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損害保険についての最高裁判決のページです。

損害保険と損益相殺等

  損害保険について,損害賠償額から控除を必要とするか等に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を実装しました。

障害基礎・厚生年金は逸失利益か,相続人の遺族基礎年金等との関係(最判平成11年10月22日民集53巻7号1211頁)

ア 不法行為により死亡した者の相続人が被害者の得べかりし障害基礎年金及び障害厚生年金を逸失利益として請求することの可否
イ 同相続人が被害者の得べかりし障害基礎年金及び障害厚生年金についての各加給分を逸失利益として請求することの可否
ウ 障害基礎・障害厚生年金の受給権者の相続人がする損害賠償請求において当該相続人が取得した遺族基礎年金及び遺族厚生年金を控除すべき損害の費目
       主   文
 一 原判決主文第一項を次のとおり変更する。
 第一審判決を次のとおり変更する。
 1 平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人は,平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人乙に対し一四一四万円,同甲及び同丙に対し各六五七万七〇九九円並びにこれらに対する平成四年七月一六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 2 平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人らのその余の請求を棄却する。
 二 訴訟の総費用は,これを二分し,その一を平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人らの,その余を平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人の負担とする。
       理   由
 一 平成九年(オ)第四三四号上告代理人大田朝章,同島袋秀勝の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係及び記録に現れた本件訴訟の経過に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,違憲をいう点を含め,独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか,又は原審の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものであって,採用できない。ただし,職権をもって判断したところ,平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人乙(以下「一審原告乙」のようにいう。)の損害額の認定に関する原審の判断に違法があることは,後記四のとおりである。
 二 平成九年(オ)第四三五号上告代理人加藤済仁,同松本みどり,同岡田隆志の上告理由第三及び第四について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか,又は原審の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものであって,採用できない。
 三 同第一及び第二について
 1 本件は,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金(以下,併せて「障害年金」という。)の受給権者であった丁(以下「亡丁」という。)が医師の過失に基づく医療事故により死亡したため,その相続人である一審原告らが,右医師の使用者である平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人(以下「一審被告」という。)に対し,民法七一五条一項に基づき,亡丁の得べかりし障害年金相当額等の賠償を請求した事案である。
 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (一) 一審原告乙は亡丁の妻,同甲は長女,同丙は長男である。
 (二) 亡丁は,平成四年七月初旬ころから,一審被告が経営する中部協同病院に入院していたが,同月一五日,同病院の担当医師が亡丁に胃瘻造設術を施すに当たり,誤ってその腹部内の動脈に穿刺針を刺入したため,翌一六日,腹腔内出血による出血性ショックにより死亡した(以下「本件事故」という。)。
 (三) 亡丁は,本件事故当時,第一級障害者として,国民年金法に基づく障害基礎年金として年間一三二万四八〇〇円(うち二人の子の加給分各二〇万九一〇〇円,合計四一万八二〇〇円),厚生年金保険法に基づく障害厚生年金として年間一二〇万〇九〇〇円(うち妻の加給分二〇万九一〇〇円)の合計年間二五二万五七〇〇円の障害年金を受給していた。
 (四) 一審原告らの本件事故当時における生計は,右障害年金により維持されていた。しかし,亡丁は,本件事故により死亡したため,右障害年金の受給権を喪失した。
 (五) 一審原告乙は,亡丁によって生計を維持していた妻として,平成四年八月分以降,国民年金法に基づく遺族基礎年金として年間一一四万三五〇〇円,厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として年間五九万五一〇〇円の合計年間一七三万八六〇〇円を受給している(以下,併せて「遺族年金」という。なお,その後,受給額は改定されている。)。支給を受けることが確定した遺族年金の額は,平成四年八月分から原審口頭弁論終結の日の属する平成八年八月分までの合計七一四万一七一三円である。
 2 原審は,次のとおり判断して,加給分を含めて亡丁の受給していた障害年金の逸失利益性を肯定した。
 (一) 国民年金法に基づいて支給される障害基礎年金も厚生年金保険法に基づいて支給される障害厚生年金も,当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障をすることを目的とするとともに,その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても同一の機能を営むものと解されるから,不法行為により死亡した者は,得べかりし障害年金を逸失利益として同額の損害賠償請求権を取得し,その相続人は,加害者に対してその賠償を請求することができるものと解される。従って,亡丁の相続人である一審原告らは,亡丁の得べかりし障害年金相当額の損害賠償請求権を相続により取得し,一審被告に対してその賠償を請求することができる。
 そして,亡丁は,本件事故当時,日常生活のほとんどの面で介助を必要とする状態にあり,将来においてもその改善は困難であったが,その外の同人の身体的,精神的状況を総合すると,亡丁が同年齢の健康な平均的男子より特に短命であるとは認められず,亡丁は,本件事故により死亡しなければ,平均余命までのその後三一年間,障害年金を受給することのできたがい然性が高いものと認められる。
 (二) さらに,障害基礎年金受給額のうち子の加給分については,その子が一八歳に達した日以後の最初の三月三一日が終了するまで(国民年金法三三条の二第三項六号本文),また,障害厚生年金受給額のうち妻の加給分については,妻が六五歳に達した月まで(厚生年金保険法五〇条の二第三項,四四条四項四号),それぞれ加算して支給されるから,これらも亡丁の得べかりし障害年金に含まれる。
 3 所論は,要するに,(1) 障害年金と従来判例において逸失利益性が肯定されてきた老齢年金等とは,その趣旨・目的等を異にするものである上,障害年金については,国民年金法及び厚生年金保険法上,受給権者の障害の程度の変更により,その額が改定され,又は支給を停止するものとされているから,障害年金はその存続が確実であるということはできず,その受給権の喪失を損害と認めることはできない,(2) 少なくとも,子の加給分については,国民年金法上,子が一八歳に達すること以外にも,死亡,婚姻,養子縁組等の事由があるときは加算されなくなり,妻の加給分については,厚生年金保険法上,妻が六五歳に達すること以外にも,死亡,離婚等の事由があるときは加算されなくなるから,子及び妻の加給分は存続が不確実であって,その受給権の喪失を損害と認めることはできない,というのである。
 4 そこで検討するに,原審の前記(一)の判断は是認できるが,(二)の判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 (一) 国民年金法に基づく障害基礎年金も厚生年金保険法に基づく障害厚生年金も,原則として,保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって(国民年金法三〇条以下,八七条以下,厚生年金保険法四七条以下,八一条以下参照),程度の差はあるものの,いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。したがって,障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができるものと解するのが相当である。そして,亡丁が本件事故により死亡しなければ平均余命まで障害年金を受給することのできたがい然性が高いものとして,この間に亡丁が得べかりし障害年金相当額を逸失利益と認めた原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足りる。
 (二) もっとも,子及び妻の加給分については,これを亡丁の受給していた基本となる障害年金と同列に論ずることはできない。すなわち,国民年金法三三条の二に基づく子の加給分及び厚生年金保険法五〇条の二に基づく配偶者の加給分は,いずれも受給権者によって生計を維持している者がある場合にその生活保障のために基本となる障害年金に加算されるものであって,受給権者と一定の関係がある者の存否により支給の有無が決まるという意味において,拠出された保険料とのけん連関係があるものとはいえず,社会保障的性格の強い給付である。加えて,右各加給分については,国民年金法及び厚生年金保険法の規定上,子の婚姻,養子縁組,配偶者の離婚など,本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて,基本となる障害年金自体と同じ程度にその存続が確実なものということもできない。これらの点に鑑みると,右各加給分については,年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである。この点に関する原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
 5 そして,本件事故当時における亡丁の逸失利益の現価は,本件事故がなければ亡丁に支給されたがい然性の認められる障害年金の年額一八九万八四〇〇円(亡丁の前記障害年金受給額から子及び妻の加給分を控除した金額)から亡丁の生活費及び介助費用相当額を控除した年額二三万三八八〇円に,新ホフマン係数一八・四二一四を乗じた四三〇万八三九七円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
 6 一審原告甲及び同丙は,それぞれ亡丁の右逸失利益及び慰謝料一〇〇〇万円についての損害賠償請求権を法定相続分各四分の一の割合に従って取得したものであり,これに原審の認定したその余の損害各三〇〇万円を加えると,一審原告甲及び同丙の本件請求は,各六五七万七〇九九円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却すべきものである。従って,前記加給分の逸失利益性に関する原審の判断の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり,論旨はこの限度で理由がある。
 四 さらに,職権をもって一審原告乙の損害額について判断する。
 1 国民年金法及び厚生年金保険法に基づく障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において,その相続人のうちに,障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは,遺族年金の支給を受けるべき者につき,支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で,その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。そして,この場合において,右のように遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は,財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって,支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても,当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである。
 2 これを本件について見ると,前記三1のとおり,一審原告乙は,亡丁が本件事故により死亡したため,国民年金法に基づく遺族基礎年金及び厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金を受給しており,支給を受けることが確定した遺族年金の額は,七一四万一七一三円である。他方,一審原告乙は,亡丁の前記逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求権を法定相続分二分の一の割合に従って取得したものであり,これに原審の認定したその余の損害九一四万円を加えると,その損害額は合計一六二九万四一九八円となる。これから右相続に係る逸失利益分二一五万四一九八円の限度で右遺族年金を控除すると,一審原告乙の本件請求は,一四一四万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却すべきものである。原審は,右遺族年金をもって相続に係る逸失利益分以外の一審原告乙の損害からも控除しているところ,この点に関する原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法もまた原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
五 以上に説示するところに従い,これと異なる第一審判決は右のとおり変更されるべきであるから,原判決主文第一項を本判決主文第一項のとおり変更する。
  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁判所裁判長裁判官北川弘治,裁判官河合伸一,同福田博,同亀山継夫,同梶谷玄

政府の自賠保障事業の被害者と内縁の妻+逸失利益との関係(最判平成5年4月6日民集47巻6号4505頁)

ア 内縁の配偶者と自賠法72条1項の「被害者」
イ 同条項により死亡者の相続人に損害をてん補すべき場合に既に死亡者の内縁の配偶者が同条項によりてん補を受けた扶養利益の喪失相当額を死亡者の逸失利益額から控除することの要否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人大澤孝征,同近藤文子,同中松村夫,同福嶋弘榮の上告理由第一の一1について
 自賠法七二条一項に定める政府の行う自動車損害賠償保障事業は,自動車の運行によって生命又は身体を害された者がある場合において,その自動車の保有者が明らかでないため被害者が同法三条の規定による損害賠償の請求をすることができないときは,政府がその損害をてん補するものであるから,同法七二条一項にいう「被害者」とは,保有者に対して損害賠償の請求をすることができる者をいうと解すべきところ,内縁の配偶者が他方の配偶者の扶養を受けている場合において,その他方の配偶者が保有者の自動車の運行によって死亡したときは,内縁の配偶者は,自己が他方の配偶者から受けることができた将来の扶養利益の喪失を損害として,保有者に対してその賠償を請求することができるものというべきであるから,内縁の配偶者は,同項にいう「被害者」に当たると解するのが相当である。
 そして,政府が,同項に基づき,保有者の自動車の運行によって死亡した被害者の相続人の請求により,右死亡による損害をてん補すべき場合において,政府が死亡被害者の内縁の配偶者にその扶養利益の喪失に相当する額を支払い,その損害をてん補したときは,右てん補額は相続人にてん補すべき死亡被害者の逸失利益の額からこれを控除すべきものと解するのが相当である。何故なら,死亡被害者の内縁の配偶者もまた,自賠法七二条一項にいう「被害者」として,政府に対して死亡被害者の死亡による損害のてん補を請求することができるから,右配偶者に対してされた前記損害のてん補は正当であり,また,死亡被害者の逸失利益は同人が死亡しなかったとすれば得べかりし利益であるところ,死亡被害者の内縁の配偶者の扶養に要する費用は右利益から支出されるものであるから,死亡被害者の内縁の配偶者の将来の扶養利益の喪失に相当する額として既に支払われた前記てん補額は,死亡被害者の逸失利益からこれを控除するのが相当であるからである。
 原審の確定した事実関係によれば,上告人らはいずれも本件交通事故によって死亡した甲(当時満六二歳)の妹であるが,甲には内縁の配偶者乙がおり,同人の生計は専ら甲の収入によって維持されていたところ,被上告人は,自賠法七二条一項に基づき,乙に対して,同人が甲の死亡によって喪失した将来の扶養利益に相当する額として既に七〇〇万九六三一円(原判決四枚目表に「七〇〇万円」とあるのは誤記)を支払った,というのであり,以上の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。従って,被上告人が乙に対して支払った右てん補額は,上告人らが請求する甲の逸失利益の額からこれを控除すべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,これと異なる見解に立って原判決の違法をいうものであって,採用できない。
 同第一の一2について
 所論は,原審の判断を経ていない事項につき原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 同第一の二について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程にも所論の違法は認められない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するものにすぎず,採用できない。
 よって、民訴法四〇一条,九五条,八九条、九三条に従い,裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官可部恒雄,裁判官貞家克己,同園部逸夫,同佐藤庄市郎

損害賠償金と火災保険金の損益相殺(最判昭和50年1月31日民集29巻1号68頁)

不法行為.債務不履行に基づく損害賠償額から火災保険金を損益相殺として控除することの適否
       主   文
 被上告人の請求中,金四〇四万円及びこれに対する昭和三八年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を認容した部分につき,原判決を破棄し,第一審判決を取り消す。
 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
 上告人のその余の部分に対する上告を棄却する。
 訴訟の総費用は第一,二,三審を通じてこれを三分し,その一を被上告人の,その余を上告人の各負担とする。
       理   由
 上告代理人佐藤通吉の上告理由第一点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
 同第二点について。
 家屋焼失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に給付される保険金は,既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し,たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても,右損害賠償額の算定に際し,いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解するのが,相当である。ただ,保険金を支払った保険者は,商法六六二条所定の保険者の代位の制度により,その支払った保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果,被保険者たる所有者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失い,その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することとなるにすぎない。
また,保険金が支払われるまでに所有者が第三者から損害の賠償を受けた場合に保険者が支払うべき保険金をこれに応じて減額することができるのは,保険者の支払う保険金は被保険者が現実に被った損害の範囲内に限られるという損害保険特有の原則に基づく結果にほかならない。
 本件において原審の確定するところによれば,被上告人は上告人からその所有にかかる本件建物を賃借し,敷金六〇〇万円を差し入れ,右建物においてパチンコ店を経営していたところ,その住込店員の重大な過失によって本件建物を焼失し,上告人は右建物の焼失によって合計八四六万円の損害を被ったこと,訴外富士火災海上保険株式会社は,上告人との間で締結した火災保険契約に基づき,保険金として六五〇万円を上告人に支払ったことが,それぞれ認められる。右事実によれば,被上告人は,上告人に対する本件建物返還義務の履行不能による損害賠償として,右建物の焼失により上告人が被った八四六万円の損害を賠償する義務を負担するに至ったものであり,上告人が保険金として受領した六五〇万円を,右損害賠償額の算定に際し,いわゆる損益相殺として控除すべきものでないことは,前記説示に照らし明らかであって,本件建物賃貸借が目的物の滅失によって終了した結果,敷金六〇〇万円は被上告人の上告人に対する右損害賠償債務に当然に充当され,損害賠償債務はうち六〇〇万円が右充当によって消滅したことになる。従って,上告人の被上告人に対する敷金返還債務は,右のとおり敷金の全額が充当されたことにより消滅し,既に存在しないにもかかわらず,原審は,被上告人の上告人に対する損害賠償額の算定にあたって,上告人が保険金として受領した六五〇万円をいわゆる損益相殺として控除した結果,右賠償額は一九六万円であるとし,敷金のうち一九六万円のみが充当されるとして,上告人は残りの四〇四万円を被上告人に返還すべき義務があるとしたものであって,原判決には法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるをえず,右違法は原判決中この部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,右の部分につき,原判決は破棄を免れず,さらにこれと同旨の第一審判決は取消を免れない。この部分に関する被上告人の請求は棄却すべきものである。しかし,訴外富士火災海上保険株式会社は,保険金を支払ったことによって,右上告人の被上告人に対する損害賠償残債権二四六万円を取得したこともまた前記説示に照らして明らかであるから,上告人の被上告人に対する損害賠償請求を理由がないとして排斥した原判決は,その結論において正当であり,右の部分につき,論旨は結局採用することができず,この部分に対する上告は棄却すべきものである。
 よって,民訴法四〇八条一号,三九六条,三八六条,三八四条,九六条,九二条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官江里口清雄,裁判官関根小郷,同天野武一,同坂本吉勝,同高辻正己

労災休業保障給付・年金等と損益相殺(最判昭和62年7月10日民集41巻5号1202頁)

労働者災害補償保険法による休業補償給付,傷病補償年金・厚生年金保険法(昭和60年法律第34号による改正前のもの)による障害年金を被害者の受けた積極損害又は精神的損害から控除できるか
       主   文
 原判決中,金二四九万三〇五〇円及びこれに対する昭和四九年一二月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払請求に係る部分につき,原判決を破棄する。
 右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人松村正康の上告理由について
 原審は,(一) 被上告会社の被用者である被上告人甲は,昭和四九年一二月一九日,被上告会社の事業の執行の過程において,上告人に対し暴行を加え,頚部捻挫,左胸部挫傷の傷害を負わせた(以下「本件事故」という。),(二) 上告人は,本件事故により,入院雑費一万五五〇〇円,付添看護費一〇九万六〇〇〇円,休業補償費一〇五四万五四六五円及び慰謝料一八〇万円,以上合計一三四五万六九六五円相当の損害を被った,(三) 上告人は,本件事故による傷害を原因として,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による休業補償給付二三九万五九八〇円,同法による傷病補償年金六七二万〇三八四円,厚生年金保険法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。以下同じ)による障害年金(原判決中に「健康保険障害年金」とあるのは,記録に照らし,厚生年金保険法による障害年金の誤記と認める。)四九四万六〇二二円,以上合計一四〇六万二三八六円を受領した,との事実を確定したうえ,(四) 右治療関係費(入院雑費,付添看護費),休業補償費及び慰謝料は,本件事故により上告人に生じた同一の身体傷害を原因とする損害の費目にすぎず,これらの各費目について計上される金額は,上告人が被った右の損害を金銭的に評価するための資料となるにすぎないから,労災保険法ないし厚生年金保険法に基づく保険給付は,いかなる給付名義をもってされたものであっても,それが本件事故による身体傷害を原因とする損害の填補の実質を有するものである限り,右損害に対する填補がされたものとして,前記損害の合計額から右保険給付額の合計額を一括して控除すべきものである,(五) そうすると,上告人が本件事故によって被った損害は全額填補されたことになり,また,右損害の填補が本訴提起とは関係なくされたものである以上,上告人主張の弁護士費用相当の損害も本件事故によって生じたものとはいえないとして,上告人の本訴請求を全部棄却すべきものと判断している。
 しかし,右の判断は,本件事故によって上告人が被った損害のうち,休業補償費に相当する損害が右各保険給付を受領したことによって填補されたことになるとした点を除いては,これを是認できない。その理由は次のとおりである。
 労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付の原因となる事故が被用者の行為により惹起され,右被用者及びその使用者が右行為によって生じた損害につき賠償責任を負うべき場合において,政府が被害者に対し労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付をしたときは,被害者が被用者及び使用者に対して取得した各損害賠償請求権は,右保険給付と同一の事由(労働基準法八四条二項,労災保険法一二条の四,厚生年金保険法四〇条参照)については損害の填補がされたものとして,その給付の価額の限度において減縮するものと解されるところ(最高裁昭和五〇年(オ)第四三一号同五二年五月二七日判決・民集三一巻三号四二七頁,同五〇年(オ)第六二一号同五二年一〇月二五日判決・民集三一巻六号八三六頁参照)
右にいう保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは,保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること,すなわち,保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり,保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解すべきであって,単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではないそして,民事上の損害賠償の対象となる損害のうち,労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり,したがって,その間で前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは,財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって,財産的損害のうちの積極損害(入院雑費,付添看護費はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰藉料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないものというべきである。したがって,右の保険給付が現に認定された消極損害の額を上回るとしても,当該超過分を財産的損害のうちの積極損害や精神的損害(慰謝料)を填補するものとして,右給付額をこれらとの関係で控除することは許されない。労災保険法による保険給付を慰謝料から控除することは許されないとする当裁判所の判例(昭和三五年(オ)第三八一号同三七年四月二六日判決・民集一六巻四号九七五頁,同五五年(オ)第八二号同五八年四月一九日判決・民集三七巻三号三二一頁。なお,同三八年(オ)第一〇三五号同四一年一二月一日判決・民集二〇巻一〇号二〇一七頁参照)は,この趣旨を明らかにするものにほかならない。
 これを本件についてみるに,上告人が本件事故によって被った損害の内容及びこれに伴い上告人が受領した労災保険法及び厚生年金保険法に基づく保険給付が前記のとおりであるというのであるから,前記の説示に照らし,右保険給付は,上告人の被った前記損害のうち,休業補償費についてのみ同一の事由についてされたものとして填補関係を生じるにとどまり,前記の入院雑費,付添看護費及び慰謝料との関係では填補関係を生じるものではなく,従って,右各損害につき前記の保険給付額による控除をすることは許されないものというべきである。そうすると,前記損害の合計額から保険給付額の合計額を控除し,その結果,上告人の損害は全額填補されたことになるものとし,ひいて弁護士費用相当の損害も認められないとした原判決には,右の点において法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり,右違法は判決に影響するものであることは明らかというべきであるから,この違法をいう論旨は理由がある。しかるところ,上告人は,自らが被った損害につき三割の限度で過失相殺がされるべきことを自認し,前記損害のうち,入院雑費,付添看護費及び慰謝料の合計額二九一万一五〇〇円に弁護士費用六五万円を合算した三五六万一五〇〇円の七割に相当する二四九万三〇五〇円及びこれに対する昭和四九年一二月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払請求の限度で原判決の破棄を求めているので,右の範囲で原判決を破棄するにとどめる。そして,本件については更に審理を尽くさせる必要があるから,右部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。
 よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官島谷六郎,裁判官牧圭次,同藤島昭,同香川保一

労災特別支給金と損益相殺控除(最判平成8年2月23日民集50巻2号249頁)

労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)による特別支給金を被災労働者の損害額から控除すべきか
  上告代理人松本誠の上告理由第四点について
 労働者災害補償保険法(以下「法」という。)による保険給付は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)によって保険給付の形式で行うものであり、業務災害又は通勤災害による労働者の損害をてん補する性質を有するから、保険給付の原因となる事故が使用者の行為によって生じた場合につき、政府が保険給付をしたときは、労働基準法八四条二項の類推適用により、使用者はその給付の価額の限度で労働者に対する損害賠償の責めを免れると解され(最高裁昭和五〇年(オ)第六二一号同五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁参照)、使用者の損害賠償義務の履行と年金給付との調整に関する規定(法六四条、平成二年法律第四〇号による改正前の法六七条)も設けられている。また、保険給付の原因となる事故が第三者の行為によって生じた場合につき、政府が保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者の第三者に対する損害賠償請求権を取得し、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができる旨定められている(法一二条の四)。他方、政府は、労災保険により、被災労働者に対し、休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金を支給する(労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号))が、右特別支給金の支給は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり(平成七年法律第三五号による改正前の法二三条一項二号、同規則一条)、使用者又は第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について、保険給付の場合における前記各規定と同趣旨の定めはない。このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害をてん補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできないというべきである。
 以上によれば、被上告人が労災保険から受領した休業特別支給金及び障害特別支給金をその損害額から控除すべきでないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官根岸重治,裁判官大西勝也,同河合伸一,同福田博

