しの問題すなわち監護権の所在の問題に帰着するものと約言したうえ,次のとおり判示した。
  3 「元来人身保護の制度の趣旨とするところは無権限又は違法な物理的拘束から被拘束者を釈放することにあるから,かかる問題を人身保護事件として取扱うことには全然疑義の余地がないわけではない。しかしながら幼児なるが故にこの制度の保護の範囲外にあるという理由は存しない。又この制度が今日その適用範囲を拡張し,幼児引渡に及ぼされるにいたっていることは,内外の学説判例に徴して明かである。さらにわが人身保護規則(三七条)も法がこれを認めていることを前提とするものと解し得ないことはない。そうして幼児引渡の請求についても規則四条の制約が適用されることは当然である。」
  4 「本件の場合に自由の拘束が存しないと断じ得ないことは,上告人主張のとおりである。何故なら幼児監護の場合において監護という事柄の性質からしてつねにある程度の拘束が存在するものと認められるからである。しかし,本件の場合においては,拘束者等が祖父祖母或は後見人であることは当事者間に争がなく,また,原判決によれば,『被拘束者が拘束者等によって現に権限なしにされ,あるいは法令の定める方式若くは手続に著しく違反していることが顕著である拘束を受け,あるいは,その自由を実質的に不当に奪われていると認むべき何らの疎明資料もない』というのであって,その判断は結局において正当と認められるから,本件拘束が冒頭記載の人身保護請求に必要な無権限又は法令違反のものであることの顕著性を否定するに十分である。従って本件の請求はすでにその点で理由がない。かりに請求者において幼児の引渡を請求する何等かの理由が存するとしても,それは別個の手続において主張されるべきであり,人身保護請求の方途によるべきものではない。」
 四 以上に引用した昭和三三年大法廷判決によれば,本件の如き別居中の夫婦間における,幼児に対する監護を巡る人身保護請求については,どのような考察が必要とされるであろうか。
  1 幼児に対する監護と「拘束」について
 右大法廷判決は,当該事案にみられるような幼児に対する監護権の所在の問題を,人身保護事件として取り扱うことには全然疑義の余地がないわけではないとしながら,幼児なるが故にこの制度の保護の範囲外にあるという理由は存しないとし,また,幼児を監護する拘束者がその祖父(後見人)及び祖母であった当該事案においても,幼児について自由の拘束が存しないとは断じ得ない理由として「幼児監護の場合において監護という事柄の性質からしてつねにある程度の拘束が存在する」ことを挙げている。
 幼児が略取誘拐された事案の如きものを想定すれば,「幼児なるが故にこの制度の保護の範囲外にあるという理由は存しない」のはむしろ自明の理というべく,また,この場合,幼児が仮に誘拐者に懐いていたとしても,この監護をもって幼児に対する拘束と解する妨げとはならないであろう。
 しかし,すでに別居に至ってはいるがなお婚姻継続中の夫婦間における監護については,事情は全く異なることが指摘されなければならない。たとい別居中であるにせよ,夫(父)又は妻(母)は,いずれも幼児に対する親権者であることに変わりはなく,夫婦の一方が(他方と緊張関係にあるにせよ)その親権に基づいて幼児を監護している場合に,その監護を目して人身保護法または同規則にいう「拘束」に当たるとすることは,その監護が幼児に対する虐待等の非難を受ける余地のない,その意味で通常の状態にあるものである限り,元来,制度の趣旨に副うものとはいい難い側面があろう(親権に基づく幼児の監護については,もともと「権限」の有無を論ずる余地はない筈のものである)。
 かかる事案において,安易に人身保護請求を容認することは,もとより当を得ないものというほかなく,ここにおいて,前記大法廷判決にいう「被拘束者が拘束者等によって現に権限なしにされ……ていることが顕著である拘束を受け」ているか否かの検討が,特段の意義を有することとなるのである。
  2 拘束の違法性が顕著であることの制約について
 前記大法廷判決は,「人身保護法による救済の請求については,拘束又は拘束に関する裁判等の無権限になされたこと又は方式若くは手続が著しく法令に違反すること及びこれらの事実は顕著でなければならぬことの諸制約が存在して」おり(人身保護規則四条本文),「幼児引渡の請求についても規則四条の制約が適用されることは当然である」とする。