政府保障事業と将来の他法令給付金との損益相殺(最判平成21年12月17日民集63巻10号2566頁)

被害者が自賠法73条1項所定の他法令給付の年金の受給権を有する場合に,政府が同法72条1項によりてん補すべき損害額算定に当たり控除すべき年金額
       主   文
 1 原判決を次のとおり変更する。
  第1審判決を次のとおり変更する。
  (1) 上告人は,被上告人に対し,110万6134円及びうち65万円に対する平成17年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 被上告人のその余の請求を棄却する。
 2 訴訟の総費用は,これを10分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人須藤典明ほかの上告受理申立て理由について
 1 本件は,自動車同士の衝突事故により後遺障害の残った被上告人が,加害車両の保有者が不明であるため,上告人に対し,自賠法(以下「自賠法」という。)72条1項前段に基づき,上記後遺障害による損害のてん補を求める事案である。
 被上告人は,自賠法72条1項,同法施行令20条,2条1項2号イの定める限度額(以下「法定限度額」という。)である4000万円から,上告人により既にてん補された2312万3480円を控除し,更に被上告人が原審の口頭弁論終結時までに支給を受けた労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく障害年金の額である342万5260円を自賠法73条1項に基づき控除して,残額1345万1260円及びこれに対するてん補請求の日の翌日である平成17年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金と,上記の上告人による既てん補額に対する確定遅延損害金45万6134円の支払を求めている。これに対し,上告人は,自賠法73条1項に基づき控除すべき障害年金には将来の給付分も含まれるから,被上告人が障害年金の受給権を取得した当時の年金額が平均余命期間支給されると仮定した場合における支給総額の現在額である1622万6520円を控除すべきであると主張して,被上告人の請求を争っている。なお,上記の確定遅延損害金の請求部分については,当審の審理判断の対象となっていない。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,平成15年11月1日,通勤途上,愛知県大府市米田町1δ目474番地先路線上において,普通乗用自動車を運転中,信号を無視して進行してきた自動車に衝突され,同自動車は,そのまま走り去り行方不明となった。
 被上告人は,上記の衝突事故により,頸椎骨折,頸髄損傷,脊髄損傷,外傷性くも膜下出血等の傷害を負い,平成16年12月1日,第7頸髄節残存・以下完全四肢麻痺,膀胱直腸障害,脊柱変形障害等の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して症状が固定した(当時66歳)。本件後遺障害は,自賠法施行令別表第1第1級1号に該当する。
 被上告人の本件後遺障害による損害額は,法定限度額である4000万円を超える。
 (2) 被上告人は,上記(1)のとおり症状が固定したことにより,労災保険法に基づく障害年金の受給権を取得し,平成17年1月17日,その支給決定(年額130万2080円)を受けた。被上告人が平均余命期間上記支給決定に係る年金額の支給を受けると仮定した場合における支給総額の現在額は,1622万6520円である。
 (3) 被上告人は,平成17年2月25日,上告人に対し,自賠法72条1項前段に基づく損害のてん補を請求した。
 上告人は,本件後遺障害による損害のてん補として,被上告人の本件後遺障害による損害額を3935万円と算定し,同金額から上記1622万6520円を控除した残額2312万3480円を支払うこととし,同年7月19日,被上告人に対し,これを支払った。
 (4) 被上告人は,原審の口頭弁論終結時までに2度,傷病の再発により障害年金の受給権が一時的に消滅し,傷病年金の支給決定(その年額は当時の障害年金と同額)を受け,平成17年8月分並びに平成19年4月及び5月分については傷病年金の支給を受けたが,傷病が治った後に上記(1)と同一の後遺障害が残り,その都度,障害年金の受給権を取得し,その支給決定を受けた。
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を全部認容すべきものとした。
 自賠法73条1項にいう「損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合」とは,その「給付を受けるべき場合」という文理と被害者保護という自賠法の趣旨,目的を併せ考えると,将来の給付分に関しては,これを受けられることが確実な場合に限られ,給付を受けられるか否かが不確実な場合までは含まれないと解するのが相当である。本件のような障害年金の場合,将来にわたって給付要件や給付額が同一であるかどうかには不確実な点があり,また,受給者の受給権が途中で消滅すること等もあり得ること,現に被上告人についてみると,2度にわたり傷病が再発し,その都度,障害年金の受給権が消滅したことに照らすと,被上告人において未だ支給を受けることが確定していない障害年金は,その給付を受けられるか否かが不確実であるということができ,自賠法73条1項所定の「給付を受けるべき場合」に当たらないというべきである。
 4 しかし原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 自賠法73条1項は,被害者が健康保険法,労災保険法その他政令で定める法令に基づいて自賠法72条1項による損害のてん補に相当する給付(以下「他法令給付」という。)を受けるべき場合には,政府は,その給付に相当する金額の限度において,同項による損害のてん補をしない旨を規定している。上記文言から明らかなとおり,これは,政府が自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)として自賠法72条1項に基づき行う損害のてん補が,自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済の制度によっても救済することができない交通事故の被害者に対し,社会保障政策上の見地から救済を与えることを目的として行うものであるため,被害者が他法令給付を受けられる場合にはその限度において保障事業による損害のてん補を行わないこととし,保障事業による損害のてん補を,他法令給付による損害のてん補に対して補完的,補充的なものと位置付けたものである。そして,自賠法73条1項の定める他法令給付には,保障事業の創設当時から,将来にわたる支給が予定される年金給付が含まれていたにもかかわらず,自賠法その他関係法令には,年金の将来の給付分を控除することなく保障事業による損害のてん補が先に行われた場合における他法令給付の免責等,年金の将来の給付分が二重に支給されることを防止するための調整規定が設けられていない。
保障事業による損害のてん補の目的とその位置付けに加え,他法令給付に当たる年金の将来の給付分に係る上記の調整規定が設けられていないことを考慮すれば,自賠法73条1項は,被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合には,政府は,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めて,その給付に相当する金額の限度で保障事業による損害のてん補をしない旨を定めたものと解するのが相当である。
 したがって,被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合において,政府が自賠法72条1項によりてん補すべき損害額は,支給を受けることが確定した年金の額を控除するのではなく,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めた年金の額を控除して,これを算定すべきである。
 このように解しても,他法令給付に当たる年金の支給は,受給権者に支給すべき事由がある限りほぼ確実に行われるものであって(労災保険法9条等),その支給が行われなくなるのは,上記事由が消滅し,補償の必要がなくなる場合や,本件のように傷病が再発し,傷病の治療期間中,障害年金額と同額の傷病年金が支給されることになる場合などに限られるのであるから,被害者に不当な不利益を与えるものとはいえない。
 なお,被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権の額を確定するに当たっては,被害者が不法行為と同一の原因によって債権を取得した場合,当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるときに限り,被害者の被った損害が現実に補てんされたものとしてこれとの損益相殺が認められるが(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号207頁参照),自賠法73条1項は,被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を前提として,保障事業による損害のてん補と他法令給付による損害のてん補との調整を定めるものであるから,損益相殺の問題ではなく,上記と同列に論ずることはできない。
 5 以上と異なる原審の判断には,自賠法73条1項の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
 そして,本件後遺障害が残ったことにより取得した障害年金の受給権に基づき被上告人が支給を受けることになる将来の給付分を含めた障害年金の額は,上記受給権を取得した当時の年金額が平均余命期間支給されると仮定した場合の支給総額の現在額をもって算定するのが相当であるところ,前記事実関係によれば,上記の現在額は,上記受給権について支給決定がされた年金額に基づき計算すると1622万6520円であるというのであるから,上告人が本件後遺障害に関しててん補すべき損害額を算出するに当たっては,自賠法73条1項に基づき,上記1622万6520円を控除すべきである。そうすると,被上告人の請求は,法定限度額である4000万円から,上告人により既にてん補された2312万3480円を控除し,更に上記1622万6520円を控除した残額である65万円及びこれに対するてん補請求の日の翌日である平成17年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに前記1の確定遅延損害金45万6134円の支払を求める限度でこれを認容し,その余は棄却すべきである。原判決は,上記と異なる限度で破棄を免れず,原判決を主文第1項のとおり変更する。
 よって,裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官櫻井龍子,裁判官甲斐中辰夫,同宮川光治,同金築誠志

退職手当や年金等の受給資格のない相続人子と逸失利益の損益相殺(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1379頁)

不法行為により死亡した国家公務員の得べかりし利益喪失の損害賠償債権を相続した者が同死亡により遺族に支給される退職手当,遺族年金,遺族補償金の受給権者でない場合と相続した損害賠償債権額から右各給付相当額を控除することの可否
       主   文
 一 原判決中上告人らの控訴を棄却した部分のうち,上告人らが被上告人に対し各金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める請求に関する部分を破棄する。
 二 被上告人は上告人らに対し各金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
 三 上告人らのその余の上告を棄却する。
 四 上告人らの被上告人に対する請求についての訴訟費用は第一ないし第二審を通じて三分し,その二を被上告人の,その一を上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人菅原一郎,同菅原瞳の上告理由について
 一 国家公務員は,一定期間勤務したのち退職した場合,国家公務員等退職手当法による退職手当(以下単に「退職手当」と略称する。)及び国家公務員共済組合法による退職給付(以下単に「退職給付」と略称する。)の支給を受けることができるのであるから,右のような公務員が他人の不法行為によって死亡した場合,同人は加害者に対し,生存していたならば得ることのできた給与,退職手当及び退職給付の合計額からその生活必要経費及び中間利息を控除した額について損害賠償債権を取得し,その相続人は相続分に応じて右死亡した者の損害賠償債権を相続するのである。
  一方,国家公務員が死亡した場合,その遺族のうち一定の資格がある者に対して,国家公務員等退職手当法による退職手当及び国家公務員共済組合法による遺族年金(以下単に「遺族年金」と略称する。)が支給され,更に,右死亡が公務上の災害にあたるときは,国家公務員災害補償法による遺族補償金(以下単に「遺族補償金」と略称する。)が支給されるのである。そして,遺族に支給される右各給付は,国家公務員の収入によって生計を維持していた遺族に対して,右公務員の死亡のためその収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とし,かつ,その機能を営むものであって,遺族にとって右各給付によって受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから,死亡した者からその得べかりし収入の喪失についての損害賠償債権を相続した遺族が右各給付の支給を受ける権利を取得したときは,同人の加害者に対する損害賠償債権額の算定にあたっては,相続した前記損害賠償債権額から右各給付相当額を控除しなければならないと解するのが相当である(最高裁昭和三八年(オ)第九八七号,同四一年四月七日判決民集二〇巻四号四九九頁参照。)
 二 ところで,退職手当,遺族年金及び遺族補償金の各受給権者は,法律上,受給資格がある遺族のうちの所定の順位にある者と定められており,死亡した国家公務員の妻と子がその遺族である場合には,右各給付についての受給権者は死亡した者の収入により生計を維持していた妻のみと定められている(国家公務員等退職手当法一一条二項,一項一号,国家公務員共済組合法四三条一項,二条一項三号,国家公務員災害補償法昭和四一年法律第六七号改正前の一六条二項,一項二号)から,遺族の加害者に対する前記損害賠償債権額の算定をするにあたって,右給付相当額は,妻の損害賠償債権からだけ控除すべきであり,子の損害賠償債権額から控除することはできないものといわなければならない。けだし,受給権者でない遺族が事実上受給権者から右各給付の利益を享受することがあっても,それは法律上保障された利益ではなく,受給権者でない遺族の損害賠償債権額から右享受利益を控除することはできないからである。
 三 本件の場合,原判決によると,亡甲の遺族は,同人の収入により生計を維持していた妻である千葉乙のほか,子である上告人らであるというのであるから,甲の遺族に支給される各給付の受給権者は妻の乙だけであり,同人において右各給付による法律上の利益を受けているのであって,右各給付相当額は,同人の損害賠償債権額から控除されるべきであり,これを上告人らの損害賠償債権額から控除することは許されないといわなければならない。そして,原審の適法に確定したところによると,上告人らの被上告人に対する損害賠償債権は,各金一二五万三四八三円から同人らがそれぞれ支給を受けた自賠法による保険金二二万二二二二円(金一〇〇万円の九分の二,円以下切捨)を控除した金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の割合による損害金であることが明らかであるから,上告人らの被上告人に対する本訴請求は右の範囲においてこれを認容し,その余を棄却すべきである。
  ところが,原審は,上告人らも右各給付の支給を受けたとして,同人らの損害賠償債権額から,自賠法による保険金のほか,相続分に応じて各給付相当額を按分した額を控除し,その控除額が右債権額を超過するとして,上告人らの被上告人に対する損害賠償請求をすべて棄却しているのであり,原審の右判断は違法であって,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。
 四 以上のとおりであるから,論旨は一部理由があり,原判決中上告人らの被上告人に対する請求のうち前記認容すべき範囲につき控訴を棄却した部分を破棄し,右範囲において上告人らの請求を正当として認容すべきであり,その余の上告を棄却すべきである。
  よって,民訴法四〇八条,三九六条,三八六条,三八四条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官吉田豊,裁判官岡原昌男,同大塚喜一郎  裁判官小川信雄は退官のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官  吉田 豊

過失相殺と労災給付の相殺の先後(最判平成元年4月11日民集43巻4号209頁)

いわゆる第三者行為災害に係る損害賠償額の算定に当たっての過失相殺と労働者災害補償保険法に基づく保険給付額の控除との先後
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人佐藤真理,同坪田康男,同吉田恒俊,同相良博美の上告理由第一について
 労働者災害補償保険法(以下「法」という。)に基づく保険給付の原因となった事故が第三者の行為により惹起され,第三者が右行為によって生じた損害につき賠償責任を負う場合において,右事故により被害を受けた労働者に過失があるため損害賠償額を定めるにつきこれを一定の割合で斟酌すべきときは,保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するには,右損害の額から過失割合による減額をし,その残額から右保険給付の価額を控除する方法によるのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第一〇八九号同五五年一二月一八日判決・民集三四巻七号八八八頁参照)。何故なら,法一二条の四は,事故が第三者の行為によって生じた場合において,受給権者に対し,政府が先に保険給付をしたときは,受給権者の第三者に対する損害賠償請求権は右給付の価額の限度で当然国に移転し(一項),第三者が先に損害賠償をしたときは,政府はその価額の限度で保険給付をしないことができると定め(二項),受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の保険給付義務とが相互補完の関係にあり,同一の事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしているのであって,政府が保険給付をしたときは,右保険給付の原因となった事由と同一の事由については,受給権者が第三者に対して取得した損害賠償請求権は,右給付の価額の限度において国に移転する結果減縮すると解されるところ(最高裁昭和五〇年(オ)第四三一号同五二年五月二七日判決・民集三一巻三号四二七頁,同五〇年(オ)第六二一号同五二年一〇月二五日判決・民集三一巻六号八三六頁参照
),損害賠償額を定めるにつき労働者の過失を斟酌すべき場合には,受給権者は第三者に対し右過失を斟酌して定められた額の損害賠償請求権を有するにすぎないので,同条一項により国に移転するとされる損害賠償請求権も過失を斟酌した後のそれを意味すると解するのが,文理上自然であり,右規定の趣旨にそうものといえるからである。右と同旨の原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の裁量に属する過失相殺の割合の不当をいうものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官伊藤正己の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 (裁判官伊藤正己の反対意見あり)
    最高裁裁判長裁判官伊藤正己,裁判官安岡滿彦,同坂上壽夫,同貞家克己

相続人が受給権を取得した遺族厚生年金を控除すべき逸失利益の範囲(最判平成16年12月20日裁判集民事215号987頁)

不法行為により死亡した被害者の相続人の損害賠償請求において当該相続人が受給権を取得した遺族厚生年金を控除すべき逸失利益の範囲
       主   文
 原判決のうち上告人ら敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
第一 事案の概要
 一 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)β山一郎(以下「一郎」という。)は,平成一一年二月二四日,横断歩道上で自動車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。一郎は,本件事故の当時会社員であり,本件事故により逸失利益等の財産的損害及び精神的損害を被った。
(2)被上告人δ原松夫は,加害車両の運転者であり,本件事故は,同被上告人の過失により生じたものである。被上告人有限会社戊田は,加害車両の保有者である。
(3)一郎の相続人は,その父母である上告人α太郎(以下「上告人α」という。)及びβ山花子であった。β山花子は,本件事故の後に死亡し,夫である上告人α及び子である上告人γ川春子(以下「上告人γ川」という。)がその相続人となった。この結果,上告人αが四分の三,上告人γ川が四分の一の各割合で,一郎の被上告人らに対する損害賠償請求権を取得した。
(4)上告人らは,平成一三年二月二八日,自動車損害賠償責任保険から,本件事故の損害賠償として,三〇〇〇万三八〇〇円の支払を受けた(以下,これを「本件自賠責保険金」という。)。
 また,上告人αは,平成一四年四月一五日から平成一五年四月一五日までの間に労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金として合計二七九万七〇三三円,平成一一年八月一三日から平成一五年四月一五日までの間に厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として合計二六五万四三四二円の各支給を受けた(以下,これらの年金を「本件遺族年金」と総称し,これと本件自賠責保険金とを合わせて「本件自賠責保険金等」という。)。
 二 本件は,上告人らが,被上告人らに対し,民法七〇九条及び自賠法三条に基づき,本件事故による損害の賠償を求める訴訟である。
 上告人らは,① 本件事故による一郎の損害(逸失利益,慰謝料及び治療費)は一億八〇四二万二四九五円であり,その損害賠償請求権を上告人らが前記各割合で取得した,② 上告人αの固有の損害(弁護士費用,葬儀費用等)は一八一六万八三五〇円,上告人γ川の固有の損害(弁護士費用)は四〇〇万円である,③ 本件自賠責保険金は,上告人らが賠償を求め得る損害額から控除されるが(なお,本件遺族年金は控除されるべきものでない。),まず,上記損害の合計額(弁護士費用を除く。)に対する本件事故の日からその支払日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金に充当され,次いで,その残額が損害金の元本の一部に充当されると主張して,上告人αにおいて,一億四五〇八万〇七八九円及び内金一三〇〇万円(弁護士費用)に対する平成一一年二月二四日から,内金一億三〇八万〇七八九円(上記以外)に対する平成一三年三月一日から,各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金,上告人γ川において,四六一九万二四五五円及び内金四〇〇万円(弁護士費用)に対する平成一一年二月二四日から,内金四二一九万二四五五円(上記以外)に対する平成一三年三月一日から,各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めるものである。
 三 原審は,被上告人らに損害賠償責任があることを認めた上で,本件事故による損害につき次のとおり判断して,上告人αの請求を,六三一五万二〇四三円及び内金六〇〇万円に対する平成一一年二月二四日から,内金五七一五万二〇四三円に対する平成一三年三月一日から,各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,上告人γ川の請求を,一九八二万七八九七円及び内金一五〇万円に対する平成一一年二月二四日から,内金一八三二万七八九七円に対する平成一三年三月一日から,各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。
(1)一郎の被った損害の額は,以下の合計の一億〇七五七万〇九六〇円である。
 ア 逸失利益 七九三六万円(一郎が本件事故当時の勤務先において定年まで勤務すれば得られたであろう給与,賞与,退職一時金及び退職年金並びに定年退職後に他で稼働して得られたであろう収入)
 イ 慰謝料 二八〇〇万円
 ウ 治療費 二一万〇九六〇円
(2)上告人αの固有の損害は八一六万八三五〇円(うち弁護士費用は六〇〇万円である。),上告人γ川の固有の損害は一五〇万円である。
(3)本件自賠責保険金は,本件事故により一郎の被った損害の一部をてん補する。また,本件遺族年金(ただし,返納を要するとされる一一九万五八〇五円を除いた部分に限る。)は,一郎の被った損害のうち逸失利益の一部をてん補する。
(4)不法行為による損害賠償請求権は,上記(3)の損益相殺的な処理を行った後の真の損害額について成立するのであって,損益相殺的な処理をする前の見掛けの損害額において損害賠償請求権が成立し,その債務が不法行為の日から遅滞に陥った後,本件自賠責保険金等によって一部弁済されたとみることは当を得ない。従って,弁済充当に関する民法の規定を適用又は類推適用する余地はない。
(5)以上によれば,一郎が被上告人らに対して賠償を請求し得る損害額は,七三三一万一五九〇円(上記(1)の損害額から本件自賠責保険金等を控除した額)となり,上告人らは,一郎の損害賠償請求権を前記各割合で取得した。従って,これに上記(2)の各上告人の固有の損害を加えた金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で,上告人らの請求は理由がある。
 第二 上告代理人萱場健一郎,同片山律,同高原慎一の上告受理申立て理由第一について
 論旨は,原審の前記第一の三(4)の判断の違法をいうものである。
 被上告人らの損害賠償債務は,本件事故の日に発生し,かつ,何らの催告を要することなく,遅滞に陥ったものである(最高裁昭和三四年(オ)第一一七号同三七年九月四日判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)。本件自賠責保険金等によっててん補される損害についても,本件事故時から本件自賠責保険金等の支払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから,本件自賠責保険金等が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(民法四九一条一項参照)。
 これに反する原審の上記判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。論旨は理由がある。
 第三 同第三について
 論旨は,原審の前記第一の三(3)の判断のうち,遺族厚生年金に関する部分の違法をいうものである。
不法行為によって被害者が死亡し,その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を当該相続人が加害者に対して賠償を求め得る損害の額から控除することによって,損益相殺的な調整を図ることが必要である(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。また,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合に,その相続人のうちに被害者の死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得した者がいるときは,その者が加害者に対して賠償を求め得る被害者の逸失利益(被害者が得べかりし障害基礎年金等)に係る損害の額から,支給を受けることが確定した遺族厚生年金を控除すべきものである(最高裁平成九年(オ)第四三四号,第四三五号同一一年一〇月二二日第二小法廷判決・民集五三巻七号一二一一頁参照)。そして,この理は,不法行為により死亡した者が障害基礎年金等の受給権者でなかった場合においても,相続人が被害者の死亡を原因として被害者の逸失利益に係る損害賠償請求権と遺族厚生年金の受給権との双方を取得したときには,同様に妥当するというべきである。そうすると,不法行為により死亡した被害者の相続人が,その死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したときは,被害者が支給を受けるべき障害基礎年金等に係る逸失利益だけでなく,給与収入等を含めた逸失利益全般との関係で,支給を受けることが確定した遺族厚生年金を控除すべきものと解するのが相当である。
 以上と同旨の原審の上記判断部分は,正当として是認できる。論旨は採用できない。
 第四 職権による検討
 不法行為の被害者の相続人が受給権を取得した遺族厚生年金等を損害賠償の額から控除するに当たっては,現にその支給を受ける受給権者についてのみこれを行うべきものである(最高裁昭和四七年(オ)第六四五号同五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一三七九頁参照)。従って,本件においては,上告人αについてのみ本件遺族年金に係る控除をすべきものである。
 ところが,原審は,前記第一の三(5)のとおり,一郎の被った損害の額から本件遺族年金に係る控除をし,控除後の一郎の損害賠償請求権を上告人らが前記各割合で取得すると判断することによって,上告人γ川が賠償を受けるべき損害の額についても本件遺族年金に係る控除をした結果となっている。従って,この点に関する原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
 第五 以上によれば,原審の前記判断には,上記第二,第四のとおり,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決のうち上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところに従って,上告人らが賠償を求めることのできる損害の額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官津野修,裁判官福田博,同北川弘治,同梶谷玄,同滝井繁男
 

休業給付金との損益相殺(最判平成22年10月15日時報1517号284頁)

1 不法行為により傷害を受け,後遺障害があった場合,休業給付金との損益相殺的な調整の対象となる損害
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人山本大助,同藤本一郎,同今井力の上告受理申立て理由について
 1 本件は,交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った上告人が,加害車両の運転者である被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)に対しては民法709条に基づき,加害車両の運行供用者である被上告人Y2(以下「被上告会社」という。)に対しては自賠法3条に基づき,損害賠償を求める事案である。
 2 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,平成16年2月8日,通勤途上,普通自動二輪車を運転して交差点を直進しようとしたところ,同交差点に反対側から進入して右折しようとした被上告人Y1が運転する加害車両に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。被上告会社は,加害車両の運行供用者である。
 (2) 上告人は,本件事故により,頭部外傷Ⅰ型,頚椎・左肩関節・腰椎打撲,右脛骨・腓骨骨折,右橈骨骨折(粉砕),右足関節切創等の傷害を負い,その後に,右手関節,右足関節及び右足指の各機能障害の後遺障害が残った。
 (3) 本件事故により上告人に生じた損害は,治療関係費等486万0464円(治療費,入院雑費及び装具代420万8843円,その他65万1621円),逸失利益3961万5668円,慰謝料1050万円,弁護士費用400万円の合計5897万6132円である。
 (4)ア 上告人は,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の療養給付(装具代を含む。)として合計391万1278円の支給を受け,また,被上告会社が締結していた自動車保険契約に基づく保険金(以下「任意保険金」という。)10万8150円の支払を受けた。なお,上告人は,上記各金員については,これにより,上記治療費,入院雑費及び装具代相当額の損害の元本がてん補されたものとして,上記元本の額から,これを控除することを認めている。
 イ 上告人は,労災保険法に基づく休業給付として,平成16年5月27日に30万8700円,同年6月10日に18万5220円,同月25日に19万1394円,同年9月2日に37万6614円の合計106万1928円,同法に基づく障害一時金として,平成19年11月6日に22万6373円の各支給を受けた。
 ウ 上告人は,このほかに,原判決別紙「自賠責保険金等充当計算表」の平成16年5月11日欄から平成17年5月19日欄までに記載のとおり合計121万7490円の任意保険金と,同表平成18年5月22日欄及び平成19年2月13日欄に記載のとおり合計819万円の自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額(以下「自賠責保険金」という。)の各支払を受けた。
 3 原審は,労災保険法に基づく休業給付及び障害一時金(以下「休業給付等」という。)は,第三者の被害者に対する損害賠償債務のうちの逸失利益に相当する部分のみを補償の対象とするものであり,これを超えて,同部分に対する遅延損害金をも補償の対象とするものと解することができず,労災保険法の休業給付等と同一の事由の関係にあるとみられるのは上記損害賠償債務のうち,逸失利益に係る部分の元本のみに限定されると解するのが相当であるとして,上告人が支給を受けた上記2(4)イの休業給付等(以下「本件休業給付等」という。)につき,本件事故により上告人に生じた損害のうち逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をし,他方,上告人が支払を受けた上記2(4)ウの任意保険金及び自賠責保険金については,原判決別紙「自賠責保険金充当計算表」記載のとおり,まず各支払日までに生じた遅延損害金に充当し,その残額を損害金元本に充当して,上告人の請求を,被上告人ら各自に対し5175万2698円及びうち400万円に対する本件事故の日である平成16年2月8日から,うち4775万2698円に対する自賠責保険金の最後の支払日の翌日である平成19年2月14日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。
 4 所論は,本件休業給付等との間で行う損益相殺的な調整につき,これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し,次いで元本に充当すべきであるというのである。
 5 そこで検討するに,被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である(最高裁平成20年(受)第494号・第495号同22年9月13日第一小法廷判決・裁判所時報1515号6頁参照)。
 これを本件休業給付等についてみると,休業給付は,労働者が通勤(労災保険法7条1項2号の通勤をいう。)により負傷し,疾病にかかった場合において,負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金をてん補するために,障害一時金は,労働者が,負傷し,又は疾病にかかり,治ったときに障害が残った場合に,労働能力を喪失し,又はこれが制限されることによる逸失利益をてん補するために,それぞれ支給されるものである。このような本件休業給付等の趣旨目的に照らせば,本件休業給付等については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある休業損害及び後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
 そして,被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当である(上記第一小法廷判決参照)。
 前記事実関係によれば,本件休業給付等は,その制度の予定するところに従って,てん補の対象となる損害が現実化する都度,これに対応して支給されたものということができるから,そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。
 6 以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁は,事案を異にし,本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官古田佑紀,裁判官竹内行夫,同須藤正彦,同千葉勝美

社会保険給付と損益相殺及び遅延損害金(最判平成22年9月13日時報1515号272頁)

ア被害者に後遺障害が残った場合において,労働者災害補償保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付を受けたときに,これらの各社会保険給付との間で損益相殺的な調整を行うべき損害
イ 同後遺障害事案で,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害をてん補するために労働者災害補償保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付の支給がされ,又は支給されることが確定したときに,損益相殺的な調整に当たって,損害がてん補されたと評価すべき時期
       主   文
 1 平成20年(受)第494号上告人の上告を棄却する。
 2 平成20年(受)第495号上告人の上告に基づき,原判決中,主文第1項を次のとおり変更する。平成20年(受)第495号被上告人の控訴に基づき,第1審判決を次のとおり変更する。
  (1) 平成20年(受)第495号上告人は,同号被上告人に対し,4226万9811円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 平成20年(受)第495号被上告人のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟の総費用は,これを3分し,その2を平成20年(受)第494号上告人・同第495号被上告人の負担とし,その余を同第494号被上告人・同第495号上告人の負担とする。
       理   由
 平成20年(受)第494号上告代理人二宮仁の上告受理申立て理由及び同第495号上告代理人豊田正彦の上告受理申立て理由(ただし,いずれも排除されたものを除く。)について
 1 本件は,交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った平成20年(受)第494号上告人・同第495号被上告人(以下「第1審原告」という。)が,加害車両の運転者であり,保有者である平成20年(受)第494号被上告人・同第495号上告人(以下「第1審被告」という。)に対し,民法709条又は自賠法3条に基づき,損害賠償を求める事案である。
 第1審原告が支給を受けた労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく各種保険給付,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金との間で行う損益相殺的な調整につき,第1審原告は,これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し,次いで元本に充当すべきであるなどと主張しており,これに対し,第1審被告は,上記の各給付は損害金の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり,これによって消滅した損害金の元本に対する遅延損害金は発生しないと解すべきであると主張して,第1審原告の請求を争っている。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 第1審原告は,平成14年3月6日,通勤途上,その運転する自動車が脱輪したため同車から降りて路側帯に立っていたところ,第1審被告が運転し,保有する普通乗用自動車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)により,右大腿骨開放性骨折等の傷害を受け,その後に右大腿切断後及び左膝複合靱帯損傷の後遺障害が残った。本件事故により第1審原告に生じた損害は,別紙のとおりである。
 (2) 第1審原告は,第1審判決別表第4記載のとおり,自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額と第1審被告が締結していた自家用自動車保険契約に基づく保険金(以下「任意保険金」という。)の各支払を受け,また,労災保険法に基づく療養給付及び休業給付(以下「本件各保険給付」という。)の各支給を受けた。なお,第1審原告と第1審被告とは,任意保険金の各支払に当たり,支払を受けた保険金を本件事故による損害金の元本に充当し,これによって消滅する損害金の元本に対する遅延損害金の支払債務を免除する旨の黙示の合意をした。
 (3) さらに,第1審原告は,原審口頭弁論終結の日である平成19年9月20日までに,原判決別紙年金支払表の「労災年金」欄記載のとおり,労災保険法に基づく障害年金の各支給を受けるとともに,同表の「厚生年金」欄記載のとおり,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金の各支給を受け,又はその支給を受けることが確定していた(以下,原審口頭弁論終結の日までに支給がされ,又は支給を受けることが確定していた上記の障害年金,障害基礎年金及び障害厚生年金を,併せて「本件各年金給付」という。)。
 3 原審は,上記事実関係の下において,本件各保険給付及び本件各年金給付についての損益相殺的な調整につき,次のとおり判断して,第1審原告の請求を,4601万5288円及びうち2337万3760円に対する平成17年4月1日から,うち2264万1528円に対する平成19年9月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。
 (1) 本件各保険給付は,支払原因が生ずる都度,治療費を病院に支払い,休業期間に対応する給付金を第1審原告に支払うなどしてされたものであり,上記各支払により治療費等の療養に要する費用又は休業損害金の元本がてん補されたことは明らかであって,遅滞による損害が実質的には生じていなかったことからすると,上記てん補に係る損害に対する本件事故の発生の日から各てん補の日までの遅延損害金が生ずると解することは,損害の公平な分担という観点からして相当でない。
 (2) 本件各年金給付は,いずれも第1審原告の後遺障害による逸失利益をてん補するものであり,既に支給を受けた年金等及び口頭弁論終結日までに支給を受けることが確定した年金等の額の限度で,上記逸失利益との間で損益相殺的な調整を行うことができるところ,本件各年金給付が支給される時点における逸失利益の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これをまず各てん補の日(ただし,支給を受けることが確定した年金等については口頭弁論終結日)までに生じている遅延損害金に,次いで元本に充当すべきである。
 4 原審の上記3(1)の判断は正当として是認できるが,同(2)の判断は是認できない。その理由は,以下のとおりである。
 (1) 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく
各種年金給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
 これを本件各保険給付についてみると,労働者が通勤(労災保険法7条1項2号の通勤をいう。)により負傷し,疾病にかかった場合において,療養給付は,治療費等の療養に要する費用をてん補するために,休業給付は,負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金をてん補するために,それぞれ支給されるものである。このような本件各保険給付の趣旨目的に照らせば,本件各保険給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある治療費等の療養に要する費用又は休業損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。

 また,本件各年金給付は,労働者ないし被保険者が,負傷し,又は疾病にかかり,なおったときに障害が残った場合に,労働能力を喪失し,又はこれが制限されることによる逸失利益をてん補するために支給されるものである。このような本件各年金給付の趣旨目的に照らせば,本件各年金給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
 (2) そして,不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるが(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合においては,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害につき,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に,不法行為の時におけるその額を算定せざるを得ない。その額の算定に当たっては,一般に,不法行為の時から損害が現実化する時までの間の中間利息が必ずしも厳密に控除されるわけではないこと,上記の場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当というべきである。
 前記事実関係によれば,本件各保険給付及び本件各年金給付は,その制度の予定するところに従って,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給され,又は支給されることが確定したものということができるから,そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。
 (3) 以上によれば,原審の上記3(1)の判断は正当として是認することができ,第1審原告の論旨は採用できない。他方,原審の上記3(2)の判断には,法令の解釈を誤った違法があり,この違法は,判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,第1審被告の論旨は理由がある。最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日判決・裁判集民事215号987頁は,事案を異にし,本件に適切でない。
 5 以上のとおりであるから,第1審原告の上告を棄却することとし,また,前記認定事実並びに上記4(1)及び(2)に説示したところによれば,第1審原告の請求は,4226万9811円及びこれに対する自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額の支払の日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであり,その余は理由がないから棄却すべきであって,原判決中,第1審被告敗訴部分のうち上記金額を超える部分は破棄を免れず,第1審被告の上告に基づき,これを主文第2項のとおり変更する。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官白木勇,裁判官宮川光治,同櫻井龍子,同金築誠志,同横田尤孝
(別紙)
1 治療関係費    2132万6578円
2 付添看護関係費    74万2900円
3 装具等購入費    196万6363円
4 家屋改造費     325万0800円
5 火葬場使用料        5000円
6 休業損害      862万6819円
7 入通院慰謝料        350万円
8 逸失利益     3581万3146円
9 後遺障害慰謝料      2000万円
10 弁護士費用        350万円
       (合計 9873万1606円)

人身傷害補償条項の保険金と損益相殺(最判平成20年10月7日裁判集民事229号19頁)

交通事故の加害者Yが被害者Xに賠償すべき人的損害につき,Xの父の自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づく保険金取得額を控除すべきか
       主   文
 原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人古田兼裕,同山本大助,同藤本一郎の上告受理申立て理由について
 1 本件は,上告人運転の自転車と,被上告人Y1運転の普通貨物自動車(以下「被上告人車」という。)とが交差点において衝突し,上告人が重傷を負った交通事故(以下「本件事故」という。)について,上告人が,被上告人Y1に対し,自賠法3条又は民法709条に基づき,上告人が被った人的損害の賠償を求め,被上告人Y1との間で自動車保険契約を締結していた保険会社である被上告人Y2(以下「被上告人会社」という。)に対し,同保険契約に基づき,上告人と被上告人Y1との間の判決の確定を条件に,同額の保険金の支払を求める事案である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 本件事故は,平成14年7月7日午前7時50分ころ,兵庫県姫路市内の国道250号線の交差点において,同交差点東側の横断歩道を北から南に向かって進行していた上告人(当時12歳)運転の自転車と,上記国道を西から東に向かって進行していた被上告人車とが衝突したというものである。本件事故における上告人と被上告人Y1の過失割合は,いずれも5割である。
 (2) 本件事故により,上告人は,脳挫傷,頭部打撲等の傷害を負い,入通院による治療を受けたが,平成15年5月27日,高次脳機能障害等の後遺障害を残して症状固定し,同後遺障害により労働能力を100%失った。
 (3) 本件事故により上告人に発生した人的損害(弁護士費用に係る損害を除く。)は1億7382万8332円(治療費,将来の介護費,住宅改造費,逸失利益,慰謝料等の合計)である。
 (4) 被上告人Y1は,本件事故当時,被上告人会社との間で,被上告人Y1が被上告人車によって第三者に加害を及ぼし損害を生じさせた場合に当該第三者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について,被上告人Y1と当該第三者との間で判決が確定し又は裁判上の和解若しくは書面による合意が成立したときに,当該第三者が直接被上告人会社に上記金額の支払を請求することができる旨の約定を含む自動車保険契約を締結していた。
 (5) 上告人の父である甲は,本件事故当時,乙(以下「訴外保険会社」という。)との間で,上告人も補償の対象者に含む人身傷害補償条項(以下「本件傷害補償条項」という。)のある自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を受領した者が他人に損害賠償を請求することができる場合には,訴外保険会社は,その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,上記の損害賠償に係る権利を取得する旨の約定がある。
 (6) 上告人は,本件傷害補償条項に基づき,訴外保険会社から,本件事故による上告人の人的損害について,567万5693円の保険金(以下「本件傷害保険金」という。)の支払を受けた。
 (7) 上告人は,平成16年2月23日,自動車損害賠償責任保険から,本件事故の損害賠償として,3000万円の支払を受けた(以下,これを「本件自賠責保険金」という。)。
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,6368万2222円及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人Y1に対する請求を認容し,上告人と被上告人Y1との間の判決の確定を条件に上記と同額及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人会社に対する請求を認容した。
 (1) 上記2(3)の損害額1億7382万8332円に上告人の過失割合5割による過失相殺をした後の8691万4166円から本件傷害保険金の額である567万5693円を控除すると,残額は8123万8473円となる。そして,同金額に対する本件事故の日である平成14年7月7日から本件自賠責保険金が支払われた平成16年2月23日までの年5分の割合による遅延損害金は664万3749円であるから,本件自賠責保険金3000万円については,まず上記遅延損害金に充当され,残額(2335万6251円)が元本に充当される結果,未てん補の損害額(弁護士費用に係る損害を除く。)は5788万2222円となる。
 上告人は,本件傷害保険金567万5693円のうち被上告人Y1に対する損害賠償請求に当たって控除することができるのは,同金額に被上告人Y1の過失割合を乗じた額に限られる旨主張するが,採用できない。
 (2) 本件事故と相当因果関係がある弁護士費用に係る損害の額は580万円とするのが相当である。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件傷害保険金は,上告人の父が訴外保険会社との間で締結していた本件保険契約の本件傷害補償条項に基づいて上告人に支払われたものであるというのであるから,これをもって被上告人Y1の上告人に対する損害賠償債務の履行と同視はできない。また,前記事実関係によれば,本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を支払った訴外保険会社は同保険金を受領した者が他人に対して有する損害賠償請求権を取得する旨のいわゆる代位に関する約定があるというのであるから,訴外保険会社は,本件傷害保険金の支払によって,上告人の被上告人Y1に対する損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)の一部を代位取得する可能性があり,訴外保険会社が代位取得する限度で上告人は上記損害賠償請求権を失うことになるのであって,本件傷害保険金の支払によって直ちに本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権が消滅するということにはならない。そして,原審が確定した前記事実関係からは,本件傷害補償条項を含めて本件保険契約の具体的内容等が明らかではないので,上記の代位の成否及びその範囲について確定することができず,訴外保険会社が本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権を当然に代位取得するものと認めることもできない。

 ところが,原審は,本件傷害補償条項を含む本件保険契約の具体的内容等について審理判断することなく,本件損害賠償請求権の額を算定するに当たり,上告人の損害額から上告人の過失割合による減額をし,その残額から本件傷害保険金の金額を控除したものである。しかも,上告人は,原審において,本件傷害保険金のうち被上告人Y1の過失割合に対応した金額に相当する本件損害賠償請求権を訴外保険会社が代位取得する旨の合意が上告人と訴外保険会社との間で成立している旨主張していることが記録上明らかであるが,原審は,この合意の有無及び効力についても何ら審理判断していない。そうすると,原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,上記の点等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官藤田宙靖,裁判官堀籠幸男,同那須弘平,同田原睦夫,同近藤崇晴

自賠法3条請求から将来の確定労災給付金の控除の可否(最判昭和52年12月22日裁判集民事122号559頁)

労働者災害補償保険法に基づく保険給付の確定と受給権者が使用者に対し自賠法3条の請求可能額から将来の給付額を控除することの要否
       主   文
 原判決中,主文第一,二項を破棄する。
 被上告人らの控訴を棄却する。
 上告人のその余の上告を棄却する。
 訴訟の総費用はこれを一〇分し,その四を上告人の負担とし,その余を被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人祖父江英之の上告理由について
労働者災害補償保険法に基づく保険給付の原因となった事故が第三者の自動車運転上の不法行為によって生じ,かつ,被災労働者の使用者が右事故につき自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償の責に任すべき場合において,保険給付により受給者が第三者及び使用者に対する損害賠償請求権を失うのは,政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られるのであって,いまだ現実の給付がない以上,たとい将来にわたり継続して給付されることが確定していても,受給権者が第三者及び使用者に対して請求することのできる損害賠償の額を算定するにあたり,このような将来の給付額を損害額から控除すべきではないと解するのが相当である(最高裁昭和五〇年(オ)第四三一号同五二年五月二七日第三小法廷判決・民集三一巻三号四二七頁,昭和五〇年(オ)第六二一号同五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号登載予定参照)。
 ところが,原審は,本件交通事故の被害者亡矢野泰近の妻である上告人が加害車を運転していた被上告人高津及び加害車の保有車であるとともに泰近の使用者である被上告人会社に対して請求することのできる損害賠償の残存債権の額は六一〇万〇一九五円及びこれに対する昭和四八年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金と弁護士費用四二万円であるとしながら,上告人に対し労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金として,未だ現実に給付されていないが,将来にわたり継続して給付されることが確定している給付額のうち泰近の就労可能年数に対応する部分の現価を九一六万九一八〇円であると算定し,この現価を右債権額から控除すべきであるとの見解のもとに,右現価が債権額を超えることを理由として,上告人の請求を右債権額の部分(弁護士費用に対する遅延損害金の点を含む。)についても棄却した。この原審の判断は,法令の解釈を誤っており,その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由があり,原判決中,右の部分は破棄を免れない。そうして,原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,上告人の請求のうち前記債権額に関する部分(弁護士費用に対する遅延損害金の点を含む。)を認容した第一審判決は相当であるから,被上告人らの控訴は失当としてこれを棄却すべきものである。また,原判決中その余の部分については,論旨は理由がない。
 よって,民訴法四〇八条一号,三九六条,三八六条,三八四条,九六条,九二条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官団藤重光,裁判官岸上康夫,同藤崎萬里
 
 

遺族年金と加害者の賠償控除(最判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁)

1 不法行為と同一原因によって被害者・相続人が第三者に対して取得した債権の額を加害者の賠償額から控除することの要否と範囲
2 地方公務員等共済組合法(昭和60年法律第108号改正前)に基づく退職年金の受給者が不法行為で死亡したため相続人が受給権を取得した同法上の遺族年金額を加害者の賠償額から控除することの要否と範囲
 
 
 