 この点について,右大法廷判決後の先例は,夫婦の一方が他方に対し,人身保護法に基づき,共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には,「夫婦のいずれに監護せしめるのが子の幸福に適するかを主眼として」子に対する拘束状態の当不当を定め,その請求の許否を決すべきである,とした(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五同四三年七月四日判決・民集二二巻七号一四四一頁)が,右判決は,「人身保護法による救済の請求については,人身保護規則四条本文に定める」として,昭和三三年大法廷判決を引用した上,夫婦の一方の「監護の下におかれるよりも,夫婦の他の一方に監護されることが子の幸福を図ること明白であれば,これをもって,右幼児に対する拘束が権限なしになされていることが顕著であるというを妨げない」とした。
 その判示するところは,かかる事案において幼児に対する拘束の違法性が顕著であるといい得るためには,請求者(甲)に比し,拘束者(乙)が幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要する旨をいうに帰するであろう。拘束の違法性が顕著であることの制約(規則四条本文)につき,累次の大法廷判例が再三にわたって確認した判旨に副うものであり,この点が明確に認識されれば,実務上の適切な指針として機能し得たであろうと考えられる。
 しかし,右判決については,別居中の「夫婦のいずれに監護せしめるのが子の幸福に適するかを主眼として」人身保護請求の許否を決すべきであるとの論点のみが強調され,拘束の違法性が顕著であること(請求者に比し,拘束者による幼児の監護がその幸福に反することが明白であること)の要件について右判決の示唆したところは,実務上の注目を惹くことなく推移したのである。
  3 拘束者の下における被拘束者らの日常について
 本件において,幼児が親権者である父(夫)及び祖父母の下で生活していた状態を目して,人身保護規則四条にいう「拘束が……その権限なしにされ……ていることが顕著である場合」に当たるか否かを,端的に物語る資料がある。被拘束者らの生活状況についての国選代理人の報告書がそれである。報告書は,次のような叙述で始められている。
 「被拘束者らが生活している家屋は……で……の設備がある。遊び場は,近くに稲荷信者の広い境内があり,友達にも恵まれているそうである。訪問時被拘束者H子は,戸外に居り,客であると確認すると大きな声で『こんにちは』と迎えてくれた。戸を開けると被拘束者L美が居り,姉の様子を真似るように『こんにちは』と挨拶し,明るく元気に生活しているように見受けられた。」
 報告書は,本件における拘束者である幼児らの父X男及び祖父母の生活状況,これら拘束者の下における被拘束者らの生活状況を述べた後,次のような言葉で結ばれている。
 「拘束者P田豊子の話によると,被拘束者らは自分達に気を遣っているのか,請求者P田優子の話は一切したことはないということであった。当職も,被拘束者らに母親の話をすることは,避けた。
 帰途につくと,被拘束者H子が一人で家の門口まて出てきて『さよなら,さよなら』と両手を振っていつまでも見送ってくれた。」
 右にみるような,親権者(父)X男及び祖父母の下における被拘束者らの正常にして平穏な日常を目して,果たして何びとが,これをも人身保護法二条にいう「拘束」,同規則四条にいう「拘束が……その権限なしにされ……ていることが顕著な場合」に当たると考えるであろうか。現時点において,本件記録に徴する限り,「請求者に比し,拘束者が幼児を監護することが子の幸福に反することが明白である」との要件が疎明を欠くことは,異論のないところであろう。
 五 最後に言及を要するのは,昭和五五年法律第五一号による家事審判法の一部改正についてである。右改正により執行力を有する審判前の保全処分の制度が新設され(家事審判法一五条の三),これを承けて家事審判規則五二条の二は,子の監護者の指定その他子の監護に関する審判の申立てがあった場合に,家庭裁判所は,申立てにより必要な保全処分を命ずることができる旨を明定した。この保全処分が審判前における子の引渡しを含むことは,同規則五三条の規定に徴しても疑問の余地がない。
本件にみられるような共に親権を有する別居中の夫婦(幼児の父母)の間における監護権を巡る紛争は,本来,家庭裁判所の専属的守備範囲に属し,家事審判の制度,家庭裁判所の人的・物的の機構・設備は,このような問題の調査・審判のためにこそ存在するのである。しかるに,幼児の安危に関りがなく,その監護・保育に格別火急の問題の存しない本件の如き場合に,昭和五五年改正による審判前の保全処分の活用(注)を差し置いて,「請求の方式,管轄裁判所,上訴期間,事件の優先処理等手続の面において民事刑事等の他の救済手続とは異って,簡易迅速なことを特色とし」「非常応急的な特別の救済方法である」人身保護法による救済を必要とする理由は,とうてい見出し難いものといわなければならない。

 注,昭和五五年法律第五一号による家事審判法の一部改正は,実務担当者の要望を実現したもので,当時の執務資料も,「子の監護をめぐる紛争の処理は科学的な調査機構を有する家庭裁判所の審判手続により行うことが望ましく,この度,本案審判の先取りとして子の引渡しの仮処分を命ずることが可能となったことから,この種の問題の解決に相当の威力を発揮するものと期待される」としている(最高裁事務総局「改正民法及び家事審判法規に関する執務資料」家庭裁判資料一二一号(昭和五六)八六頁)。
 このような審判ないし審判前の仮処分は,正しく家庭裁判所の表芸ともいうべきものであり,制度改正にもかかわらず,なおこれが活用されることなく,地方裁判所による人身保護請求が頻用されるとすれば,一面その安易な運用につき反省を要するとともに,他面,家庭裁判所の存在理由にがかわる底の問題として認識されることを要するものと私は考える。
 裁判官園部逸夫は,裁判官可部恒雄の補足意見に同調する。
 最高裁裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫,同佐藤庄市郎,同大野正男,同千種秀夫

共同親権者間等における乳児の人身保護請求(最判平成6年2月8日家月47巻2号135頁)

妻が夫及びその両親に対して乳児の引渡しを求めた人身保護請求において夫の側による監護・拘束が乳児の幸福に反することが明白であるとはいえないとされた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を札幌地方裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人藤井正章の上告理由について
2 両者の婚姻関係は,その後間もなく破綻にひんし,被上告人は,同年五月一五日,被拘束者を連れて当時夫婦が居住していた札幌市のマンションを出て,上告人X男と別居し,苫小牧市に住む親戚方に身を寄せた後,実母の住む札幌市のアパートに移り,現在,同女と共に右アパートで同居している。
 3 上告人X男は,被上告人が別居した七日後の平成五年五月二二日,被上告人の親戚方を訪れ,被拘束者を連れ戻し,以後,X男の両親である上告人P田一及び同P田二子の自宅において,同居しながら上告人ら三名で被拘束者を監護養育している。
 4 上告人らが被拘束者と生活している建物は,上告人一及び同二子が共有する二階建ての二世帯用の自宅で,中古車販売会社を経営している上告人X男には月額三〇万円程度の収入が,鉄工所を経営している一には月額五〇万円程度の収入があるほか,二子にも不動産収入として年間約五〇〇万円の収入があるところ,二子は,X男が被拘束者を連れて来た後,仕事を辞めて被拘束者の養育に専念し,また,X男も,仕事の合間に自宅に立ち寄り,被拘束者の面倒をみるなどしてその監護に努め,被拘束者は,順調に発育している。
 5 他方,被上告人は,前記のとおり,実母が賃借している二間のアパートで実母と同居しているところ,実母には心臓機能に障害があるが,日常生活には支障がなく,被上告人が必要に応じて実母から援助を受けることは可能である。被上告人は,被拘束者を引き取った場合に,右アパートで被拘束者を監護養育する予定であるが,被上告人の収入(スーパーマーケットにパートで勤務している。)に実母が受給している障害者年金及び生活保護費等を加えると,月額約二五万円の収入が見込まれる。
二 原審は,右の事実関係の下において,(1)被上告人は,母親として,上告人らは,父親又は祖父母として,いずれも被拘束者に対する愛情を持っている,(2)上告人らと被上告人との経済状態及び居住環境を比較すれば,上告人らのそれが優れているが,被上告人及びその実母にも一応の収入があり(被上告人の経済状態が十分でなく,被拘束者の監護に不足するような場合には,上告人X男が父として養育費用を負担すべきものである。),その居住環境も,被上告人が実母及び被拘束者の三人で暮らすのに格別不都合があるとはいえないとした上,被拘束者は,身体的発達のために細やかな面倒を受ける必要があるばかりでなく,母親から抱かれたり,あやされたり等,その手により直接こまごまとした面倒を受け,母親のスキンシップにより安定した性格,人間的情緒の発達が始まると考えられる一歳に満たない幼児であるから,被拘束者の人間としての幸福を考えると,被拘束者にとっては母親の下で監護養育されるのが最も自然で,幸福であるというべきであるとして,被上告人の本件人身保護請求を認容した。
三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 1 夫婦の一方が他方に対し,人身保護法に基づき,共同親権に服する幼児の引渡しを請求する場合には,夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め,請求の当否を決すべきところ(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁),この場合において,夫婦の他方による乳児の監護・拘束が権限なしにされていることが顕著であるというためには,その監護・拘束が子の幸福に反することが明白であることを要するものであって(最高裁平成五年(オ)第六〇九号同年一〇月一九日第三小法廷判決・民集四七巻八号登載予定),この理は,子が生後一年未満の乳児であるとの一事によって異なるものではない。