 上告代理人芝康司,同山本寅之助,同森本輝男,同藤井勲,同山本彼一郎,同泉薫,同矢倉昌子,同阿部清司の上告理由について
 所論は,要するに,被上告人の請求は,上告人に対し,本件事故によって死亡した甲の相続人(妻)である被上告人が,地方公務員等共済組合法(昭和60年法律第108号による改正前のもの。以下「法」という。)の規定する退職年金を受給していた甲が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額などを同人の損害として,その賠償を求めるものであるところ,被上告人は,甲の死亡を原因として,法の規定する遺族年金の受給権を取得したのであるから,甲の平均余命年数を基準に遺族年金の現在額を算定し,これを被上告人が上告人に対して賠償を求める損害額から控除すべきであると解するのが最高裁の判例(最高裁昭和48年(オ)第813号同50年10月21日判決・裁判集民事116号307頁)であるのに,これと異なり,被上告人が原審の口頭弁論終結時までに現実に支給を受けた遺族年金の額に限って損害額から控除すれば足りるとした原判決には,法令の解釈適用を誤った違法がある,というのである。
 1 (1) 不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである
 (2) 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があり,また,被害者が不法行為によって死亡し,その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合にも,右の損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る。このような調整は,前記の不法行為に基づく損害賠償制度の目的から考えると,被害者又はその相続人の受ける利益によって被害者に生じた損害が現実に補てんされたということができる範囲に限られるべきである。
 (3) ところで,不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する債権を取得した場合には,当該債権を取得したということだけから右の損益相殺的な調整をすることは,原則として許されないものといわなければならない。けだし,債権には,程度の差こそあれ,履行の不確実性を伴うことが避けられず,現実に履行されることが常に確実であるということはできない上,特に当該債権が将来にわたって継続的に履行されることを内容とするもので,その存続自体についても不確実性を伴うものであるような場合には,当該債権を取得したということだけでは,これによって被害者に生じた損害が現実に補てんされたものということができないからである。
 (4) したがって,被害者又はその相続人が取得した債権につき,損益相殺的な調整を図ることが許されるのは,当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるものというべきである。
 2 (1) 法の規定する退職年金及び遺族年金は,本人及びその退職又は死亡の当時その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的とする地方公務員法所定の退職年金に関する制度に基づく給付であって,その目的及び機能において,両者が同質性を有することは明らかである。そして,給付義務を負う者が共済組合であることに照らせば,遺族年金については,その履行の不確実性を問題とすべき余地がないということができる。しかし,法の規定によれば,退職年金の受給者の相続人が遺族年金の受給権を取得した場合においても,その者の婚姻あるいは死亡などによって遺族年金の受給権の喪失が予定されているのであるから(法96条),既に支給を受けることが確定した遺族年金については,現実に履行された場合と同視し得る程度にその存続が確実であるということができるけれども,支給を受けることがいまだ確定していない遺族年金については,右の程度にその存続が確実であるということはできない。
 (2) 退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には,相続人は,加害者に対し,退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができる。この場合において,右の相続人のうちに,退職年金の受給者の死亡を原因として,遺族年金の受給権を取得した者があるときは,遺族年金の支給を受けるべき者につき,支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で,その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが,いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しないと解するのが相当である。
 (3) 以上説示するところに従い,所論引用の当裁判所昭和50年10月21日判決及び最高裁昭和52年(オ)第429号同年12月22日判決・裁判集民事122号559頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきものである。
 3 (1) これを本件についてみるのに,原審の適法に確定した事実関係によれば,(1) 甲は,本件事故前,退職年金を受給していた,(2) 甲が本件事故によって死亡しなければその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額(被上告人の相続分)は,1035万5671円である,(3) 被上告人は,甲が本件事故によって死亡したため,遺族年金の受給権を取得し,原審の口頭弁論終結時までに合計321万1151円の支給を受けた,というのである。
 (2) 原審は,右事実関係の下において,被上告人が現実に支給を受けた遺族年金の額に限って,これを損害の額から控除すべきものとし,甲の得べかりし退職年金の現在額その他の損害額に過失相殺による減額を加えた額から遺族年金の既払分321万1151円及び自賠法に基づく保険金を控除した残額に弁護士費用を加え,結局,216万2144円が上告人の被上告人に対する損害賠償額であると判断した。
 (3) しかし,法75条1項,4項によれば,年金である給付は,その給付事由が生じた日の属する月の翌月からその事由のなくなった日の属する月までの分を支給し,毎年3月,6月,9月及び12月(なお,昭和60年法律第108号により,毎年2月,5月,8月及び11月と改正され,改正前の遺族年金にも適用されることになった。)において,それぞれの前月までの分を支給するものとされており,被上告人について遺族年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては,原審口頭弁論終結の日である昭和63年7月8日現在で被上告人が同年7月分までの遺族年金の支給を受けることが確定していたものである。
 ところで,被上告人が原審最終口頭弁論期日までに支給を受けた最終の分は昭和63年5月(原判決の事実摘示欄に同年6月とあるのは誤記と認める。)に支払われた37万2350円であることは,原判決の記載から認められるところ,右金員は,前記の法75条4項の規定によれば,同年2月から4月までの遺族年金であるとみるべきであるから,被上告人の当時の遺族年金の3か月分の金額は37万2350円であることが明らかである。
 4 従って,本件において,前記の損害額から控除すべき遺族年金の額は,被上告人が既に支給を受けた321万1151円と原審の口頭弁論終結時において支給を受けることが確定していた同年5月から7月までの3か月分37万2350円との合計額であるというべきである。
 5 そうすると,彼上告人に関する損害賠償として上告人に対し支払を命ずべき額は,原審の認容額216万2144円から右の37万2350円を控除した178万9794円ということになるので,これと結論を1部異にする原審の前記判断には,損害賠償額の算定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。論旨は,その限度で理由があり,原判決は,右の37万2350円を控除しなかった限度で破棄を免れず,同部分につき,被上告人の請求は棄却すべきものである。
 よって,原判決を主文第1項のとおり変更することとし,民訴法408条,396条,386条,384条,96条,89条,92条に従い,裁判官藤島昭,同園部逸夫,同佐藤庄市郎,同木崎良平,同味村治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 (裁判官藤島昭,味村治の各反対意見あり。)。
        最高裁裁判長裁判官草場良八,裁判官藤島昭,同坂上壽夫,同貞家克己,同大堀誠一,同園部逸夫,同橋元四郎平,同中島敏次郎,同佐藤庄市郎,同可部恒雄,同木崎良平,同味村治,同大西勝也,同小野幹雄,同三好達

自賠法の運行供用者責任

  自賠法の運行供用者責任に関する重要裁判例(最高裁判所判決等)を掲載しました。

自賠法3条の他人性(最判昭和50年11月4日民集29巻10号1501頁)

会社の取締役が私用のため会社所有の自動車を使用し同乗の従業員に一時運転させている間に右従業員の惹起した事故により受傷した場合に会社に対し自賠法3条にいう他人に当たらない

  上告代理人伊達利知,同溝呂木商太郎,同伊達昭,同沢田三知夫,同奥山剛の上告理由について
 原審が適法に確定するところは,(一) 被上告会社は,建物の管理・清掃等を営む会社で,その所有の本件自動車を会社と作業現場との間における作業員の往復や作業用具の運搬に使用し,平常はこれを会社の事務所に設けられている車庫に格納していた,(二) 被上告会社は同族会社で,本件事故の被害者である甲は代表取締役の二男であり,取締役に就任しているが,常勤の作業員と同様に現場作業に従事して月給を支給されており,通勤には自己所有の単車を使用している,(三) 甲は,本件事故発生の前日の午後一一時ころ,被上告会社の従業員乙とともに本件自動車を使用して作業現場から会社に戻り,近くの飲食店で食事をしたのち,乙から知人の働いているトルコ風呂に行ってみようと誘われ,みずから本件自動車を運転し,乙を同乗させて,東京都港区子の会社を出発して新橋方面に向かったが,目的のトルコ風呂が見つからなかったので行先を変更し,甲の知人がマネジヤーをしている五反田方面のトルコ風呂に赴いたが,マネジヤーが不在であったため再度行先を変更して,甲の自宅に帰る途中で新宿方面のトルコ風呂に立寄るべく引続き運転中,目黒区内で道路工事の標識に衝突し付近に停車中の自動車との接触事故を起こしたことから,乙に運転を交代してもらって本件自動車を走行させているうち,翌午前二時三〇分ころ渋谷区子付近において,乙の前方不注視等の過失により本件自動車をガードレールに衝突させる本件事故が発生し,甲が加療二年以上を要する重傷を負った,(四) 甲と乙とが本件自動車を私用に供するについては,被上告会社の明示の許諾は得ていないけれども,被上告会社においては従業員が本件自動車を私用に供することを固く禁じて管理を厳重にしていたとも認められない,というのであり,原審は,以上の事実関係から,被上告会社は本件事故発生当時なお本件自動車の運行を支配する関係にあったもので,本件事故により甲が被った損害につき自賠法(以下「自賠法」という。)三条による自動車保有者の損害賠償責任を負うべきである旨判示し,本件事故当時被害者である甲みずからが本件自動車を自己のために運行の用に供していたのであるから被上告会社は甲に対し損害賠償責任を負わない旨の上告人の抗弁を排斥しているのである。
 しかし,自賠法三条により自動車保有者が損害賠償責任を負うのは,その自動車の運行によって「他人」の生命又は身体を害したときであり,ここに「他人」とは,自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうことは,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和三五年(オ)第一四二八号同三七年一二月一四日判決・民集一六巻一二号二四〇七頁,昭和四二年(オ)第八八号同四二年九月二九日判決・裁判集民事八八号六二九頁,昭和四四年(オ)第七二二号同四七年五月三〇日判決・民集二六巻四号八九八頁)。従って,被上告会社が甲に対し自賠法三条による賠償責任を負うかどうかを判断するためには,甲が右の意味における「他人」にあたるかどうかを検討することが必要である。
 そうして、原審確定の上記の事実関係に徴すると,甲は被上告会社の業務終了後の深夜に本件自動車を業務とは無関係の私用のためみずからが運転者となりこれに乙を同乗させて数時間にわたって運転したのであり,本件事故当時の運転者は乙であるが,この点も,甲が被上告会社の従業員である乙に運転を命じたという関係ではなく,甲みずからが運転中に接触事故を起こしたために,たまたま運転を交代したというにすぎない,というのであって,この事実よりすれば,甲は,本件事故当時,本件自動車の運行をみずから支配し,これを私用に供しつつ利益をも享受していたものといわざるをえない。もっとも,原審認定の被上告会社による本件自動車の管理の態様や,甲の被上告会社における地位・身分等をしんしやくすると,甲による本件自動車の運行は,必ずしも,その所有者たる被上告会社による運行支配を全面的に排除してされたと解し難いことは,原判決の説示するとおりであるが,そうであるからといって,甲の運行供用者たる地位が否定される理由はなく,かえって,被上告会社による運行支配が間接的,潜在的,抽象的であるのに対し,甲によるそれは,はるかに直接的,顕在的,具体的であるとさえ解されるのである。
 それ故,本件事故の被害者である甲は,他面,本件事故当時において本件自動車を自己のために運行の用に供していた者であり,被害者が加害自動車の運行供用者又は運転者以外の者であるが故に「他人」にあたるとされた当裁判所の前記判例の場合とは事案を異にするうえ,原判示のとおり被上告会社もまたその運行供用者であるというべきものとしても,その具体的運行に対する支配の程度態様において被害者たる甲のそれが直接的,顕在的,具体的である本件においては,甲は被上告会社に対し自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないというべきである。
  ところが,原審は,上記の事実関係を確定しながら,甲が自賭法三条の「他人」にあたるか否かについての検討を経ることなく,直ちに被上告会社は甲に対して同条による損害賠償責任を負うべきものとしているが,この判断は同条の解釈適用を誤っており,その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れないところ,原審の確定した事実関係に右法令を適用すれば,被上告会社は甲に対し自賠法三条による損害賠償責任を負うものでないことが明らかで,これと同趣旨の上告人の抗弁は理由があり,従って,被上告会社よりその主張の本件保険契約に基づき上告人に対し保険金の支払を求める本訴請求は,失当として棄却すべきものである。
 よって,民訴法四〇八条,九六条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      最高裁裁判長裁判官坂本吉勝,裁判官関根小郷,同天野武一,同江里口清雄,同高辻正己

所有者登録名義人と運行供用者(最判昭和50年11月28日民集29巻10号1818頁)

自動車の所有者でない所有者登録名義人が自賠法3条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者にあたるとされた事例

 一 上告代理人小倉一之の上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 二 同第二点について
 自動車の所有者から依頼されて自動車の所有者登録名義人となった者が,登録名義人となった経緯,所有者との身分関係,自動車の保管場所その他諸般の事情に照らし,自動車の運行を事実上支配,管理することができ,社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視,監督すべき立場にある場合には,右登録名義人は,自動車損害賠償補償法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者にあたると解すべきである。
  原審の適法に確定した事実によると,被上告人甲は,昭和四四年三月ころ,本件自動車の所有者である被上告人乙から,その所有者登録名義人となっていることを知らされ,これを了承するに至ったのであるが,被上告人乙は,被上告人甲の子であり,当時満二〇才で,被上告人甲方に同居し農業に従事しており,右自動車は被上告人甲居宅の庭に保管されていたというのであり,右事実関係のもとにおいては,被上告人甲は本件自動車の運行を事実上支配,管理することができ,社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視,監督すべき立場にあったというべきであって,右自動車の運行供用者にあたると解するのを相当とする。
  ところが,原判決は,被上告人甲は右運行供用者にあたらないとして,その余の判断をすることなく上告人の同被上告人に対する請求を棄却しているのであり,右判断は,前述するところに照らし,違法であることを免れず,その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,論旨は理由がある。
 三 以上のとおりであるから,原判決中上告人の被上告人甲に対する請求に関する部分は破棄を免れず,右請求について更に損害額その他審理を要するので,右部分について本件を原審に差し戻すのを相当とし,上告人の被上告人乙に対する請求に関する部分については,上告を棄却するものとする。
 よって,民訴法四〇七条,三九六条,三八四条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官高辻正己,裁判官関根小郷,同天野武一,同坂本吉勝,同江里口清雄

自賠法3条の他人性(最判平成9年10月31日民集51巻9号3962頁)

ア 運転代行業者と自賠法2条3項の保有者
イ 運転代行業者に運転依頼し同乗中に事故負傷した自動車の使用権者が同代行業者に対する関係で自賠法3条の他人に当たるとされた事例

       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人高崎尚志の上告理由について
 1 本件は,運転代行業者に自動車の運転を依頼して同乗中に交通事故に遭い,後遺障害を負った被上告人が,右自動車の自動車損害賠償責任保険の保険会社である上告人に対し,自賠法(以下「法」という。)16条1項に基づいて,保険金額の限度で損害賠償額の支払を求めた事件であるところ,原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 被上告人は,高崎松菱株式会社の従業員であり,右会社の所有する本件自動車を貸与され,これを右会社の業務及び通勤のために使用するほか,私用に使うことも許されていた。
 2 被上告人は,昭和63年12月2日午後6時30分ころに勤務を終えた後,翌3日午前零時過ぎころまでの間,高崎市内のスナック等で水割り8,9杯を飲んだ。そして,酒に酔って本件自動車を運転することによる危険を避けるため,右スナックの従業員を介して,運転代行業者であるP代行に対し,本件自動車に被上告人を乗車させて自宅まで運転することを依頼した。P代行は,右依頼を承諾し,代行運転者として子を派遣した。
 3 子は,12月3日午前1時ころ前記スナックに到着し,被上告人を本件自動車の助手席に乗車させた上,本件自動車を運転して高崎市内の被上告人の自宅に向かっていたところ,午前1時35分ころ,本件自動車と丑運転の自動車とが衝突する交通事故が発生した。被上告人は,右交通事故により右眼球破裂等の傷害を負い,右眼失明等の後遺障害が残った。
 4 運転代行業は,自動車の所有者又は使用権者の依頼を受け,これらの者に代わって,当該自動車を目的地まで運転する役務を提供し,これに対する報酬を得ることを業とするものであり,多くの場合,運転代行を依頼した所有者等を当該自動車に同乗させて運ぶ形態を採っている。実際に自動車を運転する代行運転者は,運転代行業者が従業員として雇用する場合と,会員として登録する場合があり,P代行は,会員として登録した代行運転者に依頼を受けた代行運転を順次割り当てる営業形態を採っていた。高崎市及びその付近の地域では,自動車の普及が著しく,運転代行業者が広く利用されている。
 2 前記事実関係によれば,P代行は,運転代行業者であり,本件自動車の使用権を有する被上告人の依頼を受けて,被上告人を乗車させて本件自動車を同人の自宅まで運転する業務を有償で引き受け,代行運転者である子を派遣して右業務を行わせていたのであるから,本件事故当時,本件自動車を使用する権利を有し,これを自己のために運行の用に供していたものと認められる。従って,P代行は,法2条3項の「保有者」に当たると解するのが相当である。
 ところで,自動車の所有者は,第三者に自動車の運転をゆだねて同乗している場合であっても,事故防止につき中心的な責任を負う者として,右第三者に対して運転の交代を命じ,あるいは運転につき具体的に指示することができる立場にあるのであるから,特段の事情のない限り,右第三者に対する関係において,法3条の「他人」に当たらないと解すべきところ(最高裁昭和55年の第1121号同57年11月26日判決民集36巻11号2318頁参照),正当な権原に基づいて自動車を常時使用する者についても,所有者の場合と同様に解するのが相当である。そこで,本件について特段の事情の有無を検討するに,前記事実関係によれば,被上告人は,飲酒により安全に自動車を運転する能力,適性を欠くに至ったことから,自ら本件自動車を運転することによる交通事故の発生の危険を回避するために,運転代行業者であるP代行に本件自動車の運転代行を依頼したものであり,他方,P代行は,運転代行業務を引き受けることにより,被上告人に対して,本件自動車を安全に運行して目的地まで運送する義務を負ったものと認められる。このような両者の関係からすれば,本件事故当時においては,本件自動車の運行による事故の発生を防止する中心的な責任はP代行が負い,被上告人の運行支配はP代行のそれに比べて間接的,補助的なものにとどまっていたものというべきである。従って,本件は前記特段の事情のある場合に該当し,被上告人は,P代行に対する関係において,法3条の「他人」に当たると解するのが相当である。
 以上によれば,P代行が保有者に当たり,被上告人がP代行に対する関係で他人に当たるとした原審の判断は正当である。右判断は,所論引用の各判例に抵触するものではない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
  よって,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員1致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官大西勝也,裁判官根岸重治,同河合伸一,同福田博

運行供用者(最判平成20年9月12日裁判集民事228号639頁)

Xの友人Aが,Xの運転するXの父親B所有の自動車に同乗してバーに赴き,Xと飲酒をした後,寝込んでいるXを乗せて同自動車を運転し事故を起こした場合の,Bの運行供用者性


 上告代理人細井土夫ほかの上告受理申立て理由について
 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
  (1) 甲(昭和57年7月生)は,平成14年2月19日午前5時ころ,愛知県一宮市内において,自己の運転する普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を,赤信号で停止していた普通貨物自動車に追突させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。上告人(昭和57年3月生)は,本件事故当時,本件自動車に同乗しており,本件事故により顔面に傷害を負った。
  (2) 本件自動車は,上告人の父親である乙が所有しており,同人の経営する会社の仕事等に利用されていた。
 上告人は,本件事故当時,一宮市内で独り住まいをし,キャバクラ等に勤務していたが,仕事が休みのときには,同市内にある実家に戻り,乙が経営する会社の仕事を手伝うことがあった。乙は,上告人が上記仕事を手伝う際などに本件自動車を運転することを認めていた。
 甲は,岐阜市内に居住し,ホストクラブに勤務していた。同人は,自動車を運転する能力はあったが,自動車の運転免許は有していなかった。
 被上告人は,本件自動車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険会社である。
  (3) 上告人と甲は,平成13年9月ころ,甲が上告人の勤務していたキャバクラに客として訪れたのを機に知り合い,その後,上告人は,甲の勤務するホストクラブに客として通うようになり,互いに携帯電話の番号を教え合う仲になった。甲が自動車の運転免許を有していないことは,上告人も知っていた。乙は,甲と面識がなく,甲という人物が存在することすら認識していなかった。
  (4) 甲は,平成14年2月18日午後10時ころ,実家にいた上告人に電話をして,尾張一宮駅に来るように誘い,上告人は,これに応じて,本件自動車を運転して同駅まで赴いた。上告人は,甲を同乗させて名古屋市内のバーに向かい,翌19日午前0時ころ到着して,甲と共にカウンター席で飲酒を始めた。上告人は,酔いがさめたころに自ら本件自動車を運転して帰宅するつもりであったが,そのうちに泥酔して寝込んでしまった。甲は,同日午前4時ころ,上告人を起こして帰宅しようとしたが,上告人が目を覚まさなかったため,カウンターの上に置かれていた本件自動車のキーを使用して,上告人をその助手席に運び込んだ上で本件自動車を運転し,岐阜市内の自宅に向かった。甲は,自宅に到着してから上告人を起こして,本件自動車で帰ってもらうつもりであった。上告人は,甲が本件自動車を運転している間,泥酔して寝込んでおり,同人に対して本件自動車の運転を指示したことはなかった。甲は,その帰宅途上で本件事故を起こした。
 2 本件は,本件自動車に同乗していた際に本件事故に遭い,傷害を負った上告人が,本件自動車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険会社である被上告人に対し,乙が自賠法(以下「法」という。)2条3項所定の保有者として法3条の規定による損害賠償責任を負担すると主張して,法16条に基づき損害賠償額の支払を求める事案である。
 3 原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を棄却した。
 乙は,甲と面識がなく,甲という人物が存在すること自体認識していなかったのであるから,上告人が甲に本件自動車の運転を依頼し,あるいはその運転を許容して初めて,上告人を介して甲の運転する本件自動車に対する自己の運行支配を及ぼすことが可能になり,法3条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」という。)に該当するということができる。しかし,上告人には甲に対して本件自動車の運転を依頼する意思がなく,上告人は泥酔していて意識がなかったため,甲が本件自動車を運転するについて指示はおろか,運転していること自体認識していないこと,また,甲は自宅に帰るために本件自動車を運転していたにすぎないことなどからすれば,上告人の本件自動車に対する運行支配はなかったというべきである。そうすると,上告人を介して存在していた乙の運行支配も本件事故時には失われていたというほかはない。従って,乙は,運行供用者に当たらず,保有者として法3条の規定による損害賠償責任を負担するものではない。
 4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件自動車は上告人の父親である乙の所有するものであるが,上告人は実家に戻っているときには乙の会社の手伝いなどのために本件自動車を運転することを乙から認められていたこと,上告人は,親しい関係にあった甲から誘われて,午後10時ころ,実家から本件自動車を運転して同人を迎えに行き,電車やバスの運行が終了する翌日午前0時ころにそれぞれの自宅から離れた名古屋市内のバーに到着したこと,上告人は,本件自動車のキーをバーのカウンターの上に置いて,甲と共にカウンター席で飲酒を始め,そのうちに泥酔して寝込んでしまったこと,甲は,午前4時ころ,上告人を起こして帰宅しようとしたが,上告人が目を覚まさないため,本件自動車に上告人を運び込み,上記キーを使用して自宅に向けて本件自動車を運転したこと(以下,この甲による本件自動車の運行を「本件運行」という。),以上の事実が明らかである。そして,上告人による上記運行が乙の意思に反するものであったというような事情は何らうかがわれない。
 これらの事実によれば,上告人は,乙から本件自動車を運転することを認められていたところ,深夜,その実家から名古屋市内のバーまで本件自動車を運転したものであるから,その運行は乙の容認するところであったと解することができ,また,上告人による上記運行の後,飲酒した上告人が友人等に本件自動車の運転をゆだねることも,その容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきである。そして,上告人は,電車やバスが運行されていない時間帯に,本件自動車のキーをバーのカウンターの上に置いて泥酔したというのであるから,甲が帰宅するために,あるいは上告人を自宅に送り届けるために上記キーを使用して本件自動車を運転することについて,上告人の容認があったというべきである。そうすると,乙は甲と面識がなく,甲という人物の存在すら認識していなかったとしても,本件運行は,乙の容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきであり,乙は,客観的外形的に見て,本件運行について,運行供用者に当たる
 5 以上によれば,本件運行について乙が運行供用者に当たらないとして上告人の請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人が乙に対する関係において法3条にいう「他人」に当たるといえるかどうか等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

         最高裁裁判長裁判官中川了滋,裁判官津野修,同今井功,同古田佑紀

陸送中の事故と運行供用者責任(最判昭和47年10月5日民集26巻8号1367頁)