 2 これを本件についてみるのに,原審の確定した事実関係によれば,被拘束者に対する監護能力という点では,上告人らと被上告人との間に差異があるとは一概に断じ難く,双方の経済状態及び居住環境という点では,上告人らのそれがむしろ優れているといえるのであって,本件記録に徴する限り,被拘束者が生後一年未満の乳児であることを考慮に入れてもなお,上告人らによる被拘束者の監護・拘束がその幸福に反することが明白であるとまでは到底いえない。

四 以上によれば,論旨は,右と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れず,前記の事実関係を前提とする限り,被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ,本件については,乳児である被拘束者の法廷への出頭を確保する必要があり,この点をも考慮すると,前記説示するところに従い,原審において改めて審理判断させるのが相当であるから,これを原審に差し戻すこととする。
 よって,人身保護規則四六条,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同大野正男

共同親権者間における幼児の人身保護請求(最判平成6年4月26日民集48巻3号992頁)

共同親権者間における幼児の人身保護請求につき被拘束者が拘束者に監護されることが請求者による監護に比べて子の幸福に反することが明白であるものとして拘束の違法性が顕著であるとされる場合
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人○○○○の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人(拘束者)と被上告人(請求者)とは,昭和56年12月25日に婚姻し,同人らの間には,同59年12月26日被拘束者K子が,同62年2月26日被拘束者S子がそれぞれ出生した。被上告人は,昭和62年3月7日にくも膜下出血で倒れ,病院を退院後,翌63年3月中ごろ自宅に戻ったが,右疾病により身体障害者障害程度等級表上2級に相当する右上下肢不全麻ひ及び失語症の障害が残った。被上告人は,上告人が家事等について協力してくれないことに不満を持ち,次第に上告人との伸が円満を欠くようになり,平成5年3月31日,被拘束者らを連れて,○△市の両親宅(被上告人肩書地)に帰った。ところが,上告人は,平成5年11月27日,被拘束者らが通学する小学校付近で,登校してきた同人らを車に同乗させ,○○市○○区の上告人宅(上告人肩書地)に連れて行き,以後,同人らと生活している。
 2 上告人は,歯科技工士を職業とし,自宅内で仕事をすることが可能であるところ,上告人宅の近くに理髪店を営む義父と実母夫婦が居住しているが,被拘束者らの日常生活の面倒を実母にみてもらっている。被拘束者らは,上告人宅に移った後,近くの小学校に通うようになったが,普通の生活を送っている。
 3 被上告人は,いずれも小学校の教諭を定年退職した両親宅に居住し,身体障害者として年金を受給しており,また,両親の援助協力を受けることが将来とも可能であるほか,付近に居住する被上告人の実弟夫婦の協力も得られる。右両親宅は,その居住空間も広く,被上告人の入院期間中に被拘束者らが引き取られていたところでもあり,同人らにとってなじみのあるところである。同人らは気管支ぜん息にかかっているが,右被上告人の両親宅に移ってからはその発作が軽減し,病状が改善された。
 4 上告人,被上告人とも,被拘束者らに対する愛情に欠けるところはない。
二 原審は,右事実関係の下において,(一)被拘束者らは被上告人の両親宅に移ってから地元の小学校に通学し,教育上十分に配慮の行き届いた安定した生活を送っていたところ,上告人宅に移るとこれらがすべて失われること,(二)被拘束者らの気管支ぜん息が被上告人の両親宅への転地により改善されたが,上告人宅のある地域は,環境的には被拘束者らの気管支ぜん息を悪化させるおそれがあること,(三)被拘束者らは幼女であって母親である被上告人の監護を欠くことは適当でないことを考慮すると,被拘束者らが上告人の監護の下に置かれるよりも被上告人の監護の下に置かれる方がその幸福に適すること,すなわち,被拘束者が上告人の監護の下に置かれる方が被上告人の監護の下に置かれるよりもその幸福に反することが明白であるとし,上告人による被拘束者らの監護・拘束は,人身保護規則4条にいう権限なしにされた違法なものに当たるとの判断に立って,被上告人の本件人身保護請求を認容した。
三 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し,人身保護法に基づき,共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合において,拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則4条)ということができるためには,右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも,請求者の監護の下に置かれることが子の幸福に適することが明白であること,いいかえれば,拘束者が幼児を監護することが,請求者による監護に比して子の幸福に反することが明白であることを要すると解される(最高裁平成5年(オ)第609号同年10月19日第三小法廷判決・民集47巻8号5099頁)。そして,請求者であると拘束者であるとを問わず,夫婦のいずれか一方による幼児に対する監護は,親権に基づくものとして,特段の事情のない限り適法であることを考えると,右の要件を満たす場合としては,拘束者に対し,家事審判規則52条の2又は53条に基づく幼児引渡しを命ずる仮処分又は審判が出され,その親権行使が実質上制限されているのに拘束者が右仮処分等に従わない場合がこれに当たると考えられるが,更には,また,幼児にとって,請求者の監護の下では安定した生活を送ることができるのに,拘束者の監護の下においては著しくその健康が損なわれたり,満足な義務教育を受けることができないなど,拘束者の幼児に対する処遇が親権行使という観点からみてもこれを容認することができないような例外的な場合がこれに当たるというべきである。
これを本件についてみるのに,前記の事実関係によると,原判決が判示する前記二(二)の事情は,被拘束者らが上告人の下で監護されると,環境的にみてその気管支ぜん息を悪化させるおそれがあるというにとどまり,具体的にその健康が害されるというものではなく,また,その余の事情も被拘束者らの幸福にとって相対的な影響を持つものにすぎないところ,上告人,被上告人とも,被拘束者らに対する愛情に欠けるところはなく,被拘束者らは上告人の監護の下にあっても,学童として支障のない生活を送っているというのであるから,被拘束者らの上告人による監護が,被上告人によるそれに比してその幸福に反することが明白であるということはできない。結局,原審は,被拘束者らにとっては上告人の下で監護されるより被上告人の下で監護される方が幸福であることが明白であるとはしているものの,その内容は単に相対的な優劣を論定しているにとどまるのであって,その結果,原審の判断には,人身保護法2条,人身保護規則4条の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

四 以上によれば,諭旨は理由があり,原判決は破棄を免れず,前記確定事実を前提とする限り,被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ,本件については,幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり,この点をも考慮すると,前記説示するところに従い,原審において改めて審理判断させるのを相当と認め,これを原審に差し戻すこととする。
  よって,人身保護規則46条,民訴法407条1項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官 大野正男 裁判官園部逸夫,同可部恒雄,同千種秀夫,同尾崎行信                            

調停合意に反する連れ去りと人身保護命令(最判平成6年7月8日家庭裁判月報47巻5号43頁)

離婚調停において調停委員会の勧めによってされた合意に反する幼児の拘束に顕著な違法性があるとして夫婦の一方から他方に対する人身保護法に基づく幼児の引渡請求が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人吉岡康祐の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係の下において,上告人(拘束者)が調停委員会の面前でその勧めによってされた合意に反して被拘束者らの拘束を継続し,被拘束者らの住民票を無断で上告人の住所に移転したことなどの事情に鑑み,本件拘束には,人身保護法二条,人身保護規則四条に規定する顕著な違法性があるものとした原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用できない。
  よって,人身保護規則四二条,四六条,民訴法九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平,同大西勝也,同根岸重治

監護権者母から非監護権者父への人身保護命令(最判平成11年5月25日家月51巻10号118頁)

監護権者母から非監護権者父人身保護命令において,母親の子(7歳)に対する愛情及び監護意欲には欠けるところがなく,監護の客観的態勢も整っているという事情の下においては,拘束者の監護が平穏に開始され,拘束者の愛情の下にその監護が長期間続いており,子が現在の生活環境に慣れ安定した生活をしているとしても,子を請求者の監護の下に置くことが子の幸福の観点から著しく不当ということはできないとした事例
       主   文
   原判決を破棄する。
   本件を奈良地方裁判所に差し戻す。
       理   由
一 上告代理人○○の上告理由は,民訴法312条1項,2項所定の事由に当たらない。
二 職権で検討すると,原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人と被上告人は,平成2年5月25日婚姻し,上告人は平成4年3月21日に被拘束者を出産した。
   上告人と被上告人との夫婦関係は平成5年春ころから円満を欠くようになり,上告人は,平成6年7月2日,被拘束者を連れて実家に戻り,以来,被上告人と別居するに至った。被上告人は,同月13日,上告人の実家を訪れたところ,上告人が不在であったことから,上告人の母の承諾を得て,被拘束者を夕食に連れ出した。被上告人は,夕食後,いったん被拘束者を上告人の実家に送り届けようとしたが,上告人が留守であったことから,そのまま被拘束者を被上告人宅に連れ帰った。被上告人は,同日,上告人に電話をかけ,被拘束者をどうするか問いかけたところ,上告人がどちらでもと返答したため,被上告人が育てる旨を告げ,以後,現在に至るまで,被拘束者を監護養育している。
 2 被上告人は,平成6年9月,上告人との離婚を求める調停を申し立てたが,被拘束者の親権者をどちらにするか協議が調わず,調停は不成立となった。そこで,被上告人は,奈良地方裁判所葛城支部に離婚請求訴訟を提起し,上告人もまた離婚を求める反訴を提起し,平成8年5月28日,同支部において,上告人と被上告人とを離婚し被上告人を被拘束者の親権者と定めるとの判決がされた。しかし,上告人が親権者の指定を不服として控訴したところ,平成9年1月31日,大阪高等裁判所において,上告人を被拘束者の親権者と定めるとの判決がされ,被上告人が上告したが,同年6月30日,右上告は棄却された。
3 上告人は,これより先の平成6年12月,被上告人を相手方として,甲家庭裁判所に被拘束者の引渡しを求める審判を申し立てたが,平成7年5月18日,右申立ては却下された。そこで,上告人は,平成8年6月11日,奈良家庭裁判所葛城支部に子の監護に関する処分(面接交渉)の調停を申し立てたが,被上告人がこれを拒んだことから,上告人は,前記離婚判決確定後の平成9年7月,右申立てを取り下げ,平成10年3月26日,本件人身保護請求をした。
4 上告人は,上告人の実家で両親及び弟と同居している。上告人は,ファッションモデルとして,平均して週に1, 2回仕事をし,月収20万円程度を得ているが,その収入は不安定であり,不足分は上告人の父の援助によっている。上告人の両親は,被拘束者の養育について,物心両面において協力することを約束しており,被拘束者のための部屋も用意している。
5 被上告人は,昭和62年に医師免許を取得した医師であり,病院に勤務していたが,平成10年2月,被上告人宅から車で約5分の場所に医院を開業し,その年収は1000万円を下らない。
被上告人は,平成7年ころまでは,単身で被拘束者の監護養育を行い,その後は,交際中の女性の協力を受けるようになった。そして,被上告人と被拘束者は,平成10年1月ころから,被上告人宅から車で15分の場所にある新たに交際を始めた女性宅において,同女及びその3人の子ら(当時,小学生及び保育園児)と共に生活をするようになった。被拘束者は,右女性にもなつき,その3人の子とも仲良く,良好な健康状態で暮らしており,平成10年4月には小学校に入学している。