陸送中の自動車事故につきその所有者が自賠法3条による運行供用者責任を負わないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人松井一彦,同中根宏の上告理由第一点ないし第四点について。
 原審の認定したところによれば,訴外αは,被上告人からの注文による車体の架装を完了した本件自動車を被上告人の東京支店まで陸送することを目的として,訴外βとの間に運送契約を締結し,同会社の被用者甲において右目的のため本件自動車を運転中,本件事故を惹起したものであること,大型貨物自動車及び大型乗合自動車の販売を業とする被上告人は,通常,販売店の注文に応じて,訴外Pに注文して製作させた半製品自動車(シャーシー)につき,販売店指定の車体架装業者に車体の架装を請け負わせるのであるが,αは,被上告人のほか訴外γ等からも架装を請け負っていたもので,経済的実質的に被上告人に従属する関係にはなく,本件事故当時においても,架装を完了した本件自動車を被上告人に引き渡すべき義務の履行として,みずから費用を負担し,かねて専属的に運送契約を結んでいたβをして,これを陸送させていたものであること,被上告人は,右Pから車体架装工場への自動車の陸送を資本経営上同人系列に属する専属の運送業者である訴外ψに行なわせるのを通常とし,本件自動車をαに搬入することも同様にψに行なわせたのであって,他方,βに対しては当時は直接の請負関係に立つことはまったくなかったものであり,これを直接に使用し支配しているのは前示のような実質的独立性を有する企業主体であるαであって,被上告人がβ及びその被用者に対し直接または間接に指揮監督を及ぼす関係にもなかったものであること,以上の事実が認められるというのである。右事実の認定判断は,原判決(その引用する第一審判決を含む。)挙示の証拠に照らして,肯認することができないものではない。
 右事実関係のもとにおいては,当時の本件自動車の運行はβないしαがこれを支配していたものであり,被上告人はなんらその運行を指示・制禦すべき立場になかったものと認めるべきであって,本件自動車が被上告人の所有に属し,被上告人がその営業として自動車の製作,販売を行なう一過程において本件事故が生じたものであるなど所論の事情を考慮しても,なお,被上告人の運行支配を肯認するに足りない。従って,被上告人が本件自動車の運行を支配していたものとは認められないとして,本件事故につき被上告人の運行供用者責任を否定した原審の判断は,正当として是認できる。原審の認定判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第五点について。
 原審の確定した事実関係のもとにおいては,被上告人は,本件事故当時の本件自動車の運転者甲に対し直接もしくは間接に指揮監督をする関係にはなかったことが明らかであり,従って,被上告人が本件事故につき民法七一五条による使用者責任を負うものではないとした原審の判断は,正当として是認できる。右判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官藤林益三,裁判官岩田誠,同大隅健一郎,同下田武三,同岸盛一

材料置場の荷降しと自賠法3条責任(最判昭和56年11月13日裁判集民事134号209頁)

材料置場における荷降ろし作業中の人身事故が自動車損害賠償法3条にいう自動車の「運行によつて」生じたものとはいえないとされた事例


 上告代理人森本輝男,同山本寅之助,同芝康司,同亀井左取,同藤井勲,同山本彼一郎の上告理由について
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて,本件事故が自賠法三条にいう自動車の運行によって発生したものということはできないとした原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官宮崎梧一,同栗本一夫,同木下忠良,同鹽野宜慶
 上告代理人森本輝男,同山本寅之助,同芝康司,同亀井左取,同藤井勲,同山本彼一郎の上告理由
 本件控訴審判決には,判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一,控訴審判決は,
 (イ) 普通貨物自動車の荷台については「操作」ということは考えられない。
 (ロ) 本件事故現場は,道路に面し,道路との境界には障壁のない空地であるが,一般通行車が出入りする事態はまず考えられない。
 (ハ) 本件事故時の駐車は,駐車前後の走行との連続性に欠けている。と認定して,本件事故は自賠法(以下自賠法と略す)三条の『運行によって』発生したものとはいえないと判示した。
 その前提として本件事故は自賠法二条にいう「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」によって発生したものといえないと判示している。
二,右判示は,本件事故が自賠法三条の『運行によって』発生したものであるのに,そうでないとした点で判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。
 本件の争点は,荷卸しのため停駐車中の自動車の状態は,自賠法三条に定める自動車の『運行によって』に該当するか否かの問題である。
 荷台が車両の他の部分と区別独立して操作できるものではなくとも,荷台は貨物自動車の貨物の積載のためにあり,積載は必然的に荷卸しを予定しているから,荷卸しは自動車の運行にあたると言うべきである。
 最高裁昭和五二年一一月二四日判決は自動車を走行停止(停車)の状態におきクレーンを操作中も自賠法二条の「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」にあたると判決した。
 同様に荷卸しのため停駐車中の自動車は,まさに当該装置の用い方に従い用いることに該当するといわねばならない。
 停車も駐車も自動車の当該装置の用い方に従い停駐車しているものである。現在の学説は,「運行」の概念を自動車の場所的移動(走行)や,装置の機械的な動き(操作)それ自体に限定せず,「車庫から車庫まで」の間の自動車の使用と認められる状態と解している。
 判例タイムズ二六八号,五七頁(寺本嘉弘)
 別冊ジュリスト参四八(交通事故判例百選第二版,西垣道夫)
自動車損害賠償保償法は自動車による被害保護,被害者保護の法律である。その趣旨からも「運行によって」の意義はできるだけ広く解釈されるべきである。
 本件事案と類似の事例で自賠法三条の運行と認めた判例としては次のものがある。
 大阪高裁,昭和四七年五月一七日判決(交通民集五巻三号六四一一頁)
 横浜地裁,昭和五三年七月一八日判決(交通民集一一巻四号一〇一七頁)
 仙台高裁,昭和五四年九月七日判決(交通民集一二巻五号一一八四頁)
 福岡地裁,昭和五四年一一月二六日判決(判例時報九六一一号一〇六頁)
三,本件事故は,事故車に積載して運んできた古電柱を荷台から卸すため運転者がロープを取外したところその内一本が荷崩れして被害者が死亡したものである。
 自動車の停車場所は道路に面した空地で(α六号)舗装されていない凸凹のある地面の上である。
 自動車運転者は,そのような状況下で停車する場合には停車して荷台のロープをとりはずしても容易に積載物が荷崩れしないように停車する義務がある,この義務を尽したことの立証義務は自賠法三条により運行供用者側(本件では保険者側)にある。本件の控訴審は,本件事故車は自賠法三条の運行に該当するものであるのに,これを該当しないとしたため,その余の判断をしなかった。
 右は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背である。


農協運転手の私用中事故と運行供用者責任(最判昭和39年2月11日民集18巻2号315頁)

農協運転手が私用のため組合所有の自動車を無断運転中事故を発生させた場合における,組合の自賠法第3条による責任の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人遣水祐四郎の上告理由について。
 一審判決を引用する原判決の確定したところによれば,上告組合は,本件事故当時自動車四台を所有し,係運転手に対しては終業時に自動車を車庫に格納した上自動車の鍵を当直員に返還させる建前をとり,終業時間外に上司に無断で自動車を使用することを禁じていたけれども,右自動車及び鍵の管理は従来から必らずしも厳格ではなく,係運転手において就業時間外に上司に無断で自動車を運転した例も稀でなく,また,かゝる無断使用を封ずるため上告組合において管理上特段の措置を講じなかったこと,上告組合の運転手である甲は,本件事故前日の昭和三五年八月一三日正午過頃本件自動車を一旦車庫に納め自動車の鍵を当直員に返納したが,たまたま同日相撲大会に参加するため汽車で盛岡に赴くことになっていたところ,乗車時間に遅れさうになったので本件自動車を利用して乗車駅の水沢駅まで行こうと考え,同日午後一時半頃組合事務室の机上にあった本件自動車の鍵を当直員や上司に無断で持ち出した上,右自動車を運転して水沢に赴き自動車修理工場を営む乙方に預け,翌一四日夜盛岡からの帰途同工場に立寄り本件自動車を運転して帰る途中,原判示の事故を起したというのである。そして,原審は,自賠法の立法趣旨並びに民法七一五条に関する判例法の推移を併せ考えるならば,たとえ事故を生じた当該運行行為が具体的には第三者の無断運転による場合であっても,自動車の所有者と第三者との間に雇傭関係等密接な関係が存し,かつ日常の自動車の運転及び管理状況等からして,客観的外形的には前記自動車所有者等のためにする運行と認められるときは,右自動車の所有者は「自己のために自動車を運行の用に供する者」というべく自賠法三条による損害賠償責任を免れないものと解すべきであるとし,前記認定の上告組合と甲との雇傭関係,日常の自動車の使用ないし管理状況等によれば,本件事故発生当時の本件自動車の運行は,甲の無断運転によるものにせよ,客観的外形的には上告組合のためにする運行と認めるのが相当であるから,上告組合は同法三条により前記運行によって生じた本件事故の損害を賠償すべき義務があると判断しているのであり,原審の右判断は正当である。所論は,独自の見解にたって,原判決を非難するに帰し,採用できない。
 よって,民訴四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官横田正俊,裁判官石坂修一,同五鬼上堅磐,同柏原語六

レンタカー業者の運行供用者責任(最法廷昭和50年5月29日裁判集民事115号33頁)

レンタカー業者に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人武田峯生の上告理由第一点及び第二点について。
 原審が適法に確定したところによれば,上告人はレンタカーを賃貸するに当り,借主につき免許証の有無を確認し,使用時間,行先を指定させて走行粁,使用時間に応じて預り金の名目で賃料の前払をさせ,借主の使用中使用時間,行先を変更する場合には,上告人の指示を受けるため返還予定時刻の三時間前に上告人にその旨連絡させ,これを怠った場合には倍額の追加賃料を徴収するものとし,車両の整備は常に上告人の手で責任をもって行われ,賃貸中の故障の修理も原則として上告人の負担であったというのであり,右事実関係のもとにおいては,上告人は本件事故当時本件自動車に対する運行支配及び運行利益を有していたといえ,自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者としての責任を免れない旨の原判決の判断は,正当として是認できる。
 所論引用の当裁判所の判例は,特定のドライブクラブ方式による自動車賃貸業者が,その賃貸した自動車の賃借人による運行に対し,運行支配及び運行利益を有していなかったとの事実認定を前提として,右自動車賃貸業者が同条の運行供用者に当らない旨を判示したものであって,本件のような事実関係のもとにおいて上告人を同条の運行供用者と認めることをも否定する趣旨とは解せられない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官団藤重光,裁判官藤林益三,同下田武三,同岸盛一,同岸上康夫

レンタカー業者の運行供用者責任(最判昭和46年11月9日民集25巻8号1160頁)

レンタカー業者に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人佐瀬昌三,同恒次史朗,同井出雄介,同山崎・の上告理由第一,二点及び同恒次史朗の上告理由について。
 原審が適法に確定した事実関係,ことに,上告会社は,自家用車の有料貸渡を業とするものであるが,その所有自動車についての利用申込を受けた場合,免許証により,申込者が小型四輪自動車以上の運転免許を有し,原則として免許取得後六月経過した者であることを確認し,さらに一時停止の励行,変速装置,方向指示器の操作その他交通法規全般について同乗審査をなし,かかる利用資格を有する申込者と自動車貸渡契約を締結したうえで自動車の利用を許すものであること,利用者は,借受けに際し届け出た予定利用時間,予定走行区域の遵守及び走行中生じた不測の事故については大小を問わず上告会社に連絡するよう義務づけられていること,料金は,走行粁,使用時間,借受自動車の種類によって定められ,本件自動車と同種のセドリック六二年式の場合,使用時間二四時間・制限走行粁三〇〇粁で六〇〇〇円に上ること,燃料代,修理代等は利用者負担とされていること,使用時間は概ね短期で,料金表上は四八時間が限度とされていること,訴外(第一審被告)甲は,上告会社から以上の約旨のほか,同人が前記利用資格に達していなかったため,特に,制限走行粁三〇〇粁,山道,坂道を走行しないことを条件に上告会社所有の本件自動車を借り受けたものであること,本件事故は訴外甲が本件自動車を運転中惹起したものであること等の事実関係のもとにおいては,本件事故当時,上告会社は,本件自動車に対する運行支配及び運行利益を有していたということができ,自賠法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者(以下,運行供用者という。)としての責任を免れない旨の原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は,正当として是認できる。
 所論は,叙上のような解釈は,自賠法三条に関する立法者の意思に反し,また,当裁判所の判例(最高裁昭和三八年(オ)第三六五号,同三九年一二月四日判決民集一八巻一〇号二〇四三頁)に反するというものである。
 しかし,前叙のような解釈は,自動車の運行から生ずる事故の被害者救済を目的とする自賠法の立法趣旨に副うものであり,また,所論前記判例は,特定のドライブクラブ方式による自動車賃貸業者が,それから自動車を借り受けた者の当該自動車の運行に対し,運行支配及び運行利益を有しないとの事実認定を前提にして,右のような自動車賃貸業者が自賠法三条の運行供用者に当たらない旨判示したものであって,本件の如き事実関係のもとにおいて,上告会社を自賠法三条の運行供用者と認めることをも否定する趣旨とは解しえない。論旨はすべて採用できない。
 上告代理人佐瀬昌三ほか三名の上告理由第三,四点について。
 所論は,原判決の結論に影響のない判示部分である傍論について,原判決の違法をいうものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,死者の慰謝料請求権の相続性の点に対する裁判官田中二郎,同松本正雄の反対意見があるほか,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

        最高裁裁判長裁判官松本正雄,裁判官田中二郎,同下村三郎,同関根小郷,同天野武一

自動車の借主の事故と運行供用者責任(最判昭和46年1月26日民集25巻1号102頁)

自動車の借主の運行事故につき貸主に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告理由及び上告代理人山本敏雄の上告理由について。
 所論の各点についての原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の事実の認定・判断は,挙示の証拠に照らして,肯認することができないものではない。そして,上告人は,本件貨物自動車を日常の業務に使用していたところ,退職直後の被用者甲の求めに応じ,同人にその身廻品を名古屋市の実家に運搬して上告人の寮を明け渡させる目的をもって,無償で,かつ,二日後に返還を受ける約束のもとに,運行に関する指示をし,所要の量の約半分のガソリンを与え,上告人の負担で整備を完了したうえ,本件自動車を甲に貸与したものであり,同人は,右目的に本件自動車を使用したのち,上告人にこれを返還するため名古屋市より大阪市方面へ運行中本件事故を惹起したものであるなど,原判示の事実関係のもとにおいては,本件事故当時,上告人は,本件自動車に対する運行支配及び運行利益を失わないものであって,自賠法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者としての責任を免れないとした原判決の判断は,正当であり,また,上告人が被上告人らに対し原判示の損害額を賠償すべきものとした判断も,是認できる。原判決の事実の認定及び右各判断に所論の違法はなく,従って,上告人を自己のために本件自動車を運行の用に供する者とした右判断に違法があることを前提として原判決の違憲をいう論旨も,その前提を欠くものというべきである。論旨はすべて採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

       最高裁裁判長裁判官下村三郎,裁判官田中二郎,同松本正雄,同飯村義美,同関根小郷

返還義務を果たさない借受人の事故と運行供用者責任(最判平成9年11月27日裁判集民事186号227頁)

二時間後に返還する約束の自動車借受人が約一か月後に起こした事件につき貸主の運行供用者責任
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人室野克昌,同杉山利朗の上告理由について
 原審の確定した事実関係によれば,
1 本件自動車の所有者である被上告人は,平成三年一二月一〇日,友人であるα野一郎に対して,二時間後に返還するとの約束の下に本件自動車を無償で貸し渡したところ,α野は,右約束に反して本件自動車を返還せず,約一箇月間にわたってその使用を継続し,平成四年一月一一日,本件自動車を運転中に本件事故を起こした,
2 α野は,本件自動車を長期間乗り回す意図の下に,二時間後に確実に返還するかのように装って被上告人を欺き,本件自動車を借り受けたものであり,返還期限を経過した後は,度々被上告人に電話をして,返還の意思もないのにその場しのぎの約束をして返還を引き延ばしていた,
3 被上告人は,α野から電話連絡を受けた都度,本件自動車を直ちに返還するよう求めており,同人による使用の継続を許諾したものではなかったが,自ら直接本件自動車を取り戻す方法はなく,同人による任意の返還に期待せざるを得なかった,
というのであり,
以上の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。そして,右事実関係の下においては,本件事故当時の本件自動車の運行は専らα野が支配しており,被上告人は何らその運行を指示,制御し得る立場になく,その運行利益も被上告人に帰属していたとはいえないことが明らかであるから,被上告人は,自賠法三条にいう運行供用者に当たらないと解するのが相当である。右と同旨の原審の判断は,正当として是認できる。所論引用の各判例は,事案を異にし本件に適切ではない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官遠藤光男,裁判官小野幹雄,同井嶋一友,同藤井正雄

第三者の私用運転中の事故と運行供用者責任(最判昭和46年1月26日裁判集民事102号137頁)

第三者の私用運転中の事故につき自動車の所有者の自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人佐藤安哉の上告理由第一点について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定したところによれば,上告人は,本件貨物自動車を所有し,息子のα及び被用者にこれを運転させて砂利・砂の販売業を営んでいたというのであるから,右自動車を自己のために運行の用に供していたものであることが明らかである。そして,βは,上告人と姻族関係にあって近所に居住し,従来も数回上告人及び家人から右自動車を借り受けて運転したことがあること,右自動車の鍵は上告人の住居から自由に持ち出すことができ,車庫から自動車を進出させることも容易な状況にあったこと,本件事故の前日の午後,βは,妻の実家に行くなどのため上告人の家人に右自動車を借りる旨を告げ,右鍵を持ち出して右自動車を運転して進行し,途中でαを同乗させ,以後同人の運転で八女市及び久留米市に赴き,その帰途βの運転中に本件事故を起こしたものであること,従って,βが右自動車を借り受けたのも一時使用のためであり,ただちに返還を予定していたものであることなど原判決認定の事実関係のもとにおいては,本件事故当時,βが上告人の承諾を得ないで私用のため本件自動車を運転していたからといって,上告人が右自動車の運行について支配を失っていたものと解される事情は,認めるに足りない。従って,上告人は,自己のため自動車を運行の用に供する者として本件事故による損害を賠償する責任を負うべきものであるとした原判決の判断は,正当であって,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 本件事故発生について被上告人の過失を認めるに足りないとした原判決の認定・判断は,挙示の証拠に照らして肯認することができ,右認定・判断の過程に所論の違法はない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断及び事実認定を非難するものであって,採用できない。
   最高裁判所裁判長裁判官松本正雄,裁判官田中二郎,同下村三郎,同飯村義美,同関根小郷

数人が運行供用者責任を負う場合とひとりにつき混同(最判昭和48年1月30日裁判集民事108号119頁)

1,自動車の借主の運行による事故につき貸主に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
2,数人が運行供用者責任を負う場合と民法438条の適用の有無(消極)
       主   文
 本件上告を棄却する。上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人栄木忠常,同豊田泰介,同森勇,同赤木巍の上告理由第一点について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定したところによれば,訴外Pと亡Q夫婦とは,かねてから親交があって,相互に自動車の貸し借り,融通をしていた関係にあったこと,本件事故当日,Pはその所有の本件事故車をQ夫婦に貸与したが,その目的は休日のドライブという一時的なもので,Pの都合次第でいつでも返還を求めうる状況にあったこと,そして,Q夫婦は,その子亡R1(当時六才)及び被上告人R2(旧姓Q,当時四才)を同乗させ,被用者の訴外Sに運転させて家族全員でドライブに出かけたところ,Sの過失により本件事故が発生したものであること,以上の事実が認められるというのである。右事実関係によれば,Pは,本件事故車をQ夫婦に貸し渡していても,なお,その運行に対する支配を失わず,かつ,その運行による利益を享受していたものと認めるべきであって,Pが,本件事故により他人の被った損害につき,自賠法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者(以下,運行供用者という。)として,その責任を負うべき旨ならびに事故車の同乗者にすぎないR1及びR2がPに対する関係において同条にいう他人にあたる旨の原判決の判断は,正当として是認できる。事故車の借主であるQ夫婦も運行供用者にあたるものと解されること,R1及びR2がQ夫婦の親権に服する子であることなど所論の事情は,右の判断を左右するに足りないものというべきである。原判決の認定・判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 Pが自賠法三条所定の運行供用者にあたり,R1及びR2が同条にいう他人にあたるものと解すべきことは,右に説示したとおりであり,被上告人らの本訴請求は,Pが同条に基づく損害賠償責任を負担したことを前提として,同法一六条一項に基づき,保険会社である上告人に対し,右損害賠償額の支払を求めるものである。このような被害者の直接請求権の行使に対しては,所論のようなPとQ夫婦及び被上告人らとの関係をもって上告人の免責の事由となしうるものとは解されないばかりでなく,上告人の責任を認めることによって,ただちにR2がPに対し所論の求償債務ないし損害陪償債務を負うに至るものとは解されず,原審も,Q夫婦またはR2が右債務を負担したという事実を確定していないのである。従って,上告人の被上告人らに対する支払義務を認めた原審の判断に所論の違法はなく,論旨は,その前提を欠くものであって,採用できない。
 同第三点について。

原判示のように,本件事故車の運行につき,Pとともに,Q夫婦もまた運行供用者の地位にあるとしても,両者の運行供用者としての責任は,各自の立場において別個に生じ,ただ同一損害の填補を目的とする限度において関連するにすぎないのであって,いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解される。そして,不真正連帯債務の債務者相互間には右の限度以上の関連性はないのであるから,債権を満足させる事由以外には,債務者の一人について生じた事項は他の債務者に効力を及ぼさないものというべきであって,不真正連帯債務には連帯債務に関する民法四三八条の規定の適用はないものと解するのが相当である。従って,Q夫婦とR2との間に混同を生じ,Q夫婦の債務が消滅したとしても,Pの債務にはなんら影響を及ぼさないものと解すべきであって,Pの責任を前提として上告人の支払義務を認めた原判決に所論の違法はない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

   最高裁判所裁判長裁判官天野武一,裁判官田中二郎,同関根小郷,同坂本吉勝

代車の貸主と運行供用者責任(最判昭和46年11月16日民集25巻8号1209頁)

自動車の貸主に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人山田利夫,同五味良雄,同松田繁雄の上告理由について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば,訴外甲は,昭和四一年一一月二一日午後一〇時四〇分頃大阪市南区子町丑δ目交差点において,訴外(第一審相被告)乙の運転する小型貨物自動車(大△ほ△△△△号。以下,本件自動車という。)に衝突されてその場に転倒し,頭蓋骨折の傷害を受け,ついに死亡するにいたったものであるが,本件自動車の運行による右生命侵害について,原審は,上告人が自賠法三条による損害賠償責任を負うべきものであると判示した。
 これに対し,所論は,自動車を他人に貸与した場合には,貸与者は,特段の事由がないかぎり,借受人の運行について直接の支配力を及ぼしえず,かつ,運行による利益も享受しえないものであるから,本件自動車を貸与した上告人は,同条の責任を負わないと主張して原判決を非難するので,按ずるに,原判決が,上告人の前示損害賠償責任を認める理由として説示したところは,おおむねつぎのとおりであると解される。
 すなわち,もと本件自動車は,自動車の販売会社である上告人が,昭和四一年一〇月末頃他からいわゆる下取車として受領したうえ,所有し保管していたものであるが,上告人はこれを同年一一月一一日訴外(第一審相被告)丙に貸与したところ,その貸与中に,同人の被用者である訴外乙が運転して本件事故を惹起した。右の貸借というのは,上告人が,同年一一月九日右丙に中古車一台を代金二六万円余で売却する旨の売買契約を締結した際,右売却車について整備,登録,車検等の手続を了するまでの一〇日余の間,丙から代りの車を貸してほしい旨依頼され,右売却車を引き渡すのと引換えに返してもらう約束で暫定的になされたものであり,それは,上告人の顧客に対する一種のサービスであった。かくて,訴外丙は,上告人から,できるだけ車を大切に使用してくれるようにいわれて本件自動車を借り受け,訴外乙に運転させ,主として自己の塗装業の注文とりに使用していた。当時,右自動車は,ブレーキが効きにくかったほか原判示のような整備不良の状態であったので,乙が,本件事故発生の三日位前に,上告人の守口営業所の係員に修理してほしい旨申し入れたが,同係員から,そのまま乗っていてくれといわれ,仕方なくそのまま使用をつづけるうち,仕事の注文とりに行った帰途,本件事故が起きたのであって,右整備上の不良も本件事故発生に関係がないとはいいえないものがあった。右に見てきたような事実関係のもとにおいては,上告人は,右事故当時,本件自動車に対する運行支配及び運行利益を有していたものということができ,従って,上告人は,自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に当たるというべきであり,同条の責任を免れない。
 原審は,右のように判示して上告人に自賠法三条の責任を認めたのであるが,原審の右判断は,正当として是認すべきものである。所論は,当裁判所の判例(最高裁昭和三八年(オ)第三六五号,同三九年一二月四日判決,民集一八巻一〇号二〇四三頁)を引用するが,それが本件と事案を異にすることは,右に説示したところによりおのずから明らかであり,右判例は,本件に適切でない。
 原判決に所論の違法はなく,論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官田中二郎,同松本正雄の反対意見があるほか,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官天野武一,裁判官田中二郎,同下村三郎,同松本正雄,同関根小郷

自動車修理会社の見習工の事故と運行供用者責任(最判昭和41年4月15日裁判集民事83号201頁)

自動車修理会社の見習工が,会社の事業に使用する自動車を運行した場合には,会社は自賠法3条により賠償の責任を負うとした事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人河内兼三の上告理由第一,二点について。
 原判決が適法に認定したところによると,上告会社は自動車の修理,鉄工業等を営むもので,本件ジープ一台を所有しており,本件ジープをその事業遂行のため運行していること,訴外田尻司は上告会社の被用人であって,本件ジープを運転して,本件事故を起したというのである。そして,訴外田尻が所論のように本件ジープを私用のため運転していたとしても,同訴外人は上告会社の自動車修理見習工であることは論旨の指摘するところであるから,このように,自動車の修理等を目的とする会社(上告会社)において,自動車修理見習工であるというような雇傭関係にある者が,その勤め先である会社の事業に使用する自動車を運行した場合には,その運行によって生じた損害は,特別の事情の認められないかぎり,自動車損割賠償保償法三条により,その自動車の所有者(上告会社)に対し,賠償の責任を負わせるのが相当というべきであるので,これと同旨に出た原判決の判断は,結局,正当である。
 原判決には,所論のような違法はなく,所論は,いずれも採用しがたい。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官山田作之助,同草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外

パートの無断運転と運行供用者責任(最判昭和42年11月30日民集21巻9号2512頁)

パートタイマーの無断運転による保有者の責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人倉橋春雄の上告理由について。
 論旨は,原審控訴人甲は朝早く自転車で牛乳を配達し,それが終れば上告会社となんら関係がなく,また本件自動車とも関係をもたない,と主張する。
 しかし,原判決(引用の第一審判決を含む。以下同じ)の確定するところによれば,上告会社は牛乳の販売を業とする会社であって,右甲は上告会社に朝の牛乳配達のアルバィトとして継続的に雇用され,単車等により牛乳の配達業務に従事していた者であり,また同人が本件事故発生前,普通自動車の運転免許をとる目的で,当時の上告会社代表取締役乙の指導のもとに,上告会社の小型四輪(宣伝用)自動車を使用して,多数回にわたり運転の練習をしていたこと,殊に本件事故を起した小型四輪(貨物)自動車は,上記乙個人の所有ではあるが,上告会社が管理権をもち,牛乳配達のために使用していたのであり,その他原判決認定の事実関係のもとにおいては,右甲が本件事故発生当日の午後二時三〇分ころ,上告会社の近くに駐車してあった本件自動車を無断運転発車した行為は,上告会社のためにこれを運行したものと解すべきであり,本件につき,自賠法三条の規定を適用して,上告会社の損害賠償責任を肯定した原判決の判断は正当である。
 所論引用の判例は本件に適切でなく,論旨はすべて採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官岩田誠,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同大隅健一郎

従業員の無免許運転と運行供用者責任(最判昭和52年9月22日裁判集民事121号281頁)

無免許の従業員が,上告人所有の自動車を夜間勝手に持ち出し,クラブで飲酒後,被上告人を同乗させての事故につき,上告人に所有者責任を認めたが,同乗の被上告人に対する関係では,他人性を有するとした事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人奥村仁一二の上告理由一について
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては,本件事故当時における訴外池嵜弘の本件自動車の運行を客観的に観察するとき,上告人は右訴外人の自動車運行につき運行支配と運行利益を有していたものと認められないわけではない。もっとも,原判決は上告人に対する運行利益の帰属につき明示するところがないが,その判示からこれを肯定していることを窺うに足りる。また,被上告人が上告人に対する関係では他人性を有していた旨の判断もまた正当である。判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同二について
 不法行為による損害賠償額の算定に際して過失相殺をするにあたり,斟酌すべき被害者の過失をいかなる割合と定めるかは,事実審裁判所の裁量に属するものと解すべきである(最高裁昭和四三年(オ)第一一六九号・同四四年二月二一日判決,裁判集九四号三八九頁参照)ところ,原審の確定した事実関係のもとにおいては,原判決に右裁量を著しく逸脱した違法があるとは認められない。論旨は,採用できない。
 以下略

弟の死亡と兄の運行供用者責任の他人性(最判昭和52年9月22日裁判集民事121号289頁)

兄甲が,自己所有の自動車のキーを弟乙に預け,乙がそれを貸した友人丙が運転中事故を起こし同乗乙が死亡した事案で,事故当時乙が直接的,顕在的,具体的に運行を支配し,運行利益を享受していたものであり,甲は乙を介して間接的,潜在的,抽象的に運行を支配していたにすぎないから,乙が甲に対し,自賠法3条にいう「他人」とはいえない
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人中安邦夫,同打田等の上告理由について
 昭和五〇年七月一二日昼ごろ,上告人らの子である甲は,弟の乙に対し,甲の所有する本件自動車の駐車位置を変えるよう依頼してその鍵を預けたところ,乙はそのまま右の鍵を所持していたが,同日夕方ごろ,友人の河内洋一らから麻雀に誘われ,甲に断ることなく右の鍵を利用して本件自動車を運転して丙宅へ赴き,麻雀をしているうちにたまたま停電となり扇風機も使えぬため,一時ドライブして涼をとろうということなり,丙が,乙の承諾のもとに乙らを同乗させて本件自動車を運転している際,事故を起こして乙を死亡させた旨の原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,是認できる。右事実関係のもとにおいては,事故当時の本件自動車の運行については,乙が直接的,顕在的,具体的に運行を支配し,運行利益を享受していたものであり,甲は乙を介して間接的,潜在的,抽象的に運行を支配していたにすぎないのであるから,乙が甲に対し自賠法三条にいう「他人」であることを主張することができないと解するのが相当であり,これと同旨の原判決は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

自動車修理業者が預かった修理自動車と運行供用者責任(最判昭和44年9月12日民集23巻9号1654頁)

自動車修理業者が修理のため預った自動車の運行による事故と修理業者の自賠法3条による運行供用者責任
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人表権七の上告理由第一点について。
 原審の適法に確定したところによれば,本件事故は,自動車修理業を営む上告人が訴外α運輸企業組合から修理のため預かり保管中の加害自動車を,上告人の被用者である訴外甲が運転中に引き起こしたものであるというのであるところ,一般に,自動車修理業者が修理のため自動車を預かった場合には,少なくとも修理や試運転に必要な範囲での運転行為を委ねられ,営業上自己の支配下に置いているものと解すべきであり,かつ,その被用者によって右保管中の車が運転された場合には,その運行は,特段の事情の認められないかぎり(被用者の私用のための無断運転行為であることは,原審認定のような事情のもとでは,ここにいう特段の事情にあたらない。),客観的には,使用者たる修理業者の右支配関係に基づき,その者のためにされたものと認めるのが相当であるから,上告人は,本件事故につき,自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者としての損害賠償責任を免れないものというべく,この点に関する原審の判断は正当であって,原判決に所論の違法はない。それ故,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 所論は原判決に民法七一五条の解釈適用を誤った違法があるというものであるが,前叙のとおり,自賠法三条による上告人の損害賠償責任を認めるべきものである以上,重ねて民法七一五条の適用を問題とする要はなく,同条に関する判示は,原判決の結論に影響がないから,この点に関する違法をいう論旨は,採用のかぎりでない。
 同第三点について。
 本件事故が前記甲の過失と被害者たる被上告人の過失とが競合した結果生じたものであるとした原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし首肯するに足り,この点においても,原判決に所論の違法はない。それ故,上告人につき自賠法三条但書による免責を認めなかった原判決は正当であって,論旨も採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官草鹿浅之介,裁判官城戸芳彦,同色川幸太郎,同村上朝一

キーを差したままで窃取された自動車と運行供用者責任(最判昭和48年12月20日民集27巻11号1611頁)

ア窃取された自動車による事故につきその所有者が自賠法3条による運行供用者責任を負わないとされた事例
イ自動車のドアに鍵をかけずエンジンキーを差し込んだままでした駐車とこれを窃取した者が惹起した事故による損害との間に相当因果関係がない場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人杉谷義文,同杉谷喜代の上告理由第一点について。
 原審が適法に確定したところによれば,被上告人は,肩書住所地において,四四台の営業車と九〇余名の従業員を使用してタクシー業を営む会社であり,本件自動車も被上告人の所有に属していたものであるが,昭和四二年八月二二日本件自動車は,その当番乗務員が無断欠勤したのに,朝からドアに鍵をかけず,エンジンキーを差し込んだまま,原判示のような状況にある被上告人の車庫の第一審判決別紙見取図表示の地点に駐車されていたところ,訴外甲は,被上告人とは雇傭関係等の人的関係をなんら有しないにもかかわらず,被上告人の車を窃取してタクシー営業をし,そのうえで乗り捨てようと企て,同日午後一一時頃扉が開いていた車庫の裏門から侵入したうえ本件自動車に乗り込んで盗み出し,大阪市内においてタクシー営業を営むうち,翌二三日午前一時五分頃大阪市港区子町丑δ目寅番地附近を進行中,市電安全地帯に本件自動車を接触させ,その衝撃によって客として同乗していた上告人に傷害を負わせた,というのである。
 右事実関係のもとにおいては,本件事故の原因となった本件自動車の運行は,訴外甲が支配していたものであり,被上告人はなんらその運行を指示制御すべき立場になく,また,その運行利益も被上告人に帰属していたといえないことが明らかであるから,本件事故につき被上告人が自賠法三条所定の運行供用者責任を負うものでないとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点について。
おもうに,自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場合,右駐車場が,客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造,管理状況にあると認めうるときには,たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車させても,このことのために,通常,右自動車が第三者によって窃取され,かつ,この第三者よって交通事故が惹起されるものとはいえないから,自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故による損害との間には,相当因果関係があると認めることはできない。
 前示のように,本件自動車は,原判示の状況にある被上告人の車庫に駐車されていたものであり,右車庫は,客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造,管理状況にあったものと認められるから,被上告人が本件自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させていたことと上告人が本件交通事故によって被った損害との間に,相当因果関係があるものということはできない。そして,この判断は,本件において,次のような事実,すなわち,被上告人は,本件自動車が窃取された約二〇日前である昭和四二年八月一日午前二時頃にも,エンジンキーを差し込んだまま本件自動車の駐車地点とほぼ同じ場所に駐車しておいたタクシー車が窃取されたうえ乗り捨てられたという事実があったが,盗難防止のための具体的対策を講じなかったこと,被上告人の営業課長乙は,本件自動車が窃取される前,すでに,エンジンキーが差し込まれたままの状態にあったことを知っていたが,そのまま放置していたこと,また,被上告人の当直者のだれもが本件自動車が窃取されたことに気付かなかったこと等の事実が存し,被上告人の本件自動車の管理にはいささか適切さを欠く点のあったことが認められることを考慮しても,左右されるものとはいえない。
 従って,被上告人が本件事故につき民法七一五条の不法行為責任を負うものではないとした原審の判断は,正当として是認できる。右判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官藤林益三,裁判官大隅健一郎,同下田武三,同岸盛一,同岸上康夫

窃取自動車と運行供用者責任(最判昭和57年4月2日裁判集民事135号641頁)

友人が窃取し運転していた自動車に同乗中右友人の起した事故により死亡した被害者の両親は右自動車の保有者に対して右被害者が自賠法3条にいう他人にあたることを主張できない。
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人片山主水の上告理由について
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当であり,右事実関係のもとにおいて,本件事故当時の訴外碓井自動車株式会社による本件普通乗用自動車の運行支配が間接的,潜在的,抽象的であるのに対して,訴外亡乙及び訴外甲は共同運行供用者であり,しかも右両名による運行支配は,はるかに直接的,顕在的,具体的であるから,訴外亡乙は自賠法三条にいう「他人」であることを主張しえないとしたうえ,同人が右「他人」である旨の主張を前提とする同法一六条の規定に基づく本訴請求を棄却した原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,所論引用の判例の趣旨に反するところもない。論旨は,畢竟,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
  最高裁裁判長裁判官鹽野宜慶,裁判官栗本一夫,同木下忠良,同宮崎梧一,同大橋 進

割賦販売業者の運行供用者責任(最判昭和46年1月26日民集25巻1号126頁)

所有権留保約款付月賦販売による自動車の責任と自賠法3条の運行供用者
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人古谷判治の上告理由一ないし四について。
 所有権留保の特約を付して,自動車を代金月賦払いにより売り渡す者は,特段の事情のないかぎり販売代金債権の確保のためにだけ所有権を留保するにすぎないものと解すべきであり,該自動車を買主に引き渡し,その使用に委ねたものである以上,自動車の使用についての支配権を有し,かつ,その使用により享受する利益が自己に帰属する者ではなく,従って,自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にはあたらないというべきである。これと同旨に出て,上告人の本訴請求を排斥した原判決(その引用する第一審判決を含む。)の判断は正当として是認できる。論旨は,いずれも,これと異なる見解に立って原審の判断を非難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官下村三郎,裁判官田中二郎,同松本正雄,同飯村義美,同関根小郷

自動車を担保にして預かった者の運行供用者責任(最判昭和43年10月18日判例タイムズ228号115頁)

賃金の担保として自動車を預った者と自賠法3条の適用の有無
       主   文
  本件上告を棄却する。
  上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
  上告代理人奥村仁三の上告理由第一点について。
 上告人は貸金の担保として本件自動車を預かったものであり,少なくとも事実上本件自動車の運行を支配管理し得る地位にあったものであるから,この支配管理下における自動車の運行については,自賠法にいう保有者として,その責を負わなければならないものである旨および,上告人の従業員である訴外岩佐末男による本件加害車の無断使用は,上告人の管理上の過失によって可能になったものであるから,同訴外人による本件加害車の運行は,その主観においては私用のための無断運転ではあるが,客観的には上告人による運転支配可能な範囲に属し,上告人は右運行により起こった事故につき保有者としての賠償責任を免れない旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。そして,同法3条ただし書にいう「注意を怠らなかったこと」の主張立証責任は上告人にあるところ,上告人は原審において右の点については主張立証せず,従って原審の認定判断しないところであるからこの点についての所論は,適法の上告理由たり得ない。原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。
 同第二点について。
 被上告人は道路の左側を歩行していたとはいえ,交通の妨げとならないよう,道路の端によって歩いていたものであり,これを,無免許で右車を運転して,後方から追突した上告人の従業員岩佐末男の過失と対比するときは,過失相殺をしないのが相当である旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯でき,被害者に過失ある場合でも,諸般の事情から賠償額をきめるにつきこれを斟酌する必要なしと考えれば,賠償額を減じなくとも妨げないものと解するのが相当である。よって,原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官奥野健一,裁判官草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎

従業員所有単車の事故につき会社の運行供用者責任(最法廷昭和52年12月22日裁判集民事122号565頁)

会社の従業員がその所有する単車を運転し会社の工場現場から自宅に帰る途中で起こした事故につき会社に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人和智昂,同和智龍一,同竹原重夫,同松崎隆の上告理由について
 上告人会社α営業所に属する内線工の大半は,単車等の自家用車を有し,これを通勤のため使用するほか,しばしば営業所から,また,上司の指示があるときは自宅から工事現場への往復にも利用し,そのさいには自家用車を持たない同僚を同乗させることも多く,上告人会社は右利用を承認して走行距離に応じたガソリン手当及び損料の趣旨で単車手当を支給し,内線工のひとりである訴外人も同様に自己所有の単車を通勤及び業務のため利用していたところ,同訴外人は事故前日及び当日,上司に自宅から直接工事現場へ出勤するよう指示され,指示どおり出勤し業務に従事し,事故当日午後一〇時ごろその日の仕事を終り右単車で帰宅することになったが,そのさい営業所近くの上告人会社の寮に帰る同僚を右単車に同乗させ,営業所で同僚を降ろし,そこから自宅へ帰る途中で本件事故を起こしたものであるなど,原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,上告人会社は事故当時における右訴外人の単車の運行について運行支配と運行利益を有し,被上告人に対し自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官藤崎萬里,裁判官岸上康夫,同団藤重光,同本山亨

被用者の私用運転と会社の運行供用者責任(最判昭和46年4月6日裁判集民事102号401頁)

被用者が自己所有のダンプカーを私用に運転し他人を死亡させた場合に使用者に自賠法3条の運行供用者責任が肯定された事例(抄)
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人野口の上告理由第一点及び第二点について。
 所論は,上告人と訴外(第一審被告)丁(以下,丁という。)との間の契約は,雇傭ではなく請負であり,丁が本件ダンプカー(以下,ダンプカーという。)を運転し砂利採取の作業に従事中でも,上告人は自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当しないものというべく,かりに,右契約が雇傭であり,従って,上告人が運行供用者になるとしても,本件事故は,丁がダンプカーを休日に私用のため砂利採取場の構外で運転中発生したものであるから,上告人は同条の責任を負わない旨主張する。
 よって按ずるに,丁は昭和四二年五月八日頃砂利採取の作業に従事するため上告人に雇われ,稼働していたものである旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠により首肯することができ,その判断の過程に所論の違法はない。
 ところで,原判決の確定したところによれば,上告人は,戊産業,己工業株式会社等の名称で,従業員相当数を雇い入れ,砂利の採取販売を業とするものであり,丁は,前記日時頃上告人に雇われ,自己所有のダンプカーを上告人の砂利採取場構内に持ち込み,これを運転して砂利運搬の作業に従事していたのであるが,燃料はすべて上告人から提供を受け,ダンプカーは右採取場構内に保管しており,丁及びその家族も他の従業員とともに右構内の飯場に居住していたのであり,ただ,丁が運転免許を持たないため,同人の砂利運搬作業は,右構内に限るとの約定であったが,丁の賃金は,ダンプカーの使用料を含め,実働回数に関係なく一日金五,〇〇〇円を毎月一〇日の勘定日に支給する約定であったというのであり,これらの事実関係のもとでは,丁の雇主である上告人は,ダンプカーの運行について実質上支配力を有し,その運行による利益を享受していたもので,自己のためにダンプカーを運行の用に供する者に当たると解するのが相当である。
 そして,本件事故は,丁が,たまたま,昭和四二年六月四日右飯場に来訪していた実妹庚を実家へ送り届けるためダンプカーに乗せ,自らこれを運転して行く途中,栃木市子町丑番地附近の道路上において惹起したものであるが,前述のような上告人の事業の種類,上告人と丁との雇傭関係,丁のダンプカー運転による稼働状況,ダンプカーの保管状況等によれば,右事故当時の運行は,客観的外形的には,上告人のためにする運行と解するのが相当であって,丁の砂利運搬の作業が採取場構内に制限されていたことは,単なる内部的事情に過ぎず,右の判断に影響を及ぼすものではない。右と同趣旨の原審の判断は正当である。
 原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官田中二郎,同松本正雄の反対意見(略)があるほか,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官松本正雄,裁判官田中二郎,同下村三郎,同飯村義美,同関根小郷

車体に自社名表示を許容した場合と運行供用者責任(最判昭和45年2月27日裁判集民事98号295頁)

加害自動車の車体に自社名を表示することを許容していた運送契約上の注文主について運行供用者責任が否定された事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人木崎良平の上告理由について。
 原審の事実認定は,挙示の証拠関係に照らし,首肯することができる。そして,右事実関係によるときは,本件事故は,貨物自動車を所有して運送業を営んでいた訴外甲が被上告会社との運送契約に基づき自己の営業のためその被用者である訴外乙をして従事させていた加害自動車の運行中に生じたもので,被上告会社は甲との右運送契約上の注文主にすぎず,原判示のような事情から加害車の車体に被上告会社の許諾を得てその社名が表示されていたとはいえ,右自動車の運行自体については,被上告会社はなんら支配力を有していなかったものというべきであるから,右事故につき,被上告会社に自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」としての責任を負わせることはできないとした原審の判断も,正当といえる。原判決に所論の違法は認められず,論旨は,畢竟,原審の適法にした事実の認定を非難するものか,あるいは,その認定にそわない事実と独自の見解を前提として原審の判断の違法をいうものにほかならず,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官草鹿浅之介,裁判官城戸芳彦,同色川幸太郎,同村上朝一

 【参考 原審判決理由の要旨
 本件事故当時甲所有の貨物自動車二台中の一台である本件事故車の車体に控訴会社の社名である「大溝工業壱壱」の記載がなされていたところ,これによれば,少くとも本件事故車は控訴会社との契約による木材の運送に専用されていたのではないかとの疑問を生ぜしめるところであるが,・・・・西垣林業の木材積込現場において積込等をする際,車体に右の表示があると,大溝工業の車であるということで現場係員が何かと便宜をはかってくれるということで特に甲から控訴会社に頼んで前記表示を許容されたものであって,甲は控訴会社から依頼された木材の運送につき本件事故車とともに他の一台をも使用するとともに,他社の依頼による運送についても本件事故車を使用していたことが認められるので,かかる事実関係のもとにおいては,本件事故車にたまたま右の控訴会社名の表示がなされていたという外形的事実は,これのみをもっては直ちに上叙認定を覆えし,控訴会社の運行者としての責任を肯定する事由となすには足りない。

元請負運送業者の運行供用者責任(最判昭和50年9月11日裁判集民事116号27頁)