   被上告人は,今後,右女性と婚姻し,被上告人宅で生活することを予定している。
   なお,被上告人は,平成10年4月8日,甲家庭裁判所に,被上告人を被拘束者の監護者と指定することを求める調停を申し立てたが,調停は不成立となり,右手続は,審判手続に移行した。
三 原審は,右の事実関係の下において,次のとおり判示して上告人の本件人身保護請求を棄却した。
 1 上告人は,離婚訴訟において被拘束者の親権者と定められ,被拘束者を監護する権利を有する者であり,被上告人による監護は権限なしにされているものであるから,被拘束者を監護権者である上告人の監護の下に置くことが被上告人の監護の下に置くことに比べて子の幸福の観点から著しく不当なものでない限り,非監護権者による拘束は権限なしにされていることが顕著である場合に該当し,監護権者の請求を認容すべきものである。
 2 しかし,被上告人の被拘束者に対する監護も相当長期間に達しており,もともと被上告人による被拘束者の監護は一応平穏に開始されたものであること,被上告人が平成6年7月13日以降しばらくの間単身で被拘束者を監護養育したことを考慮すると,被上告人がこれまで愛情をもって被拘束者を養育してきたことについては相当の評価がされてしかるべきである。そして,被拘束者は,父母の別居後4年余を被上告人と共に生活し,学校生活にもなじんできているのであって,本件請求を認容すれば,父母の対立の結果,被上告人のほか担任教師や友人からも離れて生活することになることを考慮すると,本件請求を認容するのは子の幸福の観点からすると相当ではないことが明らかであり,被拘束者を監護権者である上告人の監護の下に置くことが被上告人の監護の下に置くことに比べて著しく不当であるとの域に達しているというべきである。
 上告人は,被拘束者に対する愛情及び監護意欲の点において欠けるところはないと考えられるが,人身保護の手続が非常救済手段であること,被上告人の申立てに係る監護者指定の審判が係属中であること等にかんがみると,本件においては,被上告人の監護が権限なしにされていることが顕著である場合には該当しない。
四 しかし,原審の右三の2の判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
法律上監護権を有しない者が子をその監護の下において拘束している場合に,監護権を有する者が人身保護法に基づいて子の引渡しを請求するときは,被拘束者を監護権者である請求者の監護の下に置くことが拘束者の監護の下に置くことに比べて子の幸福の観点から著しく不当なものでない限り,非監護権者による拘束は権限なしにされていることが顕著である場合(人身保護規則4条)に該当し,監護権者の請求を認容すべきものとするのが相当であるところ(最高裁平成6年(オ)第1437号同年11月8日第三小法廷判決・民集48巻7号1337頁),本件においては,上告人の被拘束者に対する愛情及び監護意欲には欠けるところがなく,監護の客観的態勢も調っているということができるから,上告人の監護の下に置くことが被拘束者の幸福の観点から著しく不当ということは到底できない。原判決の挙げる被上告人の監護が平穏に開始され,被上告人の愛情の下にその監護が長期間続いていること,被拘束者が現在の生活環境に慣れ,安定した生活をしていること等の事情は,上告人による監護が著しく不当なものであることを基礎付けるものではない。
五 そうすると,右と異なり,被拘束者を監護権者である上告人の監護の下に置くことが被上告人の監護の下に置くことに比べて著しく不当であるとの域に達しているとして,上告人の本件人身保護請求を棄却した原審の判断は,人身保護法2条,人身保護規則4条の解釈適用を誤ったものであり,この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,本件については,原判決を職権で破棄するのが相当である。そして,前記事実関係に照らせば,上告人の本件請求は認容すべきところ,本件については,被拘束者の法廷への出頭を確保する必要があるから,原審において改めて審理判断させるのが相当と認め,これを原審に差し戻すこととする。
  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
          最高裁裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官元原利文,同金谷利廣,同奥田昌道

調停による合意面接交渉中の連れ去りと人身保護命令(最判平成11年4月26日裁判集民事193号259頁)

離婚等の調停の進行過程における夫婦間の合意に基づく幼児との面接の機会に夫婦の一方が右幼児を連れ去ってした拘束に顕著な違法性があるとして夫婦の他方からした人身保護法に基づく幼児の引渡請求が認められた事例
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を広島地方裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人K濱S三,同K濱J子の上告受理申立て理由について
一 原審の認定した事実関係の概要は,次のとおりである。
1上告人(請求者)と被上告人(拘束者)とは,平成六年九月七日に婚姻し,同人らの間には,同八年一月一日被拘束者が,同九年一二月二七日×野○子がそれぞれ出生した。上告人と被上告人とは,婚姻後,被上告人宅で生活していたが,上告人と被上告人の両親及び姉との折り合いが良くなかったことから,次第に夫婦の仲も悪化し,上告人は,同一〇年七月二四日,二人の子を連れて被上告人宅を出て,広島県W市所在の婦人保護施設であるB寮に二人の子と共に入寮した。
2平成一〇年九月に,上告人は被上告人を相手方として広島家庭裁判所に離婚調停を申し立て,被上告人は上告人を相手方として同裁判所呉支部に夫婦関係円満調整の調停を申し立てたところ,離婚調停は,同支部に回付された。さらに,同年一〇月,被上告人が同支部に被拘束者及び春子との面接交渉を求める調停を申し立てたので,以上の調停事件は全部併せて行われることとなった(以下,各調停事件を併せて「本件調停」という。)。
3被上告人は,平成一〇年一一月一二日の本件調停の期日において,被拘束者及び春子と面接することを要望した。上告人は,調停委員から被上告人の心を和らげるために右の面接をさせたらどうかと勧められ,また,上告人としても本件調停を円滑に進めるためには,被上告人の要求に応じることが必要であると考えたことから,同月二六日の本件調停の期日において,これを了承した。そして,右期日において,調停委員を介した協議の結果,上告人と被上告人の間で,同年一二月一〇日に広島市所在の児童相談所において被上告人と二人の子が面接することの合意が成立し,本件調停の次の期日は,同月二四日と指定された。
4右に予定された面接は,春子が発熱したために中止され,上告人と被上告人とは,改めて協議し,平成一〇年一二月一九日午後三時から上告人の代理人である弁護士の事務所で面接することを合意した。そして,同日午後三時から右事務所の打合せ室において被上告人と二人の子との面接が行われた。右打合せ室は,外部に通じる扉を机で封鎖してあったが,被上告人は,同日午後三時三〇分ころ,ひそかに右机を除去して右扉を開け,二人の子のうち被拘束者を強引に連れ去った。
5被上告人は,平成一〇年一二月二四日の本件調停の期日に出頭せず,同日,本件調停のうち上告人の申立てに係る離婚調停は不成立により終了した。
6被上告人は,医師であり,被上告人及びその親族の共有する四階建てビルの一階において眼科を開業している。被上告人の住居は,右ビルの四階にあり,右ビルの二階に被上告人の両親,同三階に被上告人の姉夫婦がそれぞれ居住し,被上告人並びにその両親及び姉が被拘束者の監護養育に当たっており,監護養育状況は良好である。
7上告人は,現在,無職であって,春子と共に両親宅に戻り,両親のもとで生活しているが,将来は経理関係の職に就くことを希望している。上告人は,被拘束者の引渡しを受けた場合,当面,P寮において監護養育することを予定しているが,将来,両親宅に隣接する上告人の父所有の建物に居住する予定である。
二 原審は,右事実関係の下において,被上告人が被拘束者を連れ去った行為の態様は悪質であるが,被上告人並びにその両親及び姉による被拘束者の監護養育状況は良好であり,上告人が被拘束者の引渡しを受けた場合に同人を監護養育することを予定しているB寮は同人の監護養育にとって必ずしも良好な環境であるとはいえないことからすると,被上告人による被拘束者の監護が同人の幸福に反することが明白であるということはできず,被上告人による被拘束者の拘束が権限なしにされていることが顕著であるとは認められないと判断して,上告人の本件人身保護請求を棄却した。
三 しかしながら,原審の右判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,上告人と被上告人は,本件調停の期日において,調停委員の関与の下に,現に上告人が監護している二人の子を日時場所を限って被上告人と面接させることについて合意するに至ったものであり,被上告人は,右の合意によって二人の子との面接が実現したものであるにもかかわらず,その機会をとらえて,実力を行使して被拘束者を面接場所から被上告人宅へ連れ去ったのである。被上告人の右行為は,調停手続の進行過程で当事者の協議により形成された合意を実力をもって一方的に破棄するものであって,調停手続を無視し,これに対する上告人の信頼を踏みにじったものであるといわざるを得ない。一方,本件において,上告人が被拘束者を監護することが著しく不当であることをうかがわせる事情は認められない。右の事情鑑みると,本件においては,非上告人による被拘束者に対する拘束には法律上正当な手続によらない顕著な違法性がある。被拘束者が,現在,良好な養育環境の下にあることは,右の判断を左右しない。
四 そうすると,原審の判断には人身保護法二条,人身保護規則四条の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,上告理由について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,前記認定事実を前提とする限り,上告人の本件請求はこれを認容すべきところ,本件については,幼児である被拘束者の法廷への出頭を確保する必要があり,この点をも考慮すると,前記説示するところに従い,原審において改めて審理判断させるのを相当と認め,これを原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄,同遠藤光男,同井嶋一友,同大出峻郎