下請運送会社の従業員のおこした事故につき元請負運送業者の運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人β運輸株式会社代理人岡安秀,同宇都宮健児の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 上告人α株式会社代理人藤井宏の上告理由一及び二について
 原判決が適法に確定したところによると,上告人α株式会社(以下上告人αという。)及び上告人β運輸株式会社(以下上告人β運輸という。)は,いずれも貨物運送を業とする会社であるが,上告人αは昭和四二年一一月ごろから上告人β運輸よりその保有する貨物自動車を傭車してきたところ,あらたに長野県下及び山梨県下に所在する上告人αの各営業所相互間における定期路線運送を開設したことにともない,昭和四三年五月はじめごろから,上告人β運輸所有の本件加害車を運転手付きで右定期路線運送用として借り上げ,右各営業所において上告人αが荷主から注文を受けた荷物の運送にあたらせるようになり,本件事故も,加害車が同上告人の小諸営業所からα府営業所に赴く途中で発生したものであり,右定期路線を運行するにあたって加害車は,同上告人が発行する運行表の指示するコース,スケジュールに従い,また,各営業所における荷積及び荷降も,必ず同上告人の係員の立会と荷物の確認をうけておこなうなど,もっぱら同上告人の指揮監督に服して右定期路線の運送業務に従事していたものであり,かつ,同上告人が運送依頼者から受け取る運賃のうち四〇%をみずから取得し,残余の六〇%を上告人β運輸が取得する約定であったというのであって,右事実関係のもとにおいては,本件事故当時の加害車の運行は,上告人αの支配のもとに,同上告人のためになされたということができ,同上告人は自賠法三条の運行供用者責任を負うものというべきであり,これと同旨の原審の判断は正当として是認できる。所論のように上告人β運輸が上告人αに対し専属的,従属的関係に立つものではなく,下請負人として加害車を運行の用に供していたものとしても,右のように認めることの妨げとなるものではない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同三について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官藤林益三,裁判官下田武三,同岸盛一,同岸上康夫,同団藤重光

元請負人の運行供用者責任(最判昭和46年12月7日裁判集民事104号583頁)

下請負人の被用者の起こした事故につき元請負人の運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鶴田英夫,同岩崎明弘の上告理由について。
 原判決の認定したところによれば,α組名義で土木請負業を営む上告人は,長崎県北開発振興公社から請け負った海岸埋立用のぼたの運搬の一部を有限会社乙重機など四業者に下請けさせ,乙重機からは貨物自動車四両と甲ら四名の運転手の派遣を受け,現地における事務所と右運転手らの宿舎を提供し,右運転手らをして上告人自身の被用者といっしょにぼた運搬の業務に事従させていたこと,右下請負業者の作業実施にあたっては,上告人自身またはα組係員が,下請負業者に配車の指図をするほか,随時ぼたの積込現場や埋立現場においてぼたの積みおろしの状況を見廻り,貨物自動車に乗って運搬途中の監督にあたるなどして,間接的には各下請業者の運転手らに対してもぼた運搬の業務の指揮監督をしていたものであり,他方,乙重機の代表者においては,その被用者である甲ら四名の運転手の下請負業務の実施を指揮監督することをせず,業務施行について下請負業者としての独自性に乏しく,結局,上告人は,右運転手らを実質的に自己の被用者と同様に利用し支配していたものであって,α組がその業務の遂行のために乙重機から貨物自動車四両と甲ら運転手四名とを賃借したのとほとんど変わらない関係にあったこと,甲は,右のようにして,事実上上告人の指揮監督のもとにその支配下にあって,もっぱら,乙重機所有の本件加害自動車を運転し,その下請けにかかる右ぼた運搬の業務に継続して従事していたものであり,なお,乙重機からは右自動車の運転をまかされていて随時これを使用できる状態にあったところ,当日,午前八時ごろから開始される作業につくため,朝食をとったうえでそのままぼたの積込現場に赴くべく,午前七時五〇分ごろ,本件貨物自動車を運転して食堂に行く途中,本件事故を起こしたものであること,以上の事実が認められるというのであって,右事実の認定は,原判決挙示の証拠に照らして肯認することができないものではない。
そして,右事実関係のもとにおいては,本件事故当時の本件加害自動車の運行は,客観的に見て,上告人の支配のもとにかつ上告人のためになされたものと認めることができる。所論のように,乙重機が平素恒常的に上迫組に対し専属的関係に立つものでなく,また,本件事故当時甲が作業現場に赴く途中私用のため寄り道していたものであるとしても,右のように認めることの妨げとなるものではないと解すべきであり,渡辺重機もまた本件加害自動車に対する運行支配を有しかつ運行利益を受けていたからといって,上告人の責任を否定する理由はない。従って,本件事故につき,上告人が運行供用者としての責任を負うべきものとした原判決の判断は,正当として是認できる。原判決の認定・判断に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官天野武一,裁判官田中二郎,同下村三郎,同関根小郷

元請負人の運行供用者責任(最判昭和46年12月7日裁判集民事104号595頁)

下請負人の被用者の起こした事故につき元請負人の運行供用者責任が否定された事例(②事件)
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人佐々木正義,同真木幸夫の上告理由について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定したところによれば,本件加害自動車の自動車検査証の使用者及び自動車損害賠償責任保険の保険契約者は被上告人名義になっており,城東建設株式会社の使用する十数台のダンプカーのうち本件加害自動車を含む三,四台の車体には被上告人のマークが表示されていたこと,しかし,被上告人は,本件加害自動車を第三者から買い受けこれを城東建設に売り渡して,すでにその所有権を有しないものであり,代金完済と同時に城東建設に名義変更の手続をする運びになっていたこと,被上告人は掘削・宅地造成工事の請負を主たる業とし,城東建設は残土運搬等を業とするもので,城東建設の全仕事量の約五割は被上告人からの下請工事であったが,被上告人にとっては,城東建設は三〇社以上に及ぶ下請先の一つであって,両者の間に専属的関係は認められず,被上告人が城東建設に対して出資をし,役員を派遣し,事務所などの営業財産を貸与しあるいは自動車の保管場所を提供していたなどの事実はなく,両企業間に緊密な一体性があるともいえないこと,また,城東建設が被上告人からの下請作業を行なうにあたっても,被上告人自身の関係者が現場で指揮監督にあたったことはなく,作業はもっぱら城東建設の責任において遂行されていたこと,そして,本件事故は,城東建設の被用者である岡田孝一が,城東建設の熊谷組からの下請作業に従事中に発生したこと,以上の事実が認められるというのである。右事実関係によれば,被上告人は本件事故当時における本件加害自動車の運行に対し支配を及ぼすものでなく,従って,本件事故につき運行供用者としての責任を負わないものであるとした原判決の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官関根小郷,裁判官田中二郎,同下村三郎,同天野武一

未成年の事故と父親の運行供用者責任(最判昭和49年7月16日民集28巻5号732頁)

未成年の子がその所有車両を運転中起こした事故につき父に自賠法3条による運行供用者責任が認められた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人山中順雅の上告理由について。
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて上告人甲が本件事故について自賠法三条所定の自己のために自動車を連行の用に供する者としての責任を負うものとした原審の判断は,正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官高辻正己,裁判官関根小郷,同天野武一,同坂本吉勝,同江里口清雄

自賠法3条の「他人」の意義(最判昭和42年9月29日裁判集民事88号629頁)

自賠法3条の「他人」の意義

 上告代理人橋本市次の上告理由第1点について。
 原審が本件事故発生の経過につき確定した諸般の事情のもとにおいては,本件事故につき上告人の過失を否定し難いとした原審の判断は正当である。したがって,原判決に所論の違法はなく,所論はこれと異なる見解に立って原判決を攻撃するものであって,採用できない。
 同第2点について。
 自賠法3条本文にいう「他人」とは,自己のために自動車を運行の用に供する者および当該自動車の運転者を除く,それ以外の者をいうものと解するのが相当であるところ,原審の確定したところによれば,上告人は酩酊して同人の車の助手席に乗り込んだ大沢正に対し,結局はその同乗を拒むことなく,そのまま右車を操縦したというのであるから,右大沢を同条の「他人」にあたるとした原審の判断は相当である。従って,原判決に所論の違法はなく,所論は,原判決の認定にそわない事実に基づく見解であって,採用できない。
 よって,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり何決する。
   最高裁裁判長裁判官奥野健一,裁判官草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎

賠法3条の「他人」と運転補助者性<肯定>(最判昭和57年4月27日裁判集民事135号793頁)

甲乙が各自車両を操作して乙の車両荷台に甲の車両を積み込む際に甲運転車両が転倒したという甲の死亡事故につき甲は乙の車両運行にとって自賠法3条本文の「他人」にあたらない。


 上告代理人平沼高明,同服部訓子,同関沢潤の上告理由第2点について
 原審の確定したところによれば,1 訴外亡αと訴外βとは共に訴外Pの被用者として本件事故当時共同して作業をしていたものであり,両者は職制上の上司,部下の関係にはなかったが,αがβより約9か月先任で約2年年長であり,経験も豊富であった,2 αとβとは,本件事故当日,本件事故現場において,Pのもとで整地作業に従事したが,Pが作業途中で現場から去ったのちも,αはブルトーザーを,βはダンプカーを使って右作業を続け,これを完了した,3 αは,現場を引揚げる際,同人の運転していたブルドーザーをブルドーザー回送専用車を使用することなく持ち帰ろうと思い,βに対して,たまたまβのダンプカーの後部付近にあった花崗上の盛土を踏台にして右ダンプカーの後部から自分がブルドーザーを運転してその荷台に積み込む方法でブルドーザーを持ち帰る考えを話すとともに,かってこの方法で成功した経験がある旨をも告げて協力方を求めた,4 βは,そのような方法による積込みは危険であると考えたが,ブルドーザーの運転免許を有し,ブルドーザーを運転した経験もあるαが前にもそのような方法で積み込んだことがあるというのであるから大丈夫であろうと思ってαに同調した,5 αは,βに対し,(1)ダンプカーの運転席に就き,荷台の後側板を開き荷台前部を約50センチメートル上昇させて荷台を傾斜させること,(2)自分がブルドーザーを運転して右荷台に乗り入れる間はダンプカーのフットブレーキを踏みサイドブレーキを引いていること,(3)プルドーザーの積み込みが終ったら荷台前部をもとの位置に降すこと,を指示し,βは,右αの指示に従い,右(1),(2)のとおりダンプカーを操作し,αの運転するブルドーザーが右ダンプカーの荷台に乗り込んでくるのを待機する態勢をとった,6 αは,ブルドーザーの運転席に就き,ダンプカー後方付近にあった花崗上の盛土の山の上へブルドーザーを運転進行させ,右盛土の山を踏台としてダンプカーの後部からその荷台7にブルドーサーを乗り入れようとしたが,花崗土の山が柔らかかったためにうまくいかなかったので,ブルドーザーで右山を踏み固めたところ,山は固くなったが低くなり,しかも花崗土の総量が十分でなかったために山の上部がダンブカーの荷台後部にまで達せす,その間に約40センチメートルの間隔が生じ,ブルドーザーの登はん力をもってしてもダンブカーの荷台後部に乗り上げることができなかった,7 αは,それにもかかわらず,同じ方法でブルドーザーを運転進行させたところ,ブルドーザーのキャタピラが滑り,何回も空転してダンプカー後方付近の花崗上を堀り下げてしまったため,ブルドーザ弐は前部を上に後部を下にして立ち上ったようになって運転席のαもろともダンプカーと反対側に後転し本件事故が発生した,というのである。
 右事実関係のもとでは,βは,αに全面的に服従する関係になく自己の判断でαの提案に同調したものとはいえ先任者,年長者であり,経験者でもあるαの具体的指示に従ってダンプカーを操作したものであり,αは,βといわば共同一体的にダンプカーの運行に関与した者として,少なくとも運転補助者の役割を果たしたものと認められる事情が多分にうかがわれる。そして,自賠法3条本文にいう「他人」のうちには,当該自動車の運転者及び運転補助者は含まれないと解すべきであるから,本件においても前記事実によれば,αはβのダンブカーの運行について他人に当たらないと解される余地がある。ところが,原審は,右の事情がうかがわれるにもかかわらず,これを十分に顧慮することなく,単にαとβとが命令服従関係にないことをもってβのダンプカーに対するαの他人性を肯認したうえ,右ダンブカーの運行供用者であるPに同条に基づく責任を認めたのであるから,右の点で,原判決は,法令の解釈,適用を誤り,ひいては審理不尽,理由不備の違法を犯したものといわざるをえない。論旨はこの点について理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない,そして,本件については,更にαとβの共同運行関係について審理を尽くす必要があるから,これを原審に差し戻すのが相当である。
 よって,民訴法407条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判官伊藤正己,裁判官横井大三,同寺田治郎,同環昌一

自賠法3条の「他人」と運転補助者性<否定>(最判平成11年7月16日裁判集民事193号493頁)

トラック積載の鋼管くいをクレーン車により荷下ろしする際玉掛け作業を手伝った右トラック運転者が鋼管くいの落下により死亡した事故につき右運転者が右クレーン車の運転補助者とはいえず自賠法3条にいう「他人」に当たるとされた事例


 上告代理人与世田兼稔,同阿波連光の上告理由について
 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 1 上告人は,甲レッカーの名称で,クレーン車のリース及びくい打ち等の基礎工事等の仕事をしている者であり,その保有する大形特殊自動車(移動式クレーン車,以下「本件クレーン車」という。)について,被上告人との間で,保険期間を昭和63年12月21日までとする自賠法(以下「自賠法」という。)に基づく責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
 2 昭和63年9月10日午前10時10分ころ,沖縄県石垣市字子丑番地先寅橋橋りょう整備工事(以下「本件工事」という。)の現場において,己港運株式会社の従業員である庚は,同人が運転するトラックに積載して運搬してきた鋼管くいの荷下ろし作業中に,鋼管くい1本に玉掛けを行い,上告人の従業員である辛が本件クレーン車を運転して右鋼管くいをつり上げたところ,これが落下し,庚の身体に当たり,庚は内臓破裂によって数時間後に死亡した(以下「本件事故」という。)。本件事故に至る経緯,その態様,発生原因は,次のとおりである。
 (1) 沖縄県は,株式会社壬建設に対し,昭和63年7月30日ころ本件工事を発注し,壬建設は,そのころ癸にその施工を請け負わせ,癸は,同年8月下旬ころ本件工事のうちくい打ち工事を上告人に請け負わせた。
 (2) 壬建設は,株式会社壱商事から,本件工事に使用する鋼管くい10本(1本が,長さ11・7メートル,直径約0・5メートル,厚さ約9ミリメートル,重さ約2トン)を,本件工事現場で車上に積載したままの状態で買主に引き渡すという現場車上渡しの約定で購入した。
 (3) 壱商事は,己港運に対し,鋼管くいの本件工事現場までの運搬を請け負わせた。その際,己港運の代表者は壱商事の従業員に対し鋼管くいの荷下ろし作業も請け負いたい旨頼んだが,現場車上渡しの約定であり,荷下ろしは本件工事の下請け業者が行うといって断られた。結局,荷下ろしは,癸又は上告人が行うこととなった。
 (4) 庚は,昭和63年9月10日,鋼管くい10本を積載したトラック(以下「本件トラック」という。)を運転し,本件工事現場へ行った。なお,庚は,大型自動車第2種免許を持ち,社団法人沖縄県労働基準協会が主宰する移動式クレーン特別教育講習及び玉掛技能講習をいずれも修了している。
 (5) 玉掛技能講習を修了していた辛は,上告人から本件工事現場において鋼管くいの荷下ろし作業を行うよう指示され,右同日,本件クレーン車を運転して本件工事現場に行き,まず,癸の従業員であり,本件工事の現場監督である弐から,鋼管くいを荷下ろしする場所の指示を受け,本件クレーン車を停め,クレーン(以下「本件クレーン」という。)を設置した。弐は,鋼管くいの荷下ろし場所を指示したのみで,他の指示等を1切することなく,本件工事現場の他の作業場所に立ち去ったので,荷下ろし作業をする者は,辛のほか,癸の従業員である参しかおらず,辛は,本件荷下ろし作業を自ら指揮して行うこととした。
 (6) 庚は,辛が本件クレーンを設置した後,辛の了解を得て,本件トラックを本件クレーン車のそばに停車させた。
 (7) 辛は,運転台を南側に向けたまま本件クレーンのジブを伸ばし,補巻フックを地上近くまで巻き下ろす操作をした後,運転台から降りて本件クレーン車に積んであった3組のワイヤーロープの中で最も長い2本1組のワイヤーロープ(長さ約6・5メートル)を2本とも補巻フックに掛けた。そこに,庚が,荷下ろし作業者が足りないことから玉掛け作業の手伝いをしようとやって来て,辛に対し,最初に下ろす鋼管くいを1番上に積んである西側寄りのものにするのがよいのではないかと提案し,辛もその方が作業がしやすいと判断して,その鋼管くいから下ろすことに決めた。そこで,辛は,庚と参に対し,2本のワイヤーロープの両端に鋼管くいを玉掛けするように指示して本件クレーン車に積んであったフックとシャックルを渡し,庚と参は,ワイヤーロープの両端にフックとシャックルとを取り付けた。
 辛は,本件クレーン車の運転席に戻り,南側に向いていた運転台を左旋回させながら,ワイヤーロープの下端部分が最初に荷下ろしする鋼管くいの中央部分に来るようにジブを移動させ,ワイヤーロープを調整したところ,本件トラックの荷台の運転席側前部に登っていた庚と荷台の後部に登っていた参は,それぞれ鋼管くいの両端にワイヤーロープの下端の各フックを引っ掛けて玉掛けをした。辛は,庚が鋼管くいをつり上げてもよいという合図をしたと思い,ワイヤーロープが緊張するように巻き上げ操作をしながら,鋼管くいのバランスをとるようにジブの方向及び角度の調整操作も行い,鋼管くいの両端に引っ掛けてあるフックが脱落しないことを確認した上で,まず,鋼管くいを15ないし20センチメートルほどつり上げたところで巻き上げをいったん停止して異常がないことを確認した後,更に鋼管くいを本件トラックの運転席後部のガード板を越える高さまで巻き上げたとき,それまで本件トラックの荷台上の東側の他の鋼管くいの上に登って様子を見ていた庚がつり上げられた鋼管くいの下をくぐって運転席の後部西側から地面に飛び降りようとした。辛がつり上げていた鋼管くいを右旋回させようとしたとき,鋼管くいをつっていた本件トラック後部側のワイヤーロープが本件クレーンの補巻フックから外れて鋼管くい後部が地上に落下し,その衝撃によって鋼管くい前部に引っ掛けてあったフックも鋼管くいから外れ,鋼管くいが地上に落下した。庚は,鋼管くいが地上に落下する際,身体に鋼管くいが当たり,内臓破裂によって数時間後に死亡した。
 (8) 本件事故の発生については,辛が,鋼管くいに適したより長いワイヤーロープを使用せず,又は補巻フック部分にシャックルを取り付けなかった過失があり,庚がつり上げられた鋼管くいの下に立ち入った過失があった。
 3 庚の相続人らは,平成3年8月28日,沖縄県,壬建設,癸,弐,上告人及び辛に対し本件事故についての損害賠償請求訴訟を提起し,上告人から訴訟告知を受けた被上告人は補助参加をして争ったが,平成4年9月30日に,上告人が庚の相続人らに損害賠償金として1500万円の支払義務があることを認め,右金員等を支払う旨の裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立しており,上告人は1150万円を支払い済みである。
 21 本件訴訟は,上告人が,本件和解に基づき庚の相続人らに支払い,又は支払うべき損害賠償金につき,自賠法15条に基づき,被上告人に対し,既払分1150万円と同額の支払及びこれに対する遅延損害金の支払並びに期限未到来の350万円の支払を条件とする同額の支払を求めるものである。
 2 原審は,概要以下のとおり判断し,上告人の請求を棄却した。
 (1) 鋼管くいの荷下ろしは庚の業務ではなく,また,庚は,右荷下ろし作業をする上告人の従業員である辛の指揮命令を受ける地位にあったものでもないが,本件のようなクレーンを利用した重量物の荷下ろしは,玉掛けを含め作業員の協働作業であり,わけてもそのうち玉掛け作業においては荷下ろしに伴う危険発生を未然に回避することが不可欠であり,それ故,事業者は,有資格者により玉掛け作業をすべきことを法律上義務付けられているところ,玉掛けの資格,技能を有する庚は,自ら進んで辛に対し最初に下ろすのに適した鋼管くいについて提案し,その後は,辛の指示を受け,庚自身の判断と技能に基づいて玉掛け作業を行い,本件クレーン車の装置を使った荷下ろし作業の一部を分担したのであるから,庚は,被保険車両である本件クレーン車の運転補助者というべきであり,自賠法3条本文にいう「他人」には該当しない。
 (2) 玉掛け作業の特殊性,危険性に鑑みると,資格のある庚が玉掛け作業に従事する場合には,それが本来同人の行うべき業務でなく,好意で一時的に携わったとしても,本件クレーン車の運転の補助に従事する者であることを否定することはできず,庚の過失の有無やその程度によって右判断が影響を受けるとは解されない。
 3 しかし,原審の右判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
 【要旨】本件トラックにより本件工事現場へ運搬された鋼管くいは現場車上渡しとする約定であり,本件トラックの運転者庚は,辛が行う荷下ろし作業について,指示や監視をすべき立場になかったことはもちろん,右作業を手伝う義務を負う立場にもなかった。また,鋼管くいが落下した原因は,前記のとおり,鋼管くいを安全につり上げるのには不適切な短いワイヤーロープを使用した上,本件クレーンの補巻フックにシャックルを付けずにワイヤーロープを装着したことにあるところ,これらはすべて辛が自らの判断により行ったものであって,庚は,辛が右のとおりワイヤーロープを装着した後に,好意から玉掛け作業を手伝い,フックとシャックルをワイヤーロープの両端に取り付け,鋼管くいの一端にワイヤーロープの下端のフックを引っ掛けて玉掛けをする作業をしたにすぎず,庚の右作業が鋼管くい落下の原因となっているものではない。そうすると,庚は,本件クレーン車の運転補助者には該当せず,自賠法3条本文にいう「他人」に含まれると解するのが相当である。
 従って,原審の前記判断には,自賠法3条の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,庚の死亡による損害額,庚について過失相殺の有無,程度,本件和解により支払われた金額が右賠償額の範囲内か否か等を審理判断させるため,本件を原審に差し戻す。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官福田博,裁判官河合伸一,同北川弘治,同亀山継夫

運転を委ねた場合と自賠法3条「他人」(最判昭和57年11月26日民集36巻11号2318頁)

自己所有の自動車の運転を友人に委ねて同乗中友人の惹起した事故により死亡した者が友人との関係において自賠法3条の他人にあたらないとされた事例

 上告代理人江口保夫,同溝呂木商太郎,同草川健,同鈴木諭の上告理由第1点及び第2点について
 原判決は,(1) 甲は,昭和49年1月14日午後9時ころその所有の本件自動車に友人数名を乗せてスナツク「パブ己」に行き,同所で右友人らと飲酒したのち翌15日午前零時ころ右の店を出た,(2) 甲は,本件自動車により最寄りの駅である京成青砥駅まで他の者を送ってから帰宅するつもりでいたところ,友人達を自分の下宿に連れて行き飲み直すつもりになっていた乙から自分に本件自動車をまかせ運転させて欲しいと求められて渋々これを承諾し,ここに車の使用を乙に委ねることとし,車の鍵を同人に渡してみずからは電車で帰宅するつもりで京成青砥駅まで行くため本件自動車の後部座席の右端(運転席の乙の後ろ)に便乗した,(3) 乙の考えていた行先は,ひとまず京成青砥駅に至り電車で帰宅する者を下車させたのち残りの友人と飲み直すためにその下宿先にということであったが,そのうち自己の運転操作の誤りにより本件自動車を左右に大きく蛇行させた挙句,右側ガードレールに車体の右側面を激突させて横転させるという本件事故を起し,甲を死亡させた,(4) 甲は,酒を飲んだ乙に運転を許した過失がある,以上の事実を認定したうえ,右(1)ないし(3)の事実からすると,事故当時の本件自動車の具体的運行において,乙は,運転者であり,危険物たる自動車の運行により生ずべき危険を回避すべく期待され,また,そのことが可能であるのにかかわらず事故を発生せしめた直接的立場にあった運行供用者であるのに対し,甲は,最寄りの駅につくまでの単なる同乗者であり,運行供用者であるといっても具体的には乙を通じてのみ車による事故発生を防止するよう監視することができる立場にしかなかったという点において,双方の運行支配の程度態様を比較すると,甲は間接的潜在的抽象的に運行を支配しているにすぎないのに対し,乙は直接的顕在的具体的に支配していたものというべきであるとし,甲は乙に対しては自動車損害賠償保障法3条本文の他人であることを主張することが許されると判断して,甲の両親である被上告人らが上告会社に対し同法16条に基づいてした損害賠償の請求を認容している。
 しかし,原判決の認定するところによれば,本件事故当時甲は友人らの帰宅のために本件自動車を提供していたというのであるから,その間にあって乙が友人らの1部の者と下宿先に行き飲み直そうと考えていたとしても,それは甲の本件自動車の運行目的と矛盾するものではなく,甲は,乙とともに本件自動車の運行による利益を享受し,これを支配していたものであって,単に便乗していたものではないと解するのが相当であり,また,甲がある程度乙自身の判断で運行することをも許したとしても,甲は事故の防止につき中心的な責任を負う所有者として同乗していたのであって,同人はいつでも乙に対し運転の交替を命じ,あるいは,その運転につき具体的に指示することができる立場にあったから,乙が甲の運行支配に服さず同人の指示を守らなかった等の特段の事情がある場合は格別,そうでない限り,本件自動車の具体的運行に対する甲の支配の程度は,運転していた乙のそれに比し優るとも劣らなかったものであって,かかる運行支配を有する甲はその運行支配に服すべき立場にある乙に対する関係において同法3条本文の他人にあたるということはできない。然るに,原判決は,前記の特段の事情があるか否かについて事実関係を確定しないまま,所有者である甲の運行支配の程度態様を間接的潜在的抽象的なものであると判断し,甲が同法3条本文の他人であると主張することができるとしたものであって,畢竟,原判決の右判断には同法3条本文の他人の意義に関する解釈適用を誤り,その結果審理を尽くさない違法がある。そして,右の違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであって,この点に関する論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,本件についてはさらに審理を尽くさせるのが相当であるから,これを原審に差し戻す。
 よって,民訴法407条1項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官宮崎梧一,裁判官木下忠良,同鹽野宜慶,同大橋進,同牧圭次

夫の事故と妻の自賠法3条「他人」性(最判昭和47年5月30日民集26巻4号898頁)

1,夫の運転する自動車に同乗中負傷した妻が自賠法3条にいう他人にあたるとされた事例
2,夫婦の一方が運転する自動車に同乗中負傷した他方の配偶車自賠法16条1項による被害者請求権の有無
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人田中慎介,同久野盈雄,同今井壮太の上告理由第一点について。
 所論は,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)には自賠法(以下,自賠法という。)三条にいう他人の解釈を誤り,理由不備の違法がある,というものである。
 按ずるに,自賠法三条は,自己のため自動車を運行の用に供する者(以下,運行供用者という。)及び運転者以外の者を他人といっているのであって,被害者が運行供用者の配偶者等であるからといって,そのことだけで,かかる被害者が右にいう他人に当らないと解すべき論拠はなく,具体的な事実関係のもとにおいて,かかる被害者が他人に当るかどうかを判断すべきである。本件において,原審が適法に確定したところによれば,被上告人は訴外甲の妻で生活を共にしているものであるが,本件自動車は,甲が,自己の通勤等に使用するためその名をもって購入し,ガソリン代,修理費等の維持費もすべて負担し,運転ももつぱら甲がこれにあたり,被上告人個人の用事のために使用したことはなく,被上告人がドライブ等のために本件自動車に同乗することもまれであり,本件事故当時被上告人は運転免許を未だ取得しておらず,また,事故当日甲が本件自動車を運転し,被上告人が左側助手席に同乗していたが,被上告人は,甲の運転を補助するための行為を命ぜられたこともなく,また,そのような行為をしたこともなかった,というのである。かかる事実関係のもとにおいては,被上告人は,本件事故当時,本件自動車の運行に関し,自賠法三条にいう運行供用者・運転者もしくは運転補助者といえず,同条にいう他人に該当するものと解するのが相当であり,これと同趣旨の原審の判断は,正当として是認できる。所論は,原判決の結論に影響のない傍論に関する部分についての法律解釈を非難するか,原審の認定にそわない事実を前提に原判決の違法をいるものにすぎない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点及び第三点について。
 所論は,原判決には自賠法三条及び一一条所定の損害賠償責任の解釈を誤り,これに自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険という。)の対象とならないものを含ましめた違法がある,というものである。
 おもうに,夫婦の一方が不法行為によって他の配偶者に損害を加えたときは,原則として,加害者たる配偶者は,被害者たる配偶者に対し,その損害を賠償する責任を負うと解すべきであり,損害賠償請求権の行使が夫婦の生活共同体を破壊するような場合等には権利の濫用としてその行使が許されないことがあるにすぎないと解するのが相当である。けだし,夫婦に独立・平等な法人格を認め,夫婦財産制につき別産制をとる現行法のもとにおいては,一般的に,夫婦間に不法行為に基づく損害賠償請求権が成立しないと解することができないのみならず,円満な家庭生活を営んでいる夫婦間においては,損害賠償請求権が行使されない場合が多く,通常は,愛情に基づき自発的に,あるいは,協力扶助義務の履行として損害の填補がなされ,もしくは,被害をうけた配偶者が宥恕の意思を表示することがあるとしても,このことから,直ちに,所論のように,一般的に,夫婦間における不法行為に基づく損害賠償義務が自然債務に属するとか,損害賠償請求権の行使が夫婦間の情誼・倫理等に反して許されないと解することはできず,右のような事由が生じたときは,損害賠償請求権がその限度で消滅するものと解するのが相当だからである。そして,本件のように,夫婦の一方の過失に基づく交通事故により損害をうけた他の配偶者が,自賠法一六条1項による被害者の直接請求権に基づき,保険者に対し,損害賠償額の支払を請求する場合には,加害者たる配偶者の損害賠償責任は,右の直接請求権の前提にすぎず,この直接請求権が行使されることで夫婦の生活共同体が破壊されるおそれはなく,他方,被害者たる配偶者に損害の生じているかぎり,自賠責保険によってこの損害の填補を認めることは,加害者たる配偶者,あるいは,その夫婦を不当に利得せしめるものとはいえず,また,運行供用者の配偶者等を自賠責保険の保護から除外する規定を設けなかった自賠法の立法趣旨にも合致する
従って,右と同趣旨の見解に基づき,甲が,被上告人に対し,同法三条に基づき,治療費等一六万一〇〇〇円の積極損害の賠償責任のあることを認め,これを前提に本訴請求を認容した原判決は,正当として是認できる。原判決に所論の違法は存しない。論旨は,独自の見解に立脚して,原判決を非難するものであって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官坂本吉勝,裁判官田中二郎,同下村三郎,同関根小郷,同天野武一

自賠法3条「他人」および民法715条1項「第三者」(最判昭和44年3月28日民集23巻3号680頁)

自賠法3条にいう他人および民法715条1項にいう第三者にあたらないとされた事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人木村楢太郎,同日置尚晴の上告理由第一点について。
 甲は正運転手として事故車を自ら運転すべき職責を有し,乙に運転させることを厳に禁止されていたのにかかわらず,右禁止の業務命令に反して乙に事故車を運転させたものであり,その際甲は助手席に乗っていたものであること,乙は本件事故発生の一〇日前被上告会社に入社し高松から大阪に転入してきたもので,大阪の地理を知らず,そのため正運転者の運転する車に助手として乗りこまされていたものであり,そして,同人は事故車のような三輪自動車をそれまで運転したことがなく,本件事故当日甲から運転をすすめられたが,いったん断わり,更にすすめられたため事故発生の数分前から運転席についたばかりで,地理が分らないまま助手席の甲の指図どおり運転していたことは,原判決が適法に確定した事実である。そうとすれば,このような事実関係のもとにおいても,甲は,事故当時本件事故車の運転者であったと解すべきであり,自動車損害賠償保障法三条所定の他人および民法七一五条一項所定の第三者にあたらないと解した原判決の判断は相当である。引用の判例はこれと牴触するものではない。原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 同第二点にづいて。
 甲は事故当時本件事故車の運転者であり,したがって,民法七一五条一項所定の第三者にあたらないことは前記のとおりである。引用の判例は事案を異にし,本件に適切でない。原判決には所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 前記上告代理人らの上告理由(補充)一および二について。
 所論の点についての原判決の認定判断は首肯でき,原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官草鹿浅之介,裁判官城戸芳彦,同色川幸太郎,同村上朝一

自賠法3条但書の免責の主張立証(最判昭和45年1月22日民集24巻1号40頁)

自賠法3条但書による免責と主張・立証すべき事項
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人越智譲の上告理由一について。
 原審の確定するところによれば,上告人甲が,昭和四〇年四月三日午後四時二〇分頃被上告人乙運転の三輪貨物自動車と接触して受傷した事故現場は,東西に走る阪奈国道と守口・八戸の里線道路(南北路,幅員約七・五米の歩車道の区別のないコンクリート舗装道路)とが交差する大阪市子区丑交差点から右南北路上南方約五〇米の地点にあって,本件事故現場附近からは,ほぼ南西方向に一本の地道が三差状に出て,その三差路の幅員は,右南北路と接する部分では約九・三米あるが,南西方向に伸びるに従い急に狭くなり約四米となる。本件事故現場附近は田畑が多く,ことに,西側の見通しは良好であり,信号や横断歩道の設備はない。右南北路は,自動車の往来が頻繁で,右浜交差点の信号が南北赤になるときは,北行車はたちまち停滞して,その列は,右三差路すなわち本件事故現場附近をはるかに超えて,全長約一〇〇米に達する程の停滞状況を示し,他方南行車の方は,浜交差点で通行止めとなるので,阪奈国道から廻ってくる自動車が南進してくるだけの状態となる。上告人丙は,その友人訴外丁を見送るため,右三差路を経,右南北路を通って浜交差点のバス停留所まで行くべく,その長男上告人甲を伴って自宅を出,丁と話をかわしながら,三差路を通り,南北路に達したが,そのときの南北路の交通状況は,δ度浜交差点の信号が南北赤であったから,北行車が,前記のように一〇〇米位列をなして停滞し,三差路前も,人が車の間を通って横断できる程度に少しの間隔をおいたほかは,自動車が頭尾を接して停車していた。上告人丙は,右南北路の西側端を通ることは停滞車のため困難であるとみて,なんとなくその場で直ちに横断してその東側端を歩こうと考え(上告人丙は近辺の交通状況を知悉していた。),前記停滞車の間隙を抜けて南北路を横切り,その東側端に渡ろうとし,よって,上告人甲が先頭にたち,少し間隔をおいて上告人丙が続き,その後に丁がほぼ一列になって続いたのであるが,上告人丙は,その際,特に南行車通過に伴う危険に備え,上告人甲の手をつなぎ,または,注意を与える等の措置をとることなく,慢然上告人甲の独り歩きに任せていたため,かかる場合の事故防止能力を欠く上告人甲は,そのまま独りで停滞車の間を通り抜けて南北路中心線附近まで飛び出した。折しも,被上告人乙は,本件事故車を運転して阪奈国道を東進し,浜交差点を右折して右南北路に乗り入れ,その中心線から約五〇糎東寄りのところを時速約二五粁で南進し,右三差路附近にさしかかったが,前記のように,同所には横断道路の設定はなく,また,叙上のとおり,西側に停滞する車両列のため三差路をなすことすら見極め難い事情にあったため,そのまま進行したところ,本件事故現場約二米手前で上告人甲が北行停滞車の間隙からやにわに飛び出してきたのに気付き,突嗟にブレーキを踏んだが間に合わず,上告人甲は,自己の右側顔面を被上告人乙運転の三輪貨物自動車後部荷台右側面の二つの蝶つがい附近にひつかけるように接触して転倒した。被上告人乙としては,北行停滞車が列をなしていたため,上告人甲がその間隙から飛び出してくることを予知することはできない状況であったというのであり,以上の事実は,原判決挙示の証拠関係に照らし是認できる。そして,右事実によれば,被上告人乙としては,本件事故現場附近を本件事故車を運転して時速約二五粁で南進通過中,停滞していた対向北行車列のかげから,突如として上告人甲が自ら飛びかかってきたような状態となったのであって,これに気付いたときは,急停車の措置をとっても,もはや上告人甲との接触を避けることができず,自車の右側面が上告人甲の顔面に接触してしまったことが認められ,この間,被上告人乙の運転には別段非難すべき点はなく(右述のような道路交通状況のもとで,被上告人乙に対し,自車の進路直前に突如飛び出してくるものを予見し,これに対処することまで要求することは難きを強いるものといわねばならない。),結局本件事故につき,被上告人乙には過失はなかったというべきで,かえって,上告人丙は,学令にも達しない僅か五才一〇か月の幼児である上告人甲を帯同して,右南北路の如き自動車交通頻繁な,しかも,横断歩道の設けられていない個所を横断しようとしたのであるから,わが子の手をつなぎ,または,注意を与える等の措置をとった上,左右の安全をみずから確認して相応の指示誘導をし,もって,交通事故を未然に防止すべき歩行者,子の監護者としての注意義務があったにもかかわらず,右義務を怠り,慢然上告人甲を先頭にたたせ,独りで横断するに任せたため,本件事故にあったというべきであって,上告人丙は,本件事故につき過失があったことは明らかである,とした原審の判断は正当として首肯するに足りる。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でなく,原判決に所論の違法は認められない。論旨は,原審の認定しない事実関係を前提とし,独自の見解に基づき原判決を非難するものであって,採用できない。
 同二について。

所論は,被上告会社は,本件事故は,上告人甲の飛出しとこれを制止しなかった上告人丙の過失によって発生したものであって,被上告人乙に過失はなかったと主張するのみで,自賠法(以下単に法という。)三条但書所定のその余の免責要件事実については何ら主張していない。然るに,本件事故は,自己や連行供用自動車運転者被上告人乙の運行上の過失もしくは右自動車の構造上の欠陥または機能障害によって生じたものではなく,かえって,被害者上告人甲の監護者である上告人丙の過失によるものであることが認められるから,被上告会社は法三条但書所定の免責の適用を受ける旨判示した原判決には,主張のない事項につき判断した違法があるというものである。
そこで考えるに,自己のため自動車を連行の用に供する者が,その連行によって他人の生命または身体を害し,よって損害を生じた場合でも,右運行供用者において,法三条但書所定の免責要件事実を主張立証したときは,損害賠償の責を免れるのであるが,しかし,右要件事実のうちある要件事実の存否が,当該事故発生と関係のない場合においても,なおかつ,該要件事実を主張立証しなければ免責されないとまで解する必要はなく,このような場合,連行供用者は,右要件事実の存否は当該事故と関係がない旨を主張立証すれば足り,つねに右但書所定の要件事実のすべてを主張立証する必要はないと解するのが相当である。
 これを本件についてみてみるに,本件記録に徴すれば,被上告会社において,自己が本件事故車の運行に関し注意を怠らなかったかどうか,自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったかどうかは,本件事故と関係のない旨暗黙の主張をしているものと解せられ,原審も,その旨の認定判断をしているものと解せられないではないから(右認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし是認するに足りる。),原判決に所論の違法はなく,論旨も採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
        最高裁裁判長裁判官岩田誠,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同大隅健一郎

自賠法第三条  自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自賠法3条但書による免責を認めなかった事例(最判昭和45年2月26日裁判集民事99号255頁)

事故は加害自動車の運転者の過失によって生じたものと認め,上告会社の自賠法3条但書による免責を認めず,また,被害者である両親の過失は認められないとし,過失相殺を否定した事例
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人赤鹿勇,同岡田善一の上告理由第一点ないし第四点について。
 本件事故は加害自動車の運転者高尾十太郎の運転上の過失によって生じたものと認めて,上告会社につき,自賠法三条但書による免責を認めず,また,被害者である被上告人らの両親の過失は認められないとして過失相殺の算定を適用しなかった原審の各認定判断は,原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らして,いずれも正当として是認することができ,原判決に所論のような法律解釈の誤りや理由不備等の違法は存しない。論旨は,原審の認定しない事実や独自の見解を前提として,原判決の違法をいうものにすぎず,採用できない。
 同第五点について。
 不法行為の被害者が,自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものにかぎり,右不法行為と相当因果関係に立つ損害として,その賠償を求めうるものと解すべきことは,当裁判所の判例とするところである(昭和四一年(オ)第二八〇号,同四四年二月二七日判決,民集二三巻二号四四一頁参照)。原審も,これと同趣旨の見解に立ち,後見人選任の申立を含め,本件事故により被った損害の賠償を訴求するための手続の遂行を弁護士に委任し,その報酬として支払いもしくは支払を約した費用のうち,被上告人両名につきそれぞれ金七二万五〇〇〇円づつを,本件事故により通常生ずべき損害として,上告会社をして賠償の責に任ぜしめるのを相当としたものと解せられ,その判断は正当である。そして,右判断にあたっては,その斟酌した事情を逐一具体的に説示しなければならないものではない。同判決に所論の違法はなく,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
       最高裁裁判長裁判官大隅健一郎,裁判官入江俊郎,同長部謹吾,同松田二郎,同岩田誠

自賠法3条の責任が否定された事例(最判昭和45年5月22日裁判集民事99号209頁)

自動車運転者に民法709条による損害賠償義務がなく、かつ、自動車運行供用者にも自賠法3条による損害賠償義務がないとされた事例


 上告代理人岡沢完治、同表久守の上告理由について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。)がした事実認定は、これに対応する挙示の証拠に照して、肯認できるから、右事実認定の違法をいう所論は、採用できない。また、原判決が確定した右事実関係のもとにおいては、原判決がした判断は首肯でき、原判決には所論の違法はない。されば、論旨はすべて採用できない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官草鹿浅之介,裁判官城戸芳彦,同色川幸太郎,同村上朝一
( 運転者が、中心線のある幅員約一六メートルの道路において時速約四〇キロメートルで運転中、附近にある横断歩道を迂回せず酔余のためその前方約二〇メートルの地点を横断中の被害者を発見し、時速約一〇キロメートルに減速して、被害者に近づいたところ、大体道路を横断し終つた被害者が、一、二歩後退したため、自動車の左照灯附近に衝突した等、原判示の事実関係(原判決理由参照)のもとにおいては、運転者は民法七〇九条による賠償義務を、また自動車運行供用者は自賠法三条による賠償義務を負わない。)。

自賠法3条の「他人」(最判昭和42年9月29日裁判集民事88号629頁)

自賠法3条の「他人」の意義
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人橋本市次の上告理由第一点について。
 原審が本件事故発生の経過につき確定した諸般の事情のもとにおいては,本件事故につき上告人の過失を否定し難いとした原審の判断は正当である。従って,原判決に所論の違法はなく,所論はこれと異なる見解に立って原判決を攻撃するものであって,採用できない。
 同第二点について。
 自賠法第三条本文にいう「他人」とは,自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除く,それ以外の者をいうものと解するのが相当であるところ,原審の確定したところによれば,上告人は酩酊して同人の車の助手席に乗り込んだ大沢正に対し,結局はその同乗を拒むことなく,そのまま右車を操縦したというのであるから,右大沢を同条の「他人」にあたるとした原審の判断は相当である。従って,原判決に所論の違法はなく,所論は,原判決の認定にそわない事実に基づく見解であって,採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり何決する。
   最高裁判所裁判官奥野健一,裁判官草鹿浅之介,同城戸芳彦,同石田和外,同色川幸太郎

自賠法5条不適用・運転免許も自動車登録も不要の車両運行と自賠法3条の適否(最判昭和48年7月6日裁判集民事109号473頁)

道路以外の場所のみにおいて運行の用に供するため自賠法5条の適用はなく,運転免許も自動車登録も必要ではなく,税法上減価償却資産中の機械設備として取り扱われている自動車と同法3条
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
  上告代理人加藤虎之丞,同淵辰吉の上告理由第一点について。
 原審の適法に確定した事実によれば,訴外Pは,昭和四三年一月二一日午後一時三〇分頃津久見市四浦三四三六番地の上告会社員の浦作業所において,上告会社がその事業用に使用中であった上告会社従業員訴外Qの運転する上告会社所有にかかるショベルローダ(道路運送車両法二条二項にいう自動車)(以下本件ローダという。)に轢かれて死亡したものであるところ,本件ローダは,自賠法二条一項にいう自動車であることが明らかであり,そして,同条二項にいう運行とは,道路運送車両法二条五項にいう運行よりも範囲が広く,工場敷地内や公園等道路以外の場所のみで自動車を当該装置の用法に従い用いる場合をも含むものと解すべきであるから,上告会社がその主張のごとく本件ローダを上告会社の作業所内のみにおいて用いていたものであるとしても,前記事実のもとにおいては,上告会社は,その所有の本件ローダを自己のため運行の用に供していたものであり,かつ,その運行によって右Pの生命を害したものであることが明らかであって,上告会社は,これによって生じた損害につき,自賠法三条所定の責に任ずべきものといわなければならない。もっとも,同法一〇条によると,道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については,同法五条の規定(自動車損害賠償責任保険)の適用はないけれども,そのことと同法三条の損害賠償責任とは別個の問題であって,右の自動車について同法三条の適用が排除さるべきいわれはない。さらに,上告会社が主張するように本件ローダにつき,その運転に免許は不要であり,自動車登録も必要でなく,そして,本件ローダが税法上減価償却資産中の機械設備として取り扱われているとしても,そのことは,同法三条の適用を左右するものではない。
 これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。それ故,論旨は採用できない。
 同第二点について。
 口頭弁論を再開すると否とは裁判所の自由裁量に委せられているところであるから,原審が上告会社の所論申立を容れず,ひいて,所論書証の取調をしなかったからといって原判決に所論の違法があるとはいえない。それ故,論旨は採用できない。
 同第三点,第四点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決の挙示する証拠に照らして首肯するに足り,その過程に所論の違法は認められないから,論旨は採用できない。
 よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。
   最高裁判所裁判長裁判官岡原昌男,裁判官小川信雄,同大塚喜一郎

自賠法第5条 自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。
(適用除外)
第10条  第五条及び第七条から前条までの規定は、国その他の政令で定める者が政令で定める業務又は用途のため運行の用に供する自動車及び道路(道路法 (昭和27年法律第180号)による道路、道路運送法 (昭和26年法律第183号)による自動車道及びその他の一般交通の用に供する場所をいう。以下同じ。)以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については、適用しない。

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