大韓民国法909条による親権者父との指定が法例30条により許されない場合(最判昭和52年3月31日民集31巻2号365頁)

大韓民国法909条による親権者父との指定が法例30条により許されない場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人大矢和徳の上告理由第一点ないし第三点について
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして,是認することができ,右事実関係に基づいて,本件が,本件離婚訴訟の準拠法である大韓民国民法八四〇条一項六号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にあたるとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決は,被上告人側にも落度はあるが,上告人側により大きな落度があることを認めているのであって,このような場合に被上告人の離婚を認めることは違法とはいえない(最高裁昭和三〇年(オ)第五五九号同年一一月二四日判決・民集九巻一二号一八三七頁参照)。原判決に所論の違法はなく,所論引用の判例は,いずれも事案を異にし,本件に適切でない。それ故,論旨は採用できない。
 同第四点について
 所論の点に関する原審の認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ,原審の認定するところによれば,上告人,被上告人とも,大韓民国の国籍を有するが,婚姻当時日本に居住し,婚姻の届出,婚姻生活等もすべて日本でなされ,二人の未成年の子もいずれも日本で出生し父母の監護養育を受けてきたところ,離婚のやむなきに至ったものであるが,父である上告人は子に対する扶養能力を欠き,扶養能力のある母である被上告人が二人の子を監護養育しているものであって,諸般の事情を考慮すると,父である上告人は名目上親権者となりえてもその実がなく,実際上親権者たるに不適当であることが顕著である,というのである。
 ところで,本件離婚にともなう未成年の子の親権者の指定に関する準拠法である大韓民国民法九〇九条によると,右指定に関しては法律上自動的に父に定まっており,母が親権者に指定される余地はないところ,本件の場合,大韓民国民法の右規定に準拠するときは,扶養能力のない父である上告人に子を扶養する親権者としての地位を認め,現在実際に扶養能力のあることを示している母である被上告人から親権者の地位を奪うことになって,親権者の指定は子の福祉を中心に考慮決定すべきものとするわが国の社会通念に反する結果を来たし,ひいてはわが国の公の秩序又は善良の風俗に反するものと解するのが相当であり,これと同旨の原審の判断は,正当として是認できる。従って,本件の場合,法例三〇条により,父の本国法である大韓民国民法を適用せず,わが民法八一九条二項を適用して,被上告人を親権者と定めた原審の判断はもとより正当であって,その過程に所論の違法はなく,右違法のあることを前提とする所論違法の主張は,その前提を欠く。それ故,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁裁判長裁判官 下田武三,裁判官岸 盛一,同岸上康夫,同団藤重光

